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独 り 言 (2011年10月分)
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2011年10月31日(月)
朝。 空が晴れて来た。 国連人口基金(UNFPA)が発表した2011年の「世界人口白書」によると、世界人口は今日70億人になるらしい。 日本では少子化が問題になっているけれど、全世界的には人口はむしろ増えているのだね。 『ドロヘドロ 16巻』(林田球 小学館)を読む。 震災後に「内容面で今の時期に相応しくないであろう描写があり休載」された経緯があったので、その辺のところを確かめ てみたかったのだが、問題の回(魔の98)は、そう思って読むと前半部分と後半部分のテイストにやや違和感があった。 前半部分だけ「ヒロインが得意料理のギョーザを作る」という妙に明るい内容になっているのだ。 (内容の一部差し替えとかがあったのかなあ?) 午後。 雨上がりの晴天のため、花粉がひどい。 しょうがないので薬を飲み、ぼーっとした頭でぼーっとしている。 (花粉症って、難病認定してくれないのだろうか?) ニュース。 タイの洪水は引く気配もなく、ニューヨークでは大雪の被害、トルコの震災には日本から援助物資を送ったそうだ。 国内のニュース。 〈園田政務官が記者会見の席上、東京電力福島第一原発にたまっている低濃度の放射能汚染水を浄化処理した水を「低濃度 だと証明するために飲んだらどうか」とのフリーライターの求めに応じ飲んだ〉 どのぐらいの量の水を「飲んだ」のかは分からないが、コップ1杯ぐらいなら、別にどうってことないだろう。 うざいフリーライターを黙らせるためなら、私だってコップの水を飲んでみせるぐらいやるな。 夜。 「世界まる見えテレビ特捜部」という番組で、使用済み電気コードの塩化ビニール・コーティングを焼いて中の銅線を取り 出す仕事をしているアフリカの子供たちの特集をやっていた。 言うまでもないが、塩ビを焼けば有毒ガスが出る。 もちろん発癌性物質を含んだガスである。 日本の撮影スタッフはこの煙に咳き込んで、中には嘔吐している者もいたが、現地の子供たちはその黒煙の中で毎日作業を しているのである。 (で、園田さんが何を飲んだって?) 寝よう。
2011年10月30日(日)
曇り。 昼からメンサの例会に行く。 ノートパソコンにスティーブ・ジョブス氏の追悼番組を録画して来てくれたメンバーがいたので、一緒にそれを観る。 映像の中でジョブス氏は、成功の鍵は夢への情熱であると熱く語っていた。 それから科学雑誌「日経サイエンス」と「ニュートン」(現在発売中の12月号)について。(これは私が持って行った) 例の「超光速ニュートリノ」の話を両誌とも取り上げていたのだが、その温度差が歴然。 「ニュートン」がページに渡る特集で、 〈もし超光速粒子が実在したら……〉 〈ニュートリノは高次元の近道を通った!?〉 などと小見出しも楽しげにタキオンにまで言及のに対し、「日経サイエンス」の方は、 〈超新星ニュートリノでは否定的結果〉 と、あくまで慎重な扱い。 こういう時に、つくづく「オムニ」の休刊が惜しまれる。 ところで、「ニュートン」今月号の本来の目玉特集は、 〈アインシュタインが定めた宇宙の最高速度 光速C 相対性理論の基本原理〉 ここにロンドン大学インペリアルカレッジのジョアオ・マゲイジョ教授の名前を発見。 彼へのメールインタビューの内容が掲載されていたのだ。 教授の著書『光速より速い光』(NHK出版 初版:2003年12月26日)で言及されていた光速変動理論(VSL) には私も興味を惹かれていた。 この本が書かれた当時は、教授がこの理論を発表した直後。 行間から伝わって来る興奮に、読みながらワクワクしたものなのだが、「ニュートン」の記述を見る限り、VSLは、現在 までのところあまり成功した理論とは言えないようである。 しかしマゲイジョ教授は、名前から分かる通りのラテン系、情熱では負けないはず。 成功の鍵は夢への情熱だ!(と、ジョブズさんも言っていた) 頑張れラテンの情熱! 午後5時、会場を出る。 寒いと思ったら雨である。 早く体を暖めないと風邪を引いてしまう。 急いで居酒屋へ駆け込み、熱燗を注文。 哀しかったのは、馬刺はともかくあん肝までが実質的にメニューから消えていた点。 あんこうは魚だろ? 刺身が出せるならあん肝もOKじゃないのか? 銀杏をつまみに酒を飲む。 帰りに北口の中華食材屋で花巻(あんの入っていない中華まんじゅうみたいなもの)を見つけたので買って帰る。 雨は小雨になっていた。 明日は晴れるかな? 寝る。
2011年10月29日(土)
夕べと言うか、今朝の5時まで結局眠れず。 睡眠サイクルがものすごく狂う。 これで今日の日中に寝ちゃうと、もう取り返しのつかないことになってしまいそうなので、どこかに散歩に出かけようかと 思っていたら、佐藤編集長がシブカル祭というのに行かないかと誘って来た。 で、昼に2人で渋谷まで出かける。 会場は「渋谷パルコ」参加クリエイターは「100人の若手女子クリエイター」ということなのだが、ざっと名前の一覧を 見た限りでは私が知っている人はひとりもいなかった。 もっとも私はそういう業界に疎い人間なので、それは別に参考にはならない。 パルコ着。 入場無料だと言うので、会場内に足を踏み入れると、そこにはなんとも奇怪なオブジェが立っていた。 回転しない回転木馬と言えば良いのか? その場でガタゴト動く木馬のオブジェが3体。 (なんか気持ちの悪い外見だなあ) と、近くへ寄って良く見れば、小型のぬいぐるみを切り裂いて綿を抜き、縫い合わせて馬の形を作ったものだった。 正直、ヌエのバケモノみたいで気持ちが悪い。 (嫌なものを見たなあ……) と、次の展示物へ行けば、むくんで膨れ上がったような子供の顔のオブジェが「にこにこぷん」(以前に教育テレビで放映 されていた子供番組)のジャジャマルのぬいぐるみと、それからサカナの顔(?)みたいなものをデザインしたオブジェと 一緒に展示されていて、そこに書いてあった説明によると、子供は「りんご病」であるらしい。 