メディアとつきあうツール  更新:2003-10-02
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

PCM音声放送
デッドヒートのゆくえ
(St.GIGA開局前夜)

≪リード≫
90年代初め、バブル経済の時代。
ラジオ界は衛星(BSやCS)を使ったPCM音声放送に、
熱い目を注いでいた。
パラボラアンテナが必要な直接受信のラジオ、
有料放送、CMなしの24時間放送、全国共通波、
「CD並み」とすらいわれた高品質な音。
例によって「バスに乗り遅れるな」と、
BS、CSの免許申請が始まる。
いち早く開局準備を整えたのがSDAB(St.GIGA)。
確かに斬新、ユニークなラジオが始まると見えた、その頃のレポート。
※郵政省(現・総務省)の腰が座らずしかも硬直的な対応が事業者を振り回していること、事業者の採算見通しが驚くほど甘いことに注意。10年後もまったく同じ状況です。

(「放送批評」1991年02月号)

 衛星利用のPCM音声放送が動き出した。

 1990年11月30日には放送衛星BS-3aを使って衛星デジタル音楽放送(以下SDAB)がテスト放送開始。同じ日、通信衛星(CS)の計18チャンネルを使う委託放送事業者の免許申請が締め切られ、1月認可、早ければ91年秋には放送スタートとなる。

 と、ここまで書いたところで、30日の締り切りが「申請各社の準備が整わないため」(郵政関係者)突如12月28日に延期となった。CS利用は初めからモタツキの印象だ。

 PCMとはPlus Code Modulation(パルス符号変調)の略。連続するアナログ信号を0と1の二進符号(デジタル信号)に変換して伝送する通信方式を意味する。ひずみや雑音の少ない高品質で安定した音が得られ、デジタル方式でタビングする限り劣化しない。もちろんFMよりもいい音で、CD《コンパクト・ディスク》並みの音。CD音源のPCM音声をDAT(Digital Audio Tape)で録音すれば、テープはもとのCDと同等の音といってよい。また、暗号化が容易なことも特徴のひとつである。

 そして、PCM音声放送は有料放送(スクランブル化。各社とも1チャンネル当たり数百円以下を想定)であり、CMなしの24時間放送である点、既存のラジオ放送とは決定的に異なる。全国共通波という点でも違う。

 まったく前例がないだけに、その前途を危ぶむ声も少なくないのだが、はたしてPCM音声放送、無事にテイクオフできるのか。競つて参入を図る各社の思惑、戦略はどういうものなのだろうか。

JSB(WOWOW)をバックにSDAB(St.GIGA)登場

 PCM音声放送の先駆けとなるのはSDAB。同局はJSBが使うBS-3aのトランスポンダ(衛星第3チャンネル)の独立音声を利用して放送する。BSの音声は、画像とは別にチャンネル当たりAモードで4本、Bモードでは2本とれるから、衛星第3に「JSBの画像+Aモード・ステレオ」と「SDABのAモード・ステレオ」が共存できるわけだ。BSチューナーでどちらの音かを選択する。

 ところがAモードは、NHKの衝星放送がコンサートなどの時に流すBモードよりも音が悪い。15KHz以上の高いところの周波数帯域がカットオフされるからだ。もっとも20KHzの高音は人間の耳で聴こえるか聴こえないかというレベル。ウォークマン・タイプのカセットが再生できる音はせいぜい18KHz以上までだから、実用上問題はない。ただしAモードをCD並みの音というのは言い過ぎ。

 CSを使うPCM放送はBモードだから、SDABは音質では若干劣るのだが、一方、BSを使うことによるメリットも大きい。

 それは、既存のBSアンテナとBSチューナー(内蔵型テレビやVTR)を利用できること。そして、JSBのデコーデー(JSB加入時に供与する暗号解読機。加入料は2万7000円)がそのまま使えることだ。

 JSB加入者でなけれはSDABに加入できないというのは制約にみえるが、実質的には大きなプラスだ。JSBという巨大な”国策会社”にぶら下がって商売ができることはSDABの抜群の強みとなる。

 たとえばJSB加入者に対してDM《ダイレクトメール》作戦がとれる。PRイベントなどJSBと共同戦線も張れる。JSB加入者リストは、BSセットとデコーダーを持ち(10万円程度かかる)、しかも月2000円を払って有料BS放送を見る意志と余裕のある――そして多分、新しもの好きで高感度な家庭のリスト。これだけを対象にすればいいのだからDMの効率も 上がるはずだ。

 さて番組の中身だが、SDABでは、
「音楽は地球の生命を最も美しく純粋に表現したもの。SDABはその音楽を中心に音の潮流を構成するが、既成のジャンル分けはない。また、音楽の母である自然の音を地球の音(The Sound of the Earth)と捉え、大自 然のさまぎまな息吹きを放送に反映させる」(1990年10月配布の説明資料より要約)
 というだけで、編成内容については一切口を閉ざしてきた。

 同じパンフレットには「最終的編成内容は、世界でも類を観ないものとなり、大きな話題を呼ぶこと必至!!」とある。このあたりの気の持たせ方、興味の引かせ方が既存スタイルとは変わっていておもしろい。

