マグワボシ 

マグワは馬鍬で、一般的には牛馬に曳かせて田畑を均す用具として知られている。そ の形状もほぼ地域差がなく、台形の木枠下部に先端を尖らせた複数の鉄杭を装着した もので、星の配列からみるとからす座の四辺形が最もふさわしい。ところが、岐阜県 ではオリオン座の三つ星を対象とした星名である。既存資料〔『岐阜県の星の方言』 文0311〕によれば、西美濃地方に特有の呼び名とされているが、今回記録したのは飛 騨地方であり、いつの時代か分からないものの人の移住等により伝播したものではな いかと推測される。もう一つ、当地では田の荒起しに使用する用具(いわゆる唐犂) についてもバグワ(馬鍬)と称しており、形状や用途の異なる用具を類似する意味合 いで呼び分けているという事実がある。マグワボシも本来は三つ星だけでなく小三つ 星等を含めた星の配列を馬鍬に見立てたものと考えられるが、そこに台形の農具を当 てはめるのは容易ではない。ところが、カラスキボシと同様にこれを唐犂の形と理解 すれば納得がいく。つまり、星名の由来となった「馬鍬」は、唐犂タイプのバグワが 原点だったのではないかという可能性もあり、今後の課題としておく。 【意 味】馬鍬星 【星座名】オリオン座三つ星 【伝承地】岐阜県 【分 類】配列/生業/用具

◇ 一般的な馬鍬 ◇

マスボシ

北国では、イカ釣りの指標星の一つとしてマスボシが伝承されている。この星を核と してプレアデス星団から続く星の連なりが重要な意味をもっていたのである。桝は計 量器の一種で、形状や大きさによりさまざまなタイプが知られている。よく使われた のは一合桝や一升桝などで、形状は四角い口の方形が一般的であるが、一斗桝では丸 型で円柱状のタイプもあった。オリオン座の三つ星と小三つ星、それにη星を結んだ 星の配列は、方形の桝を上から見た状態を示し、大きさとしてはさしずめ一升桝とい ったところである。同じ星名がおおぐま座の北斗七星にもあるが、形(見方)や大き さの点でオリオン座のマスボシがもっともふさわしい。なお、北日本や西日本などで は単なる桝ではなく底部に柄を付けたサカマス(酒桝)あるいはアブラマス(油桝) を連想した地域があり、伝承も多彩である。いずれも、基本は方形の計量器とみた発 想が原点となっていることに変りはない。 【意 味】桝星 【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星+η 【伝承地】北海道、青森県、秋田県 【分 類】配列/生活/用具

 

◇ マスボシの見方〈左〉と検定一斗枡 ◇

マスノアトボシ

サカマスノアトボシと同じように、オリオン座の三つ星を中心としたマスボシに続い て東から現れるシリウスをマスノアトボシと称した星の名である。 【意 味】桝の後星 【星座名】おおいぬ座シリウス(α) 【伝承地】北海道 【分 類】位置関係/知識/従属

ママタキボシ 

富山県の新湊や氷見地域では、東天に輝く金星をママタキボシと呼ぶ。ママタキとい うのは、いわゆる飯炊きのことであり、言い方を変えているだけで本来の意味はメシ タキボシと全く同じである。富山県における伝承でも、この星が夜明け前の東天に姿 を現わすと「そろそろ朝飯の仕度をせにゃならん」と言っていたそうである。 【意 味】飯炊き星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】富山県 【分 類】時・季節/生活/衣食住
2017/02/19 

ミカヅキ

神奈川県津久井町(現相模原市)では、オリオン座の三つ星をミカヅキと称している。 これは三日月のことで、最初は勘違いかと思ったがそうではなく、確かに三日月と見 ていたのである。地元では、「月のように星が三つ並んでいるからミツボシという人 もいるが、ふつうはミカヅキと呼ぶ」と説明している。栃木県の事例も同じような内 容で、関連する伝承が埼玉県にもある。これらの伝承とは逆の見方になるが、江南町 (現熊谷市)では三日月くらいの細い月をハンツキボシといい、同県松伏町では月を サンチョウサマと呼んでいる。この呼び名は、本来三つ星に対するものである。これ らの伝承から考えられることは、三つ星を三日月(あるいは二十六夜月)に、また三 日月を三つ星として認識している点が共通の要素になっている。三日月の場合は旧暦 の毎月3日に月を拝する行事があり、三つ星もサンコウという捉え方から信仰の対象 であった。このような信仰が習合し、相互的な星名の形成につながったとは考えられ ないであろうか。 その後、同じ栃木県内の別な地域で三つ星の呼称である「ケン」を記録したことを きっかけに、それまでの不確実性の解消に向けて大きく展望が開けてきた。それは、 三日月不動尊とかかわりの深い信仰の一端を示すものだったのである。もともと栃木 県や茨城県、千葉県などの一部地域では、さまざまな形で三日月信仰が定着していた が、三日月神社等に代表される関連の社寺は現在把握しているだけで16社に及び、か つては多くの参拝者で賑わっていたことが知られている。さらに、三日月神社の中に は月読命とともに不動明王を祀るところがあり、その持物である宝剣が奉納されてい る事例も少なくない。また「三日月不動尊」などと刻まれた石造物も散見される。  では、三日月不動尊とはいかなるものか。何か特別な像容を連想しがちだが、基本 的に一般の不動明王と変わりはない。ただし、東京都新宿区の太宗寺に祀られた三日 月不動は額に三日月を戴く特殊な像容となっている。密教では、三日月の本地を不動 明王としているが、ここで問題なのは多くの三日月不動が信仰の対象として祀られて いるという意味合いについてである。実は、その手掛かりが真言祈祷大系としてまと められた「十結諸大事」〔『真言秘密加持集成』文0302〕の中にあった。ここでは、 月を巡る祈祷作法の一つに「三日月拝見の大事」を説いており、三日月に向かって不 動明王の検印を結ぶ所作が示されている。三日月信仰にとって、不動明王がいかに欠 かせぬ存在となっていたかがよく分かる。おそらく、こうした背景を基に不動明王が 右手に持つ宝剣を三日月として信奉するようになったのではないだろうか。そのよう な感覚で改めて三つ星を眺めてみると、程よい間隔に居並ぶ星の配列が、三日月の化 身として捉えられてきた事実も決して不思議ではないと思えるのである。 【意 味】三日月 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】栃木県、神奈川県 【分 類】配列/生活/信仰

