メディアとつきあうツール  更新:2003-07-09
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【Q&A】郵政改革

≪リード≫
ここにリードが入る
(「潮」2002年09月号「市民講座」)

郵政三事業とは?

 郵政法案の成立が確実と聞きました。郵政改革について教えてください。

 日本では郵政省(現在は郵政事業庁)が、いわゆる「郵政三事業」を独占してきました。三事業とは、郵便、郵便貯金(郵貯)、簡易保険(簡保)の3つ。この3つの現業部門をもつ郵政省は、30万人以上の職員をかかえる現業官庁でした。

 江戸時代には町飛脚が運んだ郵便は、明治時代に入ると近代的な国家建設の一環として整備されます。1円切手に描かれている人物・前島密によって、明治4年(1871年)から現在のような国営の郵便制度がスタートしました。

 これはイギリスのローランド・ヒルが1840年に導入した郵便制度――全国一律料金の1ペニーで切手を買い、封書に貼ってポストに投函するというシステムにならったものです。

 郵便貯金は、やはりイギリスの制度にならい明治8年(1875年)に創設されました。当時は、金銭を軽んじ利殖を卑しむ風潮があり、銀行も未発達。そこで国の信用に基づく貯蓄制度をつくり、国民に貯蓄を勧めて生活を安定させ、近代国家建設のための資本を集めようとしたわけです。この資金は大蔵省預金部に預けられ、殖産興業や富国強兵に利用されました。

 簡易保険は、やや遅れて大正5年(1916年)、民間の保険に入ることができない国民でも、安い保険料で簡単に利用できる生命保険として創設されました。国民の経済生活を安定させ、福祉を増進させることに役立ったのです。

 ところが、郵便と郵貯は130年前、簡保も八十数年前に始まった古い制度。日本が貧しく欧米列強に必死で追いつこうとした時代には大きな役割をはたしたものの、今日ではさまざまな問題を抱えるに至りました。抜本的に改革しなければならないところまで来ているのです。

特定郵便局は赤字の元凶?

 どんな問題があるのでしょうか?

 まず郵便ですが、あらゆる国営事業が赤字となる例に漏れず、これも赤字構造をもっています。正確には91〜93年は赤字、94〜97年は黒字、98年以降は赤字です。

 なぜこんな収支になるかといえば、93年に郵便料金を値上げしたから。赤字がたまると値上げするのは、競争相手のない独占事業だからです。なお、小包郵便物は民間の宅配便事業者という競争相手がいるので、これに顧客を取られ、この10年ほど取扱量が減少しつづけています。

 電子メールや携帯電話の普及が進み、しかももうすぐ日本の人口は減り始めますから、今後郵便は簡単に値上げができるような成長が望めません。それなのに2兆2500億円(2000年度)にのぼる郵便事業のコストのうち6割が人件費。郵便局員は国家公務員ですから、コスト削減が非常に難しいのです。

 また、全国に約2万5000局ある郵便局の4分の3の、1万9000局近くは「特定郵便局」と呼ばれる特殊な郵便局。その建物は局長個人の家を賃貸料を払って借りている形をとり、局長は国家公務員であるにもかかわらず国家公務員試験を受けずに任用されます。局長の息子が跡を継ぎたいといえばなれるので、国家公務員の「世襲」制度が存在するのと同じ。これは世界に例のない非近代的な制度です。

 小さい郵便局でも局長ですから給与はそれなりに高く、「渡切費」《わたしきりひ》という不透明なカネが支払われる慣習が長く続くなど、特定郵便局は郵便事業の赤字の元凶の1つといわれます。

郵貯と簡保の資金で公共事業

 郵貯と簡保はどうでしょう?

 資金量250兆円の郵貯は、世界最大の金融機関ともいえます。法律で元金と利子全額を国が保証すると決められているので極めて安全で、中でも「定額貯金」(半年複利で6か月以上の自由満期、預入時の金利を10年間固定)が破格の有利な商品だったため、個人の預貯金の実に3分の1以上を占めているのです。

 貯金する側にとっては、安全で利子が高ければ文句はないように思えますが、実は郵貯は局舎も人件費もコストに入れず、税金も支払わない事業。当然、自前で店舗を構え税金を支払う民間金融機関から顧客を奪う「民業圧迫」を招きます。

 集めた資金は財政投融資に回され、高速道路や本四架橋などの公共事業に使われます。これらが大赤字でムダが多いことも常識。その赤字を税金で穴埋めするなら、郵貯の利子を税金で補填《ほてん》するのと同じことです。

 簡保も資金量150兆円で、郵貯と同じく民間の生命保険を圧迫しています。集めた資金が財政投融資に回るのも同様です。

 金融とは必要なところへ必要なカネを融通することですが、郵貯や簡保の資金は市場原理とはまったく無縁なかたちで、非効率な公共部門に湯水のように使われているわけです。その割合が大きすぎるため、日本の金融制度を大きくゆがめています。しかも、その投資先では膨大な不良債権が発生していると思われます。一方で、本当に資金を必要としている成長産業や中小企業には、最初から個人の預貯金の3分の1以上が回らない仕組みなのです。

郵政改革のゆくえは?

 問題点はわかりました。では、郵政改革はどんな方向を目指すのですか?

 橋本龍太郎内閣の1997年9月、中央省庁の再編を目指す行政改革の議論のなかで、郵政三事業は、郵便だけを国営で残し郵貯と簡保は民営化するという中間報告が出ました。これは、特定郵便局や労働組合(どちらも有力な集票マシン)の意を受けた与野党政治家、既得権益にすがる官僚が猛反発し、つぶされます。

 2001年の省庁再編では、郵政省の郵政・郵貯・簡保の担当局が総務省の外局である郵政事業庁となって、郵政省は消滅。この郵政事業庁が、2003年4月から「郵政公社」という国営の公社に移行し、その職員は国家公務員のままとされることになりました。

 こうした方針が決まる頃、首相になる前の小泉純一郎氏にインタビューしたら「民営化するほかないが、できない。何年もたって大赤字が累積し、にっちもさっちもいかなくなったところで民営化するだろう」といっていました。ところが、民営化論者の小泉さんが首相になったので、構造改革の柱の1つとして郵政改革が叫ばれているわけです。首相は5月、国会で「公社化は民営化の一里塚」と断言しています。

 とはいえ、国営の公社化という方針は動かせず、「日本郵政公社法案」など郵政法案の審議過程で、条件付きで郵便事業に民間参入を認めるといった手しか打てませんでしたが。

 今後の見通しは?

 まず、郵便への民間参入の道が形式的には開かれますが、宅配便業者などは「かえって規制強化になる」として参入を見送る方針で、当面は実態のない「門戸開放」となります。国営の公社で職員は国家公務員のままですから、まともな「儲けるための経営」は期待できず、本格的な合理化は進みそうにありません。

 また、三事業が一体のまま公社として独立採算制に移行するので、民業圧迫の状況は変わらず、赤字が累積することになるでしょう。イギリスの「エコノミスト」誌は、郵貯と簡保の改革が手着かずに終わったことを「小泉首相が当初掲げた目標からすれば、漫画のようなもの」と皮肉っています。これでは抜本的な改革とはいえず、近い将来の「真の民営化」が避けられないのではないでしょうか。