メディアとつきあうツール  更新:2008-10-22
すべてを疑え!! MAMO's Site(テレビ放送や地上デジタル・BSデジタル・CSデジタルなど)/サイトのタイトル
<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

2011年
地上アナログ放送を
停止できない10の理由

≪リード≫
「テレビの地上アナログ放送終了・
デジタル完全移行」まで残り三年を切った。
しかし、実際はどう考えても「絶望的」。
テレビや新聞じゃ教えてくれない、
その理由を徹底解説!
(『放送レポート』2008年9月号=通巻214号)

≪このページの目次≫

 今日まで55年間続いてきた地上アナログ放送をすべて終了し、地上デジタル放送に完全移行する期限は、現行の「国策」によれば、2011年7月24日である。根拠は2001年7月25日施行の「電波法の一部を改正する法律」による。期限までいよいよ3年を切り、残された日数は1000余日となった。

 しかし、この期限を守ることは「絶対に」無理である。もはや期限通りの地上アナログ放送終了・地上デジタル放送への完全移行は、絶望的な状況である。

 筆者は2003年9月、12月開始に迫った地上デジタル放送に取り組む放送関係者の協力を得、編集長だった放送専門誌『GALAC』(同年10月号)で特集「地上デジタル放送の落としどころ」を企画した。冒頭の論文「地上デジタル放送 現行計画『すでに破綻』の決定的な理由10」では、こう書いた。

 《誠に残念かつ遺憾ながら、「現在の地上デジタル放送計画は、放送を始める前から破綻している」と結論せざるをえない。》

 《国会が圧倒的な多数をもって議決したにもかかわらず、「二〇一一年七月二十四日までに現在の地上アナログ放送を停止することは不可能である」と断定せざるをえない。》

 当時、多くの放送関係者はこの見解に懐疑的で、(日本を代表する複数の)放送局首脳には、掲載誌に対して露骨な嫌がらせをした者すらあった。だが、本放送6年目のいま、局としての表立った姿勢や発言はさておき、本音で右の見解を疑う放送関係者は、さすがに減ってきた。

 ただし、テレビは連日「現在の地上アナログ放送は2011年7月24日までに終了する予定」と告知し続けている。新聞も相変わらず、実態とかけ離れた普及率数字をたれ流している。視聴者国民大衆の多くは、地上デジタル放送の正確な進捗状況や問題点を知らされていない。

 そこで本稿では、地上アナログ放送を予定通りには終了できない理由を、10項目に整理して論じる。最後に、地上デジタル放送の完全移行に向けて、どんな施策や対策が必要かを明らかにする。

 「国(総務省)の定めた期限通り、2011年7月に問題なくアナログ放送を停止し、デジタル放送に完全移行できる」とする無責任で空想的な立場からは、何が深刻な問題かを問う態度は生まれず、有効な施策や対策も出てこない。これでは、視聴者国民大衆を大混乱させ、大迷惑をかけてしまう。結果的に、アナログ全停止・完全デジタル化の時期を必要以上に遅らせてしまう可能性すら否定できない。

 国や総務省、NHKや民放局、テレビなど放送関連機器を製造販売するメーカー、審議会などで意見を述べる学者らは、地上デジタル放送の現状とまじめに向き合い、必要ならば計画を修正し、真に有効な施策や対策を打ち出すべきだ。

 「絶対に大丈夫」と言い張り、予定通りを前提とする対策だけを実施し、3年後に「やっぱり無理だから延期」というのは、無責任である。何が問題で、どんな施策や対策が必要かは、ハッキリしているからだ。

 問題を明示せず、必要な施策や対策も講じず、もっとも起こりそうな事態と異なる宣伝を、いつまで流し続けるのか。敢えて嫌な言葉を使えば、それは視聴者国民大衆に対する偽装、騙し、脅し、嘘の類を流し続けることにならないだろうか。

 筆者は、総務省、放送局、メーカーの関係者は、それぞれのセクターなりにみな、日本の放送の将来を真剣に考えて行動していると信じる。同時に、だからといって、それが最良のものとは限らないと考える。

 太平洋戦争末期、日本の将来を真剣に考え命がけで行動した軍の主張の多くは、国民大衆に対する偽装、騙し、脅し、嘘の類だった。「絶対に勝てる」といって無意味な死傷者を増やし、「やっぱり負けました」といったのは、無責任である。多くのジャーナリストは戦後「軍は無責任だった」といったが、戦中にそう主張しなかった者も無責任である。

 筆者は地上デジタル放送への移行を、時代の必然であり、社会の当然の要請だと確信している。しかし、現実無視の無責任は放置できないし、後から「無責任だった」という無責任な立場に身を置くつもりもない。だから、この原稿を書くことにする。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──1】

 日本にあったおよそ1億2000〜3000万台のアナログ対応テレビのうち、半分程度しかデジタル対応テレビに置き換わらない。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 地上デジタル放送が始まった2003年末時点で、日本にあったテレビの台数は、1億2000〜3000万台である(根拠は、前掲『GALAC』を参照)。この台数は、当時のJEITA(電子情報技術産業協会)担当者が妥当な数字だといい、海老沢勝二・元NHK会長も講演で同じ数字を述べたことがある。

 ところで、JEITAの「地上デジタル放送受信機出荷台数予測(累計)」によれば、地上デジタル放送に対応するテレビの普及台数は、2011年に6115万台だ。ということは、放送開始前に日本にあった古いテレビのほぼ半数しか、地上デジタル対応に置き換わらない。

