メディアとつきあうツール  更新:2003-12-03
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

視聴者無視の
地上放送デジタル化に
公共投資350億円はなぜだ!?

≪リード≫
地上放送のデジタル化をめぐり、郵政省(現・総務省)のビジョンなき暴走が始まった。
氏家・民放連会長が「公共投資の対象に」と発言すると、郵政省は総額16兆円の総合経済対策に2000億円規模の地上波デジタル化予算を要求。
350億円が認められ全国7か所で50億ずつ使うというが、郵政省を取材すると、根拠も使途も曖昧《あいまい》な、恐るべきどんぶり勘定。
こんないい加減な税金の使い方をしていいのかと聞いても、放送行政局の担当者は黙りこくるばかり……。
こんなものが、中央省庁の立案する政策なのか? こんなムチャクチャな補助金・箱モノ行政で、地上放送のデジタル化がうまくいくはずがない!!
(「放送レポート」1998年9/10月号巻頭)

火付け役は民放連会長

 地上放送のデジタル化をめぐって郵政省のビジョンなき暴走が始まっている。くすぶる火に油を注ぐかたちとなったのは、民放連会長・氏家齊一郎の不用意な発言だった。

 デジタル放送というと、現在のCSを思い浮かべ、画質が悪い、悪天候に弱い、微妙なアンテナ調整が必要など、デメリットばかり目につくかもしれない。たしかに現行CSは地震や台風に弱く、基幹放送とはなりえない。だが、地上波の帯域(V やU)を使うデジタル放送では、そのデメリットは出ない。

 一方、同じ電波の帯域で、テレビを3チャンネル送る、高精細度放送を1チャンネル送る、あるいは音声やデータ放送を組み合わせて送るなど、自由な使い方ができる。コンピュータとの相性もよく、微弱な電波で受信可能、ゴーストも出ない、電波の有効利用につながるなど、メリットは大きい。

 つまり、地上波デジタルそのものの有効性に議論の余地はなく、テレビをゼロから始めるならデジタルでよい。問題はいま、デジタルと互換性のないアナログ放送があまねく普及してしまっていることだ。

 だから、問題は地上波デジタルの進め方、導入の仕方である。

 具体的には、(1)カネを誰が出すか(送信するテレビ局側と、受信する視聴者側で)、(2)アナログからデジタルへの移行をどうするか(両方を同時並行的に流す電波の余裕があるか)、(3)デジタルで何を流すか(コストに見合うソフトがあるか、視聴者はそれを求めているか)の3つが問題なのだ。

 そこで、民放代表の氏家会長は1998年3月24日の記者会見で、カネを誰が出すかという問題に触れ、次のように述べた。

「政府はデジタル化を急いでいるようだが、民間に任せておくと現実問題としてそんなに早くは進まない。地方局の負担は重く、無理すると倒産するところも出る。政府が早急に進めるべきというなら、中継鉄塔を公共投資の対象にすべきだ」

 同時に氏家は「鉄塔は道路。国が道路をつくり、自分で買った車を走らせるようなものだ」という意味の発言をした。公共の電波を預かるテレビ局の一方の代表として、到底信じられない無茶苦茶なたとえ話である。

 国道には乗り入れ規制はなく、自家用車も社用車も走る。タクシーも宅配便も、民放社長の黒塗りも、警察や消防の車も走るのだ。しかも、高速道路では利用料金を取る。車には、道路建設の財源となる特別な税金が設定されている。それの、どこがテレビ局専用鉄塔のたとえになると勘違いしたのか。

 護送船団方式で守られたキー局の多くは、社員に国内最高水準の給与を支払い、東京都心に自社所有の超高層ビルを建て、しかもなお、売上高2〜3000億円で、経常利益100〜400億円などという法外な荒稼ぎを続ける。そのトップが、自分らの専用道路を国費でつくれといって、誰が納得するか。

郵政便乗、予算2000億要求

 しかし、「そういうご主張なら」と思ったかどうかは知らないが、郵政省は総額16兆円の総合経済対策に、なんと2000億円規模の地上波デジタル化推進予算を要求した。一般財源、つまり税金を2000億円使ってテレビ局に専用道路をつく ってやる、との意思表示だ。火に油が注がれた、とはこのことである。

 もののわかった放送関係者ならば、氏家発言はもちろん、郵政の地上波デジタルに関する舵取りにも、10人が10人首を傾《かし》げるはず。だが、NHKも民放も、誰一人として郵政にはっきり異議を申し立てようとしない。

