2020/03/25 

アイボシ

簡素なイカ釣り具によってスルメイカを獲っていた時代には、冬空の代表的な星々が 漁獲の目標とされていた。しかも漁師らの視線は常に東の空一帯に向けられ、時の経 過とともに現れる一連の星をイカ釣りの役星として利用してきたのである。星に対す る依存の度合いは、北方のイカ釣り漁でより高く、したがって利用された星の種類も 多い傾向を示しているようである。一般的には、ぎょしゃ座のカペラから始まり、お うし座のプレアデス星団、アルデバラン(ヒアデス星団)、三つ星、おおいぬ座のシ リウス、金星と続くが、青森県北東部にある下北半島沿岸の漁師らは、さらにいくつ かの星を注視していたことが知られる。利用する星が増えれば、新たな呼び分けも必 要となり、そうして生まれたのが星同士の位置関係による呼称である。北国に伝承さ れた星名体系では、プレアデス星団と三つ星を二つの重要な役星と捉え、それぞれに サキボシ(先星)、マエボシ(前星)、あるいはアトボシ(後星)を設定した事例が 多くみられ、さらなる呼び分けの必要性から生まれたのが、このアイボシである。  アイは「間」の意味と考えられ、本来であればアイノホシ(間の星)とするのが適 切かもしれない。いずれにしても、特定の星の間に位置しながら、後先の関係では明 確に表現できない事情が感じられる命名である。そこで、青森県の事例をみると、全 体の星名体系と出現順位の関係から、アルデバランと三つ星の間に出現する星である ことが分かり、役星としての条件を勘案するとオリオン座のγ星であるベラトリック スが最も相応しい存在であろう。なお、別な地区ではサンコウノサキボシと呼び、三 つ星よりも先に現れる星という見方をしている。 【意 味】間星 【星座名】オリオン座ベラトリックス(γ) 【伝承地】青森県 【分 類】位置関係/知識/その他

アオボシ

シリウスは全天でもっとも明るい恒星で、冬の夜空にぎらぎらと輝く。その色が白あ るいは青白くみえるところから名づけられた星の名である。北陸沿岸から北国にかけ ては、主にイカ釣り漁において利用された星で、各地にこの星の出と漁獲量とのかか わりを示唆する伝承がのこされており、重要な指標星であった。地域によってアオボ シサンとも呼ばれている。 【意 味】青星 【星座名】おおいぬ座シリウス(α) 【伝承地】北海道、青森県、山形県、新潟県、富山県 【分 類】色/知識/感覚

アオメボシ

夜空を眺めていると、ときおり流れ星をみることがある。ほとんどつかの間の現象で あるが、これを青い眼をした星と捉えた呼び名であろう。流れ星については、各地に さまざまな伝承が伝わっている。 【意 味】青眼星 【星座名】流星 【伝承地】栃木県 【分 類】色/知識/感覚

アカキンブシ

八重山諸島の竹富島に伝わる呼び名で、明け方に出る大きな星であるという。アカキ ンあるいはアカキは暁を表現したことばではないかと考えられる。ブシは星のことで ある。 【意 味】暁星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】沖縄県 【分 類】時・季節/自然/気象

アカツキノミョウジョウ 

夜明けは文字通り夜が明けることを意味するが、近世では明け六つ(日の出の約36 分前)が夜明けであった。当時の暮らしは不定時法によっていたので、季節が変わっ ても夜明けは常に明け六つの時刻だったのである。しかし、夜明けは突然に訪れるも のではなく、星空から日の出にいたる空の景観は刻々とその表情を変えていく。まず、 暗闇から東の空がわずかに白みはじめるとき、古くは東雲(しののめ)という言葉で 表されてきた。そして薄明が進むと暁(あかつき)から曙(あけぼの)となり、やが て日の出を迎えることになる。そうした状況にあって、一際大きく輝く星は太陽の西 側にまわった金星である。一般には明けの(あるいは夜明けの)明星と呼ばれ、他に もさまざまな星名が知られている。古い表現を借りれば、「暁の明星」は薄明中の東 天でその存在感を示す金星の姿を彷彿とさせるが、実際にそこまでの意味をもって伝 承されてきたかどうかは分からない。暁は、古代における明時(あかとき)が転訛し たものとされ、また同じような状態を彼は誰(かわたれ)時ともいい、更には金星を 彼は誰星と称していた時代もあったようである。近世の『合類大節用集』には「耀渡 星(カハタレホシ)」の記載がみられる。 【意 味】暁の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】愛知県、岡山県 【分 類】明るさ/自然/気象

アカファイフブス 

琉球諸島の宮古島で記録された明けの明星の呼称である。アカは「夜が明ける」の意 味であり、ファイは「飯(を食べる)」で、フブスは「大きな星」と聞いた。つまり 朝飯を食べる星あるい朝飯を食べる頃に現れる星という見方が可能であろう。メシタ キボシやママタキボシなどと相通ずる発想である。なお、これが西空に宵の明星とし て輝く姿は、ユウファイフブス(夕飯の大星)と呼ばれる。 【意 味】朝飯の大星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】沖縄県 【分 類】時・季節/生活/衣食住
2022/09/25 

