もう一度寄り道。
昨年、第二バチカン公会議文書を調べている過程で、当然この記事が目に入りました。「第2バチカン公会議から50年」
そこには、司教様、神父様、修道者、そして “有力信徒” らによる第二バチカン公会議に思いを寄せた寄稿文集があります。「第1回」から「最終回」までの21コマ。
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しかし、第一回の文章で彼女はこんなことを書いています。
私たちの信仰が、「あの世」のためではなく、今ここで現実を生きるための道であることを力強く訴える「現代世界憲章」の序文は、何回読んでも心に響く招きです。
このシスターは、せめて次のように書くことを思いつかなかったのでしょうか。
私たちの信仰が、「あの世」のためばかりではなく、今ここで現実を生きるための道でもあることを力強く訴える「現代世界憲章」の序文は、何回読んでも心に響く招きです。
この二つは違うのであり、その違いは大きいのであり、シスター弘田のその書き方は、一見取るに足りない小さな事のようでも、実はシスター弘田の “症状” を如実に表わしているものです。
今回書きたかったことは、以上です。
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しかし、ついでにもう少し書いておきましょう。
同じ「第2バチカン公会議から50年」の中に──
ベネディクト教皇様のことを「バチカンの “ぬし” 」呼ばわりした酒井新二氏の文章が「第10回」にあります。
聖書中のあらゆる奇跡や神秘の話を「喩え話だ」と断言する(参照1, 参照2, 参照3)ことで有名なホアン・マシア神父の文章があります。否、「あります」なんてもんじゃなくて、彼は4回分のスペースを与えられています。「第11回」から「第14回」まで。
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ホアン・マシア神父は『法華三部経』なるものを約8年かけてスペイン語に翻訳したそうです。 参照1, 参照2
マシア神父の本(画像はリンクされています)
蓮[はす]はもちろん仏教に於ける「悟り」の象徴です。
ここで第二バチカン公会議文書のことを振り返ってみましょう。
私はこう思います。もし誰かが「第二バチカン公会議文書の筆者たちはマシア神父と同じような自由解釈者たちだ」と言ったとしても、カトリック信者はそんなに驚くべきではない、と。保守的なカトリック信者の中には「第二バチカン公会議文書の筆者たちはマシア神父のような人とは違う、もちろん違う、大いに違う」と思っている人が多いかも知れないが、それはどうだろう、と。
確かに第二バチカン公会議文書はマシア神父のように「マタイ福音書とルカ福音書におけるイエスの誕生物語は史的事実でもなければ、子供向けのおとぎばなしでもありません。それは信仰の立場からの創作です」(既出参照)とは言っていません。しかしそれでも、例えばあの「ノストラ・エターテ」がヒンズ一教や仏教に与えた躊躇いのない高評価の言葉の数々を思い出して下さい(参照)。他宗教にあれほどポジティブな評価を与えるのだから、その筆者はマシア神父の上のような仕事にもポジティブな評価を与えるに違いありません。