メディアとつきあうツール  更新:2003-07-03
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

123兆円市場に
群がる商社たち
――日本型
情報スーパーハイウェー

≪リード≫
ここにリードが入る

(「放送批評」1994年09月号)

 CATVに対する商社の動きが、にわかに活発化してきた。

 新聞は「マルチメディアで提携」「初のCATV『キー局』」といった大見出しを打ち、総合商社の動きを伝えている。

 記事を読むと、”超円高”に翻弄される日本で先行き見込みのある産業分野はマルチメディア、あるいは放送と通信の融合だけで、CATVを武器に商社がその突破口を開くのだといわんばかりの内容である。

 本当にそうなのだろうか。商社のCATV戦略を概観しながら、その可能性と問題点を探ってみよう。

TCIとタッグを組む住友商事

 商社のCATV戦略を語るとき、最初に触れなくてはならないのは住友商事だろう。

 同社は、八三年にCATVプロジェクトチームを発足させてメディア事業に乗り出した”老舗”だ。現在までに二十九社のCATV局に出資し、うち経営参加をしているものが二十社(その四分の三に社長を出している)と、実質的に日本最大のCATV事業者といえる。

 住友商事が目指しているのは、一言でいえば、アメリカ、というより世界最大のCATV会社テレ・コミュニケーションズ(以下TCI)との提携を軸としながら、傘下のCATV局の統合・強化を進め、マルチメディアの時代に備えることである。

 TCIと住商が日本におけるメディア事業の推進で提携したのは九三年六月。その第一弾は、TCIが、住商が全額出資するCATVむけ番組供給会社ケーブル・ソフト・ネットワークに資本参加(株式の一八%を取得)し、専門家を派遣して業務を支援するとともに、経営やマーケティングのノウハウを指導するというものだった。

 九四年五月、この提携は新たな段階を迎えた。住商は、TCIと合弁で大規模なCATV統括運営会社を設立すると発表したのである。新会社は、MSO(マルチプル・システム・オペレーター)と呼ばれる。CATVの普及するアメリカではごく一般的だが、日本ではもちろん初めてとなる。

「分散型で脆弱なCATV局を統合し、足腰を強くして、加入者増を図らなければ。現状のままでは、マルチメディアも放送と通信の融合もあったものじゃない」(住友商事メディア事業本部副部長・西村泰重)

 たとえば、官庁に対してもNHKに対しても、各局バラバラにものをいうのではなく、一丸となって交渉する。ソフトの買い付け、機材調達、ユーザー管理、マーケティングといった面でも、重複する業務を省いて効率化・合理化を図り、スケールメリットを追求する。住商では、年内に新会社を設立し、二年程度をメドに、一定の集約を図る意向だ。

 ただし、CATVは、経営の中核に地元企業が入ることが免許要件のひとつだった地域密着メディア。郵政省の規制は解かれたものの、これまで経営に深くかかわってきた自治体や地元企業などとの調整は、一筋縄ではいかない。十数社もまとまれば大成功だろう。

住商を追いかける伊藤忠

 一方、本格的なマルチメディア時代にむけたCATVの実用化では、年内に開局する住商系列の杉並ケーブルテレビがパイロット的な役割を果たす。

 同局は、現在の都市型CATV局が使っている四百五十メガヘルツの周波数帯域では不十分として、帯域幅五百五十メガヘルツの光ファイバーを採用。テレビショッピング、好きなときに好きな番組を呼び出す「ビデオ・オン・デマンド」、ゲームソフトの配信、ペイ・パー・ビューといった双方向サービスを行う。

 杉並では光ファイバーもアンプも、ほとんどのハードがアメリカ製で、TCIのエンジニアが路地裏を歩き、ケーブル架設を進めている。運営面でもノウハウも、これまで以上にTCIに負うところが大きい。TICは今秋にも杉並ケーブルテレビに出資する予定である。

 なお、テレビショッピングで住商は、これもアメリカ最大手のホーム・ショッピング・ネットワークと提携関係にある。

 住商のCATV戦略を見てくると、加入世帯数一千万以上という最大手TCIのノウハウを利用しながら、オーソドックスで地道な展開を図ろうとしている印象が強い。住商伝統の「川下」作戦の延長ともいえる。こうして住商は、経営参加するCATV局の単年度黒字化は九七年度までに達成、累積赤字の一掃は二〇〇二年と見込んでいる。

 杉並や神戸で実験的な試みを進め、その実績を踏まえて順次拡大していくが、とくに通信(電話)事業には慎重だ。

「いまのCATVだけでもアップアップしているのに、電話などどうしてできるのか。自らの構造を改善しないと、土俵にすら上がれない。しかもこの問題は、技術的にできるというだけでは片付かない。NTTのあり方や第二NTTといわれるものの力を見極めなければ」(住商・西村泰重)