アカボシ

この星名から、まず思い浮かべるのは「赤色の星」であろう。さそり座のアンタレス や火星は文字通り赤い星の代表で、漁業ではおうし座のアルデバランを同名で呼ぶ地 域が北陸から北日本にかけて点在する。その中で、北海道においては明け方の金星を アカボシと呼ぶ事例が記録された。この場合の「アカ」はもちろん色ではなく、「明 明」という言葉で代表されるように、たいへん明るいようすを表現したもので、他に もアク、アカス、アラワス、ヒカルなどの意味が込められているものと思われる。  文献を探ると、平安中期の『倭名類聚抄』に明星〔アカホシ〕がみられ、「阿加保 之」と記されている。中国では、これを啓明と称していたようで、近世の『和爾雅』 には「啓明亦謂之明星」とあり、『日本釋名』でも「暁の明星を啓明と云あかつきほ し也」と説明されている。つまり、明星や啓明(いずれもアカホシ)は夜明けの東天 を飾る金星のことで、西の夕空に現れる金星は長庚(ユウヅツ)である。ところで、 『色葉字類抄』や『類聚名義抄』には、いずれも歳星〔アカホシ〕、明星〔アカホシ〕 の記載があり、木星も同じ呼称の対象である。これは、前出の『倭名類聚抄』に「兼 名苑云歳星 一名明星」とあるのに倣った記述であろう。その後近世になると、「則 歳星明星、其不同可知也」として、明星と歳星は別な星であるとする見方が示されて いる(『箋註倭名類聚抄』)。  さて、神奈川県中郡二宮町には、このアカボシと同じ呼称をもつ明星神社が存在し、 祭神として香香背男命が祀られている。これは、『日本書紀』に登場し、別称を天津 甕星という天の悪神とされる星の神である。関東地方では、栃木・茨城・千葉の各県 を中心に多くの星宮神社が分布するが、このうち約8%の社は香香背男を主祭神とし ていることが分かる〔『虚空蔵菩薩の研究』文0065〕。特に、茨城県では約20%と他 県よりも高い値を示しており、県内に伝わる香香背男にまつわる伝承との深いかかわ りが窺われる。この伝承に関して、交通と蝦夷征討という視点から論考を行った石井 辰弥氏は、勝俣隆氏の香香背男=金星(明けの明星)説〔文0445〕を引用し、夜明け の金星と太陽の関係、つまりは神話における香香背男の悪神たる所以から古代におけ る常陸国の特殊性を考察している。ただし、祭神としての香香背男にはほとんどふれ ておらず、星宮神社との関連は明らかでない〔『日出づる国の服はぬ星神』文0446〕。  一方、栃木県の星宮神社については、佐野賢治氏の研究〔文0065〕が知られており、 150社余りとされるその多くが磐裂神・根裂神を主祭神としているという。香香背男 を祀るのは5社と少ないものの、両者の関係性について「天津神(経津主、武甕槌) に征服された国津神、磐裂神・根裂神がこの天之香々背男に比定された」と考えられ るとし、それが香香背男を祀る星宮神社の存在につながっているとの見方である。そ こには、磐裂神=天津甕星→明星天子、妙見尊星=虚空蔵菩薩という関係が成立して いるとされ、星宮神社のみならず太白社や妙見社の祭神にもその広がりを認めること ができる。おそらく、明星神社の由来もこうした背景をもとに成立しているとみてよ いのではないだろうか。 【意 味】明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道 【分 類】明るさ/知識/感覚

 

〈左〉明星神社の扁額 /〈右〉月と香香背男の星

アカボシ

北国の漁師らを中心に伝承されており、アルデバランの色に注目した呼び名である。 人間の色彩感覚には個人差があるものの、実際にはオレンジ色の星であり、より赤味 をもった星では、さそり座のアンタレスがふさわしい。北海道の漁師は、「ほかの星 に比べて赤い」といっており、単に赤色の星という捉え方ではなく、赤味を帯びた星 とみるのが正確であろう。北国では、イカ釣り漁において冬空を貫く星の連なりを利 用しているが、この星の名はおおいぬ座のアオボシに対比させた呼称とも受けとれる。 【意 味】赤星 【星座名】おうし座アルデバラン(α) 【伝承地】北海道、青森県、新潟県、福井県 【分 類】色/知識/感覚

アカボシ 

この呼び名をもつ星は他にもあるが、赤い星を代表する存在といえば、やはりアンタ レスが最もふさわしいであろう。夏の夜空に紅の輝きを放ち、どこか異様な雰囲気を 漂わせた星である。ただし、日本ではこの星単体よりも左右の二つの星と合わせて山 形の三星として捉えられる場合が多く、星名においてもその多様性が認められる。星 の色による呼び分けは、利用のための基本的な識別の第一歩であり、アンタレスが地 域や生業の如何を問わず人びとの注目を集めていたことに変わりはない。 【意 味】赤星 【星座名】さそり座アンタレス(α) 【伝承地】新潟県 【分 類】色/知識/感覚

アケガタノミョウジョウ

ミョウジョウ(明星)は金星の代名詞的な呼称であるが、これに「明け方」を冠した ものである。群馬県や埼玉県の一部地域では、この星の出をみて朝起きの目安として いた。類似の見方に、アサノミョウジョウやヨアケノミョウジョウなどがある。 【意 味】明け方の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、京都府 【分 類】明るさ/自然/気象

アケノニョウボウサマ

明け方の東天に見える金星を捉えたもので、埼玉県の一部地域における特異な呼び方 と考えられる。ニョウボウは、おそらく明星が転訛したことばであろう。 【意 味】明けの明星さま(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】埼玉県 【分 類】明るさ/自然/気象

アケノホシ

調査では、北海道から静岡県まで広い範囲で記録されている。文字どおり、夜明け (暁)を知らせる星の意味である。−4等級の明るさをもつ金星は、明け方の東天にあ って他の星々が消えたあともしばらくはその輝きを失わずにいる。ヨアケノミョウジ ョウとともに金星を代表する星の名の一つといえよう。アケボシ、アケボシサンなど ともいう。 【意 味】明けの星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、青森県、岩手県、茨城県、埼玉県、千葉県、富山県、石川県、静岡県、      三重県、滋賀県、兵庫県、和歌山県、島根県、香川県、愛媛県、福岡県、大分県 【分 類】時・季節/自然/気象

アケボノノミョウジョウ 

神奈川県の三浦半島にある漁師町で記録された星名であるが、アケボノというのはも ちろん「曙」のことで、夜明けの一つの状態を示す古い言葉である。薄明を迎えて刻 々と変化する空にあって、最後まで孤高の光を放つ金星の姿もまたさまざまな表情を みせてくれる。そのような情景を彷彿とさせる呼び名であろう。栃木県の農村地域で も記録があり、類似の星名としてアカツキノミョウジョウやヨアサノミョウジョウな どが知られている。 【意 味】曙の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】栃木県、神奈川県 【分 類】明るさ/自然/気象

アケマツボシ

アケマツは「夜明けを待つ」の意味である。伝承地である東京都西部の山間地では、 周辺の地形などを考えると、金星を利用する機会は平野部よりも限定されるはずであ るが、それだけ、この星への関心が高かったものと思われる。金星が東天に現れるの は夜明けが近いことを示しており、見る人のより積極的な気持ちが込められた呼び名 といえる。 【意 味】明け待つ星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】東京都 【分 類】時・季節/自然/気象