作者「りんご病」が何だか分かっているのだろうか? りんご病(伝染性紅斑)というのは、その名の通りに伝染病で、顔や手足に赤い発疹が現れるのが特徴だが目立った発疹は だいたい1週間ぐらいで消えてしまい、跡も残らないというような病気なのである。 それを作品の説明文のように「りんご病の子供がいました」と言われると、何かりんご病というのが恒常的な病気であるか のような印象を受けてしまう。 (そのあと、子供がそういう自分の外見に思い悩むといった表現があるので、たぶん作者は本当に「りんご病」を恒常的に 外見が変化する病気としてイメージしているみたいだ) そういう架空の病気を「物語」に使いたいのなら、実在する病名は使わない方が良いのではないか? 混乱する。 作品は、どうやらりんご病の子供が自分の外見に悩んでいるうちにバケモノ(?)になってしまったところを表現したものらしい。 (オブジェの子供の顔は、バケモノにしか見えない) これも見ていてとても気持ちが悪かった。 次の作品。 紙に筆で描いた墨の線にセンサーが反応してスイッチが入ったり切れたりする装置を利用したもの。 スイッチが入ると風船が膨らんだり鉄琴が鳴ったりする。 単に装置の仕組みを説明するための教材であるならば、それでも十分なのかも知れないが、芸術作品として何かを表現する ためのものであるとすると、その「表現」の部分があまりにお粗末。 「これは、作者がこの装置を見て『作品に使える』と思ったまでは良かったが、その創造力の限界がこの程度のものだった ということなのかね?」 と言うと、佐藤編集長(一応プロのデザイナー)は、苦笑いをしていた。 「シブカル祭」、11月7日まで渋谷のパルコで開催されているそうなので、もしも観に行って、 「あれは実は、こういう深い芸術的表現だったのだ」 とか分かった人がいたら、ぜひ教えて下さい。 私には単にわざと気持ちの悪いものを見せて他人の嫌悪感を刺激し、その嫌悪の感情を「感動」だと言い張っているだけの ものに見えてしまったのだが。 昼食。 回転寿し。 佐藤編集長が、 「秋葉原になんか数字とローマ字が組み合わさった読み方の分からん所があるんやが、行ってみいへんか?」 と言い出す。 「なんだね、それは?」 と、聞くと、 「だから数字とローマ字が組み合わさった読み方の分からん所や」 という、で、そこに向かう。 ぜんぜん関係ない話。 「ローマ字」でいま思い出したのだが、道玄坂のマンホールの蓋にある町名のローマ字表記が「DOG・EN・ZAKA」 になっている理由を知っている人はいませんか? これじゃ、どう読んでも「ドッグ・エン・ザカ」なのですが。 さて、秋葉原。 「数字とローマ字が組み合わさった読み方の分からん所」は、JR高架下にある「2k540」であることが判明。 置いてあったリーフレットによると、「ニーケーゴーヨンマル」と読むそうだ。 問題解決!(笑) さまざまな工房が1ヶ所に集まってショップを開いている空間。 こっちはちゃんとしたプロの鑑賞にも使用にも耐える作品。 鞄と爪やすりと抹茶茶碗を買う。 「2k540(ニーケーゴーヨンマル)」は、JR山手線の秋葉原ー御徒町間の高架下。 最寄り駅は銀座線の末広町(2番出口)。 それからせっかくの秋葉原なので、中古ショップをウロウロ。 佐藤編集長は、ジャンクのカゴの中で見つけた380円のソニーのカセットテープレコーダーを、 「賭けや!」 と言って買っていた。 山手線で池袋に戻り、リブロに寄る。 イルムス館で「美の壷」というNHKの番組を元にした展覧会をやっていたのでそこへも立ち寄る。 精巧なドールズハウスが見事だった。 帰宅。 お茶を立てて飲む。 なかなか文化的でゲージツ的な1日だった。 寝る。
2011年10月28日(金)
朝。 朝食のパンを買いに近所の100円コンビニに行ったらトムヤムクンの素みたいなのを見つける。 (へえ、こんなのがあるんだ) と購入し、冷凍のシーフードをグツグツして食べたら、約1時間後に内視鏡検診の時の腸内洗浄を思い出す羽目になる。 インスタント食品との相性が悪かった? 冷凍シーフードとの相性が悪かった? トウガラシの刺激が強すぎた? 3人前をひとりでいっぺんに食べたのがいけなかった? まあ、理由はいろいろと考えられるが、ともかく大変なことに…… というわけで、かなりぐったりした状態となったところに花粉症の薬が効いて、3時間爆睡。 「電車のように連結して、それがどこまでも続いている飛行機に乗っている」というかなりシュールな夢を見る。 (あの飛行機は、地球を取り巻くリング状構造物だったということになるのだろうか?) たっぷり寝たのが良かったのか、夕方には無事復活。 SF大会の関係で、芸能事務所に出演オファーの件でメールを送る。 送信フォームから送ったデータがちゃんと届いているかという確認メールである。 返事はすぐに返って来たのだが、データが届いたということだけを知らせるメールに、わざわざ「※本メールの無断転載を 禁じます」と書き添えてあったのにはちょっと笑った。 まあ、そういう定型文書なのだろうね。 夕方。 Googleの急上昇ワードに「人類滅亡」というのが上がっていたので、 (なんのこっちゃ???) と検索してみたら、例の「マヤ歴に基づく2012年人類滅亡説」のバリエーションのひとつに「人類滅亡は2011年 10月28日」というのがあったらしい。 スウェーデンのカール・コールマン博士という人が書いた『マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!』とい う本があるのだそうだ。 読んでみたい気がするが、定価は2100円だとか。 それほどの金を出すほどのものでもないなあ。 もう少し待てば古本屋にどっと出るかな? 夜。 パソコンにずっと向かっていたら目が疲れて来た。 最近、老眼が進んでいるようだ。 気休めに通販サイトでブルーベリー・サプリを注文。 そしてまたパソコンに向かう。(笑) 昼に長時間寝てしまったせいか、なかなか眠くならない。 気がついたら午前3時になっていたので、健康のためとりあえずベッドに入る。
2011年10月27日(木)
