税務調査

税務調査の流れ

 税務調査は、調査官が納税者の元にやって来て面談しながら行います。通常は前もって連絡があり、日程を調整します。連続した2日程度を予定しているようですが、1日で済む場合もあれば、延長を希望されてしまう場合もあります。
 事業の性格上、現金の取扱が高い場合には、ある日突然調査官が来訪し、その場の現金を数えて帰り、後日に通常の調査を開始する場合もあります。商店街の小売店など売上の大半が現金だという商売の場合、まず特定時点の現金を基準に、前後の帳簿の正確性や矛盾点を確認するためです。

税務調査の連絡

 税務署からの調査の連絡は、税理士に、日程調整の依頼として電話連絡で始まります。大抵は1~2週間程度先の予定として告げられます。納税者の都合で決めることになります。会社の責任者である社長や経理の担当者など、調査に同席する人の都合、事業の繁忙具合など通常の業務に支障がないように調整します。

税務調査の日数

 税務調査の日数については特段に決まりはありません。実地調査の日数と言うことであれば、その会社等の規模にもよりますが、だいたい2日程度で、1日~3日ぐらいまでが常識的なようです。税理士としての経験上では2日が最も多かったように思います。
 ただしこれはあくまでも調査官が現場に赴く日数であって、調査官が実際に調査に要している日数のことではありません。上司に対して許可を貰える報告書を作成して納税者に調査内容を納得して貰う時間としてはもっともっと長くなります。
 税務職員も無尽蔵に時間があるわけでも無く、効率よく仕事をこなしていかなければならないので、余程の大事件に発展する場合で無い限りは、現場では2日程度、報告書を作成してまわりの了承をとってお終いにするまでには数日で無ければならないはずです。ただし、着手から最終的に終了するまでには何ヶ月かかかることもありますが、それは並行して何軒も事案を抱えているからです。
 ちなみに、上場企業のような大組織では、国税局がその企業の一室を借りて数ヶ月間何人かの職員が常駐しているようなケースがあると聞いています。一室を調査官室として固定されてしまい常時調査を受けているようなモノですね。確認する資料が多くなり、また金額的にも大きくなるとこのようなケースもあるわけです。
 調査の連絡を受ける税理士としては、2日程度の連続した日程を要望されることが多いのですが、場合によっては調査する仕事量を考慮して、1日だけを約束し、その日の調査の状況を見てから必要があれば半日ないし1日の追加を考えようと提案することもあります。また、月末に依頼されたら、翌月の適当な日を指定してみたり、連続しない日程を約束したりもします。あくまでも調査を受ける法人等の都合によりますが。

税務調査の時期

  調査は、年間の業務の計画の中で、おおむね事前にある程度絞り込んでから対象を選定し着手します。調査対象の選定自体が事前調査になっている場合もあります。そして、日程を調整して実地調査、反面調査、補完資料の要請、問題点の確認、所轄内部での組織決定と納税者や税理士とのやりとりと合意、そのすべてが終わるのに長引く場合には半年もかかる場合があります。
 調査という業務においては、年度末には事案は解決されているべきでしょう。手をつけておいてその現場を含めて調査業務を後任者に引き継ぐ、まずこれはなかなか出来ません。税務署にとっての年度とは、7月から6月までと理解した方が良いでしょう。
 調査をする側も、そして受ける側の負担も大きくなるので、移動時期には奇麗さっぱりと終わらせたいというのが人情でしょう。そして新任地で前任者が調査中の案件を引き継ぐのも当然イヤでしょう。事情を引き継ぐぐらいなら最初からやり直したいと思うはずです。
 7月1日、それは税務署の人事異動の日でもあります。民間の定期異動であれば4月ないしは10月で、他の役所でも通常は4月に行われますが、税務官庁では7月です。これは3月の個人の確定申告の事務処理が長引くための措置のようです。
 すると、人事異動の時期を年度として考えると、7月から6月までが税務官庁の年度ということになります。普通は年度の変わり目に前任者と新任者の間で業務の引継があります。顔を付き合わせて何かやる場合もあるでしょうし、いたって事務的なモノもあります。
 新任地では、業務を始めるのに、やはり年間計画をたてます。闇雲に片っ端から仕事をしてゆく訳ではありません。そうすると8月から翌年1月までが調査シーズンということになります。
 2~3月には個人の確定申告時期です。この時期は税務署という役所が組織全体の協力体制の元に個人の確定申告業務にあたります。それ程手間の掛かる業務です。他の部門にも動員がかけられています。相談員としてだけでなく案内係や駐車場の誘導まで雑務があります。ですから例え法人税担当でもその影響からは逃れられないのです。場所的に納税者の相談会場を設営したりして落ち着かないこともあります。
 6月は引継準備となるので、4月~5月はその期間だけで調査を完結したい、まずは6月までにすべてを終わらせたい、そういう調査をすることになります。本気の調査は8月~2月まで、着手は8月から11月というごく短期間となりそうです。
 もちろん一般論です。春先に軽く手を着けてみたら思わぬ重大事案になってしまったとか、査察事案、地検の特捜部との協調事案などには季節感はありません。

