海風通信 after season...

FLIGHT RECORDER #003 『伊佐沼・うどん61号』

FILE No.061-18.08.09


▲国道16号線を、延々と行きます。
現地調査日:2018年07月10日
対象所在地:埼玉県川越市伊佐沼
調査の目的:国道16号・伊佐沼・古代ハス・うどん(!?)
備    考:カブのイサキ第11話『深夜16号』参照のこと


◆伊佐沼は「そば」でなく「うどん」だった!?

 独特な深夜の空気感と時間の刻み方の描写が秀逸なエピソード。たぶん『カブのイサキ』の中で私が最も共感し、お気に入りとなっている話の一つだろうと思います。24時間営業の店での、朝を待つまでの深夜帯のほったらかし感…、店側もなんとなく客が夜を明かそうとしているのを許容しているような、ノンキなあの雰囲気…。芦奈野センセイのみならず、同世代の人間なら、こうした感覚を楽しまれた方もいるのではないでしょうか。まぁ、今だったらいろいろと問題かも知れないですが、大らかな時代だったということですね。そもそも24時間営業の業態すら少なくなってきたこのご時世、現代だとネットカフェとか使っちゃうんでしょうか?
 個人的郷愁はこのくらいにして、今回はこのエピソードの舞台となった『16号線沿いの蕎麦屋』を探す、久々のサイタマ買い出し紀行です。
 作品から読み取れる情報としては、『国道16号線』・『川越の東部』・『伊佐』・『チェーン店系列の蕎麦屋』という、明確過ぎるくらいのキーワードが挙げられています。しかし、こと芦奈野作品に於いては、「具体的な情報が示されているものほど見つけにくい」というヘンな法則があるのは周知の通り。例によって、こうしたケースではグーグルのストリートビューが最強のツールとなるわけですが、これってすこぶる便利であると思う一方、すごくツマラない文明の利器であるとも思うワケなんですよ。なんせ主要道路上に限って言えば、自宅にいながら現地の状況がまるで行ったかのように分かってしまうのですからね。
 今回の案件はまさにその典型例で、ストビューで川越東部の16号線を辿ってみれば、即座に調査は終了してしまうのです。「あるのかな?無いのかな?」というワクワクドキドキ感が微塵も感じられない。これってどうなのでしょう?旅は予想外の連続が楽しいのですよ!やはりここは、現地に向かう必要がありそうです。ひょっとしたらストビューの撮影日以降に、蕎麦屋がポコポコと3軒くらいできたかも知れません。(それじゃ本末転倒ですが。)
▲伊佐(沼)という地名を示す、数少ない標示板。 ▲伊佐沼付近で16号線沿いという条件では、この1軒のみ。
 というわけで、「ストビューには頼らん!」と意気揚々と現地入りしたものの、その結果はストビューの画像とほぼ同じ状況…という有様でした。
 該当する界隈で見つけられたのは、上写真の和風レストラン1軒のみ。一応そば・うどんがメインのお店でしたが、これだと何とも作品のイメージとは程遠い感じです。理想を言えば「昭和のドライブイン風でチェーン店」的な店舗を見つけたかったのですが、捜索範囲を拡げてもそのようなお店は見つかりませんでした。せめて『山田うどん』とか『ラーメンショップ』系統の店でも見つかれば良かったのですけどねぇ…。個人的には客の少ない深夜に、一人でゆっくりと寛げる、あの空気感が好きでした。今回のエピソードで私が想像を重ねたのは、ほぼほぼこの『山田うどん』某店のイメージです。
 ところであと一つ、『伊佐』という重要なキーワードがありましたね。これは16号線沿いの川越東部にあるということから、『伊佐沼』を指しているということはまず間違いと思うのですが、作品中ではやけに「沖縄」感を出しているのが気に掛かります。『泡盛』や『サーターアンダギー』が、まさにそれ。沖縄の宜野湾市に伊佐という地域があり、ひょっとしたらその場所と何かの関連性があるのかも?あるいは『沖縄蕎麦の全国チェーン店』という設定にしているのかも知れません。とは言え、沖縄まで調査に向かうという余力は流石に無いので、注力するのは伊佐沼です。と言うか、もはや今回のレポートで調査するのは、伊佐「沼」くらいしか選択の余地が無くなってしまいました。
▲通常時の伊佐沼。 沼が、ただそこにあるだけ。 ▲伊佐沼の北側の一角だけがハス田になっている。
 ここでちょっとストビューで伊佐沼を見ていただくと分かるのですが、このスポット、余りにも変哲の無い沼過ぎて、何をどうレポートして良いか躊躇してしまうほど特筆すべきものが無いのですね。一応、自然沼としては埼玉県内最大、関東地方でも印旛沼に次ぐ広さということなのですが、「だから何なのだ!?カブのイサキとは何の関係もないじゃないか!」と言われれば、ハイそうなのです。(…でもこの沼を干拓すれば、飛行場とか出来そうだけど。)
 しかも作品中でも風景描写とかがほとんどなかったので、ホントにただ「沼を見てきました」的な危険なレポートになる可能性大です。そうならないためにも、今回は伊佐沼最大のウリである、『古代ハス』の咲くタイミングを見計らって行ってきました。最悪、検証レポートが不発に終わった場合、「まぁ蓮の花でも愛でて、納得のいかないキモチをどうかお鎮め下さい」という、保険の意味合いも含めてます。
 …と、ここで「古代ハス」についてカンタンに説明しておきましょう。