アケマブシ 

沖縄本島北部の本部町に伝わる星名で、夜明け前の東天に現れる金星のことである。 アケマは、何か特別な意味をもつ言葉ではないようで、おそらく一般的な「明けの星」 という表現ではないかと考えられる。 【意 味】明けの星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】沖縄県 【分 類】時・季節/自然/気象

アサノヒトツ 

ヒトツは、北極星や金星に対する呼び名として知られているが、千葉県にはいずれも 一つの星とみているところがある。そのため、北極星の一つに対する識別の意味合い から、朝(夜明け)の一つと称したものであろう。単純明解な名であり、白々と明け 行く東天にいつまでも居座る姿を彷彿とさせてくれる。類似の名としてヨアケノヒト ツボシがある。 【意 味】朝の一つ 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】千葉県 【分 類】数/自然/気象

アサノミョウジョウ

秋田県および関東沿岸地域で記録があり、夜明け前の金星を朝の象徴として捉えた星 の名である。類似の見方に、アケガタノミョウジョウやアサボシなどがある。 【意 味】朝の明星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】山形県、茨城県、千葉県、神奈川県、山梨県、奈良県 【分 類】明るさ/自然/気象

アサノミョウジン 

ミョウジンは明神のことであり、ヨアケノミョウジンなどと同様に明星を神格化した 星の名である。ごく一般的な「朝」ということばを冠しているが、記録された事例は 少ない。 【意 味】朝の明神 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】千葉県 【分 類】明るさ/自然/気象

アサボシ

日常生活において、東天に輝く金星は時を認識する対象として重要な存在である。ア サノミョウジョウと同じ見方であるが、この星を見ることで、間もなく朝になるとい う感覚がそのまま表現された呼び名であろう。類似の星の名にアケノホシがある。 【意 味】朝星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、山梨県 【分 類】時・季節/自然/気象

アシアライボシ

東京都と山梨県にまたがる山間域では、冬の間の農間余業として製炭業がさかんに行 われた時代がある。この地域で主に焼かれたのは白炭であり、山中に窯を築いて、ほ ぼ個人的な経営が成り立っていた。炭焼きは秋から春にかけて行われており、秋には 窯場から帰宅するころ、東の空にオリオン座の三つ星が姿をみせるようになる。檜原 村では、10月のアシアライボシといって、仕事から帰り川や桶で足を洗うころになる と出てくる星と伝承されている。また、「秋になって炭焼きから帰り、足袋を脱ぐこ ろに東から出る三つの星」ともいわれている。ここでいう10月は、おそらく旧暦の10 月をさしているものと考えられるので、これを単純に11月ころとみても、三つ星が昇 ってくるのは夜9時を過ぎた時刻である。山に囲まれた地形ではさらに遅くなるが、 そのような暮らしにあって、アシアライボシという命名は、山間域における星の利用 に対する人びとの基本的な考え方を示しているようでもある。もう一つ注目されるの は、この呼称が秋という限定された時季に限って利用されてきたという点である。な お、同じ檜原村でも、三つ星以外の別な対象をアシアライボシと称している事例があ る。伝承では、農業をする人が畑仕事で履いていた草履が見つからないくらいになっ た時に西のほうに出てくるヨイノミョウゾウ(金星)のこととされ、炭焼きでは、こ の星の出るころにはまだ家に帰れないという。現状では、10月のアシアライボシが三 つ星の代名詞となっているが、そのまま看過できない内容をもった話である。 【意 味】足洗い星 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】東京都、山梨県 【分 類】時・季節/人/行動
2020/03/25 

アトボシ

アトボシは後星の意味であるが、ほとんどがイカ釣りの役星にみられる呼び名である。 特定の星からみた位置関係を示し、おうし座のプレアデス星団とオリオン座の三つ星 を基準とする事例が圧倒的に多い。一般的にはこれらの星の呼称を冠して〜ノアトボ シと呼ばれ、東天に現れる順位を確認すればどの星を指すかは容易に判断できる。と ころが、北国や新潟県などには単にアトボシと呼ばれる役星があり、しかも複数の星 が対象となっている。このような事例では、現地における役星の星名体系とその出現 順位の関係から特定する必要があり、その結果、以下の星がアトボシとして利用され ていたものと考えられる。 @ おうし座アルデバラン(α) A オリオン座ベラトリックス(γ) B オリオン座サイフ(κ)  記録されたアトボシがどの星に該当するかは、それぞれの地域に伝承された星名体 系のなかで個別に判断することになるが、たとえ同じ地域であっても伝承者によって 星名の体系が異なる場合もあるため、それぞれの状況に即した対応が求められるであ ろう。 【意 味】後星 【星座名】おうし座(α)、オリオン座(γ・κ) 【伝承地】北海道、青森県、新潟県 【分 類】位置関係/知識/従属

アブラマス 

日本の星名で星空に描かれた桝としては、マスボシ、サカマス、トマスノホシなどが ある。対象となる星は、主にオリオン座の三つ星付近の配列やペガスス座の大きな方 形で、そこに四角い桝を充てるのが一般的な見方である。用途によって大きさや形状 は異なるが、このうち油を計量する柄付きの一升桝を星名としたのがアブラマスで、 佐賀県太良町の漁師らに伝承されてきた。ただし、この桝の対象はオリオン座でもペ ガスス座でもなく、おおぐま座の北斗七星となっている。四角形の桝というイメージ からすると少し違和感を覚えるが、把手の付き方には二つのタイプがあり、見る角度 によっては成る程と納得できる部分もある。いずれにしても、把手をより強調した発 想が窺える。 【意 味】油桝 【星座名】おおぐま座北斗七星 【伝承地】佐賀県 【分 類】配列/生活/衣食住

◇ 北斗七星の油桝はどちらのタイプが相応しいか ◇

アワジボシ 

アワジというのは、紛れもなく明石海峡と鳴門海峡の間に横たわる淡路島のことであ る。兵庫県明石付近では、カノープスがちょうどこの島の方角に出没する星であるこ とから命名されたものと考えられる。この星は南へ行くほど高度が高くなり、したが ってより見やすくなるため、関東地方よりも西日本のほうが人々の注目を集めていた ようで、各地でさまざまな呼び名が知られている。 【意 味】淡路星 【星座名】りゅうこつ座カノープス(α) 【伝承地】兵庫県 【分 類】時・季節/自然/地理
2015/09/21 

