ある日の一言 英語 中国語 ドイツ語会話への挑戦
(2002年4月〜)
<母親の部屋> <子供の部屋> <関連リンク> <普通の家>
内容紹介
自分は昔から英語が苦手だった。中学校から始まった英語の授業もあまり理解できず自分でもほとんど勉強した記憶がなかった。高校の頃も英語が大嫌いで、できれば英語を使わない職業につきたいと考えていた。しかし反面、自分は英語ができないというコンプレックスも持っていて、いつかはできるようになりたいとも考えていた。
そもそも学校教育の中の英語が、いったい実践でどれだけ役立つのか、英会話を勉強するようになって分かるようになってきた。学校教育の英語授業と実践の英会話は違うのである。英語の文法が分かっても英語で話を出来ない人はかなりいる。しかし逆に充分に文法を知らなくても英会話の出来る人もたくさんいるのが現実だ。
英語が苦手だった俺は、いつかは英語を話してやるぞ、と思いつつ時日がたっていった。その間、海外旅行も10回以上でかけて英会話のおもしろさも理解していた。もっともっと英語ができれば外国の人とたくさんの話ができるのに、という英会話に対する向学心も燃えてきた。あとは英会話を習うきっかけが必要であった。
それが2002年に国際会議で英語でプレゼンを行うという話が出てきた頃に俺は一大決心をして会話学校に入学することにした。確か授業料は30万円ぐらいであった。最初はそれだけ投資する価値があるのか迷った。我が家は決して裕福な家ではないので、それだけの大金を俺が勝手に1人で使うことは許されない。俺は妻とも相談して、英会話を勉強する目的をはっきりと話して学校に通うことになった。
英会話学校NOVAで勉強することが、俺にとって仕事でもプライベートでも後々大きな影響を与えていった。
2002年4月20日
この普通の家を作り始めてから3年ぐらいになるけど、結構ボリュームが多くなってきたような気がする。昔作ったネタを消さないと、そろそろHPの容量がオーバーするかもしれないな。おまけに、このHPの内容の、どこが普通の家なんだよ、と思ってしまうところもある。相互リンクを貼っている絵本作家の人が、このHPの説明で、「普通の家という題ですが、内容は普通じゃない生活が書かれている」、と書いてあった。その通りかも。これを作り始めたときに、なぜこの題名にしたかというと、そのときの生活が普通の生活だったんだからしょうがない。あと別の意味として、自分自身に、おまえは普通の人間で、普通の人生を歩んでいて、普通の生活しか出来ない人間だぞ。と、言い聞かして書いたわけで、脱普通の家をはかろうと考えていたのも確かだ。
ここまで書くと、読んでる方は、今日は何を訳の分からないことを書いているんだろうと、おまえの独り言につき合ってられねぇよ、プンプン、と怒っている方もいると思うが。 いや、それは多分いないだろう。という勝手な解釈でもう少し付き合ってもらいます。
ここで考えるのは、普通とはいったい何だろうということだけど、そりゃ簡単だよ、異常の反対だよ、となるのだろうか? 分からないな。それじゃ、いったいどこまでが普通なんだろう? それは人によって判断基準が違うんだろうけど、俺にとって普通とは何だろう? サラリーマンをやって、妻子がいて毎日の生活をしていること、その他・・・。普通じゃないことは、テレビに出たこと、社会人学生をやってること、少し前思っていたのは、このHPを作っていたこと・・・、と並べてみると、おや、1つ気が付いたことがある。
例えば学生にとって普通のことは、多分学校に行くこと、普通じゃないことは、学生結婚すること、社会人になること、じゃないだろうか。さっきも書いたけどその人の立場によって違うのは当たり前で、自分が常にやっていることが普通になってしまっていて、普段やってないことが普通じゃないことになるのでは。よく考えると当たりまえのことだが、例えばテレビによく出ているタレントにとっては、テレビに出ることは普通のことで、サラリーマンとして働くことは普通じゃないことになると思う。
もしも俺がテレビに何度も出るようになったら、俺の感覚ではテレビに出ることは普通になるんだろう。更に1つ気づいたことは、何度もでるのではなく出続けると、と言った方がいいだろう。社会人の場合も継続して会社勤めをしていると、そのように思ってくるわけで、学生結婚するのは、一瞬で、これはいつまでたっても普通じゃないと言えるのではないんだろうか。
そうだ、普通と、普通じゃないことの違いには、時間が大きく作用してくると考えられるのではないか。俺達がサラリーマンとして長い時間働くことと、タレントが長い時間テレビに出ること、これらは当人にとっては普通のことであって、結局やっている内容の問題ではなく、その内容をどれだけの時間やっているかにかかってくると考えられる。
例えば飛行機にのって海外旅行にいくと。俺にとっては普通じゃない体験だ。これはその体験する時間が短いからだと思う。これがいつも飛行機にのって海外に行っている人は普通のことになってしまう。長い人生の中で、あること(体験、事件など)が発生してその時間が長いか短いかによって、普通かどうかが決定される。
さあ、ここまで読んだ人はさすがにいないでしょう。みんな途中で読むのをやめるか、飛ばし読みでここまできたかと思うけど、もし、これを全部読んだ人がいたら聞きたいんだけど、どう思いましたか? 時間が関係するかな、と思いません? みなさんも一度自分の経験に置き換えて考えてみてください。もしかするとこのネタで1つの論文が書けるかも、心理学者?もおもしろいかも。
そう、更に俺の普通じゃないこととして英会話を習い始めることにした。目的はこれも普通じゃないことだが海外で国際学会があるからだ。英語でのプレゼンテーション、英語での質疑応答。あ〜あ、今から頭が痛いよ。
5月12日 英語レベル7Aからスタート
会社の人間を巻き込んで、近くの英会話学校、NOVAに通い初めて2週間が立つけど、俺の英語能力の無さには驚いたよ。ボキャブラリが全く足りなくて、他の人の言っていることが理解できない。昨日もフリートークがあったわけだが、いきなり政治の話が飛びだしてきて、ちんぷんかんぷんだったよ。”Diet”、この意味何か分かる、そうダイエットなんだけど、健康のダイエットではない。これは実は”国会”だそうだ。頭の中がパニックになりそう!
ちなみに英会話学校だが給付金制度というのを利用すると安く行くことができる。社会保険を5年以上支払っている人、つまり5年以上働いている人だと、授業料の80%が還付されるそうだ。俺の場合、33万円というコース(これだけ聞くとバカ高いが)なのだが給付金制度を受けると7万円ぐらいになる。
しかし、今年の4月から給付金の対象レベルの見直しがあって、NOVAの場合、10段階のレベル中、下から3段目以上じゃないと給付金が受けれないのだ。ようは、お遊び英会話(こんなことを書くとそのレベルの人に失礼なのだが、英会話初級コースというのかな?)なら、国からお金は出せないよ、というのである。だから、俺も入るときにレベルチェックテストなるものを受けさせられて、幸運にも(半分まけてもらったのだが、俺はどうしても給付金コースを受けたいと前もって懇願した)、ぎりぎり給付金が受けれる下から3段目のクラスに入ることができた。
NOVAのレベルは9段階あって、低い順番に7C、7B、7A、6、5、4、3、2、1とある。7Cは初心者で1はネイティブレベルである。
また、給付金をもらうためには、このコースの80%以上出席しなければならない。この給付金コースの有効期間は1年間で、授業回数は全部で100回ある。だから1年以内に80回以上出席する必要があって、このためには1週間に2回は出ないと駄目なのである。もちろんゴールデンウィーク、盆休み、年末年始関係なくである。やっぱりリタイアする人も、そこそこいるらしい。俺はそうならないように、頑張って行こう。
NOVAのレベル7Cとは?
ネイティヴスピーカーと実際に会話した経験があまりなく、簡単な質問が聞き取れず、答えに詰まりがち。基本的なボキャブラリーや挨拶など、基本的な言い回しを覚える取り組みが必要です。
NOVAのレベル7Bとは?
定型的な用語で自己紹介ができます。簡単にゆっくり話し掛けられれば理解でき、「ハイ」か「イイエ」で答えられます。基本的なボキャブラリーが不足している、または、知識として知っているとしても会話の中で使える活きたボキャブラリーになっていないため、単語や決まったフレーズでなら何とか返事ができますが、自分でフレーズを作ることはできません。話し掛けられた相手の言葉を繰り返すことが多く、母国語がよく混じります。
NOVAのレベル7Aとは?
7Bに較べて会話の中で使えるボキャブラリーが多く、知っている限りの言葉を用いて、日常生活の最低限の欲求を満たすためのサバイバルなコミュニケーションができます。決まった言い回しのフレーズや、また簡単な単語を一つ一つゆっくりと話し掛けられた場合、聞き取ることができます。必要最小限の基本的なボキャブラリーがあり、何とか意志の疎通はできますが、会話の中では簡単な単語の組み合わせでしか話すことができず、センテンスでは話せません。
- 旅行や出張などにおける基本的な状況であれば、基本パターンでの受け答えをしながら対処することができます。
(例えば、旅行やホテルの予約をする、飛行機で何かを頼む、空港の入国審査を受ける、買い物やレストランといった状況での基本的なやりとり)- 社会生活において、簡単な質問や返答の表現を使用して、基本的なやりとり(自己紹介や連絡先を伝えるなど)をすることができます。
NOVAのレベル6とは?
日常的な、慣れたトピックであれば、おぼつかないながらも会話に参加することができます。ゆっくり正確に話されたとき、簡単な短いセンテンスで受け答えができますが、ワンパターンな表現になりがちです。質問には何とか答えられますが、自分から話し掛けることは困難です。日常生活で頻繁に使われる短い言い回しなら聞き取ることができますが、言語特有の音やイントネーション、リズムにまだ慣れていません。日常生活や旅行中に最小限必要な会話力はあります。
NOVAのレベル5とは?
日常的な簡単な場面であれば、相手の主旨を何とか理解し、対処できます。ネイティヴスピーカーの発音に、耳がある程度慣れています。文法や構文は正確さに欠けますが、詰まりながらも、自分の言いたいことを相手に何とか伝えることができます。質問に答えた後で説明を加えたりすることができます。会話の中で知らない単語が出てきても、聞き返しながら会話を続行することができます。ブロークンですが、簡単な日常会話は可能なレベルです。
NOVAのレベル4とは?
単純な日常会話の範囲ではほぼ支障がなく、リラックスして話せます。いくつかのセンテンスを繋いで、ほぼ適切な文法/構文で話せます。ある程度自然なリズムやイントネーション、発音で話すことができます。不得意な分野や会議・議論などの多少複雑な会話でも、相手の主旨を理解し、何とか話の流れを追えますが、まだ自ら議論に参加できるまでのレベルには至りません。
NOVAのレベル3とは?
日常会話は全く支障がなく、文法/構文もほぼ正確に使え、センテンスを論理的に構成しながら話すことができます。会議や商談に際しても、広範な話題に対処できるボキャブラリーがあり、言いたいことをほぼ表現できます。議論の中で相手の論理的矛盾を見ぬくリスニング力があり、異なる意見を持つ相手と論じ合えます。ただし、不慣れで複雑かつ抽象的なテーマについては、自分の意見を組み立て、正確に表現するのに時間がかかります。
NOVAのレベル2とは?
殆どのトピックで、極めて正確な言葉を用いて議論できます。複雑な商談で交渉力を発揮できるだけの理解力と表現力があります。文化的理解が深く、(言葉の運用が原因で)思いがけなく相手のひんしゅくを買ったり、イライラさせたりすることはまずありません。フォーマルな会話でもくだけた会話でも、TPOに応じて対処できます。ネイティヴスピーカー並のボキャブラリーを駆使し、冗談を言ったり、何かを遠回しに表現することも可能です。
NOVAのレベル1とは?
教養と表現力のあるネイティヴスピーカーと対等のコミュニケーション力があります。リスニング力・理解力においても、どのようなシチュエーションでも問題なくコミュニケーションできるレベルです。単にボキャブラリーが豊富で表現力があるだけではなく、文化的な知識の深さにおいても優れており、お互いの文化的背景を理解した上でコミュニケーションできます。多少の「訛り」があったとしても、ネイティヴスピーカーと間違われてもおかしくありません。
7月13日
英語の給付金コースは毎週2回で同じ曜日の同じ時間に設定されている。この時間に行けないと他の曜日に切り替えることができる仕組みである。英会話はけっこうおもしろいぞ。いろんな職業の人と話ができるからだ。俺は基本的に話が好きな方ではないので、会話の勉強にもなる。
毎回出席する生徒も、教えてくれる先生も違う。先生の出身国は様々で、米国、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、香港などである。俺は今まで自分はある程度は英語がしゃべれるぞ、と多少は思っていたが、それが大きな間違いであることが分かった。
確かに外国に旅行にでかけたり、駅で外人に話しかけられて答えることはできるが、普通の会話をする難しさを今身にしみて感じている。つまり日常家や会社で会話する内容を英語に変えて話することができるのか、ということだ。まずできない。
先生から言われることは何とか理解できる。けど話している単語はよく分からない。そう単語は分からないけど、何が言いたいのかは分かる程度だ。海外に行って買い物したり話をするとき相手が何か話しかけてきて、何て言ったのかは分からないが、意味は何となく分かるという感じだ。それが今のレベルである。
しかし英会話というのは本当におもしろい。NOVAで勉強を始めて英語で話す面白さが分かってきた。勉強してきたことは家でもう一度内容を確認する。テキストは非常に簡単だ。中学1〜2年生ぐらいの内容以下だと思う。しかし、読むことと話すことは大きく違うのだ。
テキストを読むともちろんすぐに理解できる。けどそれを話すことはすぐに出きない。相手の言うことも何となく分かるが、それに対する回答ができない。まずは単語を知らないのだ。言いたいんだけど、言えない。この辺がすごくもどかしいのだ。
もっともっと単語を覚えなくてはいけない。そうでないと簡単な話ですらできないのだ。
そういえばこの前、妻に言われたよ。休みの日ぐらい家庭をかえりみてと、普段は帰りが遅いんだから。
俺には返す言葉がない。平日は仕事に英会話で家に着くのが平均21時40分頃。会社の付き合いもよくあって、そのときは23時ぐらい、時々午前様。そしてたまに夜にもテレビの打ち合わせ、土日に撮影があったりとする(滅多にないんだけど)。
何もない土日はいつも家にいて、家族みんなで買い物にいったり、平日も何もなければ早く帰るように心がけているつもりだけど、まだまだ俺には足りないんだろうな。仕事も趣味(最近、テレビに出ることを新しい趣味に加えた)も今しかできないことかもしれないけど、やっぱり産まれたばかりの赤ちゃんを育てることも今しかできない。これからは週に1回は早く帰る日を作らなきゃいけないな。
自分の性格からいくと興味を持ったらけっこうのめり込むタイプだから周りの状況をよく考えてやらないとだめかもしれないな(やっぱり妻の一言は重要だ)。他の人によく、アクティビティですね、そんなにいろんなこと、どんどんよく出きるね、と非常に驚かれるときがある。
あまり書くと自画自賛の世界に入りそうだからやめるとして、けど俺から見ると世の中には、もっとアクティビティな人がたくさんいて、俺自身はまだまだ全然凡人、まさに普通の家の住人だと思っている。ノーベル賞を受賞した人間なんて朝から晩まで一つの研究に没頭していると思うし、吉本興業の中邨会長など、パチンコ屋と小さな演芸場しかやってなかった吉本をここまで大きくしたんだし、世の中にはすごい人々がたくさんいる。
そういう人たちの話を聞くと、やっぱりわくわくしてくるし、俺はまだまだ努力が足りないなとか、考えてしまう。こういう話を書くと終わりがなさそうだからもうやめるけど、1回しかない人生だからやっぱり何事もがんばっていきたいな。家庭も仕事も趣味も。
9月14日
9/5(木)〜7(日)にサイパンに行ってきた。さて、英会話の実践編である。NOVAで勉強している言葉が使えるのか。楽しみである。
子連れ海外旅行第二段である。自分と妻はマイレージの無料チケットが取れたので飛行機の料金は子供2人分だけでよかった。ホテルにはインターネットで予約を入れていざ出発。我が家から成田空港までの移動だが、子連れ旅行で交通機関を利用するとトイレやおむつ交換など大変なのでマイカーで行った。朝5時40頃に家を出発して、タイムズの駐車場に6時50分頃に到着した。そこで車を預けて専用バスで空港まで送ってくれるのだ。タイムズとはあの時間貸し駐車場で、もちろんその料金システムは時間制で、4日間ぐらい預けるなら、けっこうお得になるのだ。タイムズへの予約もインターネットで簡単にできる。
僕は今からどの飛行機に乗るのかな? たくさん飛行機があるからおもしろいな〜。
飛行機はノースウエスト。座席は2階席のビジネスクラスを取った。去年俺がアメリカに行ったときに、この座席が気にいって、今回も優先的に確保したのだ。座席は広いし、座るとすぐにシャンパンなどの飲み物サービスがあるのだ。1階のビジネス席に比べると前後の座席間隔もかなり広めに取ってあるのだ。なんといっても元ファーストクラスだから。
しかし、マサキにとっては贅沢すぎる座席だなぁ。
飛行機の離着陸は赤ちゃんにとっては過酷だ。耳がつ〜んとくるし、重力はかかるし、揺れるし、大人でも多少構えてしまうぐらいだから。実は俺にとっても今回の離陸は過酷であった。飛行機に乗る前にトイレに行ったのだが、既にアルコールを何杯が飲んでいたので俺は飛行機が動く前からトイレに行きたくなっていた。しかし俺の心の中で、まぁ、すぐに水平飛行になるから大丈夫だ、と考えていたがあまかった。そう、何でアルコールを何杯も飲んでいたかというと、ビジネスクラスの利用者は空港のラウンジを利用できるのだ。このラウンジにはあらゆる種類のアルコールが置いてあり、すべて無料で飲める。おまけに軽食も無料で食べれるのだ。ここを参考に。俺は調子にのって短時間でビールを数杯飲んでいた。
飛行機が動き始めて、席を立ってトイレにいくのは、かっこわるいので俺は我慢しようと思った。まぁ、すぐに飛び立つだろう。ところが飛行機はちんたらちんたらと、滑走路を動くだけで飛ぶ気配がない。ようやくアナウンスで、「あと2台あとにこの機は飛び立ちます」、と聞いた瞬間、あと2台なんて待てないや。もう俺は我慢ができなくて、恥を捨ててスチュワーデスに言った。しかし一言、「もう離陸しますので使用できません。」と、俺は顔が真っ青になるのを感じながら我慢に我慢を重ねていた。こんなことならすぐに行けば良かった。しまったな、と悔やんだ。窓際に座っていたが外の景色なんて全然目に入らなかった。俺は半分固まりながら耐えていて、ようやく飛行機が水平飛行になって(俺が勝手に判断して)真っ先にトイレにかけこんだ。助かった。みなさんも飛行機に乗る前にはトイレに行きましょう。今年はこれをモットーにしようと、トイレで真剣に考えていた。
飛行機の中の英会話は決まったパターンしかない。キャビンアテンダントが飲み物、食べ物を聞いてくることと、毛布が必要な人は借りることができる。
What would you like something drink?(飲み物はいかがですか?) とか、Beef or fish?(牛肉ですが、魚ですか?)などと聞いてくる。飲み物のときの俺の答えは体外いつもBeer(ビール)と言っている。たまにTomato(トマトジュース)とかPepsi(ペプシコーラ)とか頼む。ただコーラを頼むとき、昔は通じなかった記憶がある。コーラと言っても、コークと言っても通じなかった。
コーラにもダイエットコーラとペプシコーラと、普通のコーラがあった。昔はダイエットコーラーなんて聞いたことがなかったから、いったいなんだこりゃ、と???であった。最近は飛行機の中では通じるから不思議だ。これも英会話を勉強しているおかげかもしれない。
飛行機がサイパンに到着して、降りようかなっと思ったらコックピットのドアが開いてパイロットが出てきた(コックピットは2階にあるのだ)。すると他の客が、スチュワーデスに頼んでコックピットで写真を撮りはじめた。うっ、俺達も撮りたい!。そこでスチュワーデスに頼んで、写真を撮ってもらった。
なかなかいい体験ができたもんだ。以前お願いしたときはできなかったのにタイミングが良かった。コックピットは意外に狭くいろんな計器類が並んでいる。マサキも大喜びだ。
常夏の島サイパンに到着。日本との時差は1時間で、サイパン時間では15時、日本時間では14時である。
そうだ、そうだ、俺の本当の目的を忘れるところだった。俺は遊びに来たのではない。英語を勉強しに来たのだ。さて、今からタクシーに乗ってホテルに向かわねば。
ようし、タクシーを見つけたぞ。ハロー、ハロー、すると相手は、こんにちは、どこまで行くのですか?
何だ、日本語が通じるじゃないか。俺の英語の勉強が・・・。
タクシーに乗ったのはいいが、この運ちゃん、空港内の別の駐車場に移動して再び止まった。そして外に出てしまった。
おい、おいどこに行くんだよ。そして戻ってくると小さなケースを抱えており、ベィビーヒィヤー。そう、それはベビーシートだ。なんでも飛行場への道路で何カ所か検問をやっていて、厳しいチェックがあるそうだ。サイパン(アメリカ)は、シートベルト、ベビーシートなど車に関してかなりシビアだ。それに違反すると乗っている人も罰金を払わせるそうだ。ベビーシートに赤ちゃんを乗せてないと俺達も$200払わなければいけないそうだ。
この運ちゃんが外に行っている間やベビーシートをつけてる間、料金メーターが動いている。おい、このタクシー本当に大丈夫か。
ホテルに行く途中確かにチェックポイントが数箇所あって、見ると車のトランクまで調べていた。警察官が道路のセンター近くまで出てきて無作為に車を止めようとしている。その場所では、運ちゃんが、「赤ちゃんのシートを固定しろ」とか、「動かすな」とか注文してくる。結局、警察官は俺達の車を通してくれた。運ちゃんはラッキーという言葉を使っていたが・・・。タクシー料金は俺が調べていた$22をはるかに越えた$32だった。ぼったくりか!?