今日も花粉が多そうな天気。 なんで秋にまで花粉に悩まねばならないのだ。 昼からずっとテレビの前で、「フラッシュフォワード」一気見。 ……打ち切りだとは聞いていたが、まさか「主人公危機一髪!」の場面でそのまま話が終わるとは思わなかった。 ちなみにこの番組のプロデューサー(デイヴィッド・ゴーヤー)は、現在、ゴジラ映画の脚本を執筆中という噂。 「フラッシュフォワード」のあの「日本」のイメージで「ゴジラ」を作るのか? それはさておき…… 日本でもSFドラマをもっと作って欲しいなあ。 大人が観られる日本のSFドラマって、本当に少ない。 メールをチェック。 森下一仁先生からご指摘メール。 >アンコールの曲名ですが、あれはリスト作曲「愛の夢」です。 (アレ? 私は昨日の「独り言」に何て書いた?) と確認したら〈ショパンの「ノクターン」〉とか書いていた。 (それは演奏会前半に演奏した曲だろう!) 慌てて訂正する。 思い切り寝ぼけて書いた上、今朝の送信前のチェックでも見落としたらしい。 提出課題だけでなくサイトの文章の添削もしてくださる森下先生、良い先生♪ 夕方。 DVDを返す前に、おまけでついていた「ゴースト 〜天国からのささやき」と「弁護士イーライの不思議な日常」(いず れも第1話)を観る。 「ゴースト」は、霊が見える女性が彼らの魂を救済する話で、「弁護士イーライ」は脳腫瘍のせいで預言者となってしまっ た弁護士の話。 弁護士の眉間に鍼灸師が鍼を刺すと、なぜか過去の記憶が蘇り、人々を救うための啓示となるヴィジョンが目の前に。 アメリカ人にとって、鍼治療は超常現象なのか? 日本も中国も、アメリカのドラマに出て来る東洋はみんな変。 まあ、日本のドラマに出て来るアメリカ人も、かなり「変なガイジン」だから一緒なのかも知れないが。 寝る。
2011年10月26日(水)
風の音で目を覚ます。 外は快晴。 花粉もビュンビュン飛んでいそう。 午前中。 呼吸困難を起こしそうになって薬を飲む。 よって、意識は朦朧。 昼まで、いろいろ作業しようと試みるが頭が働かない。 諦めて「フラッシュフォワード」の続きを観る。 今回は人道支援団体に化けてソマリアまで出かけた一行。 でも、あっと言う間に正体を見抜かれ、ゲリラに捕まってしまう。 ゲリラのボスは、フラッシュフォワードのヴィジョンでは数ヶ月後にソマリアの内戦を終わらせる人物。 それなのにあっさり殺してしまい、彼は嫌な奴だったので殺されて却って手下が喜んで、だから一行は無事帰国……って? ソマリアの人たちに対して、とんでもねーことをしたと思うのだが、どうやらそんなことは大したことじゃないらしい。 アメリカ人の子供がひとり誘拐されるのは大事件だが、ソマリア人が何万人も死ぬのは茶飲み話だと? このドラマを観ていると、だんだんアメリカ人が嫌いになって来るなあ。 (原作者のソウヤーはカナダ人で、上記のようなエピソードは原作にはありません。念のため) さて、日が暮れた…… 空中を舞う花粉の量が減り、私の時間がやって来る。 副都心線と千代田線を乗り継いで代々木上原へ。 本日はムジカーザでピアニート公国大使館設立記念演奏会があるのだ。 北口を出て右へ。 駅沿いにテコテコ歩き、石井珈琲で眠気覚ましのコーヒーを飲む。 花粉症の副作用vsコーヒーのカフェインのバトルに勝利し、坂を上ってムジカーザに辿り着く。 「自由席」と書いてあったので、早めに行ったのだが、着いてみると「整理番号順」だと言う。 チケットに印刷してある番号に思いっきり気づかなかった私とcomdocさんという方(初対面)で、 「アホなのは我々だけか? いや決してそんなことはないはずだぞ」 などと寒風の中、立ち話。 comdocさんは、ミステリーとクラッシック音楽のファンなのだそうである。 開場。 整理番号92番では1階に座席が見つけられず、2階席へ。 カメラのすぐ隣だったので、ニコ生の中継で演奏会を観ていた方とほぼ同じ角度から演奏者を見下ろしていたことになり、 案外と特等席。 会場内にはピアニート公国の国旗が展示されていた。 赤と白の地にピアニート家の由緒ある(?)紋章。 (イギリスの王族の紋章に似ていて、楯の代わりにPの字が書かれた正方形が置かれているようなものを想像して欲しい) 開演。 まずは「ピアニート公国国歌」。 えーと……(^^; 次の曲が「リストのラ・カンパネラ」。 相変わらず軽やかな指の動きである。 2階席から見下ろすと、これがよく見えるのだ。 (どうして人間の指が、あんな風に動くのかなあ……?) 本日は「夜」をテーマにした演奏会ということで、 フォーレの「ノクターン 第6番 変二長調 作品63」。 ショパンの「2つのノクターン 作品62」。 そしてお待たせ、光田康典作曲、ピアニート公爵編曲の「組曲ゼノギアス」。 ここで休憩。 SF作家の森下一仁先生をお見かけしたのでピアニート公国の紋章の由来について何かご存知かとお尋ねしたのだが、 「あれは森下家の家紋ではない」 という以上のことは分からなかった。 後半。 ラヴェルの「夜のガスパール」。 ……なのだが、ピアノの前に座った公爵、しきりに上を見上げ、何か気にしている。 私もつられて上を見たが、別に天井から首吊り死体がぶら下がっているとかそういうオカルトな出来事は起こっていない。 眉を顰める公爵。 しかし、諦めたように鍵盤に指を置き、「オンディーヌ」を弾き始める。 続いて「絞首台」に行く筈が、突然、公爵が演奏を止めてしまう。 小走りに楽屋に戻る公爵。 ここで私はやっと気がついたのだが、客席がMAXまで埋まった関係で場内の気温が上がり、気を利かせたスタッフが休憩 の間に空調のスイッチを入れたのだ。 そのゴーッという低い音が壁と天井に反響して、恐らく音楽家の繊細な耳には堪え難い騒音として聞こえたのだろう。 空調の音が止み。 演奏は「オンディーヌ」からやり直し。 さすが公爵、音に妥協はしない。 「絞首台」「スカルボ」と、今度は滞りなく演奏が続けられ、音楽がまったく分からない私は、ただ自分の魂が宙に浮かび 出るような感覚を楽しむ。 ラストはもちろん、田中公平作曲、ピアニート公爵編曲「ガンバスター幻想曲」。 (これだけを聴きに来たという人もいたんじゃないか?) アンコールは、アルカンではなくリストの「愛の夢」だった。 ↑ 森下一仁先生より曲名が間違っているとのメールが届きました。こっちがが正解です。 ショパンの「ノクターン」は正式にプログラムに載っていた方の曲ですね。お詫びして訂正致します。 帰りは出口で握手会。 ピアニート公爵と会話したのは、去年のTOKON10が最初で最後。 よもや覚えていまいと思っていたのだが、どうやら記憶していてくれたようだ。 芸大出は頭がいい。 「お父様とお兄様によろしく」 と言ったら、笑っていた。 帰宅。 comdocさんにメールを送ったらすぐに返信が来てマイミクになる。 つまんないと思うのだけどね、私のマイミクになっても。 寝る。
