メディアとつきあうツール  更新:2003-07-10
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

MXTV
(東京メトロポリタンテレビ)
の憂鬱

≪リード≫
ここにリード文が入る

(「時事解説」19??年??月号

●当選会見で「どうしたらいい?」

 石原慎太郎が東京都知事選挙で当選確実を決め、テレビ局が入れ替わり立ち替わりインタビューしたときのこと。フジテレビのスタジオにいたテリー伊藤に、石原は、「あのどうしようもないテレビ局、MXテレビどうしたらいい? 知恵貸してよ」と話しかけた。

 日本のテレビや新聞は、TBSオウムビデオ事件、テレビ朝日の椿発言やダイオキシン報道などの例でわかるように、当事者以外のマスコミによる全面的なバッシングが始まらない限り、個別のテレビ局の問題を伝えることがほとんどない。伝えるときは大抵、朝日と読売といったライバル系列の一方が他方を「叩くために叩く」のだ。

 すると、異なるマスコミ系列が少しずつ出資する国策会社の問題は、まず表沙汰にならない。ダイオキシン問題では盛んにテレビ朝日を攻撃する政治家も、その手のことには敏感だから、問題を進んで取り上げようとはしない。初期のWOWOWの放漫経営がそうだったが、実はMXテレビも同じ構図といえる。

 だから、MX問題なるものの存在は、そもそもほとんど知られていない。大部分の視聴者は「どうしようもないMXテレビ」とは何のことか、わからなかったはずだ。

 しかし、当のMXテレビと都庁方面には石原発言は大きな衝撃として伝わった。マスコミ関係者の間でも、翌日には「昨日のあれ見た?」とささやかれたものである。 いったい何が問題なのか。このテレビ局がつくられた経緯を溯ってみよう。

●都、財界、新聞の思惑が一致

  東京メトロポリタンテレビジョン、略称MXテレビは、その名称が決まるまで「東京第六局」と呼ばれた。日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京に次ぐ六番目の在京民放局という意味だ。

 東京は、全国で(世界でも)もっとも多くのテレビチャンネルが見られる地域だ。そこになぜ第六局が必要とされたかというと、第五局までが制度的には「東京ローカル放送局」であるにもかかわらず、系列キー局として実質的な「全国放送局」となっていたからだ。東京に本当の意味の地方局がないから作ろうという話である。

 この構想を熱心に推進したのは鈴木俊一元都知事。たとえば埼玉県にイベントがあり首都圏の知事たちが一堂に会するとき、埼玉県知事には地元放送局(テレビ埼玉)の取材があり、ニュースで流れる。しかし東京で同じようなイベントがあっても、在京民放は全国に流すニュースを追うから、都知事に取材せず、ニュースにもしない。鈴木知事はこれが大変不満だった。

 一方、東京商工会議所などが代表する地元財界にとってみれば、中小企業がテレビCMを打ったりテレビで自分たちの活動を伝えたいと思っても、適当なテレビ局がない。地方ではローカル局が、駅前の商店街のCMを流したり、「郷土の名匠」「県の産業」といった番組を作っている。東京にも地元テレビがほしい、となる。

 都と財界に加えて、第六局に熱心だったのが東京新聞や東京中日スポーツを傘下に持つ中日新聞だ。その昔の中日社長は「電波を持たない新聞は、翼のない鳥だ」という名言を吐いたが、中日グループは東京進出を悲願とし、とりわけ東京の「波取り」(電波を取る=放送局の免許を取ること)に画策した。だから郵政に頭が上がらず、郵政大臣の金権疑惑を書いた社説を抗議を受けて差し替えたことすらあった。

 この三者の思惑が、バブル経済によって一気に実現したのがMXテレビである。

●最大の弱点は「映らない」こと

  こうして九三年四月に設立され、九五年十一月に開局したMXテレビには、一つ決定的な弱点があった。そして、右に書いた設立事情に関わる構造的な弱点といえば、それこそ無数にあった。

 決定的な弱点とは、このテレビ局が第五局までのVHF局ではなく、UHF局だったことである。

 VとUではアンテナが異なるから、UHFアンテナを付けなければMXテレビは映らない。しかも、Uのアンテナは指向性が強いため、映る方向にアンテナを向けなければならない。ところが、首都圏のUアンテナは、以前からのU局、たとえばテレビ神奈川(プロ野球の横浜ファンが見る)やテレビ埼玉(野球の西武ファンとサッカーの浦和レッズファンが見る)の受信方向を向いている場合がほとんどなのだ。

 つまり、MXテレビは無料の民放テレビでありながら、アンテナ(屋根付きなら二〜三万円以上、室内なら数千円)を付け、しかもテレビの周波数を設定をしないと、見ることができない。東京では民放全系列をタダで見ることができるのに、だ。