税務調査の直前対策

 調査日程の前に納税者との打合せをしておきます。どんな話になるか、どんな質問があるか、どんな論点があり、どんなリスクになるかなどです。基本的には済んでいる申告内容のお復習いなのですが。また経理担当者や社長の机の引出を見せて欲しい、金庫の中身を見せて欲しい、パソコンを開いて経理のデーターを見たいなどと言われることもありますので注意が必要です。白紙の領収証や他人名義の通帳や印鑑などなどを見つけたがるのは映画の一コマのようでもあります。

調査官がやってくる

 当日は朝10時ぐらいから始まります。12時までの2時間位は世間話です。普通は世間話という名の概況把握で終わります。社長の苦労話や身の上話、事業の立ち上げの経緯、儲かった話や損をした話、得意先や事業の内容、仕事の進め方などなどです。それから商売の流れ、物流や人の流れ、そしてお金の流れへと話が進みます。その間に会社の概要、従業員や役員の状況、利用している不動産の利用状況なども尋ねられます。
 この世間話は決して場を和ませるという目的で行われていないことを覚えておかなければなりません。この情報に基づいて調査を行うことが多いからです。話と帳簿の内容の矛盾点について必ず聞かれることでしょう。
 調査官は昼時になると食事に出かけます。余程のことがない限り外に出ます。上司と連絡をとって報告し指示を仰いだり、午後の調査に際して方針を整理したいのです。午前中の世間話から、論理的な質問をし、帳簿や証拠書類を確認し照合する準備をしたいのです。まあ、1人の勤労者としてリラックスできる休息を取りたいということもあるのでしょう。
 決算書は提出済みですから事前に要点を得ています。そこでは、決算書の項目について、総勘定元帳で個々の取引の内容を見て、実際の請求書と突合を始めたりします。そして請求に基づく支払の確認をします。継続的・反復的かどうか、毎月の取引金額の変動幅を確認したり、最も取引が多い月や少ない月の内容を尋ねたりします。

