メディアとつきあうツール  更新:2010-07-31
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

「地上デジタル放送完全移行の延期と
現行アナログ放送停止の延期を求める」提言
(2010年7月17日記者会見で発表)

≪はじめに≫

 地上デジタル放送の移行予定期日まで1年余に迫りました。しかし、放送局側の準備は整いつつあるものの、受信者側の準備がどうにも間に合わず、このまま地上デジタル放送完全移行・現行の地上アナログ放送停止を強行すると、テレビを見ることができない世帯が数百万規模で発生しかねません。

 国民や視聴者大衆はもちろんのこと、地上デジタル放送を推進する放送局(NHKと民間放送局)、国(総務省)にとっても、地上デジタル放送への完全移行・地上アナログ放送の停止を2〜3年をメドに延期したほうが、無用な混乱を招かず、ムダなコスト増や収入減を避けることができます。

 放送局のサイマル放送(デジタル・アナログ同時放送)のコストなどデメリットを最大限に見積もっても、日本国内のほとんどすべてのセクターにとって計画を延期するメリットのほうが大きいことは、もはや否定しようもない状況です。

 そこで、私たちは記者会見を開き、「地上デジタル放送完全移行の延期と現行アナログ放送停止の延期を求める」提言を発表しました。このページでは、当日配布したペーパーを掲載し、記者会見を報じたメディアの記事も紹介します。

 なお、ネット上で提言についてコメントしている人の多くは、私たちが会見でも主張した「延期を求める『10の根拠』」を読んでいないか、読んでもよくわからないようです。提言の紹介記事で「地デジ延期」という見出しを付けた一般紙があるように、この問題は新聞記者ですら理解が不足しています。地デジ(地上デジタル放送)は今後、数十年は続けることが確実であって「地デジ延期」などというものは存在しない。私たちが求めたのは「『地デジ完全移行=アナログ停波』の延期」です。わかっている記者・社は「アナログ停止の延期」「移行の延期」という見出しを付けています。

 そこで、この問題の理解を深める、もっとわかりやすいページを別に作ります。記者のみなさんは、総務省や総務大臣会見で、私たちが「根拠がない」と主張している点(たとえば、総務省発表の世帯普及率83.8%は、普及率調査に使ってはならない非科学的な調査手法によるもので、実態と大きく乖離している)や、総務大臣と見解がズレている点(放送局の延期コストは、予定通り強行したときの減収見込み幅よりも、はるかに小さい)につき、「このような主張があるが、どう考えるか?」と質問し、その回答をぜひ報道してください。いまどき「大本営発表報道」一本槍は、いかがなものかと思います。

≪このページの目次≫

「地上デジタル放送完全移行の延期と
現行アナログ放送停止の延期を求める」提言

地上デジタル放送完全移行の延期と
現行アナログ放送停止の延期を求める提言

 2011年7月24日の地上デジタル放送(以下「地デジ」)への完全移行・現行アナログ放送の全面停止まで、あと1年となりました。難しい経済状況のなか、送信側である放送局の準備は整いつつあり、NHKと民間放送局の多大な努力と貢献を、まず称えたいと思います。

 しかしながら、受信側である視聴者の準備、つまり家庭や事業所(会社をはじめ店、病院、学校、宿泊施設など、テレビが置かれるすべての組織や団体)の準備が、まだ整っていません。

 地デジ開始前、わが国にはアナログ対応テレビ受像機が1億2000〜3000万台ありました。2011年7月までに見込まれるテレビ受像機の出荷台数累計は7000万台前後ですから、テレビの絶対数が少なすぎます。所得が高い世帯はテレビを複数台購入し、事業所も1000万のオーダーで購入することを、忘れてはなりません。

 地デジ対応テレビ受像機の世帯普及率は、調査手法から過大な見積もりと指摘せざるをえない総務省の調査によっても、2010年3月段階で約75%です。3月の内閣府消費動向調査によると、一般世帯の薄型テレビ(地デジ非対応を含む)の普及率は69.2%ですから、単身世帯1000万の存在を考えれば、地デジ普及率はさらに低くなります。2011年7月段階における地デジ対応テレビの世帯普及率は、9割に満たない恐れが大きいでしょう。