 実際、11月29日の記者発表で全貌が明らかになった編成方針をみると、全世界の放送をモニターしていないので本当に「類を観ない」かどうかは責任が持てないが、かなり変わっている。

 たとえは開局日時。本放送のスタート(それまではスクランブル化されない)は1991年3月30日16時18分というおかしな時刻。これは満月がいちばん丸くなる時刻である。

 90年11月30日正午からのテスト放送も、30日、12月1日と自然の音――波の音、鯨のうた、熱帯雨林やサバンナの夜の音などを流す。2日の昼からは水滴、雨、川、海の音を流して16時08分、月の出とともに自然音と人工音がミックスされたサウンドが聴こえはじめる。そして16時50分、月が満月となった瞬間に初めて、人間の手だけによる音楽が流れ出るというのだ。

St.GIGA編成の精神は”聖なるもの”

 12月の特別番組のタイトルは、「月光浴 Moonlight Blue」「New Moon」「Super NOVA」(超新星)「宇宙0時刻」といったもので、音楽はオールジャンル。放送局のコールネームはSt.GIGA(=セント・ギガ。St.はステーションでなく「聖なる」の意)だし、パンフレットには月の満ち欠けの図や潮の干満の波形が描かれている。放送局の番組表はタイム・テーブルだが、SDABではタイド・テーブル(タイドは”時”の古語で潮の意)なのだ。12時に時報を鳴らすなんてヤボはやらない。

 SDAB業務局長の田中聡がいう。
「私たちは地上3万6000キロに静止するBSを”星”と考え、星からのメッセージを送りたいと考えています。宇宙飛行士が宇宙から地球をみるとみな一様に”神の存在”を思うという。そしてたったひとつポツンと浮かぶ地球に限りない慈《いつく》しみを感じるんですね。そんなポジション、宇宙の高みから、大げさにいうなら人類に対するメッセージを、サウンドとして送りたいのですよ」

 田中は「精神的なメディア特性を持ちたいのだ」とも表現した。考えによっては、既存の放送局にもっとも欠けている”メディア特性”がこれかもしれないのだ。

 SDABは音声1波だけの放送局で、1局3チャンネルを持つと予想されるCS利用の放送局とは戦略を異にする。クラシック・チャンネルやジャズ・チャンネルといった切り口で勝負しにくいわけだ。音楽のジャンルを問わない切り口を模索することが、宇宙、星、海、自然といったテーマを生み出したともいえるだろう。

 この点、単なる選曲だけでなく、たとえばABCという3つの曲をACBと流すかBCAの順番にするかという”つなぎの妙”の演出にもこだわる。同じ曲CでもAの後かBの後かで好感度にハッキリ差が出るからだ。

 以上のようなSDABの編成の核となったのは、エフエム東京からJ-WAVEに移り新しい編成スタイルを確立した横井宏(SDAB編成局長)。J-WAVEではジャンルを絞り込み、音楽の流れを最重視した編成を組んで話題を呼んだ。今回も、聴取者にどこまで受け入れられるかは別にして、既存のラジオ局にはない新しい編成を生み出したことは確かである。

 SDABの社長はハウンド・ドックや尾崎豊を擁するプロタクション「マザー・エンタープライズ」を率いる福田信。37歳と若い。インタビューに応じた田中聴も福田と同い年《おないどし》で三井物産の出身。SDABは音楽関係、広告会社、出版、印刷などさまざまなジャンルからの出身者が多く、むしろ「放送関係は少ない」(田中)。若い活気に満ちた全社で、田中は「少なくともわれわれは伝えたいメッセージを持っている。既存放送局にないものをね」と自信に満ちた口ぶりだ。

 聴取料は月額600円(年間一括契約のみで7200円)。加入見込みはBS受信世帯の16%、JSB加入世帯の30%というのがひとつの目安で、92年末に50〜60万を目標にする。そのペースなら3年で単年度黒字化、5年で債務返済終了という青写真だが、実際はどうか。今後の展開に注目したい。

CSを使うPCM音声放送は、郵政主導の申請レース

 一方、CSを使うPCM音声放送は、1990年11月末の時点で、ミュージックバード、日本PCM音楽放送のほか、日本テレビ系、TBS系、日本へラルド映画系などか申請準備中だ。

 郵政省の方針では当初の11月30日締め切りを急遽一か月延長して免許申請を募る。枠は全部で18チャンネルで、通信衛星スーパーバードAの1本とJC・SATの2本のトランスポンダを利用する。

「潜在的な需要を考慮したPCM音声放送の普及見込み、既存放送に対する影響、使えるトランスポンダの数などを考え合わせて、当面は18チャンネル。認可は91年1月、早ければ秋には放送開始というスケジュールですね。18という数は、放送に多様性を持たせ今後の普及を進める意味で、多めの設定だと考えています」(郵政省・衛星放送課)

 これに対して参入を図った各社には、4年前から調査会社を作って準備を進めてきた会社あり、申請募集の出た7月前後に急遽参入を決めた会社あり、途中で降りた会社ありで、申請レースはめまぐるしく動いた。

