カアサンボシ 

瀬戸内海にある本島(丸亀市)で、子どものころに親から伝承された星の名である。 同じような星が二つ並んでいて、一方をトウサンボシ、もう一方をカアサンボシと呼 ぶと聞いたという。これは、ふたご座の主要な二つの一等星(α、β)を両親に譬え た見方と考えられ、おそらく星の色合いから推察すると、白色のカストルが「父さん 星」で、オレンジ色のポルックスが「母さん星」であろう。岐阜県には、これらを銀 目(カストル)と金目(ポルックス)に呼び分けた事例が報告されている〔文0168〕。 【意 味】母さん星 【星座名】ふたご座ポルックス(β) 【伝承地】香川県 【分 類】配列(色)/人/家族

カサネボシ 

日々整然とした動きを繰り返す夜空の星は、月の満ちかけとともに人びとの暮らしに 欠かせない「時の流れ」を提示してくれる大切な存在であり、いつの時代にも不変な 営みとして捉えられてきた。そうした中にあって、固有の動きをみせる惑星、とりわ け金星や木星、火星に代表される明るさや色彩などの特徴が著しい星のいくつかは、 特に注目されていたことであろう。これらの星は、しばしば月と接近する機会があり、 各地で非日常的な現象の最たるものとみられてきた経緯がある。ところが、仙台市郊 外の農家集落では星と星そのものが異常に接近した現象を捉えたと考えられる星名が 伝承されていた。地元では、星が重なるように見えるのでカサネボシと呼んでおり、 いつでも見えるものではないという。ならば、月と星の場合で頻繁に記録されている 俗信があるかどうか訊ねてみたところ、それは確認できなかった。また、どのような 状態のときに星が重なっていると見做していたのか、この点についても明確な基準は ないようで、単に漠然とした印象から生まれた星名ではないかと思われる。 【意 味】重ね星 【星座名】近接した星 【伝承地】宮城県 【分 類】位置関係/知識/従属

◇ 金星の上に重なった木星 ◇

カジボシ

調査では、北海道や北陸地方などで記録されている。石川県輪島の漁師は、カジボシ について北の空で六つか七つの星が舵の形をしていると説明していた。北斗七星の配 列を、船の舵の形状に喩えた星の名であるが、本来は和船時代の木製の舵の形をさす もので、機械船以降の舵を見て北斗を連想するには違和感がある。伝承地はいずれも 海沿いの地域であり、そのまま漁業における星の利用に結びついている点が特徴とい える。なお、北斗七星の位置で舵を実感できるのは、夏の終わりから秋にかけて北西 の空に逆立ちした姿であろう。北海道での記録は、イカ釣り漁をとおして伝えられた 可能性がある。 【意 味】舵星 【星座名】おおぐま座北斗七星(αβγδεζη) 【伝承地】北海道、新潟県、石川県、福井県 【分 類】配列/生業/用具

◇ 和船の舵(山形県酒田市の日和山公園)◇

カセボシ 

カセは製糸用具の一種であるが、カセ車やカセ枠、カセとりなどの関連する言葉も多 くみられる。また、モノ自体ではなく巻き取った糸の束を数える単位としての綛もあ る。実際、この星名は主に瀬戸内海から四国にかけての地域で記録されており、その 対象はオリオン座の三つ星を中心として周辺の星々とさまざまに組み合ったパターン を示している。このことは、伝承された地域におけるカセの実態と深く結びついてい るものと考えるのが適当であろう。たとえば、カセと呼ばれる用具にはいくつかのタ イプがあり、それらの全体形状や一部の形状から「I」字状あるいは「X」字状など の星の配列が連想されたのではないかと推測されるのである。ただ、高知県土佐地方 のカセボシの場合は三つ星単体を意味しているものの、当該地域で使用されたカセの 形態や用途など詳しい情報は得られていない。 【意 味】かせ星 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】高知県 【分 類】配列/生業/用具

◇ 二種のかせ(糸枠タイプ)◇

ガヂャガヂャボシ 

プレアデス星団には、星がひと塊になった様子を表現した呼び名がいくつか知られて いるが、このガヂャガヂャボシもその一つである。これは山形県鶴岡市で記録された もので、土地の漁師が夜のマダイ釣り漁などで利用していた。ガヂャガヂャというこ とばは、星の集まりをモノが雑然と集まっているとみた呼称と考えられるが、本来は 「がちゃがちゃ」から転訛した可能性があり、視覚だけではなく音に対する感覚も含 めての命名ではないかと考えられる。そういう意味では、同じプレアデス星団の呼び 名であるジャンジャラとよく似た発想によって生まれたものであろう。また、見た目 の表現ではゴヂャゴヂャボシに近い存在で、いずれも素朴さに溢れている。 【意 味】がぢゃがぢゃ星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】山形県 【分 類】配列/知識/感覚

カップ 

北日本を中心とした伝統的なイカ釣り漁では、星の出に注目した伝承が各地に分布し ている。その重要な指標の一つであるおうし座のプレアデス星団では、概ね西日本由 来の「スマル系」と東日本由来の「ムツラボシ系」が星名の大勢を占めており、地域 によってさまざまな転訛形が記録されているのも大きな特徴である。ところが、こう した主流から外れた全く新しい呼称が、北海道渡島半島南部の松前町にのこされてい た。当地では、プレアデス星団をカップと呼び、この星が西へ動きながらかしがって (傾いて)きたら潮が変わり、イカが釣れると伝えていたのである。カップというの は、文字どおり飲み物などを注ぐ容器と考えられるが、具体的にどのような形を想定 したものか明確ではない。これまでに例のない命名であることから、比較的新しい時 代の星名ではないかと推察される。 【意 味】かっぷ 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】北海道 【分 類】配列/生活/衣食住

