メディアとつきあうツール  更新:2003-07-03
すべてを疑え!! MAMO's Site(テレビ放送や地上デジタル・BSデジタル・CSデジタルなど)/サイトのタイトル
<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

2011年アナログ地上波停止
(アナログ停波)は不可能である
──地上デジタル放送 地デジ

≪リード≫
2011年7月24日までに、現在の地上テレビ放送が終了する――。
これが2001年7月25日に施行された改正電波法の決定だ。
10年後には日本全国にある1億数千万台以上のテレビ受像機が、粗大ゴミと化す!? 
国民不在、現状無視のナンセンスな国策を撃つ!!
(「GALAC」2001年10月号 特集「今のテレビが10年で消える? 消えない?」)

≪リニューアルに際して付記≫
Xデーまで3000日を切った。BSデジタルが1000日1000万台普及しない(現実はその5分の1)のに、なんで地上波デジタルが3000日1億数千万台普及すると思うのか。いや、実は普及すると思っている業界関係者など1人もいない。みんな普及しないと思っているが、実名を出して指摘する勇気がないだけだ。破綻を先延ばしにする銀行をテレビは批判できない。実に情けない話である。

2011年アナログ地上波終了(アナログ停波)の
ナンセンス

 2011年7月24日までに、現在のテレビ放送――アナログ方式による地上テレビ放送が終了するという。停止、停波、打ち切り、なんと呼んでもいいが、とにかくあと9年10か月ほどで、現在の放送は終わってしまうのだ。

 これが、衆参両院で可決成立し2001年7月25日から施行された改正電波法の意味するところである。

 それにしても、この国の新聞紙やテレビ報道はいったい何を考えているのか。実はまったく何も考えていない証拠に、いま私たちの多くが日に何時間も目にしているメディアが後わずか10年で終わることについての報道が、ほとんどない!! 専門紙の「民間放送」は一面に載せたが、見出し活字の大きさではなんと三つめ!の小さな扱い。この「報道」(かっこ付き)感覚には、まったく呆れる。

 実現できてもできなくても、これは大ニュース。国会が「10年後に本四架橋を海に沈める法律」を可決したら大ニュースだと思うが、今回の電波法改正は、それ以上に人びとの生活に密着した大ニュースだ。これを報じない新聞紙の記者やテレビの報道局員は、いったい何をするためにマスコミに勤めているのだろう?

 どうせこんな法律は実現不可能な空手形と思っているむきも含めて、よく考えてほしい。

 日本の世帯数は4600万以上。カラーテレビの世帯普及率は99%以上。世帯数の4分の3近くを占める「二人以上世帯」のカラーテレビ所有台数は1台と2台がほぼ3割ずつで、3台以上がほぼ4割。これは国の統計が示す事実である。

 以上を計算すると、家庭分だけで少なくとも8000万台から1億台以上のテレビが、あと10年で使い物にならなくなる。家庭以外分も数えれば1億数千万台以上だ。

 居間の29インチテレビも、台所や寝室や子ども部屋などの小さなテレビも、車載や携帯用の液晶テレビも、すべてがゴミと化す。テレビだけではない。世帯普及率が80%に近いVTRも、AVパソコンにつくテレビチューナーも、ゴミと化す。企業や学校や役所にあるほとんどのテレビもゴミ。いや、捨てればリサイクル料金を取られるから、生ゴミや紙ゴミより始末の悪いゴミ以下の邪魔物となる。

 10年とは、どれくらいの期間だろう。10年前には「渡る世間」も「Nステ」も「朝生」も始まっていた。人気番組の寿命よりはるかに短い期間である。10年前はバブル経済絶頂期で、10年は不良債権処理に何一つ手が打てなかったほど短かかった。

 そんな短期間で、日本全国ほとんどの家庭や企業が複数もっているテレビやビデオを新しいデジタル対応テレビやビデオに置き換えるなど、まともな人間なら一目で無理と思う話。

 なにしろ優に1億数千万台以上と推定されるテレビやビデオの多くは、2〜3万円から10万円以下の低価格製品である。しかし、デジタル地上波はBSデジタルと同様HDTV(わずか100万台しか普及せず惨めな失敗に終わったミューズ方式ハイビジョンと紛らわしいのでこう呼ぶ)なみの放送とされるから、対応する高機能テレビが必要だ。その価格は40万円前後(チューナーだけでもBSデジタルと同じ10万円近く)もするのだ。