 コメッキバッタのように”お上”に頭を下げつつ、もちつもたれつの関係を維持することがテレビの習い性だから、というだけではない。民放連会長発言で露呈したように、テレビ局側にも明確なビジョンがないからだ。

 局は「デジタル化はカネ食い虫」とダダをこね、役所は「じゃあ税金から2000億」という。放送の将来像もへったくれもない、こんな低次元のやりとりの結果、馬鹿をみるのは視聴者であり、国民である。

 省益拡大しか頭にない郵政省。社の経営しか頭にない放送局。両者の間で(政治家やメーカーなど外野のヤジや声援を受けながら)「地上波デジタル」がキャッチボールされ、次第に実体化していく。

 導入の問題点3つを振り返ってほしい。(1)カネ(税金、NHK受信料、民放広告費、受信機器コスト)を出し、(2)デジタルへの移行で混乱し、(3)そのデジタル放送を見るのは、実は視聴者なのに、視聴者だけがカヤの外という事態が進行している。

これが緊急経済対策?

 郵政省がブチ上げた2000億円は、98年4月下旬に、結局350億円だけが認められた。その経緯に触れておく。

 2000億円のそもそもの発端は、バブル処理の失敗が招いた戦後最悪不況を打開するため、とにかくカネを使おうということで出された政府の総合経済対策(98年度の補正予算)である。

 土建国家ニッポンを造った公共投資を反省し、情報通信や生活関連など「新社会資本」の整備を図るというのが橋本政権の謳い文句だったから、郵政も、千載一遇のチャンスとばかり大きく出た。自民党が、とりあえず手を上げてみろと各省に声をかけたのに応え、総額2000億円を投じて、全国10か所で実用に使える地上デジタル放送研究開発用とデジタル映像フォーマット研究用の共同利用施設を建設するという計画を打ち出したのだ。

 郵政省放送行政局によると狙いはこうだ。
「共同利用施設は、2000年から地上デジタル放送開始という目標にむけた環境づくりになる。また、1局がデジタル化しても後が続かなけれは、地域格差が生じ、健全なデジタル放送の育成にならない。全国的な普及という観点からも共同利用施設が必要だ。そこで、情報通信分野にも力を入れるという経済対策の機をとらえて、検討をお願いした」

 ところが、2000億円は郵政省の年間予算800億円の実に2.5倍。査定する大蔵省は、「郵政省はハシャギすぎ、舞い上がりすぎだ」(大蔵官僚)と牽制し、郵政の要求を批判する文書を政治家やマスコミにばらまいた。

 大蔵省の主張の要旨は、地上波デジタルに国費2000億円が必要というならば政策の大転換だ、研究開発用とはいえ実態は実用施設だから国が民間放送事業者の投資の肩代わりをすることになり問題、年度内の執行が困難で緊急景気対策の効果が乏しい、など。

 これには郵政省広報室も、反論文書を出して対抗した。こちらは、キャップルール(注:政策項目ごとに歳出の上限を定めるルール)などの制約から要求しなかったものを補正で要求するのであり政策の変更ではない、実用に転用可能なのは鉄塔など一部設備だけだから、民間の投資の肩代わりではないと主張した。

 最終的には、2000億から350億と、ほぼ6分の1に縮小されて認められた。「国会の先生方のお力添えもあって」と郵政省はいうが、従来型の土建政治家たちに比べれば、逓信族の力はまだまだというところか。

補助金・箱モノ行政ここにも

 しかし、過大な要求が分相応のところに落ち着いて万事メデタシかといえば、350億円の「地上放送のデジタル化推進のための共同利用施設の全国的整備」施策には、やはり問題が山積している。最初の「2000億円で10か所」の根拠が不明 なように、今度の「350億円で7か所」も、きちんと詰められた話ではないのである。

 放送行政局の技術担当2人に取材したやりとりは、こんな具合だ(注:もちろん郵政省で名刺を交わし長時間話を聞いているが、あえて名前は出さない)。

――50億円×7=350億円の計算か?
「必ずしもそうではなく、ばらつきは出る。全国普及を考えて、10か所といった。金額も、1か所2〜3億では無理だが、100億まではかからないということだ」

