ヤーウーチィブシ 

沖縄地方に伝承された星名の特殊性は、流れ星の呼称にもよく表われている。ヤーウ ーチィは「屋移り」のことで、住む家を替えるという意味である。夜空を流れる星を 見て、フシ(星)ぬヤーウーチィと信じた人びとの感性は、やはり自然とともに生き る暮らしならではの柔軟さに満ちている。星は流れて消えてしまうのではなく、夜空 のどこかで再び輝き始めるという発想は、ホシノヨメイリという星名にも通じていて 興味深い。 【意 味】屋移り星(転訛形) 【星座名】流星 【伝承地】沖縄県 【分 類】動き/生活/衣食住

ヤザキボシ

福井県の若狭地方や京都府の丹後半島でノトボシと呼ばれるのは、ぎょしゃ座のカペ ラである。新潟県の佐渡地方では、これをヤザキボシという。ヤザキは矢崎で、同島 の北端近くに位置する地名である。相川町の伝承では、この星はプレアデス星団の前 に現れる星で、イカ釣りの指標星の一つであった。当地からは北方にあたるが、実際 には海上において利用されたものであろう。おそらく、かつての漁場は、この矢崎を 北東に望む海域ではなかったかと推測される。 【意 味】矢崎星 【星座名】ぎょしゃ座カペラ(α) 【伝承地】新潟県 【分 類】方角/自然/地理

ヤマネボシ

能登半島東部の穴水地域に伝わる星の名で、夕空の金星のことである。ここでは明け 方の金星をオオメボシとして呼び分けており、こうした伝承はあまり例がない。ヤマ ネの意味ははっきりしないが、この地域は東方に海があり、西方には標高の低い山地 が連なっていることから「山」と関わりをもつ言葉ではないかと考えられる。 【意 味】やまね星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】石川県 【分 類】時・季節/自然/気象

ユアケブシ 

琉球諸島に伝わる星名には、同じ意味合いであっても言い回しが微妙に異なる事例が 多くみられる。ユアケブシは、文字通り同諸島における「夜明け星」の基本的な呼称 であるが、地域によりユアケプシ、ユアカブシ、ユアキブシなどと呼ばれており、沖 縄本島や周辺の島々ではユウアキブシやユウアカーブシが一般的である。 【意 味】夜明け星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】沖縄県 【分 類】時・季節/自然/気象

ユウガタノミョウジョウ

ヨイノミョウジョウと同じであるが、それが現れる状況を夕方ということばで表現し た呼び名である。埼玉県坂戸市では、ユウノミョウジョウという。 【意 味】夕方の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】群馬県、埼玉県 【分 類】時・季節/自然/気象

ユウグレノミョウゾウ

ヨイノミョウジョウと同じで、夕暮れの西天に輝く金星の明るさを表現したものであ る。本来はミョウジョウの意味だが、山梨県の小菅村ではユウグレノミョウゾウと呼 ばれている。 【意 味】夕暮れの明星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】山梨県 【分 類】時・季節/自然/気象

ユウパンブシ 

沖縄から八重山にかけての島々には、宵の明星に対するさまざまな想いを込めた呼び 名が多くのこされている。沖縄本島北部の国頭村にはユウパンブシが伝承されており、 夕飯星の意味である。夕餉どきの西空に明るく輝く星が、それを誘っているように見 えたのであろうか。ユウバンブシともいう。 【意 味】夕飯星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】沖縄県 【分 類】時・季節/生活/衣食住

ユウバンマンジャーブシ 

一般的な金星のイメージからは連想できない星名だが、沖縄本島や周辺の島々を含む 広い地域に伝承されている。ユウバンは、ユウパンブシと同じ夕飯のことであるが、 マンジャーとはどういう意味であろうか。糸満市山城の聞き取り調査では「欲しそう に見ている」あるいは「欲しがっている」と説明された。つまり「夕飯を欲しそうに 見ている星」の意味となり、夕空に光る金星をさしている。ただし、他の地域では、 単にユウバンマンジャーと呼ぶ事例がほとんどである。 【意 味】夕飯を欲しがる星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】沖縄県 【分 類】時・季節/生活/衣食住

ユウヒノミョウジョウ

埼玉県横瀬町では、夕空の金星をユウヒノミョウジョウと称している。単に夕方を表 現したものか、それとも入り間際の夕日とともに輝く金星に注目したものか、由来に ついては明らかでない。 【意 味】夕日の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】埼玉県 【分 類】時・季節/自然/気象

