メディアとつきあうツール  更新:2003-07-03
すべてを疑え!! MAMO's Site(テレビ放送や地上デジタル・BSデジタル・CSデジタルなど)/サイトのタイトル
<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

あと8年でテレビが粗大ゴミ?

≪リード≫
テレビ50年。2011年に全面移行予定の地上放送デジタル化は、果たして実現できるのか。 (「潮」2003年04月号)

※この原稿は、一般読者むけになるべくわかりやすく書きましたが、インターネットで読むみなさんには、ちょっと「食い足りない」かもしれません。そこで、サイトへの転載に際して、詳しい脚注をつけることにしました。総務省役人や放送担当記者が知らない話もバンバン出てくるゾ。一部準備中です。

≪脚注の目次(本文からも参照できます)≫
電波法改正
東京タワーの半径1キロ圏
デジタル信号
地上波デジタル化の行動計画
小さな高精細度テレビ
高画質ビデオ(S-VHSなど)の割合
普及世帯数
EPG
データ放送
外にいてもテレビ
1人暮らしのお年寄り
地上デジタル放送を送る手立てが存在しない
光ファイバー

矛盾だらけの
地上デジタル化

 2011年7月24日までに、いま日本で流れているテレビの電波(地上放送)がすべて止まる。

 あとわずか8年3か月で、あなたの家の居間にある大きなテレビも、台所や子ども部屋や寝室にある小さなテレビも、ポケットに入る車載テレビも、もちろんビデオデッキも、すべてそのままでは使えなくなってしまう。

 NHKも民放も、東京も地方も関係ない。電波が停止するのだから、現在のテレビやビデオには一切何も映らない。テレビ音声を受信できるラジオがあるが、これもテレビの音は聞こえない。

 「いったい何の話をしてるの?」
「そんな馬鹿なこと、あるはずがないじゃないか!」
 と、不審に思われるだろうか。

 ところが電波法改正 (脚注1) によって、すでに「国策」として決まっているのだ。

 私の家の居間にある国産29インチテレビは側面に「87年7〜12月製」という小さなラベルが貼ってある。つまり、つくられてから15年たって、なおも現役だ。ということは、ここ数年の間に買われたテレビやビデオは、2011年7月段階でもまだ十分使える可能性が強い。

 もちろん今日も明日も、あるいは3年後も5年後も、現在の放送を見るためにテレビやビデオは買われ続けるわけだが、その寿命はざっと10年だから、間違いなく2011年には壊れず映っている。

 それでも2011年7月以降、そのテレビやビデオは「国策」によって粗大ゴミと化す。

 テレビを見続けたいなら、すべての国民・視聴者は、現段階ではいくらで発売されるか不明の新しいテレビや録画機を買うか、現段階ではいくらで発売されるか不明のチューナー(画面なしの受信機)を手持ちのテレビやビデオの台数分買わなければならない。流れる電波が現在のものと異なるから、アンテナも交換が必要だ。

 これがいま、日本の放送行政を所管する総務省、テレビやビデオを作る家電メーカー、NHKや東京キー局をはじめとする放送局が計画し、すでに準備に取りかかっていることである。これを「地上波のデジタル化計画」と呼ぶ。

 今年(2003年)の12月1日には東京・阪神・名古屋地区で(東京では東京タワーの半径1キロ圏 (脚注2) でスタート)、2006年にはその他の地域でも開始。アナログ放送はそのままで、並行してほぼ同じ内容のデジタル放送を流し続け、2011年にはアナログ放送を止める。これが、現時点で立てられたスケジュールだ。

 ここで「デジタル化」とは何かについて、簡単に説明しておこう。

 デジタルはアナログに対する言葉で「断続的に変化する量」の意味。一方のアナログは「連続的に変化する量」を意味する。時計を思い浮かべてほしい。デジタル時計は数字がパッパッと断続的に変化していくが、アナログ時計は針がジワーッと連続的に動く。

 現在の地上テレビはジワーッと変化するアナログ信号を送っているアナログ放送。これを、パッパッと変化するデジタル信号 (脚注3) を送るデジタル放送に置き換えようというのが、地上波のデジタル化計画である。

 では、放送のデジタル化には、どんなメリットがあるのだろうか。

 計画を進める総務省のホームページ「デジタル放送の特徴は…」から引用しよう。それによると、第1に掲げられているのは「(1)高画質・高音質で楽しめ/ハイビジョンやCD並みの画質や音声」である。CD並みの画質とは意味不明だが、たぶん「ハイビジョン並みの画質やCD並みの音声」といいたいのだろう。