調査官の調査

 売上は勿論のこと計上漏れが無いかどうかを必ず確認します。そして仕入れや外注費などの主要科目について確認します。外注費については、本来は給料としての人件費が含まれていないかどうか、従業員との雇用形態との違いについてはどうなっているのかなどを確認します。タイムカードや出勤簿を列べ、賃金台帳などと確認して人件費についておかしな点がないかとチェックもします。
 売上の計上漏れがあると重加算税の課税対象になってきます。また、外注費には消費税が課税されますが、人件費としては消費税が課税されずに、源泉所得税が課税されます。外注費が人件費として認定されてしまうと消費税と源泉税のダブルの追徴になります。
 売上に応じて増減する変動費の動きに異常はないか、前年・前々年との比較で大きく増減している項目の内容はどうか、決算期末の処理は適切かどうか、売上や費用の締めと帳簿が連動して計上されているかどうかなどを見ます。棚卸の内容と実際の商品の仕入れや売上などを追いかけてみたりします。出庫と請求の計上にずれはないか、それは棚卸と矛盾しないかなどなどの確認を始めます。
 現金預金や売掛金などの債権が減っていた場合にそれを埋め合わすための役員からの借入金があれば、その原資が適切かどうか、それと連動して役員の資産形成として辻褄が合うかどうかを確認します。本来当期の売り上げになるモノが翌期の売上として処理されていないかどうか、本来翌期の経費である取引が当期に紛れ込んでいないかと期ズレの確認をします。
 経費に関しては、交際費や寄付金など全額が経費とならないモノを領収証などと突合したりします。また、役員の個人的に支払うべきモノが経費の中に紛れ込んでいないかどうかも当然に領収証や請求書から確認してきます。自動車の保有状態やその利用者が適切に経費として反映しているかなどということです。
 経費の中から本来は役員個人が負担すべき経費が認定されてしまうと、その分の経費が無くなります。消費税が課される取引では当然にその分の追徴になります。経費が無くなる分の利益には当然に法人税等が課されます。そして、会社が経理した経費は、本来負担するべきだった役員への賞与となってしまいます。となると源泉所得税の追徴も当然にあります。そしてそれらの税金の加算税や延滞税なども後から追徴されてしまうことになります。往復ビンタを連打されたような追徴になってしまうのです。
 なお、調査官は、事前に取引相手からの「法定調書」や「資料綫」から、また取引相手の「申告書」の内容から、今回の調査で確認すべき取引のリストを持っていることがあります。もう少し本気で事前調査をする場合には、家族全員の預金の動きをすべて取引している銀行から取り寄せている場合もあります。銀行等の金融機関は、何があっても税務署に資料を提供してしまいます。残念ながら取引先も金融機関もあなたを護ってはくれません。
 まあ、そんな前提で調査官は帳簿や資料を眺めているのです。飲食店の調査では割り箸の消費量から客数を見積もったりします。それがオシボリだったり、仕入れた麺の玉数だったりします。同一業種の平均的な割合すら手に入れているのですから、それを検証する手立てを考えているのです。売上伝票や領収証の控えの欠番や洩れを探したり、筆跡や修正の後を確認したりと細かいことをすることもあります。

調査当日の対応

 そんな現場には役員は居ない方が無難な気がしますので、私は初日の午前中には社長に同席をお願いしますが、午後からは経理の担当者と対応するようにして、社長には用事を作って頂いて外出してもらうようにしています。午前中にも、聞かれないことはあえてしゃべらないようにもお願いします。社長でなければ解らないこと、社長に確認をとってから答えた方が無難な事柄については、社長が同席していないのですから、後から調べて回答しますと答えられます。
 具体的な調査の現場が午後だけで済めば1日で実地調査はお終いになります。翌日も実地調査になることも勿論あります。後からもう半日などと言われることもありますので、差し支えない資料の提供だけは早々にしておいた方が無難です。そうすれば調査官は税務署で確認作業が出来るからです。後日に、後回しにしておいた質問への回答や資料を提供します。