 この点、後に紹介する三菱商事・三井物産グループの構想とは大きく異なっているといえるだろう。

 住友商事に遅れはとっているものの、ほぼ同じような戦略でCATV局を拡大していこうというのが伊藤忠商事である。

 伊藤忠は、伝統的に宇宙・情報関連に熱心で、九一年には、東芝と組んで加入世帯数六百万以上の米大手CATV会社タイムワーナーに出資し、提携関係に入った。国内CATVでは三十六社に出資し、うち六社で経営参加している。

 九四年三月には、伊藤忠が、東芝、タイムワーナー、アメリカの地域電話会社USウエストと組み、全国十か所程度のCATV局を新たに開設する予定で、フィージビリティ・スタデイ(企業化調査)に入った。高感度で所得も高い世帯の集まる東京・世田谷ほか、主要都市での設置が検討され、総投資額は四百億円とも報じられている。

 伊藤忠も、CATV局を増やすとともに、住友商事が打ち出したMSOによる統合・強化を図ることになる。

「商事・物産」の次世代ネットワーク

 以上二社のCATV積極派に対し、総合商社の代名詞となってきた「商事・物産」(三菱商事・三井物産)は、これまでCATV消極派の代表とされてきた。しかし、マルチメディアへの期待は、ようやく二社の重い腰を上げさせることになった。

 九四年三月、三菱商事、三井物産、東京電力、東京急行電鉄は、四社が提携して、通信(電話)とCATVを結びつけたマルチメディア開発を進めることに合意したのである。

 四社を軸にした「次世代ネットワーク研究会」の計画によると、九四年九月からCATV網と電話網を接続し、新しい双方向サービスの可能性を探る。

 具体的には、東急ケーブルテレビジョン (約八万世帯が加入)と東京ケーブルネットワーク(約二万世帯が加入)のそれぞれ四百世帯前後を対象に、東京電力が筆頭株主の地域系新電電である東京通信ネットワーク(以下TTNet)の光ファイバー網とCATV同軸ケーブル網を接続。この光通信―CATVネットを使って、まずデジタル電話、簡易型携帯電話(PHS)などの電話サービスを実施。さらに「ビデオ・オン・デマンド」、テレビショッピング、ゲーム・カラオケの配信などを実施する。この実験を通じて、ニーズの把握や技術的な課題の掘り起こしを行うという。

「郵政省の厳格な規制が続く間は、CATVに参入してもメリットは少なかったが、規制緩和で環境が大きく変わった。といっても、CATV局を一からつくるのでは、先行ランナーに追いつけない。違うかたちで参入するには、われわれの出資するTTNetが、うってつけだった」(三井物産関係者)

 実際、二大商社にはCATVを静観しすぎたという焦りがあったようである。一方、東電のTTNetも、関東圏に二万キロ以上の光ファイバー網を持っているものの、売り上げ規模は四百億円弱(九三年三月期)と伸び悩み、百億円以上の累積赤字を抱えている。そこで、TNNetに一五%ずつ出資している商事・物産が、TNNetのテコ入れ策にもなると筆頭株主の東電を口説いたわけだ。

 ガリバーNTTは、郵政省によって放送への参入を厳格に規制され、CATV局に三%を越えて出資はできない。NTT―CATVの組み合わせがダメとなれば、可能性があるのは電力会社の地域系新電電とCATVの回線をつなぐ方式しかなく、これが「第二NTT」に大化けするかもしれないといわれる。

 郵政省も最近、CATVと新電電各社の回線を結び、放送と通信の融合したサービスを育成するための支援構想づくりに着手した。

 しかし、この商事・物産を中心とするマルチメディア構想には、まだ未知数の部分が多く、実現を疑問視する声も小さくない。とくに、先行する商社グループからは「実験、実験と騒いでいるが、なにををやりたいのかよくわからない」といった冷ややかな見方が出ている。住商も伊藤忠も、まずは実験の結果を拝見という余裕の構えだ。

 総合商社で六位、七位につける日商岩井、トーメンも、CATVへの動きを見せる。日商岩井は、CATV二、三社に出資、経営参加し、同社が五〇%出資しているパソコン通信網ニフティとCATVの接続の可能性を探る。トーメンは、アメリカの地域電話会社ナイネックスなどと共同で、同社が出資するCATV会社横浜テレビ局と約百世帯の家庭を結ぶ光ファイバー網を設け、双方向サービス実験を予定している。

見えてこないユーザー・ニーズ

 さて、ここで総合商社各社のCATV戦略の概要はひとまず置き、その具体化における問題点を考えてみたい。

 第一の、そして最大の問題は――これは商社のCATV戦略に限らず、マルチメディアとか通信と放送の融合と騒ぎ立てられているものへの根本的な疑問なのだが――ソフトはどうするのかという点である。

 いま語られていることをつきつめれば、商社、CATV局、新電電、外国資本(CATV会社や地域電話会社)などが、いくつかのグループに分かれて双方向ネットワークを構築するというのだが、光ファイバーが張り巡らされるというハードばかりが先行し、ファイバーに流れるというソフトがあまりに陳腐である。