◇ 額に三日月を戴く太宗寺の三日月不動像 ◇

ミツダナサン

三つ星の出は、本州でほぼ真東から縦一文字に昇ってくる。星と星の間隔も適当に空 いており、ちょうど三段の棚のようにも見える。そこで、静岡県南伊豆町ではミツダ ナ(三つ棚)サンと呼んでいた。土地の古老によって語り伝えられてきたもので、こ の星が出ると夜明けが近いという伝承がある。 【意 味】三つ棚さん 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】静岡県 【分 類】数/生活/衣食住
2017/12/25 

ミツブシ

1975年に与論島で記録された星の名であるが、その後沖縄地方や宮古島、石垣島でも 記録されている。おそらく鹿児島県奄美地方から八重山地方まで広く分布する星名で あり、これらの地域では、一般に星をフシあるいはブシ、プスなどと称していること から、三つ星は通常「ミツブシ」となるわけである。なお、沖縄本島を含むその周辺 ではミチブシが、宮古島の場合はミツブスと発音される事例が多い。 【意 味】三つ星(転訛形) 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】鹿児島県、沖縄県 【分 類】数/知識/数詞

ミツボウ

沖縄県の離島、石垣島に隣接した竹富島に伝えられてきた三つ星の呼称である。一般 的なミツボシが転訛した形と考えられなくもないが、この場合は俗に「〜坊」と言わ れる意味に解しておきたい。鹿児島県で記録された北斗七星のナナツボウも「七つ坊」 で、やはり同じ見方であろう。 【意 味】三つ坊 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】沖縄県 【分 類】数/知識/数詞

ミツボシ

オリオンのベルトにあたる三星の呼称として、標準和名といってよい。数による星の 名ではもっともなじみ深い存在であり、伝承地はほぼ全国に及んでいる。星の利用と いう点でも、地域や生業にかかわりなく、プレアデス星団のスバルや北斗七星のナナ ツボシなどとともに、人びとの暮らしと密接なかかわりがあった。北国ではミヅボシ と転訛した事例が知られ、またミツボシサン、ミツボシサマ、ミッツボシ、ミツボッ サンなど類似の名も多い。 【意 味】三つ星 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、      群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、石川県、福井県、      山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、      兵庫県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、      香川県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、      鹿児島県 【分 類】数/知識/数詞

ミツボシノアトボシ 

アトボシ系の星名は、おうし座−オリオン座−おおいぬ座と続く冬の星座を夜空の時 間軸とみなし、その動きから時の経過を計ることを目的に命名された事例がほとんど である。主に北海道から東北、北陸あたりの沿岸域において、イカ釣り漁の指標とし て利用されてきた。つまり、おうし座のプレアデス星団に続くアトボシがアルデバラ ンであり、もう一つオリオン座の三つ星に続くアトボシがおおいぬ座のシリウスであ る。単にアトボシと呼ばれる場合もあるが、多くは先行して出現するプレアデス星団 や三つ星の呼称を冠して〜ノアトボシと表現される。そういう意味で、ミツボシノア トボシは最も基本的なタイプと考えられるが、意外にも調査における記録は愛媛県が 初めてである。西日本ではアトボシ系の事例は少なく、しかもイカ釣りではなく一本 釣りや底曳網などの漁で利用されたという点が注目される。 【意 味】三つ星の後星 【星座名】おおいぬ座シリウス(α) 【伝承地】愛媛県 【分 類】位置関係/知識/従属

ミツメ

山梨県高根町では、三つ星をミツメとして伝えている。三つの2等星を単純に三つの 眼とみた星の名であろう。これを実感するには、西空に横たわった状態がふさわしい ようだ。ふたご座の二星(α・β)には、猫や蟹などの動物の眼に喩えた呼び名があ るが、ミツメの場合は、抽象的な三つの「光り」を表現したものと考えられる。なお、 高根町には同地方で利用した星をいい表すことばとして「ミツメ、ヨツボシ(からす 座四辺形)、クヨウボシ(プレアデス星団)」というのがある。 【意 味】三つ眼 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】山梨県 【分 類】数/自然/生物

ミツラボシ

この星の名は、三つ星を三連の星とみて、ミツラと呼んだものである。伝承地は、埼 玉県の北端に位置する北川辺町で、現在は利根川をはさんで他の市町村とは分離され た関係にある。三つ星を「三連」とみたのは、プレアデス星団の「六連」と同じ発想 であり、ごく自然の捉え方であろう。北国には、類似の名としてミヅラボシがあるが、 こちらはプレアデス星団のムヅラが転訛した呼び名であるので注意が必要。 【意 味】三連星 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/数詞

ミヅラボシ

ムツラボシには、転訛形がいくつかあり、北国のイカ釣りで利用された星の呼称によ く表れている。青森県大間町で記録されたミヅラボシもそのようなタイプの星で、プ レアデス星団をさす。 【意 味】六連星(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】青森県 【分 類】数/知識/数詞

