メディアとつきあうツール  更新:2003-07-03
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<ジャーナリスト坂本 衛のサイト>

2003-05-30

テレビ、その「弱さ」の研究 レジュメ4

1)「制度としての放送」の弱さ(官優位システム)

放送は、大規模な送信システムが必要、多数の受信機(の生産システム)が必要、支配・統治の道具として非常に有効などの理由により、国がシステム構築に初めから関与する。

・正確にいえば、最初の技術を開発、局の設立、受信機の製造販売は民間。十分使えるとなった段階で、国・政府が乗り出す

・米・英・日の「放送の歴史」(ある段階までラジオの歴史)を比較検討してみよう

・国内最大の放送局が「国営でない」国がどのくらいあるか調べてみよう

2)日本の放送導入小史

1925年 
 
 
 
 社団法人東京放送局が初のラジオ放送。
 大阪放送局・名古屋放送局が続く
 放送の機能は「文化を国民に均分」「慰安によって家庭生活を革新」
 「国民の教養を養う」「経済機能を敏活にする」
1926年
 
 
 
 逓信省指導下に3放送局が統合され、日本放送協会が誕生
 放送を規律するのは「無線電信法」
 (さらに逓信省令「放送用私設無線電話規則」
 「放送用私設無線電話監督事務処理細則」)

この段階のラジオの位置づけは、
逓信省(政府)→無線電信法(電報や電話など公衆電信を政府の一元管理統制下に)→ラジオ放送(公衆電信の一つという位置づけ)→実際の担当はNHK(独占)

・国営放送でないかたちでNHKを官僚統制下においた狙いを考えてみよう

・放送の歴史と戦争の歴史を重ね合わせ、気がつくことをまとめてみよう
 (表づくりが極めて有効。左に放送史・右に戦争史を書き、関連を探れ)

3)戦後の放送改革小史

1950年 電波三法(電波、放送、電波監理委員会設置) 特殊法人日本放送協会が発足
1951年 正力松太郎「日本テレビ放送網」構想
1952年 電波監理委が日本テレビに予備免許を出し、廃止
1953年 2月にNHK、8月に日本テレビが放送開始

・「アメリカ(GHQ)が民主化を強く要請・主導→その体制がスタート→ひっくり返る(修正)」のパターンは、昭和20年代のあらゆるものに見られる。30個ほど挙げてみよ

・「逆コース」といわれたその修正の理由を考えてみよう