2016.06.04

モルモン教とは何であるか Part 2

先行記事 

勝谷司教様(札幌教区)はモルモン教から招待されている

モルモン教とは何であるか Part 1

遅くなりましたが、上の二つの記事の続きです。

まず、基礎資料の一つとしてこれを紹介しておきます。英文。

Sinister Sites – Temple Square, Utah | The Vigilant Citizen

上の和訳(二分割)by さてはてメモ帳さん

前半 邪悪な場所-ユタ州テンプル・スクエア By Vigilant 1
後半 邪悪な場所-ユタ州テンプル・スクエア By Vigilant 2

注)上の「邪悪」という言葉、或いは英語原文での「sinister」という言葉。しかし「さてはて」さんも Vigilant Citizen も、別にモルモン教の一般の信者さんたちのことをつかまえてそのように言っているのではないことは勿論でありましょう。

注)私は「さてはて」さんがキリスト教に対して強い反感を持っていることを知っています。しかし、ここは、情報は情報として扱います。

さて、私としてもう少し、絵を追加させて頂きましょう。

ソルトレイク神殿

Salt Lake Temple

Part 1 でも言いましたが、LDS の本拠地はアメリカ・ユタ州の州都ソルトレイクシティだということです。で、そこの神殿、「ソルトレイク神殿 Salt Lake Temple」がこれです。

建物のてっぺんに、彼らにとって大事な宗教的象徴、「天使モロナイ」の像が見えます。その像のある側が、彼らの神殿の正面です。(誰も、大事なものを側面や裏面には置きませんから)

住所は「50 West North Temple Street Salt Lake City, UT」とのことです典拠。では、Map を見てみましょう。

Google Map

さっきの写真にもあった丸いドームの建物との位置関係から、赤の矢印(管理人が付加)がこの建物の正面だと判断できます。

ところで、Vigilant Citizen は数枚の写真と共にこう書いています。(さてはてさんの翻訳をお借りします)

すべてを見通す目

「偉大な建築家」を表すこの古典的なメーソンの象徴は、テンプルのどんぴしゃり正面にある。(…)

秘密の握手

フリーメーソンのように、モルモン教徒たちは、彼らの入会過程で秘密の握手と合い言葉を学ぶ。
この握手はそのテンプルの正面にあり、(…)

By Vigilant 1

しかし、これらの写真はこれらの形象が在るごく狭い範囲を写したものなので、言葉で「正面にある」と言われても、どこか不安ですね。それに、世間の人たちは Vigilant Citizen のことを「陰謀論者」という “お仕着せ用語” でもって思い、「そんな人の言うことは当てにならない」と思うかも知れません。だから、できるなら、これらの形象の位置を建物の全体像の中でピンポイントで教えてくれる写真を見たいものです。
私は探し、そして見つけました。そして、次のように言うことができます。それらの形象はこの位置にあります。

これを信用して下さって結構です。けれども、是非とも自分の目で確認したいという方は、次に並べる大きな写真によって確認して下さい。(こんなに並べなくてもいいというものですが)

  1. 画像 Waymarking.com
  2. 画像 Waymarking.com
  3. 画像 Waymarking.com
  4. 画像 LDS Temple Photos - Free
  5. 画像 LDS Temple Photos - Free
  6. 画像 LDS Temple Photos - Free
  7. 画像 National Public Radio
  8. 画像 mormonmomblog
  9. 画像 Architecture Revived
  10. 画像 JazzLad Photography
  11. 画像 Living Our Dream
  12. 画像 Shelley Beatty
  13. 画像 Wikimedia Commons

部分写真

  1. 画像 oneClimbs.com
  2. 画像 ANTI ILLUMINATI ESP
  3. 画像 Alamy

あなたも確認できたと思います。
だから、Vigilant Citizen は事実を言っていたに過ぎないのです。(建物の裏側にも同じように在るようですけれども)

本拠地の神殿がこうであることは大きいです。「たまたま」で済むことではありません。

また、この神殿には他にもいろいろ奇怪な要素があるので(逆さ五芒星とか)、特にカトリックの神父様方に Vigilant Citizen の記事を、或いはその和訳(前半後半)を読むことをお勧めします。(何故なら、明日、勝谷司教様のように、モルモン教から「パートナーシップ」を求められたら、どうするんです?)

「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」

フリーメイソンの雑誌『Humanisme』1968年11月/12月号 より

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