メディアとつきあうツール  更新:2003-07-03
すべてを疑え!! MAMO's Site(テレビ放送や地上デジタル・BSデジタル・CSデジタルなど)/サイトのタイトル
<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

私、デジタル化に
納得していません

≪リード≫
2003年12月から、東京、大阪、名古屋の三大都市圏の一部で地上波デジタル放送が始まる。2011年には現在のアナログ放送の停止も決まっている。放送技術の大改革が進行しようとしているが、視聴者の認知度は低いまま。デジタル化の前に横たわるハードルとは――。(インタビュー・構成=編集部・福島範彰)
(朝日新聞社「論座」2003年03月号)

この号は「放送50年 テレビに明日はあるか」を特集。目次を紹介しておきます。
≪特集の目次≫
テレビは戦争を止められるか  筑紫哲也/鳥越俊太郎/テリー伊藤
田原総一朗、政治とテレビを語る「私はジャーナリストから外れている」
バラエティー番組が試金石 政治家と相互依存の放送局――米国テレビ政治事情  村中智津子
テレビの黄金時代よ!  俳優 植木等/作家 小林信彦
テレビよ、「初心」に帰れ  作家・ラジオタレント 永 六輔
商売としてのテレビを見つめて  元電通テレビ局長 狩谷 健
私、デジタル化に納得していません  ジャーナリスト 坂本 衛
演出家の時代を作りたい  演出家 堤 幸彦
ワイドショーは視聴者のレベルで作られる  弁護士 小池振一郎

――坂本さんは一貫して地上波テレビ放送のデジタル化に異議を唱えてきましたね。何が問題なのでしょうか。

坂本 まずデジタル化で変わることを挙げてみると、画面はよりきれいになる。それからフレームが4対3から16対9、つまり横長の画面になる。音も良くなる。この3つは確かです。ゴースト(二重映り)もなくなる。

 でも、どうも現在の計画では、多チャンネル化は進みそうにない。ハイビジョン中心だから、並の画質の放送なら3チャンネル使えるところが1チャンネルにしか使えないからです。

 だから、テレビの作り手たちの顔ぶれも同じです。テレビの中身がより面白くなるとか、より役立つ情報が流れてくるとか、そういう点は今のところほとんど期待できない。

 「きれいで、横長で、音がいいテレビになる」というだけのことで、全部のテレビ受信機を取り換えるというのでは説得力がない。全国民が望んでいるはずがない。私の最大の反対理由はそこです。視聴者不在の進め方が大問題なのです。

 私もきれいな映像は大好きです。ビデオを録画するときなんか、高画質〈テープ〉で必ず標準〈のスピード〉で撮るぐらいですから。だけど、そう思っている人間はとても少ない。実際にきれいじゃなければいけないソフトというと、NHKの「日曜美術館」のような美術、映画、舞台。あと野球やサッカーのようなスポーツ。それぐらいしかないんですよね。

 ニュースなんかは、どこまで現場に近づき突っ込んだ取材をしているかだけが問題で、きれい、汚いは関係ない。戦争とか外国の映像はハイビジョンじやないんですから。ビデオジャーナリストが活躍できる余地もそこにある。みんな画質など二の次でその映像を欲しがるでしょう。今のBS(放送衛星)デジタルも流すコンテンツがなくて困っている。

先行する米英も大苦戦中

――米国や英国など世界の大勢はデジタル化に向かっている中で、日本だけがアナログ放送にしがみついても……。

坂本 断っておくと、英国はデジタル化といってもハイビジョンではない。米国はHD(高精細度)TVを流すというが、その規格は16もあり、ハイビジョン〈これも単一規格ではないが〉と必ずしも同じではない。

 デジタルでハイビジョンをメーンに放送しようとしているのは日本だけです。しかし、その米国や英国も、うまくいっていない。米国では連邦通信委員会(FCC)が「やる」と言っても、みな乗ってこないので悩んでいる。英国も2006〜2010年の間にアナログ停波と言っていたのを2010年以降に延ばしたのです。