ユウファイフブス 

琉球諸島の宮古島では、日常生活の基本的な視点から暁天と夕空の金星を呼び分けて いる。いずれも朝飯や夕飯時に現れる大きな星という見方をしており、朝のアカファ イフブスに対して夕暮れの金星はユウファイ(夕飯あるいはそれを食べるの意)フブ ス(大きな星の意)である。なお、同じ宮古島で地域によってはユウファイフォボス とも呼ばれている。 【意 味】夕飯の大星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】沖縄県 【分 類】時・季節/生活/衣食住

ユウボシ

この呼び名には、明けの金星であるアサボシに類似した感覚がみられる。見方として はヨイボシと同じであり、西天に輝く大きな金星を端的に表現した星名である。 【意 味】夕星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】埼玉県 【分 類】時・季節/自然/気象

ヨアカシボシ 

三重県鳥羽市の離島では、東天に上る金星をヨアカシボシと呼んでいる。この場合の 「夜明かし」には、夜明けを誘うあるいは夜明けを告げるなどの意味が含まれている ものとみられ、夜明けの情景を彷彿とさせるばかりでなく、聞く者の心に深く響き渡 る爽快感をもった星の名である。 【意 味】夜明かし星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】三重県 【分 類】時・季節/自然/気象

ヨアケノオオボシ 

夜明けの大星の意味で、単なる大きな星ではなく、それが夜明け前の暁天に輝く星で あることを強く意識させる呼び名である。オオボシよりも伝承地は少ない。 【意 味】夜明けの大星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】岩手県、東京都、京都府、大阪府、和歌山県、島根県 【分 類】明るさ/知識/感覚

◇ 二十七夜月とオオボシ ◇

ヨアケノヒトツボシ

ヨアケは夜明けで、暁天に輝く金星をただ一つの明るく輝く星として捉えた呼び名で ある。埼玉県の両神村では、星のめぐりではいちばん明るい星と伝えている。類似の 呼び名にアサノヒトツがある。 【意 味】夜明けの一つ星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/自然/気象

ヨアケノミョウジョウ

ヨイノミョウジョウとともに金星を代表する呼称である。全国的な分布がみられるが、 調査ではほぼ北海道から中部地方で記録された。内惑星である金星は、太陽から遠く 離れることがなく、太陽の西側にあるときは明け方の東天で煌々と輝く。この状態が、 夜明けの明星である。静岡県土肥町では、この星の出が夜明けで、ほかの星はポツポ ツと消えていくといい、神奈川県鎌倉市には、この星が山の端に上る高さで朝まづめ の海の明るさを知ったという伝承がある。他にアケノミョウジョウ(サン)、アケノ ミョウゾウ、アケノミョウドウ、ヨアケノミョウゾウ、ヨアケノミョウドウなど多く の転訛形がある。 【意 味】夜明けの明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、      群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、石川県、福井県、      山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、      兵庫県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、      香川県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、      鹿児島県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨアケノミョウジン

ミョウジン(明神)は、明星を神格化した表現である。この呼称は、夜明けの東天で 威光を放つ金星を、単なる天体としてではなく信仰の対象として捉えていたことを窺 わせる。ヨアケノミョウジンサン、アケノミョウジンなどともいう。 【意 味】夜明けの明神 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、茨城県、栃木県、埼玉県、千葉県、神奈川県、石川県、福井県、岐阜県、      滋賀県、大阪府、兵庫県、和歌山県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨアケノミョウチョウ 

福岡県北部の漁港で記録された星名であるが、埼玉県のミョウチョウボシや兵庫県の ミョウチョウノアカリと同様に、ミョウチョウは明星の転訛形と考えられる。したが って、金星の標準的な呼称である「夜明けの明星」と同じ発想で命名されたものであ ろう。 【意 味】夜明けの明星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】福岡県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨアケボシ

アケノホシなどと同様に、東天の金星を夜明けの象徴として認識したものである。利 用された地域は広いが、東北地方や北海道のそれは、イカ釣り漁とのかかわりが深い。 ヨアケノホシともいう。 【意 味】夜明け星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、茨城県、栃木県、群馬県、      千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、三重県、和歌山県、岡山県、広島県、      愛媛県、高知県、佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県、鹿児島県 【分 類】時・季節/自然/気象