 これが、2011年7月24日までに現行の地上アナログ放送を停止できない決定的な理由である。全面停止を強行すれば、全国津々浦々にあったテレビのほとんど半分が失われる。そんなことが、総務省や放送局やメーカーの都合だけで実現できるはずは、断じてありえない。

 テレビ放送とは、現実の事象のうち光信号・音信号を、テレビカメラとマイクでとらえて電気信号に変換し、放送局から電波として送信し、家庭や事業所などのアンテナかケーブルを通じて受信し、テレビ(モニタとスピーカー)によって元に近い光信号・音信号に再変換して、擬似的な現実を再現するシステムだ。

 このトータルなシステムのうち受信機器(アンテナやケーブル)と光信号・音信号の再現機器(テレビ)を、家庭や事業所が自己負担によって設置する慣行が、55年間続いている。テレビシステムの後半部分は、家庭や事業所が担っているのだ。

 このシステム中「伝送路の電気信号をデジタル化」するのが、デジタル放送である。システムの途中一部の方式変更によって、システム後半の半数が欠落するのは、明らかに馬鹿げている。テレビは「受信者がいてなんぼ」のトータルなシステムであり、後半の半数の欠落は、システム全体の機能の半分が失われるも同然だからだ。それは日本の放送にとって無視できない欠落である。予定通りシステム前半部分の変更を完了した放送局には敬意を表するが、それを理由に前後半全部の変更を強行したくても、できない。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──2】

 「地上デジタルテレビが6000万台以上あれば、1世帯に最低1台以上だから完全移行できる」という考え方は、誤りである。テレビの半数が失われることは、視聴者国民大衆にとってデメリットが大きすぎる。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 地上デジタル対応テレビが6115万台程度しか存在しない状況は、視聴者国民大衆の側にとって、何が起こることを意味するか。

 いうまでもなく、地上デジタル対応テレビは価格が高い。現時点で、大型売れ筋の32型液晶テレビが10万円前後、実用に耐える最小型(画面の高さがアナログ14型と同じ)の17型液晶テレビが4〜5万円程度。かなり安くなってきたことは大歓迎でメーカーの努力を多としたいが、29型4〜5万円、14型9800円〜1万数千円といった価格だったアナログテレビと比べると、依然として2〜3倍高い。

 だから、古いテレビの置き換えが進むのは、所得が高い家庭からである。年収800万円超といった世帯は、テレビに10〜20万円出費してもどうということはなく、複数のテレビがある家庭でも順調に地上デジタル対応に置き換わるだろう。

 ところで、地上デジタル放送開始当時の1世帯あたりカラーテレビ保有数(液晶・プラズマ除く)は、全世帯平均で1.877台(総務省「平成16年全国消費実態調査」=2004年)。仮に、日本の5000万世帯のうち所得が高い世帯から順に、持っているテレビをすべて地上デジタル対応に更新していくとすれば、台数が6000万のときは全体の64%の3200万世帯しかデジタル化できない計算だ。

 もちろん低所得者層も無理して買うし、40型1台で十分という高所得者層もあるから、実際にはそうはならない。しかし、テレビ6000万台のうち5000万台が5000万世帯にまんべんなく行き渡り、1000万台は必ず2台目以降のテレビとして普及するという想定も、何ら根拠のない希望的観測にすぎない。企業、役所、その他団体が買う分を考えれば、なお絶望的だ。

 厚生労働省「平成18年 国民生活基礎調査の概況」(2006年)によれば、日本の世帯5000万のうち、もっとも所得が低い1000万世帯の年平均所得は129万円、その中の最高所得世帯が年収206万円だ。この1000万世帯は、価格数万〜10万円のテレビをおいそれとは購入できない。2011年時点で地上デジタル放送に取り残される世帯数は、数百万〜1000万世帯以上に達する恐れが大きい。

 テレビは娯楽番組も流すが、単なる嗜好品ではない。ニュース、台風情報、地震速報などを報じ、人びとの生命や財産の安全に欠かせないライフラインである。地上デジタルテレビを買えず、テレビがない2011年の夏か秋、突然の地震や台風に襲われて死傷者が出たら、アナログ放送の停止を強行した者は、相応の責任を取るべきだ。戦時中、気象報道管制によってNHKラジオが天気予報を(特例暴風警報を除き)一切流さず、台風の死傷者を増やしたことを、私たちは忘れてはいけない。

 テレビなしも問題だが、テレビは一家に1台あれば十分というものでもない。所得額にあまり関係なく、多くの家庭が複数のテレビを持っているからだ。

 先の総務省「平成16年全国消費実態調査」で年間収入階級別の主要耐久消費財の所有数量を見ると、カラーテレビは年収200万以下の世帯で平均1.36台持っている。250万円以下、300万円以下、350万円以下、400万円以下、450万円以下、500万円以下……と50万円刻みで見ると、1.47台、1.56台、1.66台、1.72台、1.76台、1.79台……と増えていく。

 つまり、年収200万円以下世帯の3割以上、200〜300万円世帯の5割前後、400〜500万円世帯の7割以上が、2台目のテレビを持っていると思われる。3台以上所有する世帯もあるが数は少なく、誤差の範囲と見なしてよいだろう。なお、ここまでで全世帯の過半数である(2006年の世帯年収中央値は458万円で、2500万世帯の年収がこれ以下)。