イカリボシ

カシオペア座を構成する主要な五星は、北斗七星と同じように北の空をめぐりながら アルファベットの「W」や「M」字形をはじめとして変化に富んだ姿をみせてくれる。 このうち「W」字形を船の錨に見立てた呼び名がこのイカリボシである。錨は船を係 留させる目的で水中に沈めるおもりであり、当初は石が利用されていた。その後、木 と石を組み合わせた木錨が使われ、鉄製の錨は近世以降の普及とみられている。現在 は、錨といえば二つの爪をもつ西洋式の錨をさすが、江戸時代は四つ爪式が主流であ った。イカリボシの見方は二つの山形が仰向けになった状態をさすので、形状からす れば洋式の錨がよく合う。もちろん、四つ爪タイプであっても見る方向によっては二 つ爪と大差がないため、どちらが発想の原点となったかは明らかではない。いずれに しても錨といえばすぐに漁業との結びつきを連想しがちであるが、意外なことに調査 では神奈川県の山里で記録されている。『日本星名辞典』〔文0168〕にも漁村での採 集事例とともに山間地からの報告があり、漁民ならずとも知識として錨のイメージを もっていたようである。ただし、事例によってはイカリボシそのものを一般的な知識 として保有していた可能性もあるため注意が必要であろう。イカリボシの姿は、初夏 から夏にかけて北の空低く確認することができる。その後、この星名は香川県東かが わ市の漁港で刺網漁に従事している漁師から教えられ、改めて海との深い関わりがあ ることを確認できた。北極星を挟んで反対側にある舵星(北斗七星)とともに日本の 星名を代表する存在である。 【意 味】錨星 【星座名】カシオペア座αβγδε 【伝承地】神奈川県、香川県 【分 類】配列/生業/用具

◇ イカリボシの見方 ◇ 四つ爪タイプ(左)と西洋式タイプ 〉

イチバンボシ

ほぼ全国的に分布する星の名と考えられるが、ごくありふれた呼び名のためか記録さ れている地域はそれほど多くはない。呼称の由来は、夕方いちばん早く輝きはじめる 星の意味であり、そのほとんどが、金星(宵の明星)に対する星の名として伝承され ている。かつては、遊び疲れた子どもたちが、夕空にこの星を見つけて「一番星みい つけた」と歌われた時代があった。素朴な発想の原点には、子どもの遊びが深くかか わっていたものと推測される。なお、一部の地域では夜明け前の東天に輝く金星をイ チバンボシと称しているところがあるので注意が必要。 【意 味】一番星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】青森県、山形県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、神奈川県、山梨県、      三重県、滋賀県、広島県 【分 類】明るさ/知識/感覚

イッショウボシ

プレアデス星団の星名で、静岡県や長野県、山梨県などの報告がみられるが、調査で は山梨県北部や中部の山間域で確認された。イッショウは一升のことで、塩山市にお ける聞きとりでは、星の集まりがちょうど一升桝に入る大きさであると伝承されてい る。高根町でも、二人の炭焼き経験者がこの星名を伝えていた。一升は、度量衡の単 位で約 1.8gを示し、プレアデス星団の喩えとしては、的を得た表現ではないだろう か。ただし、中東部の上野原町で記録したイッショウボシは、夕空のヨイノミョウジ ョウをさしており、伝承者の記憶違いによるものか、あるいは伝播の途中で別な星に 転訛したものか、詳しい事情については不明である。 【意 味】一升星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】山梨県 【分 類】配列/生活/衣食住

2023/03/25 

イッチョウボシ

埼玉県東部では、星数とチョウという語を組み合わせた星名が一般的である。オリオ ン座三つ星のサンチョウ系がその代表であり、この事例は金星に対する呼び名として 伝承されたものである。従来は、チョウを「丁」と捉える考えがあったが、サンチョ ウの原意は「星(ショウ)」であるからイッチョウも「一星」を示し、要するにヒト ツボシと同じ見方であることが分かる。金星の強大な輝きに加え、他の星を圧倒する 存在感をも表現した呼称ではないかと思われる。ミョウチョウボシとも呼ばれている。 【意 味】一星ぼし(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/数詞

イツツボシ

北極星をはさんでおおぐま座の北斗七星と対峙するカシオペ座の五星(αβγδε) は、季節によってW形やM形に姿を変えて人びとの注目を集めてきた。これをもっと も端的に表現したのが五つ星である。北斗七星のナナツボシに対する星の名としても よく頷ける。調査では、いずれも関東地方の山間域で記録されており、おそらく、秋 から冬にかけて、北斗七星が北の低空を俳諧している季節に注目されたものでろう。 数にまつわる見方では他にイツボシやゴヨウセイがある。 【意 味】五つ星 【星座名】カシオペア座αβγδε 【伝承地】埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、鳥取県、大分県 【分 類】数/知識/数詞
2020/05/25 

イツボシ

カシオペ座の五星(αβγδε)は端的に五つ星として知られているが、山梨県の一 部地域では、これをイツボシと呼ぶ。イツはイツツ(五つ)を短縮した言い方とも考 えられるが、日本では物の個数ではなく単に数を数える際に「ひい、ふう、みい、よ お、いつ、むう、なな、やあ、ここ、とお」という言い回しがある。この事例では、 おそらく後者の用法でイツボシと呼称されるようになったものであろう。それを具体 的に裏付けているのは、同地域でおうし座のプレアデス星団をムボシと呼んでいるこ とである。つまり、古来の数の数え方という用法に沿って星の呼び分けが行われてき たわけで、このような表現はほとんど類をみない。ただし、本質的にはイツツボシと 同じ見方であり、数詞による命名という基本は貫かれていると言えよう。 【意 味】五つ星 【星座名】カシオペア座αβγδε 【伝承地】山梨県 【分 類】数/知識/数詞

