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山口母子殺人事件

1999年(平成11年)4月14日午後2時すぎ、山口県光市の新日本製鉄の社宅アパートで会社員の本村洋(当時23歳)宅に排水検査を装った同じ社宅アパートに住む男性会社員(当時18歳)が婦女暴行目的で本村の妻の弥生(23歳)を襲い、抵抗されたため首を手で絞めて殺害してから凌辱した。さらに、長女の夕夏ちゃん(11ヶ月)が母親の遺体の近くで泣き叫んだため、夕夏ちゃんを床に叩きつけた上で、もってきたヒモで首を絞めて殺害し、2人の遺体を押し入れに隠してから財布を盗んでゲームセンターへ行った。加害者の少年はこの日、水道工事会社を無断欠勤して犯行に及んでいる。
2000年(平成12年)1月23日、本村は同じく妻を殺害された元日本弁護士会副会長の岡村勲(1997年、山一証券問題で逆恨みした債権者により、自宅を襲撃され、妻を殺害された)らとともに「犯罪被害者の権利確立」「被害回復制度の確立」「被害者の支援」を柱とした犯罪被害者の会(後に全国犯罪被害者の会と改称)を設立し、岡村が代表幹事、本村が幹事に就任したが、この日、第1回シンポジウム「犯罪被害者は訴える」が開催された。他の幹事には、桶川女子大生ストーカー殺人事件の猪野京子、神戸須磨児童連続殺傷事件の土師守などがいる。
全国犯罪被害者の会 NAVS【あすの会】
3月22日、山口地裁は、「被告は精神的に未熟で更生の可能性がある」として、死刑を求刑されていた少年に無期懲役を言い渡した。閉廷後、死刑を求めていた本村は「司法に絶望した。早く被告を社会に出してほしい。私がこの手で殺す」と話した。検察は控訴した。
判決要旨は次の通り・・・・・・『毎日新聞』(2000年3月22日付)より

◇罪となるべき事実◇

【 第1 】 1999年4月14日午後2時半ごろ、山口県光市室積沖田4番の本村洋方において、同人の妻の本村弥生で、主婦(23歳)に強姦しようと企て、居間にいた主婦の背後から抱き付き、仰向けに引き倒して馬乗りになるなどの暴行を加えたが、主婦が大声を出して激しく抵抗したため、殺害したうえで目的を遂げようと決意し、馬乗りになった状態で首(頚部)を両手で強く絞め、窒息死させて殺害、乱暴した。

【 第2 】 同日午後3時ごろ、当時11カ月の長女が激しく泣き続けたため、付近の住民が駆けつけるなどして犯行が発覚することを恐れ、泣きやまない長女に激こうして殺害を決意し、居間で長女を床にたたきつけるなどしたうえ、首にひもを巻いて強く引っ張って絞め付け、窒息死させて殺害した。

【 第3 】 2記載の日時場所において、主婦の現金約300円及び地域振興券6枚(額面計約6,000円)など在中の財布1個(時価計約17,700円)を窃取した。

◇量刑の理由◇

1 本件は、被告人が排水検査を装って被害者ら方を訪問し、同所において主婦を乱暴しようとするも、激しい抵抗にあったことから、同女を殺害して乱暴しようと考えて同女を殺害して乱暴した上、その傍らで泣き叫んでいた生後11か月の乳児を殺害し、右主婦の管理にかかる財布等を窃取したという事案である。被告は、公判で、被害者方を訪問するまでは強姦する意思はなかったと供述するが、不自然かつ不合理であり採用できない。

2 被告人は、自己の性欲の赴くままに判示第1の犯行に及び、その傍らで泣き叫んでいた乳児を右犯行の発覚を免れるためなどの理由で判示第2の犯行に及んだものであり、誠に身勝手かつ自己中心的なその犯行動機に酌量の余地は全くない。

そして、その犯行態様は、極めて冷酷かつ残忍であり、非人間的行為であるといわざるを得ない。また、被告人は犯行後その発覚を遅らせるために、遺体を隠匿したり、罪証隠滅のため自己の指紋の付いた物品を投棄したり、窃取した地域振興券を使用する等犯行後の情状も極めて悪い。

他方、本件各犯行当時、被害主婦は23歳の若さ、被害児はわずか生後11か月であり、何らの落ち度もなく、幸福な家庭を築いていた被害者らの無念さは筆舌に尽くし難いものであり、遺族が本件各犯行によって被った悲嘆、怒り、絶望感は察するに余りある。当公判廷において証言した右主婦の夫及び実母がいずれもこぞって峻烈な被害感情を表し、被告人を死刑に処してほしいと強く要求しているのは、至極当然であるところ、これに対し、慰藉の措置は全く講じられていない。

さらに、本件各犯行は、平日の白昼に集合団地の一室で発生した凄惨な事件であって、マスコミにも「光市母子殺人事件」として大きく取り上げられ、近隣住民に与えた恐怖感や、一般社会に与えた不安感、衝撃は計り知れないものがある。

3 しかし、83年7月8日の最高裁第2小法廷判決が示したところに従って本件を検討すると、殺害は事前に周到に計画されたものでなく、被告には前科がなく犯罪的傾向が顕著であるとはいえない。当時18歳と30日の少年であり、内面が未熟で発育途上にある。被告の実母が中学時代に自殺したなど、家庭環境が不遇で成育環境に同情すべきものがあり、それが本件の犯行に至るような性格、行動傾向の形成に影響した面が否定できない。加えて、捜査段階で一貫して犯行を認めており、公判廷で示した遺族に対する謝罪の言葉は必ずしも十分とは言いがたいが、被告人質問や最終陳述の際に被害者らに思いを致し、涙を浮かべた様子からすると、一応の反省の情の表れと評価できる。被告にはなお人間性の一端が残っており、矯正教育による改善更生の可能性がないとは言いがたい。

