暮らしと星の名

【注目された属性】
 夜空の星には、さまざまな属性があり、それらを利用した人びとの暮らしもまた多様です。星の名の発生を考えた場合、 人びとはどのような星の属性に注目していたのでしょうか。見た目には種類が多いと思われる呼び名も、基本的にはいくつかの 共通した見方に集約されます。そこには、日本の星の名を構成する重要な特性を見出すことができるわけです。このブースでは、 それらを代表的な分類項目にしたがって解説しました。なお、文中で示した星の名は、原則として星名の解説に掲載したデータを 基にしていますが、一部それらの転訛形で示したものもあります。

《本文中の引用文献について》
詳しい情報については、入館口(トップ頁)の目次中にある「文献資料」を参照してください。文献名に付随する数字が 分類記号を示しています。なお、この項の一部について石橋正氏、北尾浩一氏、横山好廣氏の発表による星名を一部引用させて いただきました。関連する文献記号は以下のとおりです。
0049、0108、0196、0207、0208、0211、0216、0217、0219、0220、0221、0222〜0227、0231〜0239、0248

生きもの 2019/08/25

◎ 星の名をもつ生きもの ◎

 星の伝承を求めて農山村や漁港を歩いていると、それまで全く関心を抱かなかった事象に気づかされることがあります。 聞き取り調査のなかで何気なく耳にした言葉が、その後思いがけない新たな調査へと発展したケースも少なくありません。 ここで紹介する対象も、そうした過程で発掘され、今では漁港での調査に欠かせない項目となりました。
 現代人の暮らしにおいて、自然とのかかわりが極端に減少してしまったことは今更いうまでもないことですが、それで も海を生業の場とする漁師たちにとって、そこに生息する生きものとの関係は、時代を超えて深く暮らしのなかに溶け込 んでいた経緯をもっています。そうした複雑な生態系を有する海洋には、魚類をはじめとして大型哺乳類や甲殻類、軟体 動物、藻類など、実に多種多様な生きものの世界が広がっているものの、実際に漁獲される種はごく限られています。ま た、その利用を考えた場合には、地域差や民族間のばらつきが大きいことも確かでしょう。
 多くの水産物を利用する日本においても、北の海と南の海、太平洋側と日本海側では環境が異なり、さらには利用する 漁場や漁具・漁法によっても対象は変化します。日本各地にのこる水産物の伝統的な食文化も、そうした背景によって育 まれたものといえそうです。このような生きものに対する関心の度合い、認識の違いなどは地域特有の呼び名として現れ る事例が多くみられ、それは星の呼称や風位の呼称などとともに、海に依存する暮らしと文化を知る上で重要な要素の一 つとなっているのです。
 海の生きものの呼称(標準和名ではなくいわゆる方言名)には、その生態や外見的な特徴などを表現した命名が多くみ られますが、そのなかに星の呼称と結び付いた事例がいくつかあります。これらは、いずれも体表面に現れた特徴的な模 様や斑紋などがその由来となっており、天体と海洋生物を関連付けた漁労文化の多様な一面を垣間見る思いです。

《 ジャノメガザミという生きもの 》
 ワタリガニ科ガザミ属の一種で、日本では秋田県以南に生息するといわれています。このカニの特徴は、何といっても 背中(甲)にある三つの大きな斑紋でしょう。これほど鮮やかで目立つデザインは、そう多くはありません。一般的には モン(紋)ガニあるいはモンツキ(紋付)ガニと称されているようですが、関東地方や静岡県などでは大きな紋を三つの 星と見てミツボシあるいは ジョウトウヘイなど という呼び名が伝承されています。正に、地域の星の伝承がそのまま生きものへとつながっているわけです。

斑紋を背負ったジャノメガザミ 調理によって赤く染まった斑紋

ジャノメガザミの呼称 〈 2019/08/25 〉

伝承地域 ミツボシ ジョウトウヘイ そ の 他
 秋田県由利本荘市 ホシガニ[*1]
 秋田県にかほ市 (モンツキガニ)
 千葉県九十九里町
 千葉県いすみ市
 千葉県館山市
 千葉県鋸南町 (モンガニ)
 千葉県船橋市
 千葉県浦安市
 神奈川県二宮町
 神奈川県横須賀市 (モンツキ)
 福井県美浜町 (モンガニ)
 静岡県西伊豆町 (ムグリガニ)
 静岡県沼津市
 静岡県富士市
 静岡県静岡市
 静岡県焼津市
 静岡県牧之原市
 愛知県蒲郡市 (サンモンガニ)
 愛知県西尾市 サンコウサン[*2]
 愛知県常滑市
 愛知県南知多町 (モンガニ)
 三重県鈴鹿市
 三重県紀北町 (モンガニ)
 三重県鳥羽市
 大阪府泉佐野市
 大阪府阪南市 ヘイタイ[*3]
 和歌山県和歌山市 (モンガニ)
 岡山県倉敷市 (モンツキ)
 山口県宇部市 (モンガニ)
 徳島県小松島市 (モウガニ)
 徳島県鳴門市 (モンガニ)
 香川県東かがわ市 (モンツキ)
 愛媛県今治市 (モンガニ)
 高知県香南市 (モンガニ)
 福岡県北九州市 (モンガニ)
 福岡県糸島市
 福岡県吉富町
 熊本県天草市 (モンツキガニ)
 大分県宇佐市 (モンガニ)
 宮崎県延岡市 ミツボシガニ ホシガニ[*1]
 宮崎県門川町 ミツボシガニ
 宮崎県川南町 ミツボシガニ
 宮崎県日南市 (モンツキ)
 鹿児島県阿久根市 ホシガニ[*1]

[*1] ホシガニは星ガニの意
[*2] サンコウサンは三光(日月星)を意味する
[*3] ヘイタイはジョウトウヘイと同じ見方で星三つの徽章に由来

◎ 星になった生きもの ◎

 日本の星の名に表れた生きものは多くはありません。その中で目に付くのは、 動物に対する関心が比較的高いという傾向がみられることです。大阪府の漁港では、 ガニメといって、ふたご座の二星を蟹の眼に見立てています。既存資料では、ほかにも ふたご座にカザエイ(エイの一種)やネコノメボシ(猫の眼星)など、動物の眼に喩えた呼び名が報告されており〔北尾浩一氏、 文0208・0211・0248〕、感覚的にも違和感のない命名といえるでしょう。カリマタ(雁股)も叙情的な名で、夜空を飛翔する雁の群れ を思い浮かべることができますし、春を告げるハトボシ(鳩星)は季節の移ろいがよく表れている呼び名です〔石橋正氏、文0049〕。
 一方、からす座のカワハリボシ (皮張り星)は、ムジナ(狸)の毛皮に由来するもので少々生臭い雰囲気が感じられます。しかし、そこには山で生活を営む人たちの 生きものに寄せる切実な思いが込められています。山の暮らしでは、衣食住とかかわりの深い動植物が多く知られていますが、夜空を 飾る星にその名を刻んだムジナの奇抜さが際立った存在感を示しているようです。