2011年10月25日(火)
天気はそこそこに良い。 花粉もそこそこに飛んでいるのだろう。 (それにしてもコレ、何の花粉だ?) トルコの地震は、日本人が巻き込まれなかったせいか報道が小さめ。 でもマグニチュード7.2と言うから、かなり大きな地震だったと思う。 昼。 「CSI:マイアミ7」最終回だと言うので見たのだが、海外ドラマにありがちなことで、長期シリーズのシーズンの最終 回はまったくの話の途中で終わってしまう。 午後になるが、花粉症は、特効薬というのがまだないので、最盛期っぽい時期には日中の外出を控える他ない。 それはそれで良い機会かと、2号くんに頼んでDVDを借りて来てもらい、「フラッシュフォワード」を観る。 このドラマの欠点は、主人公に感情移入しづらい点だな。 今回も、捜査に行った先の香港でレストランのテーブルをちゃぶ台返し、大暴れして逮捕される主人公。 何か作戦があってそうしたのかと思ったのだが、別にそういうわけでもないらしい。 「なぜそんなことをした?」 と、上司に問いつめられるシーンがあるが、それは私も聞きたかった。(笑) 苦笑してしまうのは、日本が出て来るシーン。 日本人が住んでいる古い木造住宅が、どこで探して来たのか文化遺産みたいな古い造り。 日本人の感覚として、つくばって「東京のすぐ近く」か? 部下にとって不本意であるだろう仕事を促すとき、ウインクしてみせる上司はいないだろうなあ、日本には。 日本人ならこういう場合、背を向けるか視線をそらす仕草で、相手の「NO」を拒絶するジェスチャーをするだろう。 文化の違いというものを学べたという点では、興味深かった。 夜。 牡蠣鍋で熱燗。 やや脳味噌が大らかになった状態で帰宅。 「謎解きはディナーのあとで」の第2話を観る。 (なんか引きこもりのテレビ鑑賞日記みたくなってきた。日中に外に出られないというのは、本当に困るな) 原作では、容疑者の持っていたライターの種類が重要な鍵となっているのだが、ドラマは視聴者の感情に訴える演出を重視 したせいか、結局、誰が容疑者でも良いような結末になっていた。 まあ、別にいいけれどね。 寝ようか。
2011年10月24日(月)
ここひと月ばかり、ずっと喉の痛みが続いている。 花粉症だとは思うのだが、何の花粉かが特定できない。 ちょっと困った状態である。 昼。 エスタックイブを飲んだら眠くなった。 喉の痛みに一発で効く薬だが、副作用が困る。 半分寝ながら「CSI」を見ていたら、タラ役のメガリン・エキカンウォークが今回で降板。 可愛い系の美人で気に入っていたのに。 人気が出なかったのかなあ? 午後。 『サはサイエンスのサ』(鹿野司 早川書房)を途中まで読む。 アレクサンダー・グラハム・ベルが自閉者だったのではないかという話が面白かったな。 ベルは聴覚障害者である恋人とのコミュニュケーションが上手くいかないのは相手の聴力のせいだと考えて、補聴器を作ろ うとした結果、電話が出来上がってしまった。 それはそれで良かったのだが、実は2人のコミュニュケーションが上手くいかなかったのは、ベルの側が自閉者だったから だった……という話を正高信男という人が『天才はなぜ生まれるか』という本に書いているのだそうだ。 ところで「自閉症」ってどんな病気なのだろうとネットでざっと調べたら、 対人関係に問題があったり、興味の対象が極端に狭いというのも自閉症の症状のひとつなのだそうだ。 私の周囲には、そういういタイプがけっこう多いぞ。(^^; (ベルは、単なるオタクだったのでは???) 夕方。 コインランドリーに行ったついでに近所を散歩。 自宅のガレージを画廊にして、地域に住む画家の絵を展示している人がいた。 並べられている絵を見ると、プロの画家の作品から小学生が絵画教室で描いた絵まで、実にさまざま。 この画廊の経営者は、どういう基準でこれらの絵画を選定したのだろう? (中には経営者本人の描いた絵もあった) よく見れば、値札のついているものもあるから、一応、売っているらしい。 「これはコンピューターのパワーポイントというソフトを使用して描いた絵です」 というものを見せられたが、わざわざパワーポイントを使ったのか、それとも絵画作成専用ソフトの存在を知らなかったの かは不明 (少なくとも「イラストレーター」というソフトの存在は知らなかったみたいだ) 画廊内を経営者に案内されながら歩いていると、他人の脳内に迷い込んだような奇妙な感覚を覚えた。 彼が画廊を作る気になったきっかけは「郷土愛」だそうである。 郷土を愛するのは良いことだと思った。 コインランドリーから帰宅。 近所のカレー屋で夕飯を食べようとしているところに1号くんから電話があり、なんか店までやって来られて夕飯を奢らさ れる。 大損害である。 GEOでDVDを借り「フラッシュフォワード」の続きを観る。 第5話から第8話。 どういう意図での演出か知らないが、緊迫するはずの撃ち合いシーンや、登場人物が静かな芝居をしているシーンに能天気 な歌のBGMが被さって台無しになっている。 まるでどうやったらドラマをつまらなくできるか、懸命に努力しているようだ。 登場人物にも、感情移入できる人間がいない。 たとえば政府の公聴会の話。 主人公たちが行っている捜査の予算を、公聴会の議長を務める上院議員が、自分個人がロサンゼルス副支局長と仲が悪いと いう理由で削ろうとする。 あまりにバカみたいなので、観ていて引く。 フラッシュフォワードに関する重大な発表を行おうと決意した科学者。 関係者が「発表するかどうかをポーカーの勝負で決めよう」と言ったので、ポーカーをする。 (なぜそんな提案に乗る必要がある?) ポーカーで負けが込んで置い詰められる科学者。 このまま行けば勝てそうな時に、突然今までの勝ちをすべて突っ込んで「この1回で勝負を決めよう」と提案する相手。 (なんでだ?) お約束通りに勝利した科学者は、相手に「実はイカサマをやったんだ」と勝ち誇る。 (ここまで支離滅裂な行動を取られると、どこをどう突っ込んで良いのか分からない) 一応、ソウヤーの原作は好きだったので、最後までつき合う気でいるが、観ていて疲れるドラマだ。 寝る。
2011年10月23日(日)
