メディアとつきあうツール  更新:2003-07-10
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

検証!
阪神大震災
テレビ報道戦争の現場

≪リード≫
ここにリードが入る

※初出誌が見あたらず、見出しが不明で、校正もすんでいません。

※このルポの抜粋は、毎日新聞社「毎日ムック 完全保存版 詳細 阪神大震災」(1996年01月17日刊 3800円)に収録されています。

(「創」1995年03月号)

見出し1

 1995年1月17日午前5時46分、淡路島北を震源とする地震が近畿地方を直撃した。淡路島、神戸、西宮などではところにより震度6〜7を記録。電話・電気・ガス・水道は途絶し、交通機関もストップ。高速道路や新幹線も橋脚の崩壊など甚大な被害を受けた。地震直後、各地で発生した火災は、瞬く間に手をつけられない大規模火災へと拡大した。

 1月29日午前11時45分現在、死者5092人、行方不明14人、負傷者2万6798人、建物損壊9万6796棟、避難民27万人余り。これは伊勢湾台風をしのぐ戦後最大・最悪の自然災害である。

 この巨大災害を、テレビはどのように伝えたか。地震報道に遺漏や問題はなかったのだろうか。

 地震の際、もっとも信頼できると思われているテレビはNHKだ。NHKは、NTT・日銀・日赤などと並んで災害対策基本法における指定公共機関とされ、防災業務計画の作成・実施・要旨公表、自治体への協力、防災への寄与が義務づけられている。わが国唯一の公共放送は地震第一報をどのように伝えたか。

 NHKの第一報は、大阪放送局が近畿地方にむけて、地震発生約3分後の午前5時49分に放送した。アナウンサーが顔出しで「西日本で強い揺れを感じた。火の元に注意。念のため津波に注意」とアナウンス。総合・教育とも同じ内容で、ラジオ第1・第2・FMもテレビ音声をそのまま流した。

 首都圏では、午前5時49分に衛星放送第1と第2のテロップで速報。その後5時50分からNHK総合が顔出しで伝え、ラジオはやや遅れて5時51分に伝えた。素人考えでは、ラジオ・総合・衛星の順になりそうに思うが、実際は逆だ。

 NHK広報室によると、これは、衛星が24時間放送中だったのに総合テレビは午前5時55分放送開始予定だったから。また、ラジオは午前5時から放送中だったが、情報の入る場所がやや離れていたからだという。

 NHKは、気象庁のADESSと呼ばれる気象データ自動編集中継システムと接続している。端末はニュースセンターに置かれ、地震があれば気象庁のデータが瞬時に流れる。センターにはアナウンサー・技術スタッフ・記者が24時間常駐して対応する。強い地震のときはブザーが鳴って知らせるという。今回の第一報も、ADESSによる情報がもとになった。これは民放各社も同じだ。

 ただし、放送終了後の深夜だと、放送を立ち上げるためのスイッチング(業界用語で「火おこし」)に、余計な時間がかかる。今回は放送開始直前で、スイッチを入れテスト信号を出していたから、まだ早いほうだった。

 それにしても、首都圏のNHKラジオ第一報が地震発生から5分以上かかったというのは遅すぎる。この時間ラジオを聴いていた人は、衛星放送を見ていた人より桁違いに多かったはずだし、停電すればテレビは映らないのだ。それが衛星より2分遅れでは、失態ではないか。NHKは原因を究明し改善すべきだ。

 ところで今回は、こと第一報に関しては民放のほうが早かった。大阪の朝日放送では午前5時45分から「おはよう天気です」を生放送中に地震が襲ったので、これが早いといえば一番早い。

 何度かVTRを見たが、出演者は最初は悲鳴、続いて「テレビの前の皆さん、安全なところに避難して下さい」と絶叫を繰り返して、映像はとぎれた。

 首都圏でも、日本テレビが「朝一番天気」を放送中で、午前5時49分20秒に「近畿地方で地震」と伝えた。フジテレビのテロップは同49分26秒。この2局はNHK総合よりも早かった。

