メディアとつきあうツール  更新:2003-07-09
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郵政天下りの実態

≪リード≫
ここにリードが入る

(「財界展望」1993年??月号)

※たぶん「財界展望」で間違いないと思いますが、初出がハッキリしません。
※小見出しもどこかに入っているはずです。

 郵政省は、郵便局を中心に郵便、為替や貯金、簡易保険や郵便年金といった業務を行う”現業官庁”である。この”現業”なる言葉には、時に”三流”という形容詞がつく。

 一方、同省は郵便に隣接する電報電話などの電気通信事業、さらに電波を使うことで電気通信に隣接する放送事業も所管している。電気通信や放送は、コンピュータを中心とする技術革新によって質、量とも飛躍的に拡大しつつある分野。この最先端分野を突破口として”政策官庁”への脱皮を図り、なんとか”三流”の形容詞を取り去りたい――願わくば通産省のようになりたい――というのが、郵政官僚の悲願である。

 この分野は、郵政省の組織でいうと、通信政策局、電気通信局、放送行政局のいわゆる”テレコム三局”になる。ここでは、BS、CSやハイビジョンなど最近とみに脚光を浴びている放送分野を中心に、郵政省の許認可と天下りの実態をみよう。

 放送局は、典型的な免許事業のひとつである。とりわけわが国では、放送法の不備(明文規定がない)によって、免許をはじめさまざまな許認可が、郵政省の省令や通達レベルで規定されている。つまり、行政裁量の余地がきわめて大きく、郵政省の恣意的な判断がまかり通る構造になっているのだ。

 そこで、放送局は郵政省とのパイプを確保し、その裁量を自社に有利な方向へ傾けたいと望む。郵政省はOBの再就職先を確保し、放送局に影響力を行使したいと考える。こうして郵政官僚の放送局への天下りが起こる。

 世界最大の放送局NHKも例外ではない。NHKに天下った郵政官僚でもっとも有名なのは、田中角栄が郵政大臣だったころの事務次官、小野吉郎だろう。田中が逮捕されたとき、NHK会長だった小野は保釈直後の田中を見舞い、世間の糾弾を浴びて辞任した。

 最近では、島桂次NHK会長の退陣と同時に辞めた小山森也がいる。小山も事務次官からNHK副会長へ就任したが、押し込んだのはかつて郵政族の″首領″だった金丸信。しかし、小山は郵政OBとしてもNHK副会長としても、大して仕事ができなかったため、後に金丸は島に対して「あの人事は失敗だった。あんな奴を送り込んで悪かった」という意味の挨拶をした。

 民放の大物では、フジテレビの富田徹郎常務とTBSの田代功常務がいる。富田は郵政省で電波監理局放送部長、電気通信政策局次長などを務めた。田代も、最終ポストは郵務局長だが、やはり電波監理局放送部の課長や宇宙通信企画課長などを務めている。

「NHKの場合は、予算を国会で通す必要のあるNHKが、郵政族(とくに旧田中派)の意向を入れて郵政首脳を受け入れたというパターン。これに対して、フジとTBSの場合は、多メディア・多チャンネル化というニューメディア時代を乗り切るために郵政とのパイプを強くしたいという民放の意向が強かった人事だと思いますね」(放送評論家)

 実際、NHKに事務次官が天下って、いいことは何もなかったと思えるが、フジやTBSの場合は受け入れ側としては成功だったろう。この2人は、BS(放送衛星)問題では民放のオピニオンリーダー的な存在だからだ。とくにフジの富田は、郵政省に「この者出入り禁止」のビラが張られたことがあるほどで、郵政に対しても筋を通した注文をつけている。郵政の手の内を知っているキャリアが放送局にいることは、必ずしも悪いとばかりはいえない。

 だが、民放に対する郵政官僚の天下りがいかにも不自然というケースもままある。典型的なのは、郵政出身の松沢經人が1988年4月に民放連(社団法人日本民間放送連盟)の専務理事に就任した人事だろう。民放連はテレビ・ラジオ含めて全民放176社が加盟するマスコミ事業者の業界団体。その事務方の責任者が郵政OBなのだ。これは、当時民放連会長だったテレビ東京社長の中川順が強引に決めた人事だった。

 民放連関係者によると、当時テレビ東京は″メガTONネット″の一環として福岡へのネット拡大を進めていた。この開局を円滑に進めるために、中川が郵政省と取り引きし、民放連専務理事のポストを用意したという。テレビ東京は、東京第六局の設置に強力に反対しており、新局阻止もこの人事のもうひとつの狙いだったのではといわれる。民放連内部も会員各社も、この天下りには強く反対したが、結局中川にゴリ押しされた形となった。

「民放は、郵政省を免許を握る″お上″として尊重せざるをえないが、BS問題や″やらせ″問題などで郵政省と緊張関係も生じるし、郵政の不透明で恣意的な方針への反発も根強い。しかし、そんな民放各社の取りまとめ機関であるうちの実質トップが郵政出身ではね。逓信委員会での民放側の答弁が事前に郵政省に筒抜けになるんです。まったく情けない話、恥ずかしい話ですよ」

