メディアとつきあうツール  更新:2003-10-11
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

地上デジタル放送(地デジ)
現行計画「すでに破綻」の
決定的な理由10

≪リード≫
2003年12月1日、関東・中京・近畿の三大広域圏で地上デジタル放送が始まる。その7年7か月余り後には、地上アナログ放送が打ち切られる予定だ。しかし、現行の計画はすでに破綻している。2011年にアナログ放送を止めることはできない。なぜなのか? 10の論点を提示する。
(「GALAC」2003年10月号 総力特集「地上デジタル放送の落としどころ」)

≪このページの目次≫

≪付記≫
地上デジタル放送の現行計画(2003年夏段階での計画・予定スケジュール)が、その予定通り実現できないこと――2006年12月までに全国すべての地域でデジタル放送を開始できず、2011年7月までに地上アナログ放送を停止できないことは、すでに絶対確実な情勢である。国(総務省)が以下の提言を受け入れなくても、スケジュールは自動的にダラダラと延びる(ただしこれまでの例では役人は責任を取らないだろう)から、国民大衆・視聴者のみなさんはあまり心配は要《い》らない

なお、この論考の掲載誌は、衆参両院全総務委員(国会議員)、最近の郵政大臣経験者、総務省、総務省記者クラブ、ほとんどの放送局、全テレビメーカー社長、その他主だった地上デジタル放送関連団体に献本済みであることを付言しておく。これは3年後、5年後、10年後に「知らなかった」と言わせないためである。

 いよいよ二〇〇三年十二月一日、東京・名古屋・大阪を中心とする三つの地域(関東、中京、近畿の三大広域圏)で、地上デジタル放送の最初の電波が発射される。

 国(総務省)、全放送局、全メーカーが推進する計画によれば、二〇〇六年十二月までには三大広域圏以外の地域で地上デジタル放送を開始し、二〇一一年七月二十四日までに現在の地上アナログ放送を終了する。

 言い換えれば、十二月一日から数えて七年七か月二十三日、日数にして二七九二日で現在の地上放送をすべてやめ、新しい放送に全面的に移行する。これが日本の「国策」である。このことは二〇〇一年七月二十五日に施行された「電波法の一部を改正する法律」で決まっている。

 しかしながら筆者 【筆者プロフィール】 は、NHKや民放局、メーカーなどで地上デジタル放送に関わる専門家たちの協力を得て、改めて計画を徹底的に点検し直した。協力してくれた全員の名前を明かすことができないが、これ自体、計画が極めて異常な環境の中で立案され進行中であることを意味している。

 この結果、誠に残念かつ遺憾ながら「現在の地上デジタル放送計画は、放送を始める前から破綻《はたん》している」と結論せざるをえない。

 そして、国会が圧倒的な多数をもって議決したにもかかわらず、「二〇一一年七月二十四日までに現在の地上アナログ放送を停止することは不可能である」と断定せざるをえない。

 計画は、二〇一一年七月までに地上アナログ放送を停止し地上デジタル放送に完全移行するという一点に絞れば、「失敗に終わる」ことが絶対に確実な状況である。

 したがって現在の計画は、早急に修正しなければならない。私は、いまとなっては地上デジタル計画に反対するつもりはない。反対しても今年の暮れに放送が始まることに変わりはないからだ。だが、反対はしないけれども、失敗することが確実なのに手をこまねいているわけにはいかない。

 そこで本稿では、なぜ地上デジタル放送計画は「破綻」しているのか、なぜ始まる前から「失敗」と断言できるのかについて一〇の論点にまとめる。そのうえで現行計画に代わる修正計画を別稿(38〜40ページ)で提案する。

 アフリカの駝鳥《ダチョウ》は、人に追いかけられると猛烈なスピードで逃げ出す。だが、逃げる途中で地面に穴ボコを見つけると、それに頭を突っ込むそうだ。すると、追っかけてくる恐ろしい敵の姿は見えなくなる。駝鳥はホッと一息つくが、もちろん捕らえられ、バーベキューにされてしまう。

 いま地上デジタル放送計画を真摯《しんし》に検討し、必ず起こるだろう事実を見据えないのは、逃げる駝鳥が小さな頭を地面の穴に突っ込むのと同じことだ。検討しなければ、嫌な未来は見ないで済む。しかし、目を背《そむ》けたところで、嫌な未来が消え失せるわけではない。国も放送局もメーカーも、冷静に現状を見つめ直すべきである。

 このまま無理な計画を推進し地方局が潰れようと、放送行政が信頼を失おうと、新しいテレビがなかなか売れずメーカーが苦労しようと、いつかはデジタル化するのだから大したことではない――そのくらいの犠牲は覚悟のうえだという見方はあるかもしれない。

 しかし、なにより恐れるべきなのは、無理な計画をごり押しした結果、テレビが視聴者・国民大衆からそっぽを向かれ、計画を練り直し期間を延長すれば達成できるかもしれない放送デジタル化そのものが、完全に支持を失ってしまうことである。

破綻の理由―【1】
日本には少なくとも一億台、おそらくは一億二〜三〇〇〇万台のテレビがあると推定される。一億台のテレビを八年弱で地上デジタル放送対応とするには、年平均一三〇〇万台のテレビが必要だ。しかし、テレビの国内出荷台数は毎年一〇〇〇万台前後。しかも、当面は出荷されるテレビのほとんどがアナログ用だ。だから、日本にあるすべてのテレビを二〇一一年七月二十四日までに地上デジタル放送対応に置き換えることは、物理的に不可能である。