 以下、(2)見たいジャンルの番組が簡単に選べる!(3)地域情報も見られる!(4)双方向だから番組に参加できる(5)データ放送、暮らしに役立つ最新情報。(6)高齢者・障害者に優しいサービスの充実。(7)パソコンを使った新サービスも!(8)外にいてもテレビが見られる!と続く。(以上は原文のまま)

 どうだろう。この8項目を読んで「確かに現在の放送を打ち切る意味はありそうだ」「そういうことならうちもテレビをさっそく買い換えなければ」と思われただろうか。

 そんな人は10人に1人もいれば御の字だろう。ほとんどの人は「まだ映るテレビをゴミ処理代を払って捨て、新しいテレビを買うほど魅力的とは思えない」と考えるはずだ。その反応はまったく自然で正しい。

 そして、大多数の国民・視聴者がそう思って行動する(テレビを買ったり、買わなかったりする)という理由によって、私は現在の「地上波のデジタル化計画」が必ず失敗に終わると断言する。

 失敗とは、2011年段階では現在のアナログ放送を停止することはできず、デジタル放送のメリットを享受《きょうじゅ》する国民は必ず少数派にとどまるという意味である。

 失敗するに決まっている国策をいつまでも掲げるのは馬鹿げているばかりではない。税金を無駄に注ぎ込んで国民には迷惑千万な話だから、現行計画は早急に見直すべきである。私がそう主張する根拠を以下に記そう。

目玉は「高画質」
だから失敗に終わる

 デジタル放送は、0と1からなるデジタル信号(たとえば0ボルトと5ボルトといった電気信号)を送るから、何らかの妨害によって0.1ボルトや4.8ボルトに変わってしまっても簡単に元に戻せる。つまり妨害に強く劣化しにくい。ゴースト(二重映り)も出ない。

 また、0と1からなる信号なら映像、音声、データ、あるいは以上の組み合わせなど何を送ってもよいから、同じ回線を使って多様な編成ができる。ある電波の幅を目一杯使って高画質放送を1チャンネル、または標準画質放送を3チャンネル、またはラジオ放送とデータ放送をいくつもというように、高画質化や多チャンネル化が可能となる。

 もっとも地上波デジタル化の行動計画」 (脚注4) によれば、どの局も50%以上の時間で「ハイビジョン」と名付けられた横長(縦横比9対16)の高精細度放送を流すとされているので、多チャンネル化はしない。

 かつて地方局には、デジタル化でチャンネル数が3倍に増えれば、夜7時からのゴールデンタイムに自局が権利を持つ番組(たとえば地元開催のプロ野球など)を流すことができるのではという期待があった。もう1チャンネルは系列の東京キー局の番組、残り1チャンネルはショッピングチャンネルといった構想だ。

 しかし、そうするとドル箱時間帯の視聴率が分散するから、キー局の広告収入が確実に減ってしまう。それは許せないという話になり、多チャンネル化の道は断たれた。

 だから、地上波のデジタル化の最大の特徴が、高画質・高音質のテレビをもたらすことだというのは、総務省のいう通りである。

 そして、実はこのことこそが、現在の計画を失敗させる最大の理由である。なぜならテレビに「高画質・高音質」を求める人は、とても少ないからだ。そんな人が1000万人いたとしても、日本国民の1割にも満たず、計画はうまく進まない。

 書くも愚かなほど当たり前の話だが、テレビは「おもしろい」かどうか、または「役に立つ」かどうかによって見られている。この二つに比べれば、画面が「きれい」かどうかなど、取るに足らない瑣末《さまつ》な話だ。「並みの映りのテレビでプロ野球を見たいか、映りのよいテレビで素人の草野球を見るか」と聞けば、大多数が並みの映りのテレビを選ぶに決まっている。

 先日あるキー局の社長に「おたくの番組に、高画質が売り物とか、高画質にすれば視聴率が上がると思えるものはあるか?」とたずねたら、即座に「ない」と断言した。テレビの作り手で、自分たちの番組が「高画質だから」見られていると信じている者など1人もいないだろう。

 これは新聞や雑誌も同じこと。紙面・誌面をきれいにすれば読んでもらえるなら話は簡単、よい紙を使ってカラー化や大型化を図ればいい。誰もそうしないのは、そんなことは売れ行きとは無関係と信じているからだ。実際、書物のうちもっともよく売れるマンガ雑誌は、最下等のザラ紙で作ってある。メディアの中身は見てくれとは何の関係もない。

 しかも、2011年までは移行期間として、同じ内容のアナログ放送とデジタル放送を2本立てで流す。肝心の中身が同じなのだから、デジタルに対応する受信機の普及が進むきっかけがつかめない。

「ハイビジョン」は
安くなるのか?