【古代ハスとは?】
 『古代ハス』とは別名「大賀ハス」とも呼ばれ、蓮の権威である植物学者・大賀一郎氏が、千葉市検見川の落合遺跡から見つけ出した2000年以上前の蓮の実を、現代に発芽させ開花に成功させたもの。現代…とは言っても1951年のことなので、もう60年以上前の出来事なんですけどね。
 では、古代ハスは現代のハスと何が違うのか?というと、これがあまり明確な答えが見つかりません。「現代のハスと比べて、花弁が大きめ」「色付きが桃色傾向にある」など、けっこうユルユルな解釈だったりします。厳密に遺伝子レベルで言うと、2000年ものあいだ交雑の影響を受けなかった稀有な状況下にあった品種ということだそうですが…。この60年の間に、現代の品種と少なからず交配も進んじゃったりして、もはや明確な線引きも曖昧になりつつあるようです。
 まぁ、とりあえずは古代のロマンを感じたような?気分になって見れば、それで良いと思います。(←雑。)
 余談ですが、植物にあまり興味が無い私も、この古代ハスのことは耳にしたことがあったのですね。それは『究極超人あ〜る』(*1)最終話での、成原博士の「日本でもそら、2千年まえの蓮の実が花を咲かせたことがあるじゃないか。」というセリフ。おぉ、成原博士もたまにはタメになることを言うぢゃないか、さっそく引用させてもらおう!と思ったら、あれ自体『キングコング対ゴジラ』でのセリフのパロディだということを、つい最近発売された『究極超人あ〜る完全版』の特典付録の解説で初めて知りました。危うく得意げに載せちゃうところでしたよ。全国のゴジラファンからの総ツッコミを入れられなくて良かったと、ホッとしています。やぁ、これはホントにどーでもいい小噺でしたね。(←若年層にわからんようなことをするんじゃない!)
 (*1)ゆうきまさみ原作の学園ロボット漫画であり…って、え?もしもし旅のお方、ロボットではありませんよ。ア・ン・ド・ロ・イ・ド!(←ネタ詰め込み過ぎ!) 
▲この時期、満開状態から蕾のものまで、たくさん見られます。 ▲ワンタンもしくはギョーザの皮のような花弁。
 ところで、この古代ハスの花の見られる時期は、7月初旬の2週間程度。しかも朝早くから花弁が開き始め、お昼ごろには閉じ、つぼみのような形に戻ってしまうので、見に行く時は注意しておきましょう。のんびり川越観光などした後で伊佐沼に来ると、おそらくアウトです。
 私ももちろんそうした事を踏まえた上で伊佐沼に向かったのですが、思わぬスクーターのエンジントラブルで、現地に到着したのは11時過ぎになってしまいました。幸いにも花自体はたくさん見られ、そのうち3割くらいは全開花していました。しかしながら、朝から降り注ぐ強烈な陽射しを受け続け、なんだか花弁全体がクッタリとダレているかのよう。うーむ…ハスの花とは、こんなワンタンの皮を組み合わせたようなシロモノだったか?それとも、これが古代ハスの特徴なのか…?皆さんもイマイチ納得できないと思いますが、とりあえず太古の息吹を感じたことにしておいてください。