カナツキ 

カナツキは、本来カラスキボシ(三つ星+小三つ星)から転訛した星名の一つと考え られるが、これを全く別な意味に捉えている事例があるので、個別に解説を設けた。 西日本の一部地域で伝承されているカナツキは、三つ星を対象としてここに漁具を充 てており、それは「金突き」と称される先端が三本に分かれたタイプのヤスの一種で ある。竹竿などの長い柄をもち、水中の魚介類などを突き刺して捕獲する用具だが、 潜り漁では欠かせない漁具となっている。ただ、一文字に並ぶ三つ星を全体の姿とし て捉えたものか、あるいは三叉の金具部分を三つの星と見たものか、その由来につい ては明確でない。 【意 味】金突き 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】鳥取県 【分 類】配列/生業/用具

◇ 漁具の金突き ◇

ガニメ 

たいへんインパクトのある言葉だが、ガニというのは蟹のことであり、ガニメはその 眼を表している。ふたご座の主要な二つの1等星(α、β)を生きものの眼に譬えた 呼び名は他にもいくつか知られているが、海に生きる男たちにとって夜空に輝く星に しっくりと合うのは、やはり蟹の眼がいちばんであったようだ。類似の呼称として、 ガンノメ、カニメ、カニノメなどが報告されている。 【意 味】蟹目 【星座名】ふたご座カストル(α)、ポルックス(β) 【伝承地】大阪府 【分 類】配列/自然/生物

◇ 突き出た二つの眼 ◇

2022/10/25 

カラスキボシ 

◇ カラスキという農具  西日本、特に近畿圏を中心とした地域では、オリオン座の三つ星あるいはその周辺 の星々を含めて、カラスキボシが伝承されている。これは、耕作用農具の一種で通常 は牛馬の牽引によって使われるが、一部の地域では人力による利用事例もみられる。 一般的に犂の字で表記され、古くは中国の漢代で使われていたことが知られている。 その後、漢人の大規模な移住に伴って朝鮮半島にもたらされ、この犂をベースに韓人 用のモデルが考案されたという。その一部(一頭引き無床犂)が牛とともに日本へ持 ち込まれたとする見方が有力である〔『朝鮮半島における在来犂の成立過程に関する 試論』文0447〕。その後は、中国由来の曲轅長床犂も伝来した。  日本の在来犂については多くの調査・研究報告があり、河野通明氏によると5世紀 以降の日本での伝播と変遷については、以下に示す三つの流れがみられるとしている 〔文0447〕。 @朝鮮半島からの第2次渡来人によって持ち込まれた犂の系統 A大化改新政府による古代の中国犂をベースとした全国普及モデル犂の系統 B百済・高句麗からの一般農民の渡来によって持ち込まれた犂の系統  このうち、最も早く定着したのは@の系統で、その後Aの政府推奨モデルが全国に 配布されて普及の促進が図られたとされる。先に@の系統が定着した地域においては、 後に移入されたAの系統との間で新たなタイプ(混血型)が誕生することになり、そ れらが各地の在来犂として受け継がれている。一方、Bの系統については、政府モデ ルの配布が一段落した後の持ち込みであり、直接的な影響を受けなかったことで形態 的な変化も生じなかったものと考えられているようである。  犂の分類については、従来からの枠組みとして無床犂、長床犂、短床犂という捉え 方が行われてきたが、近年は各地にのこる在来犂の研究などから、基本タイプとして 朝鮮系の三角枠無床犂と中国系の四角枠長床犂、そして両者の混血型という3分類が 広く提唱されている。

犂の構造模式図
※各部の名称は文0447による

 さて、在来犂の分布状況をみると、日本の犂耕は西高東低という特性がみられ、北
日本での普及は福島県までとする見方がある〔『近世農業と長床犂』文0448〕。西日
本では渡来人が多く、また政府モデルの普及促進によって定着度が高い一方、犂密度
が比較的高い関東地方を除く東日本においては、相対的に低い傾向がみられるという。
そして、東北地方の状況については、大和政権の支配が及ばず政府モデルの犂が届か
なかったのではないかと考えられている。以上、犂の形態や分布特性を概観してきた
が、果たしてこれらの要素はカラスキボシの発生とどのようなかかわりをもっている
のだろうか。