そして目的のホテルに到着。今日から4日間お世話になるハイアット・リージェンシーだ。俺と妻は無料航空券で飛行機代が浮いたから少しランクの高いホテルを選んだ。
日本の旅行代理店を通して予約すると、バカ高いのだ。直接インターネットでたのむと2/3ぐらいになるし、ホテルの会員ならポイントが付いたり、飛行機のマイレージも加算される。ただし旅行会社を通すとだめである。旅行会社に頼むと団体割引が適用されるらしく、包括料金になるそうだ。ところがバカ高い? 不思議だ。
俺はここのホテルを予約する前に会員になり(もちろん無料)いろいろ調べた。すると9/2までに宿泊して、支払いをアメリカンエキスプレスカードですると、次の旅行のとき、このホテルが2泊無料で泊まれるのだ。
けど俺達は9/5以降に宿泊するわけだから特典は受けられないことになる。おまけにアメリカンエキスプレスカードなんて年会費が高いから俺はもってないし。サイパンは暑いし、湿度が高いし、直射日光が体に突き刺さるように痛いのだ。
その日の夜はガラパン地区で祭りがあった。毎週木曜日の夜に行われる祭りでハイアットから歩いて数分のところでやっている。また、サイパンでは日本語がいたるところに書いてあり、英語ができなくても多分大丈夫だと思う。右上の写真なんてムーミン村っていう日本食レストランだ。驚いただろ。
さて、次の日は海に、プールに夏を楽しむことにした。
俺は体中にたっぷりサンオイルを塗って徹底的に焼いたのだ。ハイアットにはプライベートビーチにプライベートプールが整っており、ファミリーには向いているホテルだ。
プールの水深が1.5mとかなり深い。さすがアメリカ式のプールだ。 ショウヤも日陰でのんびりと休憩。
何で僕をこんなところに連れてくるんだよ。僕は涼しいところがいいよ〜。
いぇ〜い。サイパン最高。
どう僕のサングラスかっこいいでしょう。
ティガーのサングラスをパパとママに買ってもらったんだ。
ショウヤも大喜びだよ〜。
今回はホテルで英語を使う機会が多かった。サイパンの人は日本語を使う人が多いと思っていたのは大きな間違いだった。最初の一言は日本語だが、あとは英語でしゃべってくるのだ。日本語ができると思って日本語でしゃべろうとすると、相手はちんぷんかんぷんなのだ。
俺達はホテルを予約の時にベビーベッドをリクエストしていた。英語ではベビーコットというらしい。ちなみにベビーカーはストローラーというのだ。俺は電話でベビーコットを要求した。もちろん英語で。それとショウヤの湯冷ましを作るためにポットも借りた。更にその借りたポットを電源に接続した瞬間、ライトが1度点灯したかと思うとプツリと消え、もう二度とつかなくなってしまった。しょうがないから、それも英語で説明した。すぐに技術担当がきて直してくれた。いや〜なんかトラブルが多いな。しかしよく考えてみると、今まで何度も海外に行ったが、今回はなんか相手の言っていることが意外に理解できるのだ。おまけに俺の言うことも相手に伝わるのだ。これはもしかするとNOVA効果か。3日目は潜水艦のツアーに参加した。水深15mぐらいの海底を散策するのだ。
まず船で海の真ん中まで行く。そしてそこで待機している潜水艦に乗り移るのだ。そう潜水艦の上は足場が悪く滑りやすい。おまけに艦内は垂直のハシゴを降りて行かねばならないのだ。マサキはスタッフに手渡しで降ろしてもらった。俺はショウヤを抱いてハシゴをこわごわ降りていった。
潜水艦の中は別世界だった。潜水艦のコックピットはかなりシンプル。
珊瑚礁は魚のすみかで色とりどりの熱帯魚がたくさん泳いでいる。おっ、うまそうな魚だ。
あと、第二次世界大戦の残骸がいたるところにあって、沈没船や飛行機がちらばっている。左側の写真は機関銃である。右側の写真はアメリカ軍の戦闘機でプロペラが見えるのがわかる。
海の中を45分間散策した後、俺達は離島に行き魚のえづけに挑戦した。このあたりの魚はあまり人をおそれず、ソウセージを手に持つと30匹ぐらいの魚がわっとよってくる。はっきりいって恐怖の世界だ。マサキはびびっていた。
4日目はマサキと一緒にホテルの周りを歩いた。するとヤシの実や、かわった虫、動物に遭遇した。そうそう、サイパンにはトカゲが多い。歩くと必ず遭遇するのだ。あと、野良猫が多いが、人間をまったくおそれず、近寄ってくる。
みて、みて、変わったトカゲを見つけたよ。いろがミドリなんだよ。ワ〜、しばふとおなじいろだ。
4日間があっというまに過ぎていった。帰りの飛行機でマサキはおねしょをしてしまった。マサキは離陸直後からず〜と眠り続けて、2時間ぐらいたったあと、一言おしっこ、と言うので俺が連れて行くと、おや、何かズボンが濡れているぞ・・・。すでに出ていた。
戻って座席を触るとびっしょりぬれている。あ〜、やっちまった。どうしよう。俺はスチュワーデスに、すいません、子供がおしっこをしてしまいました、と言うと、大丈夫ですよ。座席ごと取り替えますので、と言ってくれて俺はほっとした。
帰りの飛行機でもショウヤの大合唱が機内に響き渡り俺は飛行機の中をぐるっと1周する羽目になった。確か前にグアムに行ったときもマサキを連れて1周したような気がするな。
飛行機も無事に着いて車で家にたどり着いたのは夜の9時20分頃。いや〜、おもしろかったな。これからもまた行きたいもんだ。
2002年11月16日
残念なことがある。本当なら今頃、香港に行ってうまいものを食ってたのに・・・。博士号取得のために国際会議での発表があって、申し込んでいたのだが俺のあまりの英作文能力のなさに英語論文がパスしなかったのだ。うっ・・・、残念だ。そういえば俺がNOVAに行き始めたのも国際会議で発表するためだったのだ。
いったい何のために英会話を習っているのかわかったもんじゃない。おまけに日本語の論文を3本投稿しているのだが、そのうちの1本が返却されてきた。内容に問題ありと・・・。博士を取得するには学会誌に論文が最低2本は掲載されなければならないのだ。気合いを入れ直して頑張らねば。
学会に投稿していた論文がまた1本掲載されることが決定した。これでようやく国内論文2本がパスしたことになり、博士号取得のぎりぎりラインがパスしたことになる。あとは国際会議での発表を行わなければならず、今年の11月にイギリスと新潟で発表を予定している。
ただ、これには2度の審査があって、これら2つにパスしなければならない。1度目の審査は申し込みの時にアブストラクト(概要)を書き、これで判断される。また、2度目の審査は論文作成でその内容及び英文が問われる。この2つにパスする必要があるが、去年の香港での国際会議は、論文作成で失敗した。
今年は、会社にお願いして2つの国際会議に応募させてもらう許可がでた、だから、何が何でもパスしなければならない。去年は俺の英文作成能力があまりにも低かったためにパスしなかったので、今年は徹底的に英語を勉強しようと思っている。
NOVAにも出来る限り通って、英会話能力を高めようと思っている。今年1月に更にNOVAに投資して毎日英会話をできる環境を得た。そのためか、英会話のレベルが1ランクアップできた。ただ、国際会議でプレゼンテーションを行い、質疑応答をこなすためには、あと3ランクは上がらないと駄目だ。多少金はかかるけど、この1年が勝負だから何としてでも頑張らねばならない。
俺はとりあえず毎日英会話に行くように心がけている。給付金コースが週2回あって、それ以外にも30万円以上だして英会話のポイントを150ポイント購入したのでなるべく毎日行くようにしている。英語上達の秘訣は話をすることである。そう俺の苦手な分野だ。話し好きな人は日本語でも外国語でもすぐに上達する。
英語の上達度は話す時間に比例するのだ。だから俺はなるべく英語の環境があるNOVAに行こうと思っているのだ。
NOVAのポイントを買うとき気付いたがスタッフはポイントを購入する前までは営業トークで攻めてくる。しかし購入後はがらっと変わってしまう。恐るべしNOVAスタッフ。そういう教育を受けているのか。まぁ、俺は英会話上達するためにポイントを購入するから、購入する意志があるから俺にはそれほど言ってはこなかった。
けど購入をためらっている人に対してはけっこう営業トークで攻められていた。
5月12日
最近は会社では朝から終業まで、ず〜と英文を眺めていることが多くなってきた。11月に、新潟と、イギリスで発表する国際会議の論文を修正しているのだ。そうそう、両方とも2つある審査のうち、1つ目(概要の審査)はパスしたのだ。2つ目の審査にパスするために、今6ページの論文をそれぞれ書いているのだが、締め切りが先週と今週なのだ。1つの論文(新潟で発表)は念入りにチェックして、もちろんNOVAの外人にも見てもらって投函した。2つ目の論文をチェックするため今日もNOVAに行く予定なのだ。あ〜あ、せっかくの日曜日だというのに。
先日NOVAのスタッフに、「あれ、もうすぐポイントがなくなりますよ」と、言われてしまった。「え〜、俺、だって昨年の12月にポイント買ったばかりなんだけど・・・」、けどよく考えると、購入してから、ほとんど毎日NOVAに行っている。そりゃ、確かにポイントが減っていくよ。おまけに外人講師とマンツーマン(論文のチェックをしてもらうには生徒1人に対して先生1人じゃないと駄目なのだ)を取ると、通常の3倍のポイントが必要なのだ(3ポイントだ)。こいつはでかい。
俺が購入した150ポイントというのは、グループレッスンを1回受けると、1ポイント消化されるのだ。1レッスン40分で、生徒はMAXで3人である。使用期限は3年なのだ。150ポイントの場合、35万ぐらいなので、1ポイントあたり2千数百円である。マンツーマンを取るとその3倍なので7千円はかかることになるのだ。
もうすぐポイントがなくなるということは、通常3年かかって消化するポイントを5〜6ヶ月で使ったことになるのか。うわっ、行き過ぎだ。しかし英語論文が俺には必要なのだ・・・。まてよ、俺はいったいNOVAにいくら金を使ったんだ! 昨年の4月に給付金コースで払って、次に12月に新たに30数万円払って、そして昨日ポイントをまた、買って(実は昨日買ってしまったのだ)。合計すると、100万円を超えているかもしれない。へたしたら車の新車が買えてしまうぞ。しかし博士号取得で英語論文の為に必要なのだ・・・。
俺の安月給でここまで使ってしまうと妻も怒る怒る怒る。俺は決して高給取りではない。並だ。いやまてよ、大学の友人と比べると愕然に安いのだ(この前、このネタでテレビに出たけど、ハッハッハ)。おい、こら笑い事ではないぞ。俺の給料から家族の生活費、マサキとショウヤの保険代、貯蓄など必要なのだ。しかし現実的には貯金などほとんどできてないのだ。会社の人は、「今の投資は将来必ず、それ以上になって戻ってくるんだから」と、言うが現実は、将来への投資と生活のバランスが問題だ。あたり前だが、あまり投資しすぎると生活できなくなってくる。こりゃ、バイトを考えないと駄目かな!(本格的にテレビ出演を考えるか。無理、無理。)
結局、妻には11月に国際会議で発表があるから、今が非常に重要な時期ということで説得して、NOVAのポイントを買ったのだが・・・。家族の生活もよく考えなくてはいけない。家庭がきちんとできてないのに会社でうまくできるはずがない!ここは計画的に物事を考えなくてはいけないのだが・・・。
ただ、毎日外人と話をしているためか、多少は英語にも自信が持てるようになったし、多少英文も書けるようになった。しかし国際会議で発表できるレベルにはまだまだ到達できない。もちろんNOVAだけでなく、会社への行き帰りは必ず英語のテープを聴いているし、家に帰ってからもニュースは英語で、テレビの洋画はできるかぎり英語で聞こうとしている。我が家の壁にはベタベタと英語が貼ってあるのだ。トイレにはよく使う英語の形容詞が貼ってあり、妻にも、「これ以上貼らないで」と、言われるぐらい貼ってある。マサキにもときどに英語で話しかけるが、すると、「パパ、英語で話さないで、よく分かんない」と言われてしまう(ハッハッハ)。本当ならば24時間英語で聞いて、話す環境にいたいのだが、現実的にそれは無理だから、なるべくそういう環境になるように努力しよう。これからHPも英語で書こうかな? けどそうしたら誰も読まなくなってしまうな。ちなみにHP(ホームページ)は英語ではwebsite(ウェブサイト)という。知ってた。
国際会議の道は厳しいな〜。
5月17日
先日、NOVAでレベルアップの推薦状をもらった。それで今日の日曜日は筆記試験を受けに行くのだ。これに受かるとレベルがワンランクアップするのだが・・・。ただ、毎日通っているだけあってなかなかいいペースでレベルが上がっているように思う。昨年の4月に入会したが、同時に入った後輩と2段階の差がついたのだ(自慢するな!もしも今日の試験に受かったらの話だろう〜)。NOVAで一緒のクラスの人にも言われた。「え〜、もう上にアップするの? 早いな〜」。こういうときには必ず謙遜しなければならない。「上で待ってますので。」 「・・・。」 どこが謙遜なんだよ!
後輩はスタッフに怒っていた。なぜ自分は常に同じレベルなんだ、と、確かに1年以上続けているのに同じレベルなのはおかしい。やる気がなくなってくるだろう。特に同時に俺と一緒に習い始めて2ランクも差がついたら、俺だって思うだろう。
そして不思議なのは文句を言ったら、すぐその後にレベルアップの推薦状がでた。おいおい本当かよ。能力がないのにレベルアップせずにいるのは嫌かもしれないが、能力がないのに上のレベルに行くとかなり大変である。後から非常に苦しむことになるのだ。
周囲の人は自分よりレベルが上だから、話ができる。それについて行くのはけっこう大変だ。レッスンにいくたびにショックを受ける。自分より若い人がペラペラと話して、その人の言うことが理解できないとくやしいのだ。そのくやしさをばねに変えて、ようし俺も頑張るぞ、と思える人はいいけど、そうじゃない人は挫折してしまう。
自分はこれだけ勉強したのに全然うまくならないや、だったら続けていても意味がないや、やめてしまおう。英会話をやめる理由の1つはこれである。習い始めたころは面白いが、しばらくたつと飽きてくる。そして行かなくなると話しができなくなる。だからまた次行くまでにも時間がかかる、ようやく大分たった頃に勉強に行くが更についていけなくなっている。
それで行く気がうせてしまうのだ。ほとんどの人がこれが理由でやめている。英会話の上達は話すボリュームであることは前も書いた。話せば話すだけ頭に英語がインプットされて上手くなるのだ。だから継続が大切だ。英会話をやめればどんどん話せなくなっていく。だから英語のできる環境を常に作り続けるのが上達の近道だ。
俺は他の生徒に、「毎日来てますから」、なんておこがましいことは絶対に言えない。たいていの人は週に2〜4回(1回40分の授業)ぐらいだ。へたしたら2週間に1回程度しか来てない人もいるだろう。それに対して俺は週に8〜10回ぐらい行っている。多いときは15回ぐらい。そう、けた外れに多い、いや、多すぎる。英語のクラスで、「いや〜、偶然ですね。いつもお会いしますね。」と、ある人が言ってきた。俺は、「そうですね。」と軽く受け流すが、これは偶然会うのではないのだ。そう俺は毎日通ってるから。
少し前までは会社の中で朝から終業まで、ず〜と英語の論文を書いたり眺めたりしていた。そりゃ、お前がレベルアップするのは当然だろう。それだけ英語に接する時間が多いんだから。あとお前はNOVAに、いくらお金をつぎこんでいるんだよ。ふ〜う、これを考えると自己嫌悪に陥ってしまう。
しかし例え今度レベルが上がったにせよ国際会議で発表するにはまだまだ駄目なのだ。あと1〜2ランクは必要なのだ。さて、これからも過酷な英語漬けの日が続く。俺は夢の中で、一生懸命に英語で何か説明している場面をよく見る。この難しい意味をどうやって英語で説明しようかなって考えて、考えて、考え抜いている。次の日、朝起きると頭が痛い。なんて充実した夢なんだろう。夢の中まで英語を勉強するなんて。俺を気分よく寝かせてくれ! そうそう、昨日の夜は久しぶりに金縛りにあった。体が疲れていて、脳が興奮しているときに俺はよく起こる。昨日はテスト勉強の為に英語を朝からできるかぎり見ていたからだと思う。
ここまで読んで、あんたこんなに無理してやってバカじゃねぇの、と思う人がいるかも。けど、俺の目標は脱普通の人だからしょうがないのだ。以前も書いたけど、世の中すごい人がいっぱいて、俺なんてとうていまだまだあまい。努力が全然足りない。
5月31日 英語レベル5にUP (習い始めから1年経過)
NOVAのレベルアップテストに無事に合格した。けど、授業がきつい! みんなよくしゃべるよ。止まることなくしゃべり続けるから、俺は話すことができない。ときどき先生が俺のほうにふってくれるけど俺の場合は少ししゃべったら終了。ネタがなくなるわけじゃなく、単に他の生徒のようにしゃべり続けることができないのだ。他のやつは思ったことを瞬時に英語にして話すことができるみたいだ。すごい。本当に俺はこのレベルなのかな? なんにせよ他のやつに負けないように今日も英会話に行かなくては。
6月15日
英会話のレベルが上がって2週間ぐらいたつけど、だいぶ慣れてきた。レッスンでは何度か同じ人(生徒)に当たって顔見知りにもなったし、彼らがどれぐらい話せるのかも大体分かってきた。慣れてきたらこっちのものである。何にせよほとんど毎日行っているから相手がこのレベルを1年続けていようが、とにかく俺は関係なく話をするのだ。そう恥ずかしがらずに話すことが大切だ。俺は2週間前にこのレベルに上がったばかりだ、どうだと、堂々としゃべるのだ。ここのレベルの人はみんなよく話す。これに負けないためには、人が話す前にしゃべるのだ。この前長い間このクラスで勉強しているベテランの人にも、「慣れてますね」、と言われてしまった。習うより慣れろなのだ! 俺は文法がいまいちだがそんなことは関係ない。前回、レベルが上がったときもそうだった。上がってすぐは、「俺は本当にこのレベルなのかな」と、思ったが結局すぐにクラスに慣れてあっという間に今のクラスに上がった。このクラスでも頑張るぞ。
レベル5というのは、以下のことができるレベルとなっている。
NOVAのレベル5とは?
日常的な簡単な場面であれば、相手の主旨を何とか理解し、対処できます。ネイティヴスピーカーの発音に、耳がある程度慣れています。文法や構文は正確さに欠けますが、詰まりながらも、自分の言いたいことを相手に何とか伝えることができます。質問に答えた後で説明を加えたりすることができます。会話の中で知らない単語が出てきても、聞き返しながら会話を続行することができます。ブロークンですが、簡単な日常会話は可能なレベルです。
このレベルだと自分がけっこう英語が話せるな、と感じるレベルである。とりあえず相手の言うこともある程度は理解ができるし、自分の言いたいことも言うことができるのだ。
習い始めた頃のレベル7Aだと話をしたいが単語が思い浮かばないことが多かったので会話としては成り立たなかったが、今はとりあえず限られた単語の中で言いたいことが言えるレベルである。けど隣のブースでレベルの高い人の英会話を聞いていると、話すスピードがむちゃくちゃ速い。俺は一瞬外人同士の会話だと思ったぐらい、すごい。俺にそこまでの能力が本当に身につくのだろうか。
6月28日
先週英語のビジネストークショーというのが大手町の日経ホールで開催されたので聞きに行った。うまくいけば、実はそこで英語でスピーチができていたのだった。それも600名の大衆の前で・・・。今考えると俺程度の英語レベルでスピーチをするのは、無謀なチャレンジだったかもしれない。運良く?俺は選ばれなかったけど、もしも選ばれていたら大騒ぎだったかも。だってたったの10名しか選ばれないのだから。う〜ん、残念だ。スピーチの時間はたったの3分だけど、みんな表現力、迫力があってうまい。俺も英語論文がパスすれば国際会議で発表するわけだが、その予行練習にと考えて応募したのだが俺の今のレベル程度では全く歯が立たないように改めて感じた。ちなみに優勝した人の職業は翻訳家だった。副賞は成田ーニューヨーク間のビジネスクラス往復航空券。実は俺はこれを狙っていたのだが・・・。
ついでにもう一つ、英語の話題を。太田区産業プラザで留学生交流会に参加してきた。これは日本に来ている留学生と区の職人さんとの交流会で、題して、「職人さんたちの英会話」。これを主催する団体は将来的にNPOに発展させたいとかで、NHKの取材アポもあったそうだ。しかし今回は参加者の中に取材を拒否された人がいてなくなった。留学生との会話は普段の英語の力を試す良い機会で、NOVAパワーを十分に発揮することができた。
7月5日
国際会議で発表する論文の1つが審査の結果、合格となった。これで11月にイギリスで発表できることが決定した。やったぜ〜。この論文は同時に学会誌にも掲載されるので、学会誌に掲載される論文は合計3本となり、博士号をほぼ取得できるラインまで到達した。ただもう一つの新潟での国際会議の結果がいまだに出てこないから、もしかするとこっちは不合格かも。くそっ、残念だ。
今後は、博士論文を120ページほど書き上げなければいけないし、あと国内の学会発表が9月と10月にあるからその準備に追われて忙しくなる。あと、NOVAもビジネスコースを平行で受講することにした。このコースはビジネスに必要な英語を勉強できるのだが、プレゼンのやり方も教えてくれるそうだ。こうなったら何が何でもイギリスでの英語発表を成功させなくては!
7月12日
新潟で発表する国際会議の論文が予定より1ヶ月遅れで結果が出てきた。合格だった。なんだよ〜、合格ならもっと早く連絡くれよ。これで学会誌に掲載される論文は4本となった。こうなると、11月はスケジュールがぎっしりになってくる。11月2〜4日に新潟の発表、12〜?日(まだ未定)に博士号の予備審査、16〜22日にイギリスでの発表と続くのだ。おまけに国際会議は2本とも内容が違うから英語の原稿をそれぞれ作り、何度も練習して頭に入れる必要がある。きついな〜。しかし俺が選んだ道だから、しょうがない。
英語論文が2本合格すると1年以上かけてNOVAに投資してきたことがムダでないことが分かった。おそらく外人講師に文法チェックを徹底的にやってもらったからだろう。感謝。感謝だ。ある国立の研究機関の人は、イギリスの論文のチェックが厳しいと嘆いていたそうだ。かなり修正が入ったらしい。けど、俺の場合は全く修正が入らなかった。
しかし将来的には、外人の力を借りずに正確な英語論文をやっぱ作成しないといけねぇな〜。
7月26日
先日外人と飲む機会があった。俺にとっては絶好の英会話の練習であった。彼は元NOVAの先生で俺の論文をチェックしてくれた人でもあるのだ。NOVAの規定では先生は生徒とプライベートで付き合うのは禁止しているらしく飲みにいくことは一切できなかったが、彼がNOVAをやめて他の英会話学校に変わった為にOKになったのだ。俺達が行ったのは高田馬場のイングリッシュバーで彼のおすすめの店である。なかなか雰囲気のいい店で、バーテンダーはイギリス人。日本語は達者なのだ。ようしまた暇を見つけて行ってみるか。
9月21日
先々週ようやく1つの学会発表が終わった。来月に富山で1つ行われて・・・、え〜と、あと11月まで残り4つの発表がある。1つ1つ着実にこなしていかないと駄目なのだが、大学の先生からは、博士論文を早く書け〜、と催促がくるし、学会に投稿している論文の回答書も期限付きだから早めに作らねばならない。おまけに11月にある英語の学会発表の原稿を2つ平行して作らねば(先週は会社が終わった後、高田馬場まで外人の英文チェックを受けに行ったのだ。しかしまだまだ作らねばならない)。更に自分の仕事もしなければ当然周囲から文句を言われ・・・、と今が一番忙しい時期だ。今の最優先は博士論文で、あと残り40ページを今月中に仕上げなくてはならない。とりあえず80ページまでは書いたがこうなると休みどころではない。かといって英会話をさぼるわけには行かないから、夜の7時30〜9時まではNOVAの時間となる。おまけに休みの日はマサキ、ショウヤと遊ばねば。これも大切な仕事だ。そうそう、最近またモデルの撮影があったのだが、これも俺にとっては貴重な体験だから断れないし(もしかすると来年JRで俺が見れるかも!)。もっともっと時間をくれ〜。今だけでいいから。
11月15日
いや〜、日付を見ると1ヶ月近く更新してなかったな〜。誠にすいません。
まず、5日に新潟で国際会議があった。これは主催しているのは日本機械学会といってかなり大きな団体で発表者が200名近くいてかなり大がかりな国際会議であった。俺も前日まできっちり練習をやっていたが、学位論文の修正や資料の作成にプラスして、俺の記憶力のなさもあって、結局一部発表内容を資料に書き込んで話すこととなった。とりあえず、15分の英語のスピーチはなんとかできた。しかし、その後の質疑応答が大変だった。
一人のインド人が質問してきた。「I'm ・・・slaid・・・」?? 俺には聞き取ることが出来なかった。や、やばい、みなさんもテレビや講演会で見たことがあると思うので、この雰囲気を分かってもらえると思うが、普通、質問があったら発表者は、「はい、そうですね、・・・。これは、・・・こうなります。」など、即答しなければならない。それが、答えに困って黙っているのでは、発表者としては最悪の状態なのだ。俺は、まず何を言ったのか聞き取れないので、とりあえずもう一度言ってもらうことにした。すると、インド人がまた、「I'm ・・・slaid・・・。」ときた。うわぁ、こりゃやばい。本当に、分かんないぞ! どうする。
俺の頭がフル回転して、どう対処するか考えた。冷静に考えるとNOVAの中でもよくあるシチュエーションであることに気付いた。外人の先生が俺にしゃべりかけてきたとき、俺は意味が分からないが、部分的な英語は聞き取れる。あるいは早口でしゃべる先生の場合も同様で、聞き取れた単語から推測して話をまとめる。そう、「1つ飛ばし法」と俺が勝手に言っているのだが、集中して全ての単語を理解しようとするのではなく、1つ飛ばしで単語を理解していくのだ。早口の先生の場合は特に効果的だ。1つの単語を言われて頭の中で考えて理解している間に次の単語がくるから俺の頭が間に合わないのだ。だから意識して1つ置きに単語を理解しようとする。そうすると意外に分かるのだ。
もう一度改めて聞き直すと、いくつかの単語をしゃべっているのが聞き取れた。「slaid」スライド?そうだ、分かったぞ。インド人の言っていることは、このスライドのことを聞きたがっているのか。俺は水を得た魚のように、ぺらぺらと解説を始めた。ところがインド人の反応がにぶい。・・・。おい、俺の言っていることがおかしいのか、それとも俺の英語が意味不明なのか? するとすかさず座長が、「slit」と言ってくれた。スリット?、何?、スライドじゃないのか。俺は大きな勘違いをしていたのだった。インド人が言いたかったのは、「このスリットの役目は何か」、と聞きたがっていたのだ。俺は冷や汗をかきながら、その簡単な質問に回答した。
発表前、俺は実はひそかに全ての質問に堂々と回答する自信があった。なんにせよ1年以上英会話に習っていて、おまけにできる限り毎日行くように努力しているのだから、相手の言うことはある程度理解でき、きっちり回答する自信があったのだ。それが、見事に崩れ去っていった。「ガタガタガタ」。
ショックを受けてる暇はなく、座長が直々に次の質問で攻撃をかけてきた。「I don't understand the figure. What did you draw it?」。おや、待てよ、俺は何でこんなに座長の英語を簡単に理解できるんだろう。次の瞬間俺は即答していた。座長はすぐに納得してくれた。そう、そのときに俺はようやく気付いた。そのインド人の発音が異常になまっていることを。非常にくせのある発音で、後から聞いた話。他の発表者も、その人の質問にはかなり苦戦していたそうだ。とりあえず発表が終わり会場から拍手がおこった。「ようし発表が終わったぞ!」 そのとき、俺は心の底からそう思った。
全ての発表が終わった後、俺はリベンジに行くことにした。そう、もう一度そのインド人としゃべろうと、名刺交換に行った。が、撃沈された。やはり何を言っているか分からないが、「おまえの発表は良かったぞ。」と、言ったのだけは聞き取れた。そうそう、これはまた後の話になるのだが、インド人からメールがやってきたのだ。おいおい、俺とメル友になりたいのか。とりあえず挨拶程度で返したのだが、・・・。このインド人はただ者ではなかった。インドの中でもトップレベルの大学の教授だったのだ。この話は進行中でまた書きます。
さて、発表も終わったから、のんびりしようか、などと言っている暇はないのだ。12日にもっとも大事な博士の予備審査があるのだ。あと1週間しかないのにまだ原稿が完全には出来てない。おまけに原稿ができてないからスピーチも覚えてない。そうこの審査は45分間のスピーチと30分の質疑応答があって、合格不合格が決定される重要な審査なのだ。もしこれで不合格となったら博士号は取れないのだ。
以前も書いたけど博士を取るには3つの審査があって、「資格審査」、「予備審査」、「本審査」と全てに合格しなければならない。その2つ目の重要な審査である。俺はこのとき平均睡眠時間が4時間で、徹夜の日もあって半分気力だけで生きていた。会社の人にも顔色が悪いと言われていた。しかしこれだけ重要な目標があると、それどころじゃない。俺は審査の4日前に原稿を完成させて、それから45分間のスピーチ内容の記憶を始めた。先週発表した英語のスピーチはもう頭になかった。発表の前日までに9割ぐらいは覚えた。そして残り1割も適当に話をつなげれば、なんとか原稿なしで話をすることができるようになった。もう、こうなったら、身を天にまかせるしかない。あれ、そういえば質問対策は? まぁ、俺が今までに学会で発表してきた内容だから臨機応変に答えるしかない。
発表の時、12日午前中、5人の大学教授の前で俺は緊張しながらスピーチをしていた。今までの経験も多少あって滑らかに発表は終えた。その後、恐怖の質問攻撃だ。と思っていたが、するどい質問はなく、俺の書いた博士論文のアドバイス的な意見が多かった。「ここは、こういうふうにしたほうが良い」とか「これを追加したほうがよい」など。あっという間に30分が過ぎていった。その後、審議のために俺は外に出て結果を待つこととなった。もしここで不合格なら俺が2年半やってきたことが無駄になってしまう。しばらく経ち俺はまた部屋の中に戻った。結果は「合格だ」。やった〜。この瞬間、博士の内定が得られた。あとは来年の2月の本審査、すなわち公聴会を残すのみとなった。ただ、ここで受けたアドバイスの中には実験を再度行う必要もあってまだまだ油断はできない。学位を授与するまでは気を引き締めてかからねば。ちなみに学位授与式は来年の3月である。
さて、発表も終わったから、のんびりしようか、などと言っている暇はないのだ。19日にイギリスのブリストルでまた国際会議があるのだ。明日16日に成田を出発予定なのだ。イギリスでは15分間の発表と5分の質疑応答と新潟と同じパターンだ。今まで予備審査に全力を注いでいたからイギリスの準備が遅れている。スピーチの内容はこれまでにNOVAでチェックしてもらってある程度はできているが、いまいち納得できない。その原稿を覚えようとしているがまだ4割程度だ。やばいぞ。こりゃ、発表日までホテルに缶詰だ。とほほ・・。帰国は23日でほぼ1週間でかけることになる。なんにせよ、これまでやってきた英語の成果を試すときがきたのだ。ようし、本場のイギリスで確かめるぞ。