 いま、日本にあるテレビの台数はどれくらいだろうか。

 この問いに答える一つのアプローチは、保有台数を見積もることだ。内閣府の二〇〇三年三月の消費動向調査によれば、全国の一般世帯のうち単身世帯と外国人世帯を除く約三四〇〇万世帯(調査サンプルは五〇四〇世帯)で、一〇〇世帯あたりの29型以上のテレビ保有台数は七一・一台。29型未満は一六六・七台。計二三七・八台である。これに三四〇〇万をかけ一〇〇で割れば約八〇八五万台。これを三四〇〇万世帯にあるテレビの数と考える。

 同時期の単身世帯消費動向調査によれば、学生を除く全国の単身世帯約一〇七〇万世帯(調査サンプルは一三〇〇世帯)で、一〇〇世帯あたりの29型以上のテレビ保有台数は二六・一台。29型未満は九四・四台。計一二〇・五台である。これに一〇七〇万をかけ一〇〇で割れば約一二八九万台。これを一〇七〇万世帯にあるテレビの数と考える。

 日本の総世帯数は四八〇〇万だから、三三〇万世帯が計算から漏れている。施設などの世帯、学生の世帯、外国人世帯などだが、単純に一世帯一台と仮定すれば三三〇万台。以上三つを加えて約九七〇〇万台となる。

 「消費動向調査はモデル化のための調査。正確な実態を表すかどうか疑問」という専門家の声を聞いたが、とりあえず以上で、日本の家庭にあるテレビは一億台弱と見積もることができる。

 次に会社、役所、店、学校、その他団体などにあるテレビを数える。

 総務省統計局の事業所・企業統計調査によると、二〇〇一年十月一日現在の日本の 総事業所数は六四九万二〇〇〇。事業内容が不詳なものを除くと六三五万で、従業者数は六〇一八万七〇〇〇人だった。なお、事業所とは、国や自治体の事業所、民営の事業所、学校、その他団体などすべてを含む。

 六五〇万の事業所に何台くらいテレビがあるかは、残念ながら確かな調べはつかない。

 従業者一〜四人が三八六万事業所、五〜九人が一二一万事業所だから、五〇〇万は零細中小。ここはテレビがないか、あっても一〜二台だろう。従業者が一〇〇人超といった事業所には、社長室、応接室、休息室、食堂、守衛室など数台以上のテレビがあろう。

 さらに、日本にはホテル・旅館が約六万あり、客室数はホテル六一万、旅館九七万(一九九九年)。いまどきテレビのない部屋は珍しいから、ホテルや旅館の客室にあるテレビは一五〇万台近い。また、小学校・中学校・高校は合わせて四万以上ある。各教室、校長室、職員室、主事室にはテレビがあるから、一校一〇台と数えても四〇万台以上あることになる。これらも数える必要がある。

 一事業所に平均三台とすれば二〇〇〇万台弱、五台とすれば三〇〇〇万台強を、一億台に加えなければならない。

 もう一つのアプローチは、生産台数とテレビの耐用年数を見積もることだ。JEITA(電子情報技術産業協会)によれば最近十年間のテレビ(液晶・プラズマを含む)の国内出荷 【国内出荷台数】 実績累計は約一億台。日系メーカーの日本向け出荷分は国内外からを問わずこれに入っており、韓国などの主要メーカーが統計に参加するようになって以降の数値は、日本に出回ったテレビの数としてかなり現実に近い。

 この統計は一部に漏れがある。家電製品協会の報告書(二〇〇〇年調査)によればブラウン管式テレビの残存率は十年目で〇・三四四である(三分の一が捨てられずに残る)。中古市場が存在する(廃棄されたテレビが再利用される)。寿命が長い死蔵品が存在する。以上を勘案すれば、十年で出荷された一億台にさらに上乗せしなければならない。

 以上二つのアプローチから、日本には少なくとも一億台、おそらくは一億二〜三〇〇〇万台のテレビがあると考えられる。JEITAの専門家も「一億五〇〇〇万台では多く見積もりすぎだ。最大値でも一億二〜三〇〇〇万台ではないか」という。

 さて、現在の地上デジタル放送計画では二〇一一年七月二十四日までに少なくとも一億台、おそらくは一億二〜三〇〇〇万台の地上アナログ専用テレビを、新しいテレビに置き換えなければならない。

 ところが、成熟家電であるテレビの国内出荷は毎年約一〇〇〇万台と安定している。一昨年は一〇〇五万台弱、昨年は九六三万台強だった。JEITAの需要予測でも、この数字はあまり増えない。二〇〇一年度の数字で二〇〇六年に一一五〇万台と、一五〇万台増しか見込んでいない。

 ということは、仮に明日から日本で売られるテレビをすべて地上デジタル対応とし、新しいテレビがいまテレビが売れるのと同じペースで順調に普及したとしても、二〇一一年段階で二〇〇〇万〜五〇〇〇万台のテレビが地上デジタル放送対応にならない計算だ。

 現実には、地上デジタル放送を受信できるテレビは現時点でほとんど存在しない。十二月には主要メーカーの製品が出そろうが、「どこも本格的な生産は二〇〇六年以降と見ている」(メーカー関係者)。

 すると、二〇〇五年までは地上デジタルテレビはあまり売れない。BSデジタルテレビと同じ程度とすれば年に四〇万台強だが、これは誤差の範囲というべき数。最初の二年間の置き換えペースが鈍ければ、二〇一一年段階では四〇〇〇万〜七〇〇〇万台のテレビが地上デジタル放送対応にならない計算だ。