ヨアケメジョ 

夜明けの明星といえば、まず多くの人がその星の正体を思い浮かべることができるで あろう。自然物に囲まれた景観はもちろんのこと、都会の中であっても大きな存在感 を示す星の代表格としてさまざまな星名が記録されている。この星名は、宮崎県と鹿 児島県に伝承されたもので、メジョは言うまでもなくミョウジョウが転訛した形であ り、九州南部特有の表現と考えられる。ただし、助詞である「の」が欠落した経緯に ついては今のところ不明である。他の星名ではほとんどみられない事例だけに、今後 の調査によって何らかの手がかりが得られることを期待したい。 【意 味】夜明けの明星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】宮崎県、鹿児島県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨアサノミョウジョウ 

日本には、かつて夜明けの微妙な変化をそれぞれ特別な言葉で表現する文化が根付い ていた。東雲、明時(暁)、曙など今でも時おり耳にする機会はあっても、実際にそ うした情景を思い浮かべることはほとんどない。しかし、夜明けの星の代表格である 金星には、このような表現を冠した呼び名がいくつか知られている(アカツキノミョ ウジョウやアケボノノミョウジョウ)。ヨアサノミョウジョウもその系譜に連なる呼 び名の一つと考えられるが、残念ながらヨアサという表現そのものを示す一般的な言 葉は見当たらないようである。意味としては「まだ夜であって、そろそろ朝になる状 態」が想定されるものの、夜明け全体をさすものか、それともある特別な状況を示し ているのかはっきりしない。敢えて文字を充てるとすれば「夜朝」という表現が適当 ではないかと思われる。 【意 味】夜朝の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】島根県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨイノオオボシ 

オオボシといえば、夜明け前の東天に現れる金星を代表する星名の一つ。薄明の空で 最後まで輝く姿に、得も言われぬ高貴さを感じることも少なくない。これをあえてヨ アケノオオボシと呼ぶところもあるが、島根県浜田市の漁港では、さらにヨイノオオ ボシを伝えていた。オオボシが、夜明けだけでなく宵空にも存在することを明確に示 した事例である。「ヨアケ」と「ヨイ」、金星ならではの呼び分けは、この他にもさ まざまな星名となって伝承されている。 【意 味】宵の大星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】島根県 【分 類】明るさ/知識/感覚

ヨイノヒトツボシ

ヨイは宵で、ヨアケノヒトツボシと同じ見方であるが、こちらは西天に輝く金星をた だ一つの明るく輝く星として捉えた呼び名である。 【意 味】宵の一つ星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/自然/気象

ヨイノミョウジョウ

ヨアケノミョウジョウに対して、夕暮れの西天に輝く金星の代表的な呼称として知ら れる。このときの金星は太陽の東側にあり、日々の暮らしにおいても身近な存在であ ったと思われるが、具体的な利用にかかわる伝承はほとんど記録されていない。類似 の名にヨイノミョウジョウサンやヨイノミョウゾウ、ヨイノミョウドウなどがある。 【意 味】宵の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、      群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、石川県、福井県、      山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、      兵庫県、奈良県、和歌山県、島根県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、      愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨイノミョウジン

ヨアケノミョウジンに対応した呼称で、ヨイノミョウジョウを神格化した星名であろ う。多分に信仰的な要素が加わっているものと思われる。調査では、関東や中部、近 畿地方で記録がある。ヨイノミョウジンサン、ヨイノミョウジンサマともいう。 【意 味】宵の明神 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】茨城県、栃木県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、岐阜県、滋賀県、大阪府、      和歌山県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨイボシ

ユウボシなどと同じように、日没後の薄明の空に輝く大きな金星の存在が、ヨイ(宵) の時間帯を意識させるという見方から生まれた呼び名であろう。ヨイノホシともいう。 【意 味】宵星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、東京都、静岡県 【分 類】時・季節/自然/気象

ヨコサンジョウ

埼玉県の東秩父村には、ヨコサンジョウと呼ばれる星がある。サンジョウは、サンジ ョウサマと同じでこの地域の一般的な三つ星の名であるが、これに対する小三つ星の 呼称である。ヨコということばの由来は、東の空から昇る際の見方がもとになってい る。縦一文字に昇る三つ星に対し、小三つ星は斜め横になって昇ってくるので、これ を横に並んだ三つ星とみて命名したものである。 【意 味】横三星 【星座名】オリオン座小三つ星(42番θι) 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/数詞
2019/07/25 