4 以上によれば、本件はまことに重大悪質な事案ではあるが、罪刑の均衡、一般予防の見地からも極刑がやむを得ないとまではいえず、被告には無期懲役をもって、矯正による罪の償いをさせるのが相当である。

『週刊新潮』(2000年3月28日号)に、少年の写真と実名入り記事が掲載されたが、この記事は本村洋による手記で、東京法務局は少年被告の名前を掲載したのは人権侵害だとして、『週刊新潮』に謝罪を求めたが、これについて本村は記者会見で「実名掲載を希望したのは自分。謝罪を求めるなら私に言うのが筋だろう。法務局は一体どの部分で私が人権を侵害したのか言ってほしい」と述べた。

広島高裁の控訴審での争点は少年が友人に送った数通の手紙に書かれた、本村を<あいつは調子づいてる>といった侮蔑する内容の手紙から「反省する素振りも見られない」として改めて死刑の適用を求める検察の主張と実母の自殺等の要因から精神的に未熟であった少年の「更生の余地はある」とする弁護側の主張にあった。

2002年(平成14年)3月14日、広島高裁は「更生の余地がある」とした1審判決を支持し、控訴を棄却した。検察側は上告した。

2006年(平成18年)6月20日、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長・上田豊三判事代読)は、死刑を求めた検察側の上告を認め、広島高裁の無期懲役判決を破棄、審理を高裁に差し戻した。最高裁が無期懲役判決を破棄・差し戻したのは、1983年(昭和58年)7月の永山則夫連続射殺魔事件(被告人・永山則夫/死刑確定)の判決、1999年(平成11年)12月の福山市女性強盗殺人事件(被告人・西山省三/死刑確定)の判決以来、3例目。

12月27日、広島高裁と広島高検、弁護団は初めての3者協議を開き、殺人などの罪に問われた男性被告の差し戻し審の初公判を5月24日に開くことを決めた。弁護側は立証予定を記載したメモを提出。被害者の司法解剖の再鑑定書を証拠請求するほか、被告人質問や情状証人の尋問を計画。被告の精神鑑定を実施し、刑事責任能力を争う構えも示した。

2007年(平成19年)2月19日、弁護団は広島市内で会見し、独自に精神鑑定と情状鑑定を実施し、広島高裁に証拠申請する方針を明らかにした。また、元少年に殺意はなく、傷害致死罪にあたるなどとする従来の弁護方針を貫くことを強調した。

5月24日、広島高裁(楢崎康英裁判長)で差し戻し控訴審の初公判が開かれた。差し戻し審の焦点は、最高裁が死刑回避に必要と指摘した「特に酌量すべき事情」の有無。検察側は「無期懲役判決の『殺害の計画性が認めがたい』という点は不当」とする一方、弁護側は「著しい精神的未発達がもたらした事件」と主張、独自に実施した犯罪心理鑑定や精神鑑定の結果などの証拠採用を請求した。

検察側と弁護側のそれぞれの意見書要旨は次の通り・・・・・・『産経新聞』(2000年5月25日付)より

■成人と区別する合理的根拠ない

【検察側】差し戻し審では最高裁判決が認定した各犯罪事実を前提とした上、情状面において、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかに焦点を当て、迅速に審理することが求められている。

本件は強姦目的で主婦を殺害した上、姦淫し、生後11カ月の乳児まで殺害したもので、その慄然(慄然)たる犯行はおよそ少年特有の非行行為とはかけ離れている。その責任と量刑判断において、成人と少年を区別すべき合理的根拠はない。また、少年法は精神年齢などの精神的成熟度を要件としておらず、死刑を適用する場面において、そもそも精神的成熟度を検討する必要性はまったくない。

本件は犯罪行為自体の客観的な悪質性のほか、遺族の被害感情、社会に及ぼした影響などを適正に評価し、国民の健全な法感情を考慮して判断すれば、極刑以外に選択の余地がない。1審判決は死刑適用の判断方法を誤り、過去の裁判例と形式的に比較し、被告の更生可能性の有無に集約させた主観的事情を殊更重視して無期懲役刑に導いたものであって、著しく正義に反し不当であり、すみやかに是正されなければならない。

■強姦殺人ではなく、傷害致死罪

【弁護側】弁護人はこれまでに2つの法医鑑定と犯罪心理鑑定、精神鑑定を依頼し、その結果、1審判決および旧控訴審判決はもとより、上告審判決も事実の認定や量刑に誤りがあることが明らかとなった。当公判廷において、それらの誤りを正すとともに、被告が反省し罪を償うために、今後どのように生きていこうとしているかを明らかにしたいと考えている。

弁護人が明らかにしようとしている事実の概略は、(1)強姦殺人ではなく、失った母への人恋しさに起因した事件であり、被害者に対しては傷害致死罪にとどまる(2)被告の精神的な未発達がもたらした偶発的な事件であり、被害児に対しても殺意は存在しない(3)被告は極度の退行状態にあり、成人と同様に非難することはできない(4)被告は自分の過ちを現実感をもってとらえることができなかったが、26歳になり、反省と贖罪(しょくざい)の意を深めている−である。

最高裁の審理は被告の弁護を受ける権利を侵害する異常にして異様なものだったと言わざるを得ない。また、永山基準を逸脱し、実質的な判例変更に該当するにもかかわらず、これを小法廷で審理、判断したことは違法である。

5月29日、この事件に絡む脅迫状が日本弁護士連合会に届いていたことが分かった。殺人罪などに問われている元少年の主任弁護人を務める安田好弘弁護士の名前を挙げて脅す文面で、銃弾のような物が同封されていた。脅迫状はA4判の紙1枚で、<凶悪な元少年は抹殺しなければならない。それができないならば、元少年を守ろうとする弁護士たちから処刑する><最悪の場合は最高裁判所長官並びに裁判官を射殺する>いった趣旨の文章が印字されていた。差出人の欄には、架空とみられる団体名が書かれていたという。