 したがって、二〇一一年段階で地上デジタル放送に「取り残される」テレビの数は数千万台以上と見積もられる。

 日本にあるテレビのおよそ半分がデジタル放送に対応していない状況でアナログ放送を停止することは、法律でそうすると決まっていても、絶対にできない。その場合は法律を改正するほかはない。だから、現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【2】
現在の地上デジタル放送計画はハイビジョン放送が中心だ。しかし、視聴者・国民大衆の多くは、高画質で横長のテレビには興味がなく、地上デジタルテレビを積極的には買わない。買わなければ価格は下がらず、普及のきっかけがつかめない。

 総務省が放送・電機業界とまとめた地上波デジタル化の第一次行動計画 【第一次行動計画】 【第二次行動計画】 (「ブロードバンド時代における放送の将来像に関する懇談会」が二〇〇二年七月に公表)では、テレビ局は、サービス開始当初は一週間の放送時間中五〇%以上の時間で高精細度放送を流し、その後その比率のプライムタイムでの拡大を目標とするという。

 ところが、多くの視聴者・国民大衆は高画質・横長(16対9)のテレビにあまり興味がない。視聴者は、高画質で横長だからテレビを見るのでなく、おもしろいから、役に立つから、好きな人が出ているから、ヒマだからというような理由でテレビを見る。

 書くも馬鹿馬鹿しいことだが、一〇〇人に「高画質で横長のつまらない番組を見るのと、並の画質で標準サイズのおもしろい番組を見るのと、どちらがよいか?」と聞けば、一〇〇人が「おもしろい番組を見る」と答えるだろう。

 テレビは、画質や画角よりも内容が重要なのであって、高画質や横長は決定的な「売り」にはならない。それはテレビの中身に比べれば、取るに足らないどうでもよいことである。

 そして、二〇一一年までは移行期間とされ、NHKも民放テレビ局も三分の二以上の時間で同じ内容のデジタル放送とアナログ放送を流す(サイマル放送)。資金力と制作力があるNHK以外の民放は、三分の二どころかほとんどの時間で、地上アナログ放送と同じ内容をデジタル・ハイビジョン化して流すだけである。

 デジタルとアナログの内容がほとんど同じだから、地上デジタル放送に対応する高画質・横長テレビを買う人は、内容と比べれば取るに足らないどうでもよいことに、ある程度のおカネを出す余裕がある人だ。問題はそのような人がどれくらいいて、どれくらいの差額なら負担するか、である。

 「高画質」という一点に絞れば、九〇年代に民生用VTR出荷台数に占める高画質VTR(S-VHS、ベータ、ハイエイトなど)の割合が一割強で一定していたことは、注目に値する。

 高画質VTRの比率は、九三年から二〇〇〇年まで一一%から一五%の間に収まる。台数は五三万〜九九万と動いたが、割合は動かない。これは、高画質機器と標準画質機器に価格差があるとき、高画質を選ぶ人の割合がほぼ一定であることを強く示唆する。九〇年代のVTRでは、それが一〇〇人につき一一〜一五人だった。

 九〇年代の高画質VTRと標準の価格差は、ごく大雑把にいって一〇万円前後と二〜三万円前後の差額。現在のハイビジョンと標準テレビの価格差は、二〇〜三〇万円前後と二〜一〇万円前後の差額。ハイビジョンのような高画質テレビを買う人は、やはり一〇〇人あたり一〇人から二〇人程度だろうと考えるのが自然だ。

 BSデジタル放送受信機の出荷台数がまる三年(二〇〇〇年六月〜二〇〇三年六月)で二一四万台(むろん一般家庭への普及台数はこれより少なく二〇〇万台以下)しかなかったことも、高画質・横長テレビのニーズが小さいことを示す。

 二一四万台の内訳は、ハイビジョンテレビ約一〇六万台、チューナー単体約八二万台、プラズマテレビ(PDP)約二六万台。このうちチューナーは、スタート時の冬のボーナス月に九万台出荷していたのが、今年夏のボーナス月にはわずか九〇〇〇台の出荷。

 「BSデジタルを三年やってメーカーがわかったことの一つは、チューナー単体では普及しないということ。機器同士の接続が面倒で、置き場所もないから、AVラックを持っているような少数の人以外には売れない」(メーカー関係者)

 付言すれば、当初BSデジタルチューナーを買った人には、新しい放送の中身に興味があった人や、高価なハイビジョンテレビに手が出なかった人など、高画質にあまり興味がない人もかなり含まれていると見られる。

 ハイビジョンとPDPを買った人は明らかに高画質に興味がある人だ。

 しかし、その数は年に五〇万に満たない。BSデジタル放送は中身に魅力が欠けたとはいえ、これらのテレビは地上波を高画質で見ることができる。チューナーを後付けすれば地上デジタル放送も見ることができるから、二〜三年後を考えれば放送の中身が貧弱とはいえず、もっと売れてもよさそうなもの。だが、売れない。

 しかも、ハイビジョン受像機の価格は急速に下がった。かつてハイビジョンは五〇万円を切れば爆発的に普及するといわれたが、すでにその半額から三分の一――36型二五万円、32型一七万円、28型一五万円程度(BSデジタルとCS110度チューナー内蔵)まで安くなってきた。32型と28型は、筆者が一九八七年に29型アナログテレビを買った値段(定価二四万円の三菱CZを三割強値引き)とほとんど同じ。

 それでもあまり売れないというのは、多くの人びとはハイビジョンクラスの高画質に興味がない(標準テレビの画質で十分だと思っている)と見るしかないだろう。

 16対9の「横長」テレビ 【ワイドテレビ】 についていえば、二〇〇二年に出荷されたカラーテレビ九六三万台のうち八三%以上が4対3だった。筆者は映画は横長で見たいから、標準テレビと価格差が小さいワイドテレビはもっと売れてもよさそうに思うが、売れない。「映画は監督が意図した縦横比で見たい」などと考えるのは、少数派なのだ。

