メディアとつきあうツール  更新:2003-09-10
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発覚!
郵政省人材派遣≪前編≫
監督官庁と報道機関がひた隠す

≪リード≫
放送局が郵政省に人材派遣をおこなっていることが明らかになった。
郵政省の打診に応え、局が若手を役所に手伝いとして送り込み、給与は局が支払う。
監督官庁と報道機関がひた隠す、この近すぎる関係はなぜだ? 
(「放送レポート」1995年11/12月号)

※付記 この郵政省へのテレビ局員派遣という愚劣な慣行、「放送レポート」が出た直後は郵政事務次官が定例記者会見で「問題ないと認識」と述べるなどと開き直り気味にゴマカシてました。しかし、ほとぼりの冷めた後、局ごとに五月雨式に目立たないよう中止したようです。総務省になって復活したかどうかは調べていません。

民放キー4局とNHKが――

 放送を所管する官庁・郵政省に対して、NHKや民放キー局から、職員や社員が派遣されていることが明らかになった。

 民放労連の調査によると、郵政省に人を出している東京キー局は、テレビ東京を除く4社。

 TBSがもっとも早く、1991年4月に最初の一人を送り込んだ。93年6月には2人目、95年5月には3人目が出ている。今は、86年入社の若手が放送行政局にいる。

 TBSでは、ほぼ2年の任期で郵政省へ社員を派遣することが慣例となっている。つまりここ数年、記者クラブなど公認された制度によらずに、社員が郵政省に常駐している。局からの辞令は一切出ていない。

 日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日の3社は、足並みをそろえて今年から派遣を始めた。各局とも95年7月に、最初の1人を送りこんでいる。いまのところ、TBSと同様2年で次の社員と交替する予定だ。

 日テレからは、カメラマンが放送行政局デジタル放送開発課企画係へ出ている。フジからは、若手社員が通信政策局通信行政課へ出ている。フジだけが「派遣」の辞令を出している。テレ朝は、94年4月に入社した経営企画局に所属する若手が、放送行政局へ出ている。テレ朝では記者クラブ勤務などと同じ「外勤」扱いとしている。

 さらに、皆様のNHKでは、1980年代から早くも、郵政省に対する職員の派遣が始まっている。

 これら放送局からの「派遣社員」(適当な言葉がないので、とりあえずこう呼んでおく)の給与は、いずれもテレビ局側が支払っている。福利厚生などの待遇も社員と同じで、放送局の社員という身分には何の変更もない。

 しかし、どういうわけか、彼らは郵政省の内部で働いている。郵政省に出勤し、郵政省にある机と椅子で仕事をし、郵政省で食事をとり、郵政省から自宅に帰るのである。

 しかも、自分の放送局の仕事をしたり、社のために情報収集係や連絡係を務めているわけではない。放送局の社員は、郵政省放送行政局などに常駐して、郵政省内部の仕事、郵政固有の仕事をしている。

 もちろん、郵政省の政策決定や意思決定にかかわる仕事は担当していないとされる。また、郵政省が放送局や国民に対して秘密にしている事務からも、一応隔離されている。

 しかし、郵政省に常駐して、本来ならば国家公務員が行うべき仕事を手がけていることは間違いない。

 これは、95年9月1日に行われた郵政省(放送行政局総務課と地上放送課の各課長補佐)と民放労連の話し合いで郵政省が、放送局からの社員派遣を、
「技術問題などの協力だ。無理にお願いすべきものではない」
「短期間の協力、援助である」
 などと説明していることからも明らかである。

 放送局の社員が役所に常駐し、国家公務員の行うべき仕事する、あるいは少なくとも手伝っている……。これは、いったいどういうことなのだろうか。

口をそろえて「研修」というが……

 一般に、ある企業Aが、自分のところ(給与はA社もち)の社員を企業Bに派遣してB社の仕事をさせる場合、B社からA社に対して、仕事に応じた対価が支払われる。

 A社とB社が同じ資本系列にあるとか、技術提携しているという場合は、支払われないこともよくある。これが「出向」《しゅっこう》だ。出向とは、企業が、従業員との労働契約を基本的に維持しながら、一定期間他の企業の指揮命令下において就労させることをいう。

 親・子会社だったり提携関係にあれば、A社はB社を含めたグループ全体として、売り上げ増や新規事業の開拓など、何らかの利益を得ることが期待できる。だから、B社の代わりにA社が給与を支払っても、不都合はない。

 しかし、資本関係や提携関係なしに、出向のようなかたちで社員の派遣が行われたとすれば、B社はA社に一方的な「労務提供」という貢献をしていることになる。

 この場合は、A社からB社に、派遣した社員の人件費を越えない額の贈与が行われている、と判断するほかはない。

 郵政省と放送局の場合はこれにあたると思われる。郵政省が「協力」や「援助」という言葉を使っているからだ。郵政省は、受け入れたテレビ局社員に働いてもらうことによって、直接の利益を得ていると認識している。その利益が「協力」または「援助」である。