これから1週間、家を空けるから子供の世話でまた妻の仕事が増えてしまう。ここまで俺がやってきたのも妻のおかげだと思う。朝は5時30過ぎに家を出て、家に帰ってくるのは22時前。おまけに土日も英会話に撮影にと家を空けることが多い。英会話の費用なんて毎月10万円ぐらいは使っている。妻は文句は言うけど、快く俺の好きなようにやらしてくれている。このことは非常に感謝している。今回国際会議の論文が合格して発表できることになったのはNOVAで細かい原稿のチェックした為だと思う。更にこの2つの国際会議で発表できることが決定したことにより博士号を取得できる論文数が確保でき、内定がもらえたのだ。これより俺がNOVAで英会話を習っていることは間違いでないと思う。
しかし、土日に出かけるときに、よくマサキが、「パパ、僕と遊ぼうよ。」とやってくる。最近はマサキ、ショウヤを遊ぶ時間が少ない。またマサキは、「マサキはねぇ、パパに保育園に迎えにきてほしいよ〜。」と嬉しいことを言ってくる。この前聞いたら、妻が、「早く学校を卒業して欲しい・・・。」と言っていた。1人で夜、子供の面倒を見るのはかなり疲れることは傍目に見ていて分かる。妻と子供は俺が博士になり、社会で活躍する人間になることを喜んでくれると思うけど、それより家で父親としての役割を望んでいることのほうが大きい。当然だろう。そのバランスが重要だと思う。一段落したら自分のやりたいことは小休止して家族の為に時間を使おう。イギリス出発前に感じた一言でした。
11月31日
11月16日〜23日まで国際会議で発表するためイギリスに行ってきた。成田を出発し、オランダで飛行機を乗り換えて目的のブリストルまで17時間かかった。かなり長い旅だった。宿泊先に到着した後に分かったことだが、2泊分の予約が取れてなかったのだ。オーナーの話によるとその2泊は国際会議のため満室になっているとのことだった。しかたなく次の日、宿泊先を探すことにした。ブリストルの中心にあるインフォメーションセンターまでバスで行き、スタッフに宿泊施設の名簿を見せてもらって安いところを中心に電話で空いているかどうかを探してもらった。その中で30ポンドという日本ではビジネスホテルなみのB&Bが見つかった。ちなみに日本円だと5800円ぐらいである。また、B&Bというのはホテルよりワンランク下の宿泊施設で「Bed&Breadfast」の略である。いま泊まっているところもB&Bで、毎朝おなか一杯の食事が食べられるのである。しかし風呂はシャワーしかなくバスタブはついていなかった。それでもこのB&Bは48ポンド、日本円で9600円もするのだ。高すぎるぞ〜。イギリスは全体的に物価が高いのだ。
俺はホテル探しをのんびりしている暇はなかった。発表の原稿が完全にできあがっておらず、当然ながらその内容も覚えてないので、B&Bで修正しなければならなかったのだ。結局、発表の直前まで缶詰になり、前日に原稿ができあがり、その後、半日かけて覚えて、発表に挑むことになった。時差の関係で日本とイギリスでは昼と夜が逆転しており、朝目が覚めるのが決まって明け方の4時ぐらいになっていた。日本では午後1時ぐらいである。だから昼間は他の人の興味のある発表を聞いて、夜と明け方から午前中にかけて原稿の修正を行っていた。発表が終わるまでは睡眠時間は3〜4時間ぐらいだったがそんなのは全く苦ではなかった。それより何より発表が気になって寝るどころではなかった、例え眠くなって寝たとしても、原稿を懸命に覚えている夢や、質問が聞き取れない夢ばかり見た。
他の人のプレゼンテーションを聞いて英語の聞く力をつけようとしたが、後ろで聞いていると、あまり内容を理解することはできず、また質問の意味もほとんど分からなかった。こんなことで俺は本当に発表ができるのか、例え発表が出来たとしても質問に答えることができるのか、かなり不安であった。NOVAで勉強してきたことが多少は身に付いたと思ったが、まだまで勉強不足であることを実感した。ただ通常の会話はある程度こなすことができ、B&Bの予約、オーナーとの簡単な会話などは問題なかった。俺が昨年海外旅行に行ったときのことを考えるとはるかに進歩していた。発表は9割が大学関係者が占めていて自分のような会社の人は少なかった。しかしよく考えると自分も大学生だから同じか。日本人の発表は下手で大学の先生でも練習不足なのか詰まりながらしゃべったり、原稿の棒読み、また質問の意味が理解できず答えることができないのが目立った。まさに英語の不得意な日本人である。質問者の中にはかなり鋭い突っ込みをいれる先生もいて、もし俺が質問されたら何て答えようなどと考えながらいつくかの発表を聞いていた。
発表の当日、時間が夕方の5時20分であった為、午前中に少し練習をして、昼過ぎから前の人達の発表を聞いて自分の調子をベストな状態になるように保っていった。俺の発表のとき、念のために原稿を手で持ち前に立った。発表会場は2つあって俺が発表したのはブリストル大学の中の伝統ある教会である。今月2度目の国際会議とあって、前に立つとほとんど緊張することなく、司会者の英語も意外にクリアに耳に入ってきた。やっぱり前に立つと集中力が違うのかな? 司会者より自分の紹介があり、スピーチが始まった。今回は多少余裕があってスクリーンを見て話すだけでなく、聞いている人達の顔を観察しながら発表をすることができた。全ての発表が終わった後、質問が始まった。韓国の大学の先生からである。「You're nice presentater・・・」と、「おまえのプレゼンは良かったぞ・・・」と、誉められたあと質問があった。これも前に立って集中していたことが理由なのか分からないが、意外に聞き取りやすく、簡単な内容であった為、すぐに回答することができた。しばらくの間、この先生とやりとりを行い、つたない英語で説明を行った。次の質問が無かったため発表がそこで終了することになった。終わったぞ〜。11月に3件の発表があったが、その最後の発表を済ませて、ほっとした瞬間であった。
その日の夜、テレビをつけた俺はブッシュ大統領がロンドンを訪問中であることに初めて気付いた。また、トルコのイギリス大使館がテロのため爆破?されていたことも初めて分かった。街を歩くといたるところに警官が立っていて、あっちこっちでデモをやって大騒ぎしている。今までほとんどB&Bに缶詰になっていたから周りの状態が分からなかったのだ。
次の日、別の宿泊先に移動した。その部屋を見て驚いた。トイレがないのだ。おまけに風呂がない。いったいどうなってんだ〜。俺はB&Bの人に聞いた。すると共同トイレで共同浴場で、もちろん浴槽はなくシャワーだけということだった。前の宿泊先よりもっと悲惨であった。おまけに朝飯は自分でコーンフレーク、パンを焼いて、コーヒーを入れて食べるのだ。前の方が良かったと、そのとき改めて思った。しかし、もうどうしようもない。これも1つの経験だと思って俺はあきらめた。
もっといろいろ書きたいけど・・・、最後にイギリスで見たショッキングなことを書きます。予定していた工場見学が中止になり俺は電車で近くの街を見に行くことにした。その途中、駅の構内で俺は人が逮捕されるのを初めて目撃した。女の子が2人の警官にドラッグの不法所持で逮捕されるところであった。俺が気付いたときにはもみ合いになっている最中だった。その子は見た感じ10代で大暴れしながら、「離せ、バカヤロ、このくそったれ・・・」と、警官に対してひどい文句を言いながら逮捕されていた。まさに映画のワンシーンを見ているかのようであった。逮捕されて連れて行かれる間中も、「くそったれ、このヤロ〜」、などとずっと叫び続けていた。
その後、俺は22日の朝にブリストルを出発し、翌日の朝に無事に成田に到着した。とりあえず11月のハードなスケジュールを終えることができて良かった。帰った後、うれしい封筒が届いていた。NOVAでレベルアップコンテストというのが年に1回あって、先月それに応募していたのだが、受賞したとの返事が送られてきた。このコンテストは、NOVAで勉強した結果、自分にはこんなことが達成できたとか、外国でこんな経験したとか、を原稿用紙に書いて応募するのだ。俺はNOVAのスタッフの薦めもあって2通書いて応募した。1つは国際会議での発表が決定して博士の内定がもらえたこと、もう1つは、学生時代にアメリカでパスポートをなくしたけどアメリカ人の親切により無事にパスポートが戻ってきたこと。どちらが受賞できたか分からないが、また全国からどれぐらいが応募されたのかも分からないが、とりあえず300名の中に選ばれたのだ。来月に赤坂プリンスホテルで授賞式があり、そこで優勝、準優勝、部門賞などが決まるそうだ。優勝すると海外旅行がもらえたりするのだが、とりあえず300名の中に選ばれたことで1万円の旅行券はゲットしたのだ。まぁ、優勝なんてまず無理だろうから、式典でのバンケットを楽しみにして、旨い物でもたくさん食べてこよう。また授賞式のことは終わった後書きます。来月末に新聞紙上でも発表されるらしい。
2003年12月21日
今回は数枚の写真を紹介します。
新潟の国際会議でプレゼンを行っているところの写真です。少し見づらいけど発表している写真はこれ1枚だけです。学会で撮ってもらった写真です。
国際会議でイギリスに行ったときの写真です。ブリストルはほとんど毎日が雨で、いつもどんよりした雲がかかってました。
NOVAのレベルアップコンテストの授賞式が赤坂プリンスホテルでありました。そのときの写真です。
左の写真はパックンマックンのトークショー。昨年から新宿のNOVAを舞台に撮影が行われており、1年間で初心者から海外ライブができるようになるまでマックン(左の日本人)が英語を特訓。今月27日にラスベガスで英語のコントを行うそうである(この模様は来年の2月にテレビ朝日系列で放送らしい)。1年間でレベルが7Bから4に上がったのはすごいよ。ちなみに俺は5だけど。
パックン(右の外人)はNHKの英語でしゃべらないと、にも出演している有名な外人だ。
右の写真はNOVAの猿渡社長と1枚パチリ。きさくな方でした。
3月8日 英語レベル4にUP (習い始めから1年10ヶ月経過)
ついにこの日が来ました。今日、大学で博士の学位授与審査があり、その結果、博士号を授与することが決定した。多くを語るのは今日はやめるとして、周囲の方のおかげで無事に取得することができたことに本当に感謝している。
また、博士取得の副収入として英語を勉強できたことが俺にとっては大きい。NOVAで英会話を学んだことと、国際会議で英語でのプレゼンをやったことは良い経験だ。そうそう、先週NOVAでレベルアップの推薦状を先生からもらい、テストを受けた。その結果、レベル4に上がることができた。俺がNOVAに入ったときに目標にしていたレベルだ。これらの結果は、自分の努力だけでは難しく、いろいろと協力をしてくれた周囲のおかげだと思う。何と言っても、妻には心からお礼を言いたい。本当にありがとう。あっ、そうだ、今日は結婚7周年目だ。
7月30日
最近英会話をさぼり気味だ。1週間に1回は行くようにしているが、行けないときもある。行けないというよりも、やる気がないといったほうがいいかもしれない。昨年は国際会議の発表という目標があっただけに必死にやってたけど、今は英語の目標がみあたらないのだ。今のレベルより更にワンランク上を短期間で目指すとか、TOEICなどで高得点を取るとか、何か決めたほうがいいな。
10月31日
そういえば最近家族で海外にでかけてないな。去年の11月に俺はイギリスに行ったけど、これは国際会議で会社の出張だったからな。ようし、海外旅行を計画してみるか!海外旅行というよりも俺にとっては英語の集中講義といったほうがいいか。最近は英会話もやる気パワーが出てきて、週3〜4日はNOVAに行っているのだ。けど、NOVAに行ったとしてもわずか40分の授業だから1日のうちで英語はほとんど話す機会がないのだ。それならば思い切って海外にいったほうが何倍もいいという考えだ。しかし問題は金だ・・・。
11月21日
NOVAのレベルアップコンテストに2年連続入賞することが決定した。このコンテストは年1回NOVAで行われており、外国語を勉強して、自分の夢がかなったことや、海外で経験したことなどを書いて応募するのだ。そしてNOVAスタッフが内容をチェックして、300名を選ぶのだ。昨年度は3万人が応募していたそうで、約1%の確立で選ばれた。ただ抽選というわけではなく、内容で決まるとのこと。NOVAスタッフの話によると2年連続というのは聞いたことがないそうだ。だいたいの人は、その応募用紙にほんの数行書くだけらしいが、昨年俺は3ページに渡って書いたのだ。更に今年は、なんと6ページも書いたのだ。まめだからな。来月の12日に赤坂プリンスホテルで祝賀パーティが行われて、更にその中で、優勝、準優勝など10人ほどが選ばれるのだ。さて、どうなるか。期待はしてないが・・・。昨年は緊張して、あまり食事が食べれなかったけど、今回はがんがん食べて、がっぽがっぽ飲むぞ。かなり豪華な食事なのだ。楽しみだな。
つぎもNOVA関係のニュースだ。NOVAが毎月出している雑誌に俺のことが掲載されるそうだ。来週、写真撮影とインタビューがある。来年の1月号に掲載されることが、すでに決まっているそうだが、これは初体験だけに緊張しそうだ。
11月28日
先週NOVAで月刊誌の電話インタビューと写真撮影を行った。そんなに大げさなものではなかった。電話でのインタビューでは、聞き手のNOVA出版局のスタッフから、「英会話を習い始めた目的は何ですか?、普段の英語の勉強方法はどのようにされているのですが?、今後の目標は何ですか?」、など30分ぐらい話をした。写真撮影は専門のカメラマンが取るのではなくスタッフがパチパチと数枚取るだけだった。以前俺が経験した、サラリーマンモデルの撮影とは全然違って、気楽なインタビューであった。なんにせよ初めての経験で楽しかった。来月の1月号に掲載されるそうで、楽しみだ。
12月19日
12月12日は赤坂プリンスホテルでNOVAのレベルアップコンテスト祝賀パーティが開かれた。全国のNOVAから300名の受賞者が集まるのだが、これは毎年開かれているイベントで、全国50万人の生徒に対して、英語に関する成功体験、留学経験など、論文の応募があり俺も6ページ書いて申し込んだ。その結果受賞したのだ。昨年に引き続き2年連続であった。更にその中で上位10名ほどが、優勝、準優勝、特別賞、部門賞をもらえるのだ。俺はそんなのは気にせずに、始まったら食べて、飲むのに忙しかった。昨年度は緊張していてそんな余裕がなかったから、今年は徹底的に飲み食いするぞ、と意気込んで参加したのだった。やっぱ赤坂プリンスの料理は違うな。うまいよ。
突然、司会者より俺の名前が呼ばれた。英語で呼ばれたから、分かりにくく気のせいかと思ったが、誰もでていかないので俺がでていった。なんと特別賞に選ばれてしまったのだ。おいおい本当かよ。賞状とトロフィと副賞の旅行券10万円分がもらえた。壇上でスピーチをしなければならなかったが、俺は飲み食いのことしか考えてなかったので、あまりうまくしゃべれなかった。この特別賞の受賞は驚きであった。応募総数がどれだけあったのかはしらないが、50万人の生徒を対象にした論文の応募の中で10人に選ばれたのだから。すごいとしかいいようがない(本当に驚いている)。論文の内容は、英語の勉強が国際会議の発表に役立ち、その結果博士が取れた、ということを書いたのだ(この内容はまた公開します)。来年1月5日の夕刊フジ、8日の産経新聞、NOVAの雑誌に内容が掲載されるそうだ。またこれで英語のやる気がでてきたぞ。ようしレベルアップを更に目指すぞ!
2004年12月26日
写真を何枚かアップします。
@サイパンに行ってきました(12月2日〜5日)
![]()
低気圧の影響で風が本当に強い日でした ホテルからの眺めは最高!
![]()
子供はすぐに誰とでも(人でも猫でも)友達になれるのだ。
![]()
![]()
ハンバーガはデカイ! 猫とたわむれるマサキとショウヤ
後ろに座っているこわもての人はカメラマン
Aマサキの七五三のお祝いをしました(12月11日)
![]()
みんなで川崎大師にいきました マサキはかっこいい着物を着て大喜び!
![]()
ショウヤもカメラ立てをもって大喜び おにいちゃん離してよ!
BNOVAのレベルアップコンテスト祝賀パーティに出席しました(12月12日)
![]()
特別賞を受賞しました(隣のNOVAうさぎはもらえません) NOVAの社長はきさくな方です
![]()
同じテーブルの受賞者の方です 元トップモデルで写真家の安珠さんです。今回はゲストとして海外での生活について話されてました。
受賞の対象となった論文を紹介いたします。
2005年1月17日
早く今年のバージョンの「ある日の一言」を作らねば・・・。もう1月中旬になってしまった・・・。
1月5日付けの産経新聞、夕刊フジにNOVAの授賞式のことが載ってました。NOVA雑誌の1月号に写真つきでかっこよく掲載されてました。
2月7日
1月はあわただしく過ぎていった。今年の10月に名古屋で開催される国際会議のためにアブストラクトを作成しNOVAでチェックをしてもらい提出した。さて結果はどうだか。MBAの勉強を行うため、会社に申請を出した。さて結果はどうだか。会社の二次健診にひっかかって、胃カメラを飲んで精密検査をした。そしたらポリープと胃潰瘍が発見された。ポリープなんでポツポツといたるところにできて気持ち悪い。胃潰瘍とは、胃の内壁に出血(小さな出血がポツポツとある)があることで、俺は初めて見た。そして一番大きなポリープの先端を取って検査を受けることになった。さて結果はどうだか。先生から一言、「仕事かなりきついでしょう。この赤い出血のポツポツはストレスからきてるんだよ」。俺としては、「いえ、全然平気です」と、言いたかったのだが、先生のパワーに負けて、「はい、大変です」と、答えた。俺の心はストレスがたまらないけど、どうも体にはたまっているみだいだな。
昨年のNOVAのレベルアップコンテストの紹介用雑誌NOVACITY特別号が発刊されました。
3月6日
この1ヶ月間更新できなかった。週末が特に忙しかったわけでもないが、気づいたら更新せずに1ヶ月もたっていた。月日がたつのは本当に早いな。そうそう、この4月からマサキは小学校に上がるのだ。早いもんだなぁ。確かこのHPを作り始めたのがマサキが産まれてすぐだったんだよな。
前回、ここで書いた結果がいくつか出た。
国際会議に出席するために出したアブストラクトは、かろうじでパスした。次は6ページ程度の英語論文を作成しなければ。しかし、今回のアブストラクトは内容が薄いかもしれない。委員会での審議の結果、これから出す論文を提出して、そこで更に審議をする、とのコメントがあったから、英文、内容ともしっかりと考えないと合格しないかもしれない。やばいなぁ。とにかく頑張ろう!
俺の胃の中にポリープがうようよしているのが見つかったのだが、精密検査の結果、胃がんではないことが分かった。とりあえず良かった。ポリープの状態は5段階であらわすことができて、俺の場合は、良性のポリープで1番目であった。これが5番目だと、がんになるのだ。しばらくは、胃壁を回復する薬と、胃酸を抑える薬を飲まなければならない。俺は今まで晩飯を食べる時間が遅く、だいたい夜10時30分過ぎだったので、これからは食事の時間を早く取るように、帰りが遅くなるときは外食にすることにしたのだ。それと今まで朝飯も食べてなかったのだが、これも毎日きっちり食べるようにしている。
会社にMBAを取りたいと申請した。俺は、妻子にも相談して、会社を2年間休職して海外でMBAを取りたいと大きな決意をして申請したのだ。これは会社のトップにも話がいき、トップ、役員で会議が行われたそうだが、結果は2年間の休職は厳しいとのことであった(当然かもしれないが)。また会議で技術者の俺が本当にMBAが必要なのか、という話も出たそうだ。最終的な結論として、はっきりとしたことは決まらなかった、とのことだった。ただ、俺がMBAを取得するのに協力してくれるとのことであった。
これから、MBAを海外で取ることができるのか、日本で取れるのか、どうなるか分からないが、しっかりとやっていきたい。俺にとって、MBAの取得は、博士号の次の大きな目標だ。もちろん、海外で取るならば、TOFELは高得点が必要だし、GMATという分けの分からないテスト(数学+英語力のテスト)もハイスコアが必要だ。その為の準備も必要だし。その準備の為に学校で勉強しないといけないかもしれない。
また、健康診断書も出さなければならないので、ポリープも直さないといけない。今のままでは試験で通っても健康診断書で不合格になってしまう。これらの勉強はもちろん仕事外での時間に行うのだ。こういう目標ができると自分の体にパワーがみなぎってくる気がする。さて、とにもかくにも英語力、特に文法力をつけてTOFELで高得点を目指さねば。
5月15日
小学校に通いはじめたマサキだが、最近はあまり学校が楽しくないらしい。それは学校が勉強をするところだということに気がついたからだ。入学した頃は、心機一転で「学校が楽しい、勉強がおもしろい」と言っていたのが、最近はどうも違うのだ。俺がマサキに、「学校はどうだ? おもしろいか?」と聞くと、マサキは、「おもしろくない」。そこで俺が「何でおもしろくないんだよ!」。マサキは、「だって、滑り台がないんだもん〜」。俺はおもわず笑ってしまった。保育園の延長で学校に行ってるから、保育園と学校の大きな違いが分からずにマサキは通っているということになる。学年が上がるうちに学校は勉強するところだということが何となく分かってくるんだと思う。
学校が終わると、校内にある”ワクワク”という施設に行く。そこは働いている親たちの為に、子供を夕方まで預かってくれるのだ。そこで18時まで、みんなと遊んだり勉強したりして過ごして、その後、妻が迎えに行くのだ。その時にショウヤも一緒に迎えに行く。”ワクワク”というのは以前は川崎市が運営していたそうだが、今は、市からの委託を受けて、専門の人たちが半分ボランティアで、子供たちの面倒を見てくれているそうだ。だから我々に費用の負担はなく、唯一おやつ代だけがいるのだ。子供たちは”ワクワク”で、ドッチボールをしたり、英会話を楽しんだり(外人がきてくれるそうだ)、一輪車をしたり、校庭にある遊戯で遊んだりしているそうだが、本人のやる気に任せているみたいで、せっかく準備してくれている遊びも、やる気のない子供たちにとっては、全く無意味だそうだ(強制的に運動をやらせたり勉強させたりするわけではないらしい)。
マサキに話を聞くと、英会話は参加しないし、一輪車は女の子がやっているから、入る隙間がないらしい。俺なんて今、英会話にわざわざお金を払って行っているのに、なんてもったいないことをしてるんだ! マサキに、「何で英会話をやらないんだよ」、と言っても「英語きらいだもん」と、全くその気が無い。よくよく考えてみると、俺も中学生の頃とか英語が大嫌いで全く勉強しなくて、後から勉強をした記憶があるから、まぁ必要になったらやるか、とも思うし、後から無駄なことをさせない為に、親が強制的にやらせた方がよいとも考えられるし、判断が難しいな。俺の場合は、今必要性があるから、英会話にいってるわけだが、本当に必要になったら自分から進んでやるだろう。いや、自分から進んでやるように育てていかなけばならない。おそらく、マサキにとって、「今、何でそんなのやらなきゃならないんだろう」、と思っているのは間違いない。
少し前のことだが、マサキが朝お腹がいたいと、騒いでいたときがあった。いつも朝起きると、グズグズしていて機嫌が悪い。妻が一度や二度起こしても、熟睡していてなかなか起きない、目が覚めても、大声で妻に反発していて、ダラダラとして何もやろうとしない。たまたま俺が出勤前でいたので、朝から怒鳴ったら、大声で泣き始めて、更にお腹が痛いと、その場でうずくまってしまった。その日は結局、学校まで行ったものの、マサキはお腹が痛くて、腹を押さえていて、校門のところから、なかなか、中に入ろうとしなかった。いつも朝は、妻がショウヤを保育園へ連れて行くのだが、そのときに、マサキも一緒に学校に連れていく。その日は朝から調子が悪くて、学校にようやく入ったと思ったら、走って戻ってきて、「今日はお腹が痛いから、学校に行くのはやめる〜」と、言ったらしい。おいおい早速登校拒否かよ!結局、その日は妻も仕事を休んで、マサキも学校を休んで病院へ行った。腹痛の薬をもらったが、おそらくその日は俺が朝から怒ったから、精神的なところがかなり影響して、腹痛を増幅させたんだと思う。多分朝起きたときに少しはお腹が痛かったのかもしれないが、俺が怒った為、マサキは気分的にお腹が更に痛くなったように感じたんだと思う。やっぱ子育ては大変だ!
翌日も朝起きると、マサキはお腹が痛いと訴えていた。俺は前日のことがあるから、特に怒らずに、その様子を見ていて、「学校にちゃんと行けよ!」とだけ言った。妻がショウヤと一緒にマサキを学校まで連れていくと、校門のところに担任の先生が立って待ってくれていた。その日は無事に学校に行くことができた。マサキは少し前からお腹が痛いと訴えていたから、担任の先生にも連絡帳を通じて、言ってあり、それからはしばらく気をつけて見ていてくれたみたいだ。入学してまもないから、まだ学校に慣れてないこともあるからお腹が痛くなったのでは、というのが担任の先生の話で、時々こういうケースもあるそうだ。とりあえずGWあけの今は元気に通っている。ただ朝だけはいつも弱く、なかなか起きてこない。マサキの初めての登校拒否でした。
5月21日
来週いきなり仕事でアメリカに行くことが決まった。上司に随行するわけだが、俺の役目は通訳がメイン?技術説明? 詳細は分からないが、あまり自信がないなぁ。しかし3年前だったら俺が仕事で英語を使うなんて考えられなかったよ。とりあえずNOVAに地道に通っているかいがあったというものだ。ようし、アメリカ英語を堪能してくるぞ! ただ、アメリカ出張に3泊4日で行くのはきついな(ハハハ・・・)。片道17時間かかるらしいよ(ハハハ・・・)。
残念なのは、小学校の運動会と重なることだ。前から楽しみにしてたんだけど、まさか、出張と重なるとは・・・。普通は秋に運動会をやるのだが、今年は小学校の創立50周年ということで、記念行事を秋に行うのだそうだ。だから運動会を今の時期に早めたらしい。マサキの話によると、マサキは足が速いからリレーの選手に選ばれたそうだ(俺に似てなくて良かったよ)。自称学年No1だってよ。おいおい、ほんとうか?それなら、なおさら見たくなったよ。まてよ、学年No1といっても、2クラスだけしかないだろう。・・・。いやいや、それでも親バカの俺としては、本当にうれしいよ。
6月5日
5/26〜29にアメリカのケンタッキー州に仕事で行ってきた。行きと帰りの飛行機が違っていて、俺としてはおもしろかったが、2泊4日のハードな旅であった。帰りなんて、宿泊先のホテルを出て、ほぼ24時間後に家に着いた。いやぁ、疲れたなぁ。
飛行機のチケットは会社で取ってくれて、スケジュールもいつのまにか決まっていたのだが、土日がほぼ帰国の日に割り当てられていたのは悲しかった。なんにせよ、アメリカ出張は出発の直前に決定したので、大慌てでチケットを探したそうである。行きは、日本航空で成田からシカゴまで移動し、そこからUSエアーウェイズでナッシュビルというところまで行った。帰りはナッシュビルからデトロイトまでノースウェスト、またデトロイトから成田もノースウェストであった。
俺の仕事は、通訳と、技術説明であった。仕事の内容はいいとして、上司の言葉を通訳して相手に伝える作業だが・・・。これは意外にできるのだ。単語が分からなくても、他の言葉を使って話すのだが、驚くべきことにこれは問題がなかった。これで英語で話すことに関しては多少は自信がついた。ところが、相手の話す言葉があまり理解できないのだ。つまり俺の聞き取り能力が低いのだ。単語をあまり覚えてないというのもあると思うが、相手の言葉が6〜7割ぐらいしか分からない。俺は逆に相手の言葉が6、7割ぐらい分かれば十分だろうという気持ちが少しはあった。ところが、これは致命的な問題だったのだ。
相手が言った言葉で、俺の分からない言葉が入っていたならば、それがもしも重要なキーとなるような言葉であったならば、次に相手がそのキーの言葉を使って、更に説明してくると、全く分からなくなってしまうのだ。更に相手がつっこんで話をしてくると、チンプンカンプン。もちろんもう一度説明をしてくれとお願いはするのだが、何度聞いても分からない単語は分からない。理解できないものは理解できない。相手も他の言葉に置き換えて説明をしてくれるのだが、それである程度は理解できるようになる。そこがビジネス英語の難しいところだと思った。今回の出張で思ったのは、ビジネス英語を成功させるには相手の言うことは9割は理解できないとダメだと思った。
ただ、相手の人と食事をしたときの日常会話は別である。日常会話はビジネス会話と大いに違い、くだけた話で、自分の意見を簡単に言えて、6、7割の理解でも十分に会話が成り立つ。6、7割の理解ができると相手が大体何を言ったのかは推測ができるので、ビジネス英語と違い、専門用語のない日常会話では大丈夫だった。そこで安心しているとダメで、よく聞くと細かい部分が実際は聞き取れてないのだ。そのことがはっきり分かることを体験した。
昨日初めてTOFELの試験を受けた。TOFELというのは、ヒアリング、文法、長文、文書作成の4つから成り立っているのだが、ヒアリングのテストがまったくダメだった。コンピュータでテストをするので、テストが終わった直後に点数が出てくるのだが、恥ずかしくて言えないぐらいの低い点数であった。3年も英会話を勉強しているのに、まだまだ不十分だった。海外に留学するならば、このテストはほぼ満点を取らなければならないのだ。更に勉強しなくては・・・。
![]()
ケンタッキ州は畑や牧場が多くて見渡す限り麦畑が広がっているところもあった。もちろん、マクドナルドはどこにでもある。ちなみにケンタッキーフライドチキンの店もあったが、ケンタッキー州で最初に店ができたわけではないそうだ。
9月3日
来週仕事でマレーシアのペナン島に行くことが決定した。マレーシアには10数年前に一度だけ行ったことがあるが、ジャングルが多くサソリが売られていたり、街中に怪しいヘビ使いがいたりと楽しそうな?国である。けど仕事でいくからあまりのんびりと行けそうな状態ではない。前回の米国もそうだったけど、けっこうハードなスケジュールを組んでいくのだ。心配事はいろいろあるけど気合を入れて行ってくるか。英語のしゃべりはまだまだ十分とは言えないけど、NOVAで継続して勉強しているかいがあるというものだ。ま、まてよ、マレーシアの国語は、なんだっけ、マレー語か。けど、英語もほとんど通じると、本には書いてある。ようしそれなら英語を頑張ってしゃべってくるか。そういえば、俺のパスポートが来年の2月に切れるんだけど、残り5ヶ月と少ししかない。大丈夫かな・・・・。や、やばいぞ、マレーシアの入国の条件にパスポートの残存期間が6ヶ月となっている。本当かよ。いったいどうしよう。とりあえず急いで更新をしなくては・・・。本当にマレーシアに行けるのかな?