 もちろん、デジタル放送に対応する新しい高画質テレビの価格が現在のテレビと比べて遜色ないほど安ければ、10年もたてばみんな自然に買い換えるだろう。

 だが、地上デジタル放送はハイビジョン中心だから、これをフルスペックで(性能を最大限発揮させて)見るには「ハイビジョンテレビ」が必要である。このテレビは性能が高すぎて、簡単に安くならない。

 現在入手できるハイビジョンテレビは大きさが28型(インチ)以上で、価格は30万円前後(1インチあたり約1万円)。ふつうのテレビは29型で4〜5万円だから、6〜8倍も高い。「きれい」「横長」という理由で30万円のテレビをポンと買う人は一部の高所得層に限られる。まともな調査の結果では、多くの人が妥当と思うテレビの値段は5〜4万円以下とわかる。

 さらに問題がある。ハイビジョンは非常にキメ細かいテレビだから、小型化が難しい。小さな高精細度テレビ (脚注5) は、大画面テレビの4分の1というような面積に同じ情報量を詰め込むため、よりキメ細かな画面を作らなくてはならず、割高になってしまう。

 いま売られている14型テレビ(2〜3台目、1人暮らし世帯、病室やホテル客室のテレビなどがこれ)は一台9800円といった価格。しかし、ほぼ同じサイズのハイビジョンテレビは、数年後でも7万円(1インチあたり5000円)を切ることが難しいと見られている。

 国産テレビの6割は21型以下の小型で、海外製を含めると小さなテレビの割合はもっと高い。安いからたくさん売れているわけだが、8年後に2〜3台目や単身者世帯の小さなテレビがどうなるのか、誰も説明しない。地上波のデジタル化計画は、小さなテレビの需要をまったく無視した極めて杜撰《ずさん》な計画といわなければならない。

 視聴者の多くが高画質を望んでいないという根拠はさらにある。たとえば高画質ビデオのシェア。テレビは高画質に限ると思う人は、きっとビデオも高画質のほうがよいと思うはず。そこで、国産のビデオに占める高画質ビデオ(S-VHSなど)の割合 (脚注6) を調べると、90年代を通じて毎年ほぼ1割で一定するのだ。

 これは、「100人の日本人のうち、高いカネを出して高画質テレビ・ビデオを買おうと思う人は10人くらい」という事実を示唆する有力な証拠だ。残り90人は、VHSビデオに3倍速で録画しても一向に不都合を感じない。つまり高画質には興味がない。

 「1000日1000万台普及」という鳴り物入りで2000年12月に始まったBSデジタル放送は、やはり「ハイビジョン」を流す高画質放送だが、普及世帯数 (脚注7) はまる2年たっても130万前後と悲惨な状況にある。このところのカラーテレビの国内出荷台数に占めるハイビジョンやプラズマテレビなど高画質テレビの割合は、これまた1割以下。ワイド(横長)テレビを含めても2割に届かない。

 だから私は、BSデジタル放送の普及台数は全世帯4700万の1割にあたる500万前後に達したころ伸びが鈍化すると思う。そのころには東阪名以外の地域でも地上デジタル放送が始まる予定だから、その後も徐々にハイビジョンテレビが普及する可能性はある。それでもハイビジョンテレビは、2011年段階で下手をすれば1000万台も普及していないだろう。

 ハイビジョンではないがデジタル放送をきれいに見ることができるワイドテレビを含めても、その普及が2000万というような数にとどまるならば、アナログ放送を止めることはできない。5000万や7000万でも無理。日本には1億台以上のテレビがあるからだ。

多くのメリットは
アナログでも可能

 総務省のいうデジタル放送の特徴には、さらにおかしな点がある。

 8つの特徴のうち、本当にデジタル化のメリットといえるのは、(2)見たいジャンルの番組が簡単に選べる(EPG (脚注8) と呼ばれる電子番組表がつく)、(5)データ放送 (脚注9) (EPGもこの一種)、(7)パソコンを使った新サービス(具体的には不明)、(8)外にいてもテレビ (脚注10) が見られる(低画質ながら、携帯電話でテレビを見ることができるかもしれない)だけ。あとはアナログ放送でもできることだ。