イッポンボシ 

栃木県南部の地域では、夕空で真っ先に光り始める星を一番星でなくイッポンボシと 呼んでいる。「いっぽん」というと一本勝ち、一本調子、一本槍などのことばがよく 知られ「ただ一つ」「それだけ」などという意味合いで使われる場合が多い。しかし、 仏教の一品経(いっぽんきょう)や律令における品位(ほんい)の一品など、いずれ も大切なもの、あるいは一位という言葉が示すように、単に明るくて一番に輝く星を 意味するだけでないようである。この命名の背後には、薄明の夕空で一際異彩を放つ その星に対する素朴な信仰心を感じとることができる。自然物を高貴な存在として捉 えた呼称の一事例ではないかと考えられる。 【意 味】いっぽん星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】栃木県 【分 類】明るさ/知識/信仰

ウウボシ 

大分県中津市の漁師が伝承していた星名である。夜明け前に出る大きな一つの星とい うことであるから、暁天に明るく輝く金星に違いない。呼称の意味は伝えられていな かったが、「ウウ」ということば自体に特別な意味はないと考えられる。おそらく大 星の「オオ」が伝播の過程で転訛したものであろう。極めてローカルな事例だが、味 わい深い響きを感じる呼び名である。 【意 味】大星(転訛形) 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】大分県 【分 類】明るさ/知識/感覚

ウヅラボシ

北国において、イカ釣り漁の目あてとされた星の一つである。小樽市の漁師は、ウヅ ラについて、小さな星の集まりで扇を狭くしたような形と説明している。積丹町の漁 師も六つかたまった星と説明し、おうし座のプレアデス星団をさすことは間違いない。 また、別な地域ではこれをシバリと呼び、こちらはウヅラよりも古い呼称であると伝 承している。一部の漁師などは、ウヅラを鳥の名前と誤解しているケースもみられる が、この呼び名は本来ムツラボシから転訛したものである。実際には「ム」に近い発 音をする人もいて判別がつかない場合がある。また「ヅ」も「ズ」に近い発音である が、意味からすると「ヅ」が正しい。したがって、ウヅラそのものは特別な意味をも たない星の名といえる。六連星の転訛なので、プレアデス星団を六つの星が連なった 形とみたものである。単にウヅラともいう。 【意 味】六連星(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】北海道 【分 類】数/知識/数詞

ウヅラノサキボシ

北海道でおうし座のプレアデス星団をウヅラと呼ぶ地域に伝承された星の名である。 サキは「先」を意味し、プレアデス星団よりも早く昇る星ということになる。伝承で は、ウズラよりも30分ほど早く、北寄りの東天から昇るとされ、ぎょしゃ座のカペラ である。イカ釣り漁では、このカペラの出が先がけとなり、その後は特徴的な星の出 が続く。 【意 味】六連の先星(転訛形) 【星座名】ぎょしゃ座カペラ(α) 【伝承地】北海道 【分 類】位置関係/知識/従属

ウルウルシ

八重山地方の竹富島に伝わる星の名で、別名をムリカブシともいう。土地の伝承では、 これらはいずれも「群がる」という意味をもつことばとされ、本州などでいうスバル と同様に、プレアデス星団の特徴を表現した呼び名である。 【意 味】群れ星(転訛形) 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】沖縄県 【分 類】配列/知識/状態
2020/05/25 

オオクサボシ

東京都の奥多摩地方では、プレアデス星団をオオクサボシと呼んでいるところがある。 『日本星名辞典』〔文0168〕に、岩手県下閉伊郡刈谷村(現宮古市)のおーくさぼし が紹介され、「むづら(オリオン)の先にぞろっと出る大きな星だといった」とある。 大きな星というのは気になるが、おそらくこれもプレアデス星団のことであろう。東 京都のオオクサボシは、七つも八つも星がかたまったようすを表現したものであると いうから、こちらは同星団のことに間違いないと思われる。  伝承によると、一般に草がたくさん群がっている状態がオオクサなのだという。確 かに、大草は多量の草と解するのが順当かもしれないが、広大な星空の中でほんの小 さな星の集まりにしか見えない対象への表現としてはどうであろうか。大草という実 感が湧いてこないのも事実であろう。  ところで、クサといえば岩手県沿岸域の漁業者などがオクサという星名を伝えてい る。このクサは草そのものではなく、草を原意とするくさぐさ(種々)と考えられ、 たくさんの星が集まる様子を種々雑多な塊として捉えているわけである。したがって、 オオクサについてもクサはくさぐさの意味であり、「大」はそれを誇張した表現では ないかと推察される。  奥多摩地方におけるプレアデス星団の呼称は、ハゴイタボシなどが一般的であり、 草を原意とした呼称は稀有な存在である。果して、生業を介した伝播によるものなの か、あるいは独自の発想によるのか、岩手県と東京都という互いに遠く離れた地で伝 承されてきた星名を繋ぐものは何なのか。伝承者がいずれも炭焼き経験者であるとい う点は重要な手がかりとなりそうだが、今のところ明確な答は得られていない。 【意 味】大くさ星 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】東京都 【分 類】配列/自然/生物

オオサンチョウ

三つ星の呼称には、その星数に基づくものが多く、小三つ星に関しても同様の見方が ある。これらを呼び分けるには、それぞれの特徴から命名する方法が一般的で、この 事例では大きい三つ星をオオサンチョウとし、小三つ星のほうはそのままコサンチョ ウと呼んだものである。チョウの解釈については、これまで「丁」とみる考え方が提 起されていたが、丁は本来偶数を示す語であって、星を数える助数詞としては適切で ない。原意は「星(ショウ)」が転訛したものであり、サンジョウ系と同じである。 【意 味】大三星(転訛形) 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】埼玉県 【分 類】数/知識/数詞

オオボシ

金星の強大な輝きは、暁の東天にあっても夕空にあっても変わることがない。−4等 級の光度は、他の星を寄せつけない存在である。これを大星と呼ぶことは全く自然な 発想であり、伝承地も北海道から九州まで広範囲にわたっている。特に、千葉県や神 奈川県などの関東沿岸では、このオオボシの出現をもって夜が明けると伝承している 地域が多い。ただし、イカ釣り漁などでは、おおいぬ座のシリウスをオオボシと呼ぶ 事例が報告されているので注意が必要である。地域によってはオオボシサンとも呼ば れている。なお、高知県の場合は宵の明星に対する呼称で、めずらしい事例である。 【意 味】大星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】北海道、岩手県、秋田県、山形県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、      石川県、福井県、静岡県、大阪府、兵庫県、和歌山県、鳥取県、島根県、岡山県、      広島県、山口県、徳島県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県 【分 類】明るさ/知識/感覚

