メディアとつきあうツール  更新:2003-07-09
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

郵政の
イミなし規制緩和策

≪リード≫
ここにリードが入る

(「放送批評」1993年12月号)

目新しさのかけらもない規制緩和策

 1993年9月16日、細川護熙内閣は緊急経済対策の柱として、94項目に上る規制緩和策を打ち出した。郵政省が所管する放送分野では、国境を越えるテレビ放送の受信・発信の実現、CATVの地元事業者要件廃止とサービス区域制限の緩和、CATV施設の申請書類の簡素化、多重放送の料金を認可制から届出制にすることなどが盛り込まれた。

 しかし、これに対する関係者の見方は大変冷ややかである。いや、極めて不評であるといったほうがいい。

「郵政が打ち出した規制緩和策は、以前からさんざんいわれてきたことばかり。郵政省も重い腰を上げ、実施するつもりで研究会や懇談会の報告書に載せている話だ。これなら細川政権でなくてもやったでしょう。もちろん業界では、サービスを始めたときから主張してきたことで、目新しさのかけらもない。これで規制緩和と胸を張られても、失笑するほかはない。いままで存在したのが不思議なくらいの規制ですよ」(放送関係者)

「CATV関係は方針の大転換で、郵政にしては踏み込んだ規制緩和なんでしょう。しかし、これが景気浮揚のための緊急経済対策の一環というのはおかしい。規制は、CATVの発展を阻害してきた足枷《あしかせ》以外の何物でもなく、経済が良かろうが悪かろうが、外すべきだったのですから。緊急経済対策というドサクサ紛れに、失政を修正したというか、糊塗《こと》したというか。マイナスだったものをゼロに戻しただけで、プラスの意味はない」(CATV関係者)

 郵政省は、9月20日に郵政記者クラブで行われた放送行政局長記者会見で、規制緩和の内容を説明している。これが規制緩和というに値するかどうか、当日の配布資料をもとに個別に検証していこう。

 まず、第1は「国境を越えるテレビ放送の受信・発信の実現」だ。しかし、これを規制緩和というのは、実は奇妙な話である。というのは、国境を越えるテレビは放送法が予定していない事態で、そもそも規制する法的枠組みが存在しないからだ。法の枠外にあれば規制もへったくれもなく、もともと規制などできない。

 にもかかわらず、郵政省はこれをいままで「規制」してきたのだが、その根拠が面妖《めんよう》である。郵政省は「国境を越えるテレビの受信は電波法59条に抵触する恐れがある」と主張し、これを規制の根拠としてきたのだ。

 同条は「何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用《せつよう》してはならない」とあり、通信における秘密の保護を定めている。郵政省の強引な解釈によると、たとえば香港のスターTVを個別受信するのは構わないが、「スターTVをやっている」とか「昨日の番組はこれこれだった」と人にいってはいけない。また、これを受信してCATVを通じて流したりすると「窃用」になるのでいけない。

 まったく官僚というのは、おかしな理屈を考え出すものである。この伝でいくと、UFOからの通信を傍受し内容を公表しても、電波法違反に問われる恐れがある。西側のテレビを傍受してベルリンの壁を壊しにいった東側の連中は、自国に電波法がなくて幸いだったといわなくてはならない。

 さて、今回の規制緩和は放送法を改正し、「一定の条件の下で外国からの国境を越えるテレビ放送の受信を認知するとともに、我が国から発信する映像国際放送の実施を可能とする」(郵政省)という。個別受信に関しては現状を追認し、電波法59条の珍解釈は取り下げるものと思われる。CATV業者が中継配信する場合には、使用する通信衛星に関した事前合意、受信アンテナの大きさ、わが国の放送権や著作権への侵害の有無などの条件をつけて、クリアしているかどうか案件ごとに審査し認可する方針と思われる。つまり個別受信は現状と変わらず、CATVによる受信(再送信)は新たに規制強化を図ることになる。

