3. ピオ神父はマリア・ヴァルトルタの著作を承認したのでしょうか?
イタリアのヴァルトルタ・センターはマリア・ヴァルトルタに関する一冊の本を出版しています。その本はエリサ・ルッキ夫人(Mrs. Elisa Lucchi)の主張を繰り返しています [管理人注1] 。彼女は告解室でピオ神父にマリア・ヴァルトルタの著作について尋ねたとされています。神父は彼女にそれを読むように命じたとされています。
この主張にはいくつかの理由から疑わしい点があります。第一に、この主張は、ヴァルトルタの著作を宣伝する団体が出版した、ヴァルトルタの著作を宣伝する本の中でなされています。第二に、その本は、主張している女性本人によって書かれたものではなく、間接的に、あるいは二重に間接的に伝えているに過ぎません。第三に、ピオ神父からのとされる返答は告解室でのものであったため、神父に尋ねてその主張を検証できた人は誰もいなかったでしょう。告解室で自分が言ったという主張について、神父は何も言うことができなかったはずです。第四に、ピオ神父が彼女の著作をそれほど強く信じていたのであれば、告解室の外でもそう言った可能性が高いと見るべきです。
[管理人注1] 私は調べたから言うが、「その本」とは、イタリアの「ヴァルトタ出版センター」が出した『パードレ・ピオとマリア・ヴァルトルタ』である。著者は、故エミリオ・ピサーニ氏。ピサーニ氏はこの出版社の設立者であり、且つ、今やヴァルトルタ宣伝の世界的な中心地となっているだろう「マリア・ヴァルトルタ継承財団」の設立者でもある。設立は、財団より出版センターの方が早かったようだ。「宣布」のためには「書籍」が武器だから、これは頷ける。
オーストラリアの強烈なヴァルトルタ支持のサイトの記事。
ピオ神父の霊的娘からの手紙:マリア・ヴァルトルタの著作を読むようにという神父の口頭命令について語る
以下は、ピオ神父の霊的娘であるロージ・ジョルダーニ(Rosi Giordani)が、マリア・ヴァルトルタの作品の編集者兼出版者であるエミリオ・ピサーニ博士に宛てた手紙の正確なコピーである。〔…〕この手紙は、ピサーニ博士が著した『パードレ・ピオとマリア・ヴァルトルタ』3 から取ったものである。
イエズス様に愛されている
エミリオ・ピサーニ博士へ!
私の名前はロージ・ジョルダーニ。ピオ神父の霊的娘です。ボローニャ出身ですが、マリア・ヴァルトルタと同じく1897年生まれの母と共に長年ここに住んでいます。父はこの町の墓地で12年間眠っています。1981年、私は母と共にフィレンツェの受胎告知大聖堂で、マリア・ヴァルトルタの命日を祝いました。愛するドメニコ・フィオリッロも同席し、マルタ〔生前のヴァルトルタを世話した人〕を抱きしめ、彼女の素敵なスピーチに耳を傾けました。
私は特に次のことをお伝えするためにこの手紙を書いています。ピオ神父の霊的娘であり、フォルリ出身のマルヴィーナとして知られるエリサ・ルッキ夫人(Mrs. Elisa Lucchi)は、ピオ神父の死の一年前〔1967年〕に告解室の中でこう尋ねました。「神父様、マリア・ヴァルトルタの本について聞きました。神父様はそれを読むように勧めますか?」。ピオ神父はこう答えました。「私は勧めるのではなく、読むように命じます!」。
サン・ジョヴァンニ・ロトンド
1989年1月7日
ロージ・ジョルダーニ
Rosi Giordani
〔…〕
3. Padre Pio and Maria Valtorta. By Dr. Emilio Pisani. Centro Editoriale Valtortiano. 1999. p. 68. ISBN-13: 978-8879870719.
