メディアとつきあうツール  更新:2003-08-01
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【Q&A】
BPO(放送倫理・番組向上機構)入門

≪リード≫
2003年7月1日、BPO(放送倫理・番組向上機構)が発足しました。「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」「放送と青少年に関する委員会(青少年委員会)」「放送番組委員会」の3委員会がBPOのもと運営されます。設立の経緯、その仕組み、今後の課題などを解説します。
(2003年08月01日 このサイト用に執筆)

≪このページの目次≫

≪参考リンク≫

BPOとは何か?

 放送界に「BPO」という組織ができたそうですね。どういうものですか?

 BPOは略称で、正式には「放送倫理・番組向上機構」といいます。BPOは、英訳「Broadcasting Ethics & Program Improvement Organization」の頭文字。なお、BPOという略語は「Business Process Outsourcing」(いま流行《はや》りの経営手法で、コアビジネス以外を外部委託し中核業務の最適化を図ること)を意味することが多いのでご注意を。

 「放送倫理・番組向上」の「番組向上」は「番組をよりよいものにする」ことでわかりやすいですね。しかし、「放送倫理」という言葉はちょっとわかりにくいかもしれませんから、一言解説しておきましょう。

 「倫理(学)」という言葉は、哲学者の井上哲次郎がethicsの訳語として使ったのが初めで、「道徳」「モラル」という言葉とだいたい同じ意味。「道徳」は人の行うべき(守るべき)道とその体得をいいますが、どちらかといえばやや実践的な「体得」に重きをおいた言葉。「倫理」はどちらかといえば人の行うべき道の「原理」に重きをおいた言葉といえます。ですから「放送倫理」は、「放送が守るべき道や規範」という意味だと思っておけばよいでしょう。

 「放送倫理・番組向上機構」(BPO)は、放送倫理を高め、番組を向上させるために、NHK(日本放送協会)と民放連(日本民間放送連盟)が2003年7月1日に設立しました。

 これは、従来の「放送と人権等権利に関する委員会機構」(BRO=Broadcast and Human Rights / Other Related Rights Organization)と「放送番組向上協議会」の2つの組織を統合したもの。前者は実質的には「放送と人権等権利に関する委員会」(BRC=Broadcast and Human Rights / Other Related Rights Committee)、後者は実質的には「放送と青少年に関する委員会」と「放送番組委員会」ですから、以上の3つの委員会を一か所にまとめたものともいえます。

なぜいまBPOが作られたのか?

 これまでもあった組織や委員会を、なぜこの時期にまとめる必要があったのですか?

 後で詳しく触れますが、BPOには放送番組への苦情の処理機関という機能があります。そして、BPOに統合される前の3つの委員会も苦情処理機関としての性格をもっていました。

 ところで、2003年5月23日に「個人情報保護法」が成立、さらに「人権擁護法」や「青少年健全育成基本法案」「青少年を取り巻く有害社会環境の適正化のための事業者等による自主規制に関する法律案」の成立が目指されているように、メディア規制の動きがますます顕著になっています。

 このうち人権擁護法は、苦情処理機関として人権委員会を設ける方向ですから、これが放送による人権侵害を取り上げるようになれば、放送業界が作った「放送と人権等権利に関する委員会」(BRC)は存在意義を失い、放送メディアが政府機関または政府の影響を大きく受ける機関によって規律されることになってしまいます。

 2000年ごろから参議院自民党が手を変え品を変え成立を目指している「青少年有害環境対策基本法」(上の2法案はこの分割・焼き直し版)にも、全国に青少年社会環境対策センターを設置しメディアを監視・規制するという構想が繰り返し登場。政府や政党の息のかかった組織が放送メディアへの苦情処理に関わり、メディアの独立を侵す危険性が強まっているのです。

 ですから、こうした公的規制を受ける前に、放送メディアの自律を一層強め、視聴者の信頼を確保していかなければならなりません。そのためには、目に見えるかたちで放送業界の自主規制が強化されたことを示す必要があります。そこで、これまでにもあった放送倫理や番組向上に関する組織や委員会を統合・強化し、放送界の自主的な取り組みが進んでいることを改めてアピールしたのが、BPOというわけです。

BPOの仕組みは?

 BPOの仕組みは? これまでとどこがどう違うのでしょう?