◇ 犂とカラスキボシ
 平安時代の『倭名類聚抄』には、犂についての詳しい記述がある。「犂 和名加良
須岐 墾田器也」などの解説に続き、耒底(爲佐利)や耒箭(太々利)など各部位の
呼称が記載されていて、当時すでに重要な農具であったことが分かる。『宇治拾遺物
語』(鎌倉時代)の「妹背嶋事」にも、「なべ釜すき鍬からすき」の表記があり、主
要な生産用具の一つであった。
 同じ鎌倉時代の『字鏡集』には、「犂(レイ)カラスキ」の記述とは別に「參(シ
ム)」を星名也とする説明があるものの、両者のかかわりはみられず、二十八宿の名
を示すに止まっている。カラスキが具体的な星名として登場するのは、『易林本節用
集』(1548年)で、この「犂(カラスキボシ)」が今のところ最も古い記録であろう
か。その後は記載する文献も増え、『和訓類林』や『俚諺集覧』では「犂(犁)星」
の表記があり、また『和爾雅』や『合類大節用集』、『物類称呼』では「參」をもっ
てカラスキボシとしている。これらの記述からは、オリオン座のどの星々を対象とし
ているのか判然としないが、各地の伝承においても明確な星の配列を示した事例は少
なく、さまざまな見方があることに気付く。たとえば『星の和名伝説集』〔文0240〕
には、三つ星そのもの、三つ星と小三つ星などの伝承があり、さらに前者では三つ星
を犂の一部分と捉えたり、それぞれの星を牛の足と犂と人に譬えるなど、多彩な見方
があるようだ。桑原昭二氏は、和歌山県での調査記録も報告しているが、そこでは三
つ星と小三つ星を併せて犂の形とみている。
 隣接する奈良県も、カラスキボシの伝承が多い地域である。近世の『四方の硯』に
は、大和の農民が星を観て稲作を行っていたことが記され、その筆頭に挙げられた星
がこの星名である。『大和方言集』〔文0267〕をみると、カラスキボシは「犂星でオ
リオン座の一部で七ツの星からなり、犂を連想し得られる物」と説明されている。こ
こでいう七つの星とは、三つ星(δεζ)と小三つ星(42番θι)、それにη星を加
えたものと推察され、いわゆる方形の一角に小さな持ち手を付けた形が、カラスキボ
シの正体ではないかと考えられる。特にη星の存在は重要で、その結果構成される四
辺形(δζη42番)は、犂の形態と深くかかわっているのではないだろうか。つまり、
カラスキボシの伝承地と、そこで使用された在来犂との密接な関係が注目されるので
ある。
 奈良県といえばかつての大和政権の中心地であり、周辺の河内や和泉、紀伊、伊勢、
山城、摂津、播磨なども影響力が強かった地域である。既述のように、当時の政府モ
デルとされる犂は、四角枠曲轅長床犂という中国伝来の形態をもち、河野通明氏が示
した分布図〔文0448〕によると、畿内ではこのタイプが主流を占めていたことが認め
られる。したがって、カラスキボシの見方は『大和方言集』で示されたように、七つ
の星々をもって描くのが本来の姿と言えそうである。そうなると、次は夜空への具体
的な描き方が重要な焦点となるので、そのことについて考えてみたい。
 各地の伝承などから、これまでに提起された描き方を整理すると、概ね二通りのタ
イプを想定することができる。
・タイプA:三つ星を犂柄とし、ζから小三つ星にかけてが犂床で、さらにδからη
  へのラインを犂轅(曲轅または直轅)とする見方
・タイプB:三つ星が犂床で、ζから小三つ星が犂柄となり、42番星とηを繋ぐライ
  ンを犂轅とする見方


カラスキボシの描き方〈上〉タイプA /〈下〉タイプB

 野尻抱影氏は、『日本星名辞典』〔文0168〕のからすきぼしの項で、紀州の古老の
話から「つまり、三つ星が柄で、それから〈小三つ星〉に至るカーブが牛をつなぐサ
キに当たるわけである」と述べているが、このサキが犂轅であるとすれば、タイプA
を代表する見方と言えるであろう。これに対し、岸田定雄氏は奈良県のカラスキボシ
について、タイプBの描き方に同調する立場をとっている〔『大和のことば(下)』
文0266〕。また、岐阜県内の星名を記録した脇田雅彦氏が提示した図もタイプBであ
る〔『岐阜県の星の方言』文0311〕。因みに、桑原昭二氏が前出書〔文0240〕におい
て示した図は、タイプAの長床部と犂轅部を反転させた見方であるが、結局どれが正
しいというわけではなく、地域によってさまざまな描き方があることを理解する必要
がある。
 これまでの考察から、カラスキボシが生まれた背景には犂という生産用具そのもの
の歴史を軸として、その形態的な特性と伝播の状況などが少なからず影響を及ぼして
いたことが明らかになってきた。文献上では、16世紀より古い星名の記録を見出せな
い状況であるが、おそらく発生はさらに遡る時代であったと推察され、地域もやはり
近畿圏がその源と考えてよいだろう。近畿圏から離れた土地での伝承については、犂
の移入に伴う星名の伝播という可能性も否定できない。 
【意  味】犂
【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星+η
【伝承地】大阪府、奈良県、和歌山県
【分  類】配列/生業/用具

カラスコ

新潟県の佐渡地方では、オリオン座の三つ星をカラスコと呼んでいる地域がある。地 元では、明らかに三つ並んだ星と伝承されており、カナツキやカラツキなどと同様に、 カラスキが転訛した呼び名と考えられるが確証はない。したがって、ここでは一応三 つ星の呼称として扱っておく。鋤は田畑を耕耘する用具だが、星名でいわれるカラス キ(唐鋤)は、いわゆる牛馬に曳かせるタイプのもので。三つ星に小三つ星(42番・θ ・ι)を加えた形が、その由来となっている。カラツキやカナツキは、ここから転化し た可能性が高いものの、調査の記録ではこれらの多くは三つ星だけをさす呼称として 伝承されている。カラスコも仮にカラスキの転訛形であるとすれば、星名の伝播とと もに、由来となった星の見方にも顕著な変化が表れた典型的な事例といえるであろう。 【意 味】からすこ 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】新潟県 【分 類】配列/生業/用具

カラスマ 

大阪湾岸の漁港で記録されているが、意味についての伝承はない。文字の構成や語感 からすると、従来から知られている星名の転訛形が考えられる。一般に、近畿圏では 三つ星(実際には三つ星と付近の星々を合わせたもの)をカラスキと呼ぶところが多 く、水田を耕作する農具の形とみている。これに加えて、沿岸部の主に漁業を生業と してきた地域では、カラツキあるいはカナツキなどとも称され、本来のカラスキを離 れて別な意味へと転訛した事例もある。今のところ、カラスマそのものに特別な意味 はないものと考えられるが、カラスキからカラスマへの転訛の過程を明らかにするた めには、さらなる事例の集積が必要であろう。 【意 味】からすま 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】大阪府 【分 類】配列/生業/用具

カラスマノアトボシ 

オリオン座の三つ星をカラスマとして伝承している大阪湾岸のある地域では、それに 続く大きな星をカラスマノアトボシと呼んでいる。これは紛れもなくおおいぬ座のシ リウスであり、北日本などでも「〜ノアトボシ」と称して、いわゆるアトボシ系の呼 称が数多く記録されている。こうした見方は、おうし座のプレアデス星団やアルデバ ランなども含めて、冬空の代表的な星々を体系的に利用していた証とみることができ るであろう。伝承地の主力漁業が底曳網漁である点を考慮すると、西日本の太平洋側 内湾の一部という地理的特性と併せて、たいへん貴重な星名体系を示していることに なる。 【意 味】からすまの後星 【星座名】おおいぬ座シリウス 【伝承地】大阪府 【分 類】位置関係/知識/従属
2012/08/15 