ミナミノコカジ 

南斗六星の配列が、船の舵の形に似ていることによる命名である。カジボシはおおぐ ま座の北斗七星でよく知られているが、「南の・・・・」は北に対する意味合いをもって いる。また、北斗七星の舵よりも小さいことから「小舵」と呼び分けられた。なぜ、 北と南に似たような舵の星を見出す必要があったのかは明らかではないものの、この 星名を記録した能登半島(珠洲市)で、かつての北前船が北斗七星(キタノオオカジ) を航海で利用していたと伝承されている点を踏まえると、日本海の北行とは逆に南行 の場合はミナミノコカジを目あてとした可能性が考えられる。 【意 味】南の小舵 【星座名】いて座南斗六星(ζλμστφ) 【伝承地】石川県 【分 類】配列/生業/用具
2020/08/25 

ミョウケン

ミョウケンは妙見で、奈良時代の前後に中国から伝来したとみられる信仰である。当 時は、北辰崇拝として北辰(北極星)に燈明を献ずるということが行われ、後には朝 廷においても行事化(御燈という)された。密教では、本来北辰を妙見菩薩として祀 っていたはずであったが、やはり中国伝来の北斗信仰との習合などにより、妙見の正 体は北辰・北斗が一体のものであるという解釈が広まったようだ。中世以降は、千葉 氏や大内氏などに代表される武士あるいは豪族らによる妙見への信仰が深まり、また 日蓮宗による布教とも相まって、妙見=北斗という立場がより鮮明になっていったこ とが知られている。ただし、これはあくまでも信仰上の形態を示しているに過ぎず、 妙見の本質が北辰(北極星)であることに何ら変わりはない。  ところで、北極星は文字通り「天の北極に最も近い星」という意味合いであるが、 具体的にどの星を指すのかというと、少し考慮しなければならない課題がある。それ は地球の地軸(自転軸)の変化がもたらす歳差で、少なくとも500年を超える歴史を 扱う際には注意を要する。1000年以上も前の奈良時代において、北辰は現在の北極星 (こぐま座α星)でなかったことは明白だが、当時の人びとが献燈を行った対象がど の星なのか、具体的な検証が行われていないのは残念である。それでも、この星名に 関していえばほぼ近世以降の命名であるから、ミョウケンが現行の北極星をさしてい ることは間違いない。  調査では、北極星を直截的に信仰の対象としていたという伝承は記録されていない ものの、埼玉県の場合は伝承地の周辺に秩父神社(秩父妙見宮)があり、また妙見菩 薩を刻した石塔の分布等によっても、民間信仰としての妙見の存在は意外に大きかっ たのではないかと推察される。ミョウケンサマとも呼ばれ、類似の星名にキタノミョ ウケンがある。 【意 味】妙見 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】埼玉県、神奈川県 【分 類】方角/生活/信仰

 

〈左〉現在の妙見は少しだけ動く /〈右〉妙見菩薩石塔

ミョウジョウサマ

主として、明け方の金星に対する呼称である。いつも見られるわけではないが、マイ ナス4等級の明るさをもつ金星への関心を示す代表的な呼び名である。ミョウジョウ のほか、ミョウジョウサン、ミョウゾウサマ、ミョウゾウボシ、ミョウドウボシなど ともいう。 【意 味】明星さま 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、山形県、群馬県、埼玉県、千葉県、神奈川県、山梨県、長野県、三重県、      広島県、香川県、福岡県、熊本県、大分県 【分 類】明るさ/知識/感覚

ミョウジンサン 

金星を神格化して捉えた呼び名の一つであり、通常は「ヨアケノ」あるいは「ヨイノ」 などの語を冠して東天(明け方)と西天(夕暮れ)の状況を呼び分けている場合が多 い。単なるミョウジンでは、そのどちらにも解釈できるが、漁業における伝承を考え るとやはり明け方の金星を想定するのが適当であろう。単にミョウジンともいう。 【意 味】明神さん 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】熊本県 【分 類】明るさ/生活/信仰

ミョウチョウノアカリ 

この星名は、兵庫県の淡路島北部で記録されている。ミョウチョウは、埼玉県のミョ ウチョウボシと同様に明星を意味する言葉であろう。アカリは文字通り明かりのこと と解されるので、つまり「明星の明かり」という見方から生まれた呼び名である。 【意 味】明星の明かり 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】兵庫県 【分 類】明るさ/知識/感覚
2023/03/25 

ミョウチョウボシ

埼玉県の幸手市では、金星をミョウチョウボシと呼んでいる。チョウは、サンチョウ ボシやナナチョウなどと共通する語で、「星(ショウ)」が転訛したものである。い わゆる明星のことだが、敢えて星という語が付加されているのは、本来の意味が失わ れた結果であろう。同地ではイッチョウボシとも呼ばれ、これらの事例はチョウの解 釈をめぐって、重要な手がかりを示唆する存在となっている。 【意 味】明星ぼし(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】埼玉県 【分 類】明るさ/知識/感覚

ミョウトボシ 

千葉県木更津市で、明け方の東天に光る金星の呼び名として伝承されていた。他の地 域には、明星(ミョウジョウ)が転訛したミョウドウの呼び名があるが、これは、そ れがさらに転訛したものと考えられる。地元の漁師らは、この星の出をみて夜明けが 近いことを認識していた。 【意 味】明星ぼし(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】千葉県 【分 類】明るさ/知識/感覚

ムジナ

北国において、プレアデス星団に対する星名として記録された。本来はムツラボシを 原意とする呼び名であり、これが全く異なる意味をもつことばに転訛した事例である。 実際、これを動物の狢(多くは狸)として伝えているところもある。ムジナボシとも いう。 【意 味】六連(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】北海道、青森県 【分 類】数/知識/数詞