オオボシ 

冬空を代表するシリウスは、恒星では全天一の明るさ(−1等星)を誇る星である。 まさしくオオボシ(大星)の名に恥じない風格を備えている。同様に、金星もオオボ シと呼ばれているが、こちらは太陽から大きく離れることがないので、夜空を悠然と 移動する星としてはシリウスのほうがこの名にふさわしい。単なる明るさの違いだけ でなく、恒星であるシリウスの瞬きには、惑星とは異なる雰囲気が感じられる。 【意 味】大星 【星座名】おおいぬ座シリウス 【伝承地】岩手県、静岡県、三重県、和歌山県、高知県、宮崎県 【分 類】明るさ/知識/感覚

オオボシ 

オオボシといえば、一般的には明星として知られる金星やおおいぬ座の主星シリウス を対象とした事例がほとんどである。いずれも大星に相応しい明るい星であるから違 和感がない。ところが、徳島県牟岐町の漁港では、北極星をオオボシと呼ぶ事例が記 録された。2等級の星をオオボシと呼ぶには、それなりの理由があると考えられるが、 おそらく海上において確実に北の方角を示すこの星への想いは、単なる明るさ以上に 大きな存在であったに違いない。また、北の夜空でほとんど動かずに常在するという 特徴から、他の星々とは一線を画した星であるという認識も働いていたのではないか と考えられる。 【意 味】大星 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】徳島県 【分 類】明るさ/知識/感覚

オオボシ 

兵庫県の北部、日本海に面した新温泉町(浜坂)では、月の近くに現れる不特定の星 に関する伝承があり、これをオオボシと呼んでいる。こうした現象は、明るく大きな 星ほど目につきやすいため、直観的に「大星」と見たものであろう。あるいは、この 星の正体が多くの場合において金星や木星という明るい星であるため、それらの呼称 であるオオボシをそのまま当てはめたのではないかとも考えられる。いずれにしても、 命名の基盤として従来から知られた星名とは異なる発想が認められる。 【意 味】大星 【星座名】月に接近した星 【伝承地】兵庫県 【分 類】明るさ/知識/感覚

オオメボシ

石川県の能登半島東沿岸にある穴水では、明け方の金星と夕空の金星を発想の異なる 呼称で呼び分けている。オオメボシは、明け方の金星に対する星の名で、伝承地では 朝を意味することばであるという。オオメの意味は不詳であるが、夜明けの明星であ る金星を、そのまま朝の星とみた呼び名ということになる。 【意 味】おおめ星 【星座名】(惑星)金星 【伝承地】石川県 【分 類】時・季節/自然/気象
2020/05/25 

オクサ

岩手県の沿岸域などで、おうし座のプレアデス星団をオクサと呼ぶ地域があり、多く はイカ釣りの役星として利用されてきた。これとほぼ同じ意味合いをもつと思われる 星の名に、東京都奥多摩地方のオオクサボシがある。石橋正氏の調査〔文0309〕によ ると、オクサは海を渡って北海道への伝播が確認されている。ただし、今のところそ の分布は宮城県北部から岩手県にかけての沿岸と北海道の一部地域に限られた伝承で あることに変わりはなく、その命名の本意については定説がない。  石橋氏の報告には、オクサのほかにオプサやオオブサなどがあり、いずれもプレア デス星団の呼称である。また、『日本星座方言資料』〔文0167〕にあるクサボシも同 じで、「星団を草の状のごとくにみて呼んだのであろう」として静岡県や山口県が伝 承地として記録されている。これらは、地域による多少の変化や転訛はみられるもの の、「クサ」が基本であることに異論はないものと思われる。  それでは、クサの本質はいったいどこにあるのであろうか。東北の漁師たちと山の 暮らしに身を寄せ合って生きてきた人びとが、くしくも同じ発想を得たその背景に手 がかりを求めてみると、柳田國男著『食料名彙』に重要なヒントを探し当てることが できる。そこには、サイノクサ、クサモノ、カデクサ、アオクサヤなどの記述があり、 具体的な事例として、 ・葬儀などの不幸に際して持参したり送る副えものや青物をそれぞれサイノクサ、ク  サモノという ・飯の副えものであるおかずはカデクサ(青森県津軽地方)で、汁に入れて食べる青  物類は汁クサ(秋田県北部)という ・金沢などでは八百屋を青くさ屋という などが紹介されている。これらを整理すると、クサが「後には弘く副食品のくさぐさ を意味するようになった」と記されているように、この言葉にはさまざまな側面があ ることを示唆しているのである。  さて、以上のことを踏まえ、改めて星名としてのクサを考えるとどうであろうか。 単に星を草そのものとみていたのか、あるいは草を原意とする集合体として捉えてい たのか、この二つに絞って考察を進めてみたい。まず、星を草に喩えるという発想は 特に違和感はないものの、類似の星名はほとんどみられないことが分かる。プレアデ ス星団を特定の物に喩えた事例は多いが、いずれも生業や暮らしにかかわる用具が中 心であり、その見方も星団を構成する主要な6個の星の配列に集中している。また、 星団全体を小さいものあるいはぼやけた存在とみた星名もいくつか報告されているが、 このような発想に草自体が結びつく可能性は低いであろう。  そうなると、星の集合体としての人びとの認識が重要なポイントとして浮上してく るものと思われる。つまり、クサはくさぐさ(種々)という意味において初めてプレ アデス星団の星名として相応しいものになってくると言えるのではないだろうか。 【意 味】おくさ 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】岩手県 【分 類】配列/自然/生物

オクサノアトヒカリ

プレアデス星団をオクサと呼ぶ地域では、その後から現れる星をオクサノノアトヒカ リと命名している。アトヒカリは「後に続いて光る星」の意味と考えられ、単にヒカ リボシというところもある。この場合のアトヒカリは、位置関係からアルデバランが その対象であり、岩手県ではイカ釣り漁において目あてとされた星の一つである。類 似の見方にオクサノアトボシがある。 【意 味】おくさの後光り 【星座名】おうし座アルデバラン(α) 【伝承地】岩手県 【分 類】位置関係/知識/従属

