海風通信 after season...

FLIGHT RECORDER #001 『大山豆腐とこま参道』

FILE No.059-08.03.25



▲多数の小階段で構成された独特の町並・「こま参道」。
現地調査日:2008年03月18日
対象所在地:伊勢原市大山
調査の目的:大山ケーブル軌道・こま参道町並調査
備    考:カブのイサキ第2話『大山』参照のこと。



※旧『海風通信』での未発表記事を、改めて加筆・修正の上、転載しました。





◆たかが豆腐を食べに行くだけのハナシ

★今回より始まる【FLIGHT RECORDER】とは、永らく私のホムペをご覧になっている読者の皆様にはお察しの通り、『カブのイサキ』の世界観を辿る紀行エッセイです。『ヨコハマ買い出し紀行』同様、現実と微妙にリンクした芦奈野ワールドが、更なる拡がりを見せてくれそうな予感です。それでは、再び新たな世界へと続く旅を始めることにしましょう!

 まずは小田急線伊勢原駅から大山ケーブル駅行きのバスに乗り換え、終点へ。ここから旅の始まりです・・・・というか、今回はいきなりの核心部分からのスタートです!それというのも、このバス停終点から大山ケーブルカーの麓駅である『追分駅』までの600mほどの道が、大山・阿夫利神社への参道、通称「こま参道」と呼ばれる、土産物屋や宿坊がひしめく今回の目的地なのです。
 『カブのイサキ』の作中ではこの参道を「商店街」と呼び、階段だらけの独特の町並みを「大山独楽」・「大山豆腐」などの看板を絡めて表現していましたが、現実世界の風景も、これと変わりない雰囲気を漂わせています。小さな階段なんかも、まさかあんなに無いだろうと思っていましたが、実際にはやたらめったら存在し、全部で27箇所あるそうですよ。
 こうした特徴ある町並みを上空から俯瞰する一場面が作中では描かれていたため、私もなんとかそれを写真で再現しようと考えていたのですが、実際には集落全体を見下ろせるポイントというのは見つかりません。『阿夫利林道』という道が唯一それらしいカンジなのですが、結局のところ、1時間半歩いた末に辿り着いたポイントで撮った写真は、下のように今ひとつの仕上がりとなってしまいました。




▲原作の1コマを彷彿とさせる土産物屋の店先。 ▲町並みと階段を俯瞰できるのは、これが精一杯。
 林道でヘンに時間を取られてしまいました。今日廻るべき場所はたくさんあるので、速やかに次の目的地へと向かいましょう。
 阿夫利林道を戻り、大山寺の境内を抜けていくと、大山ケーブルカーの中腹駅である『不動前』へと辿り着きます。当初は意図してここに来るつもりはなく、ケーブルカーで一気に最上層の駅まで行ってしまう予定だったのですが、集落を俯瞰してみようという余計な寄り道をしたおかげで訪れることとなりました。まぁ、これがある意味幸運な出来事となるのですが・・・。
 この『不動前』駅は、前述したように麓(追分駅)と上層(下社駅)を繋ぐ中間の駅なので、乗降する人がほとんど、というか平日はまずいません。そのため、雰囲気は今流行りの(!?)『秘境駅』のような様相を醸し出しているのです。これは芦奈野作品の世界観にも通じるところでしょう。しかもそれだけではなく、ここのロケーションは作品世界での「大山離陸地点」の設定にも近い風景構成となっていたのです!これはちょっと嬉しい発見でした。写真にあるようなギザギザ階段は追分駅と下社駅にも確認できますが、イメージ的にはここが一番しっくりときます。なにしろこの、「鄙びた感」が非常によろしいのですね。
 春の穏やかな陽射しを浴びつつ、ひとり無人駅に佇むと、忙しい時間の流れを忘れさせてくれるようです。ケーブルカーを待つ20分の間、ついには誰とも出会うことなく、のんびりとした時間を楽しむことが出来ました。




▲大山ケーブルの中間にある不動前駅。離陸場所としてはピッタリ!? ▲「どうすんだ?これ」「どうって、このままガーッ!と」
 さて、先ほどから『上層(下社駅)』とかヘンな書き方をしてしまいましたが、実際、大山ケーブルカーの最高地点である下社駅は上層の駅ではあっても、『山頂』駅ではないのですね。山頂は、ここから登山道を歩いて1時間半ほどかかるのです。私も下社駅に着いてから初めてそのことに気付いたのですが、ここまで来た以上、やはり山頂を極めてみたくなるものです。しかも下社(正確には阿夫利神社の下社)という表記もなんか気に入らない。下社、ということは上社、つまり神様の本殿(本社)が何処かにあるということ。それは何処か?というと、やはり大山山頂にあるのです。
 なんだか神様に「ま、下社でお詣りしても良いんだけど、ホンキの気持ちを示したい人は上まで来るわな?」と試されているようで癪なので、『カブのイサキ』とは何の関係もありませんが、ここはとりあえず登って態度を示すことにしましょう。




