メディアとつきあうツール  更新:2003-10-01
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

呉越同「星」
JSB(日本衛星放送=現WOWOW)の
ソフト戦略と経営展望

≪リード≫
 ”予定通り”であれば1990年8月24日、放送衛星BS-3aがH1ロケットによって鹿児島県・種子島宇宙センターから打ち上げられる。万事順調なら、現在、衛星をカリマンタン上空の静止軌道に乗せる作業が進められているはずだ。同衛星は3チャンネルで、NHK第一と第二、それに日本衛星放送(JSB=現WOWOW)が使用する。

 もっとも90年2月、NHKのBS-2Xと通信衛星スーパーバードBを積んだ仏アリアンロケットが発射直後に爆発した(給水パイプに詰まった布切れ1枚で四百数十億円がフイになった)ように、ロケット打ち上げは何が起こるかわからない。

「そこはもう、念力で絶対に成功させる」(JSB取締役業務局長・桑田瑞松)という言葉を信じて、以下にJSBの今後の展開を探っていきたい。

(「放送批評」1990年10月号 特集「WOWOWがやってくる!」)

JSB(現WOWOW)には、大企業193社が参画

 日本衛星放送株式会社(JSB=Japan Satellite Broadcasting, Inc.)。昭和59年(1984年)末に設立されたわが国初の民間衛星放送局である。

 取締役会長は経団連会長の斎藤英四郎、代表取締役社長は郵政省の放送行政局長だった徳田修造。非常勤取締役には八尋俊郎三井物産会長、関本忠弘日本電気社長、木暮剛平電通社長、岡田茂東映社長、青井舒一東芝社長といった名前が並び、監査役は東京電力会長の平岩外四にソニー会長の盛田昭夫という超豪華メンバー。なにしろ、社員は90名弱(1991年4月に140名を予定)なのに取締役が29人もいるのだ。民放の社長クラスや新聞社の電波担当役員も入っているが、名前だけだと、どうも影が薄い。

 一方、払込済資本金約260億円という同社の株主構成をみると、民放連以下民放14社、新聞13社のほか、出版、広告、映画、CATV、電機を中心とするメーカー、建設、不動産、私鉄、商社、流通、電力、銀行、四大証券に生損保と、日本を代表する企業193社が”大同団結”して加わっている。

 構成メンバーの思惑、寄り合い所帯の舵取りについては後述するが、ともかくもJSBは東京都江東区・辰巳の放送センターからBS-3aに電波を発射、全国に衛星放送を行なうことになる。1990年11月30日から試験放送開始、91年4月から本放送に移行する予定だ。

 この「民間」会社社長にOBを送り込んでいる郵政省(現・総務省)の担当課では、JSBの意義について次のようにいう。

「JSBは民放で初めての衛星放送会社。BS-4の8チャンネル化やCSによる放送など新しい放送の時代を控えて先頭を切るわけで、しつかりした第1号になってほしい。同時に、民放としては初めて有料放送を開始する。課題も多いが、ぜひ成功してもらいたいですね」(放送行政局衛星放送課長・團宏明)

 衛星放送課によれば衛星放送の受信世帯は1990年6月末で261万世帯。とくに、NHKの有料化がはじまった平成元年(1989年)の8月に個別受信と共同受信(CATVを介した受信)数が約83万世帯と初めて並んだころから、個別受信世帯の増加に弾みがついてきたという。261万世帯の内訳は個別が161万、共同が100万。91年4月の本放送開始時点では、個別受信世帯だけでも二百数十万に達するものと思われる。

 NHKがさんざんPRしてくれたお陰で、JSBにとっては離陸しやすい環境が生まれつつあるわけだ。もっとも当のNHKの衛星受信契約率は50%程度と低迷中だが。

 さて、JSBが成功するか否かは、いうまでもなく「初めての有料放送」(ペイテレビ)がどの程度受け入れられるかにかかってくる。まず、有料放送の仕組みと中身をみていくことにしよう。

WOWOWの”5S”

 JSBは放送時間(24時間)の半分以上、電波をスクランブル化(攪乱)して流す。これを視聴するには、BSチューナーとアンテナ(NHKの衛星放送を見るのと同じ)にプラスしてデコーダー(暗号解読器)が必要となる。スクランブル放送以外の部分はデコーダーがなくてもみられるが、これは加入案内や地上波と同じニュースなど、どうでもいい内容だ。