 また、総務省のデータによれば、受信障害対策共聴施設で「地デジ対応が終了した割合」は2010年3月段階で5割未満。集合住宅共聴施設のそれは8割近くですが、南関東(東京・千葉・埼玉・神奈川)は6割未満で、未届け施設の正確な数すら不明。辺地共聴施設のそれは約6割。これらを2011年7月までに100%近い水準に引き上げることは、まったく不可能です。

 したがって、2011年7月24日に地上デジタル放送に完全移行し、現行アナログ放送を終了すると、テレビを見ることができない家庭や事業所が、数百万という規模で発生する恐れがあります。

 テレビは、人びとに憩いや娯楽を提供するだけでなく、人びとの生活に必要不可欠な情報を低コストで広く伝えるきわめて重要なライフラインです。それが全家庭に行きわたらないまま現行放送を打ち切れば、情報格差の拡大どころか、人びとの生命と安全が大きく脅かされてしまいます。台風や地震が襲うとき100万単位の世帯にテレビがない事態を、私たちは決して認めることができません。

 そこで私たちは、予定期日から2〜3年をメドに地上デジタル放送への完全移行を延期すること、および現行アナログ放送停止を延期することを提言し、あわせて計画の真摯な見直しを求めます。

 10万円以上といった地デジのコスト負担が過重な所得の比較的低い層はもちろんのこと、地デジ対応が済まない世帯から受信料を1円たりとも徴収できないNHK、テレビの絶対数が3分の2前後に減って大幅な減収が見込まれる民間放送局、期限までに実現不可能な計画をむりやり推進するため年に900億円近い国費を投入する国・総務省も、地デジ移行・アナログ停止を2〜3年先延ばしにするほうが、メリットが大きいはずです。

 メディアのみなさんには、地デジ普及の正確な現状を報道し、視聴者・国民はもとより放送局や放送を所管する官庁にとって、もっとも望ましい地デジ移行・アナログ停止計画とはどのようなものかについての議論を、さらに広げてくださることを願っています。

          2010年7月17日

【発起人】
坂本 衛(ジャーナリスト)
清水英夫(青山学院大学名誉教授、弁護士)
砂川浩慶(立教大学社会学部准教授)
原 寿雄(元共同通信社編集主幹)

※この提言への賛同者一覧は、別紙を御参照ください。

提言への賛同者一覧

【別紙】提言への賛同者一覧

小林道雄(作家)、柴山哲也(現代メディア・フォーラム代表、元朝日新聞)、服部孝章(立教大学社会学部メディア社会学科教授)、中村正敏(放送局員)、兼高聖雄(日本大学教授)、三原 治(放送作家)、岩本太郎(フリーランスライター)、伊藤洋子(大学講師)、鬼木 甫(情報経済研究所所長、大阪大学名誉教授)

(2011年7月17日正午現在、到着順)

地デジ完全移行/現行アナログ放送停止の延期を求める
「10の根拠」についての資料

【1】地上デジタル放送対応テレビの絶対数が足りない。

地上デジタル受信機の累計出荷台数は2010年6月末で7783万台と、2011年7月段階で目標の1億台(数年前からの予測台数)に到達するペースである。しかし、これはチューナーを内蔵する薄型テレビ(液晶・プラズマ)、同じくDVD/HDDレコーダー、ケーブルテレビ用STB、チューナー単体、地デジチューナー内蔵パソコンなどの数を単純に加えたもので、当然、重複が大きい。テレビがなくてVTRデッキだけを買った人がほとんどいなかったように、ハイビジョンテレビがなくてレコーダーや単体チューナを買う人はほとんどいない。一家に一台のテレビを「パソコンでよし」とする家庭もきわめて少ない。STBを持っていて地上デジタル放送を見たい人は、ハイビジョンテレビを買うのが普通である。したがって「テレビの世帯普及率」は、「地デジ対応テレビが世帯にどのくらい行きわたっているか」を数えて割合を算出するしかない。