 BPOは「放送と人権等権利に関する委員会」(略称は「BRC」)、「放送と青少年に関する委員会」(「放送と青少年委員会」と略すことがある)、「放送番組委員会」の3つの委員会を中心に、評議員会、理事会、事務局で構成されています。

 放送と人権等権利に関する委員会(BRC=Broadcast and Human Rights / Other Related Rights Committee)は、視聴者から寄せられた放送番組による名誉毀損やプライバシー侵害などの申し立てのうち、視聴者と放送局との話し合いで解決しない案件について審理し、委員会決定(「勧告」または「見解」)を申立人・放送局に通知し公表します。法的な拘束力はありませんが、放送局に「勧告」「見解」の放送を求めたり、権利侵害に対する適切な対応を求めることもあります。

 原則として、実際に権利侵害を受けている(と主張する)申立人の問題しか審理せず、裁判で係争中の案件やCMに対する申し立ては扱いません。「Aさんは××という番組でプライバシーを侵害されているのではないか。けしからん」と、Aさんとは無関係の視聴者が連絡してきても、重要な権利侵害があると委員会が判断した場合を除いて、審理されないわけです。この委員会は、委員全員が放送業界以外の出身や所属という完全な「第三者委員会」です。

 放送と青少年に関する委員会は、青少年に関する放送のあり方や番組への意見を受け付け、整理・集計・審議し放送局に通知します。委員会がとくに問題があると判断した番組については、放送局に意見を伝えて回答を求めるほか、「見解」や「提言」の公表、番組制作者・青少年・保護者などとの意見交換やフォーラム開催、放送と青少年に関する調査研究なども行います。この委員会も、委員全員が放送業界以外の出身や所属という完全な「第三者委員会」です。

 放送番組委員会は、以上2つの委員会とはやや性格が異なっています。これは1969年にNHKと民放連が設置した放送番組向上委員会と、その後につくられた民放連・番組調査会の流れを汲む委員会。放送番組や放送倫理のあり方などについて、有識者と放送事業者が合同で協議します。審議内容を放送事業者に通知するとともに、必要に応じて放送番組や放送倫理のあり方などについて「見解」または「提言」をまとめ公表します。この委員会は、学識経験者委員5名以上と放送事業者委員(主要放送局の編成局長など)8名以上で構成されますので、完全な第三者委員会ではなく、委員の人数だけを見れば放送局よりの委員会といえます。

 評議員会は、BROの評議員会と放送番組向上協議会の委員推薦委員会を統合したもので、上の3つの委員会の委員を推薦します。この評議員会は放送事業者やその関係者を除く学識経験者で構成されますので、完全な「第三者委員会」です。つまりBPOの3つの委員会の人選は、放送局から独立した第三者が行っており、委員会の第三者性、独立性を貫いています。早い話が、身内で作った委員会じゃないかと批判されないようにしてあるわけです。

 理事会は、事業計画など運営に関する重要事項を議決します。理事長、専務理事、理事兼事務局長、NHK出身理事3名、民放連出身理事3名の9名で構成し、理事長は放送界の出身・所属ではない第三者が務めることになっています。初代の理事長は清水英夫・青山学院大学名誉教授。BPOは組織のトップを第三者とすることで、より公正で独立した判断を下すことができる第三者機関としての性格を貫いています

 事務局は、視聴者対応窓口を務めて、視聴者からの意見を各委員会や放送局に振り分けます。また、BPOの広報、各委員会の調査・研究、会議の運営などを行います。BPOの設立にあたっては、委員会の調査担当スタッフ増員、法務専門調査役の配置など、事務局機能が強化されています。

 視聴者からのアクセスという点では、BPOに一本化されたことで、利便性が大いに向上しました。放送や番組に対して苦情をいいたい視聴者にとっては、その苦情がどんなジャンルに属するかなど知ったことではありませんから、放送局はじめBRCにも青少年委員会にも電話を入れます。ところが、たとえばBRCは人権問題について直接の被害者(と主張する人)からの申し立てだけを扱うという制約がありますから、電話の内容によっては、たらい回しにされたり、梨のつぶての扱いを受けてしまうという問題がありました。これが2003年7月1日以降は窓口が一本化され、BPOが受け付けたものを内容に応じて各委員会や放送局に回すというシステムになりました。

完全な第三者機関といえるか?

 理事長を除く理事は放送界出身のようですし、資金もNHKと民放連が出しているのでしょう。BPOは完全な第三者機関といえるのですか?