 そこに、地上デジタル対応テレビを6000万台出荷した段階でアナログ放送を終了すれば、多くの家庭で、キッチン、寝室、子ども部屋、年寄り部屋などに置かれた2台目以降のテレビが用をなさなくなる。

 言い換えれば、多くの家庭から2台目以降のテレビを取り上げることになる。デジタルテレビ6000万台が4000万世帯に1台ずつ、1000万世帯に2台ずつ普及したとき、取り上げられることになる2台目以降のアナログテレビの合計は、3000万台規模に達する。

 筆者は、どの家庭も「主婦が台所で見る」「夫婦が寝室で見る」「年寄りが自室で見る」「子どものチャンネル争いを避ける」「子ども部屋のゲーム用」など、それぞれ必要があって2台目以降のテレビを買ったと思う。それが2011年に3000万台規模で失われれば、放送局にはテレビ史上最大規模のクレームが殺到するだろう。もっとも、そんなことを許すほど、日本の視聴者国民大衆がお人好しとは思えない。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──3】

 テレビの半数が失われることは、放送局にとってもデメリットが大きすぎる。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 地上デジタル対応テレビが6115万台程度しか存在しない状況は、放送局の側にとって、何が起こることを意味するか。

 「見てくれてなんぼ」のテレビ台数が半分に減るのだから、放送局側では、民間放送の媒体価値が大幅に下がる。新聞は「××万部刷ったから全面広告いくら」、雑誌は「部数×万部だから表4(裏表紙)広告いくら」と広告料を決めている。部数が3割減、4割減と減れば、広告料は値下げして当然だ。テレビの台数が半分に減り、視聴機会が半分になれば、民放が得る広告料も値下げを求められるのは当たり前である。

 現在、民放が得ている広告収入は全体で年間2兆円余り。これが1兆円に半減するとはいわないが、1兆5000億円まで減っても、何の不思議もない。番組の質は劣化し、放送局員の年収も大幅なダウンが避けられない。

 一方、低所得者層を中心に、NHKが得ている受信料収入も大幅に減る可能性が高い。2011年7月にアナログ放送を停止した瞬間以降、デジタル放送に未対応の家庭から1円でも受信料を取れば、それは「放送法違反」である。

 「NHKは年寄りしか見ないが、うちは地上デジタルテレビを1台しか買えない。2台目の年寄り専用テレビが映らなくなったから、受信料を払わない」というような支払い拒否・保留が噴出する懸念も大きい。

 2004年夏に発覚し会長辞任まで発展したNHK不祥事の際、支払い拒否・保留件数は二百数十万件だった。地上デジタル放送に取り残される世帯が数百万〜1000万以上、2台目以降のテレビを失う世帯が3000万というような数ならば、受信料の減収はNHK史上最大規模となるだろう。

 NHKも民放も、放送局は以上のデメリットに到底耐えられない。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──4】

 「2011年には地上デジタル放送受信機が1億台に達するから完全移行できる」という考え方は、誤りである。メディアが報じる受信機の普及台数は、地上デジタル放送の普及世帯数と大きくかけ離れている。総務省や民放連発表の世帯普及率も過大な見積もりだ。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 「地上デジタル放送受信機の普及台数」なる数字が、誤解されたまま、一人歩きしている。

 たとえばNHKは、2008年6月末段階での地上デジタル受信機普及台数を3583万台と発表した(7月3日)。この数字自体は、別に誤りではないし、元になるJEITAの数字もほぼ同じである。

 しかし、JEITAの数字はあくまで「地上デジタル放送受信機の出荷台数累計」だ。内訳を示せば、プラズマテレビ、液晶ハイビジョンテレビ、ブラウン管ハイビジョンテレビ、デジタルチューナー、デジタルチューナー内蔵DVD/HDDレコーダー、ケーブルテレビ用STB(セットトップボックス)、パソコン外付けデジタルチューナー、デジタルチューナー内蔵パソコンなど、地上デジタル放送チューナー(1セグチューナー除く)を搭載した機器で、製造工場から日本の国内市場に出た数を合計したものである。

 JEITAの普及予測では、これが2011年に約1億台となる。

 これは地上デジタルテレビの出荷台数とも、普及台数とも異なる数。まして普及世帯数とは、まったくかけ離れた数字だ。地上デジタル放送の世帯普及が問題となっている現状では、あさっての「ゲタはかせ」数字という以外に意味は薄い。

 地上デジタル放送の開始前にあった「アナログテレビの台数」が1億2000〜3000万台で、その置き換えをどうするという話をしているとき、「地上デジタル放送受信機の台数」が1億台と持ち出してくるのは、ピントがズレまくりである。

 その数字は「アナログテレビの台数」ではなく、「地上アナログ放送受信機の台数」(アナログのテレビ、VTRデッキ、STB、パソコン外付け受信機などの合計数)と比較しなければならない。こちらは、少なくとも2億台近い。

 2011年段階で、受信機2億台のうち1億台がデジタル対応に置き換わり、テレビ1億2000〜3000万台のうち6000万台がデジタル対応に置き換わるというのが、JEITAによる予測である。なるほど、2011年は地上放送デジタル化のほぼ中間点だろうとしか、解釈しようがない。