実地調査の事後処理

 実地調査が終わると、今度は是認なのか追徴するべきか否か、追徴する項目は何かという折衝が税理士と調査官との間で始まります。追加の資料を出したり法令や通達の解釈で争います。事実の解釈でも善意か悪意かのような議論になります。論争するという方が正しいでしょうか。何も無ければもうお終いなのですが、時には折衝が持久戦になったりもします。
 折衝の段階では、担当調査官は上司からの同意が得られないと調査の終了が出来ません。そこで税理士は税務署に出向いて、調査官の上司と直接交渉することもあります。足して2で割ったような結論になる場合もありますし、相打ちのようになる場合もあります。全面的に勝ったり負けたりという折衝はあまり無いような気がします。別に土産を差し出すつもりなど毛頭ありませんが、折衝や交渉ごととはそんな妥協点の探り合いになるからです。
 納税者の側で納得したくない場合で、法令に適合していると考えられる場合には当然に妥協などしません。ただしそれは納税者の側での弱みや実利との相談になってきます。いたずらに抵抗して長引かせても納税者にとって実質的に利益がないのであれば長引かせる意味はありません。
 ただし、どうしてもおかしい場合には、納税者の側から進んで行う修正申告はせずに、調査官に対して、税務署長の名の下に更正せよと迫るのも最終手段となります。調査官やその上司も、更正となると手続きから責任からしても負担が大きいから基本的には避けたいのです。半年も修正申告せずに放っておくと調査官は更正せざるを得なくなります。彼らが更正の準備を始めようとしたその時に妥協点を見つけられたこともあります。
 ですので、私は、自分のことを、交渉人とも考えます・・・用心棒という言い方もあるのかも知れません。もう少し上品に言うと、いざという時の保険でしょうかね。経営者から信頼されていて相談を受ける場合には、格好を良く言えば、非常勤の社外取締役でしょうし、誰かが商売をした後の事務的な後片付けをする産業廃棄物の処理業と言うことも出来ます(笑)

税務調査の顛末(税務調査の報告書 !?)

 税務調査の終了(顛末)は、主に2種類に分けて考えられます。何らかの訂正が必要となる場合と 訂正を要しない場合です。
 訂正が必要となると調査官が判断した場合には、修正申告の提出を求められるので、これ応じて 修正申告書を提出して納税すれば調査は終わったことになります。  修正申告の求めに応じなかった場合には、調査官は「調査により追加納税すべき過ちを発見した ので納税せよ」という命令書が発行されることになります。更正です。
 訂正を要しない場合にはそれでお終いです。「更正決定等をすべきと認められない旨の通知書」 という書類(いわゆる是認通知)をもらったりします。調査内容に訂正すべき点が何も無い場合に発行 されるようです。残念ながら私はお目に掛かったことはありません。
 調査官は調査の結果で何かしらの指摘事項をリストアップしてきますが、修正申告を要求するに 至らない軽微なものについては「指導」すべき事項として片付けてしまうことがありました。また、 調査した実績から除かれてしまう案件も以前はあったようです。
 国税通則法が改正されて出来るだけあやふやな話が無くなっているようですが、必ず是認通知の ような書類が発行される訳でも無いと思っています。納税者側から調査官に是認通知の発行を求めて、 その発行をするためにはもっと調査をしたいと提案されても負担が重くなってしまいます・・・

更正決定等をすべきと認められない旨の通知書

※ 更正決定等をすべきと認められない旨の通知書の書式

調査の終了の際の手続に関する同意書

※ 調査終了時に、調査結果の報告を税理士が代理して受けることの同意書の書式

税務手続について

※ 税務署が用意している税務調査に関するパンフレット

税務調査の種類

 課税し徴収する税が適正であるためには、その計算根拠や事実の確認作業が必要となってきます。税務署等には、徴収する税の計算が正しいかどうか、法律に照らして確認する権限があります。当初の申告は納税者自らが記載し計算した申告納税制度の申告だからです。
 調査の種類は3つに分けられます。1つ目は課税処分をするか否かの判断のためのもので、2つ目は滞納処分を遂行するためのもの、そして3つ目は犯則事件の内容を確認するためのものです。滞納処分というのは、未納の税金についての取立ということになります。
 一般的な調査と言われているのは課税処分に対する調査のことです。滞納処分の調査とは、納税者が滞納している税をどうやって取り立てるかという財産調査になります。犯則事件の調査は犯罪調査の一環で司法の調査の意味合いです。
 課税処分に係る調査については、机上調査と実地調査に分けて考えます。実地調査は、税務職員のいわゆる質問調査権(質問検査権とも言う)に基づいて行われます。いわゆる「質問を受けてそれに答える」ことになります。
 「お尋ね」などという文書が届くのも課税処分に係る調査の机上調査と考えていただいて良いでしょう。申告をした人自身に関する内容の確認作業や追加資料の提出の依頼と考えても良いと思います。反面調査としての取引相手のことを確認したいという意味合いもある場合もあります。
 机上調査については、納税者本人が調査官の来訪を受けないという意味で、調査の事実すら知らないうちに済んでいる場合もありますが、文書での「お尋ね」などの問い合わせに対応することもあります。また、法定調書や資料箋などの内部的な照合で済んでいることもあります。