 つまり、新しい双方向サービスは、ビデオ・オン・デマンド、テレビショッピング、ゲームやカラオケ、電話以外には何もない。それも、これから実験してニーズがあるかどうか確かめようという話である。

「アメリカでは、テレビ、CATVなどのニューメディアが登場するたびに、ハリウッドが代表するエンターテインメント・ソフトが牽引役となった。熱いマグマが溜まりに溜まって、新しい噴出口に流れ出し、それがネットワークとして育ってきた。だが日本にはマグマはあるのか。マグマの流れる道だけ通しても、どうしようもないのではないか」(あるメディア研究者)

 しかも肝心なことは、これらは、本格的なマルチメディア時代の姿よりはよほど不便で魅力ないものであるにせよ(たとえば、ビデオ・オン・デマンドのスイッチを押す代わりに、寝巻でも着てレンタルビデオ屋まで出向かなければならない)、現在ただいま存在し機能しているのだ。

 そこで、新しいネットワークのコストという第二の問題が生じる。ユーザーがコストを上乗せしてまで、新しいサービスを求めるかという問題である。

 アメリカのCATVで行われたある調査では、「ビデオ・オン・デマンド」などに興味を持つ人は少なくないが、それを受け入れるために払おうと思う追加コストは数百円。しかも、現在受けている複数のサービスのどれかを中止して新しいサービスを受けると答えた人が少なくなかった。商社が競って準備している実験で、同じような結果が出る可能性は否定できない。

 住商が杉並に導入する光ファイバーは、同軸ケーブルとほとんど遜色ないほど安くなったといわれる。しかし、敷設コストを考えると、MSOで効率化を図っても、CATV加入料を三万円程度に抑えることすら至難の技だろう。

リスキーな賭けの成否は……

 第三に、企業の体力という問題がある。まずCATV各社が赤字づけとなっている状況がある。テコ入れを図る商社はどうか。

 前期の決算で、総合商社各社は過去の財テク(特金・ファントラ)のツケを精算する大償却を実施した。これで、バブルの後遺症はひと山越したという見方が一般的だが、メーカーでも小売りでも商社を通さずにモノの値段を下げるという傾向(製販連合)が進み、本業の儲けが激減している。だからこそ、新事業を探してマルチメディアに殺到したともいえる。

 しかし、むこう七年間に情報関連投資額一千億円以上という三井物産や、CATV局新設に四百億円という伊藤忠の報道を見ると、ハイリスク・ハイリターンを狙いすぎているように思う。先行する住商が、これ以上CATV局を増やさずにMSOによる足場固めに入ったのは、数ばかり増えても収益に結びつかないと判断しているからだろう。

 もうひとつ、TTNetなど地域系電話会社の体力と「微妙な立場」も考慮しておく必要がありそうだ。電力系の新電電九社は、地域独占を例外的に認められた公益企業が筆頭株主であって制約が多い。こうした会社が光ファイバー網を張り巡らして「第二NTT」を目指すとなれば、高い電力料金を払っている消費者が黙っているとは思えない。円高差益を還元しないうえに、電力からの上がりを光ファイバーに注ぎ込むとは何事かという批判にさらされることは間違いない。実験には請われて参加しているが、将来にわたって商社連合の目論見通りに動けるかどうかは、まだはっきりしない。

 最後に、商社は、アメリカの有力CATVや有力地域電話会社と提携を深めているが、外資との関係が今後スムーズに進むかどうかも懸念材料だ。

 アメリカでは九四年二月、TCIと地域電話会社ベル・アトランティックの合併話がご破算となった。アメリカの情報スーパーハイウェイにもブームが先行している面があり、準備不足のまま合併や提携を急いで結局解消するというケースが少なくないのである。

 タイムワーナーが四月にフロリダで開始するといわれていた双方向実験も秋に延期された。これは、中止決定と同じだとささやく事情通もある。

「世界第二のCATV会社、総合情報産業のタイムワーナーというが、この会社は合併にともなって莫大な借金を抱えている。これを返すために、経営者は高株価と償却のための目先の収益確保を第一義に考えている。フロリダの実験も、そのための打ち上げ花火ではなかったか。発表したとたん株価が急上昇してタイムワーナーの目的は、大半が達成されたんですよ」(海外事情通)

 これが本当なら、伊藤忠は、CATV推進にフロリダの実験結果を参考にするつもりだったから、いい面の皮である。その真偽はともかく、日本市場に旨味があると考えて進出した外国資本が、思うように収益が上がらず早期撤退を図り、日本側と一悶着というような心配はある。

 いずれにせよ、総合商社の新しい動きはまだ始まったばかりだ。右に述べたような問題を、商社はどう乗り越えてマルチメディアの世界を切り開いていくのか。これからが正念場だ。