今日も曇り。 町内の邦楽教室の発表会があるので、昼から出かける。 豊島区民センター。 むかしは公社が運営していて、現在は財団法人の運営になっている建物。 隣にあるのが豊島公会堂で、さらにその隣が豊島区役所だが、これは移転が決まっている。 どうせなら、この古い建物3つを一斉に取り壊し、コンベンションセンターにでも建て直した方が良いような気がするが、 豊島区の財政状況では無理なのかな? さて。発表会。 正確には「師籍35周年記念箏曲演奏会」。 演奏会と言っても、教室の生徒さんが演奏するわけだから、ベテランもいれば初心者もいる。 なかなかな演奏を聴かせてくれる人もいれば、「その程度の三味線なら私も弾けるんじゃ?」というレベルの人もいるわけ で、まあ町内のおつきあいみたいなものだから、その辺はニコニコと……。 ところで、尺八を演奏していた黒紋付に袴姿の外人さん。 尺八を吹く人が他にいなかったせいだろう、ほぼ出ずっぱり。 そもそも日本人でも「趣味が尺八」という人は少ないからなあ。 彼は海を渡って来て、なぜ日本で尺八を吹こうと思ったのだろう? 夕方。 演奏会終了。 「リヴィア」という喫茶店でひと休み。 一緒に行った佐藤編集長が、 「ちょっとリヴィアにでも行こうか」 というしょうもないギャグを言いたかったらしく、誘われたのだ。 ちなみにこの「リヴィア」は国名とは関係ないそうで、店の人に聞いたら、 「命名した者によると “Love” に関係ある言葉のようです」 (ということだった。 (つまり “L” から綴るのか?) 店名の「リヴィア」何語であるかはその人にもよく分からないそうだ。 そうこうするうちに5時も過ぎたので、天狗へ軽く飲みに行く。 お茶屋で抹茶を買って、GEOでDVDを借りてから帰宅。 眠気覚ましにお茶を立て、DVDを観る。 「フラッシュフォワード」の2巻目。 世界中の人間が2分17秒間だけ半年後の世界を見てしまった「フラッシュフォワード」という事件を巡るドラマ。 第4話は、捜査官の焦りにつけ込んで、さまざまな犯罪者が取引を申し出て来るという話。 例えば、旧ナチの囚人が、フラッシュフォワードに関する重大な情報を握っていると主張。 釈放を条件にその情報を話すと言う。 彼の言っていることは本当か? その話が仮に嘘だったとしても、一度釈放命令を出した以上は釈放しなければならない。 なぜなら彼の弁護士は優秀だからだ。 (この辺、全力で「なんでだ?!」と突っ込んだぞ、私は) 例えば、逮捕・拘留中のテロリストが情報を提供すると言い出す。 言われた通りの場所に捜査官が向かうと……。 第4話は、フラッシュフォワードの時に自分の気に入らない未来を見てしまった外科医の話。 「フラッシュフォワードで見た半年後の自分は黒人になっていた」という患者。 若い研修医は、 「皮膚が黒ずむ症状の出るアジソン病の可能性があるので、手術は危険だ」 と主張するが、彼の指導医は、 「そんな夢のお告げみたいな話は信じない」 と言って手術を決行、患者を危険に陥れる。 指導医は、自分が見た未来が不愉快なものだったので、フラッシュフォワードを信じたくなかったのだ。 しかし、この世界では「フラッシュフォワードは半年後の未来」といいうのは、ほぼ常識になっているはず。 そういう「常識」の世界での、この指導胃の言動には、かなり違和感を感じる。 つまり物語の世界観がきちんとしていないので、見ていてイライラするのだ。 もうひとつのエピソード。 戦地で死んだはずの娘が、フラッシュフォワードで見た未来では生きていたという男。 だったら半年間、楽しみに待てばいいのに、何が何でも急いで娘の墓を暴き、埋葬されていた娘の体の断片(遺体の損傷が 激しかったらしい)のDNA鑑定をしなくてはならないと大騒ぎ。 (なんでだ?) この話も、登場人物がムキになってやろうとしていることに、観ているこっちがさっぱり共感できないのでイライラする。 これじゃあ、視聴率が取れなかったのも無理はないなあ。 完全に脚本の失敗だよなあ。 原作は、面白かったのに。 ニュース。 ドイツの人工衛星は人には当たらなかったらしいが、トルコの方で地震だそうだ。 詳細はまだ分からないが、大きな地震らしい。 今年は世界中で天変地異の当たり年か? 寝る。
2011年10月22日(土)
朝。 足の指に水ぶくれが出来ているのを発見。 昨夜、久しぶりに革靴を履いたので靴ずれを起こしてしまったらしい。 外は雨。 朝刊をくるんだビニールはびしょぬれで、郵便受けの中を水浸しにしていた。 (新聞配達のお兄ちゃんも急いでいるのは分かるが、こういういのをちょっとだけ水を切ってから郵便受けに入れてくれない ものだろうか?) ブツブツ言いつつ記事に目を通せば、コラム「春秋」に、カダフィの死について、 〈その罪を、憎しみではなく法によって裁く機会は永遠に失われた〉 とか書いてあった。 国家間の戦争であれ、内戦であれ、戦争で敵を殺すのに「法によって裁く」というのは、本来、変なのだ。 戦争の勝敗は、どちらが正義かによって決まるものじゃないだろう。 (「東京裁判」の悪影響か?) 仮にカダフィがもっと強くて、アメリカを負かしちゃったと考えてみよう。 ここに「法によって裁く」という考え方を持ち込んだら、裁かれるのはアメリカの方になる。 そして、そうなったら「カダフィが戦争に勝ったのに、裁判をやってみたらアメリカの方が正しかったのでアメリカ大統領が 無罪になる」ということには絶対にならない。 カダフィ様の正しい支配を「独裁」などと誹謗中傷して逆らったアメリカの方が悪いということになるのだ。 勝った側が負けた側を「法によって裁く」という考え方そのものが茶番なのに、それが何か重要なことのように思い込んでい る春秋氏、ちょっとおかしいぞ。 夕方。 近所の中華料理屋に行くために家を出かけたら郵便受けに『サはサイエンスのサ』(鹿野司 早川書房)が届いていた。 この本、アマゾンの紹介では〈鹿野司(著),とり・みき(イラスト)〉となっていて、あたかも鹿野司さんと、とり・みき さんの共著のような印象を与えていた。 そのせいかアマゾンのカスタマーレビューにも「まず表紙に騙されて中身もとり・みきのイラストで楽しめると思ったら中身 は文字だらけ」と文句を書いている人がいた。 (これは鹿野さんのせいじゃないよな) 念のため言っておきます。 