地デジ対応テレビの累計出荷台数は2010年5月段階で4923万台、2011年7月段階では7000万台前後と見込まれる。これは、地デジ開始前に日本にあったアナログ対応テレビ1億2000万〜3000万台の半分強にすぎない。この台数は、多くの家庭で台所、年寄り部屋、子ども部屋、寝室などに置かれた2台目以降のテレビがなくなることを意味し、視聴者のデメリットは大きい。しかも、所得が比較的高い世帯はテレビを2〜3台以上買い、事業所(約600万、うち民間約150万社)も1000万のオーダーでテレビを買うほか、すでに買い換え需要(古いハイビジョンが新しいハイビジョンに替わるだけで、普及に寄与しない)が発生しているから、この台数ではテレビを持たない世帯が生じてしまう。テレビの視聴機会(番組の総視聴量)が大幅に減るため、NHKの受信料収入減や民放の広告収入減にも直結する。

【2】80%以上とされる地上デジタル放送の世帯普及率(総務省発表)は、実態と大きくかけ離れている。

●総務省が発表した「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査」(以下「浸透度調査」)が示す3月時点での地デジ普及率83.8%は、以下の理由から、正しい普及率を示しているとは到底いえない。

(1)RDD法(Random Digit Dialing=ランダムに生成した番号に電話)により電話を30万本かけ、通じた家庭に「地上デジタル放送に関するアンケート調査票を送ってよいか」と聞き、「よい」と答えた家庭だけに郵送し回収する。したがって、電話がかかる時間帯に不在がちの単身世帯、共稼ぎ世帯、主婦がパート勤めの世帯、携帯しか持たない若者世帯、「よくわからない」「面倒くさい」と答えがちな高齢者世帯、「受信機を持たない」「購入する余裕がない」など調査に非協力的な世帯が、高い割合で調査から漏れている。

(2)厚生省の2009年「国民生活基礎調査」によると年収400万円未満世帯は全体の46.5%。浸透度調査の年収400万円未満世帯(4822サンプル)は全体(1万2875サンプル)の37.4%。つまり浸透度調査は所得が比較的高い層に大きく偏っており、実態をまったく反映していない。

(3)理由は不明だが、都道府県によってサンプル数が大きく異なる。面積8万3456平方キロと国土の22%を占め人口552万人(10年3月)の北海道は402サンプル。面積2276平方キロと香川・大阪・東京についで小さく人口138万人(09年10月)の沖縄は1012サンプル。社会調査の専門家によれば、「少なくとも、なぜそのようなサンプリングをしたかの理由を明記すべき。それがないから信頼性に欠ける調査だ」という。

(4)調査票の郵送を拒否した者を除く調査は、「調査に協力的なグループ」だけをピックアップした調査であり、普及率調査にはなじまない。メーカーが商品開発や拡販の参考にするため「好きな酒の種類は?」と聞く調査ならば、酒嫌いで調査に非協力的な者を排除してもかまわないが、60年近く続いてきた日本のテレビ放送を全停止するという判断の参考にするために聞く調査で、調査に非協力的な者を排除してはならない。特定グループでなく日本人全体の傾向を知る必要があるからだ。複数の地域での限定的な全数調査や、より信頼のおける訪問調査をすべきである。

●現時点での確からしい世帯普及率は、せいぜい60%台であると思われる。根拠は次の通り。2003年12月から2010年春まで6年以上かかってようやく60%台に達した世帯普及率を、あと1年で100%にすることは不可能である。

(1)二人以上世帯を対象にした2010年3月の内閣府消費動向調査では、薄型テレビの普及率は69.2%である。この調査は、浸透度調査よりは科学的・合理的で信頼できるが、(イ)モデル化のための調査であり、高所得者層に偏りがちとされる。(ロ)単身者1000万世帯(うち高齢者単身世帯400万)を対象としていない。(ハ)薄型テレビにはハイビジョンテレビのほか、アナログの薄型液晶を含む(2006年1-12月の薄型テレビ出荷台数はプラズマ76万・16対9液晶453万・4対3液晶106万だから、薄型テレビの6台に1台は地デジ非対応だった。さらに年次を遡れば地デジでない薄型テレビの比率は上がる)。69.2%から(イ)〜(ハ)による底上げ分を除けば、世帯普及率は60%台以下である。

(2)調査手法から、結果的に調査に非協力的な世帯や単身者世帯などが除かれる浸透度調査によっても、地デジ対応テレビのある世帯の割合は75.3%、地デジ放送を実際に視聴している世帯は72.4%にすぎない。調査手法による底上げ分を1割とごく控えめに見積もっても、普及率は60%台以下である。