質問調査権

 質問調査権とは、課税処分が妥当かどうか、税務職員に認められた、関係者に対して質問し、関係物件を検査する権限をいいます。
 行政の調査ですから、直接の強制力はないことになっていますが、質問に答え検査を受忍すべきことを罰則により間接強制しています。査察の行う強制調査や司法の行う犯罪調査ではないのです。ちなみに査察の行う強制調査では、すでに内偵が行われており証拠もある程度整えられて準備万端でなされます。
 質問検査は、

 なお、質問検査の範囲、程度、時期、場所等、実定法上特段の定めのない細目については、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられることになっています。

反面調査の意味

 反面調査とは、取引相手に対して行ってあなたの申告内容が正しいかどうかを確認する調査ということができます。あなたにとっての売上は取引相手にとっての経費の支払などです。逆にあなたにとっての経費の支払などは相手にとっての売上となります。従って、あなたが調査を受けた場合に、その内容が明らかにならない場合や、資料を提出しない場合、説明に説得力がない場合などには、取引の相手方から情報を得ようとします。
 反面調査は、相手方に出向いて実地調査する場合もありますし、文書で情報提供を求める場合もあります。また、今自分が受けている調査が、実は取引先の反面調査である可能性もあります。反面調査という言葉は俗語であり、調査をしている対象は何も問題が無さそうだけれど、その場の証拠書類を確認したところ、その取引相手が何か調査官の感ずるところとなり、結果として相手先の反面調査になってしまうこともあります。
 調査現場から持ち帰った資料の相手先を、その相手先自体がどんな申告をしているか、申告自体がなされているのかということも確認することでしょう。全部では無いにしてもある程度は得られた資料の検証のために確認するはずです。
 年末から新年にかけて法人では法定調書という資料を提出します。給料に関して年末調整した源泉徴収票の写しや、不動産に関する賃貸料の支払い状況、売買の取引状況、報酬の支払いやその源泉徴収税の内容などを毎年税務署に提出しています。法律上の義務で提出しています。ちなみに、このときに源泉徴収票のコピーが地方公共団体に提出されてその年の住民税が計算されることになります。
 また、夏場にはその年の上半期である1月分~6月分までの取引状況を報告するように、資料箋の提出を求められます。仕入や外注費、交際費などの取引相手ごとの資料の報告です。これも法律上の法定調書の1つです。これらも机上での反面調査ということになり、実際の調査のときに照合される資料になります。
 調査を受ける皆さんにとって一番不快な思いをするのが、取引先への反面調査(取引内容の確認)ではないでしょうか。取引先の事務所を訪問することさえあります。それをある程度未然に防ぐためには、取引先からの証拠資料をきちんと整理し保管しておくことが必要になります。

