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創立者・大村多喜子の言葉

人間生活に最も大切な事は、人間相互の善意に対する信頼であり、この信頼感は真の愛情から目覚めるものであります。

この愛情を育てる根本は美しい心を養うことであり、この心は正しい芸術教育を通じてさらに高められ養われるものです。
特に音楽は正しいもの、美しいものに対する直接的な感動を最も情緒的に表現した芸術でありますから、音楽教育にとってこの感動する心を養うことが最も大切な基礎であります。 そのためには精神的にも肉体的にも最も感受性の鋭い幼い時から正しい音楽の基礎教育を時間をかけて自然に体得させることが絶対に必要です。

この目的のために私共は「ソルフェージ教室(現ソルフェージスクール)」を開設しました。
此処では総ての生徒が「ソルフェージ」することから始めます。

そして読譜・音感・リズム感・音譜の書取り・音の記憶・室内楽・合唱合奏その他総ての音楽的な訓練によって音楽の基礎を習得させて居ります。

この教室では教えるものと、生徒との正しい心の交流の中から何時も新しい発見をし、その中でともども創造する喜びを分ち合うことに重きを置いています。

そして心から音楽に親しみ楽しく学びたい人々のために、素人・専門家を問わず音楽の高い芸術性を極め研究する場所として、日本の音楽文化、教育振興に寄与したいと思っております。



大村多喜子(1916〜2012年)

1916年 北海道にて生まれる
1937年 東京女子大学英語専攻科在籍中にアメリカへ留学、ジュリアード音楽院へ入学、ハンス・レッツに師事
1941年 帰国演奏会を開催
1942年 デビュー演奏会を開催
1944年 建築家・吉村順三と結婚
1950年 ジュリアード音楽院に聴講生として再留学
1951年 芥川也寸志「バラータ」をアメリカにて初演
1952年 帰国第一回独奏会開催
1953年 深井史郎「蛙・祈りの歌」を初演
1955年 三善晃「ヴァイオリン・ソナタ」を初演
1961年 市ヶ谷に「ソルフェージ教室」開校し、ソルフェージ、個人レッスン及びアンサンブル・クラスを三本柱とした音楽指導をはじめる
1967年 目白に新校舎を建設し移転、「ソルフェージスクール」と改称
1977年 財団法人日本ソルフェージ振興会を設立し、理事長に就任
2012年 4月1日 公益財団法人ソルフェージスクールに移転登記
9月に逝去


ソルフェージスクールのあゆみ


ソルフェージスクール新聞
バックナンバー

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亀倉雄策

建物の設計
吉村順三