15 酒田~湯の浜温泉~大山~由良~あつみ温泉


・平成14年10月12日(土) 酒田~湯の浜温泉 

 「おはよう庄内往復きっぷ」という列車指定の割引切符がある。東京7時16分発の山形新幹線「つばさ103号」の指定席が確保できた場合のみ発売される特別割引である(注・この割引切符は平成18年9月30日廃止された)。

 新庄に10時51分に着き陸羽西線に乗り換える。新庄を11時2分に発車し酒田に12時7分に着く。東京から酒田までの往復乗車券と新幹線の普通車指定席を合わせて16、000円という10、000円以上も得な切符である。
 鶴岡、酒田へ行くときはいつもこの割引切符を利用していたが、今回、1ヶ月前の9月12日に切符を求めたところ、普通車指定席が満席になっていた。グリーン車だったらまだ席があります、と言う。プラス3、000円で往復のグリーン車に乗ることができる。3、000円プラスしてもまだ得だからグリーン車に乗ることにする。

 山形新幹線の普通車は一列4席だが、グリーン車は3席となっている。1人席と2人席に分かれていて、間の通路の幅が広い。1人席は7列、2人席は6列で、6列の後に車椅子対応の席が設けられている。
 椅子は、縦も横も広くゆったりしている。席の前後も間隔が広い。普段は、椅子の背もたれは少し倒すだけだが、1人席の7列で一番後ろの席だったので、どれくらい背もたれが倒れるかやってみたら、ほぼ水平に倒れ、頭が窓枠の下にくる。

 発車する。男性乗務員が、おしぼりを配り、飲み物の希望を聞く。ウエルカムドリンクということだろう。ウーロン茶を頼む。

 新庄駅に着く。陸羽西線に乗り換える。電車は既にホームに入って待っている。

 酒田駅に着く。駅を出て200m程歩き、酒田東急イン3階のレストラン「ル・ポット・フー」に入る。
 「海鮮ブイヤベース」を注文する。白ワイン、ニンニク、玉ねぎで味付けられたスープにオマール海老、ムール貝、ハマグリが入っている。食材のそれぞれの味がスープに溶け込んでいる。
 デザートの「わさびのシャーベット」は鮮やかな翡翠の色をしている。

 ホテルを出て200m程歩く。八雲神社の角を左に曲がる。これから日本海に近づいたり離れたりしながら近畿地方まで南下することになる。

 1、5キロ程歩き、右手に山居倉庫を見ながら新内橋を渡る(山居倉庫については、目次11、平成13年10月8日参照)。1キロ程歩き、最上川に架かる出羽大橋を渡る。
 2キロ程歩き国道112号線に入る。庄内砂丘の横を歩く。砂防林の黒松の林が続く。よく晴れて気温も高くなっているようだ。乾いた砂地に真赤なサルビアの花が咲いている。


柿の実


 十里塚、浜中を通り、12キロ程歩く。七窪の十字路に出る。右に曲がり緩やかな坂を登る。500m程歩き坂を登りきる。視野一杯に明るく広がる青い日本海が見えた。
 坂を下る。湯の浜温泉に着く。日本海を右手に見ながら海沿いの道を歩く。1キロ程歩き、ホテルや旅館が並ぶ間の道に入る。

 食堂「トキワ軒」に入る。天ぷら定食を注文する。黄金色の揚げたての天ぷらの他に皿や小鉢に盛られたカレイの塩焼き、ポテトサラダ、冷奴、佃煮、民田(みんでん)茄子ときゅうりの漬物が付いて、思いがけないご馳走だった。料理はどれもおいしい。
 
下区しもく)公衆浴場に入る。熱いお湯だった。

 太陽が海に傾いている。空も海も黄金(きん)色に輝いている。日没までに1時間程あるので、砂浜を見おろす防波堤に寄りかかって日没を待つ。









 太陽が海に沈んでいる。海面に近く黒い雲が漂っているが、太陽の輪郭は辛うじて見える。5分程で完全に没した。しばらく海面に煌きが残っていたが、それがふっと消えて、闇になった。辺りも急速に暗くなり寒くなってきた。バスの停留所へ急ぐ。