 実際の加入手続きは、まず電器店などに置かれる申し込み書に必要事項を記入してJSBに送る。JSBでは視聴料を引き落とす口座の確認その他をしたうえで、デコーターを申し込み者に送る。このとき加入料として2万7000円が引き落とされる。あとは、デコーダーをテレビとチューナーの間に接続すれば、月極め料金2000円を前払いする限りスクランブル放送を楽しめるという仕組みだ。

 JSBとしては月に2500円程度は取りたかったようだが、マーケティング調査などの結果、ロードショー1回分、NHKの受信料と同レベルに落ち着いた。あるリサーチでは、NHKの衛星放送を個別受信している人の8割が、月額2000円程度なら別の有料放送を見たいと考えているという結果が出たそうだ。

 この申し込みは90年12月1日から受け付ける。JSBでは本放送スタート後半年で加入世帯40〜50万、平成4年(1992年)3月末までに100万、BS-3aの最終年度である平成9年(1997年)度末には600万という目標を立てている。

 気になる放送の中身はどうか。

「JSBのコール・ネーム(愛称)はWOWOW(ワウワウ)。三つのWはWorld―Wide―Watchingを、二つのWoはWonderful―Wonderを表わす。WOWという感嘆詞もあるし、いつも新鮮な感動を届けたいって意味なんです。そして、番組編成ではスクリーン、サウンド、ステージ、スポーツ、ショッピングの”5S”が柱。とりわけスクリーンを中 核に、ワールド・エンターティンメント・ステーンョンを目指します」(桑田業務局長)

 スクリーンは映画、それも洋画でアメリカの作品が主体だ。名画もあるが目玉は公開後1〜2年という新作。もちろんノーカット、字幕スーパー、中断なしで放映する。年間400本程度を流す予定で、1本を何度もリピートする。この映画が全放送時間の5〜6割を占める見込みだ。米ペイテレビとの合弁でWOWOW Programing, Inc.という映画買い付け会社も設立、稼動している。

 サウンドは内外ビッグ・アーティストのライブが中心。国内ではニューミュージック、ロック系のプロダクション数十社と音楽番組を制作配給する新会社メルサットを設立した。音楽といってもNHKが力を入れているクラシックやオペラには手をつけない。

 ステージは、ブロードウェイなどメジャーに限らず国内の小劇団の公演にも力を入れていく。月3本くらいは編成したいという。

 スポーツは米プロボクシングの世界選手権、国内プロレス、二輪、米カレッジのバスケットやフットボール、アイスホッケーなど。ただし、2〜3年先までの放映が成約済という分野が多く、目玉商品には欠けるようだ。オリンピックや世界陸上は、やらない。

 最後のショッピングは、世界の有名ブランドや若者むけグッズを紹介、電話で注文を取るというもの。月1回発行する番組ガイドにもカタログを載せる。代金の決済はクレジット・カードを考えており、提携カードの発行も検討中の模様。もっとも「これで儲けようとは思っていない。現地価格+実費くらいで提供したい」(桑田業務局長)そうだ。あくまでも加入者への特典という位置付けである。しかし、JSBにはセゾングループなど大手流通が参入しているから、今後の展開は興味深い。

 なお、放送でCMは、当面流さない。これについては、広告を入れてたとえわずかでも収益を求めるべきだという声と、有料放送にCMはそぐわないという考え方がある。加入者を募るのにCMなしは謳い文句のひとつになるから後者でいくわけだ。既存民放を刺激しないとの配慮も働いている。しかし、将来加入者が増えて媒体価値が上がれは、CMも導入されるはずだ。地上波の例では、300万世帯(ほば名古屋地域に相当)で広告収入200億円が見込めるといわれている。

既存放送(NHK、民放)との違い

 こうして、JSBの放送の中身をみたうえで、改めて冒頭に紹介したわが産業界代表たちの顔触れを眺めると、両者のギャップは際立っている。実際、電通の作ったWOWOWのPRビラと、経団連会長斎藤英四郎がのっけから登場するJSBの会社案内を並べると、笑える。

「……海外および日本のトップアーティストのファンタスティックなステージと、衛星放送ならではのドライブ感あふれるハイグレードな音質に、あなたは居ながらにしてライブの興奮に酔いしれることでしょう」(ビラ)

「この国策的ともいえる事業にたいしまして、広く各界、各層のご理解とご支援をお願いする次第であります」(斎藤英四郎あいさつ)

 ”国策的”なライブの興奮! ”衛星放送ならではのドライブ感”を各界、各層は果たしてご理解可能であろうか?