ムジナ 

北日本で、プレアデス星団の六星をムジナ(本来の意味は六連)と呼ぶ地域があるが、 宮城県北部沿岸においては、これをオリオン座の三つ星として伝承していた。ただし、 原意はやはり「ムツラ(六連)」であるから、三つ星と小三つ星を合わせた六星が対 象である。このように、同じ呼称が異なる星群を示す事例は、おうし座とオリオン座 で複数知られている。 【意 味】六連(転訛形) 【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星 【伝承地】宮城県 【分 類】数/知識/数詞

ムジナノアトボシ

プレアデス星団をムジナと称する地域では、その後に続くアルデバランに対し、ムジ ナを冠したアトボシの呼称を与えている。このような見方は、地域によって多様なパ ターンがみられる。ムツラノアトボシに同じ。 【意 味】六連の後星(転訛形) 【星座名】おうし座アルデバラン(α) 【伝承地】北海道、青森県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムジナノアトボシ 

オリオン座の三つ星(本来は小三つ星を合わせた六星)をムジナと称している宮城県 北部の一部地域では、その後に姿をみせるシリウスがムジナノアトボシとなっている。 ムツラを原意とする転訛形のなかでも個性豊かな星名だけに、同じアトボシであって も全く異なる星を指しているという実態は、イカ釣りの役星ならではの伝承といえる であろう。 【意 味】六連の後星(転訛形) 【星座名】おおいぬ座シリウス(α) 【伝承地】宮城県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムジラ 

ムツラボシ(六連星)を原意とする転訛形の一種である。主に北日本におけるイカ釣 りの役星として利用された呼称で、類似した事例にムジナが知られている。転訛の過 程は明確でないが、おそらくムツラ→ムヅラ→ムジラ→ムジナという展開があったの ではないかと推察される。因みに、ムジナは野生動物の別称と同音であることから、 本来の意味が失われて異なる意味に解釈されている事例があり、そうした転訛の鍵を 握る呼称と言えそうである。 【意 味】六連(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】北海道 【分 類】数/知識/数詞

ムジラ 

一般的にはおうし座のプレアデス星団に対する呼称であるが、三陸沿岸の一部地域で はオリオン座の星にこの名を宛てている。本来は三つ星と小三つ星を合わせて六星と いう意味をもつものの、地元では単に三つ星の呼び名として伝承されている事例が多 い。ムジラがムツラボシ(六連星)から転訛していることはプレアデス星団と全く同 じであり、他の転訛事例等も含めて星名伝播の過程で対象となる星(あるいは星群) がすり替わった可能性は多分にあるものと考えられる。ムジラボシともいう。 【意 味】六連(転訛形) 【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星 【伝承地】岩手県、宮城県 【分 類】数/知識/数詞

ムツガミサン 

静岡県の伊豆地方には、オリオン座の三つ星と小三つ星(42番θι)を合わせて六星と する見方が多いが、この星名もその事例の一つ。本来はムツボシと同じ意味合いであ り、基本的に星の数がその由来となっているものの、伝播の過程で特殊な意味づけが 行われたものと考えられる。この場合は、六星を六体の神に見立てたもので、他にも 類似の転訛形がいくつか知られている。なお、伊豆地方ではプレアデス星団について も、これを六星とみて同じ呼称系が広く伝承されているので注意が必要である。 【意 味】六つ神さん 【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星 【伝承地】静岡県 【分 類】数/知識/信仰

ムツボシ

東日本を中心とした呼び名である。プレアデス星団の六つの星を、単純にその数で表 現したものであり、ミツボシやからす座のヨツボシなどとともにすっきりとした印象 を与えてくれる。地域によってはナナツボシとする見方もあるが、これを実際に確認 できる星の数とみるか、7という陽数あるいは聖数にちなむ呼称とみるか、明らかに なっていない。類似の見方にムボシがある。地域によっては、ムツボシサンあるいは ムツボシサマとも呼ばれている。 【意 味】六つ星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】北海道、秋田県、福島県、茨城県、埼玉県、東京都、神奈川県、長野県、静岡県 【分 類】数/知識/数詞

ムツボシサン

この場合のムツボシは、三つ星と小三つ星(42番θι)を合わせて六星とし、これを単 純にムツボシと呼んだものである。プレアデス星団と混同されやすいので、調査でも、 十分な確認を必要とする事例の一つである。この星について、静岡県土肥町では、星 が三つずつ「く」の字に並んでいるといって図を描いてくれた。小三つ星の向きが異 なるものの、全体としては三つ星と小三つ星の組み合わせである。この形は新潟県両 津市に伝承されているムツラの見方とよく符合する。ちなみに、ムツザもムツラボシ の転訛形である。 【意 味】六つ星さん 【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星 【伝承地】静岡県 【分 類】数/知識/数詞

ムツラノアトボシ

ムツラは、プレアデス星団ではなくオリオン座の三つ星と小三つ星を併せた六星のこ とである。したがって、呼称の主体となる星がおうし座とオリオン座のいずれかによ って、アトボシの対象も変化することになる。この場合は、おおいぬ座のシリウスが 選択されており、利用に際しても混乱が起こりにくい星名体系が伝えられている。ム ツラ(オリオン座)とアトボシ(シリウス)の出現時間差は約2時間近くあるが、こ の間隔はイカ釣り漁において重要な節目の時間であった。なお、地域によってはシリ ウスではなく他の星を対象としている場合もあるので注意が必要である。ムヅラノア トボシともいう。 【意 味】六連の後星 【星座名】おおいぬ座シリウス(α) 【伝承地】岩手県、宮城県、新潟県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムヅラノアトボシ

アルデバランが東の空に姿をみせるのは、プレアデス星団であるムヅラボシの出現か ら約80分後になる。これを、ムヅラボシの後に続く星という意味からアトボシと名づ けたものである。一般的な感覚では、かなり長い時間とも思えるが、イカ釣り漁にお いては重要な間隔として捉えられていた。類似の名にムツナノアトボシなどがある。 【意 味】六連の後星 【星座名】おうし座アルデバラン(α) 【伝承地】青森県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムヅラノサキボシ

カペラは、プレアデス星団よりもわずかに早く北東の空から姿を現す。プレアデス星 団をムヅラボシの系統で呼ぶ地域において、その先に出る星という意味でムヅラノサ キボシと名づけたものである。 【意 味】六連の先星 【星座名】ぎょしゃ座カペラ(α) 【伝承地】青森県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムヅラノサキボシ 

ムヅラは、通常プレアデス星団をさすことが多いが、岩手県などではオリオン座の三 つ星と小三つ星を合わせた呼び名となっている。イカ釣りの役星という性格を考える と、これらの前に現れる目立つ星といえばアルデバランをおいて他には見当たらない。 プレアデス星団を基準にした場合はアトボシの関係にあることから、同じムヅラであ っても地域によってサキボシになりアトボシにもなるという現象は、自然認識の多様 性を示す一つの特性と言えるであろう。 【意 味】六連の先星 【星座名】おうし座アルデンバラン(α) 【伝承地】岩手県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムツラノマエボシ

サキボシ(マエボシ)系やアトボシ系の星名については、利用される一連の星の体系 を把握した上で、それらの出現順位や相対位置などを考慮しなければ判別できないケ ースが少なくない。そのためには、主体となる星(星群)をまず特定する必要がある が、そこで留意しなければならないのは、プレアデス星団とオリオン座三つ星周辺の 星群が地域によって全く同じ呼称を有しているという点である。  このムツラ(六連)も典型的な事例で、体系内の相対関係から後者のケースと判別 され、しかもおうし座のアルデバランと三つ星の間に出現する星を指していることが 分かる。青森県に伝承されるサンコウノサキボシと同じ見方である。ベラトリックス が利用されるのは、ほぼイカ釣り漁に限られたこととは言え、漁師らが夜間の漁の合 間に注意深く見守っていた星であることに変わりはない。 【意 味】六連の前星 【星座名】オリオン座ベラトリックス(γ) 【伝承地】新潟県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムヅラノマエボシ

ムヅラノサキボシと同じであるが、カペラをプレアデス星団の前に出現するという捉 え方をした呼び名である。ただし、この前後関係はその後の動きのなかで逆転するの で通用しなくなる。そういう意味では、星の出現に最大の関心があったとみてよいで あろう。 【意 味】六連の前星 【星座名】ぎょしゃ座カペラ(α) 【伝承地】青森県 【分 類】位置関係/知識/従属

ムツラボシ

プレアデス星団を六つの星が連なった形とみたもので、調査では東日本を主体に各地 で記録されている。本来は西日本を主体とする分布域をもつスマルやスバルと対照的 である。埼玉県中西部では、標準的なムツラボシが伝承されているが、東北地方から 北海道ではいくつかの転訛した系統がみられる。これらは、イカ釣りにおける指標性 として共通した土壌をもっている。他にムヅラやムヅラボシ、ムツナボシなどがある。 【意 味】六連星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】北海道、青森県、福島県、茨城県、埼玉県、千葉県 【分 類】数/知識/数詞

ムツラ

ムツボシに二つの系統が存在するように、ムツラボシにも同様の見方がある。この場 合は、三つ星と付近の小三つ星(42番θι)を併せて、六星が連なっているとみた呼び 名である。調査での記録は、イカ釣りにかかわる事例がほとんどであり、それぞれの 土地において、一連の星に対する独自の星名体系が整備される過程で、とり込まれた 呼称と考えられる。ムツラボシ、ムヅラ、ムヅラボシなどともいう。おうし座のプレ アデス星団にも同じ名がある。 【意 味】六連星 【星座名】オリオン座三つ星+小三つ星 【伝承地】岩手県、宮城県、新潟県 【分 類】数/知識/数詞
2020/05/25 

ムボシ

山梨県上野原町に伝わるプレアデス星団の呼び名で、星の数を由来とするムツボシの 変形版ではないかと考えられる。一般に、ものの個数を数える場合は「ひとつ、ふた つ、みっつ、よっつ、いつつ・・・・・・」となるが、単に数を数える時には、「ひい、ふ う、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ、ここ、とお」というのが古来からの習わ しであった。ムボシは、おそらくこの「むう」の短縮形であろう。由来がはっきりす れば、あまり違和感のない響きである。なお、この地域ではカシオペア座の五つの星 に対してもイツボシ(五星)という呼称を与えている。 【意 味】六つ星(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】山梨県 【分 類】数/知識/数詞
2017/12/25 

ムリカブシ

琉球諸島(沖縄・宮古・八重山地方)におけるプレアデス星団の呼称には、著しい転 訛事例が知られているが、その一つの流れがこのムリカブシの系統である。ムリカと いうのは「群れている」状態を意味するとされ、プレアデス星団を「群れ星」とみた 呼称に他ならない。この星は、かつて人びとの暮らしや生業にとってたいへん重要な 存在であった。特に稲の播種期を定めるのに利用されたことが広く知られ、八重山に 伝わる古謡にも「ムリカ星ユンタ」として長い間謡い継がれてきた経緯をもつ。この ように、星がより身近な存在として認識されていたことは、北極星(こぐま座)や北 斗七星(おおぐま座)などでもみられる特徴の一つと言える。これまでの調査によっ て記録された転訛事例として、ムリブシ、ムルブシなどがある。 【意 味】群れ星(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】沖縄県 【分 類】配列/知識/状態