 バスは街灯の少ない海岸通りを走り、北前船の寄港地であった加茂を通り、鶴岡駅へ向かう。


・同年10月13日(日)湯殿山

 朝、東京第一ホテル鶴岡を出て、鶴岡駅前を9時17分に発車する湯殿山行きのバスに乗る。

 羽黒山は「現在」、月山は「死者が行くあの世の山」、湯殿山は「再生」といわれているので、羽黒山、月山、湯殿山の順序で巡ったほうがいいのだが、月山は来年に延期したので、先に湯殿山(1,504m)へ行くことにする。

 バスは、停留所「大網」、「田麦俣」を過ぎて行く。田麦俣では、先月22日に訪ねた「兜造り多層民家」の建物2棟がバスの窓から見える(「兜造り多層民家」については、目次14、平成14年9月22日、同月23日参照)。

 湯殿山ホテルの前を通り、1時間20分程で終点に着く。広い駐車場があり、バス、乗用車の通行はここまでになる。
 ここから湯殿山神社本宮入り口までは約2キロある。専用の参籠バスがその間を往復している。


湯殿山神社 大鳥居


 石段を登り大鳥居の下を潜る。九十九折の登り道が続く。周囲の山は紅葉が始まっている。白装束の参拝客の団体と出合う。団体の中には意外に若い人たちが多い。周りの紅葉を楽しみながら30分程歩き、湯殿山本宮入り口に着く。
 臥した牛のブロンズ像が置かれている。月山を月山の眺めから別名臥牛山(がぎゅうざん)と呼ぶからだろう。鉄製の龍の口から水が出ている。山からの水を引いているようだ。手を洗い、口を漱ぎ、水を飲む。冷たくておいしい。

 石段を下り谷間に下りていく。
 御祓所の前で裸足にならなければならない。御祓いを受ける。お守りと小さな紙の人形(ひとがた)をいただく。わが身の穢れを人形に移し、人形に息を吹きかけ、横を流れている小さな川に流す。
 裸足のまま参道を歩く。参道の敷石は夜のうちに冷えて冷たい。

 御神体を参拝する。
 湯殿山は、古来「語るなかれ」「聞くなかれ」という山の掟があった。ここで見たり聞いたりしたことを人に話したり、記録に留めることのないように戒めていた。
 芭蕉は、次のように書いている。

 「総じてこの山中の微細(みさい)、行者(ぎやうじや)の法式として他言することを禁ず。よつて筆をとどめてしるさず。」『おくのほそ道』


      語られぬ湯殿にぬらす袂(たもと)かな


 私もこれ以上は書かないことにする。


・同年10月14日(月) (帰京)

 朝、ホテルの大浴場で風呂に入り帰る。


・同年11月2日(土) 湯の浜温泉~大山

 夜明け前に家を出て駅へ向かう。風が強い。歩きながら空を見上げると、おびただしい星が瞬いていた。

 山形新幹線に乗る。福島駅を過ぎる。11月に入ったばかりだというのに板谷(いたや)峠の辺りは吹雪になっていた。紅葉に彩られた林に雪が降り、山の頂上附近には積雪が見える。

 鶴岡駅に着く。湯の浜温泉行きのバスに乗る。停留所「七窪」で降りる。

 庄内砂丘は、遊佐町(ゆざまち)吹浦(ふくら)と鶴岡市湯の浜の間約35キロに亘る。
 安倍公房(1924~1993)は、「『砂の女』の舞台」(新潮社発行、安倍公房全集22所収)の中で、飛砂の被害に苦しめられている山形県酒田市に近いある海辺の集落の写真を見た瞬間、作品の全構想はほとんど決定されていたような気もする、と述べている。その後、その集落を訪ねる。
 8年後に再度訪ねる。次のように書いている。

 「ここが、『砂の女』の舞台だと言っても、だれ一人地元の人で信じたりする者はいないだろう。ぼくにとっては、ぼくが書いたとおりの風景なのだが、それはぼくが見た風景なのであって、彼等の風景とは無縁なものであることを、ぼく自身がよく知っている。」

 松林の間の道を歩く。2,5キロ程歩く。曹洞宗龍澤山(りゅうたくさん)善宝寺(ぜんぽうじ)に着く。


善宝寺 五重塔


 善宝寺は、海の安全を祈願する寺である。参道を歩く。山門の手前左手に明治26年(1893年)建立、高さ36mの五重塔が建っている。落ち着いて風格がある。大工棟梁高橋兼吉(かねきち)の建築である。
 他に高橋兼吉が建てた
旧西田川郡役所旧鶴岡警察署庁舎は、鶴岡市内の致道博物館に移築保存されている(致道博物館については、目次14、平成14年9月23日参照)。


