海風通信 after season...



海のコト:01 ガラス海綿を買いに行こう!


 ガラス海綿というモノをご存知だろうか?
 カンタンに言うと、ガラスで出来た生物である。まさか!?そんな生物なんているわけないじゃない!と思うのが普通だろう。かくいう私も、ガラスの生命体なんて『銀河鉄道999』の食堂車にいたクレアさんくらいしか思い浮かぶものはなかった。(あれもそもそも機械人間なのだが。)
 が、世の中にはガラスで出来た生物というのが結構いるらしい。ガラスを構成する成分が珪酸質であるという事実を示すと、「あぁ、あれか!」と気付く人もいるかと思われるが、そう、中学生くらいの時に微生物の仲間としてミドリムシやゾウリムシとともに習ったケイソウ(珪藻)、あれがそうなのである。ケイソウの仲間は、それはもうやたらめったらいて、コレクションしたりケイソウでアート作品を作っちゃうヒトなんかもいるらしいが、しょせん極小の植物プランクトン。なんか動かないし、インパクトと呼べるほどのものがない。一方、こちら(海綿)は、やはりあんまり動かないのは同様なのだが、いちおう動物系のガラス生物である。なんか面白そうではないか。しかも大きさも手頃で、その見た目やエピソードも奇抜なものが多いのだ。想像のナナメ上を行くフシギ生物、それが海綿動物門・六放海綿類、通称「ガラス海綿」なのである。