 たとえば「双方向」はデジタルかアナログかとは無関係。それが証拠に黒電話はアナログ方式だが双方向メディアだ。デジタル放送は受信機を電話線につなぐから双方向になるだけで、現在のテレビを電話線につなぐ仕様にしても、テレビはつながずに携帯電話を使っても、アナログ放送で同じことができる。

 「高齢者や障害者に優しい」テレビが、アナログでは無理だがデジタルなら可能というのも大嘘だ。現在の放送でも、すべての放送に字幕をつけることは(やろうと思いさえすれば)できる。手間と費用が面倒だからやらないだけだ。「地域放送」もアナログ方式のケーブルテレビでやっている。

 結局、地上波をデジタル化しなければ実現できないことは、高画質とデータ放送くらいだ。高画質を望む視聴者が少ないことは指摘したが、データ放送の可能性はどうか。

 本格的な電子番組表が始まれば、これは相当便利なはずだが、新聞は大打撃を受ける。総務省やメーカーや放送局のいう通りになれば、10年後、全国紙のうちもっとも弱い社が潰《つぶ》れていても不思議はない。

 もっともあまり小さな画面では見づらいし、望みの番組にたどり着くまでにボタンをいくつも押すから、お年寄りに使いこなせるかという問題がある。どこまで視聴者に受け入れられるかハッキリしない。

 データ放送は、たとえば巨人・阪神戦を中継しているときボタンを押せば選手のデータが表示されるといった仕組み。しかし、9回裏2死満塁でそんなものを参照する人はいない。サッカーでも目が離せないから見ない。CMの最中は見たい気がするが、それをやられると民放は商売上がったりだから、CM中はデータ放送を切る。すると、データ放送を見る時間が見つからない。

 そもそもテレビ番組というのは、新聞や雑誌や本やラジオや映画やインターネットやビデオゲームなど「テレビ以外のメディア」が氾濫しているなかで、「テレビだけに」目を向けさせるように作ってある。よくできた番組ほど、視聴者の目を画面に釘付けにするのだ。だからテレビとデータ放送は両立しにくい。

 放映中にデータ放送を見るヒマがあるドラマは、緊張感もなければ筋を追う必要もない、どうでもいい三流ドラマに決まっている。

 しかも、データ放送と同じようなことは、インターネットや携帯電話で可能だから、わざわざテレビでやるべきこととも思えない。データ放送にも、すべての受信機を交換して実現すべき意義は認められない。

最大の問題は
視聴者不在だ

 ここまでで、地上波のデジタル化は高画質とデータ放送を目玉とするが、そのどちらも多くの視聴者を引きつける魅力に欠けることがおわかりいただけるだろう。それ以外のメリットとされることも、アナログ放送でできることである。

 だとすれば、この国にある一億数千万台のテレビやビデオを全部ゴミにしてデジタル放送を始めるというのは、本末転倒もいいところだ。

 そんな計画に乗せられてテレビを買い換えるほど国民はお人好しではないし、カネに余裕もない。

 受け取る年金の額が毎月7万円というような1人暮らしのお年寄り (脚注11) は、何百万人かいるだろう。国民年金の老齢年金受給者数は1500万人で、その平均の月額はたったの5万円だ。そんな人びとがこぞって高画質やデータ放送に魅力を感じ、まだ十分映っているテレビを捨てて高価なテレビに買い換えるとは、私には到底信じられない。

 そして、視聴者大衆が受け入れないならば、計画は計画倒れに終わるほかはない。

 しかも、現在の地上波デジタル化計画には、総務省やメーカーや放送局が誰も口にしない決定的な大問題が存在する。

 現在の見通しでは、2011年段階で全国4700万世帯のうちなんと2割近くに、地上デジタル放送を送る手立てが存在しない (脚注12) のだ。

 地上デジタル放送は、現在のアナログ放送と同様、東京タワーのような電波塔から電波を出す。たとえば関東地方では、600メートル級の新タワーを建設する。全国でも、もっと背の低い鉄塔を建てまくるのだが、それでも送信不可能な世帯が大量に――数百万世帯以上の規模で発生してしまう。