【3】所得が比較的低い層の地上デジタル放送への対応が間に合わない。

●調査手法に問題がある浸透度調査でも、年収200万円以下世帯の地上デジタル受信機(テレビ以外を含む)普及率は67.5%で、全体より5ポイント以上も低い。また、同調査で受信機を持っていない理由を聞いたところ、「経済的に地上デジタル放送に対応する余裕がない」との回答が4割に上った。所得が比較的低い層を含めた全世帯の地デジ対応は、あと1年では間に合わない。

●浸透度調査における地上デジタル受信機(テレビ以外を含む)普及率の都道府県別の状況を見ると、トップの富山県88.8%と最下位の沖縄県65.9%で約23ポイントと大きな差がある(沖縄における地デジ対応テレビの世帯普及率は50%以下と思われるが、それはさておき)。このように大きな地域差を、あと1年で解消することは不可能で、地デジ完全移行・現行アナログ放送の全国一律停止(一斉停波)はありえない。テレビ放送は社会の重要インフラであり、地域の実情に応じたきめ細かな対応が必要である。

●NHKが低所得者層として想定する「NHK受信料全額免除世帯」(生活保護世帯や身障者世帯その他)は最大270万世帯である。しかし、総務省資料によれば、2010年3月1日現在の地デジ支援申し込みは約63万件にすぎない。200万を超える未対応世帯への対応は、あと1年では間に合わない。関係者によれば「簡易チューナー設置工事とわかると、生活保護を受けていることが近所にわかってしまう。夜中に来てもらえないか」との相談が少なくない。こうした懸念が、支援申し込みが伸びない理由の一つと思われる。

●厚生労働省によれば、日本には生活保護世帯が134万世帯(10年3月現在)あり、そのほかに所得が生活保護基準を下回る世帯が229万世帯(全世帯の4.8%)ある。10年4月に公表された、2007年の厚労省国民生活基礎調査のデータに基づく社会・援護局保護課の推計による。以上を加えると363万世帯で、NHKや総務省が最大と見込む地デジ支援対象から、なお100万世帯が漏れている計算である。これは「年金所得だけを見れば生活保護基準以下だが、持ち家がある」など資産を持つ世帯を除いたデータであり、資産を考慮しないフロー所得だけで見ると、最低生活費未満の世帯は約597万世帯(全世帯の12.4%)に達する。2008年9月のリーマン・ショック以降、この数はさらに増えていると思われる。「家も車もあるが、夫婦の年金収入だけでは、生活が苦しい」といった世帯(家や車を売り払って地デジ対応するわけにはいかない)を含めた「生活保護基準を下回る世帯」の地デジ対応は、あと1年では間に合わない。

【4】主として低所得者向けの簡易チューナー普及策がうまくいっていない。

●簡易チューナーの配布は、地上デジタル対応テレビを買うことができない低所得者向けの施策であるが、次のような問題点がある。前項【3】の低所得者層全体の把握がおこなわれていないことと合わせ、普及策はうまくいっていない。

(1)簡易チューナーを接続した「古いアナログテレビ」が壊れたら、結局「新しい地デジ対応テレビ」の購入を強要されてしまう。仮に簡易チューナーが500万台普及したら、それを接続した古いテレビ500万台のうち30〜50万台が1年以内に壊れても不思議はない。古いテレビの寿命は10〜15年ほどだからだ。この30〜50万世帯が入手して1年以内にゴミと化す簡易チューナーは、無償配布されたものならば総務省予算の、5000円で買ったものならばその世帯の、ムダづかいである(だから低所得者は簡易チューナーを買ってはいけない)。もちろん2年目以降も同様のことが起こる。

(2)「簡易」という名が示すとおり、ハイビジョンもデータ放送も双方向サービスも機能しない。EPG(電子番組表)も簡易版で、デジタル放送の機能を十分に発揮できない製品も多い。

(3)低所得者層が対象である簡易チューナーを接続する古いテレビは、14〜21型以下の小型である場合が多い(3対4テレビの出荷台数の6割が21型以下)。これにレターボックスの横長画面を表示すると画面が大幅に縮小されてしまい、視力が弱い高齢者などユーザーの評判がきわめて悪い。