――1か所50億円の積算根拠は?
「鉄塔、アンテナ、送信設備などの価格は、世間相場を調べた。建物はできれば借りたいが、建てるとしてもプレハブで安く上がる」

――鉄塔も借りる?
「そうだ。可能であれば借りる。鉄塔を7本立てることは考えていない」

――では、浮いた鉄塔代の使い道は?
「移動体の実験をしたり、そのほかいろいろな新しいサービスの実験ができる」

――その実験メニューや予算は?
「決まっていない」

 予算がついた段階で7つの場所は未定。借りる鉄塔の数も未定。浮いた予算を回す実験の詳細も未定。だいたいこんな感じという額が50億円なのだ。それで7つ合わせて350億円の予算。税金を使うにしてはどんぶり勘定にすぎる。湯水のようにカネを使う建設省でも、いくらの橋が何本で総枠いくらと積算するのだ。役所がこんないい加減な税金の使い方をしてよいのか? と聞くと、返答はなかった。

 さらに問題がある。一般予算350億円はそのまま郵政省の「天下り・行革対象機関」である通信・放送機構(TAO)に移管され、7地区にばらまかれる。地元では有志が協議会を組織し使い道を決める。郵政の出先の電気通信監理局(:1949年電気通信省のもと電波管理局、50年に電波監理局、52年に郵政省傘下に移行、85年に電気通信監理局と名称を変更、2001年以降は総務省傘下の総合通信局)は、実験についてサジェスチョンはするが、協議会はあくまで民間だという。7月中旬現在、NHKと民放が参加しているが、地元企業や自治体の出足はあまりよくないらしい。

 これでは、国の関与が少なすぎるとの懸念がある。税金を投入する国の事業だから、共同利用で得られた知見やノウハウは、すべての放送局、メーカー、視聴者に共有されるべきだ。だが、郵政省の説明では、それは通信・放送機構が年に一度報告書を出す程度のことらしい。共同利用施設が完成したとして、翌年度以降ほとんど活用されなくても、誰も責任を問われることのないシステムなのだ。

 これは、無責任なバラマキ型「補助金行政」の典型である。しかも、とりあえず鉄塔を建て、実験の中身は今後考える、つまりソフトは後で入れるという「箱モノ行政」の典型である。

 そのうえ、予算350億円は今年度内(99年3月末まで)に執行しなければならない。予算1000万円で報告書をつくるといった話なら、印刷物の原紙と領収証を示して年度末の検認をごまかせるが、鉄塔ではそんなわけにはいくまい。

 北海道(札幌)、東北(仙台)、東海(名古屋)、近畿(大阪)、中国(広島)、四国(岡山・高松)、九州(福岡)の7カ所で共同利用施設の整備が決まった。しかし、鉄塔建設地の選定、環境アセスメント、入札、設計施工、デジタル変換・送信設備の入札、納入、その他建物や電源設備の整備、全国7地区ごとの局その他との光ファイバー接続などが、年度末までに完了するのか。NHKや民放の技術担当に聞いても、危ぶむ声は強い。

アメと鞭の護送船因方式

 98年4月の共同利用施設整備に続いて、6月には郵政省「地上デジタル放送懇談会」の中間報告書が出た。現段階での郵政省の方針をまとめたもので、当面の導入プロセス、目標スケジュール、アナログ放送の終了時期などについては、これで一応の目安が立った。

 郵政省放送行政局では、
「放送局もメーカーも、投資や機器生産の見通しを立てるうえで、アナログ終了の時期がわからないと困る、何らかの目安が必要だという声が強かった。そこで、アナログ放送の終了の目安を盛り込んだ。ただし、あくまで今後の見直しを前提とした 目安であり、確定ではない。郵政省としては、2000年から全国一斉にデジタル化するといったことはしないし、これまでのスタンスに変更はない」
 と解説する。

 スケジュールを紹介しておくと、親局レベルでは、(1)関東広域圏(独立U局除く)は2000年から試験放送開始、2003年末までに本放送開始、(2)近畿・中京広域圏(同)は2003年末までに本放送開始、(3)その他(三大広域園独立U局含む)は2006年末までに本放送開始、(4)以上により2006年末までに親局レベルでの全国的導入の完了、をいずれも「期待する」となっている。

 アナログ放送終了時期は、2010年を目安とするが、(1)地域の受信機の世帯普及率が85%以上、(2)現行アナログ放送と同じ地域をデジタル放送が原則100%カバー、の2つの条件にそって見直す。

 世帯普及率85%は、現在のVTR機器の普及率と肩を並べるきわめて高い数字だ。96年の経済企画庁データのVTR普及率は75.7%、民間調査データでは85%である。カラーテレビ、VTR、BSなどの普及速度を考えると、ゼロから始めて10年そこそこで達成できるとは到底思えない。2010年という目安は大幅にズレ込むだろう。