 その世帯にはNTTの光ファイバー (脚注13) で送ればよいという話があるが、光ファイバーは全国で八割強の世帯に敷くのが精一杯で、それ以上はコストが莫大《ばくだい》になりすぎ普及しない。光ファイバーが普及しないエリアは、鉄塔でデジタル放送を送り届けることができないエリアとほぼ重なっている。

 数百万規模の世帯にデジタル放送を届ける方法が現時点で不明なのに、8年後にアナログ放送を止めるというのは、詐欺《さぎ》同然のデタラメな国策である。

 それなのになぜ、国やメーカーや放送局は地上波のデジタル化計画を熱心に推進するのだろうか。

 まず国(総務省)は、道路やダムの例を見ればわかるように、事業の採算性や実効性には関係なく、とにかく新しいことをやりたい。新しい政策を打ち出せば予算がつき、自らの存在意義が生じるからだ。

 役所にはもう一つ理由がある。デジタル化すると電波を効率的に利用でき、電波に空きができる。ここをテレビより儲かる携帯電話や移動体通信に使わせたいのである。もっとも、それが放送を停止しすべての受信機を交換することに見合うメリットをもたらすかどうかについては、役所からの説明は一切ない。

 メーカーの考えは単純で、日本全国すべてのテレビやビデオが新しいものに交換され、放送局の設備も更新されれば儲かる、ということに尽きるようだ。BSデジタル放送が始まる直前、私は放送専門誌に「うまくいっても3年で200万普及」と書いたが、メーカーは本気で3年1000万と信じていたらしいから、まともな調査や研究はしていないのだろう。

 放送局の事情は、NHKと民放でやや異なる。NHKはかつて開発したアナログ方式の「ハイビジョン」(受信機が100万台しか売れず普及に大失敗)を、デジタル方式でやりたいの一点張りだ。民放は視聴率や広告収入は増えず投資だけがかさむデジタル化には反対だった。しかし、デジタル化への税金投入が決まると、国やメーカーやNHKにあえて反対する理由はないという立場である。

 以上が、デジタル化をめぐる関係者の思惑だが、明らかに、もっとも肝心なことが忘れられている。

 国に対しては税金を支払い、メーカーに対してはテレビその他の製品の代金を支払い、NHKに対しては受信料、民放に対しては企業を経由してのCM料というかたちでテレビにカネを出し、そしてテレビを見て泣いたり笑ったり怒ったりしている国民・視聴者の意向を、誰一人としてまともに汲んでいないのである。

 電波は総務省のものでもテレビ局のものでもない。それは視聴者・国民の共有の財産であり、国はそれを管理し、放送局はそれを借りて商売しているにすぎない。その電波の使い方に、視聴者・国民がすべてのテレビを買い換える必要があるという大きな変更を加える際に、視聴者・国民になんの相談もないわけだ。

 地上波デジタル化の問題点をあれこれ指摘してきたが、最大の問題はこの「視聴者不在」にある。計画の成否を握るのは実際にカネを出す視聴者・視聴者だけなのに、その存在を無視しているのだ。うまくいくはずがないではないか。

≪脚注≫参考リンクつき

1 ●電波法改正 ▲もどる
 正式には「電波法の一部を改正する法律」で、衆議院を2001年4月12日に通過したのち、参議院で2001年6月8日に成立。2001年7月25日から施行された(この日と決まったのは内閣の政令による)。この法律の特定周波数変更対策業務に関する規定には「周波数の使用に関する条件として周波数割当計画等の変更の公示の日から起算して十年を超えない範囲内で周波数の使用の期限を定める」と書いてある。そこでアナログテレビ放送用周波数の使用期限が、10年を越えない2011年7月24日までとなった。

衆議院 制定法律の一覧
法律の文面は、第151回国会 法律第48号(平成13年6月15日公布) 「電波法の一部を改正する法律」を参照。

衆議院 会議録議事情報
総務委員会における採決は、総務委員会→第151回国会→平成13年4月12日(第13号)を参照。
本会議における採決は、本会議→第151回国会→平成13年4月12日(第24号)を参照。

参議院 会期一覧
第151回国会→審議概要→総務委員会 IV委員会及び調査会等の審議概要 (1)審議概観(2)委員会経過(3)成立議案の要旨・付帯決議 以上各項の「電波法の一部を改正する法律案」に関する記述を参照。
第151国会→投票結果→平成13年6月8日 日程第4 電波法の一部を改正する法律案(内閣提出衆議院送付) で、どの議員が賛成・反対したかわかる。