 アナログ時代にテレビがないのにVTRデッキだけ買った者がいないように、テレビがないのに地上デジタル録画機を買う者はいないから、「実際に見られているテレビの数」を数えるときは、デジタルチューナー内蔵DVD/HDDレコーダーの数719万台は除かなければならない。STBだけ入手してもテレビは映らないから、STBの数574万台も除かなければならない。

 結局、地上デジタルテレビの出荷台数は20087年6月段階で2290万台(うちブラウン管テレビ72万台)となる。ここから流通在庫、店頭展示品、返品、不良交換品などの数を引き、さらに役所や事業所など家庭以外の保有台数を引いた数が、「家庭で実際に見られている地上デジタルテレビの台数」。「地上デジタル放送の普及世帯数」は、ここからさらに、複数所有世帯の2台目以降の台数を除いた数。だから、2290万台よりはるかに少なく、もちろん2000万世帯以下である。

 総務省が2008年5月に発表した「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査」(ビデオリサーチに委託し2〜3月に実施。47都道府県の全域・男女15歳以上80歳未満の個人に調査票を郵送。有効サンプル7360)は、地上デジタルテレビ放送対応受信機の世帯普及率を43.7%とする。これはテレビ、録画機、STBなど「いずれか1台」の普及率。肝心のテレビの普及率は34.2%で、全世帯のほぼ3分の1だ。

 もっとも、この調査結果を全世帯の普及率と見なすと間違える。この種の郵送調査(9000〜1万通近くを送付)では、地上デジタルテレビを買った人が積極的に記入し、買わない人が非協力的であるため、無視できない偏りを生じてしまうことが、経験的に明らかだからだ。

 なにしろ昨年の同じ調査では、「スカイパーフェクTV!またはe2byスカパー!」を視聴していると答えた者が12.9%もいた。この数字を素直に信じれば、全世帯数にパーセンテージを掛け算して、スカパーは645万世帯に普及しているという話になるが、これは現実の2倍以上のありえない数字だ。

 筆者はこれについて総務省情報通信政策局放送技術課に確認し、「確かに過大な回答で、自分が何を見ているかわからない視聴者を含むようだ」との説明を聞いた。今年(2008年)の調査では、その質問が省かれているが、得られたパーセンテージをそのまま全体に拡大解釈できない点は、昨年(2007年)の調査と同様である。

 日本民間放送連盟の普及調査(2008年3月。公表は6月)も、世帯普及率を総務省調査とほとんど横並びの43.3%とする。

 こちらは2人以上世帯を対象とする調査で、年収199万円以下が回収数の5.92%と、現実(年収200万円以下の世帯は、全5000万世帯の20%近い)に即していない。持ち家(戸建て+分譲マンション)比率も74%と、全国平均の約60%より異常に高く、サンプルが高所得者層に偏りすぎている。

 日本の単身者世帯数は1000万以上で、うち400万以上が高齢者の一人暮らしだ。いうまでもなく彼らは、低所得で、情報機器に疎く、相談する人も少なく、しかもテレビを、テレビだけを日々の大きな楽しみにしている。携帯電話も持たず、パソコンもなく、家にある情報機器はラジオとテレビだけ。そんな世帯のデジタル化こそが、喫緊の課題ではないのか。その高齢者一人暮らしを含む単身者世帯を最初から省く調査など、「国策」遂行の参考になるはずがない。いや、断じて参考にしてはならない。こんな老人無視は、日本政府だけにしてもらいたい。

 現時点での世帯普及率は、堅く見積もって3割(1500万世帯)以下、せいぜいが3割5分程度(1750万世帯)と考えるのが妥当だ。これにあと丸3年で、2500万世帯程度を上乗せできたとしても(ほぼ全数が1台目テレビという無理な想定だが)、2011年段階で750万〜1000万世帯がデジタル放送に対応できない見込みである。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──5】

 古いアナログテレビにつなぐ簡易チューナーは、まがい物であり、普及すればするほど視聴者国民大衆が迷惑を被る。地上デジタルテレビの代替物とはならず、その普及を前提とする地上アナログ放送の停止は、誤りである。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 2008年6月27日に出た総務省の情報通信審議会「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」第5次中間答申は、

 《来年夏までに第4次中間答申で提言した「5000円以下の簡易なチューナー」の開発・流通が実現できるよう、引き続き取り組むべき。》《外づけのチューナーやチューナー内蔵の録画機との接続等により、アナログ放送の終了後も引き続きアナログテレビが使用できることについて周知広報を徹底すべき。》

 と書き、5000円以下の簡易チューナーの普及によって、地上デジタルテレビをおいそれと購入できない世帯をカバーする考えである。

 しかし、この施策は、次の四つの理由から誤りである。

 第一に、簡易チューナを古いテレビに接続する人は、画質と音質は従来通り、データ放送もナシで、デジタル放送のメリットをまったく享受できない。

 第二に、16対9の横長画像を4対3テレビで見るから、上下に黒味が出て、表示画像が以前より小さくなってしまう。アナログテレビは横縦比が4対3、つまり16対12。この画面に16対9の横長画像を表示するのだから、縦の長さは75%(=9÷12×100)に縮小される。上下合わせた黒味は画面高の4分の1である。

 たとえば、14型アナログテレビで上下いっぱいに映る人の顔は、頭のてっぺんからあご先まで、高さ約21センチ。同じテレビに「上下いっぱいに人の顔が映る16対9映像」を出したときは、頭のてっぺんからあご先まで、高さ約16センチとなる。顔の大きさ(面積)は、56・25%(=0.75×0.75×100)と、ほとんど半分になってしまう。