アナグマの敷き皮 星になった蟹の眼

民 具 の 星 2022/11/25

【夜空に描く民具】
 民具は、かつての日常生活や生業などで利用された用具全般のことです。それらのほとんどは、時代とともに近代的な機械・装置や 工具類などの工業製品に置き換わりましたが、現在もなお生活に根付いている民具もいくつか見受けられます。たとえば、杓文字や玉 杓子(お玉)、お膳、俎などは、素材やデザインこそ変化したものの、日々の食生活においてまだ健在です。なかには、昔とほとんど 変わらぬ姿・機能で使われている事例も少なくありません。
 かつて、磯貝勇氏は夜空の星と民具のかかわりについていち早く注目し『星の和名と民具』〔文0241〕を著しました。当時は、まだ 限られた民具が対象でしたが、その後の調査の進展に伴い生活用具から農具、漁具、製炭用具、運搬具、遊戯・信仰にまつわる用具ま で、実に多様な民具が夜空に投影されたことが明らかとなっています。これらは60種以上に及びますが、同類の民具であっても形状や 用途の異なるままに、それぞれ個別の星として呼び分けている事例がみられるのも大きな特徴の一つです。
 また、対象が全く同じ星名であっても、星の配列に民具の形状を充てる見方は必ずしも同じとは限りません。さまざまな要件が交錯 した地域の特性を考えれば、むしろ画一的でないほうがより自然でしょう。単なる形合わせの命名ではなく、その背景に描かれた歴史 や文化なども含めて理解する必要があります。
 さて、星の民俗館ではこのような民具の蒐集に努め、これまでに約50種の資料を所蔵しています。このうち、当館で記録した星の名と 関わりの深い民具あるいはそれに類似する資料を中心に星座別に紹介します。なお、詳しい解説については、それぞれの星名解説の項を 参照してください。

【民具の星をさがそう!】

お う し 座
 
 冬の夜空を代表するおうし座には、プレアデス星団(右図/すばる)とヒアデス星団という二つの星の集まりが見られます。中天を 移動する特徴的な星の配列は、身近な生活用具や漁具などさまざまな民具を連想させ、広い地域で多くの人びとに利用されてきました。
 まずプレアデス星団では、羽子板を含めて把手状の構造を有する容器や漁具などに見立てた事例が多くあります。
すいのう(揚げ笊の一種)⇒ 星名: スイノウボシ
しょうぎ(箕状の篩)⇒ 星名: ショウギボシ
すまる(漁具の一種)⇒ 星名: スマル
羽子板(羽根つきの板)⇒ 星名: ハゴイタボシ
  

▲〈左〉すいのう / 〈中〉しょうぎ / 〈右〉すまる

 また、ヒアデス星団には次のような民具が充てられています。ただし、ザマタに関しては「はねご」以外の別なイカ釣り具をもって、 異なる星座を対象とした事例が認められます。
はねご(イカ釣り具の一種)⇒ 星名: ザマタ
もっこ(背負い籠梯子の一種)⇒ 星名: モッコボシ
  

▲〈左〉はねご(北海道)/〈中〉コエカゴ(新潟県)/〈右〉板もっこ(山形県)

オリオン座
 
 おうし座の後から悠然と姿を現すオリオン座は、多くの人びとに馴染み深い星座です。特にオリオンのベルトにあたる三つの星は、よく 知られています。したがって、民具の対象はこの三つ星とその周辺の星々(右図/小三つ星、η星など)に集中し、漁具や農具を中心に 各地域に根差した生業との強い結び付きを感じさせてくれます。
 始めに、三つ星の民具を見てみましょう。算木のような小物から長尺の物差しまで、基本的には棒状の用具が多くみられます。かせに ついては、三つ星単体だけでなく他の星を含めた複数の見方があり、伝承・伝播の複雑さがよく現れています。
算木(計算や卜占に使われる)⇒ 星名: サンギ
しゃくご(古いものさしの一種)⇒ 星名: シャクゴボシ
金突き(三叉状のヤスの一種)⇒ 星名: カナツキ
かせ(紡績用具の一種)⇒ 星名: カセボシ
  

▲〈左〉算 木 / 〈中〉しゃくご / 〈右〉金突き

 三つ星に小三つ星やη星を含めた形状は、程よい大きさの四辺形として捉えることができます。また、ここに大型の農具を見出した人びとも いました。
犂(田畑の荒起し用具)⇒ 星名: カラスキボシ
桝(計量器の一種)⇒ 星名: マスボシ
酒桝(液用計量器の一種)⇒ 星名: サカマス
  

▲〈左〉犂(滋賀県)/〈中〉五合桝 /〈右〉酒用一合桝(熊本県)

おおぐま座
 
 おおぐま座は、北の空で北極星の近くを廻ります。よく知られた北斗七星(右図)は、その動きから時間の経過を示す星 として広く利用されてきました。そこには、どのような民具を見出すことができるでしょうか。よく知られた柄杓を筆頭に 杓文字や杓子、玉杓子など柄付きの掬い具や容器とみた地域が多くみられます。また、和船の舵にかかわる星名は、漁師だ けでなく北前船に代表される航海と北斗七星の関係を示唆しています。
杓子(刳りものの杓子)⇒ 星名: シャクシボシ
玉杓子(主に汁物などを掬う)⇒ 星名: タマンジャク
杓文字(箆杓子の一種)⇒ 星名: シャモジボシ
油桝(液用桝の一種)⇒ 星名: アブラマス
舵(和船)⇒ 星名: カジボシ
  

▲〈左〉大型の杓文字 /〈中〉油桝(2種)/〈右〉舵

鉤(吊り具)⇒ 星名: ツリボシ

北斗七星の桝を吊り具の鉤に見立てたもの

カシオペア座
 北極星を介して北斗七星と対峙するカシオペア座の「W」形も特徴的な星の配列ですが、対象となる民具はわずかです。
錨(船を係留するおもり)⇒ 星名: イカリボシ
 