ヨコジキ 

九州北部沿岸域などの一部で、現在もなお伝承されているオリオン座の星名のひとつ。 九州では、もともとヨコゼキ(横関)という星の名が知られており、佐賀県のヨコズ キなども含めてその転訛形と考えられてきた。横関は海中に設置する四角形の漁網と されるが、残念ながらオリオン座のどの星をその形状に見立てたものなのか判然とし ないのが実情である。各地の伝承をみても、その対象は  @三つ星  A三つ星+小三つ星+η星  Bαβγκの四星 などがあり、地域や伝承者によりさまざまである。たとえば、長崎県平戸市生月では スバル(プレアデス星団)のあとに出る〔 √ 〕形の星をヨコジキと伝えており、こ れはAの形を表したものとみられる。また、佐賀県玄海町では三つ星そのものをヨコ ズキと呼んでいるし、隣接する唐津市呼子では三つ星を取り囲む大きな四辺形(Bの ケース)ではないかと思われる話を聞いた。  かつて、ヨコゼキの正体が漁網の一種であることを突き止めた石橋正氏によれば、 東天から現れるオリオン座について、直立した三つ星を中心にそれを囲むように広が る四辺形はまさに横関そのものの姿ではないかと指摘されている〔『星の海を航く』 文0309〕。漁網の形態と利用からすれば最も相応しい見方であるが、より精確な実態 を把握するためには、漁網の特性や用途、そして星名に込められた原意を解明するこ とが求められていたのも事実であった。  そこで、その後の新たな情報や有明海沿岸域の現地調査をふまえた知見を基に、ヨ コゼキあるいはヨコジキの原意について考察してみたい。 ◇ヨコゼキと呼ばれる漁網の正体  まず、『日本星名辞典』〔文0168〕の記述を整理すると、「昭和二十八年の二月、 諫早市の北村敏資氏が有明海に面した漁村を訪ねて、ついに横関の正体をつきとめ、 石橋君に報じてきた」とある。その上で、島原地方では三つ星をヨコゼキさんと呼ん でいること、網は有明海においてエビを漁獲するための刺網の一種(報告者の石橋氏 は底刺網と推測)であることを紹介している。  北村氏が石橋氏宛てに書いた手紙の内容は、1984年に確認させていただく機会があ り、ヨコゼキという漁網は多くの網を横に連ねて、潮の干満に従って沖へ流されたり、 岸辺に寄ったりしているうちにエビが網にかかるらしいという点と、星名を「横ゼキ さん」と表記していることが判明した。有明海で使用されたエビ網といえば、海中あ るいは海底に留め置く刺網タイプではなく、潮流を利用した流し網というタイプが一 般的である。北村氏の記述(および略図)はそれを明確に示しており、ひとまずこの 網の正体が見えてきた。 ◇漁網呼称と星名呼称の関係   有明海における流し網に関する資料を概観すると、ゲンシキ網という呼称が一般的 に使用されていることが分かる。2018年に有明海沿岸域で行った聞き取り調査では、 佐賀県太良町、長崎県島原市、熊本県宇土市などでゲンシキ網の情報を得ることがで きた。それによると、横に連結する網の長さは約100bから400bとまちまちであるが、 いずれも夜間に網を流し、クルマエビやシラエビ、アカエビなどのエビ類を捕獲する ということであった。網の構造で一般的な刺網と異なるのは、網の底がウケ(袋)に なっている点で、この中にエビが入るように工夫されている。ただし、この網漁は現 在宇土市の一部などを除いてほとんど行われておらず、過去の漁法となっている。ま た、いずれの地域においても、ヨコゼキあるいはヨコジキと呼ばれる漁網はなく、同 様に星名も伝承されていなかったのである。  ところで、『有明海の漁労と習俗』(佐賀県教育委員会、1962)によると、ゲンシ キ網の漁は佐賀県諸富町(現佐賀市)の漁民から熊本県や長崎県の漁民へ伝えられた とされ、かつてはその漁場をめぐるトラブルも発生していたようである。