川越藩松平大和守家記録(藩日記)


<目 次>
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「川越藩松平大和守家記録1」 川越市立博物館 2016年 ★★★
口 絵 (写真1〜7)
あいさつ
凡 例
目 次
 図 川越城下トレース図
解 説  (重田正夫)
 はじめに
 一 川越藩と松平大和守家
 二 「松平大和守家記録」について
 三 「松平大和守家記録」に関連する文書群
  (1)渡辺刀水収集文書のなかの松平大和守家関連文書
  (2)東京大学法学部法制史資料室所蔵「川越藩記録」など
 四 「松平大和守家記録」の活用と本書の刊行
  (1)松平大和守家記録の活用状況
  (2)本書に収録した「記録」
 五 松平大和守家の川越入封
  (1)「前橋記録」などにみる入封の経緯
  (2)豪農奥貫友山のみた秋元凉朝転封の背景
 六 「川越記録」を読む
  (1)「記録」の作成
  (2)松平大和守家の家臣団
  (3)川越城の請取
  (4)藩主朝矩の初入城
  (5)藩主朝矩の急逝と菩提寺
  (6)直恒の相続
  (7)前橋城のその後
  (8)川越城付地の増大要求
  (9)家臣の川越引越と屋敷割
  (10)家臣に対する許認可事項
  (11)幕府法令の伝達と藩からの届出
  (12)領内記事
  まとめにかえて
付 表
 表1 川越藩主歴代表
 表2 秀康を祖とする越前家支流諸家
 表3 松平大和守家の歴代
 表4 松平大和守家の城地の変遷
 表5 松平大和守家「記録」の構成
 表6 松平大和守家記録を活用した文献目録(稿)
 表7 川越藩松平大和守家役付一覧(明和4年〜明和6年)
 表8 松平大和守朝矩の親族
「川越藩松平大和守家記録」が出版されるまで  (宮原一郎)
 
一 記録 明和5年(1768)3月〜12月
二 記録 明和6年(1769)正月〜12月
 
内容細目
 
 表5 松平大和守家「記録」の構成
記録地対象期間年数冊数備考
白河元禄11〜寛保2(1698〜1742)4428 
姫路寛保2〜寛延2(1742〜1749)13 
前橋寛延3〜明治2(1750〜1869)11950明和5〜慶応2年陣屋支配
川越明和5〜慶応2(1768〜1866)99117 
相州文政7〜嘉永5(1824〜1852)2826相州沿岸警備
江戸文政10〜慶応2(1827〜1866)3936江戸屋敷
高輪嘉永6〜万延2(1853〜1861)品川御台場警備
  273 
   (『前橋藩松平家記録』第1巻解説などより作成、散逸したり分冊した年もある)
 
 個別記事…釈文をもとに、編者が読み下し文にした

・明和6年11月19日条
 時の太鼓打桑山惣七の失態(仮題)
                 時の太鼓打会所浮長柄
                        桑山惣七
 右は去る十二日明け六時遅く打ち候につき、その節二の丸御門当番物頭白井茂兵衛にてこれ有るところ、余り延引につき最早日も出候間、組のものども交代もこれあるにつき、茂兵衛見切を以って御門明け懸け、その上にて太鼓櫓へ人遣わし候ところ、漸くその頃打ち候。
 これにより右惣七、茂兵衛方へ召し呼び、段々吟味に及び候ところ、惣七申し聞かせ候は、未明に太鼓櫓へ上り候ところ、いまだ世上体早くこれ有るにつき、下り候て火鉢にあたり居り候うち少し居眠り、目覚め候て驚き、延引に及び打ち候旨、何分恐れ入り候段申し聞かせ候由。
 これにより、茂兵衛上より月番石渡八郎進を以って、鹿子田助大夫へ右の一件相届け、きっとさばき申し付けくれ候ようにと申し聞かせ候由。
 助大夫上にてさばき申し付くべくところ、時の鐘打ち違い候節の御定もこれ有り候えば、御定をはずしさばき候義も致し難く候。これにより、御差図成し下され度旨相伺い候。
 同役評義に及び候は、時の太鼓の義、強いて物頭役に拘り候義にてもこれ無く、時の義は一体の義にこれ有り候。去りながら、時の間違いにては無調法人も出来、甚だ軽からざる義にこれ有り候。その上時の数打ち違い候と申す事に候わば、過料にてもしかるべく候。
 全く延引に及び候義は、前文の通り不調法人出来候ては軽からざる義につき、扶持をも召し放ちしかるべきものに候えども、十二日時の太鼓打ち違い候節は、仲間時行風にて引き込み、右惣七一人にて十日余り持ち切り候旨、左候えば、外役どもと違い昼夜不寝の義、疲れもこれあるべき義につき、容赦を以て、五斗減石申し付けしかるべくと評義に及び候につき、右の通り取り計らい候よう鹿子田助大夫へこれを申し聞かす。
 (注)石渡八郎進…物頭、鹿子田助大夫…勘定奉行