メアテボシ 

メアテは「目あて」であり、文字どおり北極星を北の方位を知る目標の星として利用 していたことによる呼び名である。沖縄地方で歌われる「てんさぐぬ花」の一節に、 ゆるはらす ふにや ニヌハブシみあて(夜走る船は 子の方の星目あて)とあるが、 まさにメアテボシそのものである。古くは北前船が、そして全国の多くの漁師たちが 北極星を頼りに船を走らせた時代、この星は夜空の羅針盤として欠かせぬ存在であっ た。人の生命にかかわる状況と常に向き合わなければならない航海や漁撈において、 人びとの格別な想いが伝わってくる星名である。  【意 味】目あて星 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】鹿児島県 【分 類】方角/知識/行動

メオトボシ 

埼玉県南西部の農村地域に伝承された星名である。『日本星名辞典』〔文0168〕は、 ミョウトボシ[女夫星]として七夕説話の二星(こと座ベガとわし座アルタイル)を あげ、『日本星座方言資料』〔文0167〕では、ふたご座の二星(α・β)とやぎ座の 二星(α・β)をそれぞれミョウトボシとしている。さらに、静岡県の『星の方言』 〔文0308〕には、さそり座二星(λ・υ)のメオトボシ[夫婦星]について報告があ る。七夕の二星以外は、すべて静岡県内の事例であるが、星の明るさや夜空における 位置、二星の間隔など全く異なる要素をもつ星をメオト(ミョウト)と呼び分ける多 様性は、地域的な特性の表れとみることもできる。  埼玉県の記録は二例あり、聞き取りの状況からいずれもこと座とわし座(織女と牽 牛)のことと判断される。中国伝来の七夕説話が農村部などに広く普及し、各地で自 然発生的に呼ばれるようになったものであろう。 【意 味】夫婦星 【星座名】こと座(α)・わし座(α) 【伝承地】埼玉県 【分 類】位置関係/人/家族

メゴイナボシ 

熊本県天草地方に伝承された星の名で、メゴは竹製の目籠、イナはそれを「担う」と いう意味である。つまり、天秤棒の両端に籠を吊り下げて担ぐ姿をアンタレスを中心 としたさそり座三星の形に見立てたもので、他にも類似の呼び名が各地に伝承されて いる。天草市のある漁港では、かつて一斗もの魚を入れた籠を二つ担ぎ、近くの炭鉱 で働く人たちを相手に行商を行う女性たちがいたという。地元では、親しみを込めて メゴイナさんと呼んでおり、明治40年代生まれの人が最後の行商人であった。実は話 を聞いた漁師の母親もメゴイナさんの一人だったそうで、当時はこうした女性の働き が一家の暮らしを支えていたケースが少なくなかったようである。地域の歴史と人び とのさまざまな想いが込められた星の名には、たとえそれがローカルな存在であった としても、何か心に沁みる確かな響きが宿っているのではないかと思えてくる。なお、 天草地方のことばを記録した資料〔『天草方言集 第8版』文0314〕にはメゴイニャ ドンがあり、竹の目籠を担う、つまり行商人の意と記されている。 【意 味】目籠担(い)星 【星座名】さそり座三星(αστ) 【伝承地】熊本県 【分 類】配列/人/交易

メシタキボシ

農業や漁業を生業とする暮らしにおいては、夜明け前に朝飯を炊くのが常であった。 金星は、太陽の西側に位置する間は暁の東天にあって、夜明けを知り、時を計る目安 として利用されてきた星である。そのような、金星との日常的なかかわりのなかから 生まれた呼び名ではないかと考えられる。北海道小樽市では、イカ釣り漁において 「おーい、メシタキボシが出たぞ」といって炊事の仕度にとりかかったと伝えている。 また、具体的な星名は記録されていないものの、この星を頼りに朝食の仕度を始めた という伝承は各地にある。 【意 味】飯炊き星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、山形県、静岡県 【分 類】時・季節/生活/衣食住
2021/09/25 