(4)簡易チューナーを接続したテレビが映らなくなったとき、ユーザーの多くは簡易チューナーが悪いのかテレビが壊れたのか接続が問題なのかわからない。苦情を受けるメーカーも二の足を踏み、とくに大手メーカーは簡易チューナーを製造していない。主要メーカーが本腰を入れない製品が普及する見込みは薄い。

【5】集合住宅、都市難視聴地域、山間部(いわゆる「辺地」)などの共聴受信施設の地上デジタル放送への対応が大幅に遅れている。

●集合住宅の地デジ対策(アンテナ・ケーブルの改修や新設など)は、管理組合が対応するため、09年度に工事の方策を決め、10年度に実施するというスケジュールで進めることが重要で、11年度の工事実施では間に合わないとされていた。しかし、多くのマンションやアパートが、工事の決定に至っておらず、11年度に着工する目途すら立っていないところが多い。2010年7月5日の情報通信審議会「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割(第7次中間答申)」によれば、集合住宅共聴施設の対応済み率(未確認の施設は未対応に含む)は、施設数で77.3%(10年3月、世帯数では約81%)であり、目標の80%を下回っている。なお、大家(管理者)が近くに住んでいない小規模アパートなどは、未確認・未対応の施設に含まれるはずだが、その数が正確に把握されているかどうかは大いに疑問である。対応済み率100%までに、あと1年では間に合わない。

●総務省のデータによると2009年末の「受信障害対策共聴施設」(約5万施設、約608万世帯)のデジタル化対応済み率は25.8%だった。上記「果たすべき役割」によると、2010年3月の対応済み率は、施設数で47.8%(世帯数で約51%)と、目標の50%を下回った。対応済み率100%までに、あと1年では間に合わない。

●「辺地共聴施設」(約2万施設、約149万世帯)は基本的にNHKが対応することとなっており、対応済み率は、2010年3月末に施設数の約60%である。地域や施設によって事情が異なり、対応済み率100%までに、あと1年では間に合わない恐れがある。

【6】とりわけ南関東地区(人口が多い東京・千葉・埼玉・神奈川)で地上デジタル放送への対応が大幅に遅れている。

●地上デジタルテレビ放送はすべてUHF帯を使い、VHF帯は使わない。南関東地区ではこれまでの視聴環境からUHFアンテナを設置済みの世帯・施設が少ない。しかも、デジタル化未対応のマンションやアパートが多い。総務省のデータによると、南関東の集合住宅の対応済み率は2009年末時点で40%前後と、全国平均を大きく下回っている。上記「果たすべき役割」でも、「UHFアンテナが設置されていない集合住宅が多数存在すると考えられる南関東(東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県)では、全ての都県で、対応済み率が60%を下回っている」(2010年3月時点)とされる。対応済み率100%までに、あと1年では間に合わない。

【7】関東広域圏における地上デジタル放送の必須条件とされるスカイツリー(東京・墨田区の600m級電波塔)は開業が2012年春、フルパワー送信が2012年暮れとされ、2011年7月に間に合わない。

●いま関東広域圏に地上デジタル電波を送っている東京タワーでも、2003年12月の地上デジタル放送開始から2005年12月のフルパワー送信までに2年間を要した。この期間を見込まず、スカイツリーが機能しないまま、地上デジ完全移行・地上アナログ放送の停止を強行することには、次のような問題がある。この無用な混乱は避けたほうが得策である。

(1)2011年7月時点で東京タワーにアンテナを向けている地デジ受信世帯・事業所のうち、スカイツリー方向にアンテナの向きを変える必要のある世帯・事業所が発生する。

(2)スカイツリーからの電波を受信することで新たなデジタル難視が発生し、デジタルリパッキング(周波数再変更)の必要も生じる。

(3)スカイツリーから電波を発射するのであれば必要のない中継・再送信施設や難視聴対策などが、ムダな投資になってしまう。

【8】ケーブルテレビのアナログ再送信は、地上デジタル放送に逆行する施策であって、ムダである。

●ケーブルテレビでのアナログ再送信(デジタル放送をアナログ変換して再送信する)は、アメリカの施策を真似たものである。そもそも(視聴者側から見て)ケーブル受信が主で直接受信が少ないアメリカの施策を、そのまま日本で採用することに無理がある。ケーブルテレビ関係者は「事業者ごとに事情が違い、一律には対応できない」という。ケーブルテレビ会社には小規模な事業者が多く、地方自治体との第三セクターなどもあり、アナログ再送信の期限やコスト負担が過重となるケースが少なくない。計画を延期すれば、ムダなアナログ再送信を避けることができる。