国会会議録検索
期間を指定し、検索語に「電波法の一部を改正する法律案」「地上デジタル放送」などと入力すれば、そのキーワードが出てくる議事録を読むことができる。必要ならば衆・参議院、本会議、総務委員会など会議を選択して絞り込めばよい。 ▲もどる

2 ●東京タワーの半径1キロ圏 ▲もどる
 東京タワーの地上高250メートル付近に、塔をドーナツ型に囲むアンテナが設置されている。これを使って、2003年12月1日から地上デジタル放送の電波が発射される予定である。半径1キロというと、東京タワーの東はJR浜松町駅付近、西は六本木5丁目の東洋英和女学院(昔はお世話になりました)付近、南は三田のNEC本社ビル付近まで。もっとも実際に試験電波を出した結果では、海が開けている東側はお台場まで届くというように、方向によってかなりバラつきがある。東京タワー周辺の地上デジタル放送受信可能世帯数は、推定およそ12万世帯である。

東京タワーの半径1キロ圏地図(Mapion提供)
東京タワーオフィシャルホームページ
東京タワーのデジタル空中線設備 ▲もどる

3 ●デジタル信号 ▲もどる
 紙幅がない雑誌や新聞では、「デジタルはパッパッと断続的に変化する量の意味で、デジタル信号とは0と1からなる信号」などと、どうしても端折《はしょ》って書くことになる。やや詳しく説明しておこう。

 映像や音声の信号は、もともと連続する波形をしている。つまり、アナログ信号である。これをデジタル化するには、まず「サンプリング」(標本化)と呼ばれる操作によって信号を間引く。時間の経過とともに波形を描くグラフを、微細な時間で分割された棒グラフで表し直すと考えればいい。なお、サンプリング定理という原理に従って間引けば、間引いた後の信号から元の信号を完全に復元できる。

 次に「量子化」と呼ばれる操作をする。これは信号のレベルを、たとえば1000段階や10000段階とあらかじめ決めておいたうちの近いもので表すこと。人間が検知できない細かさ以上にレベル分けする必要はない。音声信号の場合は約32000段階に量子化すればよいとされる。つまり棒グラフの縦方向目盛りが32000刻んであればよい。

 次に「符号化」と呼ばれる操作をする。ある瞬間の信号レベルが約32000段階のうちのどれかなら、それは0と1の2つの数字だけを使う二進法で16ケタの数として表せる。16ケタを繰り返していけば結局、音声信号の全体を0と1からなる信号で表すことができる。これがデジタル信号である。電気信号としては、たとえば0ボルトと5ボルトのどちらかで表すことにすればよい。

 0と1が連続するデジタル信号は、受信機側でここまでと逆の操作を加えることによって、もとのアナログ信号に戻すことができる。

 以上のようなデジタル信号を送る伝送方式は、信号が0か1か(たとえば0ボルトか5ボルトか)しかないから、妨害を受けて0が0.1になったり5が4.8に変化してしまっても、元に戻すことができる。また、「誤り検知」「誤り訂正」と呼ばれる技術によって、実用上問題なく復元できる。つまり信号が劣化しない。デジタル方式なら、コピーを繰り返しても原理的に劣化が起こらない。(カセットテープ甲を別のテープ乙にコピーし乙を別のテープ丙にコピーし……と繰り返すと音がどんどん悪くなるのに、CD甲を別のCD-R乙にコピーし乙を別のCD-R丙にコピーし……と繰り返しても音が悪くならないのと同じ話)

 また、映像でも音声でもデータでも信号はすべて0か1かで表すことができるから、同じ回線で何を伝送してもよい。コンピュータ処理をはじめさまざまな信号処理が容易なことも、デジタル信号の特質といえる。(コンピュータの内部では、動画でも静止画像でも音声でもプログラムでも表データでも文字データでもなんでもかんでも扱えるから、パソコンは1台でテレビやラジオやカセットデッキやビデオやファクシミリやワープロの代わりになるのと、まあ同じ話) ▲もどる

4 ●地上波デジタル化の行動計画 ▲もどる
 地上放送のデジタル化を進めるために、総務省が放送業界や電機業界とともにまとめたもの。「ブロードバンド時代における放送の将来像に関する懇談会」がまとめて公表したかたちをとっている。