・明和6年11月27日条
 五ヶ村の川流れ(仮題)
 御歩行目付申し出候は、五ヶ村において川流れこれ有り候。
 吟味致し候ところ、下町にて甚助と申すものの由、多葉粉(煙草)切り手間取り致し罷り有り候ものにこれ有り候。
 右身投げ候趣近所のものへ相尋ね候ところ、去る十四日夜女房行衛相知れず、その節五ヶ村にて七右衛門と申すものの忰、大工曽右衛門と申すものも、同夜より相見えず候。
 右につき曽右衛門召し連れ退き候ようにも風聞もこれ有る由。
 右につき甚助大家平右衛門と申すものの由、彼方へ甚助度々罷り越し、この義上へ御達し下されざる様に致し度旨申し候。
 さて昨廿六日昼頃甚助旦那寺に候や、南町養寿院へ罷り越し申し聞かせ候は、喧嘩致し一分相立たず候。これによって、何とぞ出家致し度段申し候。
 養寿院相拶(挨拶)に及び候は、いよいよ出家相望み候わば、一家の内にても同伴致すべき旨申し聞かせ、養寿院上より甚助兄、本町古手屋甚右衛門と申すもの申し遣わし候ところ、早速罷り越し甚助様子見候ところ、本気にも相見へず候につき召し連れ罷り帰り候由。
 しかるところ、昨晩頃罷り出、身を投げ候義と相見え候旨、右沙汰の趣これを申し聞かす。

 川越市立図書館前橋市立図書館埼玉県立文書館

「川越藩松平大和守家記録2」 川越市立博物館 2017年 ★★★
口 絵 (写真1〜5)
あいさつ
凡 例
目 次
解 説  (重田正夫)
 一 松平大和守と「記録」について
 二 「松平大和守家記録」に関連する文書群
 (1)東京大学法学部法制史資料室所蔵資料
   表@東京大学法学部法制史資料室所蔵「川越藩記録」の簿冊目録
   表A東京大学法学部法制史資料室所蔵「厩橋松平家証文・文書」の目録
 (2)川越市立博物館所蔵「松平大和守家文庫」
   表B川越市立博物館所蔵「松平大和守家文庫」の目録
 三 本巻収録の記事について
 (1)幕府の支配
  @明和七年の村替
   表C明和7年6月2日の松平大和守所領村替
   表D秋元家と松平大和守家の所領構成の比較
   表E明和7年村替後の松平大和守家の武蔵国領分村々
  A前橋領の支配
  B幕府の調査や指示
 (2)松平大和守家と寺社
  @大和守家の人々
  A大和守家と寺社
 (3)大和守家の家臣
  @役職家臣一覧
  A倹約令
  B武術の奨励と学問
  C藩士の不祥事
 (4)藩領の経営
  @江戸と川越の通し馬
  A火事と防災
  B祭礼
  C時の鐘
 (5)領内事件簿
 ・時の鐘の銘文の書き下し 「武蔵国川越城漏鐘銘并序」 (埼玉大学名誉教授 山野清二郎)…口絵写真3@〜B
付 表
 表1 秀康を祖とする越前家支流諸家
 表2 松平大和守家の城地と領知の変遷
 表3 松平大和守家の歴代
 表4 松平大和守直恒の親族
 表5 松平大和守家「記録」の構成
 表6 川越藩松平大和守家役付一覧(明和7年・8年)
 図 文化・文政期(1804〜30)ころの川越城下図トレース図(口絵写真5)
 