 人物や風景だけではない。野球中継に出るS(ストライク)やB(ボール)といった文字も、長さ75%、面積56・25%になる。これは、視力の弱い人が多い高齢者には、ものすごくきつい話である。

 コピー機で書類を75%縮小してみてほしい。手近にコピー機がない人は、大学ノートを手にしてほしい。開いた大学ノート(B4)を閉じた状態(B5)にするのが71%縮小で、それと近いことが起こるのだ。付言すれば、現在の地上デジタル放送に出る文字は、大型テレビが多く普及しているため、とても小さい。それを、解像度を落として、もっと小さくするのだ。簡易チューナーを買った高齢者から猛烈なクレームが殺到することは、目に見えている。

 第三に、簡易チューナーを接続した古いテレビは、壊れやすい。最近10年間(1998〜2007年)のアナログテレビ出荷台数(千以下を切り捨て)は965万、832万、849万、817万、702万、603万、495万(=2004年)、385万、185万、62万である。合計5895万台。2004年までは、地上デジタル放送に対応していないテレビのほうが、多く売れていた。

 家電製品協会による平成12年度(2000年度)調査のテレビ残存率(購入後10年目は34.4%というように、何年目かによって異なる率)を適用すると、以上のうち4000万台以上が現在も残っている計算である。

 実はこの残存率は、調査年が古いためテレビの性能向上を反映していない、リユースを考慮していないなど、実態より小さい。これを考慮すると、古いアナログテレビは5〜6000万台以上残っている可能性が高い(平均寿命を1年延ばすごとに600万台ほど増える)。

 これら古いテレビが毎年数百万台以上、壊れたり、映りが悪くなったり、引っ越しその他で更新されている。2005年以降は、まだ映るけれど積極的に地上デジタル対応テレビに交換するという人も増えてきた。あと3年でさらに減るが、それでも2011年段階で二千数百万〜3000万台以上残ると思われる。

 このとき仮に、アナログ放送を停止し、古いテレビすべてに簡易チューナーを接続して使い続けるとしよう。すると、2012年7月までにテレビが数百万台壊れても不思議はない。古いテレビの内訳は98年出荷分100万台以上、99年出荷分百数十万台以上、2000年出荷分200万台以上……というようになっているからである。

 その所有者は、4〜5万円のデジタルテレビが高くて買えないから、5000円の簡易チューナーで我慢するわけである。しかし、1年後テレビ本体が壊れる。そこで電器屋に行くと4〜5万円のデジタルテレビしか売っていない。では、何のために去年5000円出したのだという話になる。

 情報通信審議会のメンバーが、右の事情をわかって黙っているのか、そもそも考えたことすらないのかは不明だが、「5000円以下の簡易なチューナーの開発・流通」に大問題があることは明白だ。推進すればするほど、多くの視聴者国民大衆が迷惑を被ることは、間違いない。

 第四に、メーカーが、以上のような難点を持つ簡易チューナーを、わざわざ投資し開発し大々的に売り出すほど愚かとは思えない。もののわかったメーカーであれば、売れれば売れるほど消費者に迷惑をかけ、まるで儲からず、どのみち数年間しか売れない中途半端なまがい物など、本気では作らない。

 だから、簡易チューナーは地上デジタルテレビの代替物とはならず、その普及を前提とする地上アナログ放送の停止は、誤りである。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──6】

 4〜5万円の地上デジタルテレビや、5000円以下の簡易チューナーは、それだけの出費では済まない。アンテナかケーブルにつながなければ映らないからだ。その分、地上デジタル放送の導入コストはふくらみ、普及に時間がかかる。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 地上デジタル放送の話題で、テレビの価格が急激に下がった、5000円以下の簡易なチューナーも登場すると盛んに喧伝される一方、あまり語られないのは、アンテナにかかるコストの問題である。

 地上デジタル放送は、地上アナログ放送と使う電波が異なるから、VHFアンテナしかない家庭で直接受信する場合は、UHFアンテナが必要である。設置を業者に頼めば、ベランダで1万5000円以上、戸建て屋根への設置で3万円以上かかり(平屋か2階建てかで違う)、室内配線工事を頼むと数万〜10万円以上かかることがある(壁に穴を開けるかエアコンダクトを通すか、どの部屋で見えるようにするかで違う)。ベランダ手すりに自分で設置しても数千円〜1万円近くかかるのだ。

 5000円以下の簡易チューナーを使おうが、安い17型テレビを買おうが、右のコストが必ずかかることを、視聴者国民大衆にきちんと説明しなければならない。

 もっともアンテナの問題は、地域や住宅の条件によって、話が大きく異なる。地方はアナログUHF局が少なくないから、既存アンテナがそのまま使えることが多い。すると、アンテナ代は不要か、方向の調整代だけで済む。

 首都圏では、電波塔の変更をめぐってアンテナ調整の問題が起こる。これは、本題からややズレるが、説明しておいたほうがよいだろう。

 関東一円を含む首都圏の地上デジタル放送の電波は現在、東京タワーから発射されている。これを東京・墨田区に建てている高さ610メートルの新タワー(東京スカイツリー)に切り換える。ところが、放送局の負担金問題でなかなか折り合いがつかず(とくにNHKが難色を示したとされる)、着工が遅れ、新タワーの竣工は2011年12月予定とズレ込んだ。この頃、新タワーから電波が出始める見込みだ。