メラボシ

◎ 地名と星  日本の星の名には、りゅうこつ座のカノープスに関する伝承が意外に多くのこされ ている。特に、関東以西の太平洋沿岸や日本海沿岸、一部の山間地などで特異的な出 没の動きをみせるこの星への関心がさまざまな星名となって記録されている。実際、 関東地方においては水平線ぎりぎりに出現するという特性があり、古くから沿岸漁業 を生活の糧としてきた人びとにとっては、稀に見ることができる怪しげな星として、 あるいは遥か南方の沖合を意識させる星として捉えられてきた。神奈川県横須賀市で は、房州・洲崎の山のすぐ上にまるで浮いているように見えて沈まない星で、光が強 く朝や夕方にときどき見えることがあると伝えている。  メラボシは、房総半島の突端付近にある「布良」の地名に由来するというのが一般 的な解釈である。ところが、これを南の方位に関連づけた考え方もみられる〔『日本 星座方言資料』文0167〕。西日本に多くみられる呼称のように、それが現れる方角の 地名を用いたとすれば、東京湾から眺めることが前提であり、この場合は横須賀市の 伝承にあるように、布良よりも洲崎が重要なポイントとなるであろう。わざわざ布良 の地名を使う必要性は感じられない。地名といえば、伊豆半島の南伊豆町にも妻良と いうところがあり、帆船時代には風待ち港として賑わっていた。両者の関連について はよく分からないが、東京湾と房総半島南端の布良の位置関係が、駿河湾と伊豆半島 南端に近い妻良との位置関係と類似していることは確かである。ただし、このことが メラボシの星名形成に関与しているという証拠は認められない。 ◎ 鮪延縄漁と入定星  それでは、布良が方角の目標ではなかったとした場合、別な角度からの検証が必要 であろう。まず参考にしたいのは、横須賀市の聞きとりで、千葉県からやって来る漁 師もメラボシの呼称を使っていたという情報である。千葉県における調査では、布良 が位置する館山市をはじめ、内房の鋸南町や外房の鴨川市など、比較的広い地域でメ ラボシが伝承されていた。今のところ、メラボシがどこで発生したかは不明だが、他 の報告を含めた分布状況をみる限り、布良の方角とカノープスの出現を関連付ける根 拠はなさそうである。おそらく、カノープスの出現にまつわる不吉な伝承が、鮪延縄 漁で名を馳せた布良の地名と結び付き、これが伝播の過程で次第に定着したものと考 えるのが適切であろう。そこには、布良の鮪延縄漁とカノープスに共通する伝承が介 在していたものと推察される。  ここで注目されるのが、ニュウジョウボシである。これは、布良に近い横渚村とい う地で修行のために入定した西春法師にまつわる星名に他ならない。入定は、塚の墓 塔によると1667(寛文7)年で、近世初期の頃になる。地元には、入定した西春法師 が星になって現れるという伝承があり、これによって不吉な星の出現が漁師らの間に も広まったと考えられるのである。さらに関連する資料として、江戸時代後期の『俚 言集覧』〔文0417〕に「西心星」があり、房州布良に見ゆる星と記されている。西心 は僧の名で、おそらく西春法師のことであろう。入定星は名を変え、房州布良の星と なっていたのである。  一方、布良における鮪延縄漁の始まりは18世紀半ばとされ、明治時代に最盛期を迎 えている。しかし、当時は手漕ぎの船で、冬海での漁は危険と隣り合わせであり、出 漁したまま還らぬ漁師が相次ぐ状況であった。当地にこの漁を伝えたのは、紀州など からの移住漁民とされ、彼らが持ち込んだ星の伝承にはおそらくカノープスも含まれ ていたに違いない。そこに入定星や西心星の伝承が習合したであろうことは、十分に 予測される。これらは、次第にメラボシとして集約され、漁労を介して神奈川県や伊 豆諸島、茨城県まで伝播したものと考えられる。 ◎ ダイナンの星  もう一つ、ダイナンボシとの関係について整理しておきたい。ダイナン(大難)は、 主に海の沖合を示す言葉で、関東沿岸の外洋に面した地域の漁師らにとっては、主な 漁場となる南方の海を想起させる。そこは、大難を伴う領域でもあり、メラボシ本来 の属性と繋がることになる。  二つの星名をとおして地理的に浮かび上がってくるのは、駿河湾と伊豆半島、相模 湾と三浦半島、そして東京湾と房総半島の関係である。いずれの地域においても、か つては一般的な星名であったと思われるが、現在知られている両者の分布状況をみる と、ダイナンボシは半ば忘れられた存在となっている。これはおそらく、漁船の近代 化や漁場の拡大に伴ってダイナンの語感に変化が生じ、カノープスとの関係性が弱ま った結果ではないかと推察される。こうした伝承性の喪失に対し、メラボシの場合は 語感それ自体が布良の地名と直結したことで伝播経路の拡散につながったものと思わ れるのである。先の横須賀市の事例においても、ダイナンの言葉そのものは継承され た反面、カノープスの呼称はメラボシが伝承されていた。 【意 味】めら星 【星座名】りゅうこつ座カノープス(α) 【伝承地】千葉県、神奈川県 【分 類】時・季節/自然/地理

関東南部におけるカノープスの呼称とメラの地名

 

