──プロダクション非常事態!
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テレビ制作会社、制作プロダクションが、悲惨なことになってきた。
放送局の下請けとして番組を作る制作会社の経営状態がパッとしないのは、何も昨日や今日に始まった問題ではない。
筆者が制作会社をさんざん取材したのは、一九八〇年代終わり頃から九〇年代後半にかけてだが、当時も行く先々でさまざまな「制作プロダクション残酷物語」を聞いた。
「局が出す制作費が安すぎる。製造原価が受け取る制作費の八〜九割に達することもザラ。十年二十年と自転車操業でやってきて、ビル一つ持てず、資本の蓄積はゼロ」が、テレビ制作会社社長の決まり文句だった。
「放送局にも制作会社にも『商品』の概念がない」「番組制作はビジネスになっておらず、制作会社は企業の体をなしていない」も、どこへ行っても耳にしたセリフである。
中には「下請けの立場から脱し、自ら放送局になる」と宣言して、そのように行動した制作会社社長もあった。
「CSの伝道師」と呼ばれた時空工房の鈴木克信は、九二年にJICを立ち上げ、CSデジタル放送のパーフェクTV(九六年、本放送開始)に参入。一時は言葉通り「放送局」になったものの、続いたのはわずか三年だった。
九〇年前後はバブル経済を背景に、マルチメディアが持てはやされた時代だが、制作会社の夢も、バブルが弾けたように無惨に消し飛んでしまった。
いまCSデジタル(スカパーJSATホールディングス)の最大株主は地上放送局である。フジテレビ・日本テレビ・TBSの三社で資本の一九・八%を占めている。制作会社が地上放送局の下請けから逃れるために実現に奔走した放送は、事実上、地上放送局の支配下にあるとすらいえるわけだ。
多くの制作会社は、大方そんなことに違いないと思ってCSの冒険などには乗り出さず、地上放送局と付き合い続けた。しかし、やっぱりビルは持てなかった。
一年前に亡くなった村木良彦は「失われた十年」の初め、ATP理事長を務めていた頃に、筆者にこう言った。
「制作プロダクションは、依然として自立への発展途上にある。テレビ番組は『消費型』の使い捨てプログラムに変質し、『蓄積型』番組が軽んじられてきた。消費型番組をいくら作っても、制作者は消耗し制作力が落ちる一方だ。そのツケが回ってきたことに、制作会社はようやく気づき始めた」と。
そこから十五年。テレビ番組はますます刹那的となり、消費型に傾いている。制作会社は、気づいても何もできない。右の村木良彦の言葉は、最後に会った昨年そう語っていたと記しても、誰も違和感を抱くまい。
昔から「3K」なる言葉があった。「きつい・きたない・危険」な工事現場や工場などのことだ。今ではテレビの制作現場、つまり制作会社が「3K職場」の典型である。こちらは危険はあまりないが、「きつい・帰れない・給料安い」というところか。
もちろんこの間、制作会社をめぐる問題に改善がなされなかったわけではない。たとえばATPは一九九七年、放送局との契約改善を目指す「アクションプログラム」をスタートさせ、二〇〇一年にフジ、〇三年にNHKが共同著作に応じた。
総務省、経済産業省、公正取引委員会などに対する制作会社側の働きかけも功を奏し、〇一年以降はテレビ番組委託制作が「優越的な地位の濫用に関する独占禁止法上のガイドライン」に含まれるようになった。放送局はそれぞれ、「制作発注(制作委託)に関する自主基準」を定めて、独禁法や下請法はじめ関連法の遵守を謳っている。
ATP理事長を長く務めた澤田隆治は、
「契約書を必ず交わすと約束してからも、局にはそれをちゃんと実行しないズボラなプロデューサーやディレクターが二割や三割はいた。ところが、これが影を潜めてきた。〇八年、日本映像事業協同組合の百数十社で調べたら、ルール違反が一例もない。最初はほんまかいなと信じられなかったけど、間違いない。期限までに契約書が作られないと警告を発するシステムになった。それでらしい」という。
実はテレビ局のズボラを払拭したのは、〇七年一月に発覚した関西テレビ「発掘!あるある大事典」のデータ捏造だった。納豆がダイエットに効果的と放送し、全国のスーパーなどで納豆が売り切れたが、根拠となるデータがでっち上げだった事件である。
この影響は甚大で、一社提供の花王が降板、番組は打ち切り、制作会社日本テレワークの社長らが辞任、関西テレビの社長らが辞任、関西テレビの民放連除名、行政指導としてはもっとも重い総務省の「警告」といった結果を招き、テレビ業界を震撼させた。