 英国で視聴者に意見を開いたところ「デジタルテレビを買うつもりは全然ない」と答えたのが4分の1とか、そういうレベル。実際、売れてない。英国は世帯普及率が95%になるまでアナログを停波しないという方針を出したんです。ちなみに日本では当初、アナログ停波の条件として85%の世帯普及率を示していたけど、今は引っ込めました。

 加えて、日本固有の環境がある。山がちで住宅が密集しているところにいろいろな電波がある。日本はむちゃくちゃテレビチャンネルが多いのです。今、東京だけで十数チャンネルは映る。CS(通信衛星)を入れたら200〜300チャンネル。しかも24時間。鉄塔の数とか帯域を細かく分けるやり方とかケーブルの普及率とか、米英と環境も違う。

《デジタル放送》

映像や音声などの情報をデジタル信号に変換して電波に乗せて送る。画像圧縮技術を使うため、現在の地上波放送のアナログ信号と比べて、同じ幅の周波帯域でより多くの情報量を送ることができ、多チャンネルや高画質、高音質の映像が可能になる。1996年にはCSデジタル放送が、2000年からBSデジタル放送が始まった。03年12月からは三大都市圏で地上波デジタル放送が始まり、06年にはその他の地域でも順次放送を開始する。NHK以外は現在と同じ無料放送。11年まではアナログ放送も流すが、11年に打ち切り、すべての放送のデジタル化を完了することになっている。
※これは編集部作成の解説コラム。

 旧郵政省(現総務省)はずっと「欧米でこういう計画が出たから、それに合わせて自分たちもやらなければならない」という発想できました。典型的な例が「情報ハイウェー」。実際には米国のゴア元副大統領が唱えた構想の下敷きには、NTTの光ファイバー構想があったんです。NTTが世界で一番最初に出した。ところが、それは鼻も引っかけないで無視して、ゴアが唱えたら「これでいこう」となる。

握れなかった世界標準

――日本のテレビ開発に関する技術は世界的に優れています。せっかくの技術が優位性を失いませんか。

坂本 日本は1970年代にアナログハイビジョンを実用化した。世界に先駆けてあんなにすばらしい技術を開発したのに、世界標準にできなかったんです。米国は「日本に中枢の技術を振られると集中輸出されるのではないか」と警戒し、結局日本のやり方が世界標準にはならなかった。それでいて今度は外国のやり方に焦るのは、どうだかなあ。

 実際、ブラウン管も液晶もプラズマテレビも一番ちゃんと作っているのは日本です。デジタル化を遅らせたくらいで、日本のテレビメーカーの競争力が落ちるとは思いません。

 私はデジタル化については、NHKの意向に引きずられすぎている気がします。NHKはアナログハイビジョンで一度失敗した。100万台しか普及しなかったのですから。でも、失敗と認めたくないから、今度はデジタルハイビジョンを出してきた。それに乗った民放は、ハイビジョンならば多チャンネル化できず新規参入者は来ないから、自らは安泰だという発想です。でもテレビを買い替えるのは視聴者で、テレビ局のカネでやるのではありません。

――日本のアナログ停波は2011年。一般的にテレビの寿命は10年程度といいますから、通常の買い替えサイクルに吸収されるのでは?

坂本 デジタルハイビジョンをフルスペックで一番きれいに見ようとしたら、現段階で、そのテレビは30万円ぐらい。今や4対3の標準の29インチテレビを3〜4万円で売っている時代です。しかも売られているテレビは28インチ以上。28、32、36。その3つのサイズしか選べない。価格数十万円などという製品は除く話ですよ。

 一台だけいいテレビを「ボーナスでどか〜んと買うぞ」というのはあっても、日本で今、台数的に一番売れているのは小さいテレビです。台所で冷蔵庫の上に乗せていたり、子どもやお年寄りの部屋にあったりする小型テレビを全部30万円のものに置き換えるのは不可能です。ほとんどの家には2〜3台テレビがあるので、現時点で100万円〈近く〉かかってしまう。

 わが家は仕事柄、一般の家庭よりも多いですけど、数えたらテレビが4台、ビデオが3台あった。テレビを買い替えるのはあきらめてチューナーだけ替えようとしても、7台分。専用チューナーがないと再生専用になつてしまうから、ビデオにも必要です。今年末には、地上波デジタルチューナーが売り出されるはずですけど、20万〜30万円するでしょう。

――需要があれば小さいサイズも作るでしょうし、量産すれば価格も安くなっていくのでは?

