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原子や電子に目を向ける

原子

前ページでは, 「抵抗の大小を大きく左右するのは電気伝導に関わる電子の数じゃないか?」 という話が出てきました.今回は1つ1つの原子に注目して,電流に関わる電子がどこから来るのかを見てみます. 例のごとく電気伝導を一番簡単に考えるために,相手にするのは「金属」ということにします.

とりあえず,ナトリウム(Na)の原子をイメージしておきます. どうしてナトリウムかと言うと,価電子の数が1つで色々と分かりやすいから・・・という感じです. 上図のような電子のイラストは中学や高校の教科書によく載っていますが, 厳密に言うと正確ではありません. しかし,おおざっぱに考える時にはかなり重宝されているモデルなので,しばらくはこれを使います. 半導体の話を進める途中で,このモデルでは説明ができなくなった時に改良することにします.

くどいかもしれませんが,用語の確認だけしておきます. 上のモデルでは,原子は原子核電子からできています. 原子核の中には陽子とか中性子とか色々入っていますが,その中身については今後一切出てこないので, 今は「原子核」というプラスの電気を持ったカタマリがあるんだ,ということで済ませます.

今回のモデルでは,電子は「殻」(かく)という円周上(立体でイメージすれば球の表面上)をぐるぐると回る・・・ ということになっています. 殻は下から順番に「K殻」,「L殻」,「M殻」,...と名前が付けられています.

この「殻の中に電子が収まる」という話をもう少し掘り下げると, 上図(右)のような感じになります. 青い矢印(“”や“”)が1つ1つの電子を表しています. 電子がぐるぐると動く道筋を「電子軌道」と呼びますが, 「殻」はいくつかの電子軌道の集まりだということが知られています (この時点で“円の上をぐるぐる動く”というイメージから外れてしまっているのですが,ここではスルーします・・・). 各殻に入ることができる電子には上限があり,下から順に2個,8個,18個,...となっていますが, これはそれぞれの殻が持っている電子軌道の数の違いに由来します(上図ではM殻の電子軌道を全部書いていません). そして1つの電子軌道には電子が2個セットで入ります,1個だけでもいいのですが2個の方がより安定します.

さて,上図(右)には上向きの軸が書いてあります.単に 「上」とだけ書きましたが, これについては次ページで説明します.とりあえず上です. また例のごとく電子を「水」に例えると,原子は水を入れるコップのような感じのイメージになります. コップの一番下というか底にある水は,原子の一番内側にあるK殻の電子に対応する感じになります. このコップを揺らすことをイメージをすると,一番上の水から外へこぼれると思います. 電子も同じことで,各電子には上下の関係があるので,一番最初に原子の外へ出ていくのは一番上の原子, 空間で考えれば一番外側の電子(最外殻電子)・・・とイメージすることができます.

ここでまた「電流」の話を意識しておきます. 物質の中を電子が「動く」ためには,電子は原子の外側に出て自由な状態になる必要があります. 上図のイメージでいえば,この“コップ”の中から外へこぼれ出る・・・という感じです. すると前ページで出た疑問である,「電流に関わる電子はどこから来るのか?」 を考えると,おそらく「一番“上”の方にある電子」,原子模型でいえば「一番外側にある電子」じゃないか・・・? とだいたい予想することができます.

伝導電子

ここまでの話で,「原子の一番外側の電子」が電流に寄与する気がする・・・という流れになってきました. 高校の化学では,この一番外側の殻(最外殻)に入っている電子のことを価電子と呼んでいるのでした. 価電子は,化学でも「よく動く電子」というイメージで習った気がします.

実際に,最外殻にある電子は原子から離れてしまうことが度々あります. マイナスの電荷を持っている電子は 常にプラスの電荷を持っている原子核に引きつけられ,普通は原子の外には出ていきません. しかし,最外殻電子は中心の原子核から離れた位置にあります. これまでのイラストでは原子核の大きさと最外殻の半径をテキトーに描いていましたが, 実際は原子自体の半径(最外殻の半径)は少なくとも原子核の半径の1万倍以上はあります. 原子核と最外殻電子はそれなりに離れているので,電気的に引きあう力もある程度は弱まるかも・・・という感じです.

原子から離れた電子は自由に動き回るようになり,これは「自由電子」 と呼ばれています.電子を原子から引き離すのは,周りの温度(熱エネルギー)や,周りからの光のエネルギーなどです. 「原子から離れる」とは言っても,原子などのミクロなスケールでの話なので,そこまでガバッと外れるわけではありません. さらに,多少原子から離れても一応プラスの原子核とマイナスの自由電子は常に電気的に引き合うので, すぐに原子に戻ってしまうことも多々あります. そんなわけで,よほど大きなエネルギーを加えない限り,人間の目から見れば普通に物質の内側に留まったままという感じになります.

「電流」は自由電子が流れていくことで生じるので,自由電子は電気伝導を担うという意味で 「伝導電子」(Conduction Electron)とも呼ばれたりします. これに対して,原子側に目を向けると最外殻の電子が1つ抜けてしまったので, 「価電子」(Valence Electron)は残された電子の中で最外殻に位置するもの・・・ということになります.