▲〈左〉西洋式の錨 /〈右〉和船の錨

か ら す 座
 からす座はあまり目立たない星座ですが、南の空を程よい高さで移動する四つの星は、生業を問わず注目されました。
膳(箱膳や脚付き膳など)⇒ 星名: オゼンボシ
艫帆(船の艫に張る帆の一種)⇒ 星名: スパンカー
 

▲〈左〉明治時代の箱膳 /〈右〉漁船のスパンカー

さ そ り 座
 
 夏の南の空で雄大なSの字を描くさそり座。その心臓といわれる赤い星(アンタレス)と両脇の二つの星が民具の対象です。
天秤棒(荷担ぎ棒の一種)⇒ 星名: オヤカツギボシ

▲ わずかに撓んだ担ぎ棒 

ペガスス座
 秋の夜空に大きな四辺形(一つはアンドロメダ座の星)を描くペガスス座。ここにも生活用具が描かれていました。
斗桝(一斗を計量する桝の一種)⇒ 星名: トマスノホシ
 

▲〈左〉検定仕様の一斗桝 /〈右〉把手付の一斗桝

星の位置 2020/03/25

 日本の星の名における特性の一つに、利用対象となる複数の星(星団)に対して、利用頻度の高い星を基準とした前後の位置関係を 示す表現があります。このような形態は、ある特定の空間で連続する星を利用する際にもっとも顕著であり、イカ釣り漁と星の関係が その代表的な事例としてよく知られています。
 いわゆる一本釣り漁(手釣り)の時代に、星を頼りにした地域は概ね九州地方から北海道までの広域におよび、とりわけ北陸地方以北 においては多くの伝承があります。太平洋側でも宮城県以北で伝承が豊富です。利用の中心となる星は、おうし座のプレアデス星団と オリオン座の三つ星を主体とする星群に集約され、他の星については前出のそれぞれの呼称に位置関係を示す語句を付加した形式が基本 タイプとなっています。これはイカ釣り漁に限ったことではなく、晩夏から秋そして冬のはじめにかけて、夜間に操業する漁法であれば 総じて連続した星の利用が図られてきたものと考えられます。それらは、ぎょしゃ座のカペラ(α)にはじまり、おうし座のプレアデス 星団とアルデバラン(α)、オリオン座のベラトリックス(γ)と三つ星、サイフ(υ)、おおいぬ座のシリウス(α)へと続きます。

《 間の星 》  文字通りに特定の星と星の間に位置するという意味ですが、イカ釣りの星では、あくまでもプレアデス星団と三つ星が基準となります ので、一般的にはアルデバランが該当します。ただし、青森県の調査において記録された アイボシ(間星)の場合は、利用体系全体の 関係からオリオン座のベラトリックス(γ)ではないかと考えられます。これは特別な事例かもしれませんが、地域によっては同様の 見方をしている場合がありますので注意が必要です。

《 先の星 》  これは、ある特定の星に対して先行する配置を捉えた呼び名です。プレアデス星団を基準とした場合は、ぎょしゃ座のカペラが サキボシ(先星)になります。地域によっては「〜ノマエボシ」と呼ぶ場合もありますが、何れにしてもスバルより北寄りの東天に 約30分早く姿を現しますので、その先がけという意味あいが強調された呼び名となっています。星の名の記録としては、スバルあるいは スマルを基本系統とする スワルノサキボシやムツラボシを 基本系統とするウヅラノサキボシ、ムツラノサキボシなどが知られています。一方、オリオン座の三つ星を基準とした先星は アルデバランがその代表で、星の名としては単にサキボシなどと呼ばれます。また、アルデバランと三つ星の間にもう一つ指標となる星 (ベラトリックス)が設定される場合があり、一部の地域ではこれを サンコウノサキボシムツラノマエボシとして伝承して いるところがあります。

《 後の星 》  サキボシ(先の星)と反対の位置関係にある星は、一般的にアトボシ(後星)の呼称で区別されます。これらは「後に続く」あるいは 「あとから出る」星を総称した呼び名であり、その主たる対象によって多彩な星の名が記録されています。まず、プレアデス星団について みますと、これに続く後星はアルデバランであり、スマルノアトボシを基本とする系統(シバリノ〜、スワルノ〜など)と ムツラノアトボシを基本とする系統に分類されます。 他に オクサノアトヒカリ(後光り)がありますが、 これはオクサというプレアデス星団に対する特殊な呼び名を冠したもので、限られた地域での伝承となっています。また、三つ星を 基準にした場合、その後星はシリウスが一般的です。星の名は、 サンコウノアトボシをはじめとして サカマスノ〜、マスノ〜、ムジナノ〜、ムツラノ〜など多くの呼称があります。 後者の二つの事例はアルデバランと同じ呼び名ですが、この場合の「ムジナ」や「ムツラ」はプレアデス星団ではなく、三つ星と小三つ星を 併せたムツラ(六連)のことですので注意が必要です。なお、地域によってサンコノアトボシは二つあるとする事例があり、シリウス以外にも アトボシと認識していた星が存在しています。したがって、これまでシリウスとして記録されたアトボシにも、他の星を対象としていた可能性が あったかもしれません。ところで、アトボシと類似の見方に、オノボシ(尾の星)あるいはオボシ(尾星)というのがあります。 尾のように後に続く星の意と考えられ、アルデバランとシリウスの双方が対象です。こうした発想の原点を振り返るたびに、命名した 人びとの感性の豊かさを実感させられます。