坂本 例えば、5年先とかの短期間で見ると、そんなに簡単には小さくも、安くもならないだろうと思います。

 自動車に載せているテレビって、ずいぶん小さいでしょ。10年後〈実際は8年4か月後〉にアナログ放送をやめるのだから、たとえ1000万円する試作品であっても、非常に小さいデジタルテレビが出てきてもいいころです。でも、それはない。

 今あるBSデジタルチューナーというのは複雑な機械で、LSI(大規模集積回路)の塊です。いっぱい回路を通るから、時報が1秒以上遅れるのです。電波が衛星に反射して返ってくる時間もあるけれど、それ以外にチューナーが暗号を解くように電波を映像などの情報に復元させるのに時間がかかる。デジタルというのはそれぐらい面倒なものなんです。そう簡単に小型化も安くもできない。しかもハイビジョンは画質が非常にきめ細かいので、小さくすればするほど割高になる。

 もちろん、いっぱい作ればやがて安くなることは間違いありません。でも、どこまで安くなるかが問題です。アナログハイビジョンが登場した時、50万円になったら爆発的に売れると言われたんです。今はもうアナログハイビジョンは作ってないけど、少し前には30万円ぐらいまで値段が下がっていました。それでも爆発的には売れなかった。たかがテレビに10万円も出す人は少数派ですよ。せいぜい数万円以内。面白さと値段を天秤にかけた上で、消費者は買うのですから。数万円のレベルには、10年かけても絶対に下げられない。

――地上波に先行するBSデジタルの普及については「1000日で1000万台」という当初の見通しは過大だったにせよ、カラーテレビが普及した速度よりも早い。そこまで悲観的でなくても……。

坂本 今の「BSデジタル三百数十万世帯」と称している普及数にはアナログ方式のCA(ケーブル)TVで見ている人を含めているし、普及台数ではなく受信機の出荷台数で計算している。在庫があるし、不良品の交換も多い。大きな電器店での店頭展示品、役所とか展示場に供出しているものもある。実際の普及数は130万前後にすぎない。

 まあ、そういう数字のいい加減さをひとまず置いても、日本のビデオの出荷台数における、S-VHSなど高画質のビデオの比率がほとんど毎年1割前後なんです。日本は豊かになり、新しもの好きは最初に買うから、30万とか50万はぴゅーっと伸びる。でも、日本のテレビ視聴世帯が4700万だから、その1割と考えると、BSデジタルの普及は500万世帯で高原状態になるのではないかと思います。

今のアナログでも双方向は可能だ

――デジタル放送には、高画質だけでなく、視聴者がクイズ番組に参加できるなどの双方向も期待できます。

坂本 デジタル化が双方向に必須なんて嘘《ウソ》です。受信機と電話線をつなぐというだけの話で、今のアナログだってできる。例えば、今のテレビで「この番号に電話してください」と言ったって同じことができる。

 テレビ局からいえば、機械と電話線をつないでチェックできる。だから見た番組を全部調べられるし、視聴率調査もやらなくてもいい。要するに視聴データは全部わかる。だから今、CSデジタル放送・スカパーは、例えば「ペイ・パー・ビュー」〈見ただけ払い〉がそうですが、「これを見たからいくら」と銀行から引き落とすわけです。でも、個人情報保護が言われる時代に「何でテレビ局にそんなデータを渡さなきゃいけないのか」という声は当然出てくる。「自分が何を見た」なんていう情報はプライベートな話であって、それが物販会社なんかに流出したら、テレビはおしまいですよ。

 原点に戻れば、双方向性って何だという話です。今のテレビ局は視聴者対応の窓口が少なすぎる。番組への不満なんて、伝えられない。クイズに答えるよりも、そういう双方向性の充実が先でしょう。