• 本人ではない人が証言した。
• 本人が1967年に経験したことを、本人ではない人が1989年になって証言した。
• 文面がやけに簡素である。この書簡の筆者は、ピオ神父の言葉(とされるもの)を置いたあと、すぐに署名をし、書簡を締めている。この終わり方が唐突すぎる。神父様のその言葉を聞いた時のルッキ夫人の気持ちとか、聞いている範囲で多少なりと書きたくなるのが人情というものではないか。
Catholic Planet(↑)が言っていたように、この証言は少し疑われるべきではないのか。
*
イタリアで愛されていたらしい修道女の書簡を紹介した記事。
[管理人注1]
出版ジャーナリストに寄せられた証言 [管理人注2]
ピオ神父が『私に啓示された福音』を読むように勧めたことは、雑誌「ヴィータ・フェミニーレ〔Vita Femminile 女性の生活〕」のコラム編集者であるノンナ・スザンナ [4] の証言でさらに明確に述べられています [管理人注3] 。彼女は1972年、マリア・ヴァルトルタ継承財団の会長であったエミリオ・ピサーニにこう書いています。[管理人注4]
親愛なる編集長様、
明日、マリア・ヴァルトルタの『神人の詩』(私に啓示された福音)の一部を掲載した雑誌『ヴィータ』をお送りいたします。その帰天の数か月前(1968年)、私に何度も、その作品を読み、私たちの雑誌『ヴィータ・フェミニーレ』にその一部でも掲載するよう頼んできたのはピオ神父様だったことを知って頂きたいと思います。神父様は私たちの雑誌を大変愛しておられ、掲載してほしい内容をしばしば私にお知らせくださいました。彼は、その雑誌はソッリエヴォ・デッラ・ソッフェレンツァ病院に常に置かれているべきだと思われ、私は今では毎週900部をそこに送っています。私は神父様に、私は仕事があるので10巻すべてはとても読めないと申し上げました。すると神父様は微笑みながら、「読まなければなりませんよ。そして私の話を聞いてください」とおっしゃいました。
ピオ神父様が亡くなられた今、その点でご満足いただけなかったことが、私の唯一の心残りとなっています。そこで、アヴィダーノ神父に手紙を書き、ピオ神父様がこれらの書物が家庭に届くことを願っていたことを伝えました。アヴィダーノ神父様はこれらの著作を既に読んでおられ、内容をよくご存じだったので、会員たちに何冊か送るよう手配しました。彼は私にも最初の巻を送って下さり、その後9月にボローニャに来られた際には第9巻も下さいました。彼はこれらの著作を個人的な瞑想に使い、しばしば涙を流したと言っていました。
[…] 私がこれをあなたに書いたのは、私たちが行なっているマリア・ヴァルトルタの著作の普及活動の功績は、すべてピオ神父様とアヴィダーノ神父様のおかげであるということをあなたに知ってもらいたかったからです。 […]
〔…〕
[4] ノンナ・スザンナ(スザンナおばあちゃんの意)は、マリア・ヴェロニカ・アルグラナーティ修道女(Sœur Maria Veronica Algranati)の愛称である。彼女は教会運動の創始者であり、マリア・ヴァルトルタの著作の啓発的で有益な性質を支持している今日まで12人を数える聖人たちと運動の創始者たちのうちの一人である。
[管理人注1] 書簡の手前に概要があるのが良いと思ったので、私はこのフランス語のものを採用した。が、書簡の部分をGoogle翻訳にかけても、どうもピンと来ない。そこで、「財団」の公式にあるイタリア語原文をGoogle翻訳にかけた。すると、だいぶマシと思われる訳が出た。このようにいろいろ試みながら、妥当と思われる訳を探っていく。無学な私がやっているのはこの程度のことである。
[管理人注2] ここに言う「出版ジャーナリスト」とは、エミリオ・ピサーニ氏のことである。
[管理人注3] この「ノンナ・スザンナ」(スザンナおばあちゃんの意)という人のことは私も確認できた。彼女の地上での生存期間は1901年から1985年。「主が世界に与えてくださった二つの偉大な賜物、聖体と司祭」という信仰を持ち(参照)、修道女名は「聖顔のマリア・ヴェロニカ」というのだそうだ(参照)。古いタイプの信仰を感じさせ、私も好感を持つ。
[管理人注4] 細かいことだが、ここは「のちにマリア・ヴァルトルタ継承財団の会長となるエミリオ・ピサーニ」と言うべきだろう。なぜなら、その財団が設立されたのは2010年であって、1972年にはまだ存在していなかったからだ。
そして、しかしピサーニ氏は、1985年か1986年(資料によってちょっと違う)に、ヴァルトルタの著作を世に広めるべく、出版社を設立している。参照
しかし彼は、この証言記事が正しいなら、1972年の段階には既に、ヴァルトルタの著作のために何らかの目立った働きをしていたということだろう。
私は、ここまでのものを読んできて、直接証拠、つまりピオ神父様ご自身の証言はないとしても、「あり得るのではないか」という気がしている。「ピオ神父ほどの人が・・・」と、ちょっと当惑する気持ちがないではないのだが。
ピオ神父様も完全な人ではなかったのか?
完全なのは神のみで、人間はどのような聖人も完全ではない?
神御自身が、そのような不完全さをピオ神父にお許しになった?
彼の謙遜のために?
よく分からない。
ピオ神父様は「大聖人」である。
バイロケーションなどもするのである。
日頃、しばしば、ご自分の守護天使とも交流なさるのである。
そうだ、守護天使。
もしヴァルトルタの作品が「悪魔の作」だったとしたら、彼の守護天使が教えてくれる筈ではないか?
しかし、ここは必ずしもそうではないのではないか、と私は思う。たとえ天国と霊的に通じた人であっても、天国はその人に「何から何まで」教えてくれるものではないのではないかと。子供扱いしない、というか。「識別の必要は、最初から教会を通じてあなた方に教えているでしょ?」ということで。
ピオ神父様の守護天使は、ピオ神父様に、ヴァルトルタの真実を教えなかった。それは、ヴァルトルタの著作の影響によってピオ神父様の救霊が危うくなるなどということは、天国から見てもあり得ることではなかったからである。ということではないだろうか。
まあ、考えてもよく分からぬことはあるものだ。
最後に、再びこれを言っておこう。
ピオ神父はヴァルトルタの例の「手記」を読んでおられなかった。それは2007年まで未発表だったから。彼はその中の、エンメリックの本を悪趣味な言い方でこきおろしたあの言葉も、そしてあの妙な「三位一体宣言」も、読んでいなかった。もし読んでいたら、彼は何か思った筈である。
「27. 諸教会に潜入し、啓示された宗教を『社会的』な宗教と入れ替えよ」 - 共産主義の目標
「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」 - フリーメイソンの雑誌