安田好弘・・・1947年、兵庫県生まれの弁護士。第2東京弁護士会所属。1975年、一橋大学法学部卒業。1977年、司法試験合格。1980年、司法修習終了。同年8月19日の新宿駅西口バス放火事件(被告人・丸山博文)などの有名な死刑求刑事件で弁護を担当し、死刑判決を回避(無期懲役が確定)させた。その後、オウム真理教(現・アレフ)の麻原彰晃(死刑確定)の主任弁護人や和歌山毒カレー殺人事件(被告人・林真須美/死刑確定)、耐震偽装マンション事件(被告人・ヒューザーの小嶋進社長/懲役3年・執行猶予5年が確定)など世間を騒がせた重大事件の被告人の弁護に当っている。安田はマスコミから極悪人のレッテルを貼られた人間を、正当な裁判もないまま葬ってしまおうとする昨今の風潮を民主主義の危機として強く危惧している。また、そうした風潮が、近代法の前提たる推定無罪原則からの司法の逸脱を許しているとして、世論に迎合する司法の堕落ぶりも批判している。主な著書・・・『「生きる」という権利 麻原彰晃主任弁護人の手記』(講談社/2005)

6月26日、広島高裁で差し戻し控訴審第2回公判が開かれ、被告人質問が始まった。元少年は「(弥生さんに)甘えたいと思って抱き付いた。危害を加えるつもりはなかった」と述べ、殺意と乱暴目的を否認した。元少年は「赤ちゃんを抱くお母さんに甘えたいという衝動に駆られた。後から抱きついたが、性的なものは期待していなかった」などと、殺意や強姦目的を否認した。

翌27日、広島高裁で差し戻し控訴審第3回公判が開かれ、弁護側の被告人質問で元少年は、赤ちゃんの首を絞めた認識について「ありません」と述べ殺意を否認した。弁護側は差し戻し審初公判で「夕夏ちゃんについては、泣きやまないので首にひもをまいて、蝶々結びにしたら死んでしまった」などと主張。この日の被告人質問で元少年は「事件当初は赤ちゃんの首にひもを巻いたこと、蝶々結びにしたことすら分からない状態だった。取り調べの際、ひもを提示されて、蝶々結びにしたことなどを知らされた」などと述べた。また、「夕夏ちゃんを押し入れの天袋に入れた」と話し、理由について「押し入れはドラえもんの何でも願いをかなえてくれる四次元ポケットで、ドラえもんが何とかしてくれると思った」と説明。更に、死亡した弥生を姦淫したことについて「生き返ってほしいという思いだった。(以前に読んだ本を通じて)精子を女性の中に入れて復活の儀式ができるという考えがあった」と述べると、遺族はハンカチを目に当て、すすり泣いた。午後から弁護側が申請した日本福祉大教授の加藤幸雄(さちお/犯罪心理学)の証人尋問が行われたが、被告の心理面について、加藤教授は「親密な関係にあった実母が自殺したため、孤立して12歳から自立できず、通常の18歳の人格ではなかった」と述べ、心と身体のアンバランスな成長を指摘した。

加藤幸雄・・・1947年生まれの心理学者、臨床心理士。専門は臨床心理学、社会心理学。日本福祉大学の副学長・常任理事、日本司法学会常任理事などを務める。主な著書・・『青春と非行 非行の発達心理学』(ミネルヴァ書房/共著/1980)

翌28日、広島高裁で差し戻し控訴審第4回公判が開かれ、前日に続き、弁護側の依頼で元少年の犯罪心理鑑定をした日本福祉大の加藤幸雄教授の証人尋問があった。加藤教授は「自我が低下した中で、弥生さんに優しく接してもらい、亡き母のように甘えさせてくれるはずだという強い思いこみが(元少年に)生じた」と分析。一方、動かなくなった弥生の体を触ったことについては「母に対する依存感情が性的願望として大きくなっていくことはあり得るので、性的感情が全くなかったという元少年の主張は必ずしも適切ではない」と述べた。この他、1審前の少年鑑別所の記録で「退行した精神状況だった」などと、今回の鑑定と類似した結果が出ていたことも指摘した。公判後に記者会見した弁護団は「被告が語った内容で事実関係の一部が明らかにでき、内容は遺体の痕跡とも合致している。今後の裁判で重要な部分が証明されていくだろう」と語った。

7月9日、殺人罪などに問われている元少年の主任弁護人を務める安田好弘弁護士を脅迫する内容の文書が、朝日新聞東京本社(東京都中央区)と読売新聞東京本社(千代田区)に届いていたことが分かった。朝日新聞の封筒には銃弾のようなものが1発同封されていた。差出人は千葉県東金市の右翼団体「東金山匝塾(とうがねさんそうじゅく)」となっていた。

7月24日、広島高裁で差し戻し控訴審第5回公判が開かれ、元少年は改めて乱暴目的を否定した。弁護側は、殺害前後の状況を中心に被告人質問した。元少年は事件当日、排水検査を装ってアパートを回ったことについて「ロールプレーイングゲーム感覚だった」と説明。本村宅を2回訪れたのは「優しそうな弥生さんと話したかったから」とし、乱暴するためでないと述べた。

翌25日、広島高裁で差し戻し控訴審第6回公判が開かれた。弁護団の依頼で法医鑑定をした2人の証人尋問があり、殺害状況の再現実験などから「傷跡と捜査段階の自白が整合しない」と検察側の主張する絞殺方法を否定した。 日本医科大教授の大野曜吉(法医学)は、殺害された妻の弥生について「首に両手で絞められた跡は見られない」と説明。あごに残る円形の傷は、元少年が背後から腕で首を絞めた際、作業着袖の金属製ボタンが当たったと考えられるとした。長女の夕夏ちゃんを床にたたき付けたとする点には「(事実なら)脳に損傷があるはずだ」と否定。「首の後部でひもを強く絞めた跡はない」とも述べた。元東京都監察医務院長の上野正彦(法医学)は、右手を逆手にして弥生の首を押さえたなどとする差し戻し審での被告の供述は「(遺体の状況と)一致する」と指摘した。