『サはサイエンスのサ』で、とり・みきさんが担当しているのは、カバーのイラスト扉のカットだけです。 さて、この本は明日にでもゆっくり読むことにして、とりあえず飲みに行こう♪ 中華料理屋&タイ料理店。 池袋に多い日本語の怪しい店員さんのお店。 (「ブロシュリー」というのは「ブロッコリー」と書きたかったのかな?) などと推理しながら注文するのもまた楽しい。 トムヤムクンと生春巻きを肴に紹興酒を飲んで帰宅。 「妖怪人間ベム」の実写版ドラマの第1回をやっていたので、大らかな気持ちになって観る。 妖怪人間の人間との外見上の違いについて「3本指」がいけないということになったらしく、「頭に角」に変えてあった。 妖怪人間が戦う相手は、「名前のない男」というマッドサイエンティスト(?)に操られた人間。 この手の話としては珍しく、警察が前面に出て活躍するので「名前のない男」に操られて悪事を働いた人間は、最後に警察に 逮捕されてしまう。 紛うことなき「心神喪失状態」だったと思うのだが、ドラマでは悪者に操られるような心の隙を持っていたことが、そもそも 悪いのだというような説明を「被害者」自身がしていた。 どこか「諦観」を感じさせたアニメ版のベムに比べて、実写のベムは、もっと未熟でナイーヴ。 ベロも修羅場をくぐり抜けて来たすばしっこい印象が消え、どちらかというとボーッとした育ちの良さそうな子ども。 アニメのイメージに一番近いのはベラか? (あくまで比較の問題だが) まあ、これはこれで、細かい事に拘らず笑って観てあげれば良いのではないかな。 いま、酔っぱらってるし…… 寝る。
2011年10月21日(金)
曇り。 カダフィが死んだというニュースを見る。 (死んだかあ……) ある意味、ひとつの時代を象徴する人物だったな。 タイの洪水は、ニュースで見るたび状況が悪化しているような。 ドイツの人工衛星は、どこに落ちるのだろう? 世界中で、なんか大変な騒ぎである。 夕方。 鹿野司さんの星雲賞受賞祝賀パーティーのため、池袋の仮面ライダー・ザ・ダイナーへ。 18時半から受付開始の予定なのに、部屋が開くのが18時半といういきなりなドタバタ。 おまけに正面入り口に受付を設けたら、みんな裏のエレベーターから入って来るし。(笑) 祝賀パーティーということで、私は一応スーツを着て行ったのだが、主賓の鹿野さんはいつものジャンパー。 (SF者のパーティーである) 仮面ライダー・ザ・ダイナーなので、主賓席は当然ショッカーの首領の玉座。 そこに座って女性出席者と記念撮影をしているうちに、鹿野さん、心無しか顔つきが悪者に??? 料理は立食、バイキング形式。 オタクのパーティーでこれをやると、確実に食いはぐれる人が出る。 分かっている人は、何はともあれ料理に走る。 私は豊田有恒先生にお会いできて、先生から、 「浦島伝説の本をまた出したいと思っている」 というお話を聞けて嬉しかった。 「でも、前回の本はタイトルが地味だったせいか、売れ行きがいまひとつだったんですよね」 と、豊田先生。 「だから次回作は『浦島太郎は宇宙人だった?!』とかにしてみようかと……」 (先生、いつまでもお元気そうで、嬉しいです) 2次会、同じ店の7階でカラオケ。 みんながアニソンを歌う中で、川又先生がひとり「麦と兵隊」を熱唱。 歌っている最中に突然、 「あ、いま重大なことを思いついた!」 新作のアイデアでも思いつかれたのだろうか? 店を出ると、かなり強い雨。 「これは雨宿りをするしかありません」 と、嶋田洋一先生を拉致って、近所の居酒屋で勝手に3次会。 0時過ぎまで飲んで帰宅。 寝る。
2011年10月20日(木)
午前中。 『鬼伝説の研究ー金工史の視点から』という本が読みたかったので、調べてみたら絶版本だった。 古書検索で価格を調べたら、安くて6000円、状態の良いものだと8000円以上するという。 このところ、読もうと思った本が絶版という例が多い。 何の祟りだろう? 昼。 ニュース。 〈ドイツ航空宇宙センターは19日、運用を終えた同国のエックス線観測衛星「ROSAT」が、22〜23日に地球に 落ちる見通しだと発表した〉 またかい? 予想落下地点は、北緯53度から南緯53度の間。 つまり、赤道を0度として、南北にそれぞれ53度ずつの範囲ということだ。 簡単に言うと、北緯南緯ともに緯度を示す数字が53度より数字が小さいところは衛星落下危険地域ということになる。 ええと……日本の一番北は択捉島で(北方領土は日本の国土です)、北緯45度33分。 南が沖ノ鳥島で(沖ノ鳥島は島です)、北緯20度25分。 ……日本列島、北から南までめいっぱい入ってるじゃん。 大気圏再突入で燃え尽きずに地表へ到達する破片は、計1.7トン。 人に当たる確率は1/2000だそうだ。 これって、結構大きな数字だよね? (もうちょっと、人の少なそうなところに落とせないのか、ドイツ?) 昼。 午後1時の池袋。 黒いミニスカートの上にTシャツを着て携帯電話で話しながら歩いて来る女性とすれ違う。 Tシャツの裾から化繊のスカートのヒラヒラが覗き、素足に履いているのは真っ赤なハイヒール。 パサついた金色の髪に、化粧を落とした眉のない素顔。 (たぶん夜には夢の美女に変身するタイプの女性なのだろうなあ) 「なか卯」へ。 ここのメニューにあるシャケが好きなのだが、なぜかこの品、頻繁にメニューから消えたり現れたりする。 幸い今日はあったので、昼食はシャケとご飯と味噌汁。 午後。 店を出て、そのままJRと地下鉄を乗り継いで広尾の図書館へ。 大使館の多い街だからだろう、道を歩いている人に外国人が多い。 駅で「図書館へは公園を通るのが近道」と教えられて行ったのだが、思いの外公園は広く、しかも坂道が急だった。 (図書館通いをするインドア派に少しでも運動をさせてくれようという配慮なのか、これは?) やっと辿り着いた図書館のカウンター。 「若尾五雄の『鬼伝説の研究ー金工史の視点から』をコピーさせて欲しい」 と、言うと、 「著作権法の関係で、論文1本を丸ごとコピーするのはダメだ」 と、言われる。 (まあ、それはそうだろう) 「この論文は、三一書房と大和書房の2つの出版社がそれぞれ出しているが、三一書房の本の前半と大和書房の本の後半 をコピーするのは構わないか?」 と、聞くと、 「それなら、別の書籍からのコピーになるので構わない」 と言われたので、そのようにする。 著作権法、以外と穴がある。