 テレビ1億台がすべて40万円のテレビに置き換われば、家電メーカーは売り上げ40兆円でおいしい。旧来型の公共事業とは違う景気対策といえないこともない。だが、おいしいことと実現できることは別。日本人に10年間でテレビを40兆円分売りつけることは、テレビを持つ人に毎年4万円ずつ(つまりアナログ29インチを毎年1台ずつ10年間!)テレビを買えと強制するのと同じく馬鹿げた話。そんな無理注文に応じることができるのは、ハイビジョンを100万台買ったような一部高額所得者だけだ。

 日本の家電市場におけるテレビの出荷金額は年に5000億円台である。それを10年連続で8倍の4兆円にしなければ、10年後に全国のテレビをデジタル地上波対応にできない。デジタル対応テレビの価格を20万円としても、10年連続で4倍の2兆円にしなければならない。

 国民にそんな過剰な負担を押しつけて、10年後に現在のアナログ地上波を止めるとは、いったいどういう了見か。

 ところが、そんな馬鹿げた計画が、共産党を除く全政党の賛成で国会を通り、文字通りの国策となった。国会議員の大多数は、政策の実現可能性を判断する能力に欠けているうえに、国民・視聴者の存在を無視していると断定せざるをえない。

なぜ、地上アナログ放送終了(停波)まで
10年間という期限が切られたか?

 ところで電波法改正以前は、地上波のデジタル化はやはり国策だったものの、デジタル地上波の普及率が85%に達し放送局のエリア内のカバー率が100%に達するまでは、現行のアナログ地上波を終了しないとされていた。

 1976年に登場した家庭用VTRの普及率は25年後の現在でもまだ80%前後だから、この条件をクリアすることは20〜30年かけても、まず不可能。つまり、デジタルとアナログの同時並行放送(サイマル放送)を果てしなく続けるという方針だったわけだ。

 これはこれでビジョンもクソもない馬鹿げた方針だったが、今回、なぜアナログ地上波の終了に関する条件がはずされ、10年という期限が切られたのか。

 これは、今回の電波法改正の直接の目的が、いわゆる「アナ・アナ変換」にかかる費用を国が出すための制度変更にあったからだ。

 アナ・アナ変換とは、テレビ電波が過密状態にあるため、アナログからデジタルへの周波数変更の前に必要となる、アナログからアナログへの周波数変換をいう。具体的には、デジタル地上波はUHF13〜32チャンネルを使うため、その周波数帯を使っている中継局を、別のアナログ周波数帯に移す。地域によっては家庭のテレビ1台1台のチャンネルを設定し直したり、アンテナを交換したりする。

 アナ・デジ変換に先立つアナ・アナ変換にかかる費用は、郵政省が長らく秘匿していたが、概算で852億円だ。今後はこれを数年間に分け、「電波利用料」を使ってやりくりする。

 電波利用料とは、そのほとんどを携帯電話会社が払っている――つまりはバカ高い携帯電話料金に含まれ、携帯電話利用者が支払っている電波利用税。もともと目的税で使途が決まっていたため、改正電波法で「特定周波数変更対策業務」を新たに追加したのである。

 すると、新たなシステムを導入するために、国庫からカネを出して周波数を変更する以上、古いシステムから新たなシステムへの移行が速やかに行われなければならない。電波は国民の共有財産であり、国民の税金を使ってそれを整理するのだから、古いシステムがダラダラと居座るようなことは困る、というわけだ。

 これはこれで(部分的にだが)筋が通っている。そこで、アナログ地上波は切りよく今後10年という期限が切られたのである。

 国(総務省=旧郵政省)は、デジタル化で空いた電波帯域を携帯電話や移動体通信に使わせれば、実入りもよいし、利権が拡大して、天下り先も増えるから、どんどん旗を振る。

 もちろんテレビ局にとっては、サイマル放送の期間はコストが二重にかかるから、なるべく短いほうがよい。メーカーも、期限が切られればその時までにアナログ方式よりケタ違いに高価なテレビやビデオが売れるから、文句はない。

 しかし、唯一この方針に疑義を呈する可能性があった国民・視聴者だけが、つんぼ桟敷に置かれた。買ったテレビやVTRのほとんどすべてが10年後ゴミと化す決定に、カネを出した当事者だけが、何の意見も求められず、打診も相談も一切受けなかった。まったくふざけた話である。国民・視聴者への裏切りである。

2011年までには地上デジタル放送(地デジ)
完全移行は不可能だ!!