カラツキ

伝承地は、いずれも漁村である。福井県では、スンバリ(プレアデス星団)よりも遅 く出る星で同じような星が三つ並んでいるといい、明確に三つ星を対象としていた。 富山県の漁師もやはり三つの星と見ている。さて、カラツキは唐鋤の転訛形としてカ ラスキ(ボシ)と同じ由来をもつ呼称とみられる。一方、地域によっては、これをカ ナツキと呼んで全く別な漁具に見立てているところもあるので注意が必要である。今 のところ、カラツキとカナツキの転訛をめぐる関係については不明な点が多い。いず れにしても、原意のカラスキは三つ星だけでなく、小三つ星など他の星を含めた配列 が対象である。こうした背景を含めてより詳しい考証が必要であるが、ここではとり あえず伝承通りに三つ星の呼称としておく。なお、北海道の事例は北陸方面からの伝 播によるものである。カラツキボシともいう。 【意 味】からつき 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】北海道、富山県、福井県、鳥取県、島根県 【分 類】配列/生業/用具

カラツキノアトボシ 

カラツキはオリオン座の三つ星であり、その後に続く星はおおいぬ座のシリウスとい うことになる。漁業における一連の指標星として重要な役割を担ってきたことから、 主に西日本の沿岸域で伝承されてきた。他にもカラスマノアトボシなど類似の呼称が 知られている。 【意 味】からつきの後星 【星座名】おおいぬ座シリウス 【伝承地】島根県 【分 類】位置関係/知識/従属

カワハリボシ

カワハリは、関東西部の山間域に特有の星の名である。これは、正確にはムジナノカ ワハリと呼ばれるもので、「狢の皮張り」に由来する。この特異的な呼び名をはじめ て記録したのは、1975(昭和50)年のことで、場所は埼玉県の名栗村白岩であった。 その後の継続的な調査により、伝承区域は東京都をはじめ埼玉、山梨、神奈川の一都 三県にまたがる山間域に及んでいることがほぼ明らかとなった。  カワハリというのは、からす座の四つの星(βγδε)が描く四辺形を、むじなの 毛皮を剥いで広げた姿に喩えたものである。それでは、いったい「むじな」というの はどのような生きものであろうか。漢字では一般に狢あるいは貉と表記されるものの、 「ムジナ」を標準和名とする動物は存在しない。したがってその正体は、地域によっ てタヌキ(イヌ科)であったりアナグマ(イタチ科)であったり、あるいは全く別の 生きものとしているところもある。いずれにしても、山の暮らしと縁の深い動物たち であることに変りはない。ただ、毛皮の利用という点で考えると、アナグマのそれは 特殊な用途(たとえばフイゴなど)を除いて価値が低いといわれており、一般的にむ じなの毛皮といえばタヌキのそれを指すことが多いようである。ただ、肉の味となる と反対にアナグマのほうが勝っている。東京都および埼玉県の山間地域で行った聞き とり調査の結果をみても「むじな」はタヌキのことであり、日常の暮らしでは尻当て などに加工して使っていた。関東以外でも、福島県や秋田県などで狸をムジナ、穴熊 をマミあるいはササグマと呼んでいることから、ムジナは狸のことと理解してよさそ うである。穴熊の肉については、これを「山鯨」と称している地域もある。 カワハリ星の分布は、東京都および埼玉県西部に濃密な分布を示す一方で、山梨県 と神奈川県については、わずかな事例の記録にとどまっている。これは調査精度のば らつきが大きく影響しているものとみられるので、今後の調査次第では、南部および 西部の分布域はさらに拡大する可能性がある。伝承の中心域である東京都および埼玉 県の分布域は、ほぼ確定されたとみてよい。これらの地域では、現地調査によってカ ワハリが伝承されていないことが明らかとなった市町村との境界をはっきりと把握す ることができる。東京都では、奥多摩町および旧五日市町(現在は秋川市と合併して あきるの市)より東の地域、埼玉県では大滝村、秩父市南部の浦山地区、横瀬町、名 栗村の伝承範囲より北あるいは東の地域ということになる。ただ、埼玉県の両神村や 小鹿野町周辺では、過去にカワハリが伝承されていた可能性がのこされているため、 北部の境界線については多少の変更がありうるかもしれない。いずれにしても、カワ ハリが伝承されてきた地域では、かつて白炭の生産がさかんに行われていた事実を確 認できる。