こうして、 ゲンシキ網は有明海特有の漁法として沿岸各地に広まっていったと考えられるものの、 果たしてヨコゼキとはゲンシキ網のことであろうか。その手掛かりとなる記述が前掲 書に記されている。  太良町竹崎は、竹崎ガニ(ガザミ)の産地として知られ、かつては流し網による漁 が行われてきた。現在は使用が禁止されているが、当地ではゲンシキ網と同じように 潮流に対して直角に網を入れて流すカニアミを「ヨコカシ」と称し、潮流と並行に網 を入れて碇どめにする漁法は「タテカシ」と呼ばれている。このカシも漁網呼称の一 種とみられ、潮流に対する網入れの状態によって呼び分けていることが分かる。つま り、潮流の向きと漁網の向きが直角に交わる状態を「ヨコ(横)」と表現しているわ けである。  ここで、星名に目を向けると有明海にはヨコゼキのほかにゲンゼキなる星が伝承さ れている〔文0168〕。いうまでもなく、これはゲンシキ網からきたものであろう。ゲ ンジキやゲンゼキはその転訛した呼び名と推察される。太良町竹崎の事例からすると、 カニアミであるヨコカシが同じエビアミのゲンシキ網に対して一つの呼称として定着 しても違和感はない。水産関係の資料ではゲンシキを「源式(ゲンジキと讀む)」と 表記するものがあり、それに従えばヨコゼキは本来「横式」の網という意味でヨコジ キと読み、ヨコゼキはその転訛形とみられるわけである。 ◇オリオン座の星々と漁網  現在、ヨコゼキに連なる星名が記録されているのは福岡、佐賀、長崎、熊本のいず れも島嶼部を含む4県である。いうまでもなく、それぞれに有明海にも漁場を有して いる。ゲンゼキの星名が有明海に限定された伝承であるのに比べると、ヨコゼキ系は 外洋沿岸部の漁港や島嶼部に至る広範な分布を示しているのが特徴である。流し網漁 は有明海以外でも広く行われているが、漁網由来という特殊性を踏まえると各地で同 じような星名が発生したとは考えにくい。このケースでは、あくまでも有明海沿岸域 からの伝播によって拡散したと捉えるのが順当であろう。それは、各地のヨコジキが 示す星の配列がいかに多様性に富んでいるかをみれば明らかである。  再び、北村氏が石橋氏に送った手紙にもどると、そこには島原地方の横ゼキがオリ オン座三つ星であると記されており、おそらくこれが本来の見方であったと推測され る。冒頭で紹介したように、長崎県平戸の場合は三つ星を中心として周辺の星を含む 形であり、佐賀県唐津市のそれはオリオン座の主要な星々が描く四辺形とみられる。 また、壱岐における桜田氏の記録も平戸と同じであり〔文0168〕、有明海沿岸から外 側へと伝播する過程で、次第に対象となる星の存在が蔑ろになっていったものと予測 されるのである。  さらに、三つ星は東の空に直立して現れるのが大きな特徴で、有明海西岸域や海上 においては水平線もしくは対岸の陸地をシルエットにした海のラインに対し直角の位 置関係となる。このラインを潮流とみれば、三つ星はまさしくその流れにのる漁網で ある。竹崎のカニ流し網の場合は、漁網を支えるウキが3ヵ所であったという記載( 『有明海の漁労と習俗』)があるので、これを三つの星に見立てた可能性も十分にあ り得ることを提起しておきたい。  ゲンゼキよりもヨコゼキの星名が広く伝播した背景には、おそらく、このような星 の見方が少なからず影響しているのかもしれないと思う。星名伝播の過程では、星名 そのものの転訛はもとより、その対象となる星が変化する事例も少なくない。ヨコジ キの場合は、分布の広がりが対象の多様化(=認識の希薄化)を招くという特性を如 実に示している点が注目される。 【意 味】横式(転訛形) 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】佐賀県、長崎県 【分 類】配列/生業/用具