税務調査と調査官の立場

税務署の内部事情

 税務調査は何時来るか?これは絶対的なモノではなく相対的なモノでしょう。来るか来ないかは担当統括調査官の選択次第です。
 統括調査官とは、所得税第○部門とか法人税第○部門という風にある税務署の調査部門の責任者のことです。ほとんど外に出ることはなく部下が数名います。上席調査官と調査官、それに統括調査官で一つの部門というチームが出来ており、税務署には規模の大小がありますが一般的には一つの税目で数部門設置されています。
 統括調査官は、自分の部門が1年間に出来る仕事量を、季節を考えながら選びます。部門ごとに担当する納税者は予め決まっています。業種や地域などなど個々の税務署によって異なる振り分けがされているのです。
 また、その部門に新人の調査官が配属されたりすると、ベテランの調査官と共に納税者の元へ出向いて補助をしながら仕事の見習いをします。独り立ちできる調査官になるまでは誰かに同行するのです。ベテランの調査官が新人の調査官と同行する場合には、あまり揉め事の起こらない、比較的協力的な納税者を選んだりします。成績にこだわらずに業務上の研修といった感じでしょうか。
 調査対象が大きな場合には部門総出で調査に当たることもありますがこれは税務署単位では希です。資本金等の基準で規模が大きな納税者などは国税局が所管となるからです。
 調査官も公務員という縦社会のサラリーマンです。いわば出世レースの中にいるサラリーマンとでも言えばよいのでしょうか。ですから当然調査による実績を上げようと努力していますが、納税者と大きく揉めることも嫌います。納税者に納税について理解してもらい指導するという能力が低いと見なされる可能性があるからです。
 納税者が納得すれば納税者の自発的な修正申告ということになりますが、納税者が納得しないと修正申告して貰えないことになります。こうなると、調査官は、最終的には根拠が有れば職権で更正してきます。この更正は税務署長の名前で行われる国の納税者に対する処分となります。ですから担当調査官は責任が重くなってきます。
 更正がなされると納税者は不服申し立てをすることができます。裁判の一つ手前の作業で、こうなってしまうと調査官も日常業務を円滑にこなす時間が無くなってしまうのです。それと立場は公務員でも人の子です。揉め事の当事者は国ですがその揉め事の直接の担当者になってしまい、自分の主張を論理的客観的に証明しなければならなくなります。これは精神的にも負担なことでしょう。
 現場の調査官は上司としての統括調査官に報告して納得して貰わなければなりません。ですから証拠書類をコピーして報告書に添付します。ある意味、真面目に仕事をやってきたという報告書を作れるように仕事をしているのだとも言えます。
 最近では審議官という担当者がいて、調査官、統括調査官が終える仕事のチェックをしているようです。現場の調査官はこれらの上司や審議官の合意を得られるように仕事をしなければならないのです。

調査対象はどうやって選ばれるのか?

 納税者から提出されてきた申告書は統括調査官の机の上に載ります。最近ではコンピュータ処理されデータ化されたリストと共に。このデータは注目すべき数値がクローズアップされているようです。一定期間に提出された申告書から調査対象を絞り込む作業が統括調査官によってなされるのです。
 統括調査官は係長とか課長のような責任者ですから、もちろん部門長としての成績評価がされますし、個々の調査官の指導を含めて効率よく仕事をしてゆかなければなりません。ですから部下の個々の能力やこなせる仕事量を考えながら調査対象を選定し、部下に指示を出し、最終結論にも目を光らせます。
 まったく同じ申告書が提出されていても状況によっては調査する場合もあるでしょうし、また今回は見送って他の納税者の調査を実施する場合もあるのです。きわめて相対的なモノと言うことです。特に目を惹く内容がない場合にはということですが。
 また、調査対象は、調査したい本命があって、そことの取引を裏付け調査のために補助的に選ばれることもあります。ですから調査対象に選ばれたとしても、調査官が調査したい内容が自分の所にあるからだけとも限らないのです。
 そしてまた、周りからの密告というようなきっかけも有るやに聞いたこともあります。退職した従業員の割合が一番高いのだとか。
 10数年調査のない納税者も有れば3年に1度くらいの割合で調査対象に選ばれる納税者もいます。税務署内部での相対的な問題です。あまりにも興味を惹くような内容でない限り運不運の要素が大きいのだと思います。