 ガラス海綿の主なものにはホッスガイ、カイロウドウケツ、スギノキカイメン、ツリガネカイメン、キノコカイメンなどが挙げられるが、とりわけカイロウドウケツは、エピソードの豊富さでも有名だ。珪酸質の繊細な骨片で筒網状に構成された外見は、まるで一級の工芸作品と見紛うばかりの美しさで、英名ではvenus' flower basket(ヴィーナスの花籠)と呼ばれている。そのあまりの完成度の高さから、かつてシーボルトがフィリピンからカイロウドウケツを取り寄せた際、税関は高価な工芸品だと信じて疑わず、高い関税を課そうとし、「これは生物(の標本)だ」と説得するのに苦労したそうだ。
 また、夫婦が老いるまで共に仲良く暮らすという意味の『偕老同穴(かいろうどうけつ)の契り』なんて故事成語があるが、コイツの名前の由来は、まさしくこの故事にある。正確にはコイツの中で棲息する『ドウケツエビ』というエビのことを言っているのだが、いつの間にやら海綿側にその名前が命名されてしまったらしい。その特異な習性は、まだエビが小さいうちにこの海綿の網目の中に入り込み、やがて成長するうちに網目の外には出られなくなってしまうわけなんだけれども、まぁ、外敵には襲われないし、エサも網目を通して流れ込んでくるしで、けっこう住環境は良好。そうした中で、いつしか自然淘汰かなんだかで都合良くオスメス2匹のエビだけが残ると、あとはもう共に老いるまで誰にも邪魔されることのない、まさしく『二人だけの世界』となるわけだ。海綿にとってはエビに安全な住居を提供しただけであって、縁起がいいも何もあったモノではないが、そこは御愛嬌。
 こうしたことから、よく結婚披露宴の祝辞に引用されているとか、結納品にカイロウドウケツを贈るなんてことが文献には書かれている。が、これって本当のことなのだろうか?少なくとも私は、これまでこんな祝辞を聞いたコトなどない。いつしか自分がそんな役回りで祝辞を述べるようなことがあれば、是非とも引用してみたいとは目論んでいるのだが…。でも、結納品っていうのはどうなんだろう?これ、贈る方贈られる方の両者が、その意味を解ってないと、思いっきり引かれるようなシロモノですよね?
 ともあれ、変なモノ好きの私は、俄然カイロウドウケツの魅力に取り憑かれてしまった。悲しいかな結納する予定なんてのはまるでないのだが、とにかく現物を手に入れてみたい。その手でガラスの生き物というものを触ってみたかったのだ。
 手に入れるのはどうすればいいのだろう?今やネットでは何でも手に入る時代だが、私はア○ゾンやらラク○ンなどのネットショッピングが大嫌いである。ボタンをポチるだけで、すぐにアナタの玄関先へ!なんて、あんなのはロマンのかけらもない。人間、欲しいものはもっと苦労して手に入れなければアカンのよ。足で稼いだ分だけ思い入れもひとしおだし、こうしてコラムのネタにも使えるというワケなのだ。
 そうなれば、やはり最高なのは自力で採取することなのだが、さすがに深海漁業の漁船にお願いして乗り込ませてもらいゲットする、というのは気が引ける。こちらは学者センセイなどではなく、単なるガラス海綿好きの変わり者でしかないのだ。そこで今回は初心に帰り、そもそものガラス海綿の存在を知ることになったデーデルラインの報文『日本の動物相の研究:江ノ島と相模湾』/磯野直秀:訳文から、そのきっかけを戴くことにしよう。
▲とても生物とは思えない造形のカイロウドウケツ。 ▲謎だらけのホッスガイ。(千葉県立中央博物館/所蔵)
 デーデルラインは、明治維新以降の学問の西洋化に伴い、いわゆる”お雇い外国人教師”として東京大学医学部博物学教授に招かれたドイツの動物学者である。彼は1879-1881年の滞在期間、殊に最終年には精力的に日本の海産動物の収集に奔走している。
 彼が特に目を付けたのは、なんと江ノ島の土産物屋で、上記の論文にも「労力と費用を惜しまなければ、つまり毎週1回は江ノ島を訪れてすべての土産物屋を徹底的に探しまわるならば、一流の博物館に陳列することができるほどの海産動物コレクションをかなり短期間で整えることができよう。」と述べている。実際、デーデルラインはかなりの行動派で、中でもガラス海綿の一つであるホッスガイに対する執着はすさまじく、土産物屋で購入するだけでは飽き足らず、採取地を聞き取り調査したり、漁師を雇って漁に同行して、最終的には自ら探り当てたポイントにドレッジ(曳網)を指示するすることにより、ホッスガイをゲットしてしまうのだ!このエネルギッシュな行動力はスゴイ!彼のような教授に、私も学生時代に出会いたかったものである。
 ちなみにホッスガイとはどのようなものか?というと、これは言葉で説明するのが難しい。ホッスとは、払子(ほっす)というお坊さんなどが持つという仏法具に似ているから命名されたというが、そもそも払子がどういうものやら想像つかないでしょう?まぁ、ネットで検索でもしてみて下さい。そしてホッスガイが払子に似ているかというと、それがそうでもないのだ。ワタクシ的には、「綿棒の超デカいヤツ」という陳腐な表現しか思い浮かばないのだが、デーデルライン先生が魅力を感じたという点においては、大いに共感が持てる。ヘンだけど、なんかイイのだ。
 カイロウドウケツとホッスガイ、これは是非とも欲しくなってきた。そして出来れば、デーデルライン先生と同じような入手ルートで手に入れられれば、これはまさしくロマンである。130年の時を越えた江ノ島の土産物屋街に、この状況は果たしてまだ成立し得るのであろうか?
 前置きがスゴく長くなってしまったが、今回のテーマは「ガラス海綿を買いに、江ノ島へ――。」である。
▲参道入口付近は、いつの時代でも人で賑わう。 ▲甲殻類をメインに展示するショーケース。すべて非売品。
 江島神社へと続く参道沿いの土産物屋街については、今さら説明するまでもないだろう。テレビや雑誌でも一年を通じて頻繁に取り上げられ、近年では温泉施設までできる発展ぶり。130年を経た今も賑わいは色褪せていない。だが、土産物屋の業態というのは、今と昔とではだいぶ変わっただろう。貝殻や海産生物の標本を売る店は、明治期には40軒近くもあったという話だが、果たしてまだ存在しているのだろうか?
 その考えは杞憂に終わった。平成を迎えた今の時代にも、立派に存在しているのだ。しかも8軒も!