大野曜吉・・・1978年、東北大学医学部卒業後、同大学院・助手を経て1985年、琉球大学医学部法医学助教授(1986年に起きたトリカブト保険金殺人事件[被告人・神谷力/無期懲役が確定/被害者・神谷の妻]において、大野助教授は神谷の妻の検死医で、妻の死因を急性心筋梗塞と判定したものの納得できないものを感じて心臓や血液を保存していたが、東北大の協力を得て血液から毒草トリカブトに含まれるアコニチンを検出したことなどから事件を解決へと導いた)。1990年、日本大学医学部医学助教授、1992年、日本医科大学医学教授、1998年から、早稲田大学法学部で法医学、賠償医学、同大学院研究科で法医学研究を担当。2004年、大学院法務研究科で法医学担当。

上野正彦・・・1929年、茨城県生まれの医学博士。元東京都監察医務院長。1954年、東邦医科大学卒業後、日本大学医学教室に入る。主な著書・・・『死体は語る』(文春文庫/2001) など多数。

翌26日、広島高裁で差し戻し控訴審第7回公判が開かれた。弁護側の依頼で元少年の精神鑑定をした関西学院大教授の野田正彰の証人尋問があり、野田教授は「人格発達は極めて遅れており、他の18歳と同様の責任を問うのは難しい」と述べた。野田教授は、元少年の父親が妻と元少年に繰り返し暴力を振るっていたことが、元少年の内面に大きな影響を与えたと指摘。その上で「事件当時までの人格発達は極めて遅れており、更に母親の自殺で停滞した」と述べた。

野田正彰・・・1944年、高知県生まれ。北海道大学医学部卒業。長浜赤十字病院精神科部長、神戸市外国語大学教授、京都造形芸術大学教授、京都女子大学教授を経て、2004年、関西学院大学教授。主な著書・・・『犯罪と精神医療』(岩波現代文庫/2002) など多数。

9月3日、弁護団の今枝仁弁護士ら4人は大阪弁護士会所属の橋下(はしもと)徹弁護士(当時38歳)が、読売テレビ制作の番組『たかじんのそこまで言って委員会』で、差し戻し控訴審の被告弁護団に対する懲戒請求を視聴者に呼びかけたことで業務を妨害されたとして、橋下弁護士を相手取り、1人当たり300万円の損害賠償を求め、広島地裁に提訴した。橋下弁護士は5月27日放送のこの番組の中で、「弁護団を許せないと思うなら、弁護士会に懲戒請求をかけてほしい」などと発言していた。

橋下徹・・・1969年、東京都渋谷区生まれ、大阪市東淀川区育ちの大阪弁護士会所属の弁護士。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。

橋下綜合法律事務所 / 弁護士 橋下徹 オフィシャルウェブサイト / 光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ

9月5日、弁護団によって損害賠償請求訴訟を起こされた橋下弁護士は東京都内で会見し「法律家として責任をもって発言した。違法性はないと確信している」と反論、全面的に争う姿勢を示した。橋下弁護士は「差し戻し審でなぜ大きく主張を変えたのか、被害者や社会に分かるように説明すべきだ」と弁護団を批判した。その後、原告の4人は各約300件の懲戒請求を受け、対応に追われて業務に支障が出たと主張、1人当たり300万円の賠償を求めている。原告4人を含む弁護団22人への懲戒請求は、全国で3900件に上っている。

9月15日、被害者遺族の本村の原作『天国からのラブレター』(本村が弥生と交わした往復書簡を中心に構成された著書)が同タイトルで映画化(監督・山口円)されたが、この日、東京の渋谷のUPLINK Xで封切られ、本村が映画公開までこぎつけてくださったお礼がしたいと、この日上京し、劇場に姿を見せ、「とりとめのないカップルのラブストーリーです。何げない一瞬の大切さや見終わって優しい気持ちになっていただけば」と舞台挨拶した。

『天国からのラブレター』(新潮社/2000)

9月18日、広島高裁で差し戻し控訴審第8回公判が開かれた。元少年は供述変遷をめぐる被告人質問で「必ずしも(当初から起訴事実を)認めていたわけでない」と説明した。捜査段階の自白調書について、元少年は「検察官から『死刑にならず生きて償ってほしい』と言われ、調書にサインした。人をあやめた負い目もあった」と話した。逮捕直後は自殺したいという気持ちが強かったとし、1審・山口地裁で無期懲役判決を受けた際は「こんな軽いものでいいのかと思った」とも明かした。 

翌19日、広島高裁で差し戻し控訴審第9回公判が開かれた。昨日に引き続き、この日も弁護側の被告人質問が行われた。元少年は被害者の本村弥生(当時23歳)を死亡させた経緯をめぐり、上告審での主張と差し戻し控訴審での供述が異なる点について「頭の中でのできごとと実際に起こったことの区別がついていなかった」と供述した。最高裁に提出した上申書で、弥生への性的暴行を「絶望の中での行為」としたことに関しては、この日の公判では「死者を生き返らせるためという記憶はあったが、裁判長がこわくてばかにされると思い、上申書には書けなかった」と説明した。また、広島拘置所で教戒を受け始めた動機を「当時はもうすぐ23歳になろうとしていた。亡くなった弥生さんが23歳だったことは認識していたので、いたたまれなくなった」と明かし、「(教戒師に話したことで)受け入れてくれる安心感と、もう一つは失礼なんだけど、しょいきれない責任の重みを感じていた」と述べた。