 放送局は、まだアナログを続けてよいとホッとできればよいが、まだ続けなければならないのかと悔やむときが来るかもしれない。

 NHKも民放も、こうした目安が出たことに加えて、親局レベルで既存事業者に限定した免許申請受付期間を設定し(三大広域圏は2003年末まで、その他は2006年末まで)、新規参入障壁をつくるという条項を評価するという声が強いようだ。放送局が誰も手を上げない場合でも、この期間中は新規参入させないというのだから、やりすぎと思えるほど既存事業者優先の規定である。

 郵政省としては、現在の放送秩序をここまで護送船団方式で保護するのだから、既存事業者は地上波デジタル化に全力を上げてもらわなければ困る、といいたいわけだ。

 つまり、中間報告書はテレビ局にとって「アメと鞭」といえる。

 しかし、これに記載されているスケジュールには、あまりリアリティがない。郵政省は「英米はこの秋にもデジタル化を始める。遅れてはならない」と繰り返すばかりで、電波事情からすれば日本の状況に近いドイツやフランスの動向は伝えようと しない。

 結局、地上波デジタルの推進が視聴者にどんなメリットがあるかについては、「高品質」「多様化」「高度化」「高齢者・障害者にやさしいサービス」「安定した移動受信サービス」など、論評のしようもない抽象的な単語が羅列されているだけだ。

どこが「視聴者主権」か

 郵政省中間報告書の致命的な欠陥は、始めから終いまで「技術至上主義」「ハードウェア至上主義」で埋め尽くされ、「視聴者」の視点と「ソフトウェア」の視点にまったく欠けるということである。

 そもそも報告書は、地上デジタル放送の社会的意義の第一に「視聴者主権を確立し、新たな放送文化の創造に貢献」と謳いながら、視聴者の意見を汲み上げようとした形跡がない。懇談会の委員は25名だが、このなかで視聴者代表と考えられるの は誰か、と放送行政局に開いたところ、

「ちゃんと入っていただいている。国民生活センター参与の青山三千子さん、主婦連合会合長の清水鳩子さん。それにルーテル学院大学文学部教授の清原慶子先生もそういう立場からの発言をされる方」
 だそうだ。

 25人中3人! しかもこの3人は、委員に3人だけ入っている女性だ。郵政省は視聴者イコール女性とでもいいたいのか。お三方は、郵政省の懇談会事務局に真意を質《ただ》したほうがよいと思う。

 委員には、ソニー、富士通、松下の社長が加わっている。マイクロソフトの会長も入れれば4人。視聴者無視、メーカー重視の郵政省のイビツな姿勢は明らかだろう。これのどこが「視聴者主権」なのか。

 また、一般向けにアンケートをしたところ、インターネットで3879人から、郵送では545人から回答を得たという。インターネットで通信してくる人間を一般国民と言い張る郵政省は、どうかしている。そんな回答を国民の声と想定して立てた政策など、失敗するに決まっているではないか。

 例によって懇談会の報告書は、経済波及効果が10年間で約212兆円、雇用誘発効果が10年間で約711万人、将来の放送関連市場(2010年時点)が約35兆円などと大好きな数字を並べている。

 1994年ころ、2010年までに光ファイバーの全国網を張り巡らせると主張していたとき、郵政省は、市場規模123兆円、雇用創出243万人といっていた。地上波デジタル導入で数字はどんどんエスカレートしたわけだ。

 しかし、冒頭に指摘した(1)カネは誰が出すか、(2)アナログからデジタルへの移行をどうするか、(3)デジタルで何を流すかについて、腑に落ちるようなことは、何一つ書かれていない。

 これで視聴者の共感を得ることができると思うか、まったく互換性のないテレビにわざわざ買い替えると思うか、と郵政省の担当者にたずねると、こんな答えが返ってきた。

「この報告書にすべて盛り込まなければならないとは思っていないが、視聴者のメリットや課題は十分書いてあるつもりだ。しかし、現段階では書けないことがある。地上デジタル放送がどういうものか、見てみないと言葉では書けない。だから今後パイロット実験(東京タワーを利用)や、共同利用施設で実験する。そうすれば、視聴者がどんなサービスか見る機会も増えると思う」

 この理屈は、まったく理解しがたく、承服しかねる。

 というのは、郵政省はこの春、最終的に350億円に削られたものの、国費2000億円を投入して、地上波デジタル施設をつくろうとした。地上波デジタルに必要な投資額は、NHKが3000億円、民放が6000億円といわれる。その5分の1以上を、国民の税金で賄《まかな》おうとしたわけだ。