9月10日
マレーシア出張のため、パスポートの更新をしたのだが、最低6日(土日を除く)かかると言われた。火曜日に申請したから結局できあがるのが翌週の火曜日になる。社内でも飛行機の予約、ホテルの手配、先方への連絡があるので、パスポートが火曜日に出来上がると仮定して予定を組んだ。結局、飛行機は日本航空にして水曜日の昼に出発し、土曜日の朝に帰ってくる便で予約を取ってもらった。本当にうまくいくのかなぁ。本当に予定通りパスポートは出来上がってくるのかな?俺は不安に思いながらマレーシアでの仕事の計画を立てた。
俺の不安に反して、パスポートは予定通り火曜日に発行された。そして翌日の水曜日に出発した。クアラルンプールで乗り換えてペナン島に無事に着きホテルに入った。ちょうどホテルにはマレーシアの首相が会議で来るとのことで、警察か軍隊か分からないが制服姿のマレー人がうろうろして、物々しい雰囲気であった。俺はそんな物々しさとは関係なく、予定通り仕事をこなして最終日の金曜日を迎えた。帰国の便は夜の8時過ぎにペナン島を出発するのである。
6時過ぎにペナン空港に着くと、搭乗する予定の飛行機が1時間20分ほど遅れて飛ぶことが分かった。このままいくとクアラルンプールで乗り換える時間は30分もない。国内線から国際線に乗り換えなければならないから、まずはカウンタで搭乗券を出してもらい、そして出国審査をして、電車で出発ロビーまで移動しなければならない。多分搭乗はぎりぎりになるだろう。そこで俺はマレーシア航空の人に前もって連絡をして国際線に乗れるかどうかの確認を取った。すると多分間に合うだろうとのことであった。
前もって連絡したかいがあって、ペナンから出発した後、しばらくたってスチュワーデスがやってきて座席を前方のあいているビジネスシートに移動させてくれた。ラッキー。ところがである。飛行機を降りると何か分からないけど、成田行きのカードを持った係の人が待っており、残念ながら飛行機の時間には間に合わないと言うのだ。俺は急いだら絶対に間に合うと思っていたから、いろいろと聞いたが、もう時間がないとのことで、日本航空の国際線も許可してくれない(待ってくれない)とのことであった。今まで準備を周到にしていたのが不発に終わってしまい残念だった。それより飛行機に間に合わないと、いったいどうなるのか?格安航空券だから新たに券を購入しなければならないのか? こういうケースは俺にとって初めてだった。結局、そこで待っていると7人が集まった。
マレーシア航空が遅れたためにこのような結果になったのだ。けど日本航空の飛行機も少しぐらい待ってくれてもいいのに。俺は次第に腹がたっていった。係の人が言うには、明日の同じ便で出発してもらうとのことだった。え〜、ちょっとまてよ。明日の同じ便ということは22時35分に出発ということだ。それまでいったい俺たちはどうするんだ! もう少し早く帰れないのか! それだと結局日曜日の朝に帰ることになる。俺としては土曜日に帰って、少しでも仕事の疲れを癒したいと思っていた。
そこで、係の人に、もっと早い便に変えてもらうよう交渉したが、日本航空の成田便はこれ1つしかないとの理由で断られてしまった。当然、その日の宿は飛行機会社が全部もってくれた。翌日俺は不安ながらチェックインをして、グランドホステスに文句を並べたが日本航空の職員は誰もおらず、マレーシア航空の職員が俺の文句を半分無視しながら聞いていた。相手からの反応が薄い。俺の英語の文句が悪いのか、言い方がストレート過ぎるのか?結局、同時刻の飛行機に乗って日曜日(今日)の朝に成田に着いた。本当に疲れた〜。今日はゆっくり休むぞ〜。
ところが、家に帰ると、妻からカブトムシのケースに大量の虫が発生しているとのことだった。今でも虫がうじゃうじゃいるそうだ。とほほ、今日はカブトムシの土を交換するか。それと虫退治をしなくては・・・。おまけに、掃除機の中にも虫が大量発生したとのことで、妻はそれを発見して昨日掃除機を全部水洗いしたそうだ。先週俺はカブトムシのケース周辺の掃除をして、掃除機で土を吸い取ったのだ。それが掃除機の中で虫が大量発生した原因だった。もしかすると家の中に大量の虫がいるのかも。大きさは1mm以下だからよく見ないと分からないのだが。妻は不満一杯だ。毎年カブトムシを飼うといろいろ問題が発生するが今回はうじ虫のようなダニが大量発生した。さて、今からもう一度土を入れ替えて、掃除をするか。
昨日の夜にマレーシアを出発して、今日朝6時30分に着いて俺は少し寝不足である。飛行機の中は狭いので体が固くて痛かった。もう当分の間は飛行機は乗りたくない。あと海外に行くなら仕事ではなく観光で行きたいもんだ。
そういえば1つ喜びがあった。カブトムシの卵が幼虫に変わっていた。2匹見つけた。うれしいけど、また幼虫の世話が大変だな・・・。
9月17日
先週行ったマレーシアの写真です。最初はペナン島の写真です。ペナン島はクアラルンプールから北北西の方向にあり、飛行機で40分程で行けます。島内は観光と工業が発展しており、多くの中国人がそれらの経営権を握っているそうです。一般的にマレー人の月収は3万円と日本人に比べるとかなり安い。ただホテルの食事、飲み物は日本的に言えば金額は普通で(マレー人にとっては高い)、ビール一杯が16リンギット(日本円で480円ぐらい)だった。ホテルの外で飲むとかなり安いのだろう。基本的に辛い食べ物が多く、トムヤムクンのようなスープに麺が入ったのがあり、辛いのは日本人の口には合わない。しかし、多くの種類の食事があるため、そういう辛いものを除けば、かなりおいしいものもある。日本で食べるよりおいしいものも中にはあるのだ。
気温は、暑い。はっきり言って暑い。蒸し暑さは少ないけど、日差しはかなり強い。だから日中はあまり外を歩きたくないし、歩いている人もあまり見かけない。熱帯性の気候で雨が多いそうだ。ちょうど今の時期は雨季にあたっているそうだが、俺が行っている間は一度も雨が降らなかった。木や草は独特で、雨が多いせいか、あるいは気候のせいか分からないが、一つ一つの部品の大きさがでかいのだ。この葉っぱの大きさ、けっこうでかいでしょう。
これはクアラルンプールの中心街の光景だ。マレーシアはボルネオ島のような密林地帯があるかと思えば、クアラルンプールのように近代的な都市もある。ここクアラルンプールには世界で最大の高さを誇るツインタワー(452m)が建っているのだ。どうです、でかいでしょう。
![]()
10月10日
我が家のカブトムシは、一匹まだ生きているのだ。すごいな!おまけに幼虫も卵から順調にかえっていて多分20〜30匹ぐらいはいるだろう。この幼虫をいかに大きくするかが次の仕事だ。
それと、最近マサキが多摩川でカニを捕まえてきた。カニなんて飼うことができるのか? 今までカニなんて飼ったことがないからな。そう思っていたが、妻が小石をケースに入れて、水を入れて、餌も買ってきてカニの世話をしている。これまで2週間以上たっているけどまだ元気に生きている。餌を食べるときは、はさみを器用に使って食べている。これもまたすごいな。見ていると妻はときどき、水を替えてケースを洗っている。これもまたまたすごいな(虫のきらいな妻が・・・)。マサキは結局見ているだけだ。
先週からNOVAでビジネス英語を習い始めた。週1回、4ヶ月間のショートコースだ。ただ別のNOVAのスクールに行かなければならないのが大変だ。おまけに授業の開始は7時30分だから少し早めに会社を出なければならない。最近英語も伸び悩んでいるから少し自分に負荷をかけないとダメだと思い受講することにした。ビジネス英語は前もって予習をしていかないとはっきりいってついていけない。
そもそもこのビジネス英語を習い始めた理由は、開講先のスクールのマネージャから欠員が出たと連絡が今のスクールにあったからだ。それも俺の名前を指名してきたそうだ。いったいどういうことだと俺はよく分からなかったが、理由を聞くと、2年ほど前、俺は英語の能力を短期間で上げなければと、気合を入れて毎日NOVAに行っていた(まわりからはひんしゅくをかっていたが)。ちょうとそのときのマネージャが、その開講先のNOVAのマネージャだったのだ。その頃もビジネスを受けたことがある。おまけに、昨年レベルアップコンテストで受賞したこともあり、覚えていたみたいだ。俺は受講するかどうか悩んだ。
テキストを見せてもらうと、以前受講したビジネス英語とは違い、テキストのレベルは上がっていた(当然だろう)。しかし内容はすごくおもしろく、各会社(ケンタッキーフライドチキン、ジョンソン&ジョンソン等)のこれまでに社内で起こった問題、ここまで大きくなった要因などを取り上げているのだ。こりゃ、なかなか勉強になるぞ。テキストを見たとき俺は思った。受講者のレベルを聞くと、俺のレベルと同じ人が2人、更に上の人が1人とのこと。ようし、やるぞ、決めた! このコースはレベル4以上が受講対象だから、もしかしたらメンバーによってはついていけないかも、と思っていたが、同じレベルの人が2人もいるならついていけそうだ。がんばってやろう。
10月15日
とうとう最後のオスのカブトムシが死んでしまった。残念だ・・・。しかしかなり長生きしたな。やっぱり家の中で飼っていたから、暖かくて長生きしたのかな。カブトムシの寿命の最高記録なんてあるのだろうか?ギネスブックに載ってるとか。そんなの聞いたことないけど。もしあったとしたらどれぐらいだろう?気になるな。
来週名古屋で英語のプレゼンがあるのだ。本当かよ、大変だよな、まぁ、NOVAに行っているから大丈夫だろ? など簡単に言うけど、そんなに簡単じゃない。今度で3回目の国際会議だからある程度の要領はつかめているが、パワーポイントでの資料作成、スピーチの原稿準備、発表の練習などかなりの時間を要する。昨日もNOVAでスピーチの内容とパワーポイントの内容をチェックしてもらった。けどまだ納得ができない。おそらく発表のギリギリまで修正し続けるだろう。
11月6日 中国語会話の勉強スタート 中国語レベル7Cからのスタート
またしばらく書けなかったな。名古屋の国際会議でのプレゼンは大丈夫だった。しかし欲を言えば、内容をもっと充実させたかったよ。あとの反省点は、質問対策をしっかりとしないと駄目だな。プレゼンするだけなら、原稿を覚えれば誰でもできるし、練習を十分にやれば上手に話すこともできる。しかし、質問は前もって十分に準備しておくか、発表内容を深く考えてないと、明確な回答ができない。
この前もいくつか質問があり、回答はしたが、後から考えると明確な言い方がもっとできたのでは、と反省してしまう。どんな質問がくるか分からないから、発表内容を十分に考えないとダメだ。あと中国人からも質問があったが、中国語英語は本当に聞き取りにくい。前からそれは感じていたが、今回初めて中国人から質問があり実感した。とりあえず会議では、「あなたは○○を聞いているのですね」 というふうに一回ごとに確認をとって話し、質問者も納得してくれた。しかし中国人とはこれからも話をする機会があるからなんとかしなくては・・・。
俺は昨年からあることを考えていた。今NOVAで英語を勉強しているが、他の言語も習いたいということだ。考えていたのが、ドイツ語か中国語だった。そこで俺は今回の国際会議のこともあり、中国語を習うことを決めた。決めたら行動は早い。すぐに俺は中国語のレベルチェックを受けて第一回目のレッスンを受けた。
バンケットではトランペットを吹くロボットが実演してたので記念撮影。これは万博で活躍していたロボットだ。
中国語は全然分からない。漢字を使うから書いてもらうと分かるのだが、発音がすごく難しい。おまけに中国語は直接先生とレッスンするのではなく、テレビの画面を通して会話をするから、先生の話していることが理解できないと、誰に言っているのか全く分からない。最初は俺に話しているのに全然分からなかった。それでも40分間同じことを繰り返しレッスンしていると、何となく理解できるようになった。もちろんクラスは一番レベルが低い超初心者クラスだ。さて中国語も頑張って勉強していきましょうか。
2005年12月4日
先週サイパンに行ってきました。3日間と短期間だったが天候にも恵まれて充実した休日を過ごすことができた。昨年NOVAのレベルアップコンテストで受賞したとき副賞として旅行券をもらったので、それを使いサイパンに行くことにした。本当はオーストラリアやニュージーランド、イギリスなどもう少し遠いところに行きたかったけど、3日間しか休日がなかったし、長時間のフライトだとショウヤもキツイので近場のサイパンに行くことにした。今の時期は値段がけっこう安くなっていて大人でも4万円代で行けるのだ(往復のフライト代とホテル代、送迎代がついているのだ)。
成田空港まではマイカーで行き、タイムズの駐車場に預けた。2泊3日で3千円もかからない。おまけに車は洗車してくれるのだ。成田空港での集合時間が8時30だったので朝6時前に家を出て、タイムズに着いたのが7時前ぐらいとかなり早い時間に到着した。そこからタイムズの小型のバスにスーツケースを運び入れて、成田空港まで送ってもらう。空港まで行く途中に検問があり、パスポートのチェックがある。それを含めて10分ほどで空港に到着する。空港はあまり人がいなくて閑散としていた。
飛行機の出発が10時30分だったのでそれまで空港内で朝食を取り、ぶらぶらと歩いていた。カメラをマサキに渡すとあらゆるものを取り始めた。「おいおいサイパンに行ってからたくさん取ってくれよ!」。空港内で亀とアルマジローを発見! ワシントン条約で取引を禁止されている動物だ。
次にマサキが見つけたのがいろんな国の飛行機だ。「あれはどこの飛行機だろう。これからどこに行くんだろう。」
成田の話題で少し書きすぎたかな。サイパンの話題を書かなくては・・・。飛行機はほぼ予定通りに離陸して、サイパンには現地時間の午後2時30分頃に到着した。天候は晴れだ。気温は30度弱、湿度は80%ぐらいと蒸し暑い。日本の真夏だ。いや、真夏よりも日差しが強い。俺たちはすぐに半そでになった。それから大型のバスに乗り込み20分ほどかけてホテルに到着した。ホテルはハファダイビーチというところだ。ホテルの従業員は親切で日本のホテルに宿泊するのと同じ感覚だ。たいていのホテルは日本語の話せる従業員がいる。おまけに宿泊しているのがほとんどアジア系の人だ。特に日本人、韓国人、そして中国人が多くいた。
その日の夜はサンドキャッスルというディナー付きのマジックショーを見た。本格的な舞台マジックで効果音やスモークでミュージカル風にマジックが次々に進められていく。我々の目は舞台の上に釘づけだ。すると突然マジシャンがやってきてマサキが舞台の上に上げられた。そして、テーブルの上に寝かされたのだ。そのテーブルの足をマジシャンが1本づつ取っていき、全部の足を取ってもマサキは落ちることなく空中に浮かんでいる。「す、すごいな、マサキ。」 マサキは緊張することなくマジシャンの言われるまま操られている。全て英語で進行されていて本人も分かってないが、マジシャンの言われるままに動き、観客が爆笑するシーンもあった。マサキはステージが終わるとTシャツをもらって帰ってきた。「おもしろかったぞ、すごかったぞ。空中に浮いているのはどんな感じだった?」マサキは「よく分からなかったけど、おもしろかったよ」。
他のマジックでは美女がトラになったり、大型の水槽の中に沈められたマジシャンが瞬間的に抜け出たり、それから妻も舞台の上に引っ張られてマジックに参加して楽しんでいた。また再び観客席に降りてきたマジシャンが目の前でいろいろなマジックをしてくれた。空のビール瓶の中に王冠を入れたり、お客さんから借りた指輪を目の前で消して、ポケットの中に入っているキーケースの金属のリングに通っていたりと本当に楽しませてもらった。トランプのマジックでは一番前の席だったのでトランプの裏側が見えているにもかかわらず全然そのタネが分からなかった。さすがプロだ。
マサキもショウヤもスタッフに話しかけられて訳の分からない英語を真似しながらしゃべっていた。とりあえず話すのが大切だ、これが子供が早く上達する理由なのだ。さすが子供は順応性が早いな。
翌日も天気が良くて絶好のプール日和だった。俺たちはホテルのプールでず〜と泳いでいた。またプールの横が、すぐに海だったのでシュノーケルをつけてもぐることにした。海は思ったよりきれいではなかったが、多くの熱帯魚を近くで見ることができた。前回行ったときは離島まで行ったので海は透明できれいだったし熱帯魚の餌付けもできたけど、サイパン島はそれほどきれいではなかった。ただ日本の海と比べると透明度は全然違う。海の底まで透けて見える。
その日の夕方マサキと一緒に近くのホテルのスライダー(滑り台)があるプールにでかけた。ツアー客はコンチャカードというフリーパスがあってバスに乗り放題なのだ。俺たちはそのプールで8回もスライダーで滑るハメになった。マサキのスライダー好きには本当に参ったよ。サイパンに行く前からスライダーを楽しみにしていたからな。帰りのホテル行きのバスでは俺もマサキもぐっすり眠ってしまって危うく乗り過ごすところだった。
さて、サイパン最終日となった。朝食は近くのカフェでパンを食べた。飛行機は夕方の5時30分出発だったのでそれまで妻とマサキは買い物をすることに、ショウヤはバスに乗りたいと言い出して、俺はショウヤと、ぶらりとバス旅行に出掛けることにした。バス旅行といっても20分ほど乗るだけだ。降りたところは超大型のショッピングストアーだ。特に買うものもないから周囲をぶらぶらしようとしていたけど、日差しが強すぎで暑い暑い。本当に暑い。40度ぐらいあるんじゃないかというぐらい暑い。
そこでペットボトルの水だけを買いに中に入った。ストアーの中は日本とガラリと変わっており、はるか数十メートル上まで商品が置いてある。「いったいどうやって取るのだろう?」 20mぐらい高いところに100インチぐらいのプラズマテレビが並べてある。「す、すごいな! クレーンを使って降ろすのかな?」 写真を取れなかったのが残念だ。
それからホテルに戻ったあと、バスで空港に移動した。そこでの荷物の検査がすごく厳しい。俺たちは1時間30分ぐらい並んで待たされて結局飛行機の出発時間のあと10分とせまったときに終了した。出国の手続きをすると、空港スタッフが待っており、搭乗ゲートまで電気自動車で移動した。結局、免税店に立ち寄る時間はなかった。
飛行機は全員が乗り込むまで出発せずに待っており、結局40分送れて離陸した。機内の免税品カタログで土産を購入して、成田空港には予定より20分ほど遅れて到着した。入国審査が終わり、成田空港の外に出たのは夜の8時30分を過ぎていた。それからタイムズに連絡をして駐車場まで小型バスで移動して、マイカーに乗り換えて高速を飛ばして家に帰ってきた。家に着いたのは10時を過ぎていた。いや、疲れたね。疲れたけど充実した3日間だったよ。妻もマサキもショウヤも楽しめたみたいだ。
2006年1月15日
昨日病院で胃カメラをのんできた。昨年の健康診断でひっかかってしまって精密検査を受けることになったのだ。ポリープの疑いあり。前回の健康診断でも胃カメラをのんでチェックをしてもらった。その結果、胃の中にポリープがうようよとできていた。今年は大丈夫だろうと思っていたのだが・・・。
病院で胃カメラをのんだ結果、前回のような、うようよしたポリープはほとんど消えており、ところどころ、ポツポツとできているだけであった。先生も、「問題ないですね」。写真を指差して、「このあたりにポリープの跡がありますね。残りのポリープも、このままだったら消えていくかもしれませんね」。
俺は安心した。先生いわく、ポリープのできる原因はストレスの可能性があるとのこと。昨年、別の病院で受けたときの先生も同じことを言っていた。確かに一昨年は、仕事のこと、特に英語での初めての発表があり、夢の中にも頻繁にでてきて俺を苦しめていた。ただ自分的にはストレスがたまるタイプではないと思っている。それはストレスがたまっているとは全くといっていいぐらい感じていないからだ。けどおそらく体にはたまるのだろう。
別の見方をすると、ポリープが少なくなったということは、自分に対する負荷が少なくなったともいえる。いづれにせよ健康第一だ。自分の健康を管理できないということは、自己管理ができてない証拠だ。ただこの一年間で7kgも太ってしまった。大いに反省だ。前回ポリープができたときに医者にいろいろ厳しいことを言われて、自分なりに改善したのだが、それは、朝飯を食べること。晩御飯を早く食べること。
当たり前のことだろう! と叫びたくなるのだが、今までその当たり前のことができていなかった。朝飯を食べずに会社でコーヒーを多量に飲んでいたので、胃酸が多量に出て胃壁を壊していた。晩御飯を寝る前に食べていたので、朝まで胃が動き続けて、朝は胃もたれてしていた。だから朝ごはんを食べたくなかった。この悪循環がず〜と繰り返されて、胃壁を壊していたのだろう。
そこで俺はこの1年間、改善したのは、毎日朝ごはんを食べることにした。晩御飯は早く食べるために、ほぼ毎日(土日を除いて)外食をした。その結果、胃のポリープは少なくなったが、代わりに体重が一気に7kgも増えてしまった(おまけに食費も増えてしまった)。ようし今年の目標は体重を減らすことにしよう。
別の話だが、先日大阪のNOVAから家に電話があった。「すいません、お願いがあるのですが、協力していただけますか。来月発刊のNHKのテキストにあなたの写真とコメントを掲載したいのですが。NOVAの宣伝広告の中にお願いしたいのですが・・・」。俺は家にいなかったので妻が連絡を受けた。そして妻から電話の内容を聞いた。「えっ、本当かよ。すごいな。」と、一瞬思ったのだが、俺はすぐにその話を疑った。これは本物か、いたずらか。今まで大阪のNOVAから直接電話なんてかかってきたことがない。早速俺はいつも行くNOVAのスクールのスタップに確認した。しかし、そんな連絡は全く入ってないとのことであった。やっぱり怪しいな〜。何はともあれ、妻が聞いた大阪の連絡先に電話をして確認することに。電話をすると、相手が出て、「ナースですが」ときた。ナース?ナースとは何だ?俺は更に怪しいと感じた。
・・・続きはまた書きます。
1月22日
先週の続きです・・・。
NOVAの広告の件で、妻が聞いた大阪の連絡先に電話をした。すると、「ナースですが」。ナース?ナースとは何だ?俺はすかさず、「あの〜、すいませんが、そちらはNOVAの関係のところですか?」と疑い深く聞くと、相手も俺の声のトーンの低さを感じ取ったのか、少しぶっきらぼうに、「そうですがぁ・・・」。と答えた。あれ、本当にNOVAの関係か? 俺は、「広告担当の○○さんって、いらっしゃいますか」、と聞くと、「はい、お待ちください」。おわっ、本当にいたんだ! もしかするとこの話は本当の話かも!
しばらくすると担当者がでてきた。かなり丁寧な話し方で、「奥様からお聞きになられたと思いますが、来月号のNHKのテキストのNOVAの広告の中に、写真とコメントを掲載させていただきたいのですが・・・」。おわっ、これは本物だ!その瞬間俺は緊張してきた。「レベルアップコンテストの受賞を読ませて頂きまして、内容がよかったので是非掲載をさせていただきたいのですが・・・。」おわっ、本当かよ。俺の返事は考える間もなく瞬間的に、「はい、協力させていただきます」と、言っていた。やっぱり本物だったのか? 写真は以前に撮ったものを使用するとのことで特に撮影はなく、コメントも向こうが自分の投稿文を読んで作成してくれるとのことであった。雑誌ができあがったら送ってくれるとのことであった。
俺はその担当者に、この電話をかけるまで広告掲載を疑っていたこと、NOVAのスクールに確認の電話をいれたけど分からなかったことなどを話した。すると担当者は、「突然お電話をして誠に申し訳ございませんでした。スクールのマネージャに連絡をしておればよかったのですが、申し訳ございません。奥様にもどうかよろしくお伝えください」。かなり丁重にあやまった。そしてちなみに、ナースではなくエヌ、アイ、エス(NIS)というNOVAの宣伝、雑誌関係を担当している子会社であった。
すごいよな。またNOVAの広告に使われるのか。しかし、ただで?確か前回でたときも掲載した雑誌が送られてきただけだったけど。特に今回もギャラがでるとか、割引券がもらえるとか、何もなかったな。別にお金が欲しいわけではないけど、せめてNOVAの割引券ぐらいはもらいたいよな。考えれば考えるほどそう思いはじめてきた(何か心が狭いよな。出れるだけでもいいだろう!)。
翌日スクールに行ったときにスタッフも大騒ぎしていた。伝言ゲームのように話が伝わっていて、話が大きくなっていた。スタッフが、「今度NHKに出られるんですか」。 「・・・」。俺は思わず笑ってしまった。「違いますよ。NHKのテキストのNOVAの広告にでるみたいですよ。それは・・・」、とこれまでのいきさつを話した。「そういえば、いつもこういう雑誌の掲載なんかの場合はマネージャーから教えてもらうけど、今回は大阪のNOVAから突然かかってきましたからね。こっちは怪しいと思いましたよ。今も少し思っているのですけどね。・・・。そういえば、今までNOVAのためにいろいろと雑誌に出て協力してますけど自分には何もないんですよね。ギャラとか割引券とか。そういうのもできたら考えて下さいよ」。するとマネージャは、「しかし普通は広告に掲載されるにはオーディションを受けて、それでようやく出れるんですよね。それを考えるとオーディションもなく選ばれるなんてうらやましいですよ。私だってやりたいですよ・・・」。そう言われてしまうと俺は何も言い返せなくなってしまった。確かにそうかもしれないなぁ。
しかし日がたつにつれて、やっぱり納得できない。今までいろいろと写真撮影を経験したけど、それなりの見返りはあったから、オーディションをやろうがやるまいが関係ないのでは。まぁ、ダメもとでもう1回電話をしてみよう。
「もしもし、NISですが」、
「すいませんが広告担当の○○さんお願いします」。相手が変わり、こちらの名前を告げると、
「あっ、お世話になっています」。トーンが高く、相手の反応はかなりいい。ようし交渉するぞ!