 それに、三万円出してUアンテナを付けるのは余程酔興《すいきょう》な人で、普通の人なら四万円出して二百数十チャンネルのCSかBS(どちらも有料)を見ようとするだろう。 MXの発表によれば、五百二十万所帯のうちアンテナを向けているのが八十万世帯(約一五%)、CATVで視聴可能な世帯を含めて二百二十万(四割強)という。

 しかし前者は目視調査の結果だから、MXが受信可能な共同アンテナを設置している新築マンションの町内で調査すれば、どうにでも操作できる。都内でMXテレビが映る世帯は、多めに見積もってもせいぜい二〜三割だろう。もちろん実際に見ている世帯はさらに少なく、視聴率でいえばコンマ何%という世界になってしまう。

 仮に、百万世帯で他民放と競争し視聴率五%を取ったとしても、視聴世帯は五万。東京では「町」のレベルだ。普通の企業が五万世帯にメッセージを伝えたいときは、テレビCMなど作らずに、一枚十円の新聞折り込みビラを巻くに決まっている。だから、MXテレビは広告で運営する民放テレビでありながら、肝心の広告が思うように入らない。これが決定的な弱点である。

 では、なぜ経営が成り立っているかというと、都が主催する公営ギャンブルのカネが流れるのと、出資企業が赤字覚悟の出稿をしているからだ。それでも開局二年半後の九八年三月末で、累積赤字は七十二億円以上。早晩、資本金百五十億円を食いつぶすことは間違いない。

●寄合所帯の大混乱

  構造的な弱点の最大のものは、さまざまな思惑をもつ者たちの寄合所帯で出発したから、長いことまともな経営がなされなかったことである。

 「電波は利権である」ことにいち早く気づいたのは田中角栄だったが、そのことがMXテレビほど露骨に現れたケースも、最近では珍しい。

 まずMXは、政治的な利権として、都知事、都庁官僚、都議会議員たちに徹底的に利用された。ある都議OBがこの放送局に顧問として入りたい、それは無理だ、では代わりをという話から、ある一派がこのテレビ局に入り込み、営業部門の責任者になった。その営業とは、企業の「宣伝部」ではなく「総務部」に出向くというもの。開局直前に、準備していた特別番組のほとんどにスポンサーが付いていないという異常事態が判明し、大騒ぎになったほどだ。

 寄り合い世帯の無責任体制は、一派を押さえ込むことができず、火中の栗を拾うために送り込まれた元TBS副社長は、一派に操られた銀行OBの社長から逆に追い出されてしまう。その人物が会議で椅子を放り投げる。出席者は恐怖に震えて黙りこくるということが、都、鹿島建設、ソニーが筆頭株主の放送局で、本当に起こったのである。

 こうした出来事を、青島幸男前知事は知ってか知らずか無視し続け、都知事会見や都議会中継をしてくれるありがたいテレビ局としてさんざん利用した。そんな政治的な利権に、臨海副都心建設という建設利権、情報通信インフラ整備という新しい利権も加わって、MXは混乱をさらに深めた。

 たとえば、MXテレビは、二十一世紀型の新しい放送局として放送設備をデジタル化し、ビデオジャーナリストを何十人も配置するという触れ込みだったが、設備受注を巡ってソニーと松下が大喧嘩した。

 あるいは、映像ライブラリーを作るといったプロジェクトに莫大な予算が付いたから、何をしているかわからない怪しげな半官半民会社ができた。その会社にMXも出資し、会社があるのはMXテレビしか入居していない臨海副都心のモデルビルの上層で、誰某は予算何億を引っ張った、誰某《だれがし》はMXの社員なのに上の階にしか顔を出さないといった噂が、バブル紳士たちの間を駆け巡った。

●本当の都民テレビになれ

 このMXテレビの無責任体制は、前社長がいよいよ退陣に追い込まれ、東京FM社長の実力者、後藤亘が社長に就任して、ようやく収拾されたとされている。

 問題の人物はまだ社内にいるが営業からは外され、その手下も社を去った。営業は電通から迎えたこれも実力者が仕切っているから、ようやく正常化が始まったわけである。

 しかし、MXテレビの正常化とは、この放送局がバブル時代に華々しく掲げた「アナザウェイ」(別の道)を放棄することをも意味した。つまり、二十四時間放送、ワイド放送、一日十二時間のニュ−スにこだわった編成、ビデオジャーナリストによる独自の視点といった当初の「売り」は、ほとんど姿を消し、そこいらにある独立UHF局と変わらない道を歩み始めたのだ。

 しかし、Uだから映らないという決定的な弱点と、寄り合い所帯という構造的な弱点が、克服されたわけではない。広告がつかないものはつかないし、都や出資企業が傾けばMXも傾いてしまう。

 結局、このテレビ局が生き残る道は、都知事や都庁のためでも地元財界のためでもないテレビ、東京都民のためのテレビとして生まれ変わるほかにない。新都知事と都議会のバトルを中継すれば息を吹き返すほど、屋台骨の傾きは小さくないのである。