〈左〉 佐賀県の有明海 /〈右〉 ゲンシキ網の一部(熊本県)

2020/05/25 

ヨスマ

埼玉県西部の飯能市や横瀬町では、からす座の四辺形をヨスマあるいはヨツマサマと 呼んでいる。ヨスマはおそらく「四隅」のことと考えられ、四つの3等星がつくる角 をそれぞれ「隅」とみたものである。つまり「四つの角をもった星」という意味であ ろう。一方、ヨツマのほうはツマを「端」と受けとると四端という意味に解せるが、 『広辞苑』によると端は「へり、きわ、はし」などとあって面的な広がりが感じられ る。点(角)としての集合体であるヨスマと、端で区切られた空間であるヨツマ。い ずれも捨て難い味わいのある星名である。ただし、ヨスマからヨツマへ、あるいはヨ ツマからヨスマへと転訛した可能性もあり、命名の真意は分からない。因みに『日本 星名辞典』〔文0168〕のヨツマボシは四隅星で、ペガスス座の四辺形として紹介され ている。 【意 味】四隅(四端) 【星座名】からす座四辺形(βγδε) 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/感覚

ヨツボシ

からす座の特徴である四つの3等星を、単純に星の数で表現した呼び名である。四つ の星の並びは他の星座にもみられるが、小さくまとまった四辺形と季節的な動きの特 徴から、山の暮らしでは、からす座の四辺形が注目されたのである。東京都や埼玉県 の山間部では、この星を夜明けにみて時を計るのが一般的な利用法であった。ヨボス サマともいう。 【意 味】四つ星 【星座名】からす座四辺形(βγδε) 【伝承地】埼玉県、東京都、神奈川県、山梨県 【分 類】数/知識/数詞

ヨツメ

東京都の奥多摩地域では、からす座の四辺形をヨツメと称している。この山間一帯で はカワハリボシとして親しまれた星で、このような見方があるとは予想もしていなか った。その土地では、からす座の古い呼称とされ、明治初期の人たちはほとんどヨツ メを使っていたという。これは、四辺形を四つの眼とみた事例であるが、奥多摩町に は「ミツボシ(三つ星)、ヨツメ、クヨウボシ(プレアデス星団)」という古い言い 習わしが伝承されている。「眼」という命名には、単に数やものの喩えにとどまらず、 「光り」や「空の孔」などといった信仰的な要素が含まれているものと考えられる。 【意 味】四つ眼 【星座名】からす座四辺形(βγδε) 【伝承地】埼玉県、東京都 【分 類】数/自然/生物

ヨナカノミョウジョウ

木星は、太陽系でもっとも大きな惑星であり、外惑星特有の動きで星座間を移動する。 ときには、夜中の星空で−2等級の輝きを放つことがあり、多くの人たちから注目さ れていたはずである。この星名は、宵の西空や暁の東の空に固定化されていた明星の 概念を、そのまま夜中の時間帯にまで拡大したものと考えられる。なお、地域によっ ては「赤い大きな星」と伝えているところもあるので、火星や土星を同様に呼んでい た可能性もある。ヨナカノミョウゾウともいう。 【意 味】夜中の明星 【星座名】(惑星)木星 【伝承地】埼玉県、東京都、山梨県、香川県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨノクチボシ 

鹿児島県薩摩地方でいうヨノクチは「宵の口」の意味で、夕暮れのことである。この 頃西空に輝きだす大きな星はヨノクチボシと呼ばれ、言うまでもなく宵の明星の異名 として伝承されている。 【意 味】宵の口星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】鹿児島県 【分 類】時・季節/自然/気象
2022/12/25 

ヨバイボシ

流星の代名詞的な呼称で、広く伝承されている。調査では、関東甲信地方などで多く の記録があり、特に山間域の暮らしではこの星名にまつわる俚諺が少なくない。平安 中期の『倭名類聚抄』に記された流星は、「一名奔星 和名与八比保之」で、これが ヨバイボシの原意となっている。『和爾雅』や『和訓類林』、『和訓の栞』など、近 世文献の多くも同様にヨハイ(ヒ)ホシを引用しており、『和訓栞』には「倭名抄に 見ゆ結婚星の義」とある。また『和漢三才図会』では、「日本で与波比星というのは 呼喚(よばう)という意味であろうか」と記している。  そこで『広辞苑』の記述をみると、ヨバイを「婚」として求婚することを第一義に 解説していることが分かる。さらに求婚する人が「婚人(よばいびと)」で、その手 紙が「婚文(よばいぶみ)」である。一方、時代的な習俗としてのヨバイには、一般 的に「夜這」の字を充てることが多い。室町時代末期の『運歩色葉集』には、流星( ヨハイホシ)および夜這人(ヨハイヒト)という二つの語が認められるが、両者を同 じ意味で捉えていたものかどうかは判断しかねる。しかし、古い時代からの流れをみ れば、ヨバイボシの基本的な語意は「星を婚う」ことにあると言えるであろう。星が 流れて、他の星のもとへ行くという発想が命名の原点ではないかと思われる。  各地の伝承によると、神奈川県などでは年配の人たちが主に使っていた呼び名とさ れ、東京都山間部を中心に次のような伝承がある。 ・ヨバイボシには赤いのと青いのがあり、赤い火の玉をカネダマ、青い火の玉をヒト ダマという ・ヨバイボシが飛ぶと人が死ぬ ・ヨバイボシが飛ぶと山火事が起こる  以上は不吉な星のイメージだが、全く逆の捉え方として、 ・ヨバイボシを見たら、それが消えない間に願をかける ・流れ星を見つけたら、それが消えないうちに「ヨビャアボシ、ヨビャアボシ・・・・」 と何回も唱えると運がよい など多彩である。  いずれにしても、日常の暮らしや生業のなかで活かされてきた星名であったことに 変わりはない。類似の転訛形として、ヨべエボシやヨビャアボシなどがある。 【意 味】婚星 【星座名】流星 【伝承地】埼玉県、東京都、神奈川県、山梨県 【分 類】動き/人/行動