「イカ釣りの星」の位置関係とその呼称

先駆けの星・カペラ
* 出現は最も早いが次第に追い抜かれてしまう *

地名と星の名 2019/06/25

 星の呼び名には、地名を冠した事例が少なくありません。多くはりゅうこつ座のカノープスに対するもので、これらは、西日本の 沿岸域に集中しています(北尾氏の調査による)。当館の調査では、兵庫県明石市で アワジボシ(淡路島の地名に由来) の記録がありますが、そこに共通しているのは、南の低空に現れるカノープスを、その方角の象徴と捉えている点です。これらの地域 では、方位と地名が一体のものとして認識されていたものと考えられます。関東周辺の沿岸域では同じ南方を意識した呼び名で直接に 地名と結びつくのは、 メラボシがその代表といえます。ただし、 「メラ」の地名は太平洋沿岸の数箇所にあり、どこを星名誕生の地とするかについては諸説があります。総じて、東日本のカノープスに 対する関心は、気象とのかかわりが重要な要素として認識されている傾向が強く表れているといえるでしょう。西日本に比べ、 カノープスを確認できる限界の地という地理的要件が影響を及ぼしているものと思われます。
 なお、相模湾沿岸域ではダイナンボシ という星の名を伝えているところがいくつかあります。具体的な地名ではありませんが、ダイナンは一般的に海の沖合を示すことばであり、 東京湾や相模湾ではこれが南方にあたることから「南の遠い海」というイメージがカノープスの呼び名に結びついたものと考えられます。
 りゅうこつ座以外では、ぎょしゃ座のカペラに対する事例として ノトボシヤザキボシがあります。「ノト」は石川県の 能登半島を意味し、海上においてこの方角から上るカペラを漁の目標として利用していました。この星名が伝承されているのは、京都府の 丹後半島(京丹後市)や福井県の若狭湾沿岸(小浜市、美浜町)などで、いわゆる地域特性の強い星名の一つです。ただ、ノトボシは意外にも イカ釣り漁民の移住をとおして遠く北国への伝播・定着が確認されていますので、別な意味で重要な存在となっています。一方、ヤザキボシは 日本海の佐渡島にある地名を示す呼び名で、伝承域も同島内の一部の土地に限られた極めてローカルな事例といえるでしょう。

関東南部におけるカノープスの呼称とメラの地名
メラという地名は、和歌山県の紀伊半島にもあります。布良の由来については、海草が繁茂する「布浦」の転訛説や紀伊半島や 伊豆半島からの移住地にちなむとする説などがあります〔『角川日本地名大事典12千葉県』文0041〕。したがって、メラボシの 語源の解明には、その伝播経路の特定が大きなポイントとなります。

ノトボシとヤザキボシの伝承分布
積丹半島の付け根にある岩内では、ノトボシがホリカップの岬から上るという伝承があります。この岬を能登半島と見て郷里の 星空を重ね合わせていたのかもしれません。ただし、その他の伝播地域ではそうした伝承がなく、新たな土地でも漁労上の慣習が そのまま踏襲されて定着したものと考えられます。

星 の 色 2015/09/21

 夜空に輝くたくさんの星も、よく観察するとさまざまな色をもっていることがわかります。太陽と同じ恒星では、スペクトル型に よる識別が行われ、一般的には青い星から赤い星にいたる分類があります。スペクトル型と色の関係は一つの目安ですが、恒星の色 の違いを理解するうえでわかりやすいでしょう。ただし、太陽系の惑星の色は地表面や大気の構成物質によって変化するものですので 注意を要します。たとえば、さそり座のアンタレスと火星はどちらも赤い星として知られていますが、その色の性質は全く異なる要因 に基づくものです。星それぞれにスペクトル型があるとはいうものの、夜空で肉眼的に色の違いを認知できるのはせいぜい4色程度では ないかと思われます。星の名としても、比喩的な表現を含めて伝承された事例は多くはありません。

《 青色の星 》  青星の呼び名をもつのは、おおいぬ座のシリウス(α)です。一般的には、青白い星と見られていますが、これを白い星とみている 地域もあります。いずれにしても、 アオボシはシリウスの呼称としてほぼ定着 しており、北国などではイカ釣り漁において共有化された認識となっています。おうし座のプレアデス星団も青白い星の集団ですが、 これを炭焼きの煙の色に喩えた呼び名にクロケシ(黒消し)という記録があります。ただし、このような見方はきわめて稀なケースと いえるでしょう。

《 赤色の星 》  赤星と呼ばれる星はいくつか存在しますが、その代表は何と言ってもさそり座のアンタレス(α)でしょう。色だけでなく、特徴的な 星の配置などからもアカボシに相応しい 風格を感じさせてくれます。 実はこの星は二重星をなしており、主星が赤色巨星であるのに対し、伴星は青い星で見事な色の対比をもっています。もちろん肉眼では 確認できませんので、漢名の「大火」も全く色あせることはないでしょう。アンタレス以外では、おうし座のアルデバラン(α)に アカボシが記録されています。北国では イカ釣り漁において重要な存在でしたが、実際の色としては黄色からオレンジ色の星です。赤色の星と見なすには少しもの足りなさが 感じられますが、周辺の主要な星と比較した場合には、識別のための命名という点において「赤い星」と呼ぶことも理解できないわけ ではありません。星の名の伝播に際しては、この程度のあいまいさは問題にならなかったものと考えられます。ただし、注意が必要 なのは、同じアカボシでも金星の アカボシは明るさに基づく「明か星」で あり、両者を混同することがないように留意したいものです。

《 白色の星 》  白色を帯びた星は多く存在しますが、そのなかで シロボシの呼称を得ているのは、こいぬ座の プロキオン(α)とおおいぬ座のシリウス(α)です。シリウスについては、青色と白色の二つの顔をもっていることになりますので、 実質的にはプロキオンが白い星の代表といえるでしょう。フタツボシの星名をもつことからもわかるように、比較的利用度の高い星 でした。シロボシに相応しい星は他にもありますが、暮らしに密着した星であったかどうかという点で、その対象は大幅に狭められている わけです。


星 の 数 2017/11/25

 星の命名においてもっとも基本となるのは、対象となる星の数による呼び名でしょう。これは、対象物を一つの集合体としてみなす ことで成立する考え方ですから、星そのものの特徴を捉えているわけではありません。したがって、同じ呼び名であっても対象となる 星が異なる事例が少なからずあります。星の名として記録されているのは、ヒトツボシ、フタツボシ、ミツボシ、ヨツボシ、イツツボシ、 ムツボシ、ナナツボシの7種類を基本形とし、これに類似する変異形が加わります。

《 一つ星 》  肉眼的には、夜空の星はすべて独立した存在です。これをあえてヒトツと呼ぶには、それなりの理由が隠されていることになります。 星の名としての一つ星は、こぐま座の北極星(α)に集中していますが、惑星である金星を同様に呼ぶ地域もあります。北極星の場合は、 周辺に明るい星がないので「孤高の星」という印象を強くうけます。しかし、それだけの理由であれば、ほかの星にも同様の呼び名が 生まれているはずですが、おそらく、その奥に隠された特殊性に目を向ける必要があるでしょう。北極星についていえば、この星だけが もつ重要な特性があります。つまり、北の方角を示しながらほとんど動かないという事実であり、みかけ上は夜空の中心に位置している という点からも、まさに一つ星の名に恥じない星といえます。こうした見方は、 キタノヒトツボシ(北の一つ星)や キタヒトサマ(北一つさま)、 ネノヒトツボシ(子の一つ星)などの星名として表れています。  一方、金星の場合は、ヒトツという呼称のなかに「明るい星」あるいは「大きな星」としての存在感が内包された命名といえるで しょう。そこには、イチバンボシ(一番星)としての感覚が隠されています。北極星のように、方位を意識させる星としては、 他にりゅうこつ座のカノープスがありますが、一つ星の呼び名は見あたりません。この星に関しては、低空での動きそのものが重要な 特性となっていためと推測されます。