 「放送と人権等権利に関する委員会」と「放送と青少年に関する委員会」の2つの委員会は、完全な第三者機関であるといってよいと思います。BPO全体としてはどうかといえば、確かに運営資金(年間約3億円)はNHKと民放連(民間放送局)が出しており、理事や事務局には放送局出身者が多く入っていますから、完全な第三者機関とはいえないでしょう。

 しかしBPOは、放送倫理や番組向上をあつかうもっとも現実的で実効性のある機関であり、しかも第三者的な独立性を現段階で可能な限り強めた機関であって、放送業界が自主的に設置した「第三者的な機関」とはいえると思います。

 もちろん、BPOの前身であるBROや番組向上協議会の設立経緯を振り返れば、なんの問題もないところから放送業界が一から十まで自主的に設置した機関とはいえず、社会的・政治的な圧力から「作らされた」側面があることは事実です(たとえば本サイトの郵政省”視聴者懇”両論併記の内幕を参照)。しかし、そのことをもってこれを放送局の自主的な機関でないというのは、日本国憲法は日本国民が作ったものではないというのと同様に馬鹿げています。

 たとえば一般視聴者が自主的に「放送倫理評議会」といったNPOを立ち上げ、市民からの寄付金で運営し、苦情処理や放送局への提言を行えば、それは理想的な第三者機関といえるかもしれません。しかし、誰がカネを出すのか、誰が委員を選ぶのかなどを考えれば、実現の見込みは小さいといわざるをえません。実現できたとしてもかなり時間がかかるでしょう。BPOは、政府など公権力に属さず、放送局からもある程度の独立性を確保した第三者的な機関としては、完全な存在ではないにしろ唯一現実的で意義のある機関だと思います。

放送に苦情をいいたいときは?

 テレビを見たりラジオを聴いたりして、苦情や意見をいいたいときは、どうすればよいですか?

 まず、視聴者として放送局に直接意見をいうのが第一です。テレビ局の電話番号は新聞のラジオ・テレビ欄に書いてあります。電話はつながらないことが多いかもしれませんが、FAX、メール、郵送の手紙なども有効です。まずは、きちんと住所氏名を名乗って、放送局に意見を寄せるべきです。

 放送局の電話がつながらないとか、たらい回しにされたという場合は、BPOに連絡すればよいでしょう。電話、FAX、メール、郵便を受け付けています。また、新聞、雑誌、インターネットの掲示板などに投稿し、問題を公開することで、放送局の対応を促すことができるかもしれません。

≪BPO(放送倫理・番組向上機構)の連絡先≫
【視聴者応対専用電話】03-5212-7333(月〜金曜日 午前10〜12時 午後1〜5時)
【FAX】03-5212-7330(24時間)
【青少年と放送に関する意見】http://www.bpo.gr.jp/iken/youth/form.html
【その他放送に関する意見】http://www.bpo.gr.jp/iken/sonota/iken.html
【郵送先】102-0094 東京都千代田区紀尾井町1-1千代田放送会館7階BPO


 放送によって名誉毀損・プライバシー侵害などの人権侵害を受けたという場合でも、やはりまずその放送局に連絡し話し合ってください。いきなりBPOに連絡しても、そのようにしてくれと応えるはずです。BPOへの人権侵害の申し立て手順については次のページを参照してください。人権侵害の申し立てについて

 以上のような手順を踏んでなおラチがあかないときは、現状では裁判に訴えるしかないでしょう。弁護士会が設けている相談窓口で相談してみるとよいかもしれません。

BPOにはどんな意見が届くか?

 BPOには具体的に、視聴者からどのような声が届くのですか?

 清水英夫BPO理事長によると、BPO発足直後の2003年7月1日から4日までに視聴者の声が430件寄せられました。うち8〜9割が電話で、残りはFAX、メール、郵送の手紙など。内訳は人権に関係するもの5件、青少年に関係するもの37件、番組に関係するもの202件、BPO自体への問い合わせ44件、その他142件だったそうです。

 このように、視聴者からの声の大部分は特定の番組に関係するもので、たとえば「野球のナイター中継を途中で打ち切るのはけしからん」「出演者の言動が不快である」「伝えている内容が誤っている」といった意見。これは、放送局が名指しされていれば、その放送局の担当部署に通知されるほか、放送番組委員会で議論される場合もあります。人権に関するもの、青少年に関係するものは、それぞれの委員会に回され、必要な措置がとられることになります。

 「その他142件」の「その他」とは何ですか?