 地上デジタル放送は、BSデジタルのように視聴者の一部が映画や芝居やアートやスポーツを楽しめばよいというものではない。日本全国すべての人に受信機を買ってもらわなければならない。しかし、多くの人びとは高画質・横長に興味がないから、受信機の普及は遅れる。現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【3】
日本に出荷されるテレビの六割は21型以下の小型テレビだ。しかし、小型テレビはそもそも原理的にハイビジョンに適さない。そして、小型テレビを、小型ハイビジョンまたはそれに準じる小型ワイドテレビに置き換える見通しが、現状ではまったく立っ ていない。

 ハイビジョンを「きめ細かいテレビ」とだけ考えるむきが多いが、これは一面の事実でしかない。筆者は、日本人として初めてツボルキン賞を受賞した鈴木桂二(NHK技術研究所)に何度か取材したことがある。鈴木は、

「NHK技研は、東京オリンピックの衛星中継を成功させた後、ちょっとヒマになった。そこで次の研究テーマは何だろうかと探し、当時流行《はや》っていたワイド映画にヒントを得て、迫力ある大画面テレビこそ次世代テレビではないかと研究を始めた。これが後のハイビジョンです」
 と語ってくれたものだ。

 技研では、どんなテレビならば迫力があるかを実験した。当時のテレビはキメが粗《あら》かったから、粗さが気にならないようにするには画面高の六〜七倍離れて見る必要があった。すると、テレビは視野にして一〇度前後しか占めないから、迫力が感じられない。

 そこで実験その他から、迫力があるのは視野にして二五〜三〇度以上を占めるテレビ、画面の縦横比はやや横長の三対五、視距離は画面の高さの三倍に設定する必要があるとされた。そのテレビに必要なキメ細かさは、視力一・〇の人の分解能(視角一分)などから、画面高の三倍離れて見る場合に走査線一一〇〇本以上、と結論されたのである。16対9や走査線一一二五本のルーツはここにある。

 ついでに書いておくと、ヒトの視野は五〜六歳で成人と同じになるが、年を取ると狭くなる。高齢者の視力はメガネをかけて平均〇・七程度、七十五歳以上では矯正後も〇・三程度だから、「ハイビジョン(視力一・〇を前提とする規格)の存在そのものが無意味(ワイドテレビで十分)」という高齢者は、間違いなく一〇〇〇万人規模で存在する。

 本題に戻れば、ハイビジョンは初めから14型や21型テレビに適した規格ではなく、視野の三〇度を占めるような迫力ある大画面テレビ用の規格であるということが肝心なのだ。

 だから、一家に二〜三台あるうち居間の大きなテレビだけがハイビジョンでも問題はない。しかし、現実はテレビの大半が21型以下なのだから、テレビを全部ハイビジョンにすれば、迫力ある大画面テレビ用の規格を小型テレビに適用するという大矛盾を生じてしまう。

 それは、大型高級車ベンツのスペックを軽自動車に適用するというのと同じく原理的に無理がある馬鹿げた話。

 画面の大きさ・縦横比・視聴距離・キメ細かさ(走査線数)などを互いに切り離せない「セット」として決めたのに、縦横比とキメ細かさだけは固定して、画面の大きさ(視聴者が懐具合や置く場所によって決める)や視聴距離(同じく視聴者が決める)を変えることになるからだ。

 実験室ではその「セット」を固定できても、四八〇〇万世帯の居間や台所や寝室や子ども部屋では「セット」を固定できない。台所の棚の上に置くテレビがハイビジョンでなければならない合理的な理由は見つからず、食器棚や冷蔵庫の上に置くためにハイビジョンを買う人はいない。

 現時点では22インチのハイビジョンが存在するが、もっと小型のハイビジョンはどうなるのか。

 あるキー局の技術担当局長は「14〜16型ハイビジョンテレビは発売されない。小型テレビは、ハイビジョン信号を受信し画質を落として見るテレビになる」と断言する。すると、そのテレビは標準画質なのに、チューナーだけは大型ハイビジョンと同じものを搭載するのだろうか。一方、「いや、14〜16型ハイビジョンテレビは無理をしてもつくりますよ」というメーカー関係者もいる。

 メーカーは、七年七か月後に現在の小型テレビを本気で製造中止にするつもりならば、ユーザーである国民大衆に、次の小型テレビがどういうものになるか説明する責任があると、筆者は思う。

 メーカーによれば「現時点で、地上デジタル放送チューナーは、BSデジタルチューナーに七〜八〇〇〇円上乗せすれば販売できる」そうだ。BSチューナーは当初の一〇万円前後が、最近では四万円台。松下電器が予約販売中の地上デジタル放送チューナーは四万四八〇〇円だから、計算は合う。

 BSハイビジョンテレビが二五万円なら、地上デジタルハイビジョンテレビは二六万円程度で売り出すことができるわけだ。

 だが、以上は大型BSテレビの話であって、九八〇〇円の小型テレビはチューナーをつけるだけで五万円台になってしまう。いま一万円の小型テレビが、二〇〇六年段階で五万円というような価格ならば、誰も買わない。誰も買わなければ、二〇一一年段階で二〜三万円というような価格に下げることは極めて難しい。下がったとしても、まだ九八〇〇円のテレビの二〜三倍なのだ。

 大量生産すれば価格は下がるが、地上デジタルテレビは大型(28型以上)で普及が進み、小型テレビの投入は後回しになる。後回しになれば価格が下がる時期も遅れる。すると二〇一一年段階にアナログ専用として残るテレビの多くは、小型テレビだろう。

