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ディバインライフ・ソサエティ
−続−

そのころ、スワミジ自身も牛小屋から少し離れたガンジス河に直接面したクティエに移られました。当時のサットサンガ(集い、話を聴く会)は、夏はクティエのベランダで、冬はバジャン・ホールでおこなわれたといわれます。個人的に話したい信者には根気強く付き合われ・疑問点をはらされました。信者がわざわざスワミジのために食べ物などを持参すると、感謝していただき、次の瞬間には、巡礼や他の信者に分け与えられたということです。なかには、特別スワミジのために持ってきたのにとガッカリする信者もいたほどでした。

1950年、全インドの布教からもどられると、前にも増してアシュラムを訪れる人びとの数が増えました。アシュラムも大きくなり、その一帯はナガール(町)とよばれるようになり、現任てはシバナンダナガールという住所になっています。しかし、どんなに訪問者が多くても、グルデブの人びとに対する態度は大変ていねいで、行き届いたものでした。スワミジ自身が主人を守る番犬のごとく見張っておられました。弟子たちに対して、「すべてのものの中にアートマンを見るならば、お前たちの行動にもおのずと現れていなければならない。アシュラムを訪問する人びとには、その精神的度合いにかかわらず、滞在中には、真の平和を味わってもらうよう心がけるべきである。のちほど、自分の町へ戻ってからも、ここで受けた愛と親切な行為を思い出すたびに、人びとはガンジスの乎穏さとキルタンや精神的に高い話を思い出すだろう。だから、心を込めて人びとに尺くしなさい。アシュラムとその行事は、自我のない、利害を求めない愛を身をもって示す例とならなくてはならない。」

訪れる信者には、「お金があろうとなかろうと、自分の体をいといなさい。神の道具であるわれわれの体を粗末にすることは、すなわち、神を正しく尊敬していることにならない。神への一番正しい祈り方は、まず、自分の体を健康な状態にし、全力で神の意志を、いつでも、どこでも実行できるように準備することだ」と教えました。

生き続ける愛と奉仕の精神 1932年7月14日、グルデブ・シバナンダは、ガンジスの川辺のクティエで76年の生涯を静かにとじられました。前夜から熱を出されて何も喉を通らなくなった時、ガンジスの水をたって所望され、コップ半分ほど飲みほされました。それからスワミジの魂は肉体を離れて涅槃に入ったのです。晩年は、糖尿病などに悩まされながら、常に人びとへの微笑みと光をたやさない生涯でした。このシバナンダのクティエは当時をしのんでそのままの形で保存されています。

ディバインライフ・ソサエティでは、現在、一番大きいマレーシアのアシュラムをはじめとして、ヨーロッパ、南北アメリカ、東南アジア、アフリカの国々にも多くの支部をもって活動しています。それらは国別の支部ではなく、信者の申し出によって、ディバインライフ・ソサエティ・トラスティーで検討し、ふさわしい人や組織に許可を与え、それぞれ個別にゆるやかな規則のもとで活動支持し合っています。


 

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