山門


 文久2年(1862年)再建の山門を潜る。急な石段を登る。本殿の前に出る。

 善宝寺の境内を出る。道路の反対側に善宝寺鉄道記念館が建っている。
 鶴岡と湯の浜温泉を結ぶ庄内交通湯野浜線の鉄道の路線があったが、昭和50年廃線になる。善宝寺の前にあった善宝寺駅の駅舎が博物館の建物になっている。
 博物館は閉まっていたが、建っている場所が道路よりも高くなっていて、駅のホームだった頃を彷彿させる。

 板塀を巡らした広壮な屋敷が続く。椙尾(すぎお)神社の前を通る。両側に旧い商家の建物が並ぶ通りを歩く。造り酒屋も見える。
 2、5キロ程歩く。大山の広い十字路に出た。バスの停留所「大山荘銀前」からバスに乗る。鶴岡駅に着く。

 東京第一ホテル鶴岡にチェックインする。2泊予約していた。


・同年11月3日(日) 大山~由良~あつみ温泉

 朝、鶴岡駅前を6時32分に発車する湯の浜温泉行きのバスに乗る。20分程で「大山荘銀前」に着く。バスを降りる。
 500m程歩いて左に曲がる。1キロ程歩き羽越線の線路の下を潜る。大山川に沿って歩く。空が曇っている。

 4キロ程歩く。水沢の十字路を右に曲がり国道7号線に入る。両側は畑が広がっている。1、5キロ程歩いて羽越線の線路を越える。
 緩やかな登りになる。2キロ程歩いて由良峠を越える。遥か下に日本海が見えてきた。雨が降ってきた。由良温泉の前を通り4キロ程歩く。

 三瀬(さんぜ)から国道7号線は海岸沿いを通る。雨がみぞれになった。風も強くなり寒い。国道に設置されている電光表示の気温は6度を表示している。

 小波渡(こばと)、堅苔沢(かたのりざわ)を通る。海岸に奇岩、巨岩が並ぶ。みぞれと風が激しくなる。沖から唸りを上げて走ってくる波が岩に砕け散る。石鹸の泡のような白い「波の花」が風に舞い上がる。空と海は灰色一色になり、その境目が分からない。海面に接近して数十羽のカモメが鳴きながら飛んでいるが、魚影を見たのだろうか。悲鳴のような風の音が聞える。

 6キロ程歩き温海(あつみ)町に入る。五十川(いらかわ)を通る。
 塩俵岩(しおたわらいわ)と呼ばれている俵を積んだような奇岩が見える。その近くに芭蕉句碑が立っている。『おくのほそ道』に収められている「あつみ山や吹浦(ふくうら)かけて夕すずみ」の句が刻まれている。この句の句碑は、遊佐町吹浦にも立っていた。

 3キロ程歩く。立岩(たていわ)海岸温泉の前に出た。観光バスが停まっている。駐車場の横に大きな食堂がある。中に入るとおおぜいの人が食事をしていた。
 食堂は暖房が入っていた。体が冷えていたので暖かい場所がありがたかった。金眼鯛の煮付けとあら汁を食べる。ゆっくり食事をして熱いお茶を飲み体を暖める。

 食堂を出る。3キロ程先の「あつみ温泉駅」まで歩くことにする。
 ひときわ目を引く「暮坪(くれつぼ)の立岩(たていわ)」という岩山が聳えている。

 風とみぞれの中を傘を差して歩く。
 岩川漁協の看板が見え、船が停泊している。駅を通り越して2キロ先まで歩いていた。傘を差していて、地図を確認しなかったし、駅の案内板らしいものも見なかった。こともあろうにこんな寒い日に間違った。
 仕方なく後戻りする。ところが駅がなかなか見つからない。国道から山側に上った所でようやく駅を見つけた。
 鶴岡に戻る。


・同年11月4日(月) (帰京)

 朝、ホテル10階の大浴場で風呂に入る。周りの山は雪が積もっている。

 陸羽西線の電車の窓から、最上峡の美しい紅葉が見える。





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