 中でも、準備会社設立が1986年と早かったミュージックバード(エフエム東京、電通、博報堂系)や日本PCM音楽放送(外食産業のミタニと音楽番組制作のユアーズ・プロジェクトが折半で出資)は6チャンネル(トランスポンダ1本分)の参入を考えていた。それが、TBSや日テレ系の参入で3チャンネルしかもらえないことになり、事業計画や編成方針の練り直しに大変だった。

「撤退を真剣に考えた社もあった」(事情通)

 また、郵政省の方針も、必ずしも初めから明確には定まっていなかったとの声もある。
「郵政省は複数チャンネルで申請する局であっても1チャンネルごとに契約ができるように、また1チャンネルことに採算べ−スに乗るようにせよとの方針です。でも、そういいはじめたのは秋口に入ってからで、それまで準備してきた計画は没ですよ」(ある申請会社)

 となると、仮に(1)(2)(3)の3チャンネルを放送する場合、(2)(3)はほとんど儲からないが(1)でたっぶり収益を上げて全体のバランスをとるといった編成ができない。

 そこで、
「採算ベースに乗ると思われるものだけが出てきて、変わりばえのしないチャンネルばかり並びはしないか。その結果、かえって共倒れの怖れすらあるのでは。しかも、少数の聴取者しか見込めないチャンネルを排除することはリスナー無視で、”多チャンネル化”の意義を失わせるのではないか」(某申請会社幹部)
 との疑問の声も生じるのである。

 もっとも郵政では「法的にもチャンネルごとに免許が要《い》るのは当然」と、知らぬほうが悪いとの口ぶりだが。

 また、こんな声もあった。
「郵政は採算計画をしっかり立てよという一方で、CSによるPCM音声放送の黒字化は7〜8年は不可能と口にしているのですよ。黒字にするかどうかは各社の努力いかんで、そんなこと余計なお世話だ。それに、受信機器の開発ペースが遅いから91年秋口のスタートは無理で、もっと遅れるんじゃないかといってみたり。何考えてるんですかねえ」
 というわけで、ため息のひとつも出る。

知恵をしぼるPCM音声放送参入各社

 番組の中身をみると、たとえばミュージックバードでは「クラシックを重要な柱と考える」(編成部長・東条碩夫)という。残りは洋ものと日本のポップスとなりそうだ。クラシック愛好者が、比較的高い年齢層で経済的なゆとりもありPCMの高音質にも敏感――つまりクラシックがもっともビジネスとして有望だという判断である。

 経営の見通しを開くと、採算に乗せるにはごく大雑把にいってチャンネル当たり10〜20万の契約者が必要という。

「う−ん、これだけの契約者を取るのはかなり厳しいですよ、正直いって。もっとも、フタを開けて似たようなコンセプトのチャンネルがあるようだと話は違ってくるから、あまり意味のある数字ではないけれど」(東条)

 まだ認可の降りない段階だから将来の話になるが、どうにも似たようなチャンネルが並んでしまったら話し合いで競合しないように調整することになりそうだ。

 一方、これも長く準備を重ねてきた日本PCM音楽放送は、3チャンネルを40代以上の熟年齢層むけ、若者むけ、子供から高齢者までファミリーむけという切り口で編成する。

「ポピュラー・チャンネル、クラシック・チャンネルなどのジャンル分けはしない。狙った対象層それぞれの生活に応じた編成とでもいえばいいかな」(代表取締役専務・沖田清輝)

 ここの料金体系案をみると(1)800円(2)300円(3)200円というように格差を付ける。そして(1)〜(3)一括契約は1000円の割引制度を導入する。割引すると(1)は実質615円程度に相当し、SDABとほぼ横並びになる。さらに1年一括契約は15%割引といったディスカウントを考えている。

 この方式だと、(3)だけの契約者がいくら増えても商売にはならないが、(1)〜(3)の一括ならば採算ベースに乗ってくる。

 先行するSDABという強敵、そして認可を与える郵政に対しても、各社それぞれ知恵をしぼり戦略を練っているのだ。

 しかし、CSを使うPCM音声放送の将来を決定付けるのは受信機器の普及だ。受信にはBS用とは別のアンテナとチューナー(デコーダーを兼ねる)が必要で、しかもいま、現物はなく開発中なのである。

 最初に売り出される機器はセットで10万円程度と予想されている。現在、BS受信セット(アンテナとチューナー)は安いもので実売価格5万円もしない。しかもBSチューナーはテレビ内蔵型やVTR内蔵型があるから、大型テレビへの買い換えやS-VHSビデオへの買い換えを動機として普及していく。何といっても絵と音が出るのだ。

 PCM音声放送は18チャンネルあるといっても音だけだし、しかも有料。となれば、BS受信機を持たずにCS受信機を買おうという人はまずいないだろう。BSを持っている人でも、もうひとつアンテナをつけることには、かなり躊躇《ちゅうちょ》するのではないか。

 こう考えると、郵政の本音であるらしい「7〜8年先まで黒字化は絶望的」との観測がリアリティを持ってくる。もちろん、その先を見越した”衛星多チャンネル戦争”が、すでに始まっているわけであるが……。