《 二つ星 》  星の名で二つの星と認識されているのは、ふたご座のカストル(α)とポルックス(β)、こいぬ座のプロキオン(α)とゴメイサ (β)です。一般的な感覚では、 フタツボシ の名はやはりふたご座の二つの1等星がもっともしっくりするようです。それは、二星のほどよい間隔と夜空での動きが、暮らしや生業の リズムと一体感をもてる存在であったからではないでしょうか。こいぬ座の二星では、0等星と3等星の明るさが異なる星の組み合わせ という点に特徴がありますが、夜空での位置がふたご座の二星に近いという事実により、その対比的な命名として同じフタツボシの発生が 促されたとも考えられます。

《 三つ星 》  三つ星といえば、オリオン座のベルトにあたる三つの2等星が標準和名として広く知られています。星の明るさや配置、季節的な 動きのいずれをとっても、これほどうってつけの呼び名はないでしょう。三つの星の並びは、ほかにも見出すことができますが、 それらの星の名は数以外の特性による命名が主体です。つまり、ミツボシはオリオン座専用の呼称として認識されてきた感が強く、 それは類似名の多様さにはっきりと表れています。いくつか例をあげると、 サンボシ(三星)、 サンジョウサマ(三星さま)、 サンダイショウ(三大星)、 サンチョウボシ(三星)、 ミツメ(三つ眼)、 ミツラボシ(三連星)、 ミツガミサマ(三つ神さま)など、いずれも三という数字を基調に成り立っています。そればかりでなく、ほぼ等間隔に並んだ星の 配置を十分に意識した命名であるという点においても、その重要性を理解することができます。

《 四つ星 》  一般的には、星の構成が四つ以上になると、数よりもその配置から連想される形状に関心が集まりやすいものです。それでも、 やはり ヨツボシでなければならないと されたのが、からす座の四辺形でした。他にも、ペガススの大方形(α・β・γ+αAnd)やオリオン座の四辺形(α・β・γ・κ) などがありますが、からす座のヨツボシがもっともその名にふさわしい存在となっています。 星の明るさという点では、他の2星座よりも目立たない存在であり、しかも南の空にあって緩慢な動きをする星座ですが、記録された 星の名を概観しますとかなりの多様性がみられます。これは、日本の暮らしにおける星の利用でもっとも重要な点であり、利用条件に 占める属性が必ずしも「特に目立つ星」とは限らないことを示す典型的な事例といえます。実際のところ、からす座の四辺形はいずれも 3等星による構成となっています。適度な星の配置と季節的な動きがうまくかみ合うことにより、はじめて有効的な利用が可能になった とみるべきでしょう。ヨツボシと類似した見方では、 シコウ(四光)や ヨツメ(四つ眼)などがあり、いずれも 四つの星が基本となっています。

《 五つ星 》  夜空で五つの星といえば、見方によってどのようにも捉えることができますが、星の名としての イツツボシ はカシオペア座のW字あるいはM字形を構成する五星(αβ・γ・δ・ε)をさします。星の配列からみても、五という数字は納得できる 見方でしょう。それに加え、北極星を介してナナツボシ(北斗七星)と相対していることも重要な要素です。これは単に五と七の対比で 捉えるのではなく、その背景に陰陽五行思想を考えなければなりません。五も七も陽数であり、しかも五行の基本が陰陽の交合から生じた 木・火・土・金・水の五気であるという点、さらに五色、五時、五方などの考え方が暮らしの基盤の一部をなしていたという背景も考慮 する必要があります。このような考え方は、五曜(火曜、水曜、木曜、金曜、土曜)や七曜(五曜に日曜と月曜を加えたもの)へと発展し、 星の名においてはカシオペア座の五星に対し ゴヨウセイ と呼ぶ地域があります。それは、北斗七星をヒチヨウノホシなどと呼んでいた事実と結びついているようです。星という自然物が信仰の 証として利用された代表的な事例といえるでしょう。

《 六つ星 》  おうし座のプレアデス星団は、肉眼的に六つの星の集団として認識することができます。呼称ではスマル(統星)やムツラボシ (六連星)などの呼称に隠れてあまり目立ちませんが、 ムツボシもすっきりとしたよい命名です。 ただし、一部の地域でオリオン座の三つ星と小三つ星を同様に呼ぶ場合があるので注意が必要でしょう。また、この星団にはもともと 七つの星があったとする説話が、ギリシャ神話をはじめとしてアイヌや中国、中央アジア、カナダ、アルゼンチンなど世界各国に伝承 されています〔『太陽と月と星の民話』文0110〕。 これらのなかには、もとは七つあった星の一つが暗くなって六つの星になったと説明しているものがあり興味深いものがあります。 日本でも、プレアデス星団をナナツボシと呼ぶところがほぼ全国にみられ、単なる星の数による命名ではないとの解釈が一般的です。 その根拠の一つに、ヒチヨノホシ(七曜の星)などの星名があること、さらにクヨウノホシ(九曜の星)がヒチヨウ以上に広い地域の 呼称となっている点など、多分に信仰的な要素とのかかわりを認めざるを得ない背景があるからに他なりません。なお、ムツボシに関連 した星の名の類似性は、 ムボシ(六星)や ロクチョウボシ(六ちょう星)などに も表れています。

《 七つ星 》  北斗七星は、均整のとれた星の配置に加え、「七つ」という数によって誰が見ても納得できる特性を持ち合わせています。七は、洋の 東西を問わず神聖なあるいは特別な意味をもつ数字とされるだけに、 ナナツボシが標準和名として広く知られ ている事実もよく頷けます。 ミツボシやムツボシとともに、生業の如何を問わずもっとも利用された星の一つといえるでしょう。ナナツボシを基本とした類似の 呼び名もいくつか報告されていますが、それ以上に多いのはヒチヨウ(七曜)にまつわる関連呼称です。陰陽五行思想の考え方や同じ ナナツボシの呼び名をもつプレアデス星団との関係については、ムツボシの項で解説したとおりです。