 第1次行動計画(2002年7月)の骨子は、テレビ局は、(1)「三大都市圏では2003年末まで、その他地域では2006年末までに地上デジタル放送を開始し、2011年にはアナログ放送を停止する」という計画に沿って円滑な実施に取り組む。(2)サービス開始当初は、50%以上の時間(1週間の放送時間中)で高精細度放送を流し、その後その比率の拡大を目標とする(とくにプライムタイムで拡大)。(3)データ放送や双方向番組も順次導入・番組数の増大を図るとともに、移動体サービスの開発と早期実施を目指す。(4)字幕放送など高齢者・障害者にやさしい放送サービスの充実に努める。デジタルBS局は、2003年末までに、22スロット以上の伝送容量を用いる番組で、プライムタイムのうち、高精細度番組、双方向番組、番組連動型データ放送などを75%以上放送することを目指す。

 第2次行動計画(2003年1月)では、テレビ局は、「特に、デジタル放送開始後のアナログ周波数変更対策の進捗《しんちょく》に合わせて、順次カバーエリアを拡大し、地上デジタル放送の速やかな普及を図る」の項が追加された。デジタルBS局は、「BSアナログ放送の2011年という終了時期が正確かつ確実な形で国民視聴者に伝わるよう十分な周知を図る」の項が追加された。

 以上は、 米連邦通信委員会(FCC)委員長が2002年4月に出した「デジタルテレビへの移行を促進する産業界の自主的行動への提案」(「提案」は「申し入れ」と訳すべきかも)をマネたもの。ただし、アメリカではデジタル化をめぐってFCCと4大ネットワークが対立するなかで、FCCが勝手に出した。日本では総務省と放送局とメーカーが一緒に出した。だから両者の性格は大きく異なり、アメリカのそれを「行動計画」と呼ぶことには無理がある。一方、日本の「行動計画」は、法的義務はないとはいえ、NHK・民放首脳が参加する懇談会が出した以上、実行できなければ局の責任が問われてしまう。

 なお、本当に週の半分以上の時間でハイビジョンが流されるかどうかといえば、潤沢な受信料を使えるNHKは可能だろうが、民放局では標準画質のSD信号を高精細度のHD信号に変換(いわゆるアップコン)する場合が多いと思われる。これは従来のSD素材を見かけ上ハイビジョン化するだけだから、もちろん画質はよくない。

Chairman Powell's Proposal for Voluntary Industry Action to Speed the Digital Television Transition
(2002年4月4日 FCC)

小池良次のアメリカ情報通信
放送(地上波)業界事情→NBA2002に見る米、デジタル放送移行問題(2002年6月のレポート)を参照。

ブロードバンド時代における放送の将来像に関する懇談会
第5回、第7回あたりの「行動計画」についての記述を参照。

デジタル放送推進のための行動計画
(2002年7月17日 総務省)

デジタル放送推進のための行動計画(第2次) 
(2003年1月29日 総務省)

総務省報道資料(2003年1月29日) ▲もどる

5 ●小さな高画質テレビ ▲もどる
 現在、たとえば14インチなど小さな高画質テレビ(小型ハイビジョンテレビ)は存在しない。なぜかといえば、そもそもハイビジョンは、「ただキメ細かいテレビというだけでなく、臨場感あふれた迫力あるテレビ」として開発されたからである。

 筆者は、日本人として初めてツボルキン賞を受賞したNHK技研の鈴木桂二(「イの字」を映し出した高柳健次郎の弟子。ちなみに高柳には晩年に神奈川の豪邸を訪ね取材した)に3度ほどインタビューしたことがあるが、その証言によれば「東京オリンピックのための中継技術の開発が終わり、次は何の研究をするかというとき、ちょうどワイド映画が流行っていた。これにヒントを得て、横長テレビの研究を始めた」のだった。

 当時のテレビはキメが荒かったから、それが気にならないようにするには画面高の6〜7倍離れて見る必要があった。すると、テレビは視野にして10度前後を占めるにすぎず、迫力が感じられない。

 そこで実験その他から、迫力があるのは視野にして25〜30度以上を占めるテレビ、画面の縦横比はやや横長の5対3、視距離は画面の高さの3倍に設定する必要があるとされた。そのテレビに必要なキメの細かさは、視力1.0の人の分解能(視角1分)などから、画面高の3倍離れて見る場合に走査線1100本以上と決まったのである。