見出し2

 第一報に続く各局の放送は、まさに地震報道一色となった。

 NHK総合(全国放送)が流したニュース(地震以外を含む)・地震情報・地震関連番組は、17日が17時間11分、18日が21時間25分、19日が21時間55分。23日までの1週間で113時間44分に達する。 平常の放送時間は18時間5分だが、地震当日から24時間放送に突入した。たとえば19日は、ニュース以外の通常番組は2時間5分しか流れなかったわけだ。

 17日には朝の連続テレビ小説「春よ、来い」を休み、21日に2回分を放映。朝の連続ドラマ休止は昭和天皇の死去以来だ。大相撲中継は19日まで教育テレビに移し、時間も縮めて放送した。教育に移ったのは湾岸戦争以来のことである。

 NHKの終夜放送は1月?日現在も続いている。ただし、20日深夜からは、固定カメラによる神戸市内の映像に「次の地震情報は×時から」というテロップを重ねて、中休みが入るようになった。

 民放で地震報道にもっとも力を入れたと思われるのはフジテレビである。

 フジは、地震発生直後から18日午後7時58分まで、連続38時間ブチ抜きで地震報道を続けた。17日午後7時からは特別番組「近畿直撃震度6大地震」を放送。「笑っていいとも!」「ごきげんよう」は20日まで休んだ。

 その他キー局も、通常番組を中止して特番を組んだり、ニュース枠を拡大するなど対応した。18日までの放送時間は日本テレビとTBSが、フジとほとんどかわらない三十数時間。テレビ朝日が半分の約18時間とみられる。

 こうした長時間報道の取材陣は、各局とも異例の大規模なものとなった。

 NHKは、神戸放送局がなんとか放送可能(建物の損壊がひどく、後に全員退去してプレハブの仮拠点に移った)で、大阪放送局も無事だったため、東京・大阪・神戸と各地の中継ポイントを結んで報道を続けた。

 神戸の陣容は155人(営業なども含む。記者・カメラマンは24人)、大阪は932人(同68人)で、17日中におよそ9割が業務につけたという。地震当日はほぼ700人体制。18日以後は大阪を中心とする近畿550人、東京ほか全国からの応援450人の合計1000人体制が敷かれた。

 民放各局は、大阪系列局(読売テレビ―日テレ系、毎日放送―TBS系、関西テレビ―フジ系、朝日放送―テレ朝系、テレビ大阪―テレ東系)を中心に、東京その他からの応援を加えて現地取材にあたった。大阪の各局に大きな被害はなかった。

 たとえばフジ系列では、関テレの映像もフジの映像も、すべて東京に集めて編集。フジが編成の主導権を握った。日テレ、TBSなどでも、現地の映像は大阪の系列局が中心となって撮影したが、編集は東京でおこなった。各系列の報道体制は、応援を入れても300〜100人程度で、とても編集にまで手が回らなかったからだ。

 人工島のポートアイランドにある独立U局のサンテレビは、周囲で液状化が発生したものの大きな被害はなかった。しかし、橋が通行できず、船もストップして孤立。17日は島内に住むスタッフなど10人ほどで放送した。当然、島の外の映像は撮れなかった。その後は阪神地区のあちこちをバイクで走り回って取材を続けている。

 現地取材では、各社が競って飛ばしたヘリコプターが大いに威力を発揮した。ヘリのレポーターは「ものすごい煙が何本も立ちのぼっている。電車も脱線している。信じられない」と絶叫したが、テレビ画面では、絶望的な地上の光景が、たぶん肉眼で見ているレポーターよりもはるかに明瞭に見えた。
 テレビは、警察庁発表の死者・行方不明者数が更新されるたびに律義に報じていたが、3桁のその数字に何の意味もないことは、ヘリの映像を見れば明らかだった。