カワハリボシのイメージ
炭焼きの基本的な技術として、窯外消火(白炭)と窯内消火(黒炭)があることは よく知られているが、これは単なる製炭方法の相違にとどまらず、地域の生活誌その ものと深いかかわりをもつことが注目される。特に秋から翌春にかけての時季を盛期 とする白炭生産においては、一連の作業スパンに沿った日常生活のリズムが形成され ており、その過程で特定の星が利用されるようになったものと考えられる。東京都の 奥多摩地方を中心とする山間地域でカワハリが伝承されてきた背景には、その土地に おける生業のあり方が重要な構成要素として作用していたことが明瞭に表れている。  さて、カワハリにはその呼称に若干の類型がみられ、これまでに7種類ほどの記録 がある。東京都では、カアハリ系の呼称を主体としているが、埼玉県では本来のカワ ハリ系も同じように伝承されている。伝承事例の多い桧原村の場合は、15例中14例が カアハリとなっており、その意味が正しく「皮張り」に由来するとみた伝承も多くの こされている。さらに、分布域全体における星利用の実態や生活圏あるいは文化圏の つながりなどを考慮すると、おそらくカワハリは檜原村を中心に発生し、人の交流や 生業を介して次第に周辺地域へ伝播したものと推察される。 ところで、山の生活におけるカワハリ星の利用については、聞きとり調査の結果か ら東京都と埼玉県で17例が記録されている。このうち「夜明けを知る(9例)」、 「時刻を知る(3例)」、「家を出る目安とする(2例)」、「麦の播種期を知る (1例)」の四項目は、いずれも秋季から冬季にかけて、夜明け前の南東の空に姿を 現す四辺形を観察した事例である。さらに、「夜明けを知る」ことと「家を出る目安」 として利用するのは、具体的に炭焼きの生活パターンと深いかかわりをもった行為と して注目される。このように、星の呼称の由来からその利用実態、さらには伝承分布 と伝播特性の概要に至るまで、星の民俗をめぐる構図の全容がほぼ把握されたことの 意義はたいへん大きいものがある。 カワハリボシの由来は、ムジナと呼ばれる動物の皮を剥いで、乾燥させるために板 などに広げた状態が原意である。しかし、1975年以降の調査結果では、ムジナとの関 係はすっかり希薄なものとなっている。この星の名が伝承されている地域一帯では、 戦中・戦後の混乱期を経て、その後高度経済成長の波がどっと押し寄せた時代がある。 当然の成り行きとして、それまで人びとの生活を支えてきた生業の枠組みは、もはや 自然暦を必要としない形態へと移行せざるを得なかったわけである。 【意 味】皮張り星 【星座名】からす座四辺形(βγδε) 【伝承地】埼玉県、東京都、神奈川県、山梨県 【分 類】配列/自然/生物

カワハリボシの伝承分布(主な地域のみ図示)

カンムリボシ

カンムリボシは、埼玉県西部の農村部で誕生した。所沢市で記録されたこの呼称は、 そのことばの響きとは異なり、確かな信仰心によって形成された点が大きな特徴であ る。日本人が夜空に描いた冠とは、どのようなものであったのか。それは、近世に隆 盛した観音信仰から生まれた発想だったのである。 カンムリボシというのは、オリオン座の三つ星に小三つ星とη星を加えた「∩」の 形を、観世音菩薩が頭上に戴く宝冠と宝髻(ほうけい)とみた呼び名である。従来、 これらの星の配置には、ほとんどが四角い形状のモノあるいは類似の形態が連想され ており、星名にもそれがよく表れていた。カンムリボシの見方は、このような視点と は全く別な発想に基づいており、その背景に重要な鍵が隠されていたのである。星の 見方は、三つ星を観音の宝冠台あたりとすると、そこから両肩にかけて宝髻がカーブ を描いて垂れたようすを想像できる。台の上には宝冠を戴くことになるが、石造物な どに彫られた観音像を見ると、納得できる構図である。ちなみに宝髻というのは、髪 を冠のように結いあげて垂らしたものといわれる。 日本での観音信仰は古くからあり、法華経の観音経典では、観世音菩薩が三十三身 に姿を変えてすべての衆生(信仰者)を救済するという。このような考え方のもとに、 平安時代には三十三ヵ所の観音霊場を巡拝する風習が近畿地方ではじまり、その後は 坂東・秩父の観音霊場成立によって、いわゆる百ヵ所巡礼の信仰がさかんになった。 近世以降は各地に三十三観音霊場が設けられたが、関東の武蔵野三十三観音霊場もそ の一つである。この第20番霊場となる龍円寺は真言宗智山派に属し、かつては新久の 観音さまとして近郷の人びとに親しまれていた。龍円寺の本尊は虚空蔵菩薩であるが、 別棟の観音堂には千手観音が安置されている。 毎年12月10日(現在は前後の日曜日)は、「朝観音」と呼ばれる行事があって夜明 け前(午前5時開始)から多くの参拝者で賑わう。12月上旬の朝5時といえば、オリ オン座は西の空にあり、三つ星は横に居並んでいる。この星は、日本の各地で時を計 る目安などに利用されていたことから、かつては朝観音の際にも注目されていたはず である。信心深い参拝者が、誰がいうともなく観音さまの姿を連想したとすれば、や がて人びとの間に広まりつつ、カンムリボシという呼称の定着につながっていったの ではないかと考えられる。つまり、この星の名の誕生には、観音信仰という暮らしの 側面において、地域行事の特殊性が星を眺める機会を育んだことに加え、開催時期と 三つ星の位置(西空で横倒しになる季節)がたまたま符合していたという偶然による 条件の一致がみられるのである。 カンムリボシがいつごろ生まれたのかは定かでないが、少なくとも観音信仰という 絆を介して親から子へ、そしてまたその子へと伝承されてきたことは確かであろう。 しかし、残念ながら次の世代への継承はない。記録されずに消えてしまった星の名の はかなさからすれば、かろうじて伝承記録に名を連ねたカンムリボシの貴重さが際立 っている。 【意 味】冠星 【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星+η 【伝承地】埼玉県 【分 類】配列/生活/信仰

 

カンムリボシの見方(図とイメージ)

キタシッチョウ

埼玉県西部の名栗村では、おおぐま座の北斗七星をキタシッチョウと称していた。北 斗七星をシチヨウあるいはヒチヨウと呼ぶところは各地にあるが、このシッチョウは それらが転訛したことばと考えられる。七曜はヒチヨウノホシと同じ見方である。キ タ(北)を冠しているのは、星の数だけでなくその方角にも注目していたからであろ う。 【意 味】北七曜(転訛形) 【星座名】おおぐま座北斗七星(αβγδεζη) 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/自然/地理
2023/05/25 