▲船着場その1。向かいの家は、かつて商店だったか? ▲船着場その2。見沼入江に、これがあったらなぁ…。
 古代ハスのロマンを存分に(!?)体感した後、ものの試しに伊佐沼を一周してみたのですが、やはりこれと言った見所は見つかりません。強いて挙げれば、2ヶ所ある船溜まりあたりが若干の風情があるくらいでしょうか。今どき木造の船が多く見受けられるというのも珍しい光景です。
 グルリと回って、再び古代ハスの咲く北側エリア(※ハスは伊佐沼全体に見られるわけではなく、沼の北側の一角で管理育成されています。)まで戻ってくると、沼の北東部に農産物直売所を見つけました。いわゆる『道の駅』の、ちょっと小っちゃいタイプの施設ですね。ここの一隅に、『伊佐沼庵』という古民家風の食事処がありました。どうやらこの直売所と連携して、地場産の食材を生かした料理を出しているということ。うどんがメインということですので、もしかしたら蕎麦もあるかも知れません。なによりこの炎天下とお昼の1時半を回っているということで、迷わずお店へと入りました。
▲入口の門はかつて赤門と呼ばれ、ここに移築したもの。 ▲地場産の小麦粉「農林61号」を使用した、こだわりのうどん。
 『伊佐沼庵』は、かつて付近の地区にあった農家住宅や門をこの場所に移築し、お店として改装されました。民具や農具も当時を再現するかのように配置され、外観を見るだけではなく、建物内部に入って食事が出来るのが面白いです。営業時間は午後2時までなので、私が入ったのはけっこうギリギリでしたね。そのためかお客さんもほとんど無く、ゆっくりと寛ぐことが出来ました。縁側もあるので、意味もなく麦茶を手に座り込んでみたり、囲炉裏の中間に吊るされている魚のオブジェ(自在鉤の長さを調節するための「横木」と呼ばれるものらしい)を、まじまじと眺めたりしていました。
 で、肝心の食事のほうなのですが、実にこのお店、こだわりの「うどん専門店」だったらしく、蕎麦などというものはハナから無いとのこと。(サイドメニューにおにぎりや稲荷寿司、テンプラなどはある。)そもそもうどんも2種類しかなく、それが温かいか冷たいかの最大4パターンしかない。仕方がないので、本日おススメのメニューであるという「冷やし梅おろしうどん」を注文しました。おそらく他にもう少し選択の余地があったなら、まず自分の意志では頼まなかった品目ですね。だって梅干しに大根おろしですよ?二日酔い明けの胃袋ではあるまいに、まだそこまで味覚は枯れてないのです。
 ところが、この冷やし梅おろしうどんが予想以上に美味しかったのでした!このクソ暑いさなか、冷やし汁というのも功を奏したようです。なにより、ここのうどんはコシがものすごく強いにもかかわらず、うどん粉自体に素材の旨味があるので、噛んでいて心地良かったです。個人的感覚としては、「水沢うどん」に近い感じかな?うどんの量もけっこう入っているので、満足度は充分です。
 とりあえずシーズン外れの伊佐沼に行って何の収穫も得られなかった方は、うどんだけでも食べて帰りましょう。

 結論。伊佐沼は「そば」でなく、「うどん」なのです!16号ではなく、61号なのですよ!