 NHKと民放各系列が投入したヘリ・その他の航空機は、阪神上空を飛ばなかったものまで含めると40機にのぼる。衛星中継車も35台投入され、現場取材に威力を発揮した。

 今回の地震報道で、注目された試みのひとつに、NHKが全国放送で流した安否情報がある。

 これは、NHKが17日午前10時30分からまずFMで、その後午後1時から教育テレビも使って始めた。NHK大阪放送局が電話やファックスで情報をを受け付け、たとえば、
「神戸市××区××町××番地の鈴木○○さんの安否を、東京都××区の佐藤△△さんが尋ねています。鈴木さん、佐藤さんに連絡して下さい」
 とアナウンスする。

 テレビでは「神戸市××区××町××番地 鈴木○○→東京都××区 佐藤△△」という手書き文字も同時に放映された。この放送を聴いたり見たりした鈴木さんは、佐藤さんに連絡するというわけである。

 1月27日午前8時現在、安否情報を受け付けたのは5万4337件、うち放送したのは3万402件。「お陰で無事とわかった。ありがとう」というお礼の電話は947件だった。

見出し3

 さて、こうした地震報道を、視聴者はどのように受け止めたのだろう。

 まず、視聴者からNHKへの電話は、26日午後5時現在12万6256件に達した。うち安否情報が5万4300件で、差し引き7万件以上の電話があった。

 その中で、放送や報道の中身に関連した意見には、NHK広報室によると次のようなものがあったそうだ。
「きめ細かい放送をしてほしい」
「学者の話より、解説委員の話のほうがよくわかる」
「いつも同じ避難所が出てくるが、中継場所が偏っているのでは」
「古屋キャスターが番組中涙を流したのに、暖かみと誠実さを感じた」

 しかし、現地の被災者を取材すると、テレビ報道に大変な不満を抱いていることがわかる。神戸市垂水区のある会社員はいう。

「NHKにも民放にも、僕らの必要とする情報がまったく欠けていることに、腹立たしさを覚える。全国むけ、東京むけの報道に終始しているからだ。たとえば交通情報では、まず新幹線が不通だという。だが、知りたいのは会社にどう行けばよいかだ。新幹線に乗る人間よりも、阪神地区のJRや私鉄で移動する人間のほうが多いのに、肝心の情報が出てこない。ひどいものでしたよ」

 この会社員は、垂水から姫路方面に通勤するのだが、鉄道の便はJR山陽本線と山陽電鉄しかない。ところが山陽線と山陽新幹線は不通と出たが、山陽電鉄が不通かどうかを、テレビは地震後3日間ほど、まったく報じなかった。山陽電鉄沿線に住む何十万人かは、同じ腹立たしさを覚えたに違いない。そして、NHKに電話する暇があれば、みんな駅や電鉄会社や電話するのだ。だからテレビは情報漏れに気づかない。

 交通情報の類いは、網羅された情報でなければ意味をなさない。「A―B間はZ線が不通」ではダメで、「X線が通じているが、Y線とZ線は不通。バスも船も不通」と知らされなければ身動きが取れないからだ。交通情報を担当しているデスクか誰かが、阪神交通図(小学生の地図帳でもよい)を広げて漏れはないかチェックすれば済む(取材して不明ならば、そう報じればよい)。テレビは何をやっていたのか。

 次のような声もある。
「震度6の余震が来るゾ来るゾと、恐怖心をあおらないでほしい。こちらは5分ごとに揺れて、5分ごとに恐怖を感じている。注意が必要なことはわかるが、われわれに必要なのは新たな恐怖ではなく励ましだ」(西宮市の被災者)

 東京のテレビは余震に気をつけてほしい一心でいっているのに、現地ではこんな受け止め方もあるのだ。

 次の声は、さらに深刻である。
「ヘリコプターが頭上を低空で何機も飛び回っている。これでは、押しつぶされた人間のうめき声も聞こえない。(指差しながら)この家の下に誰かいるかも知れないんだ。マスコミは何を考えていやがるんだ」(ある被災者)

 これは、神戸に飛んだ週刊誌記者が聞いた言葉である。今回の地震報道で、マスコミ各社はこぞって取材ヘリを差し向け、「うちは何機」と数を自慢する向きすらあるようだ。しかし、自社のヘリが瀕死の負傷者のうめき声をかき消し、その命を奪った可能性に思いいたる関係者は何人いるだろうか。