同事件では社外委員会が報告書を公表。「背景には同番組を取り巻く制作環境、日本放送界の構造上の問題がある」とし、制作会社をめぐる問題として、制作スタッフの育成、制作会社主導の番組立ち上げ、完全パッケージ方式による制作委託の問題、再委託(いわゆる孫請け)におけるピラミッド型の制作体制、制作費削減の影響などを指摘する。
また、大阪局が東京の制作現場をハンドリングする難しさ、東京支社プロデューサーの過重な負担など、制作会社に対する局のチェックが不十分だったことも問題視している。
そこで放送局は、制作会社に対するチェック体制の強化に乗り出した。規定通りに契約書類を交わすことも、その一つ。VTR納品の期限厳守、局側のチェック担当者の増員なども、その現れだ。
時を同じくして目立ったのが、テレビ局が系列子会社を統合して新しい制作会社をつくる動きである。たとえば「日テレ アックスオン」(AX‐ON)は、日本テレビビデオ、エヌ・ティ・ビー映像センター、日本テレビエンタープライズ、日本テレビアートの制作部門が統合して〇七年四月に誕生した。
制作子会社の強化や機能的・効率的な活用を目指すこの再編は、〇六年秋に発表済みだったから、別に間テレの制作会社がらみの不祥事を念頭におこなわれたわけではない。
だが「日テレ・グループ・ホールディングス」という新会社を、AX‐ONはじめ制作関連四社の上に置き、ガバナンス・コンプライアンス機能などを持たせる構想には、制作会社がかかえる問題への予見があったともいえよう。
「あるある問題以降、局側が番組の中身について『これで大丈夫か』と再確認したり、『こう直せ』と注文することがハッキリ増えた。明確な理由を告げず『とにかく変えろ』の一点張り。時間もないのに何なんだ、ということもよくある。制作会社は四苦八苦していますよ」(放送作家)
ともあれ局のチェックが厳しくなって、よりまともな番組が増えるのであれば、テレビを見る側には文句はない。
しかし、そうした動きの一方、制作会社にはカネと権利という二十年前からあった問題が、かつて以上の厳しさで押し寄せている。
テレビ制作会社に、何が起こっているのか?
〇七年十月、「週刊ポスト」がある制作会社社長の自殺を記事にした。タイトルに『恨みの日記』とあり、日記には経営難の悩みが書かれていたという。筆者は、自殺の原因は鬱かも知れず、あるいは隠されたほかの原因があるかも知れないと思うから、制作会社の経営難や破産をきっかけに社長が自殺したと断定するつもりなど、さらさらない。
ただし、この制作会社の経営が苦況に陥っていたことは確かだろうと思う。その直接の原因かどうかはわからないが、テレビ局で始まった制作コストの削減という動きが背景にあることも事実だ。
制作コストの削減は、いつから始まったかと制作会社に聞くと「〇七年後半」「〇八年になってから」「〇八年春頃から」と、回答がややばらけた。総じて「ここ一〜二年」という関係者が多い。
極端な例は、フジテレビが〇八年春、ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」の大幅削減を制作会社に打診してきたケース。「週刊ダイヤモンド」〇八年十二月六日号の大特集「新聞・テレビ複合不況 崖っ縁に立つマスメディアの王者」が書いている。
記事によると、コストの単純な削減というよりは、新規の撮影を減らす一方で過去に撮影した映像を流用しシリーズ化を図るなど、制作手法の変更と、番組一本あたりのコスト削減を組み合わせて、全体で七五%のコストカットを求めてきたという。
これにはATPが仲介交渉に乗り出し、「内容が同じで買い値だけを下げる『買いたたき』ではないか」と主張。結局、カット幅を五〇%とする譲歩案が示され、一本あたりのコスト削減も撤回されたとされる。
局も番組も異なるが、今回筆者が聞いた例では、〇八年四月以降に、それ以前と比べて一割を超えるコストダウンを求められた制作会社があった。制作費カットを通告されたが、数%のマイナスで済んだ制作会社もあった。コストダウンと同時に発注回数が減らされ、同じ番組からの受注額がほぼ半減してしまったという制作会社もあった。
もっとも、この種の話は、番組ごと制作会社ごとに異なる条件が持ちかけられるのが普通である。局側の担当者と個々の制作会社は、それぞれが異なる人間関係で結びついており、それぞれ実力も、交渉力も異なる。