――デジタル化を推進せざるを得ない理由として、激増する携帯電話など将来の電波利用のため、アナログテレビが占領している周波帯域を空けなくてはなりません。

坂本 映像を流すのに今のテレビ放送のやり方はすごく効率的で、電波をあまり食わないことは間違いないのです。それに対して、みなが1対1で携帯のテレビ電話を始めたら、これはたぶん周波数がいくらあっても足りない。

 音声と映像の情報の容量は全然違います。容量を食う分、電話代も高くなる。高画質の画像をやりとりする第三世代携帯の電話代が月3万円というのは、現在は数が少ないからその値付けをしているだけです。ちゃんと計算したら、携帯電話で3分間ぐらいの映画の予告編を見るのに3000円とかかかる。だから、私はテレビ電話みたいなものが簡単に普及するとは思えないし、実際、第三世代の携帯は普及してませんよね。ちゃんとやったら高すぎるからだと思います。

 より根本的に問うなら、そんなことをするために、貴重なテレビの電波をどかせていいのか。それを国民に聞くべきだと思います。しかも、移行期開にはアナログとデジタルを同時並行で流す。電波のむだ遣いといえばむだ遣いです。そういうことをやったあかつきにデジタル化を完了して、帯域がこのぐらい空くという。でも、現在のチャンネルを変更する「アナ・アナ変換」だけやって電波を整理すれば、デジタル化した場合と大差ないくらい電波の帯域が空くと主張する人もいます。

 別にテレビを見るのは憲法で保障された権利じゃない。でも、電気が電力会社のものでないように、テレビもテレビ局、家電メーカー、総務省のものではない。やっぱり国民みんなのものです。

役人的な発想ではダメ

坂本 今の問題は、国民に選択の余地が全《まった》くないということです。地上波デジタル計画は全員にテレビを買い替えさせると言ってるんだから、選択の余地がない。カラーテレビは余裕のある人から買い替えればよく、しかも白黒と互換だから、買ってくればすぐ映った。それとは違う。

 私の結論としては、計画を止めてもう1回、一番いいやり方を考え直すということです。このままでは必ず失敗する。

 今まで何億円注ぎ込んだとか、ここまでやったから止められないというのが役人の発想で、ダムなんかと一緒ですが、それではダメ。最終的にアナログ放送をやめることになるとしても、2015年とか2020年とか大幅に後ろにずらす。しかもセットトップボックス(チューナー)を配るなどして、「古いテレビでも見られますよ」といった形にしないと。「買い替えろ」と言われたら、「じやあ、NHK受信料を払わないぞ」という人たちがきっと出てきます。

 今、ほとんどの人は状況がわかっていないはず。2011年にアナログを停波すると決めたのは2001年7月〈施行〉の電波法改正です。その時、共産党以外全部賛成だったんですけれども、国会議員も何もわからないで賛成した。今になって、ホームページで反対を唱える議員も出てきてます。

――でも、何でも新しいことにはリスクや問題が付きまとう面もあるのでは?

坂本 確かに新しいものには賭けの要素があるし、ハードルもあります。しかし、50年前にテレビ放送を開始した時には何もないところから始めたんです。今は4700万世帯がカラーテレビを見ている。街頭テレビに群がった時代と、一家に2台も3台もテレビがある時代とは驚きが違いますよ。

 国策でやるとほとんど失敗する。郵政省が主導したニューメディアはほとんど全滅した。逆に、携帯電話なんて当初、郵政省は普及すると思っていなかった。郵政省が何も言わなかったから、爆発的に増えたという説があるくらい。要するに人の役に立つかを考えないと、無理に「こうだ」と決めて旗を振ってもダメなんです。役所が新しいことをやりたいのは体質なんです。去年と同じことをやっていたら、存在意義が問われる。だからいつも新しいことを見つけ、予算をつけて仕事を増やしていく。相も変わらぬ、その構造が問題だと思います。

※文中〈 〉内は、ホームページ掲載に際して坂本が補ったもので、原文にはありません。