(笑) コピーの束を手に公園の道を戻って行くと、肌の浅黒い育ちの良さそうな小さな女の子が、子守りと思しき日本人女性の 名前を呼びつつ遊んでいた。 子守りは時間を気にして、公園の出口辺りでじれた様子を見せている。 女の子は、子守りがそこにいることを確かめながらも、一向に帰る素振りを見せない。 困ったお嬢様である。 物理的には全面的に子守りに依存しつつも、どこか自分が優位に立っている事を自覚している幼児。 子守りにかける声には、すでに「命令する者」の響きがある。 久しぶりに、こういう「生まれながらの姫」を目にしたぞ。 やっぱりこういう子供の頃から「姫」として育てられた者だけが、本物の「お嬢様」になるのだろうなあ。 帰宅。 とにもかくにもコピーして来た「鬼伝説の研究」を読む。 民間伝承に出て来る山に住む「鬼」は、鉱山で働く「鉱夫」だったのではないかという説が書かれた論文である。 言われてみれば一寸法師の鬼は、小槌を振るうごとに黄金を生み出す。 鉱夫が小槌を振るうことで大金を生み出すのだと理解すればなるほどと納得できる。 そもそも都の人間が、山の中までわざわざ「鬼退治」にやって来たという伝説があるのは、その山の中に莫大な「お宝」 が存在したからだろう。 その「お宝」が鉱山であり、「鬼退治」とは都の権力者が鉱山を私有している土地の有力者と戦って富を得た話なのだと 考えてみれば、鬼の手下(=鉱夫)が、ふんどしひとつの姿をしていて(製鉄所内は気温が高い)、筋骨隆々たる大男で (鉱夫ならばそういう体格をしているだろう)武器が鉄の棒なのもすべて筋が通る。 「鬼伝説の研究」、面白そうなので、今夜はこれをゆっくりと読みつつ、寝る。
2011年10月19日(水)
曇り。 午前中。 吹き矢の飛距離を伸ばすため、腹式呼吸の練習。 以外にいい運動になる「呼吸」。 昼。 映画「テルマエ・ロマエ」のキャスト発表の記事を読む。 ルシウス・モデストゥス、が阿部寛、 ハドリアヌス帝(第14代ローマ皇帝)が、市村正親、 アントニヌス(ハドリアヌス帝の側近)が、宍戸開、 ルキウス・ケイオニウス・コモンドゥス(次期皇帝候補)が、北村一輝 そしてオリジナル・キャラクター「漫画家志望の日本人女性」真実(まみ)が、上戸彩。 日本人が古代ローマ人を演じるということで、彫りの深い顔立ちの役者が選ばれたらしい。 この作品で日本人は、ずっと「平たい顔族」と呼ばれている。 その作品で日本人役に選ばれた上戸彩は、つまり「顔が平たい」と言うことか?(笑) (怖いもの見たさで観てみたい映画としてチェック) 午後。 8月にアマゾンに発注した『サはサイエンスのサ』、未だに入荷時期不明ということで、さすがにキャンセル。 別ルートで(つまり古本屋で)入手する方向に切り替えた。 (早川書房は、なぜ需要のある書籍を増刷しない?) 夕方。 コインランドリーへ。 (こういう手軽さに慣れてしまうと、だんだんメンテの面倒な家電を購入する気がなくなって来るな) 帰宅。 メールとか、いろいろやっていたら夜中になっていたので、寝る。
2011年10月18日(火)
朝。 新聞によると、タイの方で洪水がえらいことになっているらしい。 日本の自動車メーカーは、タイでずいぶんと部品を作っていたのだね。 来年のSF大会「犬」企画第2弾のためにゲスト候補にメール。 さて、企画内容はどうするか? 昼。 最寄りのコンビニに「午後の紅茶」が置いてなかった。 小さな不幸。 「CSI」を見たらレックス・リンが大活躍していた。 小さな幸せ。 午後。 宅急便屋に行ったら店員が全員出払っていて、留守だった。 入り口のドアを開けっ放しで。(笑) (悪者がいたら、とか考えないんだろうなあ、この町の人は) 明らかに店の人じゃない人が店の前に立って、 「留守みたいなので」 と、近所の別の宅急便屋(徒歩30秒の距離)の場所を案内していた。 楽しい商店街。 発送を済ませて戻って来たら、店のトラックも戻って来ていた。 きっと、ちょっとそこまで出ていたのだろう。 夕方。 吹き矢の講習。 練習のない日でも腹筋の運動は怠らないようにとの指導。 すいません、怠りまくっていました。 夜。 ドラマ「謎解きはディナーのあとで」を観る。 主人公の影山を演じたのは櫻井翔で、私が原作からイメージしていたより小柄。 慇懃無礼で空気の読めない原作の影山と違って櫻井翔の影山は、それなりに気を使い、原作より遠慮がち。 原作と一番大きく違うのは、影山が最後の謎解きの時以外でもお嬢様のボディガードとして活躍している点。 確かに原作をそのままドラマにしたら、主人公がお屋敷からほとんど動かず、絵的に止まった感じになるからね。 それにしても、超の付く金持ちという設定の宝生家、なんで使用人が影山ひとりしかいないのだ? あの規模の屋敷だったら、少なくとも料理人とメイドと運転手(そしてこのお嬢様の場合ボディガード)ぐらいはいておか しくないはずなのだが。 ……というわけで、なんか貧乏臭い金持ちというところは、原作通り。 マンガチックな演出で、それなりに面白かった。 ミステリーとして謎解きを考えて観るより、軽いコメディーとして楽しむのが正解のドラマ。 ところで、最近やたらどのドラマでも見かける中村靖日(なかむらやすひ)が、この作品にも警察官役で出演していた。 第2の大杉蓮か? 寝る前にメールチェック。 ますもとたくやさんが「犬2」への出演をOKしてくれた。 本格的に企画を練らないといけないな。 寝る。
2011年10月17日(月)