▲ついに辿り着いた阿夫利神社本殿!・・・って扉閉まってる! ▲頂上トイレの建設資材を運んできたヘリ。風が強烈。
 有名な信仰の山であり、御高齢な参拝者の姿も多く見受けられることから、大山の山頂へは大した道行きではないと思われがちですが、実際は本格的な登山道が山頂まで続き、軽装で臨むと結構痛い目を見ます。事実、下社付近でのゆるゆる観光地的な気分のまま山頂へ向かってしまう人は多いようで、登山道序盤では背広姿やハイヒール・サンダル履きなど、場違いな格好で登ってくる人も見受けられ、ちょっと異様な状況が展開されています。
 かく言う私も長袖シャツ1枚で防寒着もなく登っていったら、9合目付近ではまだ雪が残っていて、汗まみれの衣服がみるみる体温を奪っていき、寒さでエラい目に遭いましたよ。よくも風邪を引かなかったなぁということが、阿夫利神社本殿まで詣でた御利益といったところなのでしょうか?でもなんと、平日だからということなのか、本殿にはシャッターがかけられ内部を拝むことは出来なかったのですよ。うーむ・・・こういうのって、神社の人や講の方たちが、おつとめの一環として毎日交代で開けるべきものではないのか!?下社で観光気分で訪れた人々からお賽銭をもらうのに甘んじてて良いのか、えっ、どうなんだ?という気持ちにもなりましたが、あんまり言うとバチがあたりそうなのでこの辺にしときましょう。
 山頂ではトイレの新設工事が行われていて、ヘリコプターが資材を下ろす作業の真っ最中でした。あたりはさながら台風が来たように木っ端が飛び散り回り、大迫力というか、ちょっと怖いくらいです。オマケに先ほどからの寒さに『風』が加わったので、体感温度は堪ったものではありません。一刻も早く下山し、今回の旅の最後の目的である『豆腐料理』を食べて、身体を温めることにしましょう。




▲山頂より。ここまで遠いと町並みの様子はわかりません。 ▲巨大フキの元ネタはこれ?なんせ地面も10倍ですから。
 『豆腐料理』を食べさせてくれるお店は、「こま参道」沿いにもっとたくさん軒を連ねているのかと思いましたが、ざっと見渡してみたところ『小川屋』さんという店しか見当たりません。ここは外観からして、ちょっと敷居の高そうなお店に思えたのですが、この寒さと空腹、そしてあっちこっちの寄り道による大幅な時間ロスのため、四の五の言ってられません。こうなった以上、もはや体裁や金銭面は気にせず、とりあえずは覚悟を決めて突撃します!
 通された場所は、なんと立派なお座敷(!)ですよ。ここで「冷奴一丁!」なんて注文したら、きっとドン引きされるんだろうなぁと心の中で考えていましたが、『お品書き』には4つのコースしかなくて、単品で結論を出すという選択の余地などありませんでした。
 「ま、まぁ、せっかく来たのだから奮発しましょう!」ということで、とりあえずは堅実に『梅』コースを注文。1食3000円を超えるメニューを頼むなんて、おそらくこのサイト始まって以来のゴチソウなのではないでしょうか!?
 料理は全部で7品目、その全てが豆腐を使用しているという徹底ぶりには感心させられました。空腹ということを別にしても、どれもが美味しくいただけて満足でした。なかでも素材を惜しみなく使った「豆乳鍋」が美味。その濃厚さに、煮詰めていくと表面に湯葉が出来てくるのですね。それを掬い取りながら食べるのが、また楽しくもありました。

 ところで、なぜ大山で豆腐が有名なのでしょう?会計時にお店の方にお話を伺うと、「まぁ、水なんでしょうねぇ」という、至って当たり前の答えが返ってきてしまいました。いやいや、それだったら水の美味しいところは皆そうなってしまうじゃありませんか。そうではなく、『大山だからこそ』の理由が欲しいのですよ。そうした問いかけに、お店の人は一つの資料を見せてくれました。
 それによると、やはり原点は『大山信仰』にあるようです。江戸時代より盛んになった『大山詣で』は、江戸や関東一円に数多くの大山講を作り出しました。その講の人たちが大山詣でに向かう際、食糧として米や野菜と一緒に持ってきた大豆を使って大山の水で豆腐を作ったところ、非常に質の良い豆腐が出来たところから講の人たちの間で急速に広まり、それが土地の料理になったそうです。
 「大山の源流水は『神水』と呼ばれていて有名なんですよ。ほら、下社の地下でご覧になられたでしょう?」
 そう言われて、私はエッ!???っと叫ばずにはいられませんでした。なんと、下社にはそのような場所があるということなのです。先程もちょっと毒づいたように、私はハナから下社のほうは観光名所とバカにしてしまって立ち寄りもしなかったので、この事実に気付くことが出来なかったのです。まさに、ここにきてバチが当たったということなのですね。あぁ、神水飲んでみたかったなぁ・・・。
 ともあれ、やっぱり大山豆腐の核心は水だったのでした。大豆は国産のものを使っているのですが、別段地元産のものというわけでもないようです。




▲今回フンパツして食べに入った「とうふ処 小川家」さん。 ▲豆腐懐石の一部。全品揃うのを待てずに食べちゃいました。
 さてさて、残る最後の検証項目は『巨大フキ』!・・・なのですが、これは最初から無いと分かりきっていますね。キャラブキは豆腐と同様、大山の名産品としてお土産屋さんでも売られていましたが、巨大フキは案の定どこにも見当たりませんでした。・・・っていうか、あんな巨大なフキは、北海道にある螺湾フキでもあり得ないのでは!?あぁ、でも10倍世界となると・・・!?