「あの、お願いがあるのですが、今回のNHKのテキストの広告の件ですが、これは例えば広告掲載料とかNOVAの割引券とかそういうのはあるのですか」。すると相手はトーンダウンして、申し訳なさそうに、「いや〜、そういうのはなくて、雑誌を送らせていただくようにしているのですが・・・」。
すかさず俺は、「そうですか、例えばNOVAで発行している本なんかでも難しいのでしょうか(もらえないでしょうか)」。
「いえ、本は結局NHKのテキスト6冊を送らせていただくのですが、6誌分ですが・・・」。おや、まてよ6冊も送ってくるの。えっ、6誌に掲載されるのか、すごいな、と心で思いつつも、
「分かりました。そうですか。」、これで電話を切ろうとしたが、ふと思いついた。
「あの〜、もう一つお願いがあるのですが・・・。」。俺はこりゃ絶対無理だろうなと思うお願いを思いついた。「あの、NOVAのコマーシャルでNOVAうさぎが出ていますよね。もしできるのであれば、NOVAうさぎと共演させていただきたいのですが・・・」。俺はこれは絶対に大うけするだろうと思った。言っている自分でさえ、思わず笑いが出るのをこらえていた。すると向こうは、笑いもせずに、「それは生徒さんが出るインタビュー形式のものですか、それに出演されるのをご希望されているのですね」。俺はその瞬間凍りついて、思わず、「うっ、はい」と答えてしまった。「コマーシャル担当の者に聞いてまいりますのでお待ちください」、と行ってしまった。うわっ、本当かよ。驚いたな、わざわざ聞きに行ったよ。俺はそれからすごく緊張してきた。電話を持っている自分の手が震えてくるのがわかった。
・・・続きはまた書きます。 話は全然違いますが、今日船舶免許の試験を受けに行ってきました。この話もまた書きます。
1月28日
先週の続きです・・・。
NOVAの宣伝担当の子会社NISに電話をして、コマーシャルに出させてほしいと出演交渉をしたときの話だ。雑誌担当の人が、「コマーシャル担当の者に聞いてまいりますのでお待ちください」、と行ってしまった。俺はそれからすごく緊張してきた。電話を持っている自分の手が震えてくるのがわかった。なかなか担当者は戻ってこない。1分たち、2分たち、遅いな〜、と思っていたら戻ってきた。
担当者は、「コマーシャル担当の者に聞いたところ、生徒さんにインタビューする形式のコマーシャルを予定しているそうですが、ストックがたくさんあるので今は応募してないそうです。ただ、次回に応募のときには私が責任をもって連絡させていただきますので、そのときはよろしくお願いいたします。」 と言われた。そして俺はようやく緊張がとけた。そうか残念だったな。今はないのか。けどまたチャンスはありそうだな。本当はNOVAうさぎと共演したかったんだけど、まあいいか。しかしこの担当者はなかなか、きっちりした人だ。
2月18日
2月14日に発売されたNHKの英会話のテキスト(3月号)にコメントが掲載されました。全部で6誌に掲載されてますので書店でみかけたら見てください。せっかくだから買って英会話の勉強でもいかがですか。おすすめは、「100語でスタート英会話」で、分かりやすく簡単な単語を使った英会話の表現がたくさん載ってます。火曜日〜金曜日の夜11時から教育テレビでやってますよ(もちろん自分はテレビにはでていません)。
3月4日 ドイツ語会話のスタート ドイツ語レベル7Cからのスタート
先々週にいつものようにNOVAに行き授業を受けたときのことだ。話題の内容がNHKのテキストの話になり、ある生徒が、俺が今月号に掲載されていることを知ったとたん、突然、「サインください」ときた。俺はびびって、「はっ?」、「何」?」。他の生徒も笑い始めた。「今度、テキストを買ってきますので、是非サインしてください」。真剣な顔だ。俺は更にびびってしまって、「あっ、うっ、えっ、ええ」。とあいまいに返事をした。すると、そんなことは気にせずに、その人はしゃべりはじめた。「以前、そこに張ってありましたよね。私ね、いつもそれを読むたびに、そうだね、そうだね。やっぱりそうなんだよなぁ。私ももっと頑張らないとダメなんだよな。っていつも思っていたんですよ。けど私はレベル6だから、全く話をする機会なんて無いと思っていたし、話なんてできないと思っていて・・・」。俺は全くコメントできなかった。「・・・」、「・・・」、「・・・」。ただ、俺がレベル4のときに、レベル6だったということは・・・追いつかれた。
以前、レベルアップコンテストに入賞して、雑誌に掲載されたとき、半年か、1年ぐらい前だが、かなり長い間、その記事が写真つきで、掲示板に張られていたのだった。その子は、そこに張られていた記事のことを言っていたのだった。俺は、ようやく「あ〜、あ〜、はい、はい、確かに張られてたね。それを読んだんだ。へ〜、そうか」。心の中で、そうか、そのように思うのか、と納得していた。
そして、NOVAのスタッフにその話をすると、「本当ですか〜、すごいですね。ここでは有名人ですもんね。宣伝部長ですから。そういえば、他の生徒さんで、すごい落ち込んでる人がいたんですよ。その人は、「あ〜、あ、俺はもう全然だめだなぁ。なんでダメなんだろう」。って言いながらレベルアップコンテストの雑誌を見てたんですよ。そして偶然、○○さんが(自分の名前をよんで)掲載されているページを開いて、「ワォ、すげぇ、このスクールにもこんな人がいるんだ。俺も頑張らなきゃ」。って言ってたんですよ。だから、○○さんはすごく他の人に力を与えているんですよ。私たちとしては本当にうれしいですよ。○○さんみたいな雑誌に載る生徒さんが、私たちのスクールにいることが私たちスタッフとしては本当に幸運です」。やっぱり俺は宣伝マンとして利用されてるのかなぁ。だったら割引券ぐらいくれてもいいのに。と心の中で思いつつ、自分の行いが、多くの人を勇気づけるのは確かにいいことだと思った。そうか、こういう社会の貢献のしかたもあるんだ。昔の有名人の伝記ものとか、日経新聞の私の履歴書なんかを読むと、すげぇな、こんな生き方があるんだ。自分もこういう人間にならなくては、と思うが、相手が自分を見て、そう感じてくれるのは、俺にとっては感無量というものだ。妻にこの話をすると、「人に力を与えて、そしてまた自分も更に頑張って・・・」。確かにそうかもしれない。こういうふうに思ってくれる人がいると、ようしもっともっと自分を鍛えて、頑張らなくてはと更にやる気が沸いてくるものだ。
もしかすると、このホームページもそういう役割をしているのかもしれない。自分を鍛えて、ある結果が出て、それをホームページで公開することで、もしかするとこれを見てくれている人の中で同調してくれる人がいて、その人も頑張ろうという気持ちが沸いてくる。今回の場合だと、自分がやってきたこと、達成できたことが雑誌に掲載されて、それを読む人が、「自分も頑張らなくては」、と思ってくれる。
そっか、今何か一つのひらめきみたいなものが出た感じだ。こういう社会貢献ができるんだ。
話は全く変わります。再来週にドイツに出張で行くことが決まった。仕事場は英語が通じるらしいが、食事や宿泊は英語が通じない場合が多いらしい。そこで急きょ、ドイツ語を勉強することにした。こいうときにNOVAは助かる(NOVAの宣伝をするわけではないが)。思ったら早速行動だ、ということでレベルチェックのテストを先日受けた。予想通り、中国語と同じで一番下のレベル、7Cだ。出張前になんとかドイツ語のレッスンを5回は受けたい。明日は3回受ける予定だ。出張までにどこまで勉強ができるか。けど問題なのは予定していた飛行機が満席であることだ。直行便がダメなら経由便を検討しているが、出張はいつも突然決まるからしょうがないんだろうけど。前回のマレーシアでは延泊したから、今度はそうならないように乗り換え時間に余裕をもたせよう。
3月11日
明日から1週間ドイツに出張に行くことが決まった。当初予定していた直行便は取れずに結局フランス経由で行くことになった。おまけに本来は月曜の朝に出発する予定だったのが、明日の夜10時に出発することになった。海外出張は突然決まるから、理想の便で行くのは難しい。おまけに今回は途中で台湾の人と合流することになるから、連絡を取りあって日程を調整するのに時間がかかった。
今回は初めてエールフランスという飛行機に乗る。もちろんフランス語は全く分からない。またドイツ国内はかなりの長距離を電車で移動することになるから少し心配だ。ドイツに行ったことのある人に聞いたら、市内ではほとんど英語が通じないらしい。NOVAで数回ドイツ語を習ったが、今までやったのは、発音の仕方、名前の聞き方、言い方、住んでる場所の聞き方、数字の数え方など、基本中の基本ばかりだ。考えれば考えるほど、あれはどうすればいいのかなぁ、これはどうすればいいのかなぁ。と不安が出てくる。一番重要なのが仕事で、ドイツ英語が本当に聞き取れるか、技術的な詳細部分を英語でやり取りできるか、不安なことばかりである。
まぁ、よくよく考えてみれば、学生の頃ろくに英語も話すことができないのに一人でオーストラリアに行った経験もあるから(その時もかなり不安だったが)、それを考えると何事も経験だと、割り切って考えるしかない。逆に会社が自分にドイツに行けと命じたのをありがたく思うべきだろう。他の人が経験できない仕事を経験できるのだから。さてどんな出張になるのやら・・・。
3月19日
ドイツに仕事で行ってきました。ドイツは緯度的に言えば北海道より北に位置しており、自分が行ったところは平均気温が0度ぐらいで寒いところでした。南に行くほど高い山が多くなり、積雪も増えてくる。逆に北のほうは当然北極に近くなるから気温が低くなっていく。結局のところ北に向かっても南に向かっても寒いということだ。テレビの天気予報でやっていたが、北のある地域では最低気温がマイナス20度になるところもあるそうだ。
![]()
飛行機はエールフランスで、フランスのシャルルゴール空港を乗り継いでドイツのフランクフルトに入った。行くときは成田からフランスまでは14時間。そこで3時間待ち、更にドイツまでは1.5時間と家を出てドイツに入るまで、22時間ぐらいかかった。経由便はつらいな。おまけにシートが狭いから体が固まってしまうので、ときどき立っては体をほぐしていた。時差が-8時間だから朝の9時ということは、日本では夕方の17時である。そして、フランクフルトからはICEという特急電車で1時間10分ぐらい移動してヴルグスブルクに行った。ここである会社を訪問して2泊した。
![]()
天候には恵まれていて晴天だった(気温は低くて寒いのだが)。宿泊したホテルは外見がこじんまりしていたが部屋がきれいで気持ちよく泊まることができた。ホテルの周囲は古い似たような建物が多く、石畳がひかれていてまさにヨーロッパという光景でした。ホテルの周囲を歩いていてもあまり人を見かけることはなく静かな田舎町という感じだった。周囲にはいたるところにぶどう畑があってさすがワインのメッカである。
![]()
次に電車で2時間ほどかけて南下してアウグスヴルクという地方都市に移動した。ここでは見本市を見に行く為、車で移動した。初めてアウトバーン(ドイツの高速道路で制限速度のない道路)に乗った。無制限の速度といってもみたところ80〜160キロぐらいの速度で走っている車がほとんどである。感覚的には日本の高速道路と同じで、特に怖いと感じることはなかった。ここで1泊した後、次にミュンヘンまで移動した。
![]()
ミュンヘンはさすがに都会で大勢の人が行き来しており、寒さは一段と増した。天候は曇りがちで、ときどき雪も降っていた。上のライオンはかなり落書きされていたが、デパートのマーシーズのキャラクター?(だと思うのだが)、デパート前に置かれていた。市電は各都市でたくさん走っており市民の足となっており、ここミュンヘンでも、車とうまく共存して交通渋滞もなく走っていた。背景には中世の建物があり、市電となんとなくマッチしている。しばらく見ていても楽しくなる絵だ。
ドイツ人はほとんどの人が英語を話すためにそれほど仕事も会話も不自由に感じることはなかったが、書いてあること、テレビで話すこと(言葉)全てドイツ語だから、全く理解することができずにストレスを感じた。あるパンフレットを読んだとき、ドイツ語と英語が併記してあるのを見て、書かれている内容が本当に簡単な言葉だったので、余計に腹が立ってストレスを感じた。ドイツ語も覚えたいなぁ。
その後、ミュンヘンで飛行機に乗り、フランスのシャルルゴールを経由して成田に戻ってきたのだが。帰りの成田行きの便に乗る際、ボーディングパスを渡して乗り込もうとすると、突然、「ちょっとまて」と言われた。そして「英語はしゃべれるか」と言われた後に「クラスがビジネスに変更」と言われた。俺は、おっ、すげぇなと、びびったが、冷静に「ありがとう」と答えパスの半券を受け取った。座席は5Bと書かれており、前方のビジネスシートだった。うわさには突然の座席の変更もあることを聞いていたが、自分が体験すると、なるほどこういうこともあるんだと本当に感心した。仕事で初めてビジネスクラスに乗った。帰りのフライトは12時間かかったが快適な座席でくつろいで帰ることができた。ただ帰ってからは時差ボケが待っていた。今日の昼間も眠かった。
4月23日 中国語レベル7BにUP (習い始めから5ヶ月経過)
中国語のレベルが1ランク上がった。NOVAで中国語を始めたのが11月2日だから、そろそろ5ヶ月ぐらい経つ。もう5ヶ月も経つのか早いな。しかし特にたくさん話せるようになったわけではない。
NOVAのレベルの仕組みだが、レベルは全部で9段階あって、レベルの低い順に、7C、7B、7A、6、5、4、3、2、1となっている。超初心者の俺はもちろん7Cでスタートして、今回試験を受けて7Bになったのだ。普段の授業の中で講師が会話能力をチェックしていて、もうそろそろレベルを上げてもいいだろう、という程度になると2人の講師から推薦状がでる。そうすると試験を受けても大丈夫でしょうということになる。試験は講師と1対1で会話して、その中でいろいろな質問をしてくるのだ。例えば、1枚の絵を見せて、「この中には何人の人がいますか?」、「お父さんは何をしてますか、お母さんは何をしてますか。犬は何をしてますか」、という具合だ。全部で30ぐらいの質問があり、15分ぐらいで終了する。そしてすぐに結果がでるのだ。
講師から推薦状がでて試験をするぐらいだからほぼ100%近く試験には合格する。だったら試験の意味がないんじゃないか、と思うかもしれないが、中にはダメな人もあるらしい。その場合は試験でダメだった項目をその後、レッスンで再度勉強して、問題なければレベルが上がるらしい(実際にダメだった人を聞いたことはないが、NOVAのスタッフの話によるとこうらしい)。
中国語が日常会話として使えるレベルはおそらく7Aぐらいからだろう(しどろもどろだけど何とか意思疎通ができるレベル)。仕事でなんとか使えるレベルは多分4ぐらいだろう(今自分が英語が4だから)。そうそうドイツ語はもちろん7Cの超初心者だ。
ただこうやっていくつかの外国語を平行で勉強してると、互いの関係が見えてくる。似たところ、違うところである。例えば、中国語は日本語と同じで漢字を使うが、発音が違う。ところが中には似た発音もたくさんあるのだ。例えばこれは人名で「小林」。そう「こばやし」である。これ以外の読み方もある。「しょうりん」とも読む。これは中国語は、「しゃおうりん」と読むのだ。かなり似ている。また文法は英語と似ていて、主語+動詞という順で作るのだ。
次にドイツ語だが、これも英語と似ている単語、発音が出てくる。ただ発音は日本語のローマ字発音に近いものがあるのだ。だから自分が分からない単語でも英語から予想して、日本語のローマ字読みで話すとかなり近い言葉になる場合がある。
まぁ外国語の勉強は地道に少しづつやっていくしかないだろう。英語も俺は最初7Aからスタートしたがやっていればいつかは日常会話として話すことができ、いつかは仕事でも使えるレベルになる。中国語、ドイツ語の場合、1年後か、3年後か、または5年ぐらいかかるかもしれないが・・・。学生の頃ははっきりいって勉強する理由が分からなかった。だからほとんど勉強しなかったし、すごく嫌いだった。しかし今は違う。学校と違って強制的に勉強させられることもないから自分のペースで自分の目標をもって伸び伸びとできる。また仕事の中でも外国語を使う機会が増えてきているから、やればやっただけ結果が目に見えてでてくる。だからやりがいもある。達成感も味わえる。これはかなり気持ちがいい。この気持ちは経験した人でないと味わえないと思う。この達成感というのは、おいしいものを食べた瞬間的な喜びではなく、達成した後、自分の中に長い間その心地よさが残るのだ。だからいいのだ。そしてまたこの達成感を味わおうと挑戦をするのだ。
ただ冷静に考えてみると、結局、自己満足の世界かもしれない。現実的に周りから見ると、例えば妻は、「えっ、今度また他の外国語を始めるの、年間いくらお金を使っているか知ってる?」。「もっと早く家に帰ってきて子供たちの面倒を見てほしいわ」となる。子供にとっては、「パパ、保育園に迎えにきてよ。パパに来て欲しいよ」。(たまには行っているんだけどなぁ)
また会社の同僚から見ると、「えっ、今日もNOVAに行くの、そんなことに力を入れるのなら、その分この仕事に力をまわしてくれよ。もっとスピードアップするんじゃないのか」。更に、こういう意見もある。「えっ、また雑誌に載ったの、そんなに目だってどうするんだ」。現実的にはそんなもんだ。
しかし俺の考えはこうだ。自分が何かをしようとするときには、必ず壁が出てくる。特にやりすぎるぐらい実行しているときには必ず、それを阻止しようとする人がでてくる。そこでやめてしまっては、その事は達成できない。博士号の取得のときもそうだった。その人たちはみんな、「そこまですることないんじゃないか」と、必ず俺の行動を阻止することを言う。中には、「君の為を思って言っているんだよ。この試験に受からないほうが君のためだよ」。そういうことを言われると余計に俺は頑張りたくなるのだ。相手の意思に反して、ようし、それならやってやろうじゃないか、となるのだ。
自分で言うのは何だが、我ながらなかなかいい性格だと思う。大分前に親にも言われたことがある。「お前は調子にのるタイプだから気をつけろ」と。そうかもしれないが、そこまで徹底的にしないと多分博士号は取れなかったと思う。1つのことに秀でるためには常識的な努力ではまず達成できないと、俺は思っている。子供の頃、ある強い空手の先生が言っていた。「ボクは素質がないんだよ。だけどね練習量は誰にも負けないよ。人一倍練習をするんだよ。だから強くなれるんだよ」。もちろん練習の仕方もあると思うけど、この考え方に俺は感化された。ただそれほど空手は強くならなかったが・・・。
いづれにせよまぁ自分のペースでやっていこうと思ってます。今日は少し書きすぎたなぁ。
4月29日
先週仕事で福島県に行ってきた。東京のほうは桜が散って青々とした葉が出ているけど、福島はまだまだ桜が咲いていて少し葉桜になっている程度だった。十分に花見ができる。もしかするとこの土日に花見をしている人もいるかも。
中国語がNOVAでレベルアップして初めてレッスンを受けた。やはりみんなよくしゃべる。少し長めの文章をみんな作るのだ。最初はついていくのに苦労するけど、5〜6回受けると不思議なことにすぐに慣れてくるのだ。
そういえば連休がもうすぐ始まるけどどこに行こうかな。
7月1日 英語レベル3にUP (習い始めから4年2ヶ月経過)
NOVAで英語とドイツ語にレベルアップ試験の推薦状がでた。そして昨日英語の試験を受けてレベル3に上がった。長かったなぁ。レベル4からレベル3に上がるまで2年と3ヶ月かかったことになる。早い人はおそらく1年以内で上がるのだろう。一緒に勉強していた人たちもどんどん俺をおいて上がっていったから俺にとってレベル3の壁は能力的にオーバーヒートぎみだったに違いない。だけどとりあえず乗り越えることができた。けど次のレベル2の道はかなり遠そうだ。NOVAの雑誌で体験談が書いてあったが、ある人はレベル3から2に上がるのに10年かかったそうだ。され俺はどれぐらいかかるのだろう。
昔からそうだったがどうも俺は暗記物が弱い。昨日覚えた単語が今日になると忘れている。だから1週間前の単語なんて記憶からぶっとんでいる。けど英会話は受験英語じゃないから一夜漬けなんてする必要がない。たとえ一夜漬けで覚えたって使えないと意味がないし、2日目に忘れていたのではまったくもって意味がない、と俺は思っている。初めて出てきた単語は2、3回ぐらい会話でしゃべらないと身につかない。頭で覚えただけでは通用しないのだ。
さてレベルが上がってまずやっかいなのは、そのクラスのレベルに慣れることだ。あたりまえのことだが、他の人は自分よりもつわものだ。俺よりペラペラしゃべって、俺よりも単語をよく知っている。今までの経験から行くと、初めて上のクラスで勉強すると、「おいおいこいつら本当に俺と同じレベルかよ。もっとゆっくりと簡単な単語で話してくれと」、思うのだ。ところがこれが数回行くうちに慣れてくるのだ。さて今回はどうなるのやら。あと来週にドイツ語の試験もあるから、少しは勉強しなくては。
7月8日 ドイツ語レベル7BにUP (習い始めから4ヶ月経過)
NOVAでドイツ語の試験を受けてレベルが7Bに上がった。3月に習い始めたから4ヶ月経ったことになる。試験の内容は、「あなたの名前は、どこに住んでいますか、趣味は何ですか、今日は何をしましたか、今何をしてますか、夜は何をしますか、あなたは何が好きですか、家族は何人いますか、子供は何が好きですか等」、その後、画面に出た数字(2,5,35,125等)を読むのだ。それから、店で何かを頼む時のロールプレーをする。先生が店員で、俺が客でやり取りするのだ。「あなたは何を注文しますか、他には何がほしいですか。はい、全部で2.5ユーロです等」。次にCDを聞いて、いくつかの質問に答える。俺はこの質問にいくつか答えることができなかった。けど試験は問題なくパスした。ただし7Bに上がってもまだまだドイツ語での会話は難しい。本当に簡単な受け答え程度なのだ。
今ふと考えると1年前はドイツ語なんて話せなかったし、中国語も全く同じで話せなかった。けどわずか数ヶ月勉強するだけでとりあえず簡単な受け答えだけはできるようになる。例えば日本語で、「あなたの名前は何ですか?」は、英語では、「What's your name?」となり、中国語は、「ニー、ジャオ、シェマミンズ」となる。ドイツ語は、「ヴィ、ハイセン、ジィ」となるのだ。1年前だと全く頭に思い浮かばなかった言葉が、今は考えなくとも頭に思い浮かんできて、話すことができるのだ。不思議だよな。いや、勉強してるから当たり前といえば当たり前なんだろうが、1年前と今は明らかに違っていることが実感できる。やっぱりこれが変化だよな。ただ進歩と言えるかどうかは分からない。もしかすると暗記力の苦手な俺の場合、他の言語を1つ覚えることで、日本語を1つ忘れているのかもしれない。だからこれは進歩とは言えないかも。あと「あなたの名前は何ですか」という言い方が、いろいろあるのがおもしろい。言語が違うから当然なんだが、自分が違う国の言語で言えるのが、何となくおもしろい。これが今の実感だ(心の表現を文章で伝えるのは難しい)。
先週英語がレベルアップしてから初めての授業があったが、やはり予想通りあまり話ができなかった。レベルが違うからというのではなく、何となく様子見をしていた。最初に思った程のレベルの差は感じられなかったが、これからはレベル2の人も一緒に授業を受けるから、どうなることやら。クラスの人に話を聞くとレベル3の中の半分ぐらいは、子供の頃とか仕事などで海外で住んだ経験のある人だそうだ。だから発音とかはネイティブに近い。鍛えられそうだ。俺にとっては聞き取りをもっとしっかりとしなければならない。授業でも先生の言っていることが分からずに推測で話すときがある。結局100%分からなくてもそれだけでも会話は成り立つのだが、相手の微妙な言い回しなどは理解できない。あとは単語力を強化しないといけない。テレビの英語放送を聴いてもやはり理解できない。単語が知らないからだ。もちろん聞き取り力も欠けているのもあるわけだが。
今日は妻と子供達は、彼女の昔の友達とその子供達で品川プリンスの水族館に遊びにいった。俺はどうしようかな。一人で映画にでも行って英語の聞き取り力でも鍛えに行くか。
7月15日
とうとう来訪者が1万人になりました。いつも普通の家を見ていただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
先日NOVAで英語の授業を受けたが、またほとんど話せずに授業が終わった。みんな本当によくしゃべる。内容が分からないわけではない。話を聞いていて、ほとんどが理解できるのだが、話をするタイミングが遅すぎるのだ。他の人はテンポよく会話を進めていくのだが、俺が考えている間に話はどんどん進んでいくのだ。この意見を今から言おうかなと思っている間に他の人が割り込んで話を進めていく。前のレベルでは全会話の50%ぐらいは話せていたのが、今は5%以下も話せていない。これがどれだけ苦痛か、なんとかしなくては・・・。
レベルが上がるごとに毎回感じるのだが最初の数回はかなり苦痛だ。けどこれが何回も行くうちに慣れてくるのだ。と俺は信じている。
8月20日
休み明けにスイスから来客があって対応した。スイスの母国語はドイツ語だがやり取りは英語で行われる。外人がプレゼンをするので自分ともう一人の人が通訳をやりながら進めていくのだが、やはりすべての単語は理解できない。理解できないからどうじても全部を通訳できずに、あらましだけになってしまう。また全ての単語が分かっても同時通訳なんて真似はできないから、外人が一通り話し終わるまで、言っていることを記憶しながら通訳することになる。結果的には詳細な部分まで通訳ができない。やはり難しいな。通訳のテクニックが必要だな。まだまだ勉強不足だ。
ただ食事の時に少しドイツ語を披露すると外人はよろこんでいた。日本でドイツ語を聞く機会はめったにないから。自分がドイツ語で通訳ができるのはいったい何年後だろう。
9月2日
最近朝晩がめっきり涼しくなってきた。俺は半そでのYシャツで通勤しているが、最近ちらほらとスーツの上着を着ている人を見かけるようになった。もう9月になったからな。
話は全然違うが、俺は字を書くのが本当に下手である。我ながら驚くほど下手で、どんなに上手く書こうとしても全然上手く書けないのだ。周囲の人、両親に聞くと字を上手く書くコツはゆっくり丁寧に書くことと、言っているが、俺はどれだけゆっくりと丁寧に書いても上手く書けない。
そこでワープロの文書や本の書体を真似て書いたこともあるが、何かが違うのだ。一字一字は我ながら上手く書けていると思うのだが、文章全体を見ると全然上手く見えないのである。よく見ると一字一字の字の大きさにばらつきがあるのだ。それが原因かもしれないと思いながら書いても上手く書けない。
小学生の頃、習字を習っていたが、はっきりいってそんなのは今全く役に立ってない。結局続けてないからなんだろうけど。俺は特に学生の頃や数年ほど前までは自分の字が下手なことに、こだわらなかった。たまに自分の書いたメモを他の人に渡したりする程度だったから特に問題はなかったのが・・・。
ある時俺にとって重大な事件が起きた。俺にとってだ。他の人にとっては大したことはないかもしれないが。数年前イギリスに国際会議の発表に行ったとき、会社に現状報告をせねばならず手書きの文章を2回ほど送った。もちろん上長に報告するわけだから、俺は渾身をこめて丁寧に書いた、つもりだった。そう、つもりだったのだ。そしてそれをFAXで送った。メールで送ることができればよかったのだが、俺にはその手立てがなかった。
その後、会社に戻った俺は驚いた。俺の手書きの文章が部内を回覧されていた。見ると本当に”へたくそ”な字であった。そればかりか漢字が間違っていて社長に訂正されていたのだ。そう俺のへたくそな文章は社長まで回っていたのだった。俺は穴があれば入りたかった。俺はすぐにその文章を回収した、がとき既に遅し。もう全員に回った後だったのだ。当然だ1週間程イギリスに行っていたからその間に回覧されていたのだった。
俺は手書きのFAXを見て、「へたくそな字だな!」と叫んだら、隣にいた先輩が、一言「本当だな」と。俺はそれからいろんな人の手書きの字を観察することにした。あの人は上手い。あの人は下手だ。字の上手下手は年齢、男女、学歴は関係ないように思えた。
あるとき回覧がまわってきて見ると、すさまじく下手な字を見つけた。申し訳ないが本当に下手で自分とは比べ物にならないぐらい下手だった(お前も人のことは言えないだろう!)。これは絶対に人前には見せられないだろう、と心の中で俺は思った。それと同時に、上手い字を書かなくてはと本当に本当に思い始めた。
それから自分では字を丁寧に書こうと心がけるがやっぱり上手く書くことができない。何とかしなくては。俺は字が下手だから年賀状ももちろん全て印刷だ。できるかぎり手書きのところを少なくしているのだ。仕事でもほとんどパソコンを使うから手書きが少ない。
そしてある日の朝、新聞の広告を見ていたらユーキャンを見つけた。そう資格のユーキャンだ。今はコマーシャルをやっているが、その広告を見つけたとき2年前はあまりコマーシャルで見ることはなかったが、ときどき広告に入っていたのは知っていた。そう実用ボールペン字講座だ。金額は2万9千円。このままだと俺は一生下手な字を書き続けるだろう。俺はちょうどその頃博士課程を修了して時間の余裕もできて、結局挑戦することにした。ただこの実用ボールペン字講座の説明を見ると1日20分程度練習すれば見違える程上手くなるみないなことが書かれていた。1日20分だったら楽勝だ。俺でもできるぞとお金を払い教材を購入した。
まずはひらがなの練習からだ。あ、い、う、・・・。最初はやる気があるから1日15分どころではない。1時間も2時間もやる。会社から帰って字を書く練習をするのだ。妻は、”旦那がまた何かをやり始めた”という感じで遠くから見ている。そう知っての通り俺はNOVAにはまっていたからだ。俺の日課は会社の帰りにNOVAに行き、そして夜10時前に帰ってくる。そして今は、この新しく始めたボールペン字の練習をやっている。
妻は何を言うでもなく(文句も賞賛の声もなく)見ている。たまに言うのが、「年間いくら(俺が)お金を使っているか知ってる?」。もちろん俺はそんなことは知らないが、かなりの金額を使っているのは確かだ(反省はするのだが・・・)。そういうときは俺は決まってこう言う。「今俺がやっているのは将来に対する自分の自分に対する投資だ。確かにNOVAで○○円以上は使っていると思うが、結果から見ると自分の英語が今は会社の役にたっている。おまけに自分が投資した金額以上に会社から戻ってきている(俺が思っているだけかもしれないが)。だからこのボールペン字もそれと同じだ。必ず役にたつときがくるはずだ」。いますぐに役に立つとは思わないが、もしかすると将来的に自分の一生を左右するようなことに発展するかもしれない、と本気で俺は思っている。みなさんどう思いますか?更に付け加えて言えば、中国語もドイツ語も同じことだと俺は思っている。
俺のボールペン字の練習は最初は順調だったがやはり嫌になるときがくる。教材は全部で6冊あって6ヶ月かけて練習を続けるのだ。ひらがなの練習、カタカナの練習、数字、そして文章・・・。定期的に練習の成果を送ってチェックをしてもらうのだ。忍耐力があると思っていた俺も結局1ヶ月程たつとあきてきた。最初は1日2時間ぐらいやっていたのが、そのうち平日は練習せずに週末の土日にまとめてやるようになった。そして土日もやらなくなりそのまま何もせずに1ヶ月ぐらいがたった。
ある時俺は、こんなことではダメだ。当初の俺の志はどこにいったのだと、もう一度やり方を考えることにした。やる気を継続させる方法は、何かないかな。NOVAの場合だとレベルが9段階に分かれていて試験があってレベルが上がるわけだが、このクラスというのが受講者のやる気を起こす1つになっている。つまり上のレベルを目指して頑張ろうと。