一 記録 明和7年(1770)正月〜12月
二 記録 明和8年(1771)正月〜12月
 
内容細目
 

「川越藩松平大和守家記録3 明和9年・安永2年 川越市立博物館 2018年 ★★★
口 絵 (写真1〜5)
あいさつ
凡 例
目 次
解 説
 一 松平大和守と「記録」について (重田正夫)
 二 松平大和守家の家臣団について (重田正夫)
 三 「松平大和守家役付一覧」の作成と活用 (武藤材治)
 (1)「役付一覧」の作成過程
  @「役人名鑑」の記載内容
  A「役人名鑑」から「役付一覧」の作成
  B「役人名鑑」と「役付一覧」の役職名
 (2)「役付一覧」の利用例 「役職の履歴」の作成とその見方
  ・「役職の履歴」から分かること
 (3)今後の課題
  表@ 川越藩松平大和守家 役職の履歴
 四 家臣の「潰」について (金子幸生)
  はじめに
 (1)「潰」の最初の研究者田村栄太郎
 (2)「潰」の読み方
 (3)潰の取扱達
 (4)潰の出願理由・出願資格
 (5)出勤停止、外出禁止
 (6)公の場への参加規制
 (7)潰の者への処遇
 (8)諸生活扶助
 (9)勤潰
 (10)統計的な把握
  おわりに
  表A 明和5年〜安永4年 潰の数
 五 本巻収録の記事について (重田正夫)
 (1)松平大和守家
  @明和江戸大火による江戸屋敷の焼失と復旧
  A松平大和守家の人びとの動向
  B松平大和守家と寺社
 (2)幕府の支配
  @瀑布の調査や指示
  A法令の伝達
 (3)大和守家の家臣
  @勤務の規則
  A倹約令
  B武術の奨励と学問
  C相次ぐ藩士の不祥事
  D個別的な許認可
 (4)藩領の経営
  @藩領の経営施策
  A前橋陣屋の支配
  B川越城下の火事
  C風水害
  D祭礼と興行
 (5)領内事件簿
付 表
 表1 秀康を祖とする越前家支流諸家
 表2 松平大和守家の歴代
 表3 松平大和守直恒の親族
 表4 松平大和守家「記録」の構成
 表5 川越藩松平大和守家役付一覧(明和9年・安永2年)
 図 文化・文政期(1804〜30)ころの川越城下図トレース図
 
一 記録 明和9年(安永元年・1772)正月〜同年12月
二 記録 安永2年(1773)正月〜同年12月
 
内容細目
 

「川越藩松平大和守家記録4 安永3年・同4年 川越市立博物館 2019年 ★★★
口 絵 (写真1〜9)
安永3年12月14日の火事類焼範囲推定図
あいさつ
凡 例
目 次
解 説(重田正夫)
 一 松平大和守家の人々の動向
 二 幕府の支配
 三 大和守家の家臣
 四 藩領経営
 五 領内の事件
 
安永3年・4年の大火(武藤材治)
 一 安永3年12月14日の大火
(1)火事の発生
(2)類焼範囲の推定(上記推定図)
(3)家臣の居住分布
(4)町郷分の被害状況
 二 安永4年3月9日の大火
 三 安永3年と4年の被害について
(1)家臣の被害
(2)足軽などの被害
(3)幕府への報告との差異
 四 藩の支援と復興の状況
(1)町郷分と家臣への手当
(2)家作の補助(竹木と家作料)
(3)家臣の復興状況
 五 大和守家関連の寺院と時の鐘の類焼
 