 冗談はさておき、このギャップこそが、日本初の民間衛星放送を、ひいてはニューメディアのあり方そのものを象徴していることはたしかだ。国策的な巨大ハードシステムで運営されてはいるが、実はターゲットをしほり込んだミニコミ――それが現時点でのWOWOWチャンネルであり、ニューメディアなのである。

 たとえば、JSBの想定するターゲットは
「40〜50代の夫婦とその子供たち(中学生〜大学生)、および30歳前後の独身女性」である。三つ目はいわば媒介ターゲットで、お金持ち、ファッション性が高く、自由なライフスタイルを持ち、行動半径も広い。この女性たちが若い人に与える影響度は少なくないというのだ。

 そして、50代の両親まで入っているのはカネを払うからで、本当はその子供たちと、団塊の世代とが主たる狙いらしい。

 このようにターゲットをしぼるマーケティングの手法は、有料テレビならではである。桑田業務局長に、既存の放送との違いをまとめてもらうと、次のようになる。

「第一に映画中心ですから、編成の手法がまるで違う。実は、全国1波の衛星放送を個別受信するペイテレビというのは世界に先例がないのですが、似たような成功事例――米HBOやショータイム(いずれも通信衛星を使うCATVで、受信世帯は2200万と700万)や仏カナルプルス(地上波。300万世帯に普及)をみると、有料放送は映画以外に成功はありえないんです。第二に、有料で中身が限定されているのだから、マーケティングの手法が違う。第三に加入者のマネージメントという新しい仕事が加わる。集金やメンテナンスはもちろん、つねに加入者の満足度を把握し、それを編成にフィードバックさせていかなければならない」

 既存の放送局は、スポンサー(NHKにあっては国、民放では広告主)に対するマネージメントはしても、視聴者のマネージメントはマジメにやったことがないようだから、第三の点についてはJSBを見習うといいかもしれない。

 さらにJSBではこんな声も開かれた。
「ペイテレビは、民放もNHKも含めて、いまある放送とはまったく違う。既存放送局から学ぶノウハウなんて何もありませんよ」
 かなり刺激的な発言である。

リーダーシップを握る流通・商社

 既存の放送ノウハウかまったく役に立たないとなると、民放も流通も商社もハンデなし。ならば資金力の大きいほうが勝ち残るに決まっている……。

 そういえば桑田業務局長は「われわれの仕事にいちはん近いメディアは雑誌。テレビ感覚より雑誌感覚が役に立つ」といっていた。また、いま実際JSBで編成を手がけているのは流通・商社グループである。以前は民放グループがやっていたが、うまくいかず交代したという話もある。

 そもそも民放各社は、JSBに「自衛上」「後ろむきで」参画しているから、始めからヤル気が違うのかもしれない。

 もっとも、JSBはソフトの買い付けなどに追われる準備段階。
「まだ放送が始まっていないから、放送知らずの大企業的な発想で物事は進んでいく。しかし放送が始まれば思いがけないトラブルも出てくる。そのとき放送のノウハウがなければどうしようもない。テレビや放送とは手作りの中小企業でして、ポンとカネを出して映画を買ってくればいいというものではないのですよ」
 と反論するJSBの民放関係者もいる。

 三菱や住友など大商社が海外の映画作品――それも以前はだれも見向きもしなかった”ジャンク”(がらくた)を法外な値段で買い漁《あさ》るというので業界の反発がある。似たようなケース、大企業的な荒っぽいカネの使い方がJSBの場合でもあるらしい。

 以上は「民放―非民放」での意見の相違だが、なにしろJSBは193社の寄り合い所帯。「マスコミ―非マスコミ」でも思惑は違うし、非マスコミの中にもメーカーもあれば流通もある。同じ流通でもセゾンと東急というようにライバル関係がある。