 一方、発信については、大部分の放送関係者が一体誰がやるのか、あるいは遠い将来の話ではないかと考えている。NHKの衛星放送は台湾や韓国を中心に受信され、視聴世帯はCATV経由を含めて200万といわれており、NHKではこのカネが取れないか検討中だが、払わないといわれれば話はおしまいである。この不況下で、海外発信を本気で考えているテレビ局はまずないだろう。

 したがって、国境を越えるテレビの受信・発信が実現されても、当面は何事も起こらない。現実が法律を飛び越して進んでしまったから法律を整備するが、新しい法的枠組みでは一部認められる可能性がある、という話にすぎない。

 もっとも、中国や東南アジアの成長の可能性、文化の共通性を考えれば、国境を越えるテレビの受信・発信の可能性は決して小さくない。BS−4は日本国内に限定せず、極東全域をカバーする国際衛星として打ち上げたほうがよいという議論もある。今回の規制緩和がそこまで進めば、経済効果は甚大だ。ただし、郵政省がそこまで想定しているとは思えず、規制緩和は単に「認知する」という宣言に終わる公算が大きい。

 第二に「多重放送の料金規制の緩和」がある。これは、現在のところJSBの音声バンドに多重しているSt.GIGAの1社のみが対象だが、その料金を認可制から届出制に緩和するというもの。BS−4で、ファクシミリ放送やデータ放送が始まれば、これも対象になる。

 いうまでもなく、料金の認可制は視聴者保護のための規制である。StGIGAは郵政省が無理やりつくったものの経営が立ち行かず再建途上にあり、会社がなくなれば視聴者保護どころではないから、認可制を続ける意味はない。だから緩和するという、これはSt.GIGA救済策である。

 しかし、緩和したらどうなるというものでもない。郵政省は「料金設定が弾力化し、競争の促進が図られる」というが、競争相手に誰を想定しているのか。

 そもそも月額600円というSt.GIGAの料金は、動かす余地も、メリットもほとんどない。値上げすれば新しい客はつかないし、値下げ効果が見込めるほど高い料金設定ではない。月300円でも月1000円でも、1年分の営業収入を1月の経費で使ってしまう赤字体質の同社にとっては誤差の範囲。これを認可制にしようが届出制にしようが、経済効果はゼロと考えられる。

CATVにもCSにも遅すぎた規制緩和

 3つ目は「有線テレビジョン放送事業の地元事業者要件の廃止、サービス区域制限の緩和」だ。これは、(1)CATV放送施設は地域の情報メディアであることから、その事業主体については地元で活動基盤を有していることが望ましい、(2)施設区域については原則として市町村の区域とする、という2つの規制を取り払うものである。

 日本では、多チャンネル化の本命ともてはやされたCATVが思うように普及せず、業者の多くは赤字をかかえている。これが郵政省の規制に起因するところ大だとは、長年いわれ続けたことである。

 たとえば東京・文京区のCATV局は、区の境界まではケーブルを引けるが、道1本へだてた隣の新宿区の住民がいくら希望しても区域を越えてサービスしてはならなかった。道1本隔てた家ならば隣近所で同じ地元というのは、普通の発想。行政上の境界線が引かれているのだから地域が異なり、当然サービスも異なるべきだというのが、郵政省の発想である。

 地域に密着するからには、地元企業が主としてカネを出さなければダメというのも、硬直的な発想だ。ダイエーのスーパーやNHKのローカル局は地域に絶対根付かないと言い張るのと同様、無茶な話。住友商事は19のCATV局で経営に参加し、全国展開をしているが、それと地域密着とは別の話だろう。一方で、地元ならなんでもありのいい加減な免許を出しているから、東京の「すみだケーブルテレビジョン」のように、特定個人やそのファミリーが会社に寄生する弊害が生じてしまう。