埼玉県における星の数に由来する星名体系

No. 類型 調査地 オリオン座 からす座 おうし座 おおぐま座 カシオペア座
三つ星 四辺形 スバル 北斗七星 五つの星
T 幸手市松石 サンチョウボシ ロクチョウボシ ナナチョウボシ
T 大里郡川本町長在家 サンジョサマ ムツボシ ナナツボシ
T 深谷市大谷 サンジョサマ ムツボシ ナナツボシ
T 大里郡寄居町鉢形 サンジョウボシ ムツボシ ナナツボシ
T 川越市下松原 ミツボシサマ ムツボシ ナナツボシ
T 川越市下赤坂 ミツボシ ムツラボシ ナナツボシ
T 所沢市三ヶ島 ミツボシ ムツボシ ナナツボシ
T 入間郡三芳町上富 ミツボシサマ ムツボシ ナナツボシ
U 比企郡小川町腰越 サンジョウサマ ヨツボシ ムツボシ
10 W 大里郡川本町祐門寺 ミツボシ ヨツメ * ナナツボシ
11 W 秩父郡東秩父村御堂 サンジョウサマ ヨツボシ * ナナツボシ
12 W 秩父郡大滝村浜平 ミツボシサマ ヨツボシ * ナナツボシ
13 W 秩父郡大滝村塩沢 ミツボシ ヨツボシ * ナナツボシ
14 W 秩父郡両神村柏沢 ミツボシサマ ヨツボシサマ * ナナツボシ
15 W 入間郡名栗村市場 ミツボシ ヨツボシ * ナナツボシ
16 W 鶴ヶ島市上新田 ミツボシ ヨツボシ ムツボシ ナナツボシ
17 X 浦和市大門 サンチョウボシ ムツボシ ナナツボシ イツツボシ
18 X 上尾市西貝塚 ミツボシ ヨツボシ ナナツボシ イツツボシ
19 X 所沢市北野 ミツボシ ヨツボシ ムツボシ ナナツボシ イツツボシ

《注記》*印は、他に星名があることを示しています

これらの事例は、すべて対象となる星の数を基本とした呼び名となっており、 3(三つ星)、4(からす座)、5(カシオペア座)、6(スバル)、7(北斗 七星)という連続した数字体系を構成しているのが特徴です。これを完全なかたちで伝承している 地域が、所沢市に1例あります。なお、3(三つ星)−7(北斗七星)あるいは3(三つ星)−6 (スバル)−7(北斗七星)のパターンは、県内各地で見出すことができます。

星名の伝播 2022/06/25

 日本の星の名は、伝播特性からみて次のような分類が想定されます。
A:全国的に転訛の少ないもの
B:全国各地でさまざまな転訛がみられるもの
C:複数の地域で独自に発生したとみられるもの
D:限られた地域だけで利用されたもの
E:伝播などの過程において本来の意味が全く別な意味におきかわったもの
 ここでは、Bのタイプについて具体的な事例をもとに紹介しましょう。

【スバル・スマルからヒバリへ】
 おうし座のプレアデス星団は、スバルやスマルの愛称で親しまれ、日本でも古い時代から注目されていた星です。 これらの語源は、記紀に著された美須麻流(みすまる)あるいは御統とされ、星の集合を古代の珠飾りに喩えたとす る考えが一般的です。つまり、スマルのほうが本来の呼称であり、そこから須波流(スハル=スバル)への転化があ ったという指摘があります〔『南蛮更紗』文0156〕。いずれの星名も当初は西日本を中心とした呼称であったと思わ れますが、スバル系についてみると現在では遠く北海道まで伝播しています。しかも、これらの系列に属する星名は 種類が多く、分布特性も一様ではありません。そのうえ、同一地域で複数の呼び名が使用されるなど、たいへん複雑 な様相を示しているのです。詳細については、以下に示すそれぞれの星名解説を参照してください。
 さて、この系列の具体的な分化事例を挙げると
●ST群:スバルあるいは スマルから派生したと考 えられる事例
* スバイなどのグル ープ
* スバリ、スンバリなど のグループ
* その他(スワル、スマロなど)のグループ
●SU群:スバル・スマルの第一語が「ス」から「シ」に転訛した事例
* シバリ、シバル、シン バリなどのグループ
●SV群:さらなる分化が進んだと考えられる事例
* ヒバリやヒバルなどのグル ープ
に整理することができます。
 これらの伝承地域を比較すると、ST群ではスバリやスワルが関東、北陸、九州の一部地域に、スバイは鹿児島県、 スマロは広島県のみの分布となっています。またSU群では、シバリ系が北日本で伝承されていますが、SV群もシ バリ系と類似の分布域をもつことから、シバリから二次的に分化した星名である可能性が高いようです。このうち、 SU群については「ス」から「シ」への変化がどのように進行したのか興味あるところですが、奥羽地方では一般的に 「ス」が「シ」におきかわる言語上の特性がみられることから、そうした影響を受けているものと考えられます。 なお、SV群のヒバリ系については、本来の意味を離れて全く別な解釈(たとえば雲雀など)のもとに伝承されていた 記録があり、最も分化が進んだ事例と推測されます。したがって、伝播特性の分類としては〈E〉の項目にも該当 する星名であることが分かります。
 ところで、近世の『箋注倭名類聚抄』をみると、昴星の項において須波流の同義語として須萬流(すまる)、須夫流 (すぶる)、志婆流(しばる)、志萬流(しまる)が挙げられています。これらが、スバルとともに星名として伝承さ れていたかどうかは不明ですが、少なくとも江戸時代において既に多様な訓が存在していた状況は明らかでしょう。

【ムツラからムジナへ】
 プレアデス星団のもう一つの顔とでもいうべき星の名が、 ムツラボシ(六連星)で す。近世の『物類称呼』〔文0198〕にも「江戸にてむつら星と云」とあるように、一般には東日本を主体とした呼称と して知られています。この系列もスバル・スマル系列と同様に多彩な変化がみられ、具体的な事例を挙げると
▲MT群:ムツラボシを基本とした標準型
* ムヅラ、ウヅラミヅラボシ、ムツナな どのグループで、これらは概ね東日本から北日本にかけて広範に分布
* ムジナ、ムジラなどの グループ
▲MU群:標準型に準ずる系統@
* オムツラサマ、オマツ ルサマなどのグループ
▲MV群:標準型に準ずる系統A
* ムツボシなどの グループ
に分類されます。
 標準型に属する分化形のうち、ウヅラやミヅラ、ムツナなどは、いずれも北国を中心とする星名ですが、これはイ カ釣りの漁法とともに伝播した星の伝承が、微妙な転訛を重ねながら拡散したものと推測されます。そして、最終的に ムジラやムジナ(狢)に化ける(転訛する)ことになりました。ムジナ系は、北海道から東北北部に分布しています。
 一方、オムツラサマ系は標準型でなく別分類としました。これは、分布の特殊性(関東東部に限定)と利用の形態が 大きく異なるためです。この系統では、信仰面での深いかかわりが大きな特色となっています。また、ムツボシ系につ いては、北日本から中部地方にかけて分布しますが、転訛特性はほとんど認められません。