 にもかかわらず、その中身は現時点で書けない。見たことがないから実験する。実験を見れば視聴者にも地上波デジタルがどんなによいものかわかるはずだ、と郵政はいう。

 順序が違う、というほかはない。実験して初めて、国民にとってよいサービスかどうかわかるものに、国民に相談せずに(繰り返すが、インターネットでは聞いたことにならない)、なぜ2000億円の税金を入れようという発想になるのか。

失敗すれば視聴者直撃

 こんなものが、中央官庁の立案する政策であろうか。大蔵官僚でなくても、歯止めをかけるに決まっているではないか。

 それとも、2000億円はアドバルーンで、せいぜい300〜400億円取れればよいと、最初から思っていたわけだろうか。ならば、郵政省というのはふざけた連中だという以外、評する言葉はない。地上デジタル放送懇談会の委員として入ってい る放送局やメーカーの社長は、この戦後最悪不況下に年間350億円稼ぐことの困難さを身に染みて知っているはず。さっさと懇談会に辞表を出すがいい。

 放送を所管する郵政省のやるべきことは、はっきりしている。

 地上波デジタルの視聴者、放送局、メーカーにもたらすメリットがきわめて大きく、日本の国益に適うと思うなら、350億円の共同利用施設を補助金・箱モノ行政に終わらせず、コストに見合う魅力のある新サービスを開発する場として、最大限活用すべきだ。

 そのうえで、(1)カネ、(2)アナログ・デジタル移行、(3)ソフトの3つの観点から、地上波デジタルの明快なビジョンを描く必要がある。すでに郵政省も通産省も存在しないかもしれないが、両者は手を組むべきだ。もちろんそのビジョンでは、視聴者に対して、享受できる新しいサービスとそれに必要なコスト負担とを、具体的に示さなければならない。

 それでもなお、2000億円でも5000億円でも税金を投入して国益にかなうという将来像が描ければ、ドサクサまぎれの補正予算などではなく、正々堂々と予算要求すればよい。通産省のようにメーカーを支配したり、建設省のように業界にカネをばらまきたいかもしれないが、そんな時代は終わった。

 現在のやり方では地上波デジタルの将来像がまったく見えない。BSやCSとの関係性も不明だ。ビジョンなしに突き進んでも、ある程度普及は進むだろうが、視聴者、放送局、メーカーは大迷惑を被《こうむ》る。

 地上波デジタルで失敗すれば、視聴者や局の受けるタメージ、失われる国益は、ハイビジョンの比ではない。なにしろ、一億数千万台(:これはやや多すぎ、たぶん1億2000〜3000万台以下)あるこの国のテレビを、全部違うものに置き換えるのだ。

 地上波デジタルは、省益優先の場当たり的な政策でどうにかなるというテーマではないのである。

サイトアップに際しての≪付記≫

 2003年12月の三大広域圏における地上デジタル放送スタートを目前とする現時点でも、2011年に現在の放送が終わることを正しく認識している人は、国民の2割にも満たない。この5年間、郵政省―総務省という役所は、いったい何をやっていたのか? 郵政省放送行政局の担当者は5年前、筆者に対し間違いなく「今後パイロット実験や、共同利用施設で実験すれば、視聴者がどんなサービスか見る機会も増えると思う」といった。しかし、どこの誰がそれを見て、デジタル放送への理解を深めたというのか? 結局、98年に350億円を投じた「地上放送のデジタル化推進のための共同利用施設の全国的整備」は、クソの役にも立たなかったのではあるまいか? ただ、郵政省の地方出先機関の管轄地区ごとに下記リンク先の箱モノを整備した、という以外には……。
地上デジタル放送研究開発共同利用施設

 それにしても、である。近畿地区の実験内容は「社会生活支援マルチメディア総合サービス開発」で、北陸地区(7地区に追加された3地区のひとつ)の実験内容は「地方における生活支援型マルチメディア放送技術・サービス開発」だそうである(これ以外に各地区共通の実験を行う)。近畿では「社会生活」を、北陸では「地方における生活」を支援するのだ。こんなの、もう、笑うよりほかないではないか。

※赤文字の注2か所は、サイトアップ時に追加。

※このページはスキャナーでテキスト化したため、誤植が残っており失礼しました。早稲田大学人間科学部の橋本大の指摘によって2003年12月03日訂正。ありがとうございました。