 だから、今回の規制緩和は遅すぎたというほかはない。しかも、これは有線テレビジョン法の運用通達を改めれば明日からでも可能なのだ。CATVの規制緩和は、郵政省が法律に明確に定めがないのに、恣意的な通達レベルでがんじがらめに規制し、結局それが失敗だったことがわかったという典型的なケースである。

 第4に「衛星放送事業に係る放送時間の有料比率規制の緩和」がある。一般放送事業者が衛星放送を行う場合、1週間の放送時間において有料放送が50%以上を占めるものとするという規制が緩和される。対象となるのは、JSB、St.GIGA、CSテレビ10社の計12社である。6社のうち2社が撤退したPCM音楽放送では、すでにこの規制が外されており、CSラジオについでCSテレビでも、という緩和だ。

 しかし、この規制緩和にどれほど意味があるか。PCMラジオ局のある首脳は、自嘲気味にこう語る。

「あくまで有料放送として始めたメディアなのだから、有料の時間が半分以上あって当たり前。現行でも半分は広告を入れたノンスクランブル放送が可能で、規制緩和はあまり意味がない。この規制が外れたから有料放送の割合が3割や2割に落ちるというものでもない。だいたい、契約者数が3チャンネル合わせて1000に満たないから、広告を出してくれるスポンサーなんていませんよ」

 CSテレビでも事情は余り変わらないようで、「当社は今後もノーCMでいく。いまさら広告を入れたら視聴者が納得しない」(映画専門のCS局)と、緩和もどこ吹く風。深刻な経営危機に見舞われ、CMで稼ぎたいJSBにしても、50%以上の広告放送では視聴者が黙っていないだろう。規制緩和の効果はあまり期待できそうもない。

 第5に「有線テレビジョン放送施設の許可の申請等」。これは、許可などの申請書に付けるCATV施設の伝送路の設置図を簡素化するというもの。これまでは、末端まで記載した地図が必要だった。

 CATVの有線の各家庭までの配線図を、郵政省はなんのために欲しがったのか。同省によると「施設計画の合理性、確実性を審査するため」だそうだ。各家庭までの電線の引き方が最短距離を通っているかどうか、地図に定規でも当ててチェックしていたのか。契約者が何件あるという報告だけでは心配で、その家まで確かに電線が引っ張ってある地図ならば安心できたのだろうか。

 こんなもので審査するのは税金のムダ。もっと合理的で確実な審査方法はいくらもあるから、規制緩和は当然である。緩和しましたと胸を張れる話ではない。

 さて、1993年9月20日付の郵政の資料に載っている規制緩和策は以上5項目だが、その後、30日にはCS放送研究会の報告書が出て、これにはCS関連の規制緩和策が盛り込まれている。CSテレビの「複数契約時の割引料金制」導入、トランスポンダの弾力的な利用などだ。

 セット割引料金の導入により、SCC(宇宙通信)を利用するCSテレビ6社の料金は一括契約に限って月額3980円と、6チャンネルを個別に契約した場合より約3割値引きされる。また、トランスポンダの予備なし契約や時分割共用も認められ、CS各社の利用料負担が軽減する。

 このことは、5月に行われた認可申請で6波の認可枠に4波しか申請がなかったCSテレビの「定員割れ」状況と無縁ではない。枠いっぱいの申請を募ろうと焦る郵政省の足元を見て、申請4社がトランスポンダ負担軽減の規制緩和要求を突き付けたのだといわれている。

「前職の木下放送行政局長は、退任の際、CS放送だけは心残りといっていた。実際、郵政省はスカイポート構想に2年間も待ったをかけ、スクランブル方式の統一という基本的な交通整理すらできず、官主導のBS至上主義でCS放送の芽を摘むことばかり繰り返してきたんです。CS業界は、もはや郵政省に何の期待も抱いていませんよ」(事情通)

”やりやすい”大臣では変革の期待薄

 こうして見てくると、今回郵政省が打ち出した規制緩和策には、どうでもいいものや大して効果が期待できないものが目立つ。効果があると思われるものは、過去の失政を棚に上げて、規制緩和で取り繕おうとしている場合だったりする。