【オクサ】
 イカ釣りで利用された星の名という枠組みで捉えると、宮城県北部から岩手県にかけての太平洋沿岸では、 オクサが優占的な分布を示 しています。これは、スバル・スマル系列やムツラボシ系列と異なる第三の系列です。ただし、これらの地域ではオリ オン座の三つ星と小三つ星を併せた六星にムツラボシ系の呼称をあてていますので、対象は異なるものの星名として伝 承されていることに変わりはありません。また、漁業とは縁のない東京都の山間部で記録されたオオクサボシも、その 語源を辿ればオクサに連なる星名と考えられます。今のところ、クサの語源は草そのものではなく、「草」を原意とす る「種々(くさぐさ)」にあるのではないかと推察しています。

聞き取り調査によるプレアデス星団の主要星名系列分布図

星の配列 2017/11/25

 天文学で標準化が図られた88星座からも明確なように、星空を分割するという目的からすれば、星の配列はある範囲を認識するうえで 重要な要素となります。しかし、星の利用を第一義的に考えた場合は、ある特定の配列にこだわることはあっても、そのまとまりとして 全体を捉えようとする意識がはたらくことはないのではないでしょうか。日本における民間の星文化は、まさしく後者の典型といえます。 日本における星の利用は、その出没や南中時のように、特定の位置で星を確認するパターンが主体です。ということは、大きな範囲を 認知する必要がほとんどなく、人びとの関心は自ずと小さな範囲に集中せざるを得なかったものと考えられます。そのような状況下では、 利用できる星の配列は限られており、必然的にいくつかの特徴的な星の配列に多彩な星名が集中する結果となっているわけです。ただし、 それらの多くは暮らしに直結したモノや人、信仰、行事、知識など比喩的な表現によって支えられており、一般的な形としての命名は 意外に少ないことがわかります。

《 円形 》  丸い円を連想できる星といえば、かんむり座とみなみのかんむり座があります。後者は、いて座に隠れてほとんど関心をもたれま せんでしたが、前者は多くの人びとの注目を集めました。しかし、その多様な報告事例をこまかく比較しても、図形としての円を 直截的に表現したものは見当たりません。星の配置が連続した円形ではなく、どちらかといえば半円状に欠けている点が一つの要因と 考えられます。漁業においては、これを小型定置網の一種に見立てて ツボアミと呼ぶ事例があり、日常の暮らし だけでなく、生業との関わりも深いことがわかります。

《 三角形 》  秋の夜空には、さんかく座という星座があります。文字どおり三つの星が単純な三角形を作っていますが、日本で サンカク と呼ばれるのは、おおいぬ座のシリウスの南にある山形(δεη)がその代表です。前者は細長い三角形を特徴としますが、後者のほうは 底辺が広く安定感に満ちた三角形を構成しています。ただし、暮らしとのかかわりでは、三角よりも山形と捉えていた側面がみられます。 また、もう一つの三角形がおうし座にあり、こちらは正確には「三角形のような星の配列」といったほうが適当でしょう。既存資料では 東北地方でヒアデス星団の「∨」形あるいは「>」形をサンカクと呼ぶとの報告がありますが、ここにも認識の曖昧さが表れている ようです。

おおいぬ座のサンカク

《 四角形 》  からす座の主要な四辺形はヨツボシとして知られていますが、これを シカクボシと呼ぶ地域があります。 感覚的には、ペガススの大方形のほうが正方形に近い配置と思われますが、星の名として記録されているのは、からす座だけです。 いびつな四角形ではあるものの、山間の暮らしにおけるこの星の利用を考えると、地域の人びとがいかに精度の高い伝承の維持に 努めてきたかがよくわかります。

代表的な四角形の星の比較

《 五角形 》  広い夜空を見渡しても、端正な五角形をなす星の配列は少ないようです。よく知られているのはケフェウス座の五角形で、天の川を 背景にカシオペア座と対照的な景観を楽しませてくれます。しかし、日本ではカシオペア座の「W」形や「M」形には強い関心を示しても、 隣の五角形はほとんど意識されていませんでした。つまり、暮らしや生業において利用の対象ではなかったということになります。 また、ぎょしゃ座の四星(αβθι)とおうし座β星によって囲まれた図形も、五角形として十分な資格がありますが、人びとの関心は 主星のカペラにあったようで、形状に関する呼び名は見当たりません。


夜空の物差し 2011/03/06

 暮らしのなかで、人びとが夜空に対する距離間隔を表現した星の名がいくつか知られています。これらは、オリオン座の三つ星に 集中しており、 サンゲンボシ(三間星)、 サンジャクボシ(三尺星)、 シャクゴボシ(しゃくご星)、 タケノフシ(竹の節)などがあります。
 まず、直接的な表現の代表にシャクゴがあります。これはものさし自体をさす呼び名ですが、その長さは地域により一尺、一尺五寸、 二尺などとまちまちです。さらに、単なる長さを測る道具に止まらず、ある一定の間隔を刻む特殊な用具としての一面をもっています。 また、三間や三尺は古い時代の長さの単位を表すことばで、今でも使われることがあります。これらをメートル法の数値に換算してみると、 シャクゴボシとタケノフシが比較的短く、サンゲンボシはそれらの10倍近い距離感覚となることがわかります。ただし、三間星といっても、 実際にはそこに三間という数字をあてていたわけではなく、星の並びを一間、二間という間に喩えたものと考えられています。
 一方、タケノフシは三つ星の間隔をそれぞれ竹の節の間とみた呼び名とされていますが、こちらも数字的に固定されおらず、あくまでも 感覚的な表現と言えるでしょう。いずれにしても、これらの星の名から推測可能な三つ星全体の長さは、約60aから1b余りの範囲に収まり そうです。おそらく、かつての暮らしを夜空に反映した一般的な見方であったのかもしれません。