翌20日、広島高裁で差し戻し控訴審第10回公判が開かれた。午前は検察側申請の川崎医療福祉大の石津日出雄教授(法医学)の証人尋問が行われた。2人の殺害について、弁護側が「口をふさごうと右手の逆手で首を押さえた」と主張したことに対し、石津教授は「力が入らず、簡単に払いのけられる。現実的にはあり得ない方法」と懐疑的な見方を示した。被害者遺族の本村が5年9ヶ月ぶりに法廷に立ち、元少年を前に意見陳述した。「心の底から真実を話していると思えない。君の犯した罪は万死に値する。自らの命をもって罪を償わなければならない」と改めて死刑判決を求めた。本村は「(1、2審で)起訴事実を認め、反省していると情状酌量を求めていたが、すべてうそだと思っていいのか。ここでの発言が真実だとすれば君に絶望する。この罪に対し、生涯反省できないと思うからだ」と述べた。意見陳述を受けての被告人質問で、元少年は「事件と向き合うことができず、(真実を)言えなかった。(今法廷で)述べたことは真実です」と述べた。その上で、「亡くなった2人のことを考えると、生きたいとは言えません。よければ生かしていただきたい」と述べた。生きて何をしたいのかと問われ、「拘置所で本村さんに会いたい。謝りたい。会えるような自分を目指したい。法廷では、本村さんの中に作っているモンスターを見てるから、僕自身を見てほしい」と訴えた。

石津日出雄・・・1965年、岡山大学医学部卒業。1970年、岡山大学医学研究科博士課程終了。2001年、岡山大学医学部教授。2006年、川崎医療福祉大学教授&岡山大学名誉教授。主な著書・・・『標準法医学・医事法』(医学書院/2006)

10月17日、弁護団(22人)の1人である今枝仁弁護士(広島弁護士会)が元少年によって解任されていたことが分かった。今枝弁護士は自身のブログで、法医鑑定を中心にした弁護方針に不満を表明。強姦の計画性がなかったことや、更生可能性などに重点を置いた主張をすべきだとして意見が対立したことを記していた。15日のブログで弁護人辞任を明らかにしたが、元少年が「辞めないでほしい」と言ったことからいったん留保。しかし、16日に一転して解任する書類を元少年が書き、弁護団から写しが届けられたという。

関連自著・・・『なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか』(扶桑社/今枝仁/2008)

翌18日、広島高裁で差し戻し控訴審第11回公判が開かれ、検察側の最終弁論が行われた。検察側は「被告に、特に死刑を回避すべき特別な事情を一切見いだすことはできない」と死刑を求めた。検察側は、差し戻し審で元会社員が1、2審で認めていた殺意や乱暴目的を一転して否認したことについて「被告は事実を捏造、歪曲し、死刑を逃れようとしている。反省どころか弁解に終始し、被害者遺族にさらなる苦痛を与えている」と厳しく批判した。

11月27日、東京弁護士会が差し戻し控訴審の弁護団(約20人)の弁護士に対する懲戒請求問題で、「正当な刑事弁護活動の範囲内で、懲戒しない」と議決していたことが分かった。同弁護士会が所属弁護士1人について調査した結果をまとめた22日付の議決書によると、この弁護士は「広島高裁の公判で非常識な主張をし、被害者の尊厳を傷つけた」などとして懲戒請求されていた。これに対し弁護士会は「社会全体から指弾されている被告であっても、被告の弁明を受け止めて法的主張をするのは正当な弁護活動。仮に関係者の感情が傷つけられても正当性は変わらない」と退けた。

12月4日、広島高裁で差し戻し控訴審第12回公判が開かれ、弁護側が最終弁論で「被告に生きる道しるべを指し示す判決が願いだ」と述べ、改めて死刑回避を求め、結審した。

12月26日、大阪弁護士会が差し戻し控訴審の弁護団の弁護士に対する懲戒請求問題で、懲戒しない方針を固めたことが関係者の話で分かった。「正当な刑事弁護活動の範囲内」と判断したとみられる。近く請求者に通知する。東京と仙台の弁護士会が同様の結論を出しているが、橋下氏の所属する大阪弁護士会の判断が注目されていた。

2008年(平成20年)2月28日、広島弁護士会も差し戻し控訴審の弁護団に対する懲戒請求問題で、所属弁護士7人の懲戒を行わない決定をした。広島弁護士会綱紀委員会は審議の結果、「適正な弁護活動だった」と判断した。

4月15日、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会(川端和治委員長)はこの山口母子殺人事件の裁判をめぐるテレビ報道について、「多くが極めて感情的に制作されていた。広範な視聴者の知る権利に応えなかった」とする意見書を発表した。個別の番組の名を挙げた指摘はしなかったが、「被告弁護団対被害者遺族という対立構図を描き、前者の異様さに反発し、後者に共感する内容だった」とし、「公平性の原則を十分に満たさない番組は、視聴者の認識、思考や行動にストレートに影響する」と指摘した。一連の報道では「一方的な弁護士批判や事実誤認、歪曲があった」と市民団体から指摘があり、BPOはNHKと民放7局の20番組33本について調査していた。

4月22日、広島高裁で差し戻し控訴審の判決公判があった。楢崎康英裁判長は「死刑を回避すべき事情は認められない」と述べ、無期懲役の1審・山口地裁判決を破棄、求刑通り死刑を言い渡した。元少年は上告した。

差し戻し審で元少年は、母子への殺意や強姦目的を否定する新たな供述を行った。弥生について「自殺した母親のイメージを重ね、甘えたいとの気持ちから抱きついたら抵抗され、誤って死なせた」「生き返ってほしいという思いから強姦した」、夕夏ちゃんについては「首を絞めた認識がない」と新たに主張した。楢崎裁判長は、その信用性について「起訴後、6年半以上経過してから新供述を始めたのは不自然。死刑回避のための虚偽供述で、酌量すべき事情を見いだす術(すべ)がなくなった」と指摘した。弥生殺害について「右手で首を押さえて死亡させた」とする元会少年側の主張を「遺体の状況と整合しない」と退け、強姦については「性的欲求を満たすためと推認するのが合理的。女性が生き返るという発想は荒唐無稽で到底信用できない」と、計画性も認定した。夕夏ちゃん殺害の殺意を否認する供述の信用性も否定した。犯行について「極めて短絡的、自己中心的で、結果は極めて重大」と指摘したうえで、死刑を回避すべき事情があるかを検討。事実認定を争う差し戻し審での元少年の態度について、「自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑回避に懸命になっているだけで、遺族への謝罪は表面的。反省謝罪の態度とは程遠く、反社会性は増進した」と述べ、「18歳になって間もない少年であると考慮しても極刑はやむを得ない」と述べた。