 「呉越同舟」ならぬ「呉越同星」というわけで、さぞ交通整理が大変だろう。このあたり水を向けると、
「たしかに大変ですが、それを言い出せばキリがない。JSBに出向してきた人間が出身企業のことなど考え始めたら一歩も進めませんよ。だからJSB執行部の利益だけを判断して動くことにしている」(桑田業務局長)
 との答えが返ってきた。

郵政(現・総務省)にとっては”うちの会社”

 ところで、JSBに熱い思惑を秘めているのは一般企業だけではない。寄り合い所帯のまとめ役(ある官僚によると「ゴトゴト煮えたナベの落としぶた」)としてOBを送り込む”郵政”の思い入れも、また、格別らしい。

 郵政省(現・総務省)を取材すると「JSBはうちの会社」「自分たちが作った会社」という意識が強い。もちろん国の調整なしに民間衛星放送の一本化などできるはずもなかった。さらに具体的なバックアップ施策としては次の二点が挙げられる。

「ときどきNHKも忘れていますが、そもそもBS-3という衛星自体が国の開発と一体になっている。また、スクランブル方式はCOATEC(コンディショナル・アクセス・テクノロジー研究所)が開発しましたが、これには基盤技術促進センターを通じて国も出資している」(團・衛星放送課長)

 だからこそ「うちの」となるわけだが、国の支援は支援、民間全社の事業は事業というケジメをきちんと付けておかないと、弊害が少なくない。

 JSB内部にも次のような声がある。
「郵政は衛星放送の半分以上は有料(スクランブル)放送でなけれはダメと決めているが、こんな規定は要《い》りませんよ。それに、やがてBS-4の8チャンネル時代がきて、特化、専門化することはわかっているのに、なぜわれわれが総合局でなければいけないのか。番組調和の原則とか、実際、ニュースもやれといわれるんですよ。事業面でのチェックも厳しいし、もっと自由にやらせるべきだと思う」

 JSBは民放各社から素材の提供を受け、地上波と同じニュースを流すそうである。流せば番組調和原則も満足され、総合局の体をなすということらしい(郵政からすれば)。

 しかし、JSBはどうみても映画偏重の放送局だ。番組調和などとれていないし、調和していることが望ましいと思うほうがどうかしている。この規制緩和も今後のテーマだ。

 さて、予定通りであれば、寄り合い所帯JSB内部のバランスを微妙に保ちながら、そしてとりあえずは衛星放送そのものを普及させるという共通の目的をかかえてJSBとNHKとのバランスも保ちながら、BS-3aは東経110度の赤道上空に静止しつつある。

 1989年の放送法改正で通信衛星CSによる放送の個別受信の通が開かれた。90年春に予定されるPCM音声放送を皮切りに、段階的な映像の多チャンネル化が進むはずだ。さらに先の話になるが、1997年にはBS-3に代わって8チャンネルのBS-4が登場する公算が大きい。

 この新しい放送の時代――衛星の時代を目前にして、JSBの事業展開を注意深く見守ることには大きな意味がある。有料放送はどの程度認知されるのか、JSBの既存放送とは異なるマーケティングやマネージメントはどれほど有効か、ソフト調達のノウハウにはどんなものがあるか、コマーシャルはどうなるのか……。

 こうした問題に目をむけることは、新しい時代を予測する大きな判断材料となろう。一方、JSBには、特殊な寄り合い所帯だったり、郵政の”うちの会社”意識が働いたりと、来《きた》るべき多チャンネル時代を見通そうとすると邪魔になる要素も含まれている。唯一初めてのケースだけに、これをみて地上波と衛星放送の競合や調和について早急に回答を求めようというのも無理。

 新しい放送の時代を前に、模索や試行錯誤はまだまだ続くだろう。

 それにしても、民放のJSBに対する後ろむき姿勢はもう少しなんとかならないのだろうか。自衛上参入したにせよ、民放はJSBの最大出資グループ。JSBは、いわば国策会社で、郵政としても絶対につぶせない会社だから、もっと積極的にきりまわし、新しいノウハウを得る場、あるいは新しいアイデアの実験の場として利用するべきではないのか。

 民放は仕方なくカネを出して入ってみたものの、JSBで主導権を握りノウハウを蓄積しているのは流通・商社といった”第三グループ”ばかりにみえるのは残念である。

*本稿脱稿後の1990年8月13日現在、ロケットのガス漏れによりBS-3aの打ち上げは8月28日に延期が決定。