俺は最初に送られてきた教材と他に何か一緒に入ってなかったか調べてみた。するとボールペン字にも検定があることが分かった。5級からあるみたいだ。俺は早速練習をすることにした。ボールペン字の検定というのは、決められた文章があり、それを清書の用紙に書いて日本書道協会なるところに送るのだ。そして採点が行われて合否が決定するのだ。
5級の清書を送るとなんなく受かった。5級が受かると検定料を納入する振込用紙が送られてくる。3000円だ。お金を振り込むと5級の認定書と次の4級の課題が送られてくる。もし不合格ならばお金は必要ない。再度課題の用紙が送られてくるのだ。そして何度でも挑戦できるらしい。なんとなく、日本書道協会なるものは怪しい金儲けの団体のような気もするが、ユーキャンがやっておりおまけに今はコマーシャルでもボールペン字を宣伝してるぐらい(人気が高い講座)だから信用するか。何より字が上手くなることが俺の目的だからそれが達成できればよい。それに5級でも検定に受かると気持ちがよくて、ようし次も頑張ろうかとなってくる。
とりあえず俺にとって継続する為のやる気がでてきたのは間違いない。調子にのった俺はすぐに4級の練習に取りかかった。そして翌日に清書を書いて出した。今考えるとそんな簡単に受かるわけが無いと思うのだが・・・、その時は動機が不純でとりあえず4級を目指そうというだけに成り下がっていた。本当の目的は字が上手くなることなのに。結果は言わずとしれた不合格だった。「もう一度練習をして提出してください。あなたの字はここがよくないです。」というようにコメントが書かれていた。
ダメだったかと思うと同時に俺はあさはかさを知った。たった1日練習しただけで急激に字が上手くなるわけはないのだ。長い年月を書けて常に丁寧に書くことで上手くなっていくものなのだ。だから1日20分毎日練習を続けることに重大な意味があるのだ。つまりいつも丁寧に書く習慣を持つということだ。ただ丁寧に書くだけでなく、字形を整えなければならない。それぞれの文字できれいに見せる為の書き方があって、ここは長めに書いて、ここは短めに書く、またこの漢字はバランスよく小さめに書く、他の字とのバランスを考えて縦書きの場合は中心線を揃えて書くなど非常に細かいのだ。俺はボールペン字は奥が深いと感心した(腕は未熟だがこういうことは一人前に思うのだ)。
また全体の文章をある程度バランスよく書くと一字一字が下手であっても全体的には綺麗に見えることが分かった。上手い人の文章は全体的にバランスよく書けているのだ。ようやく俺はそれに気がついた。結局4級が不合格以来毎日わずかな時間でも練習するようにした。また普段の仕事の中でもなるべく丁寧に字形を整えて書くようにした。そして3ヵ月後再度4級を出して合格した。
検定以外に教材の練習は14回ごと(14日ごと)に練習の成果を別の用紙に書いて提出しなければならない。全部で15回の課題を提出するのだ。そして今年の4月に15回目の課題を提出した。一時、数ヶ月間何もせずに過ごしたときがあったが、それ以外は順調に進めることができた。最初はひらがなの練習、次にカタカナ、そして漢字、それ以降はあいさつの文章、年賀状の文章、行書の書き方、最後の練習課題は筆ペンを使った”のし紙”の書き方だった。6ヶ月で終わるところを、結局1年半ぐらいかけて行った。予定はかなりオーバーしたがとりあえずやり終えることができた。
後は日々の生活の中で書くのが練習で、丁寧に字形を整えてバランスよく書いていかねばならない。油断をするとすぐに元の字に戻ってしまうのだ。問題は字を書くのに時間がかかることにあるが、行書を上手く併用することで早く書けるようになるのだろう。日々練習である。ちなみに検定は先月2級が合格した。今度は1級に挑戦だがこれは全て行書で書かなければならないので練習中である。書道はおそらく一生かけて行うもので、自分の腕は常に磨いていかなければならない。一朝一夕で上手くなるものではない。
我ながら2年前と比べると上手い字が書けるようになったと思う(自分で思っているだけかもしれないが)。妻に言わせると、俺が一字書くのに妻は四字ぐらい書いているから、あまりの字の書く遅さにあきれている。世の中のスピード時代に反するかもしれないが書道は別ものだと思っている。ただこの2年の間やってきたボールペン字を永久的に保つには常に意識して書かねばならず俺にとって重荷になるかもしれないということだ。そうでないとやってきた意味が無い。ただ検定の受験料がバカ高い。2級は8千円で、次の1級はなんと1万円もかかるのだ(日本書道協会、やっぱり怪しいぞ)。おそらく妻も不満に思っているのだろうが何も言わない。
今日はたくさん書きすぎた。ここまで読まれた人ごくろうさまでした。俺はこのネタを書くかどうか迷っていた。実用ボールペン字講座をやり始めた頃に1つのネタとして書こうと思っていたが結局今まで書くのはやめていた。それは自分の字が下手だという恥をさらすことと、もしかすると講座を最後までやり遂げることができず挫折するかもしれないと思ったからだ。だがとりあえずやり終えることができたから書くことにした。
ただ第三者の立場からみると自己満足のためにやってんじゃねぇのか、思うかもしれない。ただこの自己満足が仕事に社会に役立てばこれほどうれしいことはない、と俺は思っているのだ。
9月16日
先週の話だがマサキを病院に連れて行ったら、結局ドクターストップがかかってスイミングには連れていけないことが分かった。代わりに別の日に振り替えてもらうことになった。
今日はショウヤをNOVAキッズ(子供英会話)の体験レッスンに連れて行くぞ〜。前に1回だけ川崎大師の近くのNOVAキッズに参加させたことがあるけど、最初は何もしゃべらずに固まっていたのが、最後には一応片言の英語を話していたから驚きである。全く英語を話せない子供に対して、外人講師が全て英語で話しをして説明して、そして子供が英語を話すようになるのだからすごい不思議だよ。日本語の会話ですらできないのに。そこがおもしろいところだ。どういう反応をするか楽しみだ。
9月24日
先週ショウヤをNOVAキッズ(子供英会話)に連れて行った。最初にスタッフから詳細な説明を受けるのだが、前にも聞いたから俺は話半分で聞いていると、ショウヤがどこかに行ってしまった。そして戻ってくるなり、「○○くんがいたよ」。同じ保育園の友達がいたそうだ。すごいな保育園からもう習わせているのか。親バカだなぁ。こんなに早く習わせて早すぎるんじゃないのかと思ったけど、俺も同じだろということに気づいた。ちなみに他のクラスにも同じ保育園の子がいることも分かった。す、すごいよな。俺が子供の頃なんて学習塾なんて行ったことがなかったのに。けどそろばんとか習字とかはやったよな。今は何の役にもたってないけど。
同じクラスには4人の子供がいた。先生が先に部屋に入って、「Come in:入ってきなさい」と言うと、一人づつ子供たちが入っていくのだ。ショウヤを見ていると、自ら進んで他の子供の後ろに並んで入っていき、いきなり、「My name is Shoya 」と言った、お〜、すげぇな〜、スタッフも「すごいですね、自己紹介できるんですね」と親バカの調子に合わせて話してくる(もちろんこれが仕事だから)。ただ俺もここまでどうどうと話すとは本当に思わなかった。おそらくマサキだったら、うじうじしていて中には入っていかなかっただろう。
しかしその後が全く続かなかった。先生が「What's it?:これは何?」と聞くのだが、何て話していいのか分からないらしく、答えようとしない。他の子が、「It's a t-shirt」と言う。お、さすがにすごいな。俺はまたまた感心した。どれぐらいの間やっているのか分からないが、先生の言葉に反応して、ちゃんと答えている。ショウヤは相変わらず黙ったままである。最初の勢いはなく固まっている。更にみんなはホワイトボードに自分の名前を英語で書き始めた。ショウヤはもちろん書くことができない。ひらがなですら書けないのに英語の書き方なんて教えてないから書けるわけがない。とりあえず先生に手伝ってもらって書いていた。他の子はさすがにいつも書いているのか、自分で書いているのだ。すごいな。ちなみにこのクラスは4〜6歳児のクラスである。
少しするとショウヤも慣れてきたのか要領をつかめたのか先生の真似をするようになってきて、最後にはなんとか「「It's a t-shirt」と言えるようになっていた。クラスの中では基本的に日本語を使ってはいけないので、先生(もちろん外人)はず〜と英語で、言うことを聞かない幼児相手に奮闘していた。先生も本当に大変だな。40分間見ていて、結局先生の周りで話を聞いている子は2〜3人で残りは、いたずらをして遊んだりしていた。やっぱり幼児だ。ただそれでも聞かれると、それなりに答えていたから環境を整えてやれば話をすることができるのだ。ちなみに親は子供たちが英会話をしている間、椅子に座って待っていてほとんどが雑誌や小説を読んだり、携帯をピコピコしたり、また買い物に行ったりしている。
授業が終わってショウヤに感想を聞くと、「英語おもしろい。やりたい。」と言う。 ちょっと待ってくれよ、今日は体験レッスンだけ来たのだから。NOVAのスタッフも調子にのって、「子供さんがやりたいとせっかく言っているのですから、是非やらせてみてはいかがですか」とか、「結局やるかやらないかは親御さんにかかっているのですよ」と、いろいろ言ってくる。俺が他のスクールで勉強していることは言ってない。やっていることを言うと、更にうるさく攻撃をしかけてくるのは目に見えていたからだ。
「今日は体験レッスンの為に来ましたので」と言い張って帰ることにした。ただ最後に、「やるからには途中でやめることなく継続的にやらせたいので週1日とか2日ではなく、1ヶ月に何回というやり方で長期間に渡って習わせたい。これから小学校、中学校と英語が必要になってくるだろうし、聞いた話ではセンター試験もヒアリングが実施されているということだから、いつからスタートさせようかとタイミングを見てることは確かですよ。」とは言った。本当にやるのであれば途中でやめたら何の意味もなくなるから、俺は本当に長い間続けさせたいと思っている。
2006年11月3日
10月19日〜22日までサイパンに行ってきた。最近知ったのだが、木曜日の夜にサイパンに向けて出発する飛行機があることだ。そうすると金曜日だけ会社を休むだけで行けるのだ。今回は三世代旅行であった。自分の両親と我が家族だ。両親は初めての海外旅行で大変楽しんでいた。
![]()
宿泊したのがニッコーホテルでここのプールはスライダーがある。、マサキは何回も滑って楽しんでいた。ただ俺が滑ったときマサキが前をゆっくり滑っていた為、衝突してあわや大惨事になるところだった。マサキは息ができなと泣いていたが、すぐに元に戻り自分もマサキも体を強く打ったが、特に骨が折れることもなく問題はなかった。スタッフから気をつけて滑るようにと注意を受けた。いや、本当に気をつけなくては。
![]()
両親が楽しみにしていたのが潜水艦からのサイパンの海の眺めだ。出発前には潜水艦はバッテリ交換の為中止だと言われていたのだが、現地に行くと前日からツアーを実施しているとのこと。俺たちは早速申し込んだ。サイパンの海は本当にきれいだ!第二次世界大戦で沈んだ貨物船や戦闘機も見れる。これらも今は魚のすみかになっているのだ。
![]()
俺とマサキは今回初めて酸素ボンベを背負ったダイビングに挑戦した。ただこれは水の中には潜れずに浮いているだけだ。どうも年齢制限があって7歳以下は潜れないのだ。来年からは潜れるらしいから、もし挑戦する機会があれば今度はダイビングするぞ。
海の中は本当にすごい。ソーセージをスタップからもらい手に持つと魚がたくさん集まってくる。これだけ大量に魚が集まってくると簡単に手でも魚が捕まえられそうだが難しい。俺は数匹小さな魚を捕まえた。マサキも大喜びだ。
![]()
今回初めて海外旅行に行った両親も大喜びだった。俺は直接自分の目で見て、肌で感じる経験が大切だと思っている。両親もこれを機会にまた海外に行ってもらいたいと思っているし子供たちにも海外の経験をもっともっと持たせたいと思っている。海外旅行を通じて日本と外国の違いを一部でも感じ取れればいいと思っている。
しかし出発前に子供たちに英会話を教えたが、ほとんど役に立たなかったのが残念だ。残念だ。本当に残念だ。
2007年2月4日
今週も天気のいい日が続いたな。太平洋側の地域は冬は特に天気のいい日が続くから気持ちいい。けど今年は気温の低い日が少ないのが気になる。雪も1回降っただけで全然積もってないからな。
最近俺は優れものの電子辞書を手に入れたのだ。今まで持っていたのはセイコーの電子辞書で、広辞苑、英語、日常英会話などが入っていたのだが、これに中国語とドイツ語を入れたいと考えていた。けど今の辞書には新しい機能を付け足すことができなかった。
NOVAで中国語、ドイツ語の授業を受けているとき分からない単語が続々とでてくるのだが、うまく質問することができないので、結局意味が分からずに授業が終わってしまう。後から調べればもちろん分かるのだが、授業の中では、その分からない単語を想像しながら俺は話をするから、会話がかみ合わない場合が出てくるのだ。そんなときに辞書があればすぐに調べて、理解した上で意見を言うことができるから、ほしいと思っていた。だけど本の辞書だと重くて持ち歩くのが大変である(何、重いだと、そんなこと言ってたら上達しないぞ!)。
ドイツ語と中国語の辞書を2冊買うよりも電子辞書1つで、英語、中国語、ドイツ語が入っているのがあれば軽くて便利がいいから是非欲しいと思っていた。けど俺の中国語、ドイツ語の能力ではまだまだでそこまで必要ないだろうというのが今までの俺の考えだったが、最近NOVAの授業でついていけないことを考えると、俺としてはどうしても欲しかった。
とりあえずヨドバシ、さくらや、山田電機で3ヶ国語が入った辞書があるのかどうか調べた。すると、7ヶ国語会話が入っている辞書を見つけた。けど触ってみると7ヶ国語は基本の会話だけしか入っていなかった。日中、中日、独日、日独の辞書は入ってないのである。他を探すと、セイコー、カシオ、シャープの一部の機種に新しい辞書を付け足すことができる機能のあることがわかった。パソコンを使って電子辞書にデータを送り込むことができるもの、カードを差し込むことで追加できるものであった。俺はその中でシャープの中国語、英語ベースの機種を選んだ。その電子辞書にドイツ語の辞書カードを入れることで3ヶ国語が対応できるのだ。これは優れものだ。そのカードを他の言語に変えることもできるのだ。金額は本体が2万円でドイツ語辞書カードが5千円だ。
俺は早速NOVAの授業で使った。テレビ画面での授業なので手元は映らない。中国語でわけのわからない単語が出てきた。他の生徒も分からない。先生は懸命に説明しているが俺にはちんぷんかんぷんである。他の生徒もおそらく理解できてない。俺はすかさずピンインを打ち込んで意味を調べた(アルファベットで単語を打ち込む)。ああ、そういう意味か。いつもだと先生の説明から意味を推測して、会話していたが今回は意味がばっちり分かった。だから明確に文章が作れた。やはりこの電子辞書はすぐれものだ。よかったぞ。
4月1日
桜の花がきれいに咲いている。もう4月か。早いよな。
明日はビジネススクールの説明会がある。午前中は会社に行き、午後から大学に行く予定である。明後日は簿記、会計、統計の試験がありテキストを勉強しているがいまいち頭の中に入らない。簿記の仕訳がなんとなく分かった気がするが、いまいちスッキリとしない。統計の本には確率も書いてあり、試験範囲に入っているのかどうかわからないのでとりあえず読んでいるが、確率は俺の苦手な分野の1つである。複雑な数式がどかどかと出てきて頭を痛めている。
ビジネススクールのホームページ、在校生のプログでいろいろと情報を仕入れているが、試験に関しては特に新しい情報はない。昨年の4月入学者から始まったらしい。それともう俺にとっては古い情報だが、入学試験に関してのQ&Aがあって入学者の英語試験の平均点が書いてあった。そしておそるべき現実と俺の能力の低さを知った。質問内容は
Q 日本語能力試験や英語能力試験の基準点はありますか?
A 基準点は特に設けていません。なお2002年度入学生の平均スコアは以下の通りです。
日本語能力試験(1級317点)/TOEFL(566点)/TOEIC(693点)
な、な、何、俺は今まで数回TOEICを受けたけど、ここまでの点数はまだ到達してない。まだというより、まだまだといったほうが正確だ(恥ずかしくて点数は書けないぐらいだ)。俺は大学にその恥ずかしいTOEICの試験結果を入学申請書類として提出した。それでも英語能力のところは、「まぁ、できる」、という欄にチェックを入れてしまった。ビジネススクールでは英語と日本語の授業が行われる。それは留学生が多いからだ。俺は日本語の授業を全て取るつもりだが、英語の授業にも興味を持っている。
昨年社会人向けセミナに出席したときにビジネススクールの先生に英語の点数のことを聞いたら、「日本語で授業を取るのであればあまり関係ないですよ」、と言われたような気がするから、入学試験の合否の基準点というのは本当に設定されてないのだと思う。しかし平均点でTOEICが約700点という現実を知ると、俺もそのレベルは取らないといけないなぁ、という気持ちになってしまう。
入学申請書類の英語能力のところをもっと謙虚に書くべきであったか。ただ俺のNOVAの経験とTOEICの試験を受けた経験からいくと、まずTOEICの試験は特徴があって高得点を目指すのであればそれなりの勉強をして、そのコツをつかめばおそらく高得点は狙えると思う(未熟な俺が言っても効果がないが)。NOVAの生徒との会話でもちろんTOEICの試験や英検の話が出てくる。彼らはもちろん謙虚だから、「自分は何点もとったとか、英検○級もっているよ」、という具体的な話はしないが、おそらく700点ぐらいはとっているように思う。それはたまたま聞いたのが英検1級を受けるという人の話だ。俺は非常に驚いて、「えっ、1級を狙ってるのと叫んでしまった」。狙う目的は、まず自分の英語のモチベーションを維持させる為とのこと。その人はインターネットで準1級の試験を受けたら合格範囲に入ったから、だから1級を狙うと言っていたが、すごいと思う。その人とは同じクラスだが、レベルは向こうがワンランク上の2である。その人はたまに海外の展示会で説明要員をしており、会社でもTOEICの試験であるレベルを要求されたとのこと、そのときに集中的に勉強はしたと言っていた。だから、おそらく700点は超えていると思う。こういう話を聞くとこちらも、ようしやらなくては、という気持ちが出てくる。
ただ試験で高得点を取るのと英会話ははっきりいって別物である。TOEICはリスニング、文法、長文などでスピーキングは含まれてない(最近会話専門の試験ができたといううわさはあるが)。本当の目的は試験で高得点を取ることではなく、海外の人とのコミュニケーション、更に英作文能力である。それでもビジネススクールの試験にあるように何らかの判断材料として英語試験があるわけだから、やはり試験でも高得点は取れないとダメなんだと思う。俺ははるか昔に英検3級を受けたけどダメだったという嫌な記憶が残っていて、まだまだそこから抜け出せない。1級とは言わないが2級とか準2級とか受けてみるかな。せっかく英語を勉強しているのだから。
4月15日
今週もあっというまに過ぎていった。先週の日曜日に義祖母がなくなり、火曜、水曜日と通夜、葬式の為名古屋に行った。そして金曜、土曜はビジネススクールで始めての本格的な授業を受けた。
ビジネススクールは朝の9時〜17時50分までぶっ通しで授業を受けた。1つの授業が1時間30分で休憩なしで行われる。はっきりいってくたくたになる。集中力も欠けてくる。一生懸命授業を聞いているつもりでも、財務、会計系は勉強したことがないから理解できない、頭に入ってこない。
戦略の授業なんかは、「今からする授業は、テキストを全て読んだことを前提として進めるから」と、びしびしと生徒に質問を浴びせられた。その先生はけっこう有名な先生で、普通の書店でもその教授の書いた本が並んでいる。授業の最後に宿題が出された。有名な先生だから受講者がかなり多い。だから最初に負荷を与えて受講者を減らすとのことだ。宿題は企業分析のレポートで8社の企業の優劣を分析しろという課題で、来週提出しなければならない。俺は今までやったことがないが、教科書を読んで分析しなければならない。この授業は必修科目で絶対にとらなければならず、他の先生の同じ授業もあるが金、土曜日以外に行われているから自分は受けることができない。だから頑張ってやるしかない。どうせやるなら厳しいほうがいいだろう。自分の為になることは間違いない。
他の科目からも宿題が出された。また参考書はこれを読みなさいといろいろ言われる。教科書だけでも全て揃えると2万円はゆうに超える。それに参考書も入れると・・・。1日に読まなければならない量はどれぐらいだろう。授業の中では質問することで、授業の参画と認められてこれも評価の対象に入るので、前もって予習しなければならない。こりゃ、大変だ。
授業の1つにプロジェクト研究と言うのがあり、どこかのゼミに入らなければならない。俺は意思決定に興味があり、そのゼミでは損得学というのを勉強できる。自分の考えだが、技術者は損得計算を厳密に行わずに会社で仕事をしている傾向があり、例えばある機械を購入するときに、損か得かを理論理屈に則って考えて購入する人がどれぐらいいるのだろうと、思っている。はっきりいって、自分もそのやり方がわからない。もしかすると完璧に損得計算をすることは難しいのかもしれないが基礎的なやり方はあるはずで、俺はビジネススクールではその勉強を中心にしたいと思っている。
俺は担当の先生にゼミで勉強したいので打ち合わせさせてくださいとお願いしたら、昼飯を食べながらしようということになった。昼前の授業が長引き結局30分ぐらいしか休みがとれなかったが、先生からいろいろと情報を得ることができた。毎月講師を呼んで話をしてもらうことを考えていて、元日本IBMの北城氏も予定しているとのことで、先生とは同級生で学生の頃ノートの貸し借りをした仲とのことであった。もしチャンスがあれば是非俺は話を聞きたいと思った。
土曜日の夜に新入生歓迎会があった。在校生、卒業生、先生が参加して大学に隣接する豪華なホテルで行われた。そこで俺はいろいろと貴重な情報を入手できた。金曜、土曜にくるMOT(技術)の先輩がどのように1年目の授業を受けたのかいろいろとアドバイスをもらった。基礎科目と専門科目があるがどのようにして取っていくのがいいのか。例えば専門科目の中には、授業の中で課題が与えられて、それをグループでまとめて次の授業で発表しなければならないというものもあるが、仕事をしている自分にとっては、本当にそんなことができるのか不安であったが、今の時期には基礎科目を中心に取るのがいいとのことであり、少しほっとした。
歓迎会には多くの留学生が参加しており、俺のつたない英語、中国語が役に立った。春入学のビジネススクールには17%の留学生がおり、授業の合間に多言語が飛び交っている、ビジネススクール全体ではもっと多くの留学生がいるらしい。今年の入学生全員とは話はまだしてないが、多くの学生は大企業で務めている(ちなみに自分は中小企業だが)。留学生の中には官庁から派遣されている人もいて刺激になる。この時期に多くの人とコネクションを作っておくのも大切だろう。
7月1日
ついに恐れていた発表の日がやってきた。最初のマーケティングは5人のチームでのグループ発表で、今回は中間発表なのだ。それぞれ分担して作業していたが、誰もプレゼンテーターには手を挙げないし、誰も言い出さない。本当に大丈夫かよ。俺はかなり不安で、とりあえず当日は30分早く学校に集まることをみんなに連絡した。グループ発表の内容は、「NOVAの新規マーケティングプラン」である。
言いだしっぺは俺である。いくつか提案がありみんなで平行に調査していったが最終的にNOVA案がいいだろうということになった。結局授業開始ギリギリまで作業をして、発表は俺が前半半分の現状のNOVAの状態を説明して、後半は別の人が新規プランを話すことになった。俺としてはテーマを言い出した責任があるしNOVAの現状をよく知っているのは俺ぐらいしかいなかったから、発表することに特に異議はなかった。いくつかの質問もあったが無事に発表は終わった。
次は経営戦略である。最近「見える化」とか、「現場力を鍛える」、とか話題の本を出している有名なE先生の授業である(イトーヨーカドーにその本が置いてあったのは驚いた)。その授業はいつもほぼ満席になってしまうぐらい多くの学生が聞きに来るのだ。この授業で俺は発表した。発表は任意で、先生に前もってプレゼン資料を出して発表してもよいか確認するのだ。実を言うと俺は発表したくなかった。だけど発表するとレポートを出さなくてもいいし評価得点も高くなるのだ。
俺とチームを組んだ相棒が3回前の授業で発表をして、俺も後から発表すると約束していたのだ。それがまさか3つの発表が重なる日になるとは夢にも思っていなかった。俺は少し緊張気味で本日2本目の発表をした。「マブチモーターの企業戦略と今後の打ち手」の発表である。相棒がマブチの広報からいろいろと詳細な売上データを仕入れていたおかげで、内容の濃い資料が揃った。また俺の車のドアミラーが壊れた経験もふまえたトークで少し盛り上がり無事に発表が終わった(マブチは車のドアミラに使うモーターを作っているのだ)。途中で先生もいろいろなおもしろいコメント入れてくれたおかげでなかなか盛り上がったプレゼンになった。その後の質問もなんなく回答して、俺としては久しぶりに成功した気持ちのよいプレゼンであった。先生の評価もよさそうだったし、クラスメートからもよかったとの意見をもらった。
さて次の発表が問題であった。イノベーションマネージメントという授業である。5人のチームで発表するのだが、まだ資料が完全でない。おまけに授業が始まってもプレゼンテーターが決まってない。俺が担当したのは発表資料全15枚中のわずか3枚だけで、全ての内容を把握できてない。俺はもしものことを考えて前の授業の発表が終わった後、プレゼン資料を眺めて話ができるように準備はしていた。
今回のメンバーはすごい。お互いに名刺交換して初めて分かった。同じ大学の違う学部の先生が2人と某有名飲料メーカーの開発者と会社経営者である。そうそう、このビジネススクールは違う学部の先生が生徒として受講しているのだ。その人に聞くと、「みんなと同じように入学試験を受けて入ったのですよ」。すごいよな。ある時間は生徒として授業を受けて、ある時間は先生として教壇にたっているのだ。別の人も騒いでいた。「今回のチームは博士が何人もそろっている」。俺は何もコメントできなかった。
そして結局プレゼン20分ぐらい前に、俺がプレゼンすることになってしまったのだ。またかよ勘弁してくれよ。俺に任せたらどうなるかしらないぞ。だってこの資料は俺が全て作ったわけじゃないんだから・・・、何てことは心で思っても絶対に口に出しては言えない。みんなが一生懸命に作った資料で、みんなギリギリで普段の仕事と勉強と資料作成をこなしているのだ。俺はプレゼン資料とにらめっこをしてプレゼン内容を確認した。ただありがたいことに今回の資料は半導体の金型に関することで自分が全く知らない内容でもなかった。けど同じメンバーである大学の先生は半導体をテーマに今ビジネススクールの修士論文を書いているそうだ。その人のほうが詳しそうなんだけどなぁ。
最終的に発表前まで修正を重ねて、思い切って発表することになった。本日3回目の発表である。1回、2回と好調に発表したついでに、気合を入れて俺は一気にしゃべりまくった。普段は話をするのが得意ではないが、プレゼンになると意外に滑らかに言葉が口から出てくるのだ。話ながらたまに冷静に考えることもできて、「あれ、ここのプレゼン資料のストーリーが少しおかしいな」、とか、「この資料の文章は何か変だよな」とか、いろいろ気づきながらも、強引に話を進めた。プレゼンはこれまでの学会の経験から、だいたいコツはつかめている。そして発表後の質疑応答もとりあえずそれなりに筋が通るようには回答した。ようし、やっと終わったぞ。他のメンバーから、「お疲れさん」、「大成功だ」と握手を交わし無事に本日全てのプレゼンが終了した。
そして次は人材組織の授業で前の授業が押していた為に既に授業は始まっていた。俺たちは途中から入っていった。人材組織も参加型の授業である。TDKからゲストが来ており、磁石のケースの話をしていた。俺は磁石を使った実験をやって論文を書いていたことがあったので、結局そこでも一言コメントすることになった。
今日は非常にハードだったけど非常に充実した日だった。その後は期末レポートに向けたグループミーティングを別のチームと行い、その後はシンガポールから留学生が来ており彼らとの交流会に参加した。我が大学側の学生参加者はたった4人だけであった(さみしいよな)。シンガポールからの留学生は15人ぐらいいるが、その中には日本人も3人いるのだ。留学生というのは、我が大学とシンガポールの大学のタブルディグリープログラムといって1年間勉強して両方の学校のMBAを取得するというコースである。そこでみんなと話をして思ったのは、俺の英語能力はまだまだだな・・・。結局俺は日本人と話をしてお互いの情報交換をした。彼らは1週間日本に滞在して日本の企業を10数社回って明日帰国するとのことだった。その交流会が終わった後も別のメンバーとの打ち合わせがあり、結局家にたどり着いたのは夜中の1時前だった。明日も授業があるのか・・・。明日の資料を準備しなくては・・・。早く日曜日よきてくれ。
7月29日
マーケティングのグループ発表がようやく終わった。今回はみんなで発表することにした。とりあえず先発は俺でNOVAの現状を報告して、途中の新規プラン、試算は他の人が説明してくれた。最後のまとめも俺が発表することになった。最後のおまけにNOVAの社長と2ショットでとった写真を出して、コメントをちょこっと付け加えて多少笑いをとって終了した。いくつか質問があったが、他のメンバーがうまく答えてくれた。今回の資料はなかなかすばらしい出来栄えとなった。
レポートの提出が金曜日にあったが、それもなんとか前日の夜までに作り終えた。他のメンバーはまだ完成してないということでマーケティングの授業終了後作っていた。あと経済性分析のレポートをこのHPを更新する少し前に作って先生にメールで送った。締め切りが明日の月曜の午前中だから問題ないのだ。さて、残り2つのレポートを来週中に出さなければならない。それと、夏休みの集中講義が水曜日〜金曜日にあるのだ。この3日間は1日中同じ授業がぶっとおしでやるのだ。おそらくその授業も最終的にはレポートを提出しなければならないだろう。さてあともうひとふんばりだ。
金曜日の夜はマーケティングのグループのメンバーと打ち上げをした。その中の1人はとある大手企業の広報担当部門で働いているのだが、そのグループの海外の広報をたった2人で担当しているという恐るべき事実を知った。彼の働いている企業は誰もが知っている超大手である。彼らの下で働いているのは派遣社員だそうで、正社員は2人だけとのこと。全世界に何百社とあるのに本当にそれで何とかなるのか? そしてなんとTOEICを960点もとったという事実を知った。すげぇよな〜。ほぼ満点じゃないか。彼はアメリカの大学を出てるらしいが、それでも960点はすごいよ。普通は取れないぞ。
9月2日
ビジネススクールの夏休みは長い人で2ヶ月、短い人でも1ヶ月はある。夏には集中講義やオープン科目などの語学の授業が行われているが、全くそれらの授業をとらない人は2ヶ月休みがあるのだ。その間みんないったい何をするのか?