制作会社側が「ちょっと待ってくれ。これこれのネタがある。向こう半年はこんなラインナップを考えている」と言い、局側がその企画を斬新と認め、その会社の実績も評価しているのであれば、「では、おたくはこれこれの条件で。ただし他社には内密に」となる。
逆に、局側からの評価がもともと低く、できれば切って他の制作会社に乗り換えたいと思われていれば、「他社も一律こうなっている」と厳しい条件を提示されてしまう。
だから、制作費の削減率何%などという数字は、話を聞く制作会社によって違う。週刊誌に制作プロダクション談として出てくる数字は、どこからか転記したのでなければ、取材先がたまたまそうだったというだけの話。あまり参考にはならない。
また、そもそも制作費は、局ごと、番組ジャンルごと、同じジャンルでも個々の番組ごと、放送時間ごとに、まったく異なる。
澤田隆治が別掲インタビューで語っているように、「深夜であれば三〇万円とか一〇〇万円とかで作り、出る若手芸人はギャラなし、出してもらえるだけでありがたいという番組もある。放送させてやるということで、制作費がほとんど出ないアニメ番組すらある」。
全体の傾向を示す確からしい数字といえるのは、局側が出す番組制作費くらいである。たとえばフジテレビは、〇八年第1四半期(四〜六月)の番組制作費二六三億円と前年比六%減に切りつめた。
したがって、フジテレビに関係する制作会社では〇八年夏までに、平均して前年比数%〜一〇%程度のコストダウンがあったと見るのが妥当なところだろう。もちろん制作会社には下請け、孫請けがあるから、下にいくにしたがって削減率はきつくなっていく。
制作費削減をもたらした最大の原因は、もちろん民放の広告収入減である。広告収入減の原因は何かといえば、第一に企業広告のテレビ離れ、第二に景気悪化による企業業績の悪化だ。
削減幅を大きくしたのは第二の理由だが、実は景気が悪くなる前から、第一の理由が作用していた。このことは、テレビの今後を考えるうえで強調しておいたほうがよいだろう。
たとえば二〇〇五年、アメリカは住宅バブルの真っ最中で景気がよく、国内も好景気にわいていた。一部の大都市の地価値上がりはミニ・バブルの様相を呈していたし、〇五年〜〇六年(〇七年三月期)あたりは、企業は軒並み最高益を更新していたのだ。
それなのに、二〇〇五年の東京キー局五社の中間決算は、営業収入でテレビ朝日とフジテレビ以外の三社が前年度比マイナスだった。明らかにこの頃から、企業がテレビ広告を絞る動きが始まっていたというべきである。
この年、北米では日本車が史上空前の売れ行きを示したが、トヨタは若者向けストア・ブランド「サイオン」(車種はbB、イスト、北米のみ販売の三種)でテレビCMを一切打たず、ネット上で情報発信し口コミで広げていく宣伝戦略を取った。それで売れ行きは絶好調だった。
また、松下電器産業(現パナソニック)は〇五年十二月十日〜十九日の十日間、地上放送で流す全テレビCMを、異常が発生し死者が出た石油温風機に関する告知・謝罪に差し替えた。ボーナス商戦の真っ最中にひと月の三分の一、製品CMを停止したわけだ。それでも、同社の主力製品プラズマテレビの販売は絶好調だった。
このあたりから、日本の企業はテレビ一辺倒だった広告戦略を見直し始めた。この動きは、現在も続いている。だからテレビには、パチンコ屋のCM、銀行が傘下に入れたサラ金CM、自局番組や映画の告知CM、公共広告機構CMが氾濫している。
一方、〇七年夏にはアメリカでサブプライムローン問題が深刻化し始め、以後アメリカの金融が大きくグラつき、株安、原油高、穀物高が進んだ。企業の業績が悪化し、スポット広告の減少を招く。これがテレビ局の制作費削減をもたらしたのである。
さらに〇八年九月のリーマン・ショックで、今回の金融・経済危機は「百年に一度の未曽有の危機」という話になり、日本経済はガタガタになった。キー局の九月中間決算(四〜九月)では、フジ以外の四局が営業利益を減らし、日テレは減収。日本テレビとテレビ東京の二局が赤字となった。
ここから制作費の削減は一段と厳しくなった。〇八年前半に数%〜一割程度だったのが、二割、三割と幅を広げた。
あるテレビ局幹部は今後の見通しについて、 「いっそうの落ち込みが避けられない。いま予算を詰めているが、〇九年四月からは、番組制作費を抑制する方向性がますます強まると思う」と断言する。
では、制作会社をめぐる権利の話はどうか?
