『歴史評論』2026年2月号(第910)/ Historical Journal(REKISHI HYŌRON)  February 2026 vol.910

特集/平泉澄と「国史学」 “Hiraizumi Kiyoshi and “National History Studies” in Modern Japan”

定価 1,045円  


 今、世界では、混迷が続いています。自国第一主義を旗印に掲げる国々が公然と他国を侵略し、世界の枠組みを一方的に決めようとしています。日本においても、東アジアにおける対立をことさらに煽るような好戦的な政治家の言動が次第に勢いを増しています。このような政治家に大きな影響を与えているのは、過去の過ちを封印し自国の歴史を美化するような言説です。そこでは、自国の優越性が語られ、侵略行為が正当化されているのです。しかし、このような動きは、近年に始まったことではありません。
 戦前に、東京帝国大学国史学科の教授であった平泉澄は、国家を自明の理、暗黙の前提としていた「国史学」を「国体護持」の学問として位置づけ、政治権力と接近しました。しかし、政治権力と接近した研究者は平泉だけではありません。では、平泉のどこに問題があったのか。それは、歴史学を科学としてではなく、芸術や信仰の対象としてとらえ、情に訴える形で総合化を図ったことなのです。この考え方は今もさまざまな形で社会に向けて発信され続けています。
 本特集では、このような平泉の歴史に対するとらえ方について、多方面から検討を加えます。そのことにより「国史学」そのものの限界を浮かび上がらせることができたらと考えます。そうすること により、日本史研究は、本当の意味で旧態依然たる一国史の枠組を超えることができるものと確信します。(編集委員会)

 *  特集にあたって 編集委員会
論  文 今、なぜ平泉澄なのか
Why Do We Focus on Hiraizumi Kiyoshi Now? 
森田喜久男
MORITA Kikuo
論  文 足利時代と室町時代 ―時代区分と平泉澄―
The Ashikaga and Muromachi Periods  
谷口雄太
TANIGUCHI Yuta
論  文 平泉澄と闇斎学
Hiraizumi Kiyoshi and the Ansai School
松川雅信
MATSUKAWA Masanobu
論  文 平泉澄とベネデット・クローチェ
Hiraizumi Kiyoshi and Benedetto Croce
國司航佑 
KUNISHI Kosuke
論  文 平泉澄と「日本精神」
Hiraizumi Kiyoshi and the “Japanese Spirit”
昆野伸幸
KONNO Nobuyuki
論  文 一九四二年の平泉澄 ―『学術大観』と『国史概説』―
Hiraizumi Kiyoshi in 1942
今井修
歴史の眼 狭山事件と部落問題の今
The Current State of the Sayama Incident and the Buraku Discrimination
黒川みどり
KUROKAWA Midori
書  評 田原光泰著『律令官人制再編の研究』
佐々木恵介
書  評 岡田莊司著『中世神道と神社の信仰体系』
井上智勝
書  評 大川啓著『「慈善」と「不穏」の近代社会史』
杉本弘幸
書  評 前田修輔著『近現代日本と国葬』
宮間純一
書  評 吉野誠著『明治日本と朝鮮』
酒井裕美
 

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