 さらに、なんとも心許なく、先が思いやられるのは、細川政権の誕生で、これまで田中―竹下―金丸派の牙城だったポストに就いた公明党の神崎武法郵政大臣が、今回の規制緩和を「事務当局の意見を聞いて、精いっぱいやった」と語っていることである。

 これが精いっぱいなら、あとは何を期待したらいいのだろう。すでに郵政官僚からは、「今度の大臣は、自民党の大臣よりもやりやすい」と「好意的」な評が出ている。たしかに、郵貯問題で当局と対立し、放送分野でも週刊誌インタビューなどで郵政のやり方に疑問を呈し、宮沢前総理に辞めろといって自ら辞任した自民党の小泉純一郎に比べれば、はるかにやりやすいだろう。しかし、官僚のいう「やりやすい大臣」は「思いのままに操れる傀儡大臣」というのと同義である。旧野党出身の郵政大臣がこんな調子では、国民は何のために自民党支配を終わらせたのかわからない。

 放送行政は基本的に免許行政であるから、業界には、免許を下す「お上」に盾つかず、その顔色をうかがうという体質が染みついている。それだけに官僚を通すと業界の実態や本音が伝わりにくい。同時に、旧来のメディアやニューメディアが錯綜した利害関係を作っており、これに視聴者の利害が絡んでくるから事態は複雑だ。

 この複雑な結び目を解きほぐすには、事務当局の意見を聞くことも、業界の意見を聞くことも必要だろうが、なによりも視聴者、あるいは生活者、国民の立場に身を置いて事態を見つめることだろう。

 ごく当たり前の国民の感覚からすれば、隣家でCATVが見られるのに、道一本へだてた自分の家で見られないのはおかしい。その「おかしなこと」が郵政省の規制によって起こっているとすれば、それを撤廃するというのが規制緩和の趣旨である。そして、ことは規制緩和だけの話にとどまらない。

 M・ウエーバーは、近代的な官僚制の特徴として、合理的な分業体制、法律にのっとった行政執行、ピラミッド型のヒエラルヒー制度などを挙げている。しかし、官僚制は人による組織であって行き過ぎが避けられない。分業体制は「省あって国なし」や「局あって省なし」といわれる縦割りセクショナリズムへ。法律にのっとった行政執行は、硬直化した法規万能主義や杓子定規な先例主義へ。ヒエラルヒー制度は出世が最大関心事のことなかれ主義や、身内だけを守る家族主義へと変質し、弊害が目立っていく。

 官僚制が温存する過剰な規制も、こうした弊害のひとつである。規制や規則は、もともと経済・社会活動を円滑に進めるための「手段」にすぎない。ところが、官僚のセクショナリズムや法律万能主義などによって、それ自体が「目的」化してしまうのである。

 郵政省が主導したBS、CS、CATV、ハイビジョンなどのニューメディア政策で、こうした弊害が繰り返されてきたことは否定できない事実である。景気浮揚のための規制緩和ばかりに目が行きがちだが、現在の郵政省のシステムには、規制緩和以外にも改めるべき点が多い。

 官僚制の弊害打破にもっとも有効なのは、郵政省の内部で何が行われているかはっきりさせること――つまり「透明性の確保」だろう。郵政省の江川晃正放送行政局長は、7月に民放連の会員協議会に招かれて挨拶し、

「研究会・懇談会はできるだけ縮小し、アシを使って事実を知り、アタマを使って政策を立案する行政を行いたい」(「民間放送」1993年7月23日付)

 と述べた。研究会や懇談会が行政の隠れ蓑になってきたことは周知の事実だから、方針自体は結構なことである。しかし、これも同時に透明性が確保されなければ意味がない。この点でも、新大臣には、事務当局の意見だけを入れないように要望しておきたい。