 ある放送局から派遣されている社員は、まわりでいちばん若いので、昼休みになると郵政官僚たち(と自分)の弁当を買いに行くことが、日課になっているそうだ。これも、郵政省が得ている利益の一端である。

なぜ、こんなことが行われているのか。いくつかの放送局に聞いた。

 TBSでは、笠井青年・広報室長が、次のようにいう。
「91年から出しているが、郵政省から出してくれと要請があったわけではい。そんなこと、できるはずがない。給与はTBSが支払っているが、出向ではないと考えており、辞令は出していない。お互いの情報を交換し、人的交流を図るという趣旨であり、研修ということだ。行った本人は勉強になり、放送局で得られない経験も積める。人的ネットワークも広がる。郵政省からも日当のかたちで支払いがあると聞いている。これはTBSが受け取っている」
 郵政省が派遣元の放送局にカネを出しているという話は、TBS以外からは聞くことができなかった。

 にわかに信じがたい話だが、謝礼などではない日当(給与)が出ているなら、研修や出向ではなく、非常勤職員の扱いなのだろうか。だとすれば、詳細は省略するが、国家公務員法上の問題が生じかねない。

 フジは、番組広報部レベルでは事実関係がわからず、曽根正弘・社長室長が答えた。それによると、
「派遣という辞令を出して、今年から人を出している。本社では得られない幅広い経験を積ませるということだ。放送局は郵政省の監督下にあるから、疑念をもたれないように、配慮してやっている。とくに問題があるとは思わない」

 テレビ朝日でも、広報部は知らなかったようだが、北村旬右・メディア開発局長がいう。
「他局から郵政省に人が出ており、貴重な経験が得られて本人にも有益だという話は以前から聞いていた。それならうちも出してみたい、郵政省も受け入れるならばこんな仕事があるというやりとりがあったのが、昨秋の終りくらい。それで人事が終わった7月から出すことになった。あくまで行った本人の研修や研究が狙いで、将来放送を担う若い人に役立つならば、出先は郵政省でもメーカーでもどこでもよかった。長い目で見て、得るものがあれば、と考えている」

 このように放送局側は、「研修」が主な目的であると主張する。

 給与は放送局もちで、郵政省の仕事を手伝ってはいても、一方的な労務提供ではない。というのは、派遣した社員の勉強、研究、経験、人的交流などを通じて、放送局側にもメリットがあるからだ。

 以上が、郵政省に人を送り込んでいる放送局のほぼ一致した見解といえるだろう。

失政続きの郵政で何を学ぶ?

 郵政省と放送局の見解を総合すると、社員の派遣は、郵政省からみれば「協力・援助」、放送局からみると「研修・研究」で、バランスが取れていることになる。どちらもメリットがあるから、やっているというわけだ。だがこれは、理屈が通っているようで、通っていない。

 放送局は、人件費を負担して研修・研究の成果を得る。郵政省は、何も負担せずに、協力・援助を得る。これでは、得をするのは郵政省だけではないか。

 それに、放送局の負担する人件費は、2年間で1000万円を優に越える額だろう。それを負担する用意があるなら、もっと有意義な研修・研究先がいくらでもあるはずだ。

 放送局は「派遣した社員は、許認可などと関係ない部署で、海外事情の調査研究や技術関係の仕事をしている」という。

 それなら、海外の放送局や、マルチメディア関連企業などで研修させたほうが効果的だろうと思う。

 マルチメディアに関して、世界最新の情報が郵政省にあるなら、ハイビジョンがダメになったり、アメリカが先に情報ハイウェイ構想を出すはずがないではないか。

 過去ほとんどすべてのニューメディア分野で失敗を繰り返してきた郵政省に、研修や研究のテーマを求めるとすれば、それは、
「なぜ、日本のニューメディアは、ことごとく失敗したか。郵政省は、それにどのように関わり、どのように責任を取ったのか」
 というテーマしかありえない。

 このテーマの研究は、なにも人件費を負担までして郵政省の仕事を手伝わなくても、外からできる。

 前途ある有能な放送局の社員が、若いうちから郵政官僚の弁当を買いにやらされているようでは、そんなテーマが存在することすら認識できないのではあるまいか。

 各局は「官僚の仕事のやり方は、放送局では得られない経験だ」という。また「霞ヶ関に深夜2時、3時までこうこうと明かりがともり、官僚が国のために仕事をしているのに感じ入る社員もいた」そうだが、そんなことに感動するのも、どうかと思う。

 いま問われているのは、夜を徹してお国のため、日本のために官僚が立案した政策が、ことごとく破綻しているそのことである。

 8兆4000億円の不良債権を抱える「住専」は、大蔵省の政策誘導によって作られた。彼らは当時も徹夜していた。いまは、自らの責任をタナ上げして、住専救済のために公的資金(われわれが支払う税金)を投入しようと、必死で徹夜しているのだ。