付 表
 表1 川越藩松平大和守家役付一覧(安永3年・同4年)
 下川元于墓碑銘文(口絵3頁写真7)
 
一 記録 安永3年(1774)正月〜同年12月
二 記録 安永4年(1775)正月〜同年12月
 
内容細目
 

「川越藩松平大和守家記録5 安永5年・同6年 川越市立博物館 2020年 ★★★
口 絵 (写真1〜8)
あいさつ
凡 例
目 次
解 説
 一 松平大和守家記録の作成
 二 松平大和守家に関する記事
 三 幕府の支配
 四 藩政と家臣
 五 藩領の支配
付 表
 表7 川越藩松平大和守家役付一覧(安永5年・同6年)
 図 文化・文政期(1804〜30)ころの川越城下図トレース図
 
一 記録 安永5年(1776)正月〜同年12月
二 記録 安永6年(1777)正月〜同年12月
 
内容細目

■川越藩松平大和守家記録の残存史料一覧
年 号改 元西 暦干 支月数コピー発刊
明和5年 1768戊子3月〜12月110なし1(2016年)
明和6年 1769己丑1月〜閏6月〜12月112上下
明和7年 1770庚寅1月〜12月113上下2(2017年)
明和8年 1771辛卯1月〜12月112上下
明和9年(安永1年)11月1772壬辰1月〜12月112上下3(2018年)
安永2年 1773癸巳1月〜閏3月〜12月113上下
安永3年 1774甲午1月〜12月112上下4(2019年)
安永4年 1775乙未1月〜12月・閏12月113上下
安永5年 1776丙申1月〜12月112上下5(2020年)
安永6年 1777丁酉1月〜12月112上下
安永7年 1778戊戌1月〜閏7月〜12月113上下6
安永8年 1779己亥1月〜12月112上下
安永9年 1780庚子なし  なし 
安永10年(天明1年)4月1781辛丑1月〜閏5月〜12月113上下7
天明2年 1782壬寅1月〜12月112上下
天明3年 1783癸卯1月〜12月112上下8
天明4年 1784甲辰1月・閏1月〜12月113上下
天明5年 1785乙巳1月〜12月112上下9
天明6年 1786丙午1月〜閏10月〜12月113上下
天明7年 1787丁未1月〜12月112上下10
天明8年 1788戊申1月〜12月112上下
天明9年(寛政1年)1月1789己酉1月〜閏6月〜12月113上下11
寛政2年 1790庚戌1月〜12月112上下
寛政3年 1791辛亥なし  なし 
寛政4年 1792壬子なし  なし 
寛政5年 1793癸丑1月〜12月112上下12
寛政6年 1794甲寅1月〜閏11月・12月113上下
寛政7年 1795乙卯1月〜12月112上下13
寛政8年 1796丙辰なし  なし
寛政9年 1797丁巳1月〜閏7月〜12月113上下
寛政10年 1798戊午なし  なし 
寛政11年 1799己未1月〜12月112上下14
寛政12年 1800庚申1月〜閏4月〜12月113上下
寛政13年(享和1年)2月1801辛酉1月〜12月112上下15
享和2年 1802壬戌1月〜12月112上下
享和3年 1803癸亥1月・閏1月〜12月113上下16
享和4年(文化1年)2月1804甲子1月〜12月112上下
文化2年 1805乙丑1月〜閏8月〜12月113上下17
文化3年 1806丙寅1月〜12月112上下
文化4年 1807丁卯1月〜12月112上下18
文化5年 1808戊辰1月〜閏6月〜12月113上下
文化6年 1809 己巳なし  なし 
文化7年 1810庚午1月〜12月112上下19
文化8年 1811辛未なし  なし
文化9年 1812壬申1月〜12月112上下
文化10年 1813癸酉1月〜閏11月・12月113上下20
文化11年 1814甲戌1月〜12月112上下
文化12年 1815乙亥1月〜12月112上下21
文化13年 1816丙子1月〜閏8月〜12月113上下