 地上デジタル放送が始まった2003年頃、各局の技術者は「東京タワーからでは、北関東など遠方に電波が届かず、都市難視聴も解消できない。首都圏の地上放送デジタル化には600メートル級の新タワーが絶対に必要だ」と主張していた。

 2011年7月にアナログ放送を停止すれば、7〜12月の5か月間は「絶対に必要」なものがないではないかといわれそうだが、新タワーの遅れを見越して建設する中継鉄塔で北関東の問題は解消できる。都市難視聴は、5か月間ほど解消されない(これについては次項で述べる)。

 このタワー切り換えにともない、やっかいな問題が起こるのだ。

 第一に、いち早くデジタル化を終えた直接受信の家庭では、アンテナが東京タワーを向いている。一部の家庭では2011年12月に、これを新タワーの方向に変えなければならない。

 たとえば、多摩(東向き)、千葉(西向き)、埼玉(南向き)、川崎(北向き)のアンテナは、東京タワーと新タワーがほぼ同じ方向だから問題ないとされる。大半は調整不要だが、東京タワーと新タワーの間に位置する地域では、まったく逆方向とか、西向きだったのが北向きに、ということが起こる。真逆ならば映る、間の地域は電波が強く無指向性アンテナで両方映るといった話はあるが、数十万世帯でアンテナ調整が必要になるかもしれない。

 向きを変えたら、新タワーとの間にビルがいくつもあって映らなくなることもありうる。地上デジタル電波は、アナログでゴーストを起こす反射波を足し合わせて正常に受信でき、別方向の反射波をとらえてよく映る場合もある。だが、低層で見通しの悪い場所では、うまく受信できない世帯も出てくるだろう。

 第二に、一定期間は東京タワーと新タワーどちらからも電波を出す。「このとき必ずデジタル混信障害を起こし、テレビが映らない地域が出る。この障害は発生してみないとわからない」と断言するアンテナメーカー関係者もいる。総務省はデジタル混信障害の予測シミュレーションにようやく着手した段階だ。

 このようにアンテナ問題は、一般の人びとにわかりにくく、しかも、実際に電波を送受信してみないと何ともいえないことが多い。

 「戸建てでは、デジタルテレビを買ってきたものの、地上デジタル放送が映らないとわかり、そこで初めて地デジ対応化の工事を依頼するケースが非常に多い」と先の関係者は嘆く。当たり前だが、視聴者国民大衆の多くは、電波やアンテナの知識など持ち合わせていないのだ。

 それなのにアンテナについては、コストはじめさまざまな問題が語られない。こんな状況で、普及が順調に進むとは考えにくい。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──7】

 集合住宅の共聴施設の多くで、これまでの設備を地上デジタル放送用に改修する必要があるが、なかなか進んでいない。受信障害対策共聴施設や辺地共聴施設の改修、個別受信への移行にも、問題がありすぎる。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 マンションやアパートなど集合住宅では、屋上に共聴(共同受信)アンテナを立てて受信し、各戸にケーブルで送るのが普通である。

 そんな3階建て以上の集合住宅が全国に90万棟弱(「平成15年住宅・土地統計調査」によれば80万4000棟)あり、ほぼ同数の集合住宅共聴施設がある。総務省が「52万棟770万世帯」というのは4階建て以上の集合住宅についてだけで、なぜだか知らないが、3階建てを含まない。

 また、大都市では、ビル陰などで電波が届かない「都市型難視聴」解消のため、高いビルの屋上を借りて共聴アンテナを建て、地域一帯にケーブルで送ることが少なくない。この種の受信障害対策共聴施設は、全国に5万施設あり、650万世帯が加入しているとされる。

 こうした共聴施設が、地上デジタル放送開始時点より数年以上前に設置されたのであれば、それは地上アナログ放送専用だから、地上デジタル放送対応に改修する必要がある。ところが、これが大問題なのだ。

 集合住宅から見よう。分譲マンションの場合は、住民でつくる管理組合や自治会が意思統一し、電設会社に改修工事を発注する。しかし、住民が持ち回りで務める管理組合の役員に知識がなく、意見する住民もおらず、何事も始まらないところが多い。話し合いは始まったものの、コストがかかる、住民の年齢・家族構成・所得が異なるなどで、改修の必要性や時期について結論がまとまらないところも多い。

 アンテナをVHF用からUHF用に交換すれば済むわけではなく、増幅器が必要、増幅器の設置場所や電源がない、古い建物で住宅送りケーブルが貧弱(BS・CSを通すのに交換が必要)など、ケースバイケースでコストがかさむ。

 たとえば10パターンほどモデルケースを列挙し、それぞれ必要な対策と目安コストを整理したホームページを総務省その他が開設し、住民代表が印刷して各戸に配れるようにしておくくらい、やってもよさそうに思うが、やらない。住民が自己責任・自己負担で勝手にデジタル化せよという態度では、話がまとまらないのも無理はない。