キタノオオカジ 

 北斗七星の配列を船の舵に譬えた星名としては、カジボシがよく知られている。そ れを敢えて北にあるカジボシと命名したのは、それなりの理由があってのことである。 つまり、同じように舵の形を有するいて座の南斗六星の利用との兼ね合いから、互い に呼び分ける必要が生じたからに他ならない。しかも、両者は舵の大きさが異なるた め、その大小についても比較の対象となったようだ。  カジボシの舵は、あくまでも和船で使われた舵のことであり、その原意に変わりは ない。記録されたのは、2013年に石川県能登半島の珠洲市で実施した聞きとり調査で あった。『日本星名辞典』〔文0168〕には、1942年(昭和17)の報告としてやはり能 登地方(珠洲郡宝立町)の「北の大かじ」が紹介されている。また、富山県氷見地方 の伝承として「北の梶星」もみられる〔『日本星座方言資料』文0167〕。いずれも、 「南の小かじ」や「南の梶星」とともに対となる星名となっており、北斗と南斗が一 体的に利用されたことを示唆しているのである。このような状況は、一般的な漁業で はあまり例がなく、遠距離航海での利用が想定されるであろう。  かつての日本海では、北前船が盛んに往来しており、特に北陸地方から北海道にか けては、概ね「北行」および「南行」の航路をとることになる。その指標として、北 斗七星と南斗六星が利用されたものと考えられるのである。聞きとり調査においても、 北前船が北斗を頼りに航海していたことが確認され、ネノホシ(北極星)と併せて北 方へ向かう羅針盤の役割を担っていた可能性がある。日本海沿岸の各地には、北前船 の風待ち港があり、多くの日和山が現存している。おそらく、かつては風待ちの際に 日和山へ登り、北斗や南斗を眺める機会があったのではないかと推察される。 【意 味】北の大舵 【星座名】おおぐま座北斗七星(αβγδεζη) 【伝承地】石川県 【分 類】配列/生業/用具

キタノヒトツボシ

調査では、全国的に記録がある。文字どおり、北極星を北の空にある一つ星とみた星 の名である。ヒトツボシと同じ見方であるが、わざわざ方角を冠しているのは、ほぼ 真北を示す星としての重要性が反映されているものと考えられる。北海道のイカ釣り 漁師は、この星は絶対に動かないと伝えていた。キタノヒトツともいう。 【意 味】北の一つ星 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】北海道、千葉県、新潟県、和歌山県 【分 類】数/自然/地理

キタノホウノホシ 

日本では、海とかかわりの深い漁師たちを中心に北極星が重要なアテ星として利用さ れていた。一般的にはネノホシ(子の星)と呼ばれるが、千葉県内房地方の鋸南町に は、これを文字どおり北の方角を指し示す星として「北の方の星」という単純明快な 呼び名がのこされている。 【意 味】北の方の星 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】千葉県 【分 類】方角/自然/地理

キタノホシ 

北極星は、北の空の中心(地球の自転軸の方向)付近にあり、ほとんど動くことがな い。北の指極星であることから、それにちなんだ星名が多く記録されているが、その 代表的な呼び名の一つである。新潟県や鹿児島県では、キタボシと呼ぶところがある。 【意 味】北の星 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】新潟県、愛知県、大阪府、和歌山県、鳥取県、鹿児島県 【分 類】方角/自然/地理
2020/08/25 

キタノミョウケン

東京都西部の山間域では、北極星をキタノミョウケンと呼んでいるところがある。同 じ関東地方でも、埼玉県や神奈川県では単にミョウケンと記録されているので、何か 理由があってキタ(北方)を付したのかどうか、真意は分からない。ただし、ミョウ ケンの解釈については、他地域の事例と変わりはなく、中国伝来の妙見信仰に基づく ものであろう。日本では、やはり中国から伝わった北斗信仰と習合した形態を示して いるが、古い時代には本来の北辰崇拝が認められる。その代表的な行事が妙見(北辰 =北極星)への献燈で、『日本霊異記』などには民衆の間で行われた様子が記されて いる。北辰をめぐる信仰は道教や陰陽道にもみられ、日本の妙見はこれらを含めた総 体として普及した一面もある。星名の発生は、日常の暮らしの中に妙見が深く根付い ていた証ともいえよう。詳細については、ミョウケンの項を参照。 【意 味】北の妙見 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】東京都 【分 類】方角/自然/地理

キタノミョウジョウ 

北極星は光度こそ2等級ながら、まわりに明るい星がないため北の空で比較的目につ く存在である。それを表現した星の名がいくつか知られているが、その印象をさらに 際立たせていると思われる呼び名がキタノミョウジョウである。同じ明星でも、金星 などと違い夜空に常在する星であることから、その存在感を強く感じての命名ではな いかと考えられる。この呼び名が記録された静岡県沼津市では「北斗七星の中でいち ばん明るい星で動かない。この星を中心に北の空をまわっている」との伝承があり、 北極星と北斗七星を一体の星群として捉えている点が注目される。 【意 味】北の明星 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】静岡県 【分 類】方角/自然/地理

キタノミョウジン 

佐賀県太良町の漁師に伝わる星名で、キタノミョウジョウの「明星」をさらに神格化 して「明神」と呼んだものと考えられる。ヨアケノミョウジンやヨイノミョウジンな どと同様に信仰的な想いが込められた命名といえる。 【意 味】北の明神 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】佐賀県 【分 類】方角/自然/地理

キタヒトサマ

埼玉県飯能市に伝承された星の名であるが、この場合のヒトは人ではなく、ヒトツが 転訛したことばと考えられる。北極星が北の空にあって、一つ星のように見えるとこ ろから名づけられたものであろう。また、サマをつけることで信仰的な要素も加わっ た呼称となっている。キタノヒトツボシに同じ。 【意 味】北一つさま(転訛形) 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】埼玉県 【分 類】方角/自然/地理