 その台数は全テレビの三分の二、しかも所有者の多くは比較的所得が低い層だと考えなくてはならない。この人びと――たとえば一人暮らしのお年寄りは、デジタル放送に熱心とは思われないから、新しく高価なテレビを買ってもらうのは至難の業だ。だか ら、現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【4】
現在の地上デジタル放送計画によれば、全国津々浦々まで民放の地上デジタルの電波を送り届けることができない。二〇一一年の計画達成段階で、民放の地上デジタル放送が届かない世帯は、四八〇〇万世帯の実に二割、九〇〇万世帯以上である。この世帯にどのようにデジタル電波を届ければよいか、現時点では見通しが立たない。

 総務省はこの八月十一日、地上デジタル放送に関する「放送用周波数使用計画等の一部変更案」を公表した。

 これは三大広域圏以外の地域(一部を除く)の地上デジタル放送局が使う周波数その他を定めたもの(いわゆるアナアナ変換の周波数変更も含む)。三大広域圏は公表済みで、後述する地域を除けば全国の地上デジタル放送の周波数計画が一応出そろったわけだ。

 この計画に基づき、民間放送局がカバーするエリアを日本の白地図上で赤く塗りつぶしてみる。すると、民放局のカバーできないエリアがあちこちに白く残る。これを地上デジタル放送の「空白域」と呼ぼう。この地域には二〇一一年になっても、地上デジタル放送の電波が届かない。なお、これはあくまで民放局の話。放送法上「あまねく普及」の責務があるNHKの電波は空白域を生じないはずだ。

 民放関係者によれば、この空白域に存在する世帯は、日本にある全世帯四八〇〇万のおよそ二割、実に九〇〇万世帯以上と見積もられている。この九〇〇万世帯に民放の地上デジタル電波を送り届ける手段が、現段階では見つかっていない。

 なぜ空白域が生じるかといえば、民放局は利潤を追求する営利企業だから、デジタル化投資を経済原則にのっとって実施する。ここから先は人口が極めて少ないという地域には、地上デジタル用の鉄塔を建てない。一〇〇%の世帯をカバーするインフラ整備はコストがかかりすぎ、全地方局が倒産しかねないからだ。倒産覚悟であえて無謀な投資すれば、背任行為で社長が捕まるかもしれないという話である。

 あるキー局幹部から、
「シミュレーションしたが、うちの系列ではキー・準キー以外の全ローカル局が倒産するという結果が出た」
 と証言を得たことを付言しておく。

 鉄塔がダメなら光ファイバーで送ればよいと思うかもしれないが、NTTによれば日本で光ファイバー網がカバーできる世帯数は、四八〇〇万世帯の八二%までだ。残り一八%には費用対効果上FTTH(光ファイバーを家庭まで敷設)が不可能。地方民放局が鉄塔を建てられないのと同じ理由だ。

 直接受信のBSデジタル放送を使う手は、ありえない話ではない。新たな帯域の割り当てがあり余裕は十分。だが、九〇〇万世帯がBSデジタルで地上デジタルと同じ放送を受ければよいなら、四八〇〇万世帯もそうすればいではないか。では何のために地上デジタル放送をやるのだという話になってしまう。

 現実には、デジタルBSは豪雪地帯での十分な運用が期待できず、台風、豪雨、地震などに極めて弱いから、基幹放送とはなりえない。台風のとき全国の二割の世帯で民放テレビが映らないのであれば、アナログ放送のままのほうがよい。

 では、どうするか。現段階で考えられるのは、受信料が潤沢なNHKに民放用の鉄塔を建ててもらう(「共建」というそうだ)か、公的資金を投入するか、の二つくらいだろう。

 しかし、受信料で成り立つNHKが民放に資金援助できるかどうかは、極めて疑わしい。「俺は民放は一切見ない。役に立つNHKは受信料は年一括払いする」という人を、どう説得できるか。

 公的資金投入に至っては、なお疑わしい。国民の多くが「二〇一一年アナログ地上放送停止」を明確に知らず、正確な情報を知ればアッと驚くところに、そのためのカネを税金から出せといわれて納得するとは到底思えない。キー局の給与を半分に下げ本社屋も売り飛ばせという話になりかねない。

 世帯数にして二割の民放「空白域」を埋める手立てがないから、現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【5】
二〇〇六年末までに全国で地上デジタル放送を開始するには、それまでにアナアナ変換を終わる必要がある。しかし、二〇〇六年にはアナアナ変換を終了できないことが確実な状況だ。だから、三大広域圏以外の地上デジタル放送の開始が遅れれば、必ず受信機の普及も遅れる。当然、二〇一一年までに地上アナログ放送を終了するというスケジュールも遅れてしまう。

 前項の放送用周波数使用計画では、鳥取、島根、山口、福岡、佐賀、長崎、熊本の七県が除外された。山陰地方は韓国のデジタル波が混信するためで、十二月までに調査するという。

 残りの有明地方はじめ九州のいくつかの地方、さらに瀬戸内地方(岡山、広島、高松、讃岐など)は日本有数の電波銀座で、アナアナ変換が非常に難しい。

 アナアナ変換はA局→B局→C局→D局と電波を送るときに、A局の周波数を変え、Bを変え、Cを変え、Dを変えという具合に、玉突き的に調整していく。ところがD局を変えたら元のA局に影響が出たというようなことが起こりかねず、極めて複雑。途中にCATVをかませるというようなあの手この手が必要なのが、これらの地方である。

 総務省の資料にアナアナ変換の達成率を地区別に記した表がある。これによると、アナアナ変換に最短でも四年以上かかる地域が西日本の各地にある。二〇〇六年十二月三十一日まであと三年四か月しかないから、もう間に合わない。しかも、同じ地域内の局ごとにデジタル化のスタートできる時期がまちまちで、遅い局にそろえないと視聴者が大混乱する。二〇〇六年末までに全国で地上デジタル放送を始める国策は、すでに破綻しているのだ。