 筆者が知る東京・世田谷のマンション(10階建ての4〜10階)は、一応「高級住宅地」とされる駅前に建ち、住民の所得も平均よりは高そうだ。しかし、1970年築と古く高齢者が多いせいか、誰もデジタル化を言い出さず、何の対応もしていない。そこで、数社から見積もりを取ったら、屋上のVHFアンテナを換え、ブースターを何か所かかまし、ベランダ側から住宅送りケーブルを降ろす露出配線工事で、価格400万円程度。既存ケーブルが使えれば百数十万円という業者がほとんどだった(1社のみ数十万円)。

 しかも、全社が口をそろえて「工事に2〜3週間かかる。2008年中に発注してほしい。2010年や11年にいわれても、到底対応できない」という。街の電器店にできる工事ではなく、改修が必要な建物数に対して業者の絶対数が足りないため、工事が殺到すれば「1年待ち」「1年半待ち」の状態になる。多くのビルで、2011年7月に間に合わないというのだ。

 一方、賃貸の場合は、管理会社がしっかりしていてオーナーに改修を勧めるマンション、都が改修を進める都営アパートなどでは問題ない。だが、管理会社なしでオーナーの顔も見たこともないマンションなど、民間ではざらだ。学生向けワンルームや安アパートも万事が大家まかせで、住民が口を出す余地は少ない。

 日本CATV技術協会が、会員社が保守点検を担当する集合住宅を中心に調べたら、4割の建物で改修計画そのものが存在しなかった。2011年段階には、デジタル化できない集合住宅が多数残るだろう。

 受信障害対策共聴施設はどうか。筆者の住む東京・新宿の地域一帯がその一つである。赤坂のホテル・ニュージャパン跡地に高層ビルが建つとき、電設会社が各戸の屋根上アンテナにつながるケーブルを、電信柱沿いに引いてきたケーブル(その先はどこかのビル屋上のアンテナ)につなぎ換えた。コストは難視聴を引き起こす原因者ビルの負担だ。

 2011年7月にアナログ放送を終了すると、この施設は使えなくなり、地域一帯が、有料CATVに加入するのでなければ、個別受信を迫られる。

 有料が嫌なら、12月までは依然として途中にビルが建つ東京タワーにUFHアンテナを向けるしかない。当然、うまく受信できない平屋が出るだろう。都市難視聴が10分の1程度に減るというのは、600メートル級の新タワーが建った場合の話だからだ。おまけに12月以降、新タワーにアンテナを向け直すのでは、面倒なこと、このうえない。

 4階の筆者宅からは、屋根に倒れかかったままのアンテナが何本も見える。ケーブル化されてから何年も放ってあるのだが、撤去され新しいアンテナが立つ気配は一向にない。あと丸3年では、どうにもならない風景に見えるが、皇居まで歩いていける場所でこの有様なのだ。

 さらに、地方には辺地共聴施設と呼ばれるものが2万あって、140万世帯が加入する。改修費の半分に国の補助がつくが、山深くにあり、共聴アンテナの移動が必要など大規模改修が必要な場合は、コストが膨大で、改修のメドが立たない。

 大都市に多い集合住宅、受信障害対策共聴施設と合わせて、2011年には間に合いそうにないのだ。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──8】

 2150万世帯が加入するCATVは、事業者が営利企業、三セク、地方自治体、その他と入り乱れ、実態がハッキリしない。ロードマップでは「視聴可能」となる予定だが、結局は、加入世帯がどれだけSTBやテレビを導入するかによる。その見通しは暗い。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 日本全国で、ケーブルテレビ(自主放送を行う許可施設。以下CATV)によってテレビを見ている世帯は、約2165万世帯とされる。この世帯をデジタル化するには、まずCATV事業者が送信設備をデジタル化しなければならない。

 CATVの事業者タイプごとに契約者数(世帯数)を見ると、2007年6月末で営利法人459万、第三セクター1542万、地方公共団体56万、任意団体9万2000、公益法人40万、その他管理組合など2万7000。だから、山間部や農村など地方に多い第三セクターの進捗状況を調べる必要があるが、これがハッキリしない。

 日本ケーブルテレビ連盟が策定したロードマップによれば、加盟正会員363社と日本農村情報システム協会内の全国有線テレビ協議会加盟会員433社では、2011年段階に全加入世帯が地上デジタル放送を視聴可能となる見込みだ。

 総務省「ケーブルテレビの現状」にも、全CATV世帯で視聴可能との目標は書いてあっても、加入者の何%、何百万世帯が地上デジタル放送を視聴しているかという「現状」は載っていない。むろん、少ないから載せていないのだろう。

 『月刊放送ジャーナル』調べでは2006年9月現在で、加入世帯の33%の630万世帯が有料契約世帯だった(総務省はこの数字を引用したことがある)。無料契約世帯だらけのCATVには、国や地方自治体の資金投入が必要だが、カネを惜しまなければ視聴可能にはできよう。

 たとえば、東近江ケーブルネットワークは52億円(全額が東近江市の補助金・合併特例債・公益企業債・一般財源)をかけて3万7770世帯にケーブルテレビを見せている。1戸あたり132万円(ランニングコスト別)。滋賀県高島市の朽木地域全域では5億1200万円(全額が過疎債・一般財源)で882世帯にケーブルテレビを見せている。1戸あたり581万円(同)。

 地方CATVには、この手のデタラメで、わけのわからないものが実に多い。こんなものはテレビの普及とはまったく関係のない箱モノ行政にすぎない。

 結局、CATV加入世帯のデジタル化は、何世帯がSTBを入れ、何世帯が地上デジタルテレビを買うかによる。その見通しが暗いことは、すでに理由2で述べた。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──9】

