メディアとつきあうツール  更新:2003-07-10
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【Q&A】風評被害

(「潮」2002年03月号「市民講座」)

風評被害とは?

 ニュース番組に「風評被害」という言葉が出てきました。どういうことですか?

 「風評」は、世間の評判、うわさ、取り沙汰《とりざた》といった意味です。そこで「風評被害」を単純に言い換えれば、「うわさによる被害」となります。うわさは、人物や物事について陰で話すこと。当事者に直接、事実を確認したわけではなく、何の根拠もない誤った情報や、意図的に言いふらすデマ、流言飛語《りゅうげんひご》も含まれます。もちろん「火のない所に煙は立たぬ」で、根拠は存在するがあいまいな点が残るという場合もあります。

 関東大震災(1923年)の際は、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」という流言が飛び交い、朝鮮人虐殺事件が発生しました。「流言飛語の発生数は、状況のあいまいさと、状況が生命に及ぼす危険の重要さに比例する」といわれますが、これが社会的な偏見でさらに増幅され、おぞましい事件が起こってしまったのです。虐殺された朝鮮人も「うわさによる被害」者といえるでしょう。

 しかし、最近の「風評被害」の意味はもっと限られています。ジャーナリストの佐々木敏裕氏によると、この言葉がマスコミに登場したのは、1981年9月10日の日本経済新聞地方経済面に「道、北海電との泊原発『安全協定』案を月内にも四町村に提示 風評被害の補償も」(道は北海道)と出たのが最初。当時は主として原子力関連で使われ、97年のナホトカ号重油流出事故あたりから、広く使われるようになりました。

 「風評被害」が単なる「うわさによる被害」と異なるのは、まず事件や事故が起こり、これをマスコミが報道すること。そして、報道をきっかけにして、あいまいな情報である風評が立ち、特定の地域、業界、企業などに経済的な被害が発生するということです。

風評同様に、被害もあいまい

 具体的には、どんなケースがありますか?

 最近、風評被害が指摘された事件や事故には、99年の所沢ダイオキシン問題(農産物が売れず)、JOC臨海事故(農産物が売れず、観光客も減少)、2000年の埼玉ハム・ソーセージ問題(県が特定企業の製品からO−157菌を検出と誤って発表し、回収騒ぎに)、2001年の同時多発テロ(沖縄で観光客が減少)、狂牛病(牛肉はじめ牛に関連する製品が売れず、焼肉店や牛肉を使う外食産業でも客が減少)などがあります。

 「風評被害」による被害金額は、どのように算定するのでしょう?

 具体的な「風評被害」の見積もりは、簡単ではありません。たとえばナホトカ号の重油流出事故では、福井県を中心に日本海沿岸の8府県に油が漂着。油汚染で日本海沿岸の水産物は売れなくなり、越前ガニなどの需要が減ったほか、観光地でも宿泊客が減るなどしました。

 しかし、実際に油に汚染された水産物は売り物にならず、目の前の海が油まみれの旅館に客は泊まりません。そのような漁協や旅館の被害は「風評被害」ではなく、重油流出による「直接被害」。油汚染の影響が完全になくなったのに、なお平年の売り上げを下回れば風評被害が続いていると推定できますが、影響が残っている段階では、どこまでが直接的な被害で、どこからが風評被害か、算定するのが難しいのです。

 当時の水産庁の「風評被害対策」(平成9年1月10日)では、漁協に対して「当該産地市場においては、油の付着の有無に関する検査(視覚、臭覚等による官能検査)を実施するよう指導」と通達し、外見と臭いに問題がなければ出荷可能と判断しました。すると市場関係者が風邪気味で鼻が利《き》かなければ、油に汚染された水産物が出回る可能性があったわけです。消費者がそう考えて買い控えた分を風評被害と断定してよいかどうかも、議論の余地があります。

 テロ事件で旅行者が減った場合も、単純に100%風評被害とは決められません。というのは事件後、旅客機の爆弾騒ぎがあったから。実際に墜落していれば、旅行を控えた人は風評に惑わされたのではなく賢明な判断をしたことになります。「風評被害」は、風評そのものと同じようにあいまいなもので、だからこそやっかいな問題なのです。

テレビ報道の問題点も

 「風評被害」の背景には、どんなことがありますか?

 風評被害の風評は、単なる流言飛語ではなく、実際の事件や事故に起因します。ですから風評被害を生む最大の責任者は、(自然災害を除けば)事件や事故を起こした当事者です。

 たとえばJOC臨海事故は、原子力の入門書を読めば素人でも危険とわかる馬鹿げた方法で核燃料を扱って核反応を起こし、半径10キロ圏内の住民には外出自粛が呼びかけられました。その地域の農産物を買わないという消費者の考え方はまったく自然で、その責任は第一にJOC(死亡した作業員も含む)にあり、第二に国策として原子力政策を推進しJOCを指導監督する立場の国(政府)にあります。

 よく「風評被害」が生じるのはマスコミの責任という言い方がされますが、これはとんでもない間違い。所沢のダイオキシン問題でも、特定の報道番組が名指しで非難されましたが、それ以上に責任があるのは、ダイオキシンを排出した産廃業者であり、その指導監督を怠った自治体であり、ダイオキシンの検査数値が高いことを隠し続けた地元農協(農協に加入する農家を含む)に決まっています。

 以上を前提としたうえで、マスコミ報道の問題も指摘しておきます。最近の報道はテレビのウエイトがたいへん高くなっていますが、テレビ報道には、生や生に近い速報性を重視する、取材や放映時間の制約が大きい、映像が必要である、視聴者が幅広いためわかりやすくする、といった特徴があります。その結果、物事の白黒を単純に断定しがちで、グレーゾーンの情報を伝えにくいのです。また放送(送りっ放し)というくらいで、後追い報道や、調査・解説報道にあまり力を入れない傾向があります。その結果、事件や事故報道をきっかけに「どうも××が危ないらしい」という、あいまいな情報だけが視聴者に伝わり、風評被害につながってしまいます。

情報公開や解説報道が必要

 風評被害を最小限にくいとめるには、どうすればよいでしょう?

 事件や事故を起こってしまったら、第一に関係企業、業界、行政の徹底的な情報公開が必要です。風評被害の拡大を恐れて事実を隠すことは、必ず逆効果を生じます。

 第二にあらゆる可能性を考えて抜本的な安全対策を講じ、そのうえで安全性を徹底的にPRすべきです。小出しにする対策、中途半端な段階の安全宣言、大臣が牛肉を食べる類のパフォーマンスは必ず逆効果を生じます。これらの点で、狂牛病に対する農林水産省の対応は最悪でした。1頭目の牛は焼却処分と発表して後で肉骨粉に回したと訂正したり、最初に打ち出すべき牛の全頭検査を後から打ち出したり、危機管理がなっておらず風評被害を拡大させたといえます。

 第三にマスコミは、事件や事故だけでなく風評被害を想定した解説報道をすべきです。そして、リスク(危険性)についての正しい考え方(たとえば日本で狂牛病患者の発生する確率は極めて低く、牛肉はタバコより安全といえる)を、わかりやすく丁寧に伝えるべきです。

 第四に私たちもテレビ報道だけを鵜呑《うの》みにせず、新聞、雑誌、インターネットなどをバランスよく目配りする必要があります。