 有明や瀬戸内は代表的な難所だが、その他の地域のアナアナ変換が予定通り終わる保証もない。四二六万世帯について電波利用料一八〇〇億円でまかなうとは決まっているが、やってみたら四二六万は五〇〇万だったということが十分あり得る。なにしろ一八〇〇億円の前は八五〇億円と見積もられていたのだから。

 北海道や東北など広く人口が密集していない地域ではアナアナ変換の対象世帯は少ないが、エリア内回線や鉄塔の整備が間に合うかどうかという問題がある。三大広域圏以外の地域の地上デジタル放送が、二〇〇六年十二月までに始められないのであれば、その時点から四年七か月後の地上アナログ放送停止・全面デジタル化も、当然後ろにズレ込んでしまう。つまり現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【6】
大都市のテレビ受信には、ビル陰で電波が届かないなど「都市難視聴」という問題がある。これを解消するため、共同受信アンテナを立て、地域一帯やマンション全戸をCATV化するといった対策が取られている。ところが現在の対策は地上アナログ放送用。これを地上デジタル放送用のシステムに変えるという大問題が、まだ一切、手つかずのままである。

 東京を中心とする関東広域圏では、とりあえず東京タワーから地上デジタル放送の電波を出す。しかし、各局の技術者によれば、「東京タワーからでは、北関東などの遠い地区に電波が届かないうえ、都市難視聴を解消できない。東京には六〇〇メート ル級の新タワー 【新タワー建設】 がどうしても必要」なのだ。

 高いタワーならば電波は遠くまで飛び、現在難視聴のためケーブルでテレビを見ている家庭でも、何千円かの室内UHFアンテナ 【室内アンテナ】 で受信できる。

 しかし、東京の新タワー建設は、最後まで有力な候補地とされた上野で、自治体首長が慎重派に代わり、電磁波の影響を懸念する反対運動が始まるなど頓挫《とんざ》中。すると、現在の共同受信システムをデジタル放送用に変えなければならないが、この問題について、行政によるガイダンスの提示などは一切ない。総務省は「それは当然、住民が負担すべきもの」としかいわない。

 マンションは住民負担といっても、「一刻も早く地上デジタル放送を見たい」「いや、うちはアナログで十分」という住民の声を管理組合がまとめなければ、話は進まない。これは大問題だ。新しいマンションでは屋上に機器を設置すればよいが、古いマンションではケーブル敷設が必要になるかもしれない。いくらかかるか不明では住民の話し合いすら始められない。 【CATVのデジタル化】

 ビル陰による難視聴で地域一帯がケーブルになっている(原因のビルが資金を負担)という場合は管理組合がないから、どうするのか。これまた大問題である。

 東京・新宿区の筆者が住む一帯は、赤坂のホテル・ニュージャパン跡地に高層ビルが建つ前、業者が来て一軒一軒をケーブル化した。同じビルが、何年か後に地上デジタル放送用のケーブルを引くのかどうか、わからない。

 わかることは、映るかどうか不明だから、わが家の近所で地上デジタル放送用のテレビを買う人はここ数年皆無だろうということだけである。

 しかも、東京・上野に新タワーが建った暁には、大部分の家庭は室内アンテナで受信できるからよいとして、なお新たなビル陰による都市難視聴が発生する恐れがある。

 そのとき原因となっているビルに対して、「お宅のビルのせいでテレビが映らない。なんとかしろ」とはいえない。ビルは上野に新タワーが建つ前からその場所に建っていたからだ。どうしてもCATV化が必要になったら、費用は誰がどう負担するのか。これが一切謎のままなのである。

 現在の計画は都市難視聴という巨大な問題を一切無視しており、東京にどのくらいの都市難視聴世帯があるかすら、誰一人として把握していない。だから現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【7】
地上デジタル放送の売りの一つは携帯電話(またはこれに類する携帯機器)による放送の受信である。しかし、ライセンス問題でいったんつまずき、映像を表示するには電池の容量が足りず、携帯受信のメドがまだ立たない。

 地上デジタル放送は、一チャンネルを一三セグメント 【セグメント】 に分け、一二セグは三分の二以上のサイマル放送・五〇%以上の高精細度放送を流し、一セグは完全なサイマル放送(帯域が狭くアナログ方式の低画質放送)を流すことになっている。この一セグは携帯電話またはそれに類する携帯機器で受信するための放送である。 【携帯受信】

 最初は「MPEG4」という技術を使うことが想定されていたが、ライセンス保持者側がユーザー課金を主張したため暗礁に乗り上げた。視聴者からカネの取りようがない放送局は、携帯機器の価格に最初から使用料を含めることを主張して、物別れに終わったわけだ。

 ところがその後、「H・264」(エッチ・ドット・にいろくよん)という新技術が使える可能性が出てきて、風向きが変わってきた。ライセンス保持者側が、MPEG4がユーザー課金にこだわって時代遅れになった同じ轍は踏むまいと、柔軟姿勢を見せそうなのだ。携帯受信ができるのは日本の地上デジタル放送だけで、米英では規格上不可能だから、日本でカネが取れなければ、どこからも取れない。ライセンス問題は、早ければ年内にも決着しそうだ。

 「H・264を携帯機器に搭載するチップ化には一年半程度かかる」(メーカー関係者)ので、二〇〇四年一月から取りかかれば二〇〇五年七月には携帯機器に組み込むメドが立つ。すると二〇〇五年暮れにのボーナス商戦に、地上デジタル放送受信を売りにした携帯電話登場する可能性はある。