税務調査と税理士の立場

 税理士の仕事は、普段は、申告するための資料を整えて、帳簿や申告書を作成し、税法適用を考慮して申告をすること、これを通常の仕事にしています。申告する時点の仕事だけではなく、事前の対策についても対応します。このような仕事の他に非経常的に起こるのが事後の調査への対応です。
 税理士の仕事は、日常的に顧問先の事実関係と税法を確認して申告をしていますから、それはある意味において、調査があっても大丈夫な事前準備が出来ているということにもなります。だから税理士の側では想定の範囲内ということもできます。ただし、事実関係と税法について調査官との間で解釈の違いということがあります。
 当初の申告時点で調査があっても問題ないという申告もあれば、調査があったら問題点になってしまう可能性が大きい申告もあります。税理士としては、バレたら即アウトという申告には同意できないものです。人のすることですから、気づかなかった、見落とした、勘違いしたという明らかなミスも可能性としてはありますが。
 問題点になる事案にも、危険度が高いモノから低いモノまであります。税理士としては納税者の価値観と相談しながら申告の方針を決めざるを得ません。ちょっと冷静に考えると、調査があった場合に何も問題がない税理士が良い税理士とは限りません。顧客の権利を最大限に生かしていないのかも知れないからです。
 また、調査で指摘事項が多く何らかの追徴課税ということになっても、それは税理士が弱いからだとも限りません。当初申告で顧客の権利を最大限に主張してみたが、ある程度の妥協をする前提だったために最小限の妥協をしたのかも知れません。ですから、申告時に、納税者の側でも、申告の方針をきちんと理解していないと、調査の時にこんなハズではなかったということになってしまいます。
 税理士は、申告時点で、問題点やそのリスクを納税者にきちんと説明し、理解してもらった後で申告方針を決定すべきでしょう。調査の直前の準備にも、問題点の整理をして対応を誤らないようにしたいモノです。よくあるのが、経理担当者や社長の机の引出や金庫・パソコンの中身を見せて欲しいといったことです。
 なお、突然に新たな事実が出てくるような調査では、税理士の対応力が試されます。臨機応変な対応が求められます。その場で即対処できそうもない場合や、どう対応して良いのか解からない場合には、後から説明する約束だけでも構わないものです。3年も前の事柄についていきなり尋ねられて即答できる人はあまり居ません。すらすら過ぎるのも逆に怪しいぐらいです。
 税理士は顧客の利益を護るために最大限の努力をすべきです。ただしやり過ぎることもできません。調査官に負けるべきではない場面では当然に戦いますが、事実や税法を無視したことが出来ないからです。それが税理士の限界とも言えます。
 これに対して、弁護士は、正義の味方と言うよりは、顧客の利益のみを追求して、正否は裁判所が決めるという対応になります。税理士は、当初から課税側を相手取って訴訟をする前提で仕事はしていません。おかしな調査官や行き過ぎた課税の処分に対しては戦う準備は当然に出来ていますが、基本は、調査官にきちんと説明して是認を説得する、調査が速やかに終わるようにする、仮に追徴があったとしても出来るだけ少ないことを目指しているからです。調査官に対する交渉人とでも言えば理解しやすいのかも知れません。
 たまに、「所詮税理士は税務署の手先ないしは下請けだからね」という声も耳にしますが、そういうつもりは全くありません。残念ながら、税理士の実力不足というか説明不足なのかも知れませんね。税理士としての私が妥協したくなくても、納税者の側で「些細で面倒だから調査官の言うとおりにしてさっさと終わってしまおう」などと言われる場合もあります。
 別の見方をすると、税理士はとても繊細な立場で仕事をしなければならないのだとも言えます。脱税に関与すれば法律違反で即アウトです。資格が無くなってしまいます。廃業も視野に入ってしまいます。しかしもう一方では、納税者の利益を最大限に図からなければなりません。それこそ損害賠償の請求の対象になってしまうのです。両者から睨まれながらも、納税者を擁護しつつ理解を得て税務署を納得させなければならないという、前門と後門の間での妥協点を探すような仕事になりかねません。
 なお、税務署の側からすると、税理士が居てくれて助かるということもあります。納税者との衝突の緩衝材になってもらえるからです。調査官が直接に納税者と対応すると争いごとになる可能性もあります。納税者の側の感情的なことと調査官の側の官僚的・事務的な態度がぶつかってしまうからです。