 つまり、ハイビジョンはもともと14インチや20インチのテレビに適した規格ではなく、視野の30度を占めるような迫力ある大画面のための規格なのだ。ところがそのハイビジョンを、BSアナログ放送で実験的に流し(MUSE方式ハイビジョン。普及100万台で大失敗)、ついでBSデジタル放送、さらに地上デジタル放送でも標準的な映像として流すことになった。BSデジタルまでは、見たい者が見ればいい。一家に2〜3台あるうち居間の大きなテレビだけがハイビジョンであっても、別に問題はない。しかし、地上デジタル放送では、現実として21型以下などの小型テレビが圧倒的な多数を占めるのだから、迫力ある大画面のための規格を小型テレビに適用するという大矛盾が生じてしまう。

 だから、小型ハイビジョンテレビというのは、ベンツのような大型高級車のスペックを軽自動車に適用するというのと同じく、原理的に無理がある馬鹿げたテレビなのだ。画面の大きさ・縦横比・視聴距離・キメ細かさ(走査線数)などを互いに切り離すことのできない「セット」として決めたのに、縦横比とキメ細かさだけは固定して、画面の大きさ(視聴者が懐具合や置く場所によって決める)や視聴距離(同じく視聴者が決める)を動かす必要が生じるからだ。NHK技研の実験室ではその「セット」を固定できる。しかし、4700万世帯の居間や台所や寝室ではその「セット」を固定できない。ハイビジョンは、技術主導の開発が非現実的な製品を生みだしてしまった典型例といえる。

 メーカーが小型ハイビジョンについてどんなことを考えているかといえば、(1)ある程度以上小さくすると、ハイビジョン(のような高精細度)画面にする意味がなくなる、(2)ある程度以上小さくすると、画面がキメ細かいハイビジョンは割高になる、(3)全国で映るBSデジタルハイビジョンですら見込みの5分の1の悲惨な売れ行きでは、一部地域でしか映らない地上デジタルハイビジョンの本格生産には移行できない、(4)したがって、小型の地上デジタルハイビジョンの生産はできるだけ先に延ばしたい、というところだろう。

 これに対して放送局側は、現実のテレビ普及を見れば、テレビ受像機に「松竹梅」があるのは当然であり、現在は「松」だけのハイビジョンだが、できるだけ早い時期に「梅」を出してほしいと要請している。家電メーカーとキー局トップ同士がそのような話をしているが、メーカーは2009年頃まで「梅」は出せないといい、局は2006年前後に前倒しできないかというところで、まだ決着はついていない。また、「梅」とはどんなテレビを指すのかもハッキリしない。

 筆者の予想では、おそらく「14〜16インチの最低スペックのハイビジョンテレビ。価格は数万円」あたりを狙うのだろう。これに対応するアナログ小型テレビは9800円だから、もちろんバカ高く、普及の見込みは薄い。その価格が2〜3万円に下がることは、今後10年やそこらでは絶対にありえない。パソコンはすでに全世界で量産体制に入っているが、それでも最低価格は数万円以上。日本でしか売れない小型ハイビジョンテレビが、それより安くなるはずがない。

 2003年3月、ある民放の技術専任局長に会ったら、「『梅』テレビはハイビジョンではない。14〜16インチのハイビジョンテレビは売り出されない」という。これが本当ならば、新聞はさっさとスクープとして書くがいい。メーカーが小型テレビのハイビジョン化を放棄するなら、総務省が掲げる地上波デジタル化の最大のメリット(高画質)が過半数の世帯で享受されないという大問題を生じるからだ。同局長によると、「梅」は「ハイビジョン・コンバーター(アダプター)内蔵の現行テレビ」を意味するらしいが、それでもこのテレビはハイビジョン・チューナーを内蔵する(ハイビジョン信号を受けて低画質に落とす)わけだから、9800円では無理。やはり3〜4万円程度と、現行29インチより高いだろう。▲もどる

6 ●高画質ビデオ(S-VHSなど)の割合 ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる

7 ●普及世帯数 ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる

8 ●EPG ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる

9 ●データ放送 ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる

10 ●外にいてもテレビ ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる

11 ●1人暮らしのお年寄り ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる

12 ●地上デジタル放送を送る手立てが存在しない ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる

13 ●光ファイバー ▲もどる
※たいへん申し訳ありませんが、脚注6〜脚注13は準備中です。作業の都合上、リンクを先に作っていますのでご了承のほどを。 ▲もどる