あるフルタイムの学生で企業派遣で来ている人は、2年間会社に顔を出さなくていいらしく自由に時間を使っている。その人は3月に結婚したが忙しすぎて新婚旅行に行ってなかったので、北欧に新婚旅行に行くと言っていた。自分のような普段仕事をして金、土曜日に学校に行っている学生は、もちろん会社で仕事をする。
企業派遣で来ている人でフルタイムの学生でも、なかには夏休みの間だけは会社に戻る人もいるらしい。やはり2年間も仕事から離れると仕事の感覚がかなり鈍るのだ。
留学生は自分の国に一時戻ったり、またインターンとして働いたりする人もいる。またMBAの学生で会社を辞めて学校に来た人は、「久しぶりにこんな長い夏休みがあるから有意義に使おう」、ということで海外で語学勉強したり、なかには正規の短期留学として海外の大学でに行くケースもある。
プログからの情報だが、ある人はフランスのリヨン大学に3ヶ月間交換留学に行くと書いてあった。正規留学として行く場合は、向こうで単位をとるらしい。我が大学は海外との交流がかなりさかんで、20〜30校ぐらいの海外の大学と交換留学を行っているらしい。大学も超有名なハーバード、北京大学、精華大学、モスクワ大学などがある。おったまげたな。
あまり話をしたことはないが、一緒に授業を受けた人の中に台湾大学出身の人がいたが、その人は英語、日本語がペラペラであった。もちろん中国語もペラペラである。すごいよな。
先週ある台湾人のお客さんが会社にきた。その人とは昨年ドイツを一緒に回ったが、その人に中国語を勉強していることを言うと、「中国語よりもっともっと英語の勉強をしたほうがいいですよ! 英語は世界の共通語ですからね」 と、俺の英語コミュニケーション能力が不足しているところをついてきた。やはりいまいちなのだ。確かに俺も話してそう感じた。以前ドイツを一緒に回ったときのほうが英語がスムーズに話せた。やはり英語の能力は落ちているのだ。何とかしなくては。
ビジネススクールに行くようになって、語学勉強の時間が取れなくなっているのは確かだが、けど俺なりにNOVAでは勉強を続けているのだ。俺のルールとしては、英語は1週間に2回、中国語は1週間に1回、ドイツ語は2週間に1回NOVAで勉強しようと思っている。ただ思っているだけで実際は仕事や出張で行けない場合が多い。あと中国語を勉強する機会としては、大学にはアジアの留学生が多い。だからなるべく勇気をもって留学生に話しかけようとしているが・・・。
10月21日
大学は創立125周年ということでいろいろなイベントが行われている。宮崎県の東国原知事が講演していたと他の人から聞いた。彼もここの卒業生らしい。ちょうど今日21日が125年目とのことで盛大なイベントが開催される。世界各国から大学長が集まり会議を行うとのこと。また電気自動車のバスが本校と分校を結んで走る。学生のパフォーマンスや卒業生を招待した記念行事も行うとのこと。俺にとって日曜日は唯一の休みだから行く気力がない。それよりも来週の金曜日にゼミで発表があり、土曜日にはレポートを提出しなければいけないので資料作りをする。今回の課題はそんなに難しくはないが、来週数日間出張が入る予定なので早めに準備をしなくては。
話は変わるが、先日ある修羅場を見た。NOVA騒動だ。NOVAの中で女の人が、「金返せ!金返せ!」と騒いでいて警察まできていた。俺は授業を受けていたが、どうしてもそちらが気になって授業に集中するどころではなかった。詳しくは、・・・
10月28日 NOVA倒産
先週は火曜から木曜まで仕事で岡山に行ってきた。岡山はかなり暑かった。首都圏も暑かったらしいが。
金曜は学校のゼミで発表しなければならなかったので資料は先週ほとんど作り上げていた。しかし、土曜日に提出するレポートが出来てなかったので授業をいくつか出ずに作成しなければならなかった。今期の授業は正式に取ったのは5教科で、あと5教科は聴講することにした。
それは会社の仕事が多くなってきたからだ。前期の授業のときは正直言ってこのまま仕事と学業を続けられるのか悩んだ。胃も痛くなってきた。普段仕事をこなして週末に学校に行って授業を受けるだけであれば問題ないのだが、両方とも負荷がある。仕事は仕事時間にするが、学校に行っている間は授業を受けるだけで精一杯で宿題、レポートをする余裕が全くなかった。あいた時間はグループ発表の為の打ち合わせが入るのだ。
他にもNOVAで語学を勉強しているがそんなの大した時間ではない。勉強したとしてもたかだが1日40分だけだ。それよりも学校で指示された宿題、教科書を十分に読む時間は長時間必要となる。集中力もいる。忍耐力もいる。俺はおそらく集中力が欠けているので、長時間同じことを継続するのが苦手かもしれない。長時間だらだらとするなら得意だと思う。だからNOVAも4年以上も通い続けることができているのだと思う。
俺は時間の使い方が本当に下手だと前期は悩んだ。おそらく時間はあるのだが上手く集中して使えないのだと思う。本を読んでもうわべだけ読むふりをしていて実際には頭に入ってこないのだ(まぁ、俺にとって専門用語が羅列していて、内容が難し過ぎるというのはあるが)。それから考えるとNOVAで勉強するというのは決まった時間に1日にたった40分だけ行くだけで、多少なりとも語学ができるようになっていくのだから本当に効率的だと思う。
夏前頃からなぜか俺の仕事がどんどん増えてきて、学業とのバランスが取れなくなってきた。仕事は仕事、勉強は勉強だと俺は割り切っている。俺は週末の学校で勉強が忙しいから仕事を減らしてくれなんて死んでも言えない。そんなこと言える立場ではない。そんなこと言ったら、「だったら最初からそんなの分かってるんだから学校に行くな」、と言われるのがおちだ。
同じことをビジネススクールの人も言っていた。その人は中小企業の社長で年配の人だが同級生である。その人は、「勉強が忙しくて仕事ができないなんて言ったら社員に顔向けできない」、と言っていた。すごいよな。心の底から思えるのならすごいよ。
だからいろいろ俺なりに考えて仕事と勉強を両立させるには、正式に受ける授業を減らしてレポート、宿題、グループ発表の負荷を減らすことだ。そして他の授業は全て聴講で受けるのだ。そうすれば勉強したい科目は受けることができるのだ。そして今回の出張のケースのようにレポートや発表資料が作成できてなくても、正規に取ってない授業を出ずに作業すればいいのである。
本当は取得単位数を増やして徹底的に勉強したいと考えていたが、実際に授業を受けると全てを完璧にやるにはかなりの時間を要することが分かった。くやしいけど前期のやり方をやっていると仕事も学業もできずに、胃にまたポリープができる(もうできているかもしれないが)。
これからビジネススクールで勉強しようと思っている人、覚悟して来てください。大変ですよ。テストの点が悪いと卒業すらできない。正直言って俺は前期はあまりいい成績ではなかった。どちらかというと悪い成績だった。何度も書くが時間の使い方が俺は下手なのだ。どんなに忙しくても上手く時間を使う方法はあるはずだ。
話は違うがとうとう俺の行っているNOVAとも連絡が取れなくなった。閉鎖か休講か? テレビでは社長が解任されたと出ていた。やはりスタッフにも講師にも給料が支払われてないらしい。さて、これからどうなるのか。
超大手のNOVAがこうも簡単に倒産するとは1年以上前に誰が考えていたか。そう、企業は簡単に倒産するのである。サラリーマンは倒産の危機というのをほとんど考えたことがないかもしれないが、経営者は常に企業は倒産するものだと考えているそうだ。考えてないのはサラリーマン社長ぐらいかもしれない。なんて俺も企業の倒産なんて考えたことはなかったが、学校の授業で赤字経営が続くと倒産するというのを勉強したのだ。
NOVAのスタッフの話を聞くとかなり悲惨だ。前回書いた「金返せ」事件は俺は近くで聞いていて現場の先端で働いている人は本当に大変だと思った。俺がスタッフだったらどう対応しただろう。あやまるしかないだろう。今回の不祥事も結局経営者が今まで決めてきたことが発端で起こったのだからそんなの末端の自分に言われても知るか! という気持ちになるが、客から、「土下座してあやまれ」なんて言われたらどうだろう。俺は近くで聞いていただけでもかなり嫌な気分になった。机はバンバン叩いてくるし、「お金が返せないのなら、そこのレジの金を出せ」とも言っていた。もう無茶苦茶だ。はっきり言って器物破損に恐喝だ。本当に修羅場だった。あとからスタッフが言ったのは、早く今の状態から抜け出したい、この経験をしたらどんな仕事でも出来ると。
企業は倒産する。俺はその現場を近くで見た。NOVAはこれからどうなるのか。俺はこれから授業を受けることができるのか。
11月18日
金曜日はB2Bマーケティングのレポート提出とファイナンスのテストがあった。レポートはキーエンスとインクスのケースを読んで両社の競争優位性をまとめていくのだ。競争優位性というのは、その会社が持っているすばらしい能力のことで、他社との競争に打ち勝つための優位な点ということだ。そのすばらしい能力があるからその会社は伸びているのだ。
ちなみにキーエンスというセンサーを販売している会社の平均年収は、なんと2004年は約1200万円、2006年は1400万円だ。平均年齢が31歳だから、かなり給料がいいのだ。その代わり仕事は超ハードで平均勤続年数も6年である。経常利益率はかなり高くで50%を超えているのだ。す、すごいぞ、どんな経営をしたらこんな会社になるのか。もし興味があれHPを見て調べて下さい。
ファイナンスの授業はテストが3回、レポート提出が1回あるのだが、今回初めてのテストであった。投資をするのにどんな意思決定方法があるのかを記述する問題であった。投資の意思決定方法には、回収期間法、NPV法、IRR法があって、それぞれの特長は・・・、問題点は・・・、図を書くと・・・、てな具合に答えを書いていく。
早い人だと40分ぐらいで書き終えて教室から出て行く。俺の場合は1時間と少しかかった。ファイナンスは基礎科目だからかなりの人数が受講している。正確な人数は分からないが、少なく見積もっても50人はいるだろう。俺が教室を出たときには残り数人ぐらいしかいなかった。残っている人は、ほとんどが日本語を不得意とする外人だった。日本語で答えを書くのだから外人にとっては大変だよな。中国、台湾の人ならまだ漢字を使うから大丈夫かもしれないが、欧米の人にとっては大変だろう。後から1人の外人に話を聞いた。
「テストどうだった?」、
「いや〜、答えを書くのが難しかったですね。書きたい内容は分かるんですけど、うまく日本語で書くのが難しいですね」
と、流暢な日本語で外人は答えるのだ。恐るべし外人だ。こんなに流暢に日本語を話すとは。
彼はロンドン?の某大手コンサルティング会社に勤めていて、まだ正規の学生ではないとのこと。来年の2月にビジネススクールの試験を受けるそうだ。今の身分は研究生とのこと。そして今の授業で単位を取得すると正規の学生になったときに振り替えすることができるとのこと。へぇ、そんなシステムがあったのか。
俺はふといいことを思いついた。そうだこの外人に英語を教えてもらえばいいんだ。今NOVAが機能しなくなっているから英語の勉強がほとんどできてない。まぁ、勉強というよりはただの会話をするだけだが、それでも会話をするのとしないのではかなり違うだろう。その外人に交渉すると快く引き受けてくれた。けど空手部の練習があるから時間が制約されているとのこと、すごいよな空手部にも所属しているのか。いや〜、驚きの連続だ。外人恐るべし。
授業の1つに、企業の経済学というのがあり、その英語版を今期は聴講している。先生の話す英語はなんとか理解できるが、生徒の質問する英語はほぼ100%近く理解できない。俺の力はその程度かと思いたくなるほど理解できない。一緒に授業を受けている日本人は頭を抱えている。前期にその日本語版の授業を取らなかったから、やむを得ず英語版を取らざるを得なくなったとのこと。再来週にテストがあるが、こりゃあ本当に大変そうだ。
来週また2つのレポートを出さないといけない。更にグループワークの宿題もある。それと来週は仕事で2日間出張もある。いろいろあって楽しいよ。そういえば出版社からは連絡がない。どうしようかな。
12月2日 新NOVAにて授業スタート 英語レベル3から復帰
先週は更新できなかった。先々週から先週にかけて仕事、勉強、英会話といろいろあった。先々週は仕事で2日間福島県に行ってきたが、雪が降っていた。途中までは全く降ってなかったが、福島の山中のトンネルを通過すると一面は銀世界で猛吹雪であった。
来週も出張で名古屋、福島と行く。再来週は大阪に出張だ。だから結局仕事の都合で来週は学校をさぼることになった。先週も打ち合わせがあったが出張で行けなくなったので予定を変更してもらった。再来週にグループでプレゼンがあるので共同で資料を作らなければならないが、日程を変更して昼飯を食べながら打ち合わせした。
俺の都合だけで変更すると他のメンバーに迷惑がかかるが、出張が入ってしまったからどうしようもない。つらいな。来週の金曜日も出張だから授業に出れない。ファイナンスの授業はWACCという投資意思決定の手法の勉強をするので本当は受けたいのだが・・・。後日レポートとして出さなければいけないので他の人から聞くしかない。
先々週、先週とテストとレポートの嵐であった。ようやく一段落ついた感じだ。来週は何も無いから、とりあえず出張で学校をさぼっても問題ないだろう。
昨日は日産の副社長の話を聞くことができた。日産の副社長なんてめったに会えるものではないから貴重な機会であった。俺がとっている授業ではないが、前から講演の宣伝を行っていたので多くの人が話を聞いていた。日産は車を生産するときに同期生産という方法を取っている。いくつかの作業工程があるが、部品がその工程にちょうど間に合うように自動搬送機などで持ってくるのだ。その他にもトラックでの搬入、搬出なども、作業工程にぴったり間に合うように持ってくる。つまり同期させるということだ。あと車の塗装をするときにロボットアームを使うが、1台1台の車の色が違っても同じロボットで塗装ができるのだ。すごいな。プリンターみないなロボットだ。車が塗装されているシーンをビデオで見たが面白かった。
話は変わるが、NOVAが復活したのだ。NOVAといってもイーエデュケーションが経営している新NOVAだ。俺の残金をチェックに行って確認してもらったら、かなりの金額が残っていることが分かった。本当かよと、少し疑ったが、ま、いいかと思って話しを聞いた。新NOVAで勉強するには、25%の受講料を払わなければならない。
その仕組みは、もし俺が残金10万円残っていたとして、1ヶ月の授業料が1万円とすると、1ヶ月あたり2500円を負担しなければならない。つまり25%負担というわけだ。ただ7500円分は安くなり、残金の10万円から引かれるのだ。そして残金が0円になるまで、毎月2500円で受けることができるのだ。よく考えてみると、損することはないのだ。俺が以前に支払ったお金の分だけ授業を受けることができるのだ。ただ英会話学校の運営費として25%分は支払わなければならない。うまい仕組みを考え出したもんだ。早く再契約しよう。ちょっとまてよ。
他の英会話学校のHPを見ていたら、NOVA生徒の救済処置の話が書いてある。なになに、ECCの場合は50%OFFで来年3月まで受けれますと、あとジオスは26000円で5ヶ月間受けれますと。や、安いぞ。これは一度話を聞かなくては、ということで早速俺はECCとジオスに行ってきた。
ジオスではスタッフからNOVAのことをいろいろ聞かれた。俺は今までの英語の勉強について話した。今まで4年半英語を勉強していて、レベルは3で、英語の授業で聞き取りができないからヒアリングを中心に勉強したいと。すると、スタッフが非常に驚いて、「レベル3ですか、すごいですね。英語の授業を受けているのですか。すごいですね。それぐらいのレベルですとジオスでは外人講師になりますね。それと、・・・」。
しまった余計な話をするのではなかった。相手が先入観を持ってしまうとよくない。俺の英語能力がどんどん低下しているのは自分自身でよく分かっているからだ。今の能力では正直いって1クラスぐらい落ちても不思議じゃない。結局ジオスでは後日レベルチェックを受けることになった。
次にECCに行ってきた。ECCでは余計な話は全くせずに、今の能力は会話ができる程度ですと、謙虚に話をした。その場でTOEICもどきのヒアリングテストを受けた結果、準中級(中級よりやや下で7ランク中の上から3番目)のクラスに振り分けられた。
ECCは会話のテストがなく、筆記試験でクラスを振り分けるのだ。へぇ、やっぱNOVAと違うな。俺はTOEICが苦手なのだ。正解率は60%ぐらいであった。だから準中級なのか、スタッフはその下の初級と中級の間ぐらいですね、と言っていた。やっぱり控えめに話をして、テストを受けると俺の能力はその程度か。少しがっかりした。
その後、俺はECCの体験レッスンに突入した。さて、ECCの準中級とはどんなもんだろう。俺が受けたときは生徒が5人だった。他にも数人いるらしい。ECCの場合は8人がマックスだったと思う。そして驚いたのは日本人の先生だった。驚く必要ないか。当たり前か。だが俺にとっては違和感があった。日本人の先生から英語を教わるのは何か変な感じだ。
そして更に驚いたのは、生徒が授業中に日本語で話しをすることだ。途中まで英語で言って、後の言葉が続かないときは、「えっと、これ何て言うんでしたか?」、と先生に聞いている。NOVAとは全然違う。NOVAは外人講師だから日本語で聞き返すという感覚が全くないのだ。何て言っていいか分からないときも、「How can I say?」、などと聞くのだ。
ECC、これで本当に英会話の勉強になるのか、恐るべしだ。確かにTOEICの点で判断するのは分かるが、英会話の話す能力はTOEICの点では分からないのだ。正直言ってECCの準中級のレベルは低かった。俺に質問が振られると俺は当然全て英語で、それもかなりスピーディに話をした。周りの空気が変わるのが分かった。
俺がいっぺん通りの自己紹介が終わると、みんなシーンとなってしまった。先生がみんなに質問をするように促すまで空気が固まっていた。何となく場違いなところに俺は来てしまったのかもしれない。自分で言うのはなんだが、明らかに他の人とレベルが違うのが分かった。何人かが俺に質問して、俺は丁寧にその質問に答えた。俺は英語能力をフルに使って話した。
授業終了後スタッフからどうでした、と質問されて俺は、楽しかったですと一言いった。その後、TOEICのライディングの試験を受けた結果やはり正解率は60%であったので、結局俺のレベルは準中級ということになった。やはり英会話とTOEICは違うのだ。
ECCで良かった点は日本人講師だと文法を丁寧に説明してくれるところだ。そこがNOVAと大きく違う。NOVAは基本的に会話重視だが、ECCは文法にも力を入れているのだ。NOVAの外人講師に、文法を質問すると論理的には教えてくれない。ネイティブはこのように使うからこうなんだと、感覚で教えてくれる。俺はこの英語の感覚を勉強するのが好きだったが、論理的に教えてもらうと更に理解度が高くなるだろう。
次はジオスで体験レッスンをやる予定だ。楽しみだな。
2007年12月17日
先週はまた更新できなかった。先々週は月曜から金曜にかけて名古屋と福島に行き、先週は大阪に行っていた。その間にグループワークの打ち合わせも入り、そして先週の金曜日はB2Bマーケティングで中間発表があった。ちなみにNOVAも順調に行き始めて、中国語も独自で勉強を始めるようになった。
つい先日すごいショッキングな出来事があった。詳細は今の時点では書かないが、大いに悩む問題である。子供が不良化してしまったか! 子育ては本当に難しいな。
2008年2月3日
この2週間は出張、テスト、レポート、共同発表と、気持ちがいいぐらい忙しかった。出張では、ある装置を機械に載せるので工場の人にプレゼンをした。学校ではファイナンスのテストがあって、「企業の評価はどういう方法があるの」、という漠然とした問題がでて、俺は解答用紙の表裏を使って一生懸命に書きまくった(手が本当に疲れた)。ものづくりの為のSCMという授業では、「日本の製造業の為に、今よりも更にものづくりをグローバル化するにはどのようなことが必要か」、というこれもまた漠然としたレポートを書かされた。B2Bマーケティングの授業は共同発表を行い、我々はドコモのスマートフォンの戦略について4ヶ月かけて調査した結果を発表した。今回の発表者は他の人であり助かった。そしてとりあえず長い秋学期が終了した。けどすぐに来週から冬学期の集中講義が始まる。俺は金曜、土曜だけだが授業に参加する。
昨日はビジネススクールの修士論文発表会があった。今年卒業する人たちは、緊張しながら教授陣の前で発表をしたそうだ。中にはかなりきつい質問を受けた人もいるし、ただのコメントだけで終わった人もいる。ただ発表時間が異常に短い。たったの5分だそうだ。それと質疑応答が10分で合計15分だ。5分でいったい何が話せるのだろう。俺が昔修士で発表をしたときはもっと長かったと思うけど・・・。博士のときは確か1時間ぐらいあった。ビジネススクールの発表会は本当にこれでいいのか? もしかすると短時間の間で自分の言いたいことをバシッと言わせることが狙いなのかもしれない。
授業の中にはプレゼンの能力を鍛える授業もある。プレゼンを教えるというより、ただ単に順番に発表させるだけだが、それでもそれなりにプレッシャーはかかるし、発表に慣れることができる。ゼミでも発表しなければいけないので、おそらくビジネススクールでは少なからずもプレゼンから逃れることはできない。日本語の不得意な外人は大変だ。
昨日は修士の発表会が終わったので、数十人のビジネススクールのメンバーと飲みに行った。みんないろんなバックグランドを持っていて話はおもしろい。みんなそれぞれ持っている価値観が違うし、他の国の人と話をすると更におもしろい話が聞ける。
最近始めた英語の勉強会も飛び入りでいろんな人が入ってくる。普段日本語の授業では会わない人も話しに加わってくるので、人の輪が広がって楽しい。ただ俺は普段から話しべたで、更に英語だから、話しに入るタイミングを失うとずっとだまったままになっている。よくないことだと思うがなかなか治らない。他のアジアの人は英語も流暢に話すから、俺は話に加わるのが難しい。けどこれも俺の修行だと思って続けている。
その話の中で、この前はビジネススクールの価値について議論した。みんなそれぞれ目的があってビジネスの勉強をしている。ある人が、「ここのビジネススクールは、先生はすごく優秀だけど、生徒は普通だよな」と、言っていた。俺はそれを聞いて、俺が勉強できるぐらいだからそうかもしれない、と思った。他の人は、「生徒は普通というより、優秀な人からそうでない人までいろいろな人がいるよ」、と俺は更にその通りだと思った。先生はハーバード大出身の人がごろごろいて、確かに話は面白い。日経新聞やビジネス雑誌ににコラムを連載してたり、ビジネス書を頻繁に書いている著名な先生も多い。
学生は本当にいろいろな人がいる、ある年配の人は勉強しているように見えないがレポートでいつも優秀者として名前が載っている。おまけに成績もトップである、出身大学を聞くとやはり東大であった。その人は超大手電化メーカーの室長だからかなり優秀な人だろう。また某飲料メーカーの泡の出る中ハイを最近開発した人は若いけど発言力がすごい。いつも授業でいろいろな意見を言う。学歴と中身は関係ないだろうと俺は思っているが、彼も京大出身ときた。そうそう、イギリスから来た英会話のメンバーはまだ研究生だが流暢な日本語と英語で、サブプライム問題を素人の俺にうまく説明してくれる。出身を聞くとケンブリッジ大とのこと。学歴と中身は関係あるのかな? 優秀な一部のやつはそうかもしれないが、大部分は関係ないと思う。けどやっぱりデキル人間を見ると、こいつ何者だと本当に驚いてしまう。
俺が勉強していてすごいなっと思ったのは、短時間の勉強ですぐに理解できる人だ。のみ込みが本当に早い。頭の回転が速いからかもしれない。同じ授業を聞いても理解度が違うのだ。そういう人は本を一度読んだだけですぐに頭に入ってしまうのだろう。俺なんて何回読んでも理解できないのに。英語メンバーのあるアジアの留学生は数ヶ月前までは俺のほうが上手かったのに、いつのまにか抜かれて流暢な英語でペラペラ話している。何でそうなるの? と俺は本当に不思議だ。やっぱりできるやつはできるんだなと感心する。まぁ、1週間朝から晩まで学校にいて、ずっと勉強しているのは分かるが外国語を短時間でマスターして話ができるようになるのは本当にすごい。
ただ大切なのはここで勉強したことをどのようにいかすかだ。この点についてもみんないろいろな意見を持っている。話が長くなるのでまた書くが、結局、ビジネスの勉強をしても、英語がしゃべれても、それを世の中にうまくいかさないとダメなのだ。世の中に貢献できなければ本当にただ勉強しただけで終わってしまうのだ。ここが一番重要なところで、どれだけ知識を蓄えてもOUTPUTができなければ、何の為の勉強なのということになってしまう。
3月29日 中国語検定の受検
先週の日曜日は中国語検定なるものを受けてきた。ぞくに言う中検というやつだ。英語検定の中国語版である。せっかく中国語を勉強しているのだから何かのテストを受けようと前から思っていた。レベルは、準4級、4級、3級、2級、準1級、1級とあり、俺が受けたのはもちろん一番低い準4級である。
テスト内容は、リスニングと筆記で100点満点中60点以上が合格となる。テストには中国語を書く問題もあるのだ。受験した場所は新宿駅から10分ぐらいのところにある文化女子大学である。さてテスト結果はどうだろうか。
4月13日 中国語検定 準4級合格
先月受けた中国語検定の結果が出た。合格だった。やったー、気分がいいなー。勉強したかいがあったというもんだ。返信された合格通知書と一緒に、今回受験した人数と合格者、平均点と自分の点数が書かれていた。平均点が65.3点とのことだ。合格ラインは60点である。つまり60点以上とると合格になるということだ。俺の点数は78点だった。よしよし余裕で合格じゃないか(少し点が良かったぐらいで喜ぶな(心の声))。
受講者数は2094人で、合格者は1395人だった。そうすると合格率は66%か。10人受けると6人は合格するということだ。まぁ、準4級だからそんなものか?多分、準4級は小学生レベルぐらいかもしれない?確か英語検定の3級が中学生レベルだからな。たとえ小学生レベルでも受かったのはうれしい。そういえば受験したとき小学生も受けていたな。
さて受かると更にやる気が出てくるものだ。よし今度は更に上級を目指してがんばるか!