オシャリサン 

伊勢湾に面した愛知県の知多半島北部では、プレアデス星団をオシャリサンと呼ぶ。 オシャリは「御舎利」で、広辞苑によれば仏陀または聖者の遺骨をさすほか、死骸を 火葬にした後に残った骨という意味もある。特に「ノドボトケ」と呼ばれる骨は、座 禅をする仏あるいは合掌する仏の姿に見えるということで特別な扱いをされ、この骨 そのものを「舎利」と称する場合も少なくない。ただし、このノドボトケは、いわゆ る喉仏(喉頭隆起)とは全く別なもので、第二頚椎(首にある上から二番目の骨)の ことである。  さて、この星名の本意は、プレアデス星団の配列がノドボトケの骨である舎利、つ まり第二頚椎の形に似ているところからきている。そこには、坐った地蔵の姿である との伝承も付随しており、いずれも骨の形が重要なポイントであることに変わりはな い。ところで、中部地方や西日本などには同じプレアデス星団をスワリボシやオスワ リサン、スワリジゾウなどと呼んでいる地域がある〔文0168〕。このうち、スワリジ ゾウ(坐り地蔵)についてはオシャリサンと発想を共有しており、他の事例に関して も文字通りの「坐り星」と考えてよさそうである。  では、こうした一連の星名についてその発想の原点を辿ってみると、まず広範囲な 伝承をもつスワリボシやオスワリサンでは、一体何が坐っているのか明らかでない。 星の呼び名としては不完全である。その点、坐り地蔵は正体が明確でわかりやすい。 それを更に深い意味で表現したのがこのオシャリサンではないかと推測される。ただ し、全く逆の展開(オシャリサンが最も新しい派生の形ではないかとする考え)を否 定するだけの根拠もないため、さらなる事例の探求が必要である。いずれにしても、 冬の夜空の小さな星々に地蔵の姿を見出す篤き信仰心を感じさせる呼び名といえよう。 【意 味】お舎利さん 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】愛知県 【分 類】配列/人/信仰

オサンジョサマ 

三つ星をそのまま三星(サンジョウ)とみた呼び名は、利根川中流域から上流域にか けてさまざまな転訛形が記録されているが、このオサンジョサマもその系列の一つで ある。ただ、接頭語として「お」を付けた事例はほとんどなく、今のところ特異な存 在となっている。 【意 味】お三星さま 【星座名】オリオン座三つ星(δεζ) 【伝承地】群馬県 【分 類】数/知識/数詞

オゼンボシ

関東地方西部の山間域では、からす座の四辺形をお膳の形と見ているところがある。 庶民の暮らしで、家族が食卓(初期はちゃぶ台)を囲んで食事をとるようになるのは、 大正から昭和初期にかけてであるが、それ以前は食器棚などのない時代で、銘々が 「ぜんばこ」と呼ばれる箱膳を使っていた。これは、住まいの構造とかかわりが深く、 土間や囲炉裏をもった茅葺き(あるいは藁葺き)の母屋では、それが近代的な家屋に 建て替えられるまでは、基本的に箱膳を主体とした食生活だったのである。したがっ て、関東地方の農村地域では、昭和30年代まで現役であったところが少なくない。  かつては、食事をとる場所や順序などに家長を中心としたきまりがあり、箱膳はそ うした暮らしを象徴する配膳用具として重宝され、農家などへ嫁ぐ際には、新しい箱 膳を持参したといわれている。通常は箱の中に食器を収納しておき、食事の際は蓋を 膳として使うという特性は、できる限り炊事の手間を省いて生業にかかわる労力を増 やしたいという切実な思いが反映されていたものと考えられる。実際のところ、箱膳 を使った食事では毎食後に食器を洗うことはしなかった。洗うのは数日に一度で、普 段は茶などをすすって汚れを落とし、そのまま箱にしまっていた。  お膳の形は方形が一般的である。ところが、からす座の四星はいびつな四辺形を描 いており、これを方形と見るには無理があるように思われる。おそらく、オゼンボシ はこれらを上から見た四角形としてではなく、四星の台形を横から見た形状に喩えた ものであろう。膳には高脚膳などもあるが、これらは来客時や特別の日に使用された ものであり、日常的に利用された箱膳とは性格が異なる。ゼンボシともいう。 【意 味】お膳星 【星座名】からす座四辺形(βγδε) 【伝承地】埼玉県、神奈川県、山梨県 【分 類】配列/生活/用具

 

◇ 明治時代の箱膳〈左〉とオゼンボシの見方 ◇

オトコボシ 

七夕説話の二星に因んだ呼び名の一つで、こと座の主星ベガをオンナボシ(女星)と し、それに対するわし座の主星アルタイルをオトコボシ(男星)と呼び分けた事例で ある。単純な発想のなかにも、親しみ易さが表現された星名といえよう。 【意 味】男星 【星座名】わし座アルタイル(α) 【伝承地】長野県、岡山県 【分 類】時・季節/生活/行事
2020/09/25 

オボシ

福井県三方郡美浜町日向[ひるが]に伝承された星名で、1975年および2013年の二度 にわたって記録がある。当初はどの星をさすのか不明であったが、再調査でおおいぬ 座のシリウスに対する呼称であることが判明した。『日本星座方言資料』〔文0167〕 によると、同じ福井県大飯郡高浜村にシリウスの記録としてカラツキノオムシがあり、 おそらくこのオボシのことではないかと考えられる。また『日本星名辞典』〔文0168〕 にも、スマルノオノホシやスンバリノオムシなどの記載がある。これらは、いずれも おうし座のアルデバランが対象だが、同じオムシやオノホシであっても、主となる星 が変わると全く別な星をさすことになるので、注意が必要である。今回のオボシの場 合は、詳しい聞き取りによって他の星との関係からシリウスと特定できた。  さて、オボシの意味については、オノホシなどの事例から「尾星」を示しているの ではないかとの見解が一般的である。漁業においては、ある特定の星の後に続く、も しくは従っているとする星の利用形態が多くみられ、その一つのケースとして「尾の ように連なった星」という見方が生まれたのではないだろうか。 【意 味】尾星 【星座名】おおいぬ座シリウス(α) 【伝承地】福井県 【分 類】位置関係/知識/従属