キョクボシ

日本海の離島である飛島には、イカ釣り漁で利用される一連の星が伝承されている。 キョクボシについて地元の漁師は、6月ころの夜中12時ころに南東の方角に現れる星 で、付近に明るい星はないと説明していた。また、この星が高く昇ると北東からイカ 釣りのヤクボシが現れるとのことであった。これは明らかに、みなみのうお座のフォ ーマルハウトをさしている。飛島では、この星の出がイカ釣り漁開始の指標となって いたことがわかる。キョクの由来については聞けなかったものの、おそらくこのケー スでは、北極と対になる南方を意識したことばである「極」が適当と考えられる。 【意 味】極星 【星座名】みなみのうお座フォーマルハウト(α) 【伝承地】山形県 【分 類】方角/自然/天文

キンボシ

長野県高遠町で記録された星の名である。宵の明星に対する呼び名であり、標準和名 の金星を単にキンボシと称したものか、あるいはその明るさをもって金色を表現した ものか、由来についてははっきりしない。後者であれば、金星の輝きを色で喩えた星 の名として貴重なものである。神奈川県江の島の漁師も、オオボシとともにこの星の 名を伝えていた。 【意 味】金星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】神奈川県、長野県、静岡県 【分 類】明るさ/知識/感覚
2020/01/25 

クヨウノホシ

関東西部の山間域には、プレアデス星団の呼称としてクヨウノホシあるいはクヨウボ シが伝承されている。これらの地域では、おおぐま座の北斗七星をヒチヨウと呼ぶと ころもあり、信仰的なかかわりが影響しているものと考えられる。  クヨウは九曜で、ヒチヨウノホシの七曜に羅ごう(らごう)と計都(けいと)を加 えたものといわれる。北斗七星の七曜やカシオペア座のW形を構成する五星のゴヨウ (五曜)という呼称は、星の数と整合性があるので分かりやすいが、プレアデス星団 の場合は同じ解釈では納得しがたいものがある。同星団は、通常六つ、あるいは七つ の星の集まりとして捉えられており、それに因んだ呼称は各地に多く伝承されている。 しかし「九」という数字にまつわる星名は、ほんのわずかに過ぎない。この特徴ある 星団に対する九曜がもつ意味合いは、いったいどこにあるのだろうか。これまでに得 られた知見をもとに、その由来について考察してみたい。  まず、九曜というとすぐに連想されるのは「九曜紋」である。一般的な九曜紋は、 大きな円の周りに八つの小円を配した意匠で、家紋ばかりでなく、神紋や寺紋など多 くの社寺で目にする機会が多い。『家紋大図鑑』〔文0047〕には、さまざまな九曜紋 が掲載されているが、小円を菱形に組んだ「菱九曜紋」の意匠にはプレアデス星団の ような星の集まりを連想させるものがある。この星紋説は野尻抱影氏が『日本星名辞 典』〔文0168〕において既に指摘されており、最も順当な解釈とみられている。  しかし、多くの人びとにとって九曜が馴染み深い対象となっているのは、星紋ばか りではない。密教系の寺院で行われる星供と呼ばれる行事では、北斗七星や十二支、 二十八宿とともに九曜が果たす役割は大きく、より身近な存在だったのではないかと 推察されるのである。とはいえ、その対象がなぜプレアデス星団なのかという点に関 しては、依然として曖昧な状態のままであった。  そこで、もう一度「数」からのアプローチを試みることにしたい。ただし、数学的 な解釈ではなく、あくまでも信仰面での話である。「九」は、いわゆる奇数の一つで あり、陰陽の世界では「陽」の数として尊ばれた。江戸時代に日本でも設定された五 節供の一つに重陽(旧暦九月九日)があるが、文字通り九と九が重なるめでたい日を 表している。しかも、九は奇数のなかで最も大きな数であるため、重陽が最も尊い日 とされたのである。つまり、陰陽的な見方では単なる数字としての役割だけでなく、 「陽数の最大値=多い、たくさん」という意味合いを兼ね備えていたことになる。お そらく、かつてはプレアデス星団を具体的な星の数ではなく、漠然とした星の集まり として捉え、それを九の陽数で表現することがあったはずである。そこに身近な九曜 が結びついてクヨウノホシが定着したのであろう。  東京都奥多摩町では、「三つ星の前に出る九つの星」と説明していたが、この事例 も具体的な9ではなく「多くの」という感覚が根底にあるものと理解したい。 【意 味】九曜の星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】埼玉県、東京都、山梨県 【分 類】配列/生活/信仰

 

◇ 各地の九曜紋 ◇
〈左〉石灯籠(栃木県佐野市)/〈右〉太鼓(岐阜県大垣市)

クレノホシ

クレ(暮れ)は、薄明の時間帯をさすことばである。常用薄明から天文薄明にかけて 一段と輝きを増す金星を、その時間帯を代表する星として捉えた呼び名である。北国 のイカ釣り漁師らに伝承されていた。群馬県では、ヒグレノホシと呼ぶ。 【意 味】暮れの星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、青森県、群馬県 【分 類】時・季節/自然/気象

クレノミョウジョウ

クレノホシに同じで、クレ(暮れ)は、薄明の時間帯をさすことばである。この場合 は、金星の明るさも併せて表現した呼び名となっている。他にクレノミョウゾウ、ク レノミョウドウ、ヒグレノミョウジョウ、ヒグレノミョウドウなどがある。 【意 味】暮れの明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、青森県、福島県、茨城県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、      山梨県、静岡県、長崎県 【分 類】時・季節/自然/気象
2014/02/24 

クレノミョウジン

薄明の時間帯にひときわ明るさを増す金星を神格化し、これをミョウジン(明神)と 表現した呼び名である。東北地方および関東地方の一部で記録されているが、宵の西 空で一般的な金星の呼び名としては、同じ系列にヨイノミョウジンが知られ、群馬県 ではヒグレノミョウジンと呼ばれる。 【意 味】暮れの明神 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】群馬県、埼玉県 【分 類】明るさ/自然/気象