日本テレビがグループの制作子会社を統合しAX‐ONを発足させたことは記した。これによって、日テレがAX‐ONに下請けに出し、さらに制作会社に孫請けに出す番組が増える。NHKも、NHKエンタープライズを使って、同じような制作体制を築いている。
こうして作られる番組のクレジットは「制作/日本テレビ AX‐ON」や、「制作著作/NHK NHKエンタープライズ」である。つまり、系列の中核制作会社以外の制作会社に対する完パケ(完全パッケージ)発注が減り、孫請け制作会社の権利がなくなる。こうして、派遣化が進むことになる。
「在京キー局では、フジテレビが〇八年十月から持株会社に移行し、TBSも〇九年四月からの移行を予定している。この二社はライブドア、楽天に株式を買われた経緯もあって持株会社制への志向が強い。グループ内の新聞が強い局ほど静観の姿勢で、テレビ朝日とテレビ東京は言及していない。とくに日本テレビは消極的。TBSは、持株会社化のタイミングに合わせて日本テレビがやっている体制にして、派遣化を進めるかもしれない」(業界紙記者)
言うまでもなく、系列の制作会社にせよ独立の制作会社にせよ、受注した番組をさらに孫請けに出す下請けに出すことが広くおこなわれている。ようするに、「テレビ局─下請け制作会社─孫請け制作会社」のピラミッド構造のなかで派遣化が進んでおり、底辺というか末端の制作会社ほど、カネの面でも権利の面でも大きなシワ寄せがきているわけだ。
テレビ局や中核制作会社への人材派遣をおこなっている制作会社の社員募集を見ると、給与の項目に「200万円〜」「18万5000円〜」「19万円」といった苦しい数字が並んでいる。
「ようするに二〇〇万円くらいでどうかとADを募集する。当然、長くは続かず、次から次へと辞めていく。しかも応募する人間が年ごとに減っている。もっと給料を上げたいが、社員六〇人で、年間売り上げが二億とか一億五〇〇〇万円なんですよ」(制作会社幹部)
こうしていま、制作会社に悲惨な状況が訪れている。孫請けレベルでは、倒産や夜逃げも珍しくなくなった。ある制作会社の社長は「ある日、ロケ現場に行くと発注先の制作会社が誰もいない。それ以来、連絡がつかなくなった。後で聞くと、逃げて辞めたと。一〇万円のロケ費がなかった」と嘆く。テレビ一筋できた社長たちが集まると、出るのは「もう、やめたい」というタメ息ばかり。
現在の経済状況が一年や二年で好転するとは、到底思えない。どうするか?
あるテレビ局首脳は、こう語る。
「放送局は、制作会社なしに一日たりとも放送を継続できないとわかっている。制作会社が倒れれば、番組が作れず、テレビが倒れると。だが、私たちは慈善事業をやっているわけじゃない。局と制作会社は独立した別個の企業で、それぞれ経済合理性に基づいて責任ある経営をしている。テレビ局のほうが圧倒的に大きいから助けてくれ、という話ではないはずだ」
確かに現段階では、ATP加盟社が続々倒れるような事態には至っていない。買いたたきと疑われる極端な例を除き、制作会社が団結して局に申し入れをするといった動きも見えない。局首脳はこう言葉を続けた。
「しかし、事態はかなり深刻だ。テレビを維持するため、局と制作会社がどう協力していけばよいか、もっと正面切って真剣に話し合い、知恵を出し合う時期にきていると思う」
制作会社をめぐる現状で、筆者がとりわけ問題だと思うのは、テレビの現場を担う若者たちが夢を失い、自信を失っていることである。これをなんとかしなければ、制作会社に未来はない。テレビの将来が危ういのだ。がんばれ! 制作会社。
さかもと・まもる ジャーナリスト。1958年東京生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。「オフレコ!」副編集長。日大芸術学部放送学科講師。サイト「すべてを疑え!! MAMO's Site」主宰。構成を担当したアスコム刊「第三次世界大戦(右・左)」が絶賛販売中。3月には新潮文庫から小川和久氏との共著「日本の戦争力」が刊行。