〈左〉西春法師の入定塚 / 〈右〉メラボシのバス停

2019/11/25 

モッコボシ 

モッコボシに関する伝承は、山形県鶴岡市と秋田県にかほ市で記録されたものである が、東北地方ではこのほかにも次に示すような事例が知られている。 @岩手県気仙郡〔『日本星座方言資料』文0167〕 A宮城県本吉郡〔『乾杯!海の男たち』文0049〕 B秋田県由利郡〔『星の方言を求めて(18)』文0341〕 C岩手県大船渡市〔『星をみよう!』文0248〕 D宮城県気仙沼市〔『ふるさとの星 和名歳時記』文0306〕  これら5例のモッコボシは、いずれもおうし座のヒアデス星団を構成する五星(α γδεθ)が「>」あるいは「V」の形に並んだようすを、背負い運搬具の一種であ るモッコ(畚)に喩えた呼び名である。この星団は、農山漁村を問わず多くの人びと に注目されており、各地にさまざまな星名が伝承されている。  畚というと、一般には土などを運搬する縄編みの担い具を連想しがちであるが、古 い資料〔文0167〕の記述をみても当時はこれをモッコボシの正体とみていたことが分 かる。しかし、縄編みの担い具からはどう見てもヒアデス星団の「>」形は連想し難 いというのが実感であった。  したがって、宮城県の沿岸域で石橋氏が見聞したモッコは、その解釈に重要な示唆 を与える契機となっただけでなく、本来のモッコボシがもつ多様性を引き出す役割も 担っていたのである。それは、山から薪や炭を背負って運ぶのに使うV字型の背負い 運搬具であった。確かに、これであれば星の配列と見事に一致する。夜空に描かれた モッコは、かつての暮らしで使われた生活用具だったのである。  背負い運搬具は、基本的に「荷物をひとまとめにして、これを背中に都合よく密着 支持させる用具」であり、形態的に背負い縄、背負い袋、背負い籠、背負い梯子、背 負い箱(桶)背負い籠梯子に分類される〔『日本の民具』文0176〕。このうち、よく 知られた背負い梯子は地域によってさまざまな形状を有するが、大きな特徴として無 爪型と有爪型があり、石橋氏が記録したモッコは、有爪の背負い梯子の一種と推測さ れる。  類似の運搬具は、関東地方でも広く利用されており、用途はやはり薪や製炭用の原 木の運搬が主体であり、自家製のものが多かった。これには主に三つのタイプが知ら れていて、一つは一般的な背負い梯子に横木(爪)をとり付けたもの(Tタイプ:写 真1)で、二つ目は横木の代わりに股木をとり付けたもの(Uタイプ:図のA)、そ して三つ目は全体を自然の股木を使って加工したもの(Vタイプ:図のCとD)であ る。  東京都の山間域では、いずれのタイプも使われているが、Tタイプはカルイあるい はチョウセンバシゴと呼ばれ、Vタイプもチョウセンバシゴの呼称をもつ。Uタイプ については、ヤセウマあるいはショイテバシゴと呼ばれた。また、埼玉県の山間域で は、T・Uタイプは少なく、Vタイプが主流である。これらは、マタセイタやマタッ チョイタなど「マタ系」の呼称をもつものが多い。神奈川県にも、チョウセンヤセウ マというTの変形タイプ(図のB)やVのタイプがある。宮城県のモッコについても ほぼこれらに近い運搬具とみてよいであろう。  その後、モッコボシは日本海に面した秋田県の漁村や岩手県、宮城県でも再度記録 されることになるが、そのなかで北尾氏の報告にある大船渡市のモッコ(図のE)は、 石橋氏のモッコとは全く異なる形状の運搬具である。形態分類では背負い籠梯子に相 当するもので、『日本民具辞典』〔文0177〕では類似の用具を鳥の巣[とのす]と称 し、「4本の若木の枝を骨にして藁縄などでかかり、漏斗状に作った籠」と説明して いる。これは、文字どおり籠を背負うタイプで、地域によりさまざまな形態がみられ る。単なる背負い籠ではなく、竹や木の枝などを骨組みにして漏斗状に仕立てるのが 特徴であり、やがて背当の部分が付加され、さらに用途に応じて木枠や背板が取り付 けられるなど多様な変化を遂げている〔『日本列島の比較民俗学』文0182〕。基本型 はあくまでも鳥の巣であり、それがモッコの原点となっている。  ヒアデス星団の星の配列から両者の見方を推察すると、まず石橋氏のモッコボシで は、横から見て端正な「∨」形を示すVタイプの一体型が最も相応しい。特に図のC などは一目でそれと分かるモデルである。一方、籠型の場合は平面的な見方ではなく、 漏斗状の籠全体を立体的にあてはめるのが適当と思われる。

◇ モッコボシの由来となった背負い運搬具 ◇
※〈A〉や〈B〉では、本体を杉材で作るのが一般的である。また〈C〉や〈D〉の  場合は、ネムノキやヌルデ、ニガキなどの股になった枝が使われている。


◇ モッコボシの見方 ◇

 さて、現地調査によって確認された山形県の場合はどうであったかというと、この 地域のモッコもやはり籠型が基本であり、岩手県や秋田県に連なる系統を示している。 地元では、農作業や山仕事、漁獲物の水揚げなどさまざまな用途に使われていたよう で、その呼称も一般的なショイカゴからスナショイ、タラカゴ、ハコモッコなど変化 に富んでいる。古くはモッコという総称で広く呼ばれていたものと考えられるが、そ の後は用途の多様化とあいまって次第にショイカゴに取って代わり、同時に呼称の多 様化が進んだものであろう。秋田県男鹿市の一部でゴスとよばれる背負い籠もモッコ の系統に連なる用具の一種と思われる。  ところで、形態の異なる二つのモッコボシが確認された宮城県では、これらとは別 に「タガラボシ」が伝承されている〔文0306〕。タガラは、秋田県や山形県、新潟県、 福島県、茨城県などに分布する呼称で、いわゆる背負い籠梯子(背負いモッコ)のこ とである〔文0182〕。ただし、千田氏が石巻市で調査した記録では「背負い籠」とな っており、東松島市の漁師が話してくれたタンガラも円筒状の一般的な背負い籠であ った。したがって、宮城県内におけるタガラ系の用具は、基本的に竹材などで編みあ げた背負い籠をさし、背負い籠梯子のほうはモッコと称して呼び分けているのではな いかと推察される。  今のところ、モッコボシは東北地方に限られた分布を示しているが、タガラボシの ように同じ見方でありながら異なる星名となって伝承が埋もれている可能性もある。 そのような出会いを期待しつつ、地域の特性に活かされた各地の民具が夜空にも反映 されている光景を思い浮かべると、いつまでも興味は尽きない。 【意 味】もっこ星 【星座名】おうし座ヒアデス星団 【伝承地】秋田県、山形県 【分 類】配列/生業/用具

 

〈写真1〉瀬戸内地方の有爪背負い梯子Tタイプ(左)

※幅の狭いスリムな形状で、横木(爪)は短めになっている。

〈写真2〉新潟県長岡地方の背負い籠梯子〔コエカゴ〕(右)

※背当ての木枠に開口部が楕円状の漏斗籠を編みこんだタイプで、主として堆肥の運
 搬に利用された。

 

〈写真3〉青森県の背負い籠梯子〔苗モッコ〕(左)

※背当ての一枚板に開口部が楕円状の漏斗籠を取りつけたタイプだが、利用目的につ
 いては不明。

〈写真4〉西日本の背負い籠梯子〔オイコ〕(右)

※基本的な「鳥の巣」に縄で背当てを編み込んだタイプである。山陰地方で伝承され
 ているオイコボシはこれを指すものと考えられる。