ヨフケノミョウジョウ 

ヨフケといえば、まず「夜更け」が連想されるように、一般的には夜が深けた頃(つ まり深夜)をさす言葉である。ところが、この星名を伝承する宮崎県川南町の漁師は、 ヨフケを夕暮れの時間帯として認識していた。したがって、星名の意味は「夜ふけの 明星」とするのが適当であろう。もちろん、夕暮れ時に現れる大きな星といえば宵の 明星をおいて他にない。 【意 味】夜ふけの明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】宮崎県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨリアイボシ 

和歌山県には、プレアデス星団をヨリアイボシと呼ぶ地域がある。ヨリアイとは寄合 いの意味で、星が群がる様子を人びとが集まっている状態に重ね合わせたものであろ う。かつての地域社会においては、種々の寄合いが重要な役割を担っていたが、それ は日常的な会合にとどまらず、信仰や祭祀などの場面でもコミュニティ維持のための 最も基本的な手段として行われてきた経緯がある。そうした暮らしの一端を夜空の星 に投影させることで、手の届かぬ星の存在をより身近なものに感じていたのではない かと思われる。 【意 味】寄合い星 【星座名】おうし座 【伝承地】和歌山県 【分 類】配列/人/行動

ヨルノミョウジョウ 

ヨルは夜で、おそらく晩方を意味しているものとみられる。夜空で一際輝く星と言え ば、まず金星や木星が連想されるであろう。しかし、時間的な広がりを考慮すると対 象としては金星よりも木星が適切であると考えられる。基本的に、ヨナカノミョウジ ョウと同じ見方から生まれた呼称である。 【意 味】夜の明星 【星座名】(惑星)木星 【伝承地】京都府、広島県 【分 類】明るさ/自然/気象

ヨンチョウノホシ

埼玉県川本町では、オリオン座三つ星のサンチョウノホシに対し、からす座の四辺形 をヨンチョウノホシと呼んでいる。ヨンチョウの意味は、サンチョウ(三星)に倣っ た見方で「四星のほし」であろう。基本的にはヨツボシと同じで、四辺形を構成する 四つの星に注目した星名である。 【意 味】四星のほし(転訛形) 【星座名】からす座四辺形(βγδε) 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/数詞

ロクチョウボシ

この星名は、プレアデス星団を六つの星の集まりとみて、ロクチョウボシと表現した ものである。埼玉県幸手市では、おおぐま座のナナチョウやオリオン座のサンチョウ ボシなどとともに伝承されていることから、基本的に星の数による認識で統一された 見方であるといえよう。チョウの解釈については、他の類似事例と同じで「六星(ロ クショウ)」の意味と考えられる。したがって、基本的な発想はムツボシやムツラボ シと同じである。 【意 味】六星ぼし(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/数詞

ンミブス 

一般の人にはほとんど馴染みのない言葉であるが、これは琉球諸島の一つ宮古島に伝 わる星の呼称である。宮古島独特の表現が大きな特徴であり、ンミには「群れる」と いう意味があるという。つまりは、群れ星(プレアデス星団)の最終的な転訛形とみ られる。ただ、琉球諸島地域における基本的な呼び名をムリカブシあるいはブリブシ とした場合、ムリブシからムニブシ、ンニブシを経てンミブスへと転訛したものか、 あるいはブリブシからンニブシを経てンミブスに至ったのかどうかは不詳である。な お「〜ブス」という表現は宮古地方の特徴的な言い回しで、何々星の意味である。 【意 味】群れ星(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】沖縄県 【分 類】配列/知識/状態