 もちろんヘリ取材をやめろとはいわないが、同時に各社が何機も飛ばす必要はないかもしれない。
「あのヘリを何とかしろ。あれで救援物資が運べるじゃないか」と神戸市役所に怒鳴り込んだ人もあった(「  新聞」95年 月 日付)そうだ。

見出し4

 NHKの安否情報に対しても、被災者は非常に冷淡だ。神戸の被災者がいう。「あんなもの、神戸で見ていた人は誰もいないんじゃないか。いまだに(29日現在)水もガスも出ない、給水車も風呂屋も2時間並ぶというのに、見る暇などない。出勤したら『名前が呼ばれてましたよ』と会社の女の子が教えてくれたが、その子もたまたま耳にしただけで、どうしようもない。それに最初の数日は、電話一本かけるのに何時間もかかった。なにが『連絡して下さい』だと思う」

 不思議なことに、安否情報についてはテレビも新聞も「NHKはよくやった」という評価しか下していないようだ。しかし、被災者や視聴者にとってどれほど意味があったのか、よく吟味する必要があるだろう。

 最大の問題は「鈴木さんは、佐藤さんに連絡して下さい」という呼びかけが、ほとんどナンセンスであることだ。

 というのは、あれだけの地震に見舞われた地域にいて無事だった人は、心配しているであろう身内や知人に、すぐ連絡を入れようとする。NHKの安否情報と無関係にそうするはずだ。

 にもかかわらず安否不明なら、(1)本人は連絡したいのに電話がつながらない、(2)本人は連絡するつもりがない、(3)本人は高齢者や幼児で電話できない、(4)本人は死亡したか電話できないほどの重傷である、のどれかだろう。

 このうちケース(1)は、NHKの安否情報を必要としない。被災者はNHKのアナウンサーにいわれなくても、必死に電話し続けているのだから。ケース(2)も、公共の電波と受信料を使って伝える必要はあるまい。残るはケース(3)と(4)だが、これは本人から連絡のしようがない。だからNHKの安否情報は「鈴木さんの安否をご存じの方は、佐藤さんに連絡して下さい」でなければおかしい。

 しかし、ケース(3)の安否は「保護された高齢者・幼児のリスト」を、ケース(4)の安否は、「死亡・行方不明者リスト」と「重傷者リスト」を放送すれば用が足りる。NHKは、こうしたリストを警察や病院から集めるのと、かかってきた安否情報を片っ端から放送するのと、どちらが効率的で意味があるか、専門家の力を借りて検証しなければならない。

 それをせずに「首都圏で大地震が起こっても同様の安否情報を放送する計画」(「東京新聞」95年1月19日付)などと広報室レベルで発表することは許されない。今回ですら、地震発生後10日もたって5万4000件のうち3万件しか放送できなかった。次は、電話が殺到してから「やっぱり対応できません」では済まない。その電話が消防・救急活動の妨害になるかもしれないのだ。

 前出の被災者は「電話がつながらないのだから、だれそれは無事だという情報を流すほうがまだましだ」といったが、まったく同感である。

 それも、順不同でひとりひとりの名前を読み上げるような方法ではダメ。たとえばビル・会社・学校・町内会または隣組・寮などの単位で、それぞれ安否情報をまとめ、それを受け付けて放送する。 その際、氏名を流すのは「死者・行方不明者・重傷者」だけにとどめ、それ以外は「全員無事である」とだけ告げる。いちいち生存者の名前を読むのでは、非効率的すぎる。もちろん、自分のいるビルや寮の名前と住所を前もって身内に知らせておく必要がある。

 こうした安否情報放送を準備中なのはラジオのニッポン放送である。対象は有楽町周辺221のビルと都内425の私立校だ。これだけでNHKが今回やっと放送できた3万件を量・質ともにはるかに越えた情報となることは、いうまでもない。