 問題は電池である。現段階の試作機では受信可能時間は一時間程度といわれ、到底使い物にならない。単三のアルカリ電池二本(一五〇円くらい)を日に何度も取り替えるようでは、物珍しい携帯以上のものにはなるまい。

 局にとっての問題は、NHKは携帯から受信料が取れず(現在も車載テレビなどからは取っていない)、民放は視聴率が測定不能で広告収入にどれほど結び付くかわからないことだ。

 視聴者は携帯でテレビを見ることができれば大歓迎だろうが、ビジネスモデルが描けない放送局にとっては、それほど旨みはなさそうだ。しかも、「地上デジタル用の携帯を買ったから、テレビはアナログのままでいい」と視聴者が思えば、肝心のテレビの普及が進まない。現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【8】
地上デジタル放送の中身は、NHKが複数チャンネルになり魅力を増すと期待できるが、民放は基本的にサイマル放送になると思われ、高画質・横長という以外あまり魅力がない。

 地上デジタル放送は、一チャンネルをフルに使ってハイビジョンを流しても、三チャンネルに分けて三つの標準画質放送を流してもよい。高精細度放送と標準画質放送の二チャンネルに分けた場合は、高精細度の一チャンネルはハイビジョンとほとんど区別が付かない高画質放送になる。

 NHKは夕方から野球中継を始めて、七時から二チャンネルでニュースと野球、九時からまた二チャンネルでNスペと野球といった柔軟編成ができる。実際、二〇〇四年四月からは教育テレビの三チャンネル運用を始める予定だ。月二〇〇〇円ちょっとで総合・教育・BS1・BS2の四チャンネルを見ていたのが、受信料は変わらずに六〜七チャンネルになるのだから、視聴者のメリットは大きい。

 しかし、民放はNHKのようなうまい話にならない。夜七時の野球中継が長引いたとき九時から野球とドラマの二チャンネルにすると、どちらのスポンサーも視聴率が減ったと文句をいうからだ。最初から同じスポンサーを付ければいいのではとも思えるが、「キー局だけの話ではなくネットがからむ話だから、非常に難しい」(キー局営業)。少なくとも「手間暇がかかるだけで、収入はプラスにはならない」というのが営業サイドの認識だ。

 だから、デジタル化しても民放の地上放送は高画質・横長になるだけで、新味が出ない。

 膨大なアーカイブを持つNHKには、自前のドキュメンタリーなど権利関係がクリアな番組が多いから、チャンネルを分割し生放送と再放送を流すことも容易。民放番組はドラマや歌番組など権利処理が複雑なものが多いうえ、やはり視聴率の分散が生 じる。

 A局が九時から新作ドラマを放映するとき、ライバルのB局は新作ドラマ一本を流すか、新作と再放送の二本を流すかといえば、新作でなければ勝負はできないと考えるに違いない。

 民放で複数チャンネルの運用ができず、高画質・横長になる以外、番組に新味がないのであれば、若い視聴者を中心に、地上デジタルテレビの普及が思うように進まない。だから現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【9】
地上デジタル放送計画は、国(総務省)、放送局、メーカーの三者が推進中だが、責任の所在が極めて不明確だ。二〇一一年までに一億二〜三〇〇〇万台はあろうかというテレビをすべて新しものに替え、現在の放送を新しい放送に切り替える壮大な「国策」なのに、国では総務省の担当部局以外、何もしていないことも大問題である。

 ある財務官僚は、現在の地上デジタル放送を、「うまくいくと思っている官僚なんていませんよ。四〇〇万以上の家を一件一件訪ねてテレビをいじるなんて馬鹿げた政策がありますか」とこきおろす。

 実際、地上デジタル放送計画は、国を挙げての「国策」の体を、まったくなしていない。

 税金を使う話だから財務省、テレビ製品の話だから経済産業省、大量のテレビがゴミと化す話だから環境庁や自治体、テレビ文化の話だから文部科学省や文化庁、CATVのデジタル化が必要だから国土交通省や農林水産省や自治体、都市難視聴の話を含むから国土交通省や法務省や自治体、高齢者とテレビの関係を考えるべきだから厚生労働省などが、最初から入って「国策」を練り上げるべきだが、総務省以外の省庁は他人事のように冷ややかに見ている。

 この壮大な政策が、放送行政局長の私的懇談会などの報告や決定によって次から次へと決まっていったことも、非常に問題である。官僚は、業界や学識経験者に聞いて政策をつくったのだと言い逃れがきく。つまり、責任者が不在なのだ。逓信族をはじめとする国会議員も不勉強すぎる。

 このような一省庁の一部局だけが突出した「国策」が、所期の目的を達成できるはずがないことは、日本の近代史を振り返れば明らかだ。郵政省の歴史を振り返っても、なお一層明らかである。このような無責任体制下にある現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

破綻の理由―【10】
テレビというシステムは視聴者・国民大衆のものであり、役所やテレビ局やメーカーのものではない。だが、そのテレビ放送を一新し、テレビ受像機をすべて取り替えるというのに、ほかならぬ視聴者・国民大衆の意見も都合も一切聞いていないのが、現在の地上デジタル放送計画である。

 テレビというシステムは誰のものか。放送を流すテレビ局のものか。テレビ受像機を生産するメーカーのものか。放送局に免許を出す役所のものなのだろうか。いずれも否だ。

 テレビ電波はすべての国民の共有財産である。すべてのテレビ受像機はその代金を支払った国民のものである。役所は国民の公僕として放送局を監督しているにすぎない。テレビは国民大衆のものであるというほかはない。