 地上デジタル放送の計画時や着手時期と比べて、放送を取り巻く環境が大きく変化した。格差の拡大、貧困化、さらに最近の物価高が、デジタル化に大きな影を落としている。スタグフレーション状況で、個人消費が冷え込んでいるのだ。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 これは総務省のせいでも、放送局やメーカーのせいでもなんでもないが、地上デジタル放送の計画中や開始当時と比べて、社会状況が大きく変化した。格差の拡大、貧困化、原油高や穀物高を引き金とする物価高は、想定外の状況である。

 理由2に引用した厚生労働省「平成18年 国民生活基礎調査の概況」には、1世帯あたり平均所得金額の年次推移が載っている。所得は1996年の661万円からほぼ一貫して減り続け、2005年は563万円と、100万円も少なくなってしまった。2005年に981万人だった年収200万円以下の勤労者は、2006年に1023万人と、大台を突破。さらに、2007年夏以降に深刻化した米サブプライムローン問題、原油高、穀物高などの影響で、長く落ち着いていた物価が急に上がりはじめた。不況下の物価高、つまりスタグフレーションともいえる状況だ。

 これは、とくに低所得者層に厳しく響く。10万円のテレビをおいそれと買えない人が急増しているのだ。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

【地上アナログ放送を
停止できない理由──10】

 地上デジタル放送を「国策」というが、視聴者国民大衆に正確な見通しを伝え、その強い支持を得てこそ、真の「国策」となる。現状では、本当に国を挙げた国策の体をなしているか、大いに疑問である。だから、2011年にはアナログ放送を停止できない。

 国(総務省)、放送局、メーカーが推進する地上デジタル放送は「国策」といわれ、「国策だから、何がなんでも2011年7月までにやる(できる)のだ」という関係者が多い。だが、本当にそうなのか。

 そもそも国の推進体制は、本当に「国策」の名に値するかたちになっているか。筆者には、総務省だけが全面に出て、他省庁は依然として他人事のように冷ややかと見える。

 メーカーの話だから経済産業省、テレビが大量に廃棄されるから環境省や自治体、テレビ文化の話だから文部科学省や文化庁、CATVがらみで国土交通省や農林水産省や自治体、集合住宅や都市難視聴では国土交通省や法務省や自治体、高齢者や障害者の問題で厚生労働省などが、もっと関与すべきだが、そうなっていない。

 総務省だけでやるからこうなるという象徴的な話を一つ。本稿では集合住宅770万世帯(3階建て40万棟弱を数えれば1000万世帯以上)、受信障害共聴650万世帯、辺地共聴140万世帯、CATV2150万世帯と書いた。これに戸建て個別受信の推定2000万世帯を加えてみる。すると、日本の世帯数はほぼ6000万になってしまう。

 マンションでCATVを見る、直接受信しているがCATVも見ているといった重複が、700万〜1000万もあるわけだ。これは杜撰すぎる話ではないだろうか。

 いずれも総務省の使う数字だが、実は集合住宅の数は、CATV技術協会にゼンリンの地図データを数えさせたのだ。「国策」が、そんなことでよいのか。国土交通省に、もっとましなデータはなかったのか。

 考えてみれば国策は、省策でも政府策でもない。人びとがあって、日本国民があってこそ国策だろう。

 視聴者国民大衆を巻き込むのに、「誰が何といおうと、2011年7月までに、あなたたちが見ている放送は終わりにします。だから、早く準備してください」と急かし続けることが、得策なのか。それは、かえって視聴者国民大衆と国策の距離を広げてしまうと筆者は懸念する。

 したがって2011年のアナログ放送終了は、延期するほかはない。

◆      ◆

 さて、筆者は2011年にアナログ放送終了はできないと思うが、無理ない地上デジタル放送の完全移行には大賛成である。そのために、どんな施策や対策が必要かについて、最後に触れておく。

 第一に、無理なものは、単純に延期すればいい。先日会った竹中平蔵・元総務大臣も、ずいぶん前に会った月尾嘉男・元総務審議官もそういった。ギリギリまで路線転換しないのは、よくない。2009年春以降は、アナログ終了延期の検討に入るべきだ。

 第二に、延期期間の決定は、この3年間のテレビの普及ペースを見きわめてからでよいだろう。全都道府県で地上デジタル放送を開始した2006年から10年後が一つのメドだと思う。それより早く終了できそうなら、そうすればよい。

 第三に、パナソニックの地上デジタル専用(BS・CSなし)17型テレビは、とてもよいと思う。データ放送なしが、さらに安く出ればなおよい。低所得者向けに、画面つきで安い小型を普及させるべきだ。

 第四に、集合住宅・受信障害・辺地共聴やCATV施設のデジタル化対策は、新タワーを待てば、かなり楽になる。無意味な補助金は削り、個別・直接受信を増やすべきである。

 第五に、筆者は誰もが「2011年アナログ終了」の宣伝を増やすべきとだけいい、もっとも肝心なことをいわないのが不思議でならない。

 放送局のもっとも効果的な地上デジタル放送移行推進策は、テレビ局がよりよい、より役に立つ、よりおもしろい番組を作り続け、視聴者国民大衆から信頼を獲得することだ。

 デジタル化は「手段」にすぎず、「目的」ではない。放送関係者には、これを忘れてほしくないと願っている。