【9】2011年7月に地デジ完全移行・アナログ停波を強行するときNHK、民間放送局、総務省にかかるコスト(収入減を含む)よりも、延期したときかかるコストのほうが小さいと見込まれ、放送局や国(総務省)にとってのメリットが大きい。

●計画を延期したとき放送局の費用で問題となるのは、アナログ・デジタルのサイマル放送コストである。次のように、それは過重な負担とはいえない。

(1)NHKの福地茂雄会長は「NHK総合・教育のサイマル放送コストは年60億円」と発言している。民間放送局も系列ごとに15〜30億円程度と見込まれている。NHK1チャンネルあたりの数字を民放4.5系統でかければ、放送局(NHKと全民放)のサイマル放送コストは約200億円となるが、精査すればさらなる減額も可能と見られる。

(2)NHKについては、サイマル放送コスト60億円は受信料収入約6500億円の1%未満にすぎない。一方、視聴者の地デジ対応コストは、小型テレビ7万円・アンテナ工事費3万円として10万円(大型のハイビジョンを買い、アンテナケーブルの室内配線工事をすれば、さらに高額)。ところが、地デジ対応コストが年収の1%以下で済むのは、所得が高い年収1000万円以上の世帯である。年収200万円世帯で10万円は5%、300万円世帯で3.3%、400万円世帯で2.5%、500万円世帯で2%であり、地デジ対応コストは日本の過半数の世帯で年収の2%を上回る。しかも、NHKが映る受信設備を設置した者がNHKに支払う受信料は、BS分を含めて年に2万円以上だから、年収200万円以下の世帯では受信料だけで年収の1%を超えてしまう。つまり、日本の家庭の5軒に1軒(1000万世帯)は、地デジ対応コストに年収の5%を投じ、これとは別に年収の1%を受信料としてNHKに(過去も将来もずっと)支払うわけである。以上の負担を国民に強いるのだから、NHKは、3年程度負担すれば済むサイマル放送コストが過重な負担とは、到底いえない。

(3)民間放送局については、15〜30億円程度のコストはNHKと同様に年収(売上高)の1%程度である。一般的な家庭の地デジ対応コストと比較して過重な負担とは、到底いえない。

●計画を予定通り強行したとき放送局で問題となるのは、大幅な収入減である。次のように、そのマイナス分は、延期したときに必要なコストを大きく上回ると見られる。

(1)NHKが、地デジ対応が間に合わなかった世帯や事業所から受信料を1円たりとも徴収すれば、それは「放送法違反」である。明確な罰則はないが、NHKは自らが放送法違反をしながら「放送法に基づいて受信契約をしてくれ」と頼むわけにはいかないから、地デジ対応が間に合わない世帯や事業所の受信料を返上しなければならない(受信料が取れない)。仮に地デジ対応が間に合わない世帯が500万あり、その9割がもともとNHK受信料を支払っていない世帯だとしても、受信料を返上すべき世帯数は50万に達する。その受信料平均が年1万5000円ならば、返上すべき受信料額は75億円。したがって、地デジ対応が間に合わない世帯が発生したときの受信料収入減が、サイマル放送コスト60億円より巨額になることは間違いない。なお、放送法はNHKが放送電波を止めることを想定しておらず、その際に受信契約をどうするかなど具体的な対応策は一切示されていない。

(2)民間放送局は、地デジ対応テレビの数が7000万台前後と、アナログ時代の1億2000〜3000万台から大幅に減るため、広告収入が減る。アナログ1億2000万台がデジタル8000万台になると多めに見積もっても、テレビの台数は3分の2(66.6%)に減る。すると、テレビの視聴機会や番組の総視聴量が最大3分の2に減ってしまう。もっとも家庭にある2台目以降のテレビは1台目よりも稼働率が低いから、現実にはそこまで減らないが、減ることは確か。日本にあるテレビの台数が以前の3分の2に減れば、広告主企業は放送局に広告費の値下げを要求して当然である。その値下げ幅が1%で済むとは考えられず、計画を強行する際の広告収入減がサイマル放送コスト(年収の1%)より巨額になることは間違いない。値下げ幅が10%ならば、民間放送局の年収は10%減ってしまう。