三つ星の星名にみる距離感覚

No. 星 の 名 意  味 見かけの長さ 伝承地域
 1  タケノフシ  竹の節  約0.6m  青森県八戸地方、他
 2  サンゲンボシ  三間星  約5.5m  神奈川県三浦地方
 3  サンジャクボシ  三尺星  約0.9〜1.13m  茨城県、千葉県
 4  シャクゴボシ  しゃくご星  約0.3〜0.75m  茨城県、栃木県、千葉県

注)ここでは、δ星とζ星間の見かけの長さを基準としました。タケノフシについては、三つ星を三つの節とみて、モウソウチクの節間隔 (約30cm)の2倍値で示してあります。また、サンゲンボシは距離を示した場合の参考値として、シャクゴボシではものさしの種類を特定 できないため、一尺から二尺の曲尺および鯨尺を含む数値を掲載しました。

手作りのしゃくご 若い孟宗竹の節間

食 生 活 2019/12/25

 日常生活の基本は衣・食・住ですが、その中で最も重要なのが「食」でしょう。 私たちは、自然界からさまざまな恩恵を授かって生かされているわけですから、そのような思いが星空へと反映されても不思議では ありません。ただし、食事や食物などの観点から日本の星の名を捜しても、その種類は限られています。
 まず、食事に関連した星の名として メシタキボシママタキボシがあります。 文字通り飯を炊く星の意味ですが、この場合は朝飯の支度が対象です。主に漁師らの間で伝承されており、夜明け前の海上で明けの明星 (金星)の出が朝食の合図と捉えられていました。さらに、先島諸島の宮古島では、朝夕の金星を アカファイフブス(朝飯の大星)や ユウファイフブス(夕飯の大星)と呼び 分けています。沖縄本島や周辺の島々にも ユウパンブシ(夕飯星)や ユウバンマンジャーブシ(夕飯を 欲しがる星)などが伝承され、特に後者の星名は、夕飯を欲しそうに見ている星という発想がたいへんユニークです。こうした捉え方の 違いは、それぞれの土地の気候や風土、暮らしと密接なかかわりがあるものの、金星の輝きから朝飯や夕飯を連想するのは一般的な共通認識と してごく自然な発想なのかもしれません。

夕飯星・夕飯を欲しがる星

 ところで、おうし座のプレアデス星団の伝承に イッショウボシという星の名があります。 この星の集まりを、一升桝の大きさに喩えた呼び名ですが、たいへん的を射た見方といえるでしょう。ちなみに、「升」というのは昔の度量衡の 単位であり、同じ「合」や「斗」などの単位も一部の星の名に表れています。たとえば、埼玉県の一部地域ではペガススの大四角形を トマスノホシ〈斗桝の星〉と見ていました。
 食物そのものの星名はごくわずかですが、その発想はたいへんユニークです。西日本では、ふたご座の二星(カストルとポルックス)を ゾウニボシ(雑煮星)やモチクイボシ(餅食い星)などと呼ぶことが報告されています〔北尾浩一氏、文0200〕。さらに、オリオン座の三つ星 を串刺しの団子とみて、ミタラシボシ(御手洗星)の記録ものこされています〔同、文0200〕。御手洗は本来神社で口や手を清める場所を さしますが、この場合は、星が三つ並んだ様子から京都の下鴨神社で有名な御手洗団子を連想していることがよくわかります。

一升桝の容積は約1.8g 一斗桝の容積は約18g
餅入りの雑煮 串刺しの団子

信仰の星 2020/01/25

  日本では、自然神に対する信仰が古くからありました。記紀神話には多くの神々が登場しますし、民間においても実にさまざまな神が 語られてきました。 サンジンサマ(オリオン座三つ星)や ムツガミサン(オリオン座三つ星と小三つ星) などは、星にそうした神々の姿を重ね合わせることで生まれたものと考えられます。福島県では、同じ三つ星を サンダイシ(三大師)や サンボウシ(三法師)などと呼ぶ事例が多く みられます。
 古代の仏教伝来やさまざまな中国思想の流入によって、日本では多種多様な信仰が育まれてきましたが、それらの中で民間に広く 浸透し、星の名の伝承にも表れたものがいくつかあります。ただし、その多くは中国の影響を受けたものですから純粋に日本固有の呼び名 とはいえない側面をもっています。
 まず、陰陽五行思想から派生したと考えられる星の名に ヒチヨウノホシ(おおぐま座北斗七星)や クヨウノホシ(おうし座プレアデス星団)、 ゴヨウセイ(カシオペア座)があります。 五曜というのは、火曜星、水曜星、木曜星、金曜星、土曜星の総称で、これに日曜星、月曜星が入ると七曜となり、さらに羅ごう(らごう)と 計都(けいと)を加えたものが九曜です。
 五曜はカシオペア座を構成する主要な五星を、そして七曜のほうは、おおぐま座の北斗七星という具合に、その呼び名は星の数と整合性が ありますが、プレアデス星団に関しては一般的に肉眼で確認できる星の数は六つか七つとされていますから、少し違和感をおぼえます。これは、 あくまでも信仰上の命名と考えるべきでしょう。『日本星名辞典』〔文0168〕では、クヨウノホシの原点を九曜紋に求めていますが、よく 頷ける説です。いわゆる星紋の多くは、ある一面で星の並びをデザインしたものですから、当然の結果といえるかもしれません。
 また、九曜は密教系寺院の星供において重要な役割を担っていますし、そもそも九というのは陰陽説の陽数で最も大きな数字として知られて います。つまり、たくさんの星が群れた状態を「九つ」という数で表現したという意味合いも併せて考慮する必要がありそうです。

 

〈左〉カシオペア座の五曜 /〈右〉太鼓の九曜紋

 さて、宮中の行事が後に武家社会や民間に広まった事例の一つに北辰妙見信仰があります。この文字通りの ミョウケンあるいは キタノミョウケンという呼称が、北極星の星の名として残されています。 ただし、民間信仰としての妙見は、北辰(北極星)ではなく北斗(七星)を対象としたものがほとんどです。
 近世には、都市部を中心に観音信仰がさかんとなり、各地でたくさんの人々が札所を巡拝しました。これは現在も受け継がれていますが、 この観音様に対する信仰から生まれた星の名に、 カンムリボシがあります。 冠とは、観音菩薩の宝冠と宝髻をオリオン座の三つ星を中心とした星々にあてはめたもので、日本独自の、しかもきわめて地域色の濃い呼び名と いえます。

妙見塔に刻まれた北斗七星(鎌倉市)