文化14年 1817丁丑1月〜12月112上下22
文化15年(文政1年)4月1818戊寅1月〜12月112上中下
文政2年 1819己卯1月〜閏4月〜12月113上中下23
文政3年 1820庚辰1月〜12月112上中下
文政4年 1821辛巳1月〜12月112上中下24
文政5年 1822壬午1月・閏1月〜12月113上中下
文政6年 1823癸未1月〜12月112上中下25
文政7年 1824甲申1月〜閏8月〜12月113上中下
文政8年 1825乙酉1月〜12月112上中下26
文政9年 1826丙戌1月〜12月112上中下
文政10年 1827丁亥1月〜閏6月〜12月113上中下27
文政11年 1828戊子7月7日〜12月16上下
文政12年 1829己丑1月〜12月112上中下28
文政13年(天保1年)12月1830庚寅1月〜閏3月〜12月113上中下
天保2年 1831辛卯1月〜12月112上下29
天保3年 1832壬辰1月〜閏11月・12月113上中下
天保4年 1833癸巳1月〜12月112上中下30
天保5年 1834甲午1月〜12月112上中下
天保6年 1835乙未1月〜閏7月〜12月113上中下31
天保7年 1836丙申1月〜12月112上中下
天保8年 1837丁酉1月〜12月112上中下32
天保9年 1838戊戌1月〜閏4月〜12月113上中下
天保10年 1839己亥1月〜12月112上中下33
天保11年 1840庚子なし  なし
天保12年 1841辛丑1月・閏1月〜12月113上中下
天保13年 1842壬寅1月〜12月112上中下34
天保14年 1843癸卯1月〜閏9月〜12月113上中下
天保15年(弘化1年)12月1844甲辰1月〜12月112上中下35
弘化2年 1845乙巳1月〜12月112上中下
弘化3年 1846丙午1月〜閏5月〜12月113上中下36
弘化4年 1847丁未1月〜12月112上下
弘化5年(嘉永1年)2月1848戊申1月〜12月112上下37
嘉永2年 1849己酉1月〜閏4月〜12月113上下
嘉永3年 1850庚戌1月〜12月112上下38
嘉永4年 1851辛亥1月〜12月112上下
嘉永5年 1852壬子1月〜閏2月〜12月113上下39
嘉永6年 1853癸丑1月〜12月112上中下
嘉永7年(安政1年)11月1854甲寅1月〜閏7月〜12月113上中下40
安政2年 1855乙卯1月〜12月112上中下
安政3年 1856丙辰1月〜12月112上中下41
安政4年 1857丁巳1月〜閏5月〜12月113上下
安政5年 1858戊午なし  なし 
安政6年 1859己未1月〜12月112上中下42
安政7年(万延1年)3月1860庚申1月〜閏3月〜12月113上中下
万延2年(文久1年)2月1861辛酉1月〜12月112上中中下43
文久2年 1862壬戌1月〜閏8月〜12月113上中中下44
文久3年 1863癸亥1月〜12月112上下45
文久4年(元治1年)2月1864甲子1月〜12月112上下
元治2年(慶応1年)4月1865乙丑1月〜閏5月〜12月113上中下46
慶応2年 1866丙寅1月〜10月110上下
計99年    901104  
 
(別記録)「天保十一庚子年十月より出羽国庄内江御所替并御沙汰止□弐万石御加増 別記録 川越」
年 号改 元西 暦干 支月数コピー発刊
天保11年 1840庚子10月29日〜12月12上下別冊
天保12年 1841辛丑1月・閏1月〜12月112
※天保13年は、2月12日・3月17日のみ。他は無別条。
 
・原本は前橋市立図書館所蔵。
・コピーは川越中央図書館所蔵。この表は、同図書館のホームページで検索して作成した。
・発刊は、年度のないものは推測。

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作成:川越原人  更新:2020/05/24