伝導電子以外の電子はほとんど原子の外に出ません.原子核からの引きつけが強く,動き回ることができないイメージです. 「電流」について考える時は「伝導電子」が主役です. 「伝導電子が抜けた後の残り物」(陽イオン)には特に興味が無いので, 今後は1つのまとまりとして単なる「プラスの電荷をもった大きい物」として見てしまうと 話が楽になります. 高校化学では「陽イオン」と習いましたが, 半導体屋さんはこれを「イオン殻」と呼ぶことが多い気がします. 要はでっかいプラスのかたまりです. そんなわけで,ここからは「伝導電子」と「イオン殻」の2つだけを使った簡略化したイメージで話を進めます.

金属結合と電流のイメージ

「金属中を流れる電流」について考えるための手順を踏んでいくことにします. これまでは1つの原子について考えてきましたが, よくある導線の材料などに使われる金属は「固体」の状態, たくさんの原子が隣り合って並んでいる状態になっています.

まずは簡単に,2つの原子が近くにある場合を考えます.

それぞれの原子は,とりあえず自由電子を放出してイオン殻になります. 自由電子は原子から離れることができますが, 簡単にへ引き戻されるため,原子から出たり入ったり・・・という感じになっているのでした. 今回は原子が2つあります. すると,1つ目の原子から出てきた自由電子は元々居た1つ目のイオン殻へ引きよせられますが, 同様に2つ目のイオン殻からも引き寄せられます. このことは2つ目の原子から出てきた自由電子も同じです.

イオン殻の少しだけ外側をフラフラと動く自由電子は,ある時は1つ目のイオン殻に引き寄せられ またある時は2つ目のイオン殻に引き寄せられ・・・と, なんとなく1つの原子から出たり入ったりします. 電子は両方のイオン殻から引きつけられているので,結局はだいたい2つのイオン殻の間に落ちついてその辺りで小刻みに動く感じになります. すると,電子はマイナスでイオン殻はプラスなので互いに引きつけ合い, 2つのイオン殻は自由電子を介してくっつく(2つの原子が結合する)ような形になります. このように,なんとなく動く自由電子が2つの原子同士をつなぐノリのような役割をする結合を 「金属結合」と呼ぶそうです.

以上の2つの原子での話を,多量の原子が集まった場合に拡張します.

どんなに原子の数が増えようと,1つ1つの原子から自由電子が出てきて それがフラフラと漂う・・・という事は同じです. すると,膨大な量の伝導電子が原子と原子の間を縫うようになんとなく動き回り, その電子を介して原子はどんどんつながっていくことになります. 一般的な「金属」(導体として振る舞います)の中身は,だいたいこんな感じになっています. この様子は,ゆらゆらと動く膨大な数の伝導電子の中にイオン殻が沈んでいる・・・というイメージから, 「電子の海」とか呼ばれたりするらしいです. 「海」というのは前ページの 電流のイメージ のところで出てきた「電子は“水”,物体はそれを入れる“容器”」というイメージに合います. 「伝導電子は水のように流れることができる」というのが大事です. もちろん,実際はイオン殻にとらわれてしまって流れることができない伝導電子もあるのですが... また別の呼び方もあり,自由電子は金属固体中で比較的自由に動き回れるので,空気のような気体分子をイメージして 「電子ガス」(Electron Gas)と呼ばれることもあるようです.

では,金属固体に電源をつないだ時の様子を考えてみます. 電源は電子を一方向へ動かそうとするので,電子はその力を受けて流れていきます. 「流れる」と言っても,イオン殻とイオン殻の間をつたって這っていく・・・という感じです. 最後まで流れ切る電子もいれば,途中で失速してイオン核にとらわれてしまう電子もいます. 膨大な数の電子がそんな動きをすると,全体としてみればなんとなく電子が 流れて行くように見えます.これが「電流」ということになっています.

「電子が自由に動く」と聞くと固体の外へ飛び出していく電子があるようにも思ってしまいますが, 電子が動く経路は本当にイオン核のすぐ近くです. 結局のところイオン殻からの引力は非常に大きく,電子を固体の外へ出す (イオンから十分遠くまで離す)ためには相当のエネルギーが必要になります.

伝導電子の数を決めるのは何か?

ここまでの話は,前ページからの 「電流に関わる電子はどこから来るのか?」 について考える流れでした.なんとなくイメージが固まったような気がします. しかし,そもそもの疑問は 「物質によって抵抗率が違うのはなぜ?」 というものでした.これはおそらく伝導電子の数で決まる・・・という話も 既に前ページで出てきています. すると,今度は「何が伝導電子の数を決めるのか?」ということが知りたくなります.

今回は金属の話題だけでしたが,いわゆる「導体」というのは金属のように伝導電子が たくさん出てこれるような物質になります. 逆に原子から伝導電子が出てこない物質は「絶縁体」になります.電流は流れません. 半導体はその中間ではないか?と思うところですが, やはり伝導電子の出やすさの話を進めないと詳しい事は分かりません. 詰まるところ,「何が伝導電子の数を決めるのか?」について説明するには 固体物理とか物性論といった話に入る必要があります. そこまで話を進めるには色々と前準備が必要なので,今は置いておきます...


次ページでは, とりあえず電子が原子核から受ける電気的な力について話を進めておきます. 高校物理の静電場の復習という感じになります.




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