10月2日、広島地裁で橋下徹弁護士のテレビ番組での発言で懲戒請求が殺到し業務に支障が出たなどとして、被告の元少年の弁護士4人(広島弁護士会)が計1200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決があり、橋本良成裁判長は「発言と懲戒請求との間に因果関係があることは明らか」として橋下に原告1人当たり200万円、計800万円の支払いを命じた。橋下は控訴した。

12月12日、橋下徹弁護士が遅延損害金を含め計約856万円を原告の弁護士4人に支払っていたことが分かった。橋下は報道陣の取材に「遅延損害金が1年で40万円かかるので、まず先に払うことにした」と説明。さらに「自分の表現方法をおわびする気持ちは変わっていないが、表現の自由について自分の思うところがあったので控訴はしている」と述べた。原告側は橋下弁護士側の控訴を受けて附帯控訴の準備を進めており、「趣旨は不明だが賠償の一部として受領した」としている。

2009年(平成21年)7月2日、広島高裁で被告の元少年の弁護士4人(広島弁護士会)が計1200万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決があり、広田聡裁判長は計800万円の支払いを命じた1審広島地裁判決を変更し、橋下に計360万円の支払いを命じた。その後、原告、被告ともに上告した。

10月5日、元少年が自分を実名表記したルポルタージュ本(『福田君を殺して何になる』)について、広島地裁に出版差し止めなどを求める仮処分を申し立てた。出版社・インシデンツ(東京都日野市)や著者の一橋大職員で元フリーライターの増田美智子は実名表記について元少年の承諾を得たと主張しているが、翌6日、元少年側の弁護士は「少年は許可していないと話している」と反論した。

『福田君を殺して何になる』(インシデンツ/増田美智子/2009)

10月13日、広島地裁で元少年の実名を表記した単行本について被告側が出版差し止めを求めた仮処分申請の第1回審尋が開かれた。出版元のインシデンツ側は「答弁書の準備が間に合わない」などとして出席せず、第2回審尋で意見を述べる予定。この日の審尋には被告側だけが出席し、「少年法を無視した不当な出版」などと主張した。本は『F(実名)君を殺して何になる』で、著者の大学職員、増田美智子が被告と面会したり、関係者に取材するなどして執筆。被告の実名のほか、写真や卒業した学校なども掲載されている。被告側は5日に仮処分を申し立てたが、7日に発売された。

10月15日、元少年側が(10月5日の出版差し止めなどを求める仮処分の申し立てとは別に)著者の増田美智子と出版社のインシデンツに対し出版差し止めと1100万円の損害賠償を求め広島地裁に提訴した。

10月19日、広島地裁で元少年の実名を表記した単行本について被告側が出版差し止めを求めた仮処分申請の第2回審尋が開かれた。出版元のインシデンツ側は「被告から実名公開の了解を得ている」などと意見を述べた。審尋は非公開で実施。今回は代表の寺澤有や著者の増田美智子らが出席した。答弁書などによると、インシデンツ側は被告の実名は本の出版以前にも週刊誌で掲載されているほか、インターネットなどを通じて「公知の事実」になっていると主張しており、「出版で被告の人格権が侵害された事実はなく、不当な出版にはあたらない」としている。

11月9日、広島地裁は元少年の実名を表記した単行本について被告側が出版差し止めを求めた仮処分の申し立てを退けた。

11月26日、広島地裁で元少年側が著者の増田美智子と出版社のインシデンツに対し出版差し止めと1100万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論があった。著者側は出席せず、棄却を求める答弁書を出した。閉廷後、元少年側の弁護団長の本田兆司弁護士は「著者は元少年に『友人』として接触している。手紙についても、取材としてではなく、私的なものとして入手している。取材の方法や出版の仕方など、取材者の倫理観が欠落している」と批判した。一方、インシデンツの寺沢有代表は「出版差し止めの仮処分や訴訟がかせとなり、一部書店は販売を見合わせている。なるべく早く出版に違法性はないという司法判断を確定させて、本が手に入りやすくしたい」とのコメントを出した。

11月27日、元少年の弁護団だった弁護士19人がテレビ番組内で名誉を傷つけられたとして、読売テレビ(大阪市中央区)と大阪府知事の橋下徹弁護士を相手取り、総額約1億2千万円の損害賠償を求める訴えを広島地裁に起こした。訴状などによると、2007年(平成19年)5月に放送された「たかじんのそこまで言って委員会」で、コメンテーターとして出演した橋下が弁護団への懲戒請求を呼びかける発言を繰り返し、読売テレビ側は内容をそのまま放送。弁護団が遺族感情を意図的に傷つけるような弁護活動を行っているかのように放送され、名誉を傷つけられたとしている。

橋下は大阪府庁で「『僕の発言は全部、表現の自由だ』というつもりはないが、表現の自由は民主国家の根幹でもある。僕が逸脱しているのであれば、改めないといけない」と述べた。

2010年(平成22年)6月21日、東京地裁(植垣勝裕裁判長)は元少年の実名を表記した単行本の著者の増田美智子ら2人が「社説で名誉を傷つけられた」などとして毎日新聞社に2200万円の賠償などを求めた訴訟の判決で請求を棄却した。2009年(平成21年)11月11日付朝刊の『毎日新聞』の社説は増田の著書について「当事者に知らせることなく出版しようとした行為は、いかにも不意打ち的だ」などと論じた。植垣裁判長は「社会的に議論のある問題を取り上げ、出版倫理の観点から問題提起している」と判断。前提となった事実に誤りもないと認め、違法性を否定した。

