走行区間 青森 ⇒ 豊橋 (1,158.7Km)
さあ、我が家を目指して走ろう!。
気仙沼でアイボールが、待っている。彼の都合で夕刻になっている事を考えると。、3時間程余裕がある。そこで、再度、奥入瀬の渓流を走ろうと予備の計画に切り替えた。
青森から国道103号で八甲田山の系で海抜10,40mの笠松峠を越え、新緑のトンネルを通り、奥入瀬渓流への入口の十和田橋を目指した。

海抜10,40mの笠松峠 みどりの中を奥入瀬渓流まで快適に走行
いよいよ、奥入瀬渓流だ。 この逆方向に2回走っている。

下流側に駐在所がある 以前のたたずまい景色

ところが、途中から、こんな具合に流木が、目立ってきた。以前に走った時の濁流の奥入瀬渓流を思い出した
調べてみると2025/08/22記録的な大雨でのダメージ。2023年8月に訪れた時も、豪雨の後で濁流の奥入瀬渓流だったが。
参照:さいごの北帰行? 太平洋側から日本海側へ
http://www.maroon.dti.ne.jp/~ja2eib/hokikou/hokkikou.html
やがて、十和田湖畔に出て、T字路を左(南)に取って、覚えのある国道454と国道103号の交差点にある休憩所に立ち寄った。
そして、1時間後、十和田ICから東北道に入り、気仙沼に向かうべく覚えのある一関ICへ向かった。この一関ICも何度か通っていることから、気仙沼への国道284号へは、スムースに向う事が出来た。
アイボールするジョイフル気仙沼松前店迄47Km、途中の道の駅で少し休憩しながら、午後6時頃にアイボール場所のジョイフル気仙沼松前店に到着して、時間を忘れる程に話し込んだ。
彼と8月のハムフェアーでの再開を約して、私は三陸道の気仙沼ICから三陸道を南下した。途中「道の駅 三滝堂」でトイレタイムを取り、矢本PAに併設されている「道の駅 東松島」を目指した。最後の北帰行の時にお尋ねした局とアイボールする為だ。

ここには、退役したブルーインパレスのT-4 731号機の機体が展示されていた。東京オリンピックの時に展示飛行をした機体だそうだ。となると、当時ブルーインパレスは、浜松基地に居て、太平洋上で5輪のマークを描く訓練をしていた。訓練している時に、偶然この白い5輪のマークを太平洋上に観た記憶が甦った。
彼が、ここに来るには12Km、帰りは約20Kmも有る。にもかかわらずここまで来ていただいた事に感謝して、小雨が、ぱらつく中久しぶりの再会で話しを咲かせた。
夜明けまで語りそうなのを自制し、午後9時半頃に彼と別れ、仮眠を予定している東北道の安達太良SAを目指した。ほどなく、雨も止み、仙台若林JCTで三陸道から離れ、仙台南部道路を経て、仙台南ICから東北道に戻った。安達太良SAは、約100Km先、1時間半位で着けると計算して、それなりに走行した。

安達太良山SAには、走行距離3,056.2Kmで19日0時17分頃に到着した。
夜掛け、午前6時頃に目覚め、次の走行に備えた。

久しぶりのウルトラマンに挨拶した。「シュワッチ」と挨拶してくれる
次は、東北道から久喜白岡JCTで圏央道内回りで210Km先の給油地の菖蒲PAを目指す。途中、安積SA、上河内SAと休憩を取り、菖蒲PAには、午前11時頃走行距離3,269.6Kmで到着し、直ちに給油した。暫しの休憩を取り、八王子の知人宅まで約67Kmと気を引き締めてハンドルを持った。そして、我が家までは、約300Kmだ。
しかし、鶴ヶ島JCTから始まった渋滞に巻き込まれ、1時間遅れで知人宅に到着した。金曜日には、仕事の応援で、もう一人の知人が来ている事を知っていたので、金曜日に訪問した。およそ1時間半程話し込み、休ませていただいて、高尾山ICから東名の足柄SAを目指して、圏央道内回りに入り、海老名JCTから東名高速道路に移行した。
睡魔が、頭をもたげることなく足柄SAに午後3時半頃に着き、ゆっくり休む事が出来た。東名か?、新東名か?と少し迷ったが、ゆっくり帰ればいいんだと東名にハンドルを向けた。牧之原SAには、午後5時半頃に着いて40分ほど休み、浜松西ICを目指した。 何故か、体調もすこぶる良く、それなりの速度で走行し、日がとっぷり暮れた、午後8時10分頃、我が家に着きトリップメータ上3,621.8Kmで旅を終え、ハンドルから手を放した。多分、興奮していたのだろう?、このような旅の場合、約280Kmを2ヶ所だけの休憩で走破したことは無いはずだ。

帰宅時のトリップメータ(3、621.8Km)
全行程3,619.7Km 、北海道宗谷岬への旅完了

帰りを待っていた?
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