◇ 三つ星とオボシの関係 ◇
(後に続く星を「尾」という感覚で捉えた事例)

2017/11/25 

オムツラサマ

利根川中・下流域の五つの県には、プレアデス星団の特徴的な星の名としてオムツラ サマが伝承されている。事例は多くないものの、1994年以来20年以上にわたって記録 が積み重ねられてきた状況を考えると、その広範な分布もさることながら、まだ潜在 的に伝承が埋もれている地域が少なくないことを窺わせる。ムツラは六連の星、つま りムツラボシに由来するものであるが、埼玉県の場合はオマツルサマやオモツラサマ などと転訛した事例もみられる。  ところで、茨城県のつくば市では、かつてオムヅラサマと呼ばれるオビトキ(帯解 き)にかかわる行事があり、小さな6個の餅を月に供えていた。また、『日本星座方 言資料』〔文0167〕には、かつて茨城県内でオムヅラサマと称し、団子6個をプレア デス星団に供えていたという話が紹介されている。その後、ぽつぽつとオムツラサマ の星名が記録される過程において、さらに新たな事実が明らかになった。地域はやは り茨城県で、三和町(現古河市)のある農家に遺された文書〔『当家嘉例式』〕には、 「六星(小餅六つ)」との記述があり、この六星を「おむつらの事」と註している 〔『三和町史民俗編』文0279〕。この資料は、江戸時代末期の年中行事について記し たものであり、少なくとも当時すでにプレアデス星団をオムツラサマと呼んでいたこ とが分かる。しかも、新年にあたり六星に餅を供えていたということは、オムツラサ マが星の神として祀られる存在であったとみて差支えないであろう。当館の調査でも、 2012年(茨城県古河市)と2014年(栃木県下野市)にこうした習俗が継続されている 状況を確認しており、当事者の認識が相当希薄になっているという現実は否めないも のの、「オムツラサマの餅」が未だに作られているという事実はたいへん貴重である と同時に、今後も伝承されていくよう切に望みたいところである。  ところが、さらに驚くべき有力な手掛かりが新たに確認された。それは、まさにプ レアデス星団を星の神として祀ったと考えられる神社である。場所は茨城県つくばみ らい市(旧伊奈町)の農業集落で、社殿の中に置かれた石祠には「六星大明神」と刻 まれている。この神社に関する詳しい情報は得られていないが、かつてはこの神にも 6個の餅を供えていたということで、利根川流域のオムツラサマを巡る一連の信仰と 深いかかわりを持つことはほぼ間違いないものと考えられる。 【意 味】お六連さま 【星座名】おうし座プレアデス星団 【伝承地】茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県 【分 類】数/知識/数詞

◇ オムツラサマの餅と三日月の餅 ◇
(伝承記録を基に再現した重ね餅型の一事例)

オヤカタボシ 

北極星は、北の空にあってほとんど動かない星である。したがって、古くから方角を 知る星として利用されてきたが、特に海上においては重要なアテ星の一つであった。 山形県沿岸の一部では、こうした「動かない」という星の特性を捉え、オヤカタボシ と呼んでいる。どっしりと構えて、何事にも動じない親方の姿を重ね合わせた見方で あり、海に生きる漁師の想いが伝わってくる。 【意 味】親方星 【星座名】こぐま座北極星(α) 【伝承地】山形県 【分 類】動き/人/行動

オヤカツギボシ

埼玉県秩父郡の山間地では、オヤカツギボシが伝承されていた。この星は三つ並んだ 星で、まん中の星は大きく赤い色をしているという。これは、さそり座のアンタレス と左右の二星(τσ)で、子が親を担いでいる姿を連想した呼び名である。この地域 一帯は、製炭業を主体とした星の利用が多いところであるが、さそり座に注目しため ずらしい事例といえる。そうした背景として、からす座の四辺形と同様に、南の空を 稜線に沿って移動するような動きが重要な鍵になっているものと思われる。具体的な 利用方法は不明であるが、秋から春を中心に利用されたオリオン座三つ星の代用とし て、初夏から秋の時季に暮らしの時間を計る利用があったのかもしれない。 【意 味】親担ぎ星 【星座名】さそり座三星(αστ) 【伝承地】埼玉県 【分 類】配列/人/家族

◇ 担ぎ運搬用具のひとつ「テンビンボウ」◇

オヤコボシ 

オヤコボシは、さそり座アンタレス(α)を中心とする三星を親子とみた呼称である。 伝承では入梅の頃に出る三つの星とされ、赤くて大きいまん中の星を親星といい、左 右の二星(στ)を子星と呼んでいる。類似の見方にオヤカツギボシがあるが、こち らは中心のアンタレス(子)が両脇にある二つの星(両親)を担いでいる姿とみたも ので、全く逆の発想となっている点が興味深い。これを伝承する山形県沿岸の漁師の 間では、親星の光り具合で漁の豊凶を判断するなど、海の暮らしや漁業との強い結び つきがみられる。 【意 味】親子星 【星座名】さそり座三星(αστ) 【伝承地】山形県、新潟県 【分 類】配列/人/家族

オリヒメ

ヒコボシとともに、七夕説話の主役としてよく知られている。ほぼ全国的な呼び名で あり、星の名というよりは俗称といったほうが適切であろう。調査では、ベガの呼称 として東北から四国にかけての一部の府県で記録がある。オリヒメサンともいう。 【意 味】織姫 【星座名】こと座ベガ(α) 【伝承地】福島県、茨城県、埼玉県、長野県、京都府、奈良県、徳島県 【分 類】時・季節/生活/行事

オンナボシ 

七夕といえば、織女と牽牛、オリヒメとヒコボシなど、二星伝説に基づく呼称が一般 的であるが、これらを単に性別で呼び分けたのがオンナボシ(こと座のベガ)とオト コボシ(わし座のアルタイル)である。そこには、説話の主人公としてではなく、素 朴なタナバタ行事を伝承する人びとの生活に寄り添う姿がみられ、より身近な存在を 意識した発想が感じられる。 【意 味】女星 【星座名】こと座ベガ(α) 【伝承地】長野県、岡山県 【分 類】時・季節/生活/行事