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飽食的になりがちな、現在のわたしたちの生活 ― わたしたちの人生に目的はあるのでしょうか? からだの健康のみが、真の健康ではないし幸福でもないと、みなが気づきはじめています。 生きる人すべてが必要とする、人生の目的にたいする理解。いま一度考えてみませんか?


 
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スワミ・シバナンダ

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「バガヴァッド・ギーター」のページでは、Bhagavad Gita の日本語訳全18章がダウンロード可能となっています。

田中かん玉さんの明瞭な翻訳で綴られた「バガヴァッド・ギーター 神の詩」 は現在絶版になっていますが、その存在価値は、この本にめぐり会った誰もが認めているところです。インドの聖者たちの多くが、ギーターを座右の銘としてきたと言っても決して過言ではありません。

ぜひ一度、この機会にギーターにふれてみてください。

 

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スワミ・チダナンダ

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スワミ・ヨーガスワルパナンダ

 


Swami Sivananda(スワミ・シバナンダ)

  1887年9月8日、南インドのパッタマダイ村の裕福なバラモン(カーストの一番上)の三男として生まれる。幼少の名をクップスワミといい、年齢のわりに背が高くてりりしく、成績も抜群、輝く瞳をもった少年であった。信心深い両親に育てられ、祈りや宗教儀式の準備の手伝いが楽しみだった、と後年の日記に記している。 
1903年に大学に入学、まずタミル文学を学んだ後、タンジョール医科大学で西洋医学の道に進む。在学中、母親から200ルピー出してもらい、医学誌『アンブロシア』を発行。この雑誌は当時の医療関係者ばかりでなく、読者や患音との交流の場となった。また、西洋医学のみならず、古来のアーユルヴェーダ療法なども学ぶ機会をえている。読者へ返事を書くのに忙しく、すでに人びとの心のケアに注意を向けていることがうかがえる。 (続き

「ヨーガとこころの科学」(東宣出版)より抜粋

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Swami Chidananda(スワミ・チダナンダ)

  1916年9月24日、南インドに生を受ける。父スリニバサ・ラオと母サロジニの五人の子供達の二番目、長男として生まれ、スリダー・ラオと呼ばれた。その地方の裕福な領主の家柄であった。幼少時よりラーマーヤナやマハーバーラタの叙事詩を読み聞かせられて育つ。マンガローの小学校に始まり、1932年にマドラスのマティァン・チェティスクールに入学当時から、神童として際立った存在であった。 (続き) 

「ヨーガといのちの科学」(東宣出版)より抜粋

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The Divine Life Society (ディバインライフ・ソサエティ)

 

1939年、ヨーガとべ−ダンタの教育とスピリチュァルな知識の普及のために、スワミ・シバナンダはディバィンライフ・ソサエティを設立しました。てきるだけ多くの人びとが神聖な人生を送り、神を悟る道を歩む手伝いをするためでした。1942年にはバジャン・ホ−ルが建てられ、1943年未には、スワミ・シバナンダの念願のシバ寺院も建てられました。(続き

 ホームページ(英語)はこちらです。


「ヨーガとからだの科学」(東宣出版)より抜粋

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小山芙美子(おやま ふみこ)

  サイト製作者写真

同志社大学文学部英文科卒業。ミシガン大学で英語学を学び、二ュ−ヨ―クの国連本部の通訳として5年間勤務。帰国後も通訳を続けるが、その後夫の海外赴任で西ドイツヘ。ケルン大学で言語学を専攻し、帰国後は英語、ドイツ語同時通訳者として活躍、現在に至る。語学を通して、ヨ−ガに奉仕している。

「ヨ−ガといのちの科学」 
−発祥の地インドの聖者は語る− (東宣出版) 

「ヨ一ガとからだの科学」 
−インドの聖僧によるア−サナ プラ−ナヤマ 冥想法− (東宣出版) 

「ヨーガとこころの科学」 
−マインド その神秘さとコントロール法− (東宣出版) 

「ヨーガと空(くう)の科学」
−スワミは答える―幸せは心の内に (東宣出版) 

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