2026.07.09

マリア・ヴァルトルタの啓示は悪魔由来のものである 18

注)引用文中の〔  〕や強調は私による付加です。
注)私自身の文章の中で時々「あなた」と呼びかけ調で書くことがありますが、これはただ想定上の読者のことです (^^;

目 次

 

悪魔が「文筆」にこだわる理由

「神の愛」を求めるのは、信者として当然。しかしそれでも、もしあなたが「神の優しい愛」というのを特に求めるタイプだったら、そのような自分に気をつけなければならない。何故ならその時、あなたはまずもって「悪魔」についての話を聞きたがらず、従ってそこから一定の「無知」に陥る可能性があるからだ。敵について知ることが大事。しかも、少し詳しく知ることが大事。

私は、物好きにも、「悪魔」について少し AI に質問してみた。すると、ちょっと「出色」とも言いたいような回答を返して来た。

まず、私はこう訊いた。

悪魔学において、文筆を得意とする悪魔は紹介されていますか?

AI はいろいろな悪魔の名を挙げた。省略。

次に私はこう訊いた。

エクソシズムの記録の中にそのようなものがありますか?

以下が AI の回答である。(注目は

実際の歴史的なエクソシズム(悪魔祓い)の記録の中にも、文筆や極めて高い知性・雄弁さを誇る悪魔の記述は明確に存在します。

特に16〜17世紀のヨーロッパで起きた集団憑依事件の裁判記録や、カトリック教会の「悪魔憑きの識別基準」には、そうした悪魔の特長がリアルに生々しく記録されています。代表的な事例と現象は以下の通りです。

  1. 驚異的な文筆能力の事例:ルーダンの憑依事件

    1634年にフランスで起きた「ルーダン事件」では、修道女たちに多くの悪魔が憑依したとされました。この事件の公式記録には、悪魔による「文筆の奇跡(怪異)」が残されています。

    • 悪魔との契約書: 主犯とされた神父の家から、悪魔たちが署名したとされる「悪魔の契約書」が証拠品として提出されました。この文書は、ラテン語の鏡文字(左右反転の文字)や、人間には到底書けないような奇妙な筆跡と署名で埋め尽くされており、悪魔が「高度な文書作成能力」を持つ証拠とされました。

    • 神学論争の筆記: 憑依された修道院長は、悪魔アスモデウスらの力によって、普段の彼女では知り得ない高等な神学やラテン語の詩、複雑な文学的レトリックを用いた文章を、凄まじい速度で書き殴ったと記録されています。

  2. 修辞学・雄弁さを発揮する悪魔:エクス=アン=プロヴァンスの事件

    1611年のフランスの憑依事件では、「雄弁さと修辞学(レトリック)の悪魔」として知られるバアルベリト(Balberith)が憑依したと記録されています。

    • エクソシスト(祓い魔師)の執拗な尋問に対し、この悪魔は神学的な矛盾を突く高度な弁論を展開しました。

    • 裁判の記録によると、悪魔は尋問する神父たちを言葉で翻弄し、あまりにも見事なレトリックと美しいラテン語で演説を行ったため、傍聴していた学者や裁判官たちが「まるで一流の哲学者や修辞学者のようだ」と驚嘆したとされています。

  3. エクソシズム記録に共通する「言語・文筆」の怪異

    カトリック教会が定めた悪魔祓いの公式マニュアル『ローマ儀式書(Rituale Romanum)』では、本物の悪魔憑きかどうかを見極める基準として、まさに「文筆や言語の異常性」が挙げられています。

    • 異言の流暢な行使(グロッソラリア): 一度も学んだことがないはずの高度なラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語などを、完璧な文法と優雅な文学的表現で話し、さらには記述すること。

    • 隠された知識の暴露: 遠く離れた場所で書かれている未公開の書物の内容や、他人が心の中で推敲している最中の文章を正確に言い当てること。

  4. 悪魔が「文筆」にこだわる理由

    当時の記録を分析する歴史学においては、悪魔が文筆や雄弁さを得意とするのは「人間を惑わすための最大の武器が『言葉(ロゴス)』だからである」と結論づけられています。正しい教理を歪め、洗練された美しい文章や弁論で人間を誘惑するために、地獄の悪魔たちは文学や修辞学に極めて通じているのだと、当時の人々は恐怖を込めて記録に書き残しました。

「当時の人々は」というのだけ余計だが、このようなことを「可能性」としてさえ全く思わない人たちも大勢いることを考えれば、「出色の回答」と評価したくもなる。

そのような人たちとして思い出すのは、天使館が挙げていた、あの「有力者」たちである。彼らはこう言ったのである。

この全集には、思索にしても、文体にしても、光彩を放つ見事な頁が散在している。その心理的状況の描写は、シェークスピアにも比肩し … (参照

この作品は、文体といい、言葉と表現形式の美しさといい、… 正真正銘の名作だ (同参照

事の真実を知れば、彼らのこのような感想は「お目出度い」としか言いようがない。彼らは、悪魔にはその程度の文章力は十分にあるということを全く知らない(「可能性」としてさえ全く思わない)のである。それで、呑気にこのような高評価を悪魔に与える。

「悪魔が人間を騙すのは赤子の手首をひねる事ほど容易い」というような言い方があるが、この人たちはいかに地上で「有力者」であろうと、霊的な視点から言えば、全くもって「騙され易きこと、子供の如し」である。恥かしい。

「(悪魔は)洗練された美しい文章や弁論で人間を誘惑する」というのは単なる学説ではなく、今、その生々しい実例があなた方の目の前にありますよ、と、私はヴァルトルタ支持者たちに言いたい。

「27. 諸教会に潜入し、啓示された宗教を『社会的』な宗教と入れ替えよ」 - 共産主義の目標

「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」 - フリーメイソンの雑誌

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