 しかし、本当に2011年に現在のアナログ地上波を打ち切ることができるのか。

 視聴者の側にデジタル対応のテレビを買う余裕がないことは、すでに述べた。繰り返すが、年金暮らしの年寄りや下宿暮らしの学生は、40万円のテレビなど買えないから、デジタル地上波から完全に取り残される。専用チューナーがあれば地上波デジタルは現在のテレビでも映るとされるが、デジタル化のメリットはゼロだから、そんなものは売れない。それが売れるなら、CSがこうも苦労するはずはない。

 そして、電波を送出するテレビ局の現状を見ても、2011年のデジタル完全移行はすでに「不可能である!」と思われる。

 まず、デジタル化のコストだが、これまではNHK3500億円と民放6500億円でざっと1兆円と見積もられてきた。これがさらに膨らむことは確実な状況だ。というのは、全国に1万5000あるアナログ中継局は、電波干渉を起こすためデジタル中継局には使えない。干渉を起こさない場所を限定して、50年かけてやっと建てた数に近い(1万規模の)鉄塔を建てる必要があるからだ。鉄塔を組むには熟練した鳶職(とびしょく)が必要で、その数が物理的に足りないともいわれている。

 3000万世帯が住む関東地方では、東京タワーに近い場所に600メートル級の電波塔(親局)を新設しなければ、デジタル地上波はほとんど絶望的と思われる。2011年に間に合わせるには2007〜2008年頃までにタワーが建っていないと具合が悪い。工期が5年なら、2002年か2003年には着工しないとダメなのだ。

 それでもカバーできるのは8割で、残り2割をカバーする中継局が必要になる。その数は、キー局ごとに100近くある現在の鉄塔の数に近い。「住宅が密集する関東地区で新たに必要数を建てるのは無理」という見方も根強い。テレビ局には「どうしても無理な場所は地上デジタルをあきらめてもらい、BSやCSで納得してもらえないか」という声すらあるのだ。

 しかも、関東地方で問題となることが規模を小さくして全国各地、46道府県で起こる。

 電波法改正案でアナログ地上波の期限を10年に切った総務省官僚や、可決成立させた国会議員たちは、右のような問題を真剣に検討したことがあるのか。高機能テレビを安く作ればなんとかなると思っているらしい家電メーカーは、放送局の事情を調べたことがあるのだろうか。

 「知らなかった」なら無知で無責任すぎる。「知っていた」なら国民・視聴者に対する詐欺同然である。

 では、今後どうなるか。いちばん確からしいシナリオは、まずデジタルBSの普及が遅々として進まず、一部富裕層のためのプラスαメディアという性格を強めることだ。今年に入ってデジタル対応テレビの在庫は積み上がる一方で、売れ行きは絶望的。つまりデジタルBSはミューズ方式ハイビジョンの二の舞となる。

 すると、現在のアナログBSの(衛星の)寿命が尽きる2007年までに、デジタルBSへの移行が完了しない。アナログBS視聴世帯千数百万の半分や3分の一がまだ見ている状況で放送を打ち切ることは、絶対にできない。

 デジタルBSの普及の遅れは、「チューナーがあればデジタル地上波に対応するテレビ」の普及の遅れを意味する。「デジタル放送」への期待の薄さも露呈し、地上波のデジタル化に深刻な打撃を与えるだろう。そうなれば、2011年に近づいても、アナログ地上波は相変わらず主流と占め、デジタル地上波の普及は遅々として進まない。地上波のデジタル化は予定より5年や10年は遅れることになる。

 そのとき困るのはテレビ局やメーカーや国。国民・視聴者を無視した当然の報いを受けるわけだ。このシナリオを望まないならば、国民・視聴者を主体にすえて、日本の放送のビジョンを新たに構築し直すほかはない。