総務省の地上デジタル放送関連予算は2010年度に約870億円(経済的弱者に対するチューナーの購入等の支援337.5億円その他)である。これは計画をあと1年でむりやり強行するために予算化した金額であって、計画を延期すればこれほど必要ない。たとえば、あと1年のところ猶予期間が3年あるとすれば、低所得者は3年間で地デジ対応テレビを買いアンテナ工事をすればよく、1年あたりのコストが3分の1に減る。したがって機器の購入支援が必要な世帯数が減り、支援コストも減る。日本のテレビの買い換え需要は年間1000万台前後であり、この自然なペースで、あるいは地デジ対応を急ぐとしても年間1500万台前後の無理が少ないペースで地デジ計画を進めれば、国の地デジ関連予算を大幅に削減することができる。その削減分を、よりきめ細かい地デジ補助事業に使う、場合によっては地方弱小テレビ局やケーブルテレビなどへの支援に使うことが可能となる。

【10】いわゆる電波の「跡地利用」は、延期によって、新規事業の再考時間が生まれる。

●計画を延期すると、VHF帯を使うマルチメディア放送を計画している事業者からの反対が想定される。しかし、全国向けのV-High、地域ブロックでのV-Lowともにビジネス・スキームや具体的な計画のメドが立っていない。東京・大阪の民放ラジオ局による「ラジコ」の人気、マルチメディア放送における提供イメージと類似するiphone、ipadの隆盛とアプリケーションの豊富さなどを考えると、今後のマルチメディア放送については時間をかけて再考することが必要である。放送サービスには継続性が必要であり、いったん開始したサービスを事業採算性などによって停止することは、受信者保護の観点からも避けなければならない。「跡地利用」についての望ましい施策を実施するには、計画を延期したほうが、国民全体の利益につながると思われる。

(2011年7月17日 文責/坂本 衛、砂川浩慶)

発起人のプロフィール(経歴/略歴)

坂本 衛/さかもと・まもる
ジャーナリスト。1958年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科中退。在学中から週刊誌、月刊誌などで取材執筆活動を開始。放送批評懇談会理事。前ギャラクシー賞報道活動部門委員長。元『放送批評』『GALAC』編集長。現『オフレコ!』副編集長。日本大学芸術学部放送学科非常勤講師。『琵琶湖塾』副塾長。『日本の戦争力』ほか共著多数。

清水英夫/しみず・ひでお
青山学院大学名誉教授、弁護士。1922年東京生まれ。1947年東京大学法学部卒業。中央公論社、日本評論社の編集者をへて、72年青山学院大学法学部教授、法学博士。映倫管理委員会委員長、日本出版学会会長、放送倫理・番組向上機構(BPO)理事長などを歴任。『テレビと権力』『マスコミの倫理学』ほか著書多数。第59回放送文化賞受賞。

砂川浩慶/すなかわ・ひろよし
立教大学社会学部メディア社会学科准教授。1963年沖縄生まれ。1986年早稲田大学教育学部社会学科卒業。(社)日本民間放送連盟に入り、企画部(放送制度担当)、著作権部、デジタル推進部などで実務を担当。06年から立教大学助教授。研究テーマは放送を中心とするメディア制度・産業・政策論、ジャーナリズム、著作権制度・実務、コンテンツ流通など。

原寿雄/はら・としお
ジャーナリスト。1925年神奈川生まれ。50年東京大学法学部卒業。共同通信社に入り、バンコク支局長、外信部長、編集局長をへて85年専務理事・編集主幹、86〜92年社長。民放連放送番組調査会委員長、放送倫理・番組向上機構「放送と青少年に関する委員会」委員長などを歴任。『ジャーナリズムの思想』『ジャーナリズムの可能性』ほか著書多数。

(2011年7月17日現在、五十音順)

提言、賛同者一覧、延期を求める「10の根拠」資料、発起人プロフィールのPDF文書
※A4文書が別窓で開きます。ページ数記載なしは1枚。

提言を紹介した記事・番組
※リンク先ページが削除されたら、テキストを引用掲載する予定です