 その中でも3軒は、かなりマニアックな海産生物標本まで陳列していた。『渡邊本店』では、店頭のショーケースに甲殻類の標本が種類豊富に並べられている。エノシマサンゴやアコヤ貝と真珠のセット品なんかもあるのだが、すべて非売品となっている。どうやら販売しているのは店内の貝殻関連品だけらしい。かつては海産生物全般的な取り扱いがあったのだろうか?ちょっと残念。
 だが、江ノ島参道入口付近に隣り合うように並ぶ『寶月商店』と『堀江商店』は、私のマニアックな想いに見事応えてくれた。どちらの店も、競い合うようにショーケースに珍しい貝や貝細工品、サンゴを並べ、その中にはカイメンの標本も見て取れる。展示してあるのは、おそらくザラカイメンという種類のものだろうか?貝殻などと共に海底の情景をイメージさせるようなジオラマ的置物になっている。ザラカイメンなんて、これまで全然興味も無かったのだが、こうしてみると無性に欲しくなってきた。だが、自分で言うのも何だが、江ノ島でこんな気分になる人っているんだろうか?今、目の前の参道には無数の観光客が川の流れの如く押し寄せているわけなんだけども、その流れに向かって、「カイメンの置物、買ってでも欲しい人ー!」と尋ねたら、何人くらいの人が手を挙げてくれるのだろう?まぁ、余計なお世話ですね。
 くだらないことを考えながらショーケースを眺めていると、オキナエビスやアオイガイも見つけることが出来た。おぉ!これはホントにマニアックだぞ!オキナエビスは別名「長者貝」・「生きている化石」とも言われ、高価で貴重なもの。デーデルライン以前に、かつてヒルゲンドルフがこの江ノ島の土産物屋で発見し、世に知らしめたエピソードが有名だ。つまりデーデルラインの江ノ島通いは、ヒルゲンドルフからの情報を得ての行動だったことが窺い知れる。アオイガイは、この貝殻の持ち主は実はタコという変わり種。葵の葉状の貝殻が白く繊細でとても美しく、日本海沿岸で冬に多く漂着するという。これはいつか自力で採取すると心に決めているので、購入したい気持ちをグッと堪えた。(結構高価だったということもあるが。)
 そしてついに!お目当ての白い筒籠状の造形物・カイロウドウケツを確認!まさかとは思ったが、ガラス海綿、ホントに今でも売っていたのだ。
▲珍しい貝殻が数多く陳列されている。アオイガイも! ▲ザラカイメンの置物に、激しく心が揺らぐ!
 『寶月商店』と『堀江商店』、そのどちらにもカイロウドウケツは売っていたのだが、さすがに2つは必要ない。そこで一方では素晴らしく白いタコブネの貝殻個体を見つけたので、それを購入しつつ、両店にカイロウドウケツのお話を伺うことにした。
 お店の人の話では、カイロウドウケツについてはその由来などもご存知で、以前からずっと販売を続けているという。ただ、知ってて買いに来る人はやはり稀らしい。店頭で「これ、何ですか?」と訊かれて説明するうちに、興味を持たれて購入する人もいるということ。あ、やっぱりそういうアプローチもあるのでしょうな。私がザラカイメンの置物に惹かれたように。(←買わなかったが。)
 ちなみに、結婚式の『結納の品』という名目で購入される方とかっているんですか?と訊くと、「ないない、そんなこと」と一笑に付されてしまった。鎌倉や茅ヶ崎界隈でも、カイロウドウケツを結納の品に贈るなんて風習はないらしい。じゃあ、いったい何処の風習なんだ!?文献とかにはまことしやかに書かれているが、ひょっとして都市伝説(漁村伝説)なのか?謎は深まるばかりだ。
 「ただ、昔はそういうのがあったのかも知れないね。」
 そう言って、『寶月商店』の主人が購入したカイロウドウケツを入れてくれた化粧箱は、金と白の鶴の飛び交う、まさしくアレ的な縁起物の絵柄のシロモノだった。このような箱で納品されてくるということは、やはりどこかの地域でカイロウドウケツを贈る風習は確かにあるのかも知れない。
 ここで誤解のないように断っておくが、現代の江ノ島の土産物屋で売られているこれらの海産生物標本は、ほとんどが貝殻問屋から採取地の指定なく仕入れられたものであるため、特に相模湾産・江ノ島産というモノでもない。今回購入したカイロウドウケツも然り。デーデルラインの時代のように、三崎の漁師たちから買い付けるといった流通経路は、さすがにもう無いらしい。それでも、なんとなくこうして、デーデルライン先生と同じ足跡でガラス海綿購入の流れを追体験できたことが、非常に嬉しく思うのである。
 ところでホッスガイはどうなったのか!?と詰問されそうだが、上記8軒の土産物屋さんで「ホッスガイというものはありますか?」と尋ねてみたところ、ほとんどのお店から「ホッスガイ?それどんな貝?」という返答をいただいてしまったので、これは早々に捜索を諦めた。
 最後に念のため書いておくが、ホッスガイは貝ではない。……念のため、ね。
▲ついに見つけたカイロウドウケツ!無造作に吊り下げられていた。 ▲いかにも『縁起物』っぽい収納箱が用意されていた。
 帰宅後、ついに念願のカイロウドウケツをその手で触れることが実現した。
 まるで極細のテグスを編み込んだような繊細かつ優美な形状は、少しばかりの衝撃でシャリシャリと崩壊してしまいそうな様相だが、触れると意外にも固く、しっかりとした骨格質の構造であることが分かる。恐る恐る握っても大丈夫。おそらく砕けるほど強く握ったら、こちらの手の皮膚の方がそれなりのダメージ受けることになるだろう。(もったいないのでやりません。)
 ガラス海綿、確かに固いガラス質で構成された、芸術的なフォルムの海産生物であるということは実感できた。が、ここで私は、今さらながらにある重要なコトに気が付いた。 『偕老同穴』の故事の通り、カイロウドウケツの標本の内部には、ドウケツエビの一組の標本も存在しなくてはならないのだ。これはカイロウドウケツ・ファン(!?)としては、押さえておくべき基本中の基本項目だったのだが、土産物屋では海綿自体の外見と状態の美しさを重視するあまり、エビの有無については迂闊にもノーチェックだった。

 結果、私の選んだカイロウドウケツは……一組どころか、一匹のエビも入っていなかった。
 結納の品としては、まったくの意味不明なものになってしまった。皆さんも、カイロウドウケツを贈られる際にはご注意を!


2008/10/21(初稿):2016/06/14(再調査)