クロケシ

埼玉県西部の名栗村には、プレアデス星団の呼称としてクロケシが伝承されている。 クロケシは、「黒消し」で、この地域では黒炭をさすことばとして使われている。ち なみに白炭は「白消し」で、両者は窯や製炭法に大きな違いがあり、よく知られた備 長炭は後者の代表格である。ただし、いずれの場合もクド(煙だし)から出る煙の色 が内部の状況を判断する重要な要素となっている。この星の名は、黒炭の生産におい て、火を止めるタイミングを見定める煙の色を、プレアデス星団の青白い光芒に喩え たものと考えられる。 【意 味】黒消し 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】埼玉県 【分 類】色/生業/その他
2017/02/19 

ケン 

真東から縦一文字に上る三つ星は、星空のなかでも特に注目された格別の星と言って よいであろう。各地でさまざまな見方や捉え方があり、それらが多くの星名となって 記録されている。関東地方の利根川中・下流域では、一般にサンジョウサマやサンチ ョウボシ、シャクゴボシなどど呼ばれているが、これをケンと呼ぶ土地が栃木県鹿沼 市(旧粟野町)の山郷にある。ケンは剣のことと考えられるものの、三つ星全体を一 振りの剣とみたものか、あるいは三星のそれぞれに剣をあてたものかはっきりしない。 北斗七星をシチケンボシと呼ぶ神奈川県横須賀市には、三つ星に対する伝承としてサ ンゲンボシがあり、一般には「三間」と解されているものの「三剣」とみる考え方も あるなど、三つ星と剣の関係は不明のままであった。  その後ふとした切っ掛けにより、これがただの剣ではなく不動明王が持つ「宝剣」 ではないかと考えるようになったのである。それは、かつて同じ栃木県と神奈川県の 一部で「ミカヅキ」という三つ星の呼称を記録していたことと深くかかわっている。 それまで、三つ星と三日月のイメージを重ね合わせるのに少し違和感を覚えていただ けに、新たな不動明王の宝剣を介在させることで三者がほぼ一体のものとして捉えら れるようになった。したがって、ケンという星名もミカヅキと同様に三日月信仰を背 景として生まれた可能性が高いものと推測される。ただし、今のところ具体的な確証 は得られていないため、今後も更なる情報収集が必要である。 【意 味】剣 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】栃木県 【分 類】配列/生活/信仰

◇ 三日月神社の「剣」(栃木県)◇

コサンチョウ

埼玉県幸手市では、三つ星の呼称であるオオサンチョウに対する小三つ星の呼び名と して、コサンチョウを伝えている。同地域周辺の一般的な三つ星の呼称は、サンチョ ウ系が主体であり、このような呼び分けの事例はあまりみられない。サンチョウの原 意は「三星(サンショウ)」なので、小三つ星そのものである。 【意 味】小三星(転訛形) 【星座名】オリオン座小三つ星(42番θι) 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/数詞

コシャク 

コシャクは小杓で、小さな柄杓の意味である。ヒシャクボシは北斗七星の配列を柄杓 の形とみた呼び名としてよく知られているが、実はこぐま座の主要な星ぼしも小さな 柄杓の姿を夜空に画いている。こうした両者の対比から生まれた呼び名と考えられる が、実際には北極星とβ、γの二星が目立つ程度で、他の四つの星はあまり目立たな いために北斗七星のような華やかさはない。今のところ、伝承地は静岡県に限られて いる。 【意 味】小杓 【星座名】こぐま座七星(αβγδεζη) 【伝承地】静岡県 【分 類】配列/生活/用具

ゴヂャゴヂャボシ

星が集まっている状態から連想された星の名で、プレアデス星団の比喩的表現として もっとも一般的である。この単純明快な発想の原点がどこにあるのか、以前から興味 をもっていたが、山梨県東部の山間域では、これを主に子どもが使う呼び名とし、大 人はナナツボシを使っていたと説明している。ということは、当地においては子ども たちの間で生まれ、伝承されてきた呼び名と考えるのが適当であろう。 【意 味】ごぢゃごぢゃ星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】山梨県 【分 類】配列/知識/状態

コボシ 

コボシは文字通り小さな星の意味であり、したがって一般的には特定の星に対する呼 び名として記録されることはほとんどない。これはその貴重な事例の一つで、おうし 座のプレアデス星団全体を小さな星と捉えたものである。今のところ伝承地は徳島県 の一部地域に限られているものの、同じ発想による別な呼称の存在も十分に考えられ る。因みに、オオボシ(多くが金星をさす)と対比する形でコボシを伝えている事例 は福井県や佐賀県などにみられる。 【意 味】小星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】徳島県 【分 類】明るさ/知識/感覚

コマツボシ

プレアデス星団を松に喩えた呼び名であるが、どのような見方をしたかは明らかでな い。形としては、実生から生長したアカマツの幼樹を連想させるものの、東京都の伝 承によるとごちゃごちゃとかたまった星で、いつも動いているように見えると表現し ている。ということは、松の小枝を連想したものかもしれない。峠を越えた埼玉県側 では、同じプレアデス星団をオマツボシと呼んでいるが、おそらくコマツボシの転訛 形とみて差支えないであろう。 【意 味】小松星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】埼玉県、東京都 【分 類】配列/自然/生物

ゴヨウセイ

ゴヨウは五曜で、七曜のうち日月を除く火曜星、水曜星、木曜星、金曜星、土曜星の 総称であり、その由来は陰陽五行思想に基づいている。北斗七星の七曜に対し、M字 形あるいはW字形の五つの星を五曜に喩えた呼び名であるが、ヒチヨウノホシのよう に一般的なものではない。ゴヨウノホシともいう。 【意 味】五曜星 【星座名】カシオペア座αβγδε 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/生活/信仰