2011年(平成23年)7月15日、最高裁は橋下が就任前に弁護士として出演したテレビ番組で、山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団への懲戒請求を呼びかけたため業務を妨害されたとして、弁護団4人が損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、360万円の支払いを命じた2審判決を破棄、請求を棄却した。橋下が逆転勝訴した。

10月28日、京都地裁は精神鑑定をした野田正彰関西学院大教授が公判証言をゆがめて報道されたなどとして、日本テレビに1100万円の損害賠償と謝罪放送を求めた訴訟の判決で請求を棄却した。判決によると、野田教授は広島高裁で開かれた事件の差し戻し控訴審に証人出廷し、鑑定資料に元少年の捜査段階の供述調書を含めなかった理由を「全部読むのは面倒くさかった」と証言。日本テレビが番組で放映した。野田教授側は証言について「山のようなコピーの中から重要な鑑定資料を選択したという趣旨だった」と主張した。しかし、杉江佳治裁判長は「証人尋問の内容では、原告側主張のように解釈するのは困難」と認定。報道内容は重要部分で真実とし、中立性、公正性も欠いていないとした。

2012年(平成24年)1月23日、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)で差し戻し上告審があり、弁護人は「殺意はなかった。反省を深めており立ち直りは可能」と述べて死刑回避を主張、検察側は上告棄却を求め結審した。

2月20日、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は元少年の福田孝行(現姓・大月)に対し上告を棄却する判決を言い渡した。これで死刑が確定した。

犯行時は18歳と1ヶ月で、最高裁が把握する限り最も若い犯行時の年齢の死刑確定囚となった。

・  1審
山口地裁
控訴審
広島高裁
上告審
最高裁
差し戻し控訴審
広島高裁
第2次上告審
最高裁
判決日 2000年
(平成12年)
3月22日
2002年
(平成14年)
3月14日
2006年
(平成18年)
6月20日
2008年
(平成20年)
4月22日
2012年
(平成24年)
2月20日
量刑 無期懲役 無期懲役 差し戻し 死刑 死刑

5月23日、広島地裁で福田(現姓・大月)が自分の実名を記載された本の著者の増田美智子らを相手取り、少年法61条に違反し人格権も侵害されたとして出版差し止めと約1300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決があった。植屋伸一裁判長(森崎英二裁判長代読)は、プライバシー権を侵害したなどとして被告側に計66万円の支払いを命じた。出版差し止め請求は棄却された。同日、増田側が虚偽の主張で名誉を傷つけられたとして元少年らに約1600万円の損害賠償を求めた裁判の判決も広島地裁であり、植屋裁判長は訴えを退けた。

6月5日、出版差し止めと約1300万円の損害賠償を求めた訴訟で福田(現姓・大月)と増田側の双方が広島地裁判決を不服とし、広島高裁に控訴した。

6月29日、大阪高裁で精神鑑定した野田正彰関西学院大教授が日本テレビに対し1100万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決があり、田中澄夫裁判長は「報道の重要な部分は真実で、中立性、公平性を欠くものではない」と指摘、原告側敗訴とした1審・京都地裁判決を支持し控訴を棄却した。

10月29日、福田の弁護団が差し戻し控訴審判決に重大な誤りがあるとして、広島高裁へ再審請求した。広島市内で会見した弁護団(本田兆司団長)は、「殺害や強姦する意図はなかったとして立証請求し、新たな審理を求める」と再審請求理由を説明。科学的根拠として、差し戻し上告審で提出したが、証拠採用されなかった心理学者による供述や精神状態の鑑定書などを新証拠として提出するという。

11月16日、最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)は精神鑑定を行った野田正彰・元関西学院大教授が公判証言の内容をゆがめて報道され名誉を傷つけられたとして、日本テレビに1100万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審で元教授側の上告を棄却する決定をした。元教授の訴えを退けた1、2審判決が確定した。

2013年(平成15年)4月30日、広島地裁で橋下徹弁護士(現・大阪市長)がテレビ番組で被告の弁護団に対する懲戒請求を呼び掛けたことを巡り、弁護団だった弁護士19人が橋下と放送した読売テレビ(大阪市中央区)に総額約1億1500万円の損害賠償と謝罪広告を求めた訴訟の判決があった。梅本圭一郎裁判長は、「懲戒請求の呼び掛けは不法行為に当たらない」と原告の請求を棄却した。

5月14日、弁護士19人が請求を棄却した1審・広島地裁判決を不服として広島高裁に控訴。

橋下の発言を巡っては弁護団の別の4弁護士が橋下に損害賠償を求めて提訴。1、2審とも賠償を命じたが、最高裁は原告の請求を棄却し、橋下の逆転勝訴が確定している。

5月30日、広島高裁は福田(現姓・大月)が実名を掲載した単行本の著者らを相手に出版差し止めと1300万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で顔写真の掲載などを違法とし著者らに賠償を命じた1審判決を取り消し、死刑囚側の賠償請求を棄却した。差し止めについては、請求を退けた1審を支持し、死刑囚側の控訴を棄却した。宇田川基裁判長は手紙の掲載について、福田(現姓・大月)が増田との面会で同意していたと認定。顔写真の掲載も「明確な承諾はないが社会的関心が高く、少年法を考慮しても報道の自由として許される」と判断した。

2014年(平成26年)2月28日、広島高裁で橋下徹弁護士(前・大阪市長)がテレビ番組で被告の弁護団に対する懲戒請求を呼びかけたことを巡り、弁護団だった弁護士19人が橋下氏と放送した読売テレビ(大阪市中央区)に総額約1億1500万円の損害賠償と謝罪広告を求めた訴訟の控訴審判決があった。小林正明裁判長は請求を棄却した1審・広島地裁判決を支持、原告の控訴を退けた。

3月14日、橋下徹弁護士(前大阪市長)が山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団への懲戒請求をテレビ番組で呼びかけたことを巡り、弁護団メンバー19人が橋下氏と読売テレビ(大阪市中央区)に計約1億1500万円の損害賠償と謝罪広告を求めた訴訟で原告側は控訴を棄却した広島高裁判決を不服として最高裁に上告した。原告側は「マスメディアを使って個人攻撃をすることやあおることの危険性への考慮が不十分だ」としている。