 そんな例はいくらでもある。談合を公認システムとして維持してきた建設省、補助金まみれの脆弱な農業をつくった農水省、地方分権を阻止し続けてきた自治省……。彼らも、戦後ずっと徹夜していた。

 こうした官庁の内部に入れば入るほど、官僚の責任が追及できなくなることは、記者クラブ制度が教えている。

 郵政省の仕事を手伝いながら学べるのは、官僚という閉鎖社会の非合理的な慣習、上意下達主義、法律万能主義、学閥主義、出世至上主義、無責任主義、何かにつけ事業者相手に出るお上意識くらいだろう。

 ある放送局では、
「本当は、郵政省で学ぶべきものなど、あまりないと思っている」
 と本音を漏らす人があった。ほかの放送局も、実はそう思っているのではないか。付き合いだからと、仕方なく出しているのが本当のところではないだろうか。

人事院も初耳の「政治的」マター?

 国の仕事は、ビル管理や印刷といった業務委託を除き、国家公務員によってなされなければならないという原則がある。例外は非常勤職員だが、これにもしかるべき任用行為が必要で、採用された者には国家公務員と同様の守秘義務がある。

 郵政省へ派遣されている放送局の社員は、このどちらでもない。このようなことが日常的に行われているのかどうか、人事院や総務庁人事局にたずねた。

 人事院の江波戸明・広報室長は、次のように語る。
「郵政省の話は初耳だ。研修で受け入れているということだと思うが。同じようなケースがどのくらいあるかは、人事院は関知していない。詳しい事情がわからず、一般論を申し上げるほかないが、研修で人を受け入れても、国の仕事にたずさわらせる以上、職務専念義務や守秘義務が発生する。もちろん、公務員と営利企業の癒着と思われるようなやり方は、避けなければならない。だが、この件はまったく人事院と関係ない話ではないけれど、われわれが通常扱っているよりも、やや政治的な、上のレベルの話のように思う」

 人事院としても把握できない「政治的な問題」だというのだ。

 実際、この問題は、最近までごく一部の関係者しか知らなかった。事前に労働組合と協議したという局もあるが、民放労連から話があって初めて知ったという組合もある。局は「研修」と説明するものの、公然と行われていた慣行とはいえない。どの局でも内々に、「こんな話があるが、行ってみるか」という話で決まっており、辞令を出していない局もある。

 つまり、放送局にも、郵政省への社員の派遣は、おおっぴらにしにくい(好ましくない)関係という認識があったように思われる。

 どの局も「郵政省から人を出してくれと要請されたことはない」と繰り返し強調していたことも、返って不自然に映る。キー局5局のうち3局が、郵政省から意思表示がないのに自発的に研修を申し込み、各社とも偶然1995年7月からの派遣が決まったなどと、信じられるだろうか。

 派遣社員の候補者何名かの履歴書を郵政省側に提示し、適当な人物を選んでもらった局があるともいう。これも、まともな研修のあり方ではない。

 だから、人事院の広報官が、一般論と断りながらも「政治的な、上のレベルの話」と述べたのが、おそらく的を得ている。

危うい権力チェック機関

 放送局は、一種の政治的な判断によって、社員を派遣し、郵政省の仕事の援助・協力をしていると思われるのだ。

 そのことによって、放送局の免許が左右されるなどという馬鹿げたことは、もちろんありえない。ただし郵政省と放送局がそんな関係にあってよいのか、という疑問は残る。

 放送局は、「言論報道機関」(これは郵政省の用語)であって、巨大な権力を持つ政府や官僚の動きをチェックするのも、その使命のひとつだ。その使命を果たすには、政府や官僚と、ある程度の緊張関係を保たなければならない。協力したり研修したりという「お友だち」では、まともな報道や批判はできないのだ。

 放送局に「言論報道機関」として生きていく覚悟があるならば、現在の社員派遣は、即刻やめるべきであると思う。

 最後に、郵政省がNHKと東京キー局からしか、社員を受け入れていない理由について書いておこう。

 郵政省は民放労連に対して、東京の局だけを受け入れる理由を、「それなりに能力が高いということだ」と説明している。

 中央官庁の官僚による、とんでもない地方蔑視の発言である。裏を返せば、「能力の低いローカル局の社員は、来てもらわなくて結構」というのに等しい。

 地方ローカル局は、こんな官僚たちによって、わが国の放送制度が牛耳《ぎゅうじ》られているのだということを、真剣に考え直したほうがよい。

 さて、肝心の郵政省の担当者が登場しないことにご不審の読者もおられるだろう。実は、補正予算関連の作業に忙しいという理由で、本稿締切りまでに郵政省を取材できなかった。

 しかし、郵政省広報室によると、こうした人事に関わる取材には応じないのが原則であるが、筆者が郵政省を誤解しているようなので(取材趣意書と質問書からそう判断したらしい)、誤解を解くためにとくに会ってくれるそうだ。郵政省の対応については、稿を改めて報告したい。(≪後編≫へつづく)