 民放連の若手からは、こんなぼやきも出る。中川会長時代の民放連は″闘う民放連″というスローガンを掲げたが、郵政省との闘いは闘う前から負けと決まっているようだ。

 さて、ここまでNHKや民放の例をみてきたが、最近の郵政官僚の天下りにはこれらと異なったパターンがみられる。BSやハイビジョンといった最先端分野で、郵政省の息のかかった新組織を作り、そのトップにOBをすえる方式である。

 たとえば、BS−3を利用するわが国初の民間有料衛星放送局、JSB(WOWOW)。初代社長は郵政事務次官出身の溝呂木繁だったし、経営の失敗でこの?月に引責辞任した前社長も郵政省放送行政局長出身の徳田修造だった。

 JSBのスクランブル方式を開発しパテント管理を行うCOATEC(コンディショナル・アクセステクノロジー研究所)も、最近まで徳田が社長だったほか、今井信男所長など2人が郵政出身だ。

 JSBなどの有料放送システムのセキュリティー管理を行うSARC(財団法人衛星放送セキュリティーセンター)というのもある。この前理事長は成川富彦、現職は中村泰三で、ともに事務次官出身。理事にはあと2人郵政出身者がいる。

 ハイビジョンの試験放送を流している社団法人ハイビジョン推進協会も、すべての放送局とメーカーの反対を押し切って郵政省が作った団体である。会長はJR東日本会長の山下勇だが、実質トップの理事長は郵政出身の石川晃夫が務める。

 こうした新しいパターンが問題なのは、第1に天下り先の利権の規模が極端に大きいこと。BSもハイビジョンも、放送局はもちろんメーカーや金融、商社、流通などがこぞって参加する国家レベルの大事業である。たとえば、JSBは資本金四百数十億の巨大企業。しかも直接視聴者から料金を取っており、その社長の椅子の重みは、地方ローカル局などとは比べ物にならない。しかし郵政省は、その巨大マーケットだけに目が行き、事業としての難しさまで見通すことができなかった。

 第2にそんな大事業にもかかわらず衛星2機で全国をカバーでき、しかも衛星のトランスポンダ(中継器)に限りがあるため、免許を握る郵政省のやりたい放題が最大限発揮されてしまう。97年に打ち上げ予定のBS−4で使うトラポンは8本。うちNHK2波とJSBを除く5つの免許をちらつかせる郵政省に、放送局もメーカーも逆らうことはできない。郵政省のいうままに出資金を手当てし、天下り官僚を招き入れたのである。

 第3に、こうした新組織は参加企業に少しずつカネと人を分担させ、郵政OBがその上にちょこんと乗った形をしているので、経営の中核がはっきりせず、無責任体制に堕しやすい。

 結果として起こったことは、800億円とも1000億円ともいわれるJSBの大赤字である。昨秋の話だが、JSBは新規契約者1人当たりの獲得コストが8万円以上に上った。JSBの契約料は2万1000円で視聴料が月2000円だから、採算が合うはずがない。これが郵政省のいう「うちの会社」の放漫経営の実態だった。

 JSB周辺に置かれたCOATECやSARCといった団体は、この赤字会社にさらに寄生していたことになる。ハイビジョン推進協会も、視聴者からカネこそ取っていないものの、放送局やメーカーから出資を募り郵政主導で事を進めるという点では同じパターン。経済原則無視の方式であることには変わりがない。

 郵政官僚がNHK、NTTといった巨大企業に天下ると、そこにはプロパー勢力がいて、反発したり棚上げにしたりする。ゼロから新組織をつくる場合には、そんな歯止めも効かない。それだけにこの新しい天下りのパターンは始末に悪い。

 しかし、こうしたBSがらみの天下りも、JSBの危機的状況によって見直し機運が高まっている。JSBは、興銀の再建案によってとりあえずつなぎ資金の200億円を募ったが、これは問題を1年先送りしただけだ。来年には危機的状況が再び訪れ、急場しのぎの資金手当てでは済まず、経営の中核を明確にせざるをえなくなる。そうなれば、JSBに寄生するCOATECやSARCのあり方も根本的に見直されよう。

 また、1993年11月に試験放送の免許が切れるハイビジョン推進協会についても、BS−4段階でのハイビジョン放送とからめて、今後のあり方が検討されている。こちらは、改組して新しい民間ハイビジョン放送局となる可能性も高いが、その際JSBの轍を踏まないことが最大の課題だ。

 1993年8月9日に発足した細川新政権では、郵政大臣に公明党の神崎武法が就任した。族議員が多い許認可官庁の運輸、建設と並ぶ旧野党からの大臣起用で、郵政行政にも厳しいメスが入ることが期待される。BSやCSなど、郵政省の多メディア行政のほころびが大きく露呈してきたいまこそ、旧来の行政手法を転換する大きなチャンスなのである。