9月25日、最高裁第1小法廷(横田尤孝<ともゆき>裁判長)で実名を載せた本を出版され、プライバシーを侵害されたとして、出版社と著者に出版の差し止めや賠償を求めた訴訟の上告審で福田(現姓・大月)側の上告を棄却する決定を出した。福田側敗訴とした2審・広島高裁判決が確定した。

2015年(平成27年)3月26日、最高裁第1小法廷(大谷直人裁判長)は弁護団だった弁護士19人が、2007年放送のテレビ番組で懲戒請求を呼び掛けられ名誉を傷つけられたとして、橋下徹大阪市長と読売テレビに損害賠償を求めた訴訟で原告らの上告を退ける決定をした。請求を棄却した1、2審判決が確定した。

10月、広島高裁が福田(現姓・大月)の再審請求を棄却。弁護団が異議申し立て。

2019年(令和元年)11月6日、広島高裁が弁護団の異議申し立てを退ける決定。その後、最高裁に特別抗告。

2020年(令和2年)12月7日、最高裁が福田(現姓・大月)の再審請求で特別抗告を棄却。再審を認めない判断が確定。

訴訟内容 1審 控訴審 上告審
橋下徹弁護士のテレビ番組での発言で被告の元少年の弁護士4人(広島弁護士会)が懲戒請求が殺到し業務に支障が出たなどとして計1200万円の損害賠償を求めた訴訟。  広島地裁
2008.10.2


原告1人当たり200万円、
計800万円の支払いを命じた。
広島高裁
2009.7.2

計360万円の支払いを命じた。
最高裁
2011.7.15

2審判決を破棄、
原告の賠償請求を棄却。
 
精神鑑定をした野田正彰関西学院大教授が公判証言をゆがめて報道されたなどとして日本テレビに1100万円の損害賠償と謝罪放送を求めた訴訟。 京都地裁
2011.10.28

原告の請求を棄却。
大阪高裁
2012.6.29

控訴棄却。
最高裁
2012.11.16

上告棄却。
元少年が自分の実名を記載された本の著者の増田美智子らを相手取り、少年法61条に違反し人格権も侵害されたとして出版差し止めと約1300万円の損害賠償を求めた訴訟。 広島地裁
2012.5.23

計66万円の支払いを命じた。
出版差し止め請求は棄却。


その後、原告側、被告側ともに控訴。
広島高裁
2013.5.30

1審判決を破棄、
原告の賠償請求を棄却。

出版差し止め請求は棄却。
最高裁
2014.9.25

上告棄却。
元少年の実名を記載された本の著者の増田美智子が虚偽の主張で名誉を傷つけられたとして元少年らに約1600万円の損害賠償を求めた訴訟。  広島地裁
2012.5.23

原告の請求を棄却。
 ・  ・
橋下徹弁護士のテレビ番組での発言で被告の弁護団に対する懲戒請求を呼び掛けたことを巡り、弁護団だった弁護士19人が橋下と放送した読売テレビ(大阪市中央区)に総額約1億1500万円の損害賠償と謝罪広告を求めた訴訟。 広島地裁
2013.4.30

原告の請求を棄却。

その後、原告側が控訴。
広島高裁
2014.2.28

控訴棄却。


その後、原告側が上告。
最高裁
2015.3.26

上告棄却。

参考文献など・・・
『事件1999-2000』(葦書房/佐木隆三+永守良孝/2000)

『光市裁判 なぜテレビは死刑を求めるのか 年報・死刑廃止(06)』(インパクト出版会/年報死刑廃止編集委員会/2006)
『橋下弁護士VS光市裁判被告弁護団 一般市民が見た光市母子殺害事件』(STUDIO CELLO/光市裁判を考える有志の会/2008)
『なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか』(扶桑社/今枝仁/2008)
『光市事件裁判を考える』(現代人文社/現代人文社編集部/2008)
『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』(新潮社/門田隆将/2008)
『なぜ君は絶望と闘えたのか』(DVD/監督・石橋冠/出演・江口洋介ほか/2011) ← 書籍と同名タイトルで映画化された作品
『裁判官が見た光市母子殺害事件 天網恢恢 疎にして逃さず』(文藝春秋/井上薫/2009)
『福田君を殺して何になる』(インシデンツ/増田美智子/2009)
『罪と罰』(イースト・プレス/本村洋&宮崎哲弥&藤井誠二/2009)
『毎日新聞』(2000年3月22日付/2002年3月14日付/2006年6月20日付/2007年6月5日付/2007年6月26日付/2007年6月27日付/2007年6月28日付/2007年7月9日付/2007年7月24日付/2007年7月25日付/2007年7月26日付/2007年9月5日付/2007年9月20日付/2007年10月18日付/2007年11月27日付/2007年12月4日付/2007年12月26日付/2008年4月2日付/2008年10月2日付/2009年7月2日付/2009年10月6日付/2009年11月2日付/2009年11月9日付/2009年11月26日付/2009年11月27日付/2010年6月21日付/2011年10月28日付/2012年1月23日付/2012年2月20日付/2012年6月29日付/2012年11月19日付/2013年4月30日付/2013年5月30日付/2014年2月28日付/2014年3月14日付/2014年9月29日付/2015年3月30日付/2020年12月9日付)

『中国新聞』(2006年12月28日付/2007年1月19日付)
『産経新聞』(2007年5月25日付/2007年9月18日付/2007年9月19日付/2008年4月15日付/2008年12月12日付/2008年10月13日付/2009年10月19日付/2012年6月7日付/2012年10月29日付)
『読売新聞』(2007年6月5日付/2007年9月3日付/2007年9月13日付/2007年10月18日付/2008年4月22日付/2012年5月23日付/2013年5月15日付)
『共同通信』(2019年11月7日付)

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