 NHKは、安否情報のあり方を全面的に見直したほうがよいと思う。

見出し5

 筆者が東京でテレビを見ていても、明らかにおかしいと思われることがいくつかあった。

 まず、NHKも民放もしばらくの間、神戸市むけ救援物資の送り先を「郵便番号×××神戸市××区××町××神戸市役所民生局福祉対策課××係」などと長ったらしく報じていた。「郵便番号×××神戸市役所地震係」で届くのに何を馬鹿なことを、と思われた。

 ある局では「役所のいう宛先をそのまま流しただけ」といい、どこが悪いのかといいたそうだったが、とんでもない。役所が宛先を示した時点で記者が、「わざわざ救援物資を送ってもらうのに、細かい部署名まで書けとはなんだ。失礼じゃないか」と、怒鳴りつけなければダメだ。いつも役所からもらう情報を垂れ流してばかりだから、それができない。

 民放では、とんでもなく不謹慎な場面も続出した。

 レポーターが総じて絶叫調なのがよくなく、とりわけ芸能レポーターはどうしようもないから、あのような現場から締め出すのが今後のためだ。生き埋め現場にへばりつき、何か出ないかと漁る様子は、マイクをもったハゲタカかハイエナだ。泣いたり喚いたりした挙げ句に、子供が救出されたとき「ウッソー」といったレポーターには驚いた。

 17日の夜には、昼間入手した映像を加工する暇があったとみえ、燃えさかる炎の映像に不気味な音楽をつけて流した局もあった。まったく暇な連中である。ほかに、やることはないのだろうか。

 取材・中継スタッフが水や食事を持っていなかったことにも驚いた。まともな地震対策マニュアルなら「3日間程度救援が来ない事態を想定せよ」くらいは書いてあるはずで、飲料水や非常食を中継車に積んでおくなど災害取材のイロハだろう。

 民放では、CMについても考えさせられた。ひどいと思ったのは、余震のテロップの1行目「ただいま地震がありました」が出た途端、報道番組がCMに切り替わりテロップも消えてしまったとき。テレビ局は地震情報よりCMが大事なのだというのが、よくわかった。

 生放送中に地震が襲ったVTRも今後の教訓だ。朝日放送の出演者は「テレビの前の皆さん、安全なところに避難して下さい」と必死で叫んだが、別の人ならば一言も出なかったかもしれない。スタジオの壁などに、非常用のセリフを掲げる放送局もある。それでも人間のやることは不確実だから、たとえば放送局で震度4以上を感じたら「火を消せ」の音声が放送に自動的に割り込むシステムが、あってもよいのではないか。

 地震の呼び名が気象庁命名の「平成7年兵庫県南部地震」から「阪神大震災」に替わっていったプロセスも興味深い。最後まで公式名称を使ったのはNHKだが、本気で「みなさまのNHK」を目指すならもっと早く言い換えてよかった。

 さて、テレビ各局の地震報道はこの原稿を書いている時点も引き続いており、深みのある調査報道が出てくるのはこれからだ。現場で奮戦している記者などに十分な取材ができず、ラジオ報道にも触れる余裕がなかったため、ここまで書いてきたことはあくまで中間報告、というより初期報告にすぎない。

 それでも、あえて結論めいたことを書くとすれば、今回のテレビによる地震報道は、地震報道と、被災者への情報提供の2つが、きちんと仕分けされていなかったことが最大の問題だったと思う。

 この2つは矛盾する。

 東京の人間には新幹線の橋が落ちた大震災と報じればよいが、神戸の人間には神戸の私鉄の運行状況を細かく伝えなければならない。東京の人間には給水車に並んだ人の列を見せればよいが、神戸の人間には給水車がいつどこにくるか知らせなければならない。

 しかし、その仕分けをせずに報道合戦に突入したから、被災者への情報提供はおろそかにされた。当初は被災者が何を求めているか調べる余裕すらなかった。 被災者から情報を取れば取るほど、優れた報道が生まれる。だが、マスコミは何を被災者に与えたのだろうか。