 BPOのホームページによると、この6月に放送と人権等権利に関する委員会(BRC)の事務局が対応した件数は293件で、うち審理に関連があると思われる対応が4件、番組や局に対する苦情への対応が89件、業務などに対する問い合せが42件、その他(心因性等)が158件でした。「心因性等」としてあるのは、「放送で自分の名前がしきりに呼ばれる。止めてくれ」「電波が頭の中を通り過ぎるのが苦痛だ。なんとかせよ」というような声のこと。「その他142件」の中にも、この種の電話がかなり含まれているのではないかと思います。

BPOの今後の課題は?

 BPOの今後の課題には、どんなことがあるでしょうか?

 第一に大切なことは、BPOの3つの委員会が、個々の苦情に対する判断や委員会の運営を公正に、放送局からも公権力からも独立して行い、実績を積み重ねることでしょう。先に述べたように、BPOは必ずしも完全な第三者機関とはいえず、つねに「放送局が作った身内に甘い機関ではないか」といわれかねない立場にあるわけですから、より厳正に自らを律し、視聴者の信頼に応えていく必要があります。

 この点、3つの委員会のうち「放送番組委員会」は明らかに第三者委員会とはいえませんから、これは放送局と視聴者の意見交換をする組織として残すとしても、人権関係でも青少年関係でもない問題を扱う第三者委員会は作ったほうがよい(または、現在の放送番組委員会から有識者委員を分離して第三者委員会とし、放送事業者委員会と定期協議を行えばよい)のではないかと思います。

 第二に、これはBROの時代から感じていることですが、せっかく作った機関のPRがまだまだ不十分です。BPOのホームページやパンフレットには視聴者対応専用の電話番号が載っていますが、通じる時間が載っていないのもたいへん不親切。視聴者はテレビを見ていて頭にきて電話してくるのです。それが土日はもちろん、朝10時前に電話しても夕方5時過ぎに電話してもつながらないのでは、ますます頭にきてしまいます。頭にくる視聴者が1人増えるたびにBPOの信頼性は少しずつ失われていくと知るべきです。テレビやラジオを24時間流している以上、電話もBPO=Business Process Outsourcingでも活用して24時間対応にすべきでしょう。また、放送と青少年に関する委員会があるのなら、当然子ども専用のホームページ「キッズBPO」を開設すべきだと思います。

 第三に大切なことは、BPOを「公的規制の強化に対抗する」という必要に迫られて作った以上、放送局はBPOの権威と信頼性を高めるために、いっそう努力をしなければならないということ。筆者はあるときテレビ局のキャスターたちがそろったシンポジウムを聞いていて、ほとんど全員がBRCができたことを知らない様子なので愕然としたことがあります(1998年執筆のGALAC+ismを参照)。また、たしか「失楽園」だったと思いますが、ドラマが始まるとき制作者が「放送コードに挑戦する」と口走ったことがあります。「社会倫理に大胆に挑戦する」とでもいえばよいものを、自分たちで作った「放送番組基準」に挑戦するとは、馬鹿げた言い草でした。同じように放送局員がBPOを軽視することは、あってはなりません。

 もちろん全放送局員だけでなく外部のレギュラー出演者にも、BPOの設立経緯やBPOの役割をたたき込むべきです。とりわけ「この機関でダメとなったら、次は放送番組が公的機関による公的規制を受ける恐れが強い」ことを、正しく認識させるべきだと思います。また、BPOに関するPRなどにも、各局はもっと積極的に協力すべきであると思います。誰も見ていない早朝や深夜にBPOの紹介を流すというような後ろ向き姿勢ではない、前向きな協力が必要です。

 第四に、BPOの判断や決定は必ずしもつねに正しいとは限りませんから、これについては、番組制作者も視聴者も不断の検証を続けるべきです。筆者は、現在でも「しりとり侍」「ネプ投げ」を中止させた「放送と青少年に関する委員会」の決定は問題であったと考えています(2000年執筆のGALAC+ismを参照)。BPOを軽視するのではない真摯な批判ならば、番組制作者は堂々と提起すべきですし、番組づくりに萎縮する必要もありません。

 最後に、これがもっとも大切だと思いますが、視聴者の側に、BPOを育て、活用していく姿勢が必要です。BPOのような第三者的な機関による自主的・自律的な規制こそが、放送というメディアの表現の自由や言論の自由をもたらすのであって、放送というメディアを公的な機関による規制に預けては絶対にいけません。放送そのものや個別の番組に注文をつけ、放送をよりよいものにしていくツールとして、視聴者はBPOをどんどん利用していくべきだと思います。