 しかし、現行の地上デジタル放送計画は、その視聴者・国民大衆の意向や懐具合を真剣に考えた形跡がない。

 この際、国役所も放送局もメーカーも、次のようなことを改めて考えたほうがよいのではないか。

 視聴者・国民大衆は、NHKに対しては受信料を、民放に対しては商品価格に含まれる広告費を支払い、放送局を支えている。メーカーに対しては、製品を購入することでその企業を支えている。役所に対しては、税金を支払うことで支えている。テレビ局やメーカーのデジタル化投資も、役所のデジタル化予算も、もともとはすべて視聴者・国民大衆が負担したカネである。アナアナ変換の経費も、視聴者・国民大衆が毎月支払う携帯電話の通信料その他に含まれる電波利用料から支払われている。

 しかもなお視聴者・国民大衆は、ここ何年かの間に購入したものならあと七年七か月二十三日後でもほとんどが映っているであろうテレビを、粗大ゴミ処理代を自己負担のうえで捨て、地上デジタル放送に対応するテレビを自分のカネで購入しなければならない。

 その視聴者・国民の多くが、未だ地上デジタル放送とは何か知らないか、ただ聞いたことがあるという程度の理解で、地上デジタル放送計画がうまく進むはずがない。

 計画の成否を決めるのは、ただ視聴者・国民大衆だけだ。彼らは、おもしろく役に立つ番組なら見て、つまらないものは見ず、妥当《だとう》な値段と思う製品は買い、高すぎると思うものは買わない。その視聴者・国民大衆が支持しないと思われるから、現行の計画は破綻しており、必ず失敗する。

≪脚注≫
【筆者プロフィール】
さかもと・まもる 1958年東京生まれ。麻布高をへて早大政治経済学部政治学科中退。在学中から雑誌の取材執筆を活動を開始。90年「放送批評」編集委員、96年同編集長、97年から小誌編集長。ホームページはhttp://www.aa.alpha-net.ne.jp/mamos/ ▲もどる

【国内出荷台数】
JEITA統計への参加企業が国内向けに出荷した台数。普及台数とは大きく異なる。たとえばCSデジタルチューナーの国内出荷台数は、統計を公表しはじめた99年1月から現在までに300万台以上。98年末の加入件数は100万だから出荷台数累計は400万以上だ。しかし現在の加入件数は300万。つまりこの場合、普及台数は出荷台数の75%以下である。 ▲もどる

【第一次行動計画】
2002年7月。ポイントは上記のほか、局はスケジュールに沿い円滑に実施、データ放送や双方向番組も順次導入・番組数増大、移動体サービス開発・早期実施を目指す、字幕放送など高齢者・障害者にやさしい放送サービス充実など。デジタルBS局は、2003年末までにプライムで高精細度・双方向・番組連動型データ放送を75%以上にするとした。 ▲もどる

【第二次行動計画】
2003年1月。局は、デジタル放送開始後のアナログ周波数変更対策の進捗《しんちょく》に合わせて、順次カバーエリアを拡大することを追加。デジタルBS局は、アナログハイビジョン2007年終了・BSアナログ放送2011年終了の周知徹底を図ることを追加。放送事業者、メーカー、小売業者、自治体の行動は盛りだくさんだが、政府の行動に関する記載は少ない。 ▲もどる

【ワイドテレビ】
画角(画面の横縦比、アスペクト比)は16対9だが標準画質のテレビ。2002年の出荷台数は、標準4対3の703万台弱に対し97万台弱。ハイビジョンの倍以上だが標準の1割5分に満たない。4対3映像を16対9に引き延ばし(周辺部にいくほど横に広げ)て見ている家庭が多く、「太って見える不自然なテレビ」と誤解されているフシも。 ▲もどる

【新タワー建設】
実現可能性が遠のいた今は誰もいわないが、首都圏のデジタル化に新タワーは必須とされ、港区(東京タワー隣)、新宿、八王子、秋葉原、さいたま新都心、上野の計画が発表されている。多くは周辺空港(羽田や横田)の航空路の障害となる、地域の再開発計画と合わない、などで断念。航空路の問題がない上野は最有力候補だった。 ▲もどる

【室内アンテナ】
600メートル級タワーのUHF最大出力は、小型室内アンテナで受信可能とされるが、絶対確実とはいえない。近畿地区地上デジタル放送実験協議会が2000年11月、生駒山からの3分の1パワーの電波を天満・吹田で受けたら、部屋の位置や階数により、標準画質は良好だが高画質は不可などの結果だった。タワーから遠ければ、そうなる。 ▲もどる

【CATVのデジタル化】
日本最大のCATV統括会社の首脳の話では、3分の1のCATVは「ケーブルを丸ごと取り替えなければデジタル化できない」そうだ。送受信設備をデジタル対応にしケーブルを全交換する手間は、ゼロからCATVを敷設するのとそう変わらないから、デジタル化は極めて困難。組合方式の共同受信設備でも、事情は変わらないと思われる。 ▲もどる

【セグメント】
1チャンネルの帯域を分けるブロックのこと。地上デジタルでは13に分割(正確にいえば14ブロックに分け、両端2分の1ずつは隣との干渉を防ぐガードバンドとし、13ブロックで情報を送る)。13のうち1セグメントは携帯用。残り12セグをフルに使えばハイビジョン、6セグずつ分割すれば標準2ch、4セグずつで標準3chという具合。 ▲もどる

【携帯受信】
携帯むけ放送は、13のうち1セグメントだけという狭い帯域を使う。簡易動画に近い低画質放送で、画質が粗いだけでなくコマ数も少ない。2008年の免許更新まではアナログのサイマル放送とされ、デジタルならではのコンテンツも流せない。首都圏に新タワーが建たないうちは、都心で映っても帰途の車中で見るうちに映らなくなるかも。 ▲もどる