そいうえば、このネタを書いてふと思ったのだが、もしも不合格だったら、このネタは書かなかっただろうな。簿記のときはどうだったかな。調べてみるとやっぱり不合格のときは恥ずかしくて書いてない。点数なんてもちろん書いてない。ところが時間が経つと、その恥ずかしさもなくなっていくみたいだ。へー、なるほど。
大学では新入生を歓迎するサークル勧誘の呼び込みがいたるところに立っっている。大学の入り口には数m間隔で勧誘者が立って、ちらしを配ったり声をかけたりしている。しかし、俺には一切声がかからない。俺の前を歩いている人たちほぼ全員にちらしを配ったり声をかけているが、俺のところはすっ飛ばして、後ろの人に声をかける。
いや、やはり俺はどうみても学生には見えないよな。俺自身は若いと思っているのだが、周りからみるとどうみてもおじさんだよな。ところがたまに声をかけられるときもあるのだ。「おはようございます」と、おっ、誰だ、俺に声をかけてくるのは・・・。少し太い声だが・・・。声をかけてきたのは門に立っている警備のおじさんだった。俺を教員と間違えたのか声をかけてきたのだ。俺は多少ショックを受けながらも、「お、お、おはようございます」、と返すのだった。
5月6日
今年のゴールデンウィークも今日で終わりだ。今年は休みが4日間であった。休みは釣りとイチゴ狩りにでかけ、休日らしい日々を過ごすことができた。それ以外にもNOVAの英語レッスン、数冊のビジネス本の乱雑読み、レポート作成など、まぁ中途半端で終わったものもあるがそれなりに過ごすことができた。そうだ、忘れてた、ある日の一言を更新しなくてはということで、今ぼちぼちと書いている。
しかしよく考えるとまだやり残したこと、やりたいことがいろいろと出てくる。家の掃除、読んでない新聞のかたずけ、中国語の勉強、ドイツ語もやらないと忘れてしまう。そうだ、船も乗らないとペーパードライバーの継続更新になるし。あと簿記の勉強もやらねば、TOEICも受けたいし、最近学校でうわさになっているCPAも興味があるし、本も書きたい・・・。
う〜ん、エンドレスだ。最近はテレビもでてないけど興味がないわけではないし、モデル撮影もチャンスがあればやりたい。あとは飛行機も免許を取って自分で運転してみたいし、宇宙にも行きたいと思っているし(えっ、宇宙にどうやって行くの??)、書けば本当にどんどん出てくる。もちろん現実的な計画があるわけではなく、チャンスがあればやってみたいという程度だが。
いろいろとやってみたいことはあるが実際に実行するのは難しい。けど、自分のやりたいことを書いて、口に出して読んでいると、いつかはできるらしい。大学のある授業で、先生が俺たちに質問した。自分の目標のある人? その目標を紙に書いている人? 書いた目標を毎日声に出して読んでいる人? これらができている人は、いつか目標が実行できる人だと。この質問はハーバード大学である教授が学生に向かって聞いた質問だそうだ。ハーバードの場合、その授業の受講生全員に目標があり、1部は紙に書いて、ごく少数は毎日声に出しているとのこと。
授業中にその質問を問われて、俺は明確な目標があるのかと、考え込んでしまった。気がつくと俺一人が挙手してなかったので、先生が俺に、「えっ、目標がないの?」と聞いてきた。俺は、「やりたいことはいろいろあるのですが、明確な目標がはっきりとしているわけではないのです」と言ったものの結局手を挙げてしまった。
俺の本当の目標は何だろう。今の年齢で明確な目標がないことは恥ずかしいことかもしれない。やりたいことはいくつかあるのだが、本当の目標は何だろう? その答えはいつ出るのだろう。
6月1日
2週間更新できなかった。先週は数年ぶりにディズニーシーに行って楽しんできた。いや〜、シーはアルコールが飲めるから楽しいな。
学校ではグループワークで2週間おきに演習があり、レポートを提出しなければならない。新商品開発という授業で、商品の分析を行い、7つ道具なるもの使って売れる商品を見つけていく授業だ。その授業がある日は昼飯を含めて、メンバーとず〜と打ち合わせが続く。はっきりいって負荷が大きい。しかしおもしろいのだ。
実際の商品を購入して、グループ内で感覚的な分析を行い、その後アンケートを作成してビジネススクールの他のメンバー数十人に回答してもらう。その後、ポジショニング分析、スネークプロットなどで定量的な分析を行い、その商品の特徴を見つけだす。
この7つ道具の分析手法は、車メーカーや家電メーカーでもよく使われている。我々が日常お目にかかる商品にも適用されているものがあるのだ。へ〜、こんな分析方法があったのか、と驚きだ。ただそこに出てくる結果は当たり前の結果がでて、「いいものは、いい」。「悪いものは悪い」。
ただその結果が数値で出るから誰が見ても、「なるほど、この商品とこの商品を比べると何点差で、こちらの商品がいいのか」、と納得できるからおもしろいのだ。ちなみに7つ道具と検索すると本は入手できると思う。
先日はゼミでプレゼンをやったのだ。毎週ゼミがあるが、俺はある論文を読んで、先生とゼミ生の前でプレゼンをした。俺が勉強しているのは、投資意思決定の研究で、設備投資をするときに、設備を購入すべきか、購入すべきでないかを、意思決定する方法を勉強しているのだ。論文では他の企業の事例などが書かれているが、意思決定には財務会計やファイナンスの知識も必要となってくる。俺の苦手とするところだ。しかしこれはやりがいがあるのだ。
俺が発表する1週間前は、他のゼミ生が自社の説明を英語でプレゼンした。今年からゼミの先生がMBA専門となるため、外人向けと日本人向けと我々MOT向けの3つのゼミを担当することになった。そして、先週は初めて外人MBAゼミとの合同ゼミが行われた。
基本的に英語でゼミが行われる。そして最初のプレゼンテーターはI氏であった。I氏の会社は株式を取り仕切っている親分会社で外国人も大変興味がある。英語の苦手なI氏は原稿を作っていたが、苦戦していた。もし俺が同じ立場だったら、同じくかなり苦戦しただろうなぁ。
そういえば俺のHPは大学の人には誰にも話ししてないから分からないはずだ。他の学生もかなりプログを書いているが大学名をタイトルに使っているから、検索するとすぐに見つけることができるのだ。もちろん名前は書いてないが読めばだいたい名前は検討がつくのだ。ただ大学名を書いてあるから、そこを受験する人や興味を持った人がかなりアクセスして、1日あたりの100人ぐらい更新するプログもあるのだ。俺のHPは極力分からないように、自分の行っている大学名や他の学生の会社名を伏せて書こうと思っている。
ちなみに俺も英語のプレゼンを聞いていたが、難しい単語が続出してあまり理解することができなかった。先生は俺にプレゼンのフォローをするようにと言ったが、俺にはまだまだ無理だった・・・。英語の能力は一向に上達しないような気がする。しかし今後も月1度は合同ゼミがあるから楽しみだ。
このビジネススクールは海外の大学と提携していて毎年10数人ぐらい?交換留学を行っている。先週ある台湾人と話をしていたら、その人はシカゴ大学に交換留学に行くと言っていた。シカゴは多分米国のトップMBAの中で10位以内に入っているのではないのか。すごいよな。「英語は何点ぐらい必要なの?」、俺が聞くと、「TOEFLで250点は必要だよ」、と言っていた。おいおい満点に近いんじゃないのか、俺が聞くと、いやいや満点は300点だからまだまだだよと、しかしすごいな。
もう一人昨年一緒にNOVAの新規プランでグループワークをやった人も韓国に留学するという噂を聞いた。その人は自分から応募したわけではなく学校側から指定されたそうだ。その人は以前TOEIC960点を取ったと言っていたから、かなり英語ができるんだと思う(実際に英語を聞いたことはないが)。交換留学では昨年フランスのリヨン大学に行った人とも話をしたがやっぱり大変だけどやりがいがあるそうだ。他にも米国のコロンビア大に語学勉強に行く人もいるそうだ。うわさでは北京大やモスクワ大もいるらしい。俺にはそこまでの能力がないが、うらやましいな。
それより俺は来週またプレゼンがあるし、演習のグループレポートも金曜に提出しなければならない。仕事も山のようにあるし。まずは現実的な問題を解決しなくては。
6月15日
土曜日は他の授業で大物が講演するとの情報を得て俺はもぐりこむことにした。教室に行くと、普段の2倍以上の人が集まっていた。大物というのは、マクドナルドの原田さんである。社員5〜6名を連れて、カメラマン付きで登場した。
最近管理職の残業代についてマスコミにたたかれていて、この日の講演は愚痴を含めたかなり本音の話が聞けた。原田さんは元日本アップルの社長で、そこからマックに行き今のポジションは「社長兼会長兼CEO」という超大物である。アップルでマックを売っていて、それからマック(マクドナルド)に移ったのは、マックつながりですごい奇遇である、と言っていた。
講演内容は、「経営改革」で、アップルで行ったこと、マクドナルドで行っていること、何が問題で、どのように変えてきたのかを話された。原田さんからは常人でないかなりのオーラを感じた。パワーポイントの資料は1行から数行程度と、話には一言一言ことばの重みがあり、俺のプレゼントとは全く比べ物にならないぐらいすごかった。これまでの経験を通じて仕事で成功してきたリアルな話が聞けてかなり勉強になった。
マックは、前社長の頃売り上げが年々低迷しており、原田さんが来た後、100円バーガー、メガマック、100円シェイクなど新提案を打ち出し業績を大幅に伸ばしていった。今は100円のマックコーヒーがブレイクしているそうだ。
1時間30分の授業を受けて、自分が感じたのは、原田さんは社内改革を実施できる強力なリーダーシップを持っており、マスコミにたたかれてもへこまない強い精神力の持ち主だと思った。ただもしかするとワンマンかもしれない。マックは世界のグローバル商品で、アメリカンスタイルが基本で各国のトップと会議を行い世界共通のスタイルを貫いているとのこと。だからワンマンかもしれないがマクドナルドとして1本の背骨があるのだ。今回の講演はおもしろかった。
話は変わるが、先週俺がプレゼンした内容を大学のケースにするから文章化しろという指令が先生からきた。「個人の自律化」というタイトルで半月以内にまとめなくてはいけない。俺の経験だけでなく、他の人の経験も盛り込んでまとめてケースという形にするとのこと。
俺がNOVAで勉強してきたことも含めろ、というからおもしろい。もともとNOVAでの経験は、この「ある日の一言」に書いていたことから始まったからだ。2004年のNOVAのレベルアップコンテストに出した作品は、この「ある日の一言」の文章をピックアップしてたった3日で6ページの文章にまとめ上げたものだ。
そのたった3日でまとめた作品が、NOVAで特別賞を得て、そしてまた今度は大学のケースになるのだ。すごいよな。たった3日と書いたが、毎回毎回「ある日の一言を」書くときは、かなりの時間を費やして何度も修正して書いているから、まとめたのは3日だが、それまでに何十時間も費やして考えてできた作品なのだ。
大学のケースというのは、ビジネススクールの中で販売されて、テキストとして世の中に公開されるのだ(念のために一言、俺にはお金が入りません)。NOVAの経験が大学のテキストになるなんて考えたこともないし、俺が今書いている、この「ある日の一言」が、まさかこのような形で世の中の役に立つとは夢にも思わなかった。おもしろいな。
もしかすると、ビジネススクールで経験している、今書いているこの内容もいつかは別の形で世の中に出るかも。いやいや、HPで公開していること自体が既に世の中に出ていることになっているか。
10月16日 中国語レベル7Bから復帰 (習い始めから2年11ヶ月経過)
新NOVAでもテレビ回線による英語以外のレッスンがスタートした。俺はすかさず中国語を復帰することにした。レベルチェックテストを受けると前回レッスンが強制終了したときと同じ7Bであった。さて中国語も頑張るか。
11月16日
1ヶ月間更新ができませんでした。この1ヶ月間はゼミ合宿、学生野球の応援、ビジネススクールフェアの参加などが週末に重なり、あまり家にいることがなかった。合宿は千葉県の鴨川、長野県の軽井沢に大学のセミナーハウスがあり泊りがけで朝から晩までハードなゼミを行った。先生や他のメンバーから厳しい質問が飛んできて、自分の作成した資料の不十分さに気がつくのだ。来月も論文提出前の最後の集中ゼミが鴨川である。それまでに気合を入れて作らねばならない。
ハードなのはゼミだけではない。ゼミが終わった後の飲み会もハードだ。アルコールの強い人がめっぽう多い。俺も負けないけど。アルコールが無くなると夜中にタクシーを呼んで近くのコンビニに調達に行く。
俺達は朝の4時30分ぐらいまで飲み続けていたこともあった。無口な俺もアルコールが入ると話しが弾む。日本語と英語のミックスでみんな大騒ぎするのだ。日本人だけでなく留学生も参加するから、いろいろな国の話が聞けておもしろいのだ。俺が無口だと言ったら、他のメンバーや先生に指摘を受けた。「絶対にそれはありえない!」。俺はそこでいつも説明する。「俺は無口が好きなんだよ。だけどみんなでいるときは盛り上げようと思って自分に鞭をうって自己改善しているんだよ!」
くだらない話で盛り上がることもあるが、結局は経済のことビジネスのことに話が変わっていく。出身国がばらばらなだけに考え方がもちろん違う。旧ソ連領から来ている留学生もいて話をすると背景が分かる。みんな相手の国の文化を理解しようと努力していることもよくわかる。いろいろと話をしていると結局朝方になってしまう。気が付くと人が減っていて数人になっている。あと数時間たつと外が明るくなり、そしてハードなゼミが始まるのだ。まぁ、ハードなのはプレゼンしている人がハードなだけなのだが。質問するほうは気楽に思ったことを勝手に言っているだけだから。
最近撮った写真をアップします。
台湾で撮った写真です
![]()
![]()
![]()
![]()
宿泊先の圓山ホテル ホテルの内装 故宮博物館の概観 大統領府
![]()
![]()
![]()
![]()
台湾大学の入り口 台湾大学の中 これは何だっけ? 台湾名物の牛肉麺 蛇の食べれる店
![]()
![]()
![]()
おいしい小籠包 怪しいミス台湾 台湾新幹線 キングコブラ!!
![]()
喧騒とした夜市 衛兵の交代式
2008年11月30日
春学期の授業で書いていたケースがようやく完成して大学で販売されることになった。ケースとはつまり事例で、俺が書いたのは「組織における個人の自律化」というタイトルだ。大学ではケースは教科書として販売されている。俺が書いたなんて大げさなことは言えない。先生ともう一人の生徒と自分の今までの経験に基づいて書かれたものだ。ビジネススクールではいろいろな事例を勉強するのだ。その事例は過去の卒業生や海外の大学のケースを翻訳したものがある。
もともと授業を通して、自分が興味のある「個人の自律化」を選択したことがきっかけであった。これを選択したのは自分ただ一人であった。そして1週間後にプレゼンがあり、俺はストーリを考えて資料を作った。
その中には俺が会社で経験したこと、博士号を取得するときに英語を苦労して勉強したことなどを書いた。俺はプレゼンのときに、偶然このようなプログを見つけましたと、自分のこのホームページをいかにも他人が書いたかのように紹介したのだ。
博士課程のときの頃に俺がつづった内容の紹介、会社の実務を通した経験を個人の自律化として授業で1時間話した。その結果、先生から一緒にケースを作成しようと話があったのだ。そこで俺はネタばらしをすることにした。
「実はこの英語の勉強の内容は自分が体験したことです」と、すると更に先生が驚いて、それならなおさら頑張ってケースにしようよ、となったのだ。そしてこれまで3ヶ月ほどかけて40ページもの大作が完成した。
内容はけっこうおもしろい。先生が以前働いていた会社の内容も書かれている。新しいことへの挑戦としてフロッピーディスクの開発を行った。先生はその研究開発部門のトップで取締役であった。一度世界シェアをとったがディスクの金額が下がり価格が30分の1以下になり会社にかなりの損失を与えてしまった。
先生は責任を取って取締役降格となったがその後今も販売されているヘルシアやエコナなどの製品開発に成功して再び昇格したそうだ。今は退職して大手醤油メーカの顧問をされている。最近では製品開発に携わった「優グルト」が発売されているとのこと。
もう一人の学生は後から加筆に加わることになった。彼女は長野県から毎週金曜、土曜と東京まで授業のために通っていた。会社、家族の支えなしではここまで頑張ることはできなかった、と感動的な話を書かれている。
先生より更にこの論文をある雑誌に投稿するからと話があった。俺は会社の許可を得て修正することになった。雑誌社より現状の40ページはボリュームが多すぎるから6分の1に圧縮してもらえますかと連絡があった。
先日先生と受講生の一部で飲み会を行ったときに先生から叱咤激励を受けた。「論文の返信が遅すぎる」と、言われてしまった。確かに今まで論文を作成しているときも先生の返信に対してこちらの論文作成のスピードが追いつかずになかなか進まなかったことがよくあった。そのことを指摘されていた。
今回も圧縮の構成を先生が行い、自分が編集作業を行うことになった。しかし俺は修論もあるし仕事も山のようにある、と遅くなる言い訳をすると、また先生から厳しい指摘を受けた。「みんな仕事で忙しいのだ。お前は文章を書くのが下手だな」。俺は素直に、「早くやります」、と言うしかなかった。
他の生徒にも、レポートの内容について厳しい指摘を受けていた。「お前の考え方はどうもおかしい」。先生のパワーに圧倒されて結局話を飲み込んでしまう。いぜん先生と飲んだときは2人で飲んだから俺も言いたい放題言ったが、今回はみんなで飲んだので自分の意見は少し控えめにした。
しかし黙っていると議論に負けてしまうのでこちらも自分の意見を言う。相手が納得できることを少し興奮気味に話す。授業が終わったので俺の発言が成績に影響することも無い。考え方はみんな違うのだ。
さすがに大手メーカの役員経験者だけあって発言にブレは無い。しかしこちらも経験が少ないが意見は多々あり対抗する。同じ会社の上長と部下の関係であれば利害関係がありここまで発言はできない。途中から参加した学生も入りかなり盛り上がって飲み会が終了した。今日はおもしろかった。
翌日俺は早速気合を入れて論文の編集に取りかかった。なんとかしてこの週末に仕上げたいものだ。しかし俺がもともとこのホームページで書いていた文章が大学のケースとなり、おまけに経済の雑誌に掲載されるのだからすごいよな。その論文は俺が昔NOVAに出して特別賞を受賞した論文だった。しかし今読んでも俺の文章力はまだまだ足りないな。
2009年1月11日
1月8日にようやく論文を提出することができた。8日は木曜日だから通常学校に行かない日だが、その日の17時が締め切り時間になっていたので、会社に許可をもらい提出してきた。担当教授は海外で講演があったので副査の教授に提出した。
我々のゼミ生は無事に全員提出することができた。しかし他のゼミ生で準備ができず当日急いで論文の仕上げを行っている人もいた。またファイルに綴じる作業ができていない人がいて俺も一部手伝う羽目になった。17時の締め切りが過ぎれば、たとえ先生だろうが絶対に遅れて提出することが許されないのだ。
提出するときにフォーマットが違っていたなどで再提出を言い渡された人もいたが、それでも当日の17時までに出さないといけないのだ。ここのビジネススクールは全てに時間厳守である。とにかく俺は論文が提出できてホッした。次は31日に口述試験があり準備が必要だ。これからゼミでやっていかねばならない。
さて俺は仕事が最近詰まっているのでそちらも頑張らないといけない。共同研究のプレゼンが来週に控えており、他にも試験がいくつか詰まっているので月曜日からまた忙しい日が続きそうだ。
学校の連中は卒業までの僅かの間にいろいろと予定を組んでいる。海外に短期留学する人、語学の勉強に励む人、もちろん就職が決まってない人は就活に励んでいる。また博士課程のプランを立てる人もいて俺もいくつかアドバイスをした。中には在学中に起業した人もいる。先日もあるパーティで卒業後に起業した人と話をする機会があったが大変だけど楽しそうに仕事をしていた。卒業論文で起業プランを提出する学生もいる。
俺も次の勉強をいろいろ考えているが、とりあえず語学をもっと磨かないといけない。某電気大手メーカから来ている学生は韓国留学に行き、次に米国のUCLAに交換留学に行ったそうで、最近戻ってきた。その人はTOIC960点のつわものだがUCLAではそれなりに苦労したそうだ。
またあるアジアの留学生はこれまでのTOIECが毎回100点づつアップして今は800点を越えていると豪語していた。俺なんて何度受けても半分強程度だ。「TOEICの得点アップは簡単だ」、などと言うから俺も刺激を受けて勉強する気がまたでてきた。
しかし俺は1つのことに一生懸命に取り組むのが苦手な性格だから、他の言語も同時にやっていこうと思う。旧NOVAの頃はドイツ語もやっていたが今は2年間勉強してない状態にある。完全に忘れる前にまた再開したい。
中国語は今度は中国語検定の4級か3級を目指して勉強したい。最近韓国の留学生とも話をするから韓国語も少しづつ覚えていきたい。いろんな国の向上心のある人と話しをすると本当にやる気がでてくる。
日本は本当に恵まれた環境だということをしみじみと感じる。いかにやる気を出して実行するかで決まってくる。この恵まれた環境をうまく活かしてやっていきたい。日本人学生と今後のことを話していたとき。その人は、「すごいね、常に進化していくということだね」、と言った。そうだ進化していかないといけないのだ。現状維持は退歩と同じだと言われるが、常に新しいことに挑戦していかないといけないのだと俺は思う。
そういえば個人的なことですが、Kさんいつも普通の家をみてくれてありがとう。また飲みに行きましょう。
1月25日
口答試験の練習がゼミであった。1週間ほどかけてプレゼン資料を作成したが17枚ほどになった。10分で発表するのに17枚は多すぎるよな。そう思いつつもあれも入れて、これも入れてと考えているとページ数が増えてしまった。こうなるとどの文章を省くか悩んでしまう。2年間の集大成の発表がたったの10分だがら短すぎるよな。まぁ、百数十名が1日で発表するわけだから審査の先生も大変なのはよくわかる。
プレゼンのルールとしてパソコンとプロジェクターが使用禁止なのだ。そこで俺は紙芝居を作った。プレゼンのパワーポイントの資料を拡大して15枚にまとめた。繰り返し練習すると平均12分でプレゼンすることができた。急いで話すと10分でいける。よしこれで行くか。
先生の前で少し緊張しながらプレゼンをしたら結局12分かかった。時間がオーバーすると減点だそうだ。厳しいなー。先生から、「これは不要、これも不要だ」、と枚数を8ページに減らすように指摘があった。来週も口答試験の前日にゼミで練習がある。さぁ、もうひと踏ん張り頑張るか。
話は変わるが俺はTOEICの勉強をしようと新NOVAのTOEIC試験対策コースを受けている。他の学生に刺激を受けたわけではないが俺はほとんど点が伸びないので、なんとか壁を打ち破ろうと努力することにした。みんないったいどういう勉強法をやっているんだ! 別に仕事で必要なわけではないが他の学生が、「受けるたびに伸びるよ。800点まではいけるよ」、なんて聞くと俺の勉強方法が間違っているのではと思い結局プロの指導を受けることにした。
しかしそれは問題がかなりあった。TOEIC試験対策コースといっても外人の先生がテキストに沿って教えてくれるだけだ。ロジックにのっとって説明してくれないのだ。ここのブランクにはこの単語があてはまるが・・・。俺はなぜその単語が入るのか理解できない。
このコースは失敗か?文法の問題は外人にとって説明が難しいのだ。外人は子供の頃から英語を使っているから、なぜこの文章のなかにこの形容詞、あるいは前置詞を使うのかが説明できない人が多いのである。もちろん先生によって教え方が上手い、下手と大きく分かれるが。俺がなぜこの単語が入るのかと聞いても、「これ以外は答えじゃないよ」、などと説明がないからまったく分からないのだ。
2月15日 ドイツ語レベル7Bから復帰 (習い始めから2年11ヶ月経過)
金曜日と土曜日はゼミの先生が担当するロジスティックスの集中講義を受講した。木曜日から火曜日の5日間の講義で朝から夕方まで集中して行われる。午後は外部講師が来て話をしてくれる。金曜日は元ジョンソン&ジョンソンで今はナイキゴルフの部長である。その部長は女性である。日本のロジスティックスを率いる数名しかいない女性部長の1人だそうだ。ちなみにロジスティックスとは物流のことである。つまり製品の流れで、ジョンソンの事例はコンタクトレンズの製造から顧客に届くまでの流れを話してくれた。自分もコンタクトを使用しているので興味深く話を聞くことができた。
土曜日はリコーの室長が講師であった。その人は先生が名古屋で教えていたときの元ゼミ生である。つまり自分にとってゼミの先輩にあたるのだ。またその大学は自分の出身校でもあった。だから学校の先輩にもあたる。すごい偶然だ。
講義はSCMのインパクトある話でプレゼンがかなりうまかった。自分も質問をしたが的確な意見が戻ってきた。言葉に重みもあり、プレゼンには冗談も含まれて先生お墨付きのおもしろい内容であった。先生も言っていたがもしかすると将来リコーの親分になるタイプの人かもしれない。ようし早速名刺交換をしておかなくては。そういえばうちの会社はロジスティックスの概念がないから、導入するとコスト削減できるかもしれないな。ただ他の会社の真似をしてもダメでオリジナルのロジを作り上げないとダメだろう。
帰りのエレベータで先生と講師と一緒になって元ゼミ生と現役ゼミ生いうことで少し話をすることができた。今回の集中講義はなかなか有意義であった。俺もできれば他の曜日も受講したいが、仕事があるから無理である。来週は仕事で2日間の名古屋出張も入っており忙しいのだ。
そういえば話は変わるがドイツ語の勉強を再開することにした。修士論文も終わり1段落ついたので2年越しに勉強することにした。自分ひとりではまずできないので、もちろん新NOVAでのドイツ語会話を勉強するのである。早速プレスメントテストを受けようと予約を入れた。思い立ったら早速行動である。NOVAではプレスメントテストのことをCATといっているが、ようはクラス分けのレベルチェックテストのことである。
2年前やっていたころは一番の初心者の7Cからスタートして次の段階の7Bになっていた。そこでNOVAが倒産して勉強の継続ができなくなった。ちなみにNOVAのレベルは9段階あって、低い順番に7C、7B、7A、6、5、4、3、2、1とある。7Cは初心者で1はネイティブレベルである。
テストといってもドイツ人講師との会話だけである。筆記試験などない。全くの初心者だと何を言っているのかさっぱり分からない。中国語のときなど「ニイハオ、ツァイチェン」以外は初めて聞いたので全く話すことができなかったことを覚えている。
2年前に初めてドイツ語のレベルチェックテストを受けたときも全く話をすることができなかった。確かに20年ほど前に大学の教養課程でドイツ語を勉強したけどそんなの全く役に立たなかった。いや中国語に比べると確かに、「イッヒ」や「ダンケ」や基礎的な文法が分かっていたから少しは役にたったはずだ。
そうだ今これを書いて思い出したが確かドイツ語を習おうと思ったきっかけはドイツ出張があったからだ。そうだそうだ。このある日の一言にも確か書いたぞ。ここだ。2006年3月から勉強を始めたんだ。そして・・・、2007年10月にNOVAが倒産して語学勉強ができなくなったんだ。
そうするとドイツ語を勉強していた期間は1年7ヶ月だ。けっこう長くやっていたな。そして勉強ができなかった期間は1年と4ヶ月間だ(2年じゃないんだ)。時間が長引くと語学はどんどん忘れていくものだ。特にドイツ語なんて普段接する機会がないから忘れていくのが早い。
とりあえずNOVAでのレベルチェックの前に過去の勉強したことを再度確認しよう。昔のノートや市販のドイツ語会話の本を一通り読んでテストにいどんだ。すると多少は話すことができたが単語をやっぱり忘れていた。結局レベルの評価は7Bであった。元のレベルだ。よかった。全く話ができないと思っていたが講師の言った意味が多少は理解できて、少しは答えることができた。前に1年7ヶ月やっていたのがとりあえず無駄にならず継続して勉強ができそうだ。
語学勉強は継続が大切だ。すぐにぺらぺら話せるレベルになるのは難しい。仕事で必要になることはないかもしれないが突然必要になって短期で勉強してもまずすぐに話すことができない。だから語学は長期勝負だと思っている。そして一番難しいのがやる気を維持することだ。おそらく誰もが、「ようし語学の勉強をするぞ!」と一度は決意するものだ。中には何度も決意する人もいるはずだ。最初の数ヶ月はおもしろい。やる気があるからだ。しかし継続するのは難しいのだ。