夕べが遅かったので、やや寝坊。 「独り言」をUPして、「CSI」をぼーっと見る。 テレビ番組収録中の殺人事件というネタなのだが、カメラの電波ををジャミングできる装置というのが出て来てしまって、 せっかくの「カメラの前での殺人」というトリックが台無し。 結局いかにも犯人っぽい犯人があっさり捕まって、事件現場で起こった第2の事件で残り時間を潰していた。 (ちょっと、なあ) 午後。 昨日の荷物の解体作業。 ……のはずが、カメラを取り出したところで、完全に手が止まってしまう。 北海道、綺麗なところだよなあ。 夏場なら住みたい。 (冬は雪の中で道に迷うと死にそうだし、秋はクマが出るようなので) ところで札幌をうろついているクマの件、地元の猟友会の方に話を伺って来たのだが、市街地でクマを見つけても、鉄砲で 撃ってはいけないのだそうだ。 ライフルの弾丸は、最大で4キロほど飛ぶので(実際に1キロ先程度の的なら狙えるらしい)、市街地で引き金を引くと、 流れ弾が通行人を殺傷してしまう恐れがあるのだそうで、では麻酔銃を使えば良いかと言えば、麻酔銃の取り扱いには銃と 麻酔薬の両方の取り扱い資格が必要になり、目下地元でその両方を持っているのが獣医さんひとりだけという状況なのだと 言う。 クマの出るような土地では、そういう法律を特例的に緩和出来ないものなのかなあ? 夕方。 1号くんから電話。 近所に中華居酒屋が新装開店したそうである。 一緒に行こうというので、1号くん、2号くんと店の前で待ち合わせ。 麻婆茄子をつまみに紹興酒を飲む。 2人に北海道土産のメロン熊ストラップをプレゼントしたが、 1号くん、 「このキャラクター、池袋のゲーセンでも見た気がする」 2号くん、 「クマが無駄にリアル」 と、反応はイマイチ。 東京の若者のハートをつかみ切れなかったか、メロン熊? 北海道と言えば、クマ。 夕張と言えば、メロン。 その2つを合体させれば、最強のキャラクラーになるはずなのだがなあ??? (ちなみに、メロン熊には、口にとうきびをくわえているバージョンというのもあるそうだ) 家に帰って、寝る。
2011年10月15日(土)ー16(日)
15日(土)。 朝。 5時にセットした目覚まし時計より早く目が覚める。 まるで遠足の日の小学生である。 まだ夜明け前。 夕べの雨は既に止んでいたが濡れたアスファルトに街灯の光が反射し、空気は湿度を含んで生暖かい。 北海道の気温を考えてネルのシャツを着て出たら、汗が出た。 池袋から山手線で品川へ。 山手線のホームで電車を4分間も待つ。 早朝は本数が少ないのだ。 品川で京浜急行に乗り換え、羽田空港へ。 車内はそこそこに混んでいる。 羽田空港で飛行機に乗り換えようと旅行会社からのメールを見ながら自動発券機に確認番号を入力したら、 「確認できません」 の文字。 何度繰り返しても同じ。 通りすがりの航空会社の人っぽいお兄さんを捕まえて、確認してもらうが、やはりダメ。 航空会社のカウンターへ行って笑顔のお姉さんにメールのプリントアウトを渡したら、お姉さん、笑顔のまま何度か入力を繰 り返し、 「これは旅行代理店さんの入力ミスですね」 と、笑顔で答える。 旅行代理店が発券に必要な確認番号の下3桁を私に間違えて連絡していたのだそうだ。 (ダメじゃん、旅行代理店!) とりあえず「搭乗案内書」が手に入ったので、保安検査場へ。 小銭入れと部屋の鍵と携帯電話をカゴに入れて係員に渡し、バッグ類も一緒に渡して機械を通して私も同時にゲートを潜る。 荷物を受け取りながら気づいたのだが、DVDプレイヤーをカバンに入れたままだった。 (アレは、良かったのかなあ?) 別に何も言われなかったので、そのまま機内へ。 いつのまにか雨がまた降り出していて、叩き付けられた水滴が流れて行くのが小さな窓ガラス越しに見える。 やがて旅客機はゴトゴトと走り出し、滑走路に入って速度を上げる。 航空機とは、自分が走る勢いで起こした気流の上に翼を乗っけて浮かび上がるという乱暴な仕組みの乗り物なのだ。 こんな原理の不確かな乗り物に乗ってはいけないと、アイザック・アシモフも言っていたような…… やがて離陸直後の絶対に逃げられなくなったタイミングで、 「悪天候のため、機体が揺れることが予想されます」 と、客室乗務員(たぶん美人)の涼やかな声のアナウンス。 窓の外は雲で真っ白。 (ひょとしてパイロットさんもいま、これと同じ風景を見ているのだろうか?) ちょっと笑えたもの。 トイレの中にあった警告表示。 「室内での喫煙と煙感知器の操作は航空法で禁止されています」 「喫煙」は分かるが「煙感知器の操作」を行う人間がいるのか? 1時間半後。 飛行機、新千歳に無事到着。 乗ったところとあまり変わらない通路を通って、空港内へ。 (北海道だーっ!) でも、窓の外が雲で見えなかったので、あまり移動した感覚がない。 迎えに来てくれた「やたがらす」さんは、私をすぐに見つけてくれ、そのまま彼の車へ。 「10日前、千歳でクマが民家の窓ガラスを割りました」 と、「やたふがらす」さんから、市内に迷い込んだクマさん最新情報。 北海道の歓迎はツンデレである。 昼。 「やたがらす」さんお勧めのスープカレー屋で昼食。 「なんか、時間が余った」 と言うので、時間つぶしにカボチャのプリンを注文して、それも食べる。 目的のNHKの建物は、車で行くとあっと言う間のところ。 アポを取ってはいたものの、相手はテレビ局の記者の方、急な取材が入ればそちらを優先すると言われていたので、念のため 確認の電話を入れる。 交換手の声が聞こえるかと思った受話器の向こうからは「電話を転送します」のアナウンス。 どうやら携帯に転送されたらしく、いきなり本日お会いする予定の記者の方の声が聞こえ、一瞬ビビった。 「えっと、あのー」 と、言いかけたら、 「13時に来られる予定の方ですね。お待ちしていまーす!」 と、明るい声。 よかった、忙しい記者さんは、我々のアポをちゃんと覚えていてくれたようだ。 「放送局の記者の方って、10分ぐらいはお時間を頂けるのかな? そんなには無理?」 などと2人で話しながら、時間通りにNHKへ。 到着した建物は、想像していたよりかなり小さい3階建てのビル。 土曜日だからか、正門は閉まっている。 前の道路で工事していた人たちに聞くと、 「ここの職員さんは、車庫の奥のドアから中に入っているねえ」 と言うので、その車庫の奥のドアへ。 鍵もかかっていないドアを開けると、雑居ビルの中みたいな廊下。 (受付とかは?) これも雑居ビルっぽい階段があって「関係者以外入らないで下さい」と書いてあったので、そこからまた電話すると、 「えっ、もう、中にいるんですか?」 という声が、電話の外から降って来た。 それから階段を駆け下りる音。 階段を駆け下りて来た人。 どうやら目の前に降りて来た人が、本日こちらがご挨拶しなければならないNHKのHさんであるようだ。 Hさん、 「平日は、下の階に子会社の方がいるんですけどねえ」 などと言いつつ、階段を上がって我々を3階まで案内してくれる。 どうやら、現在このビルの中には、Hさんと我々以外の人間はいないようだ。 事務所の応接コーナーのようなところに通され、名刺を交換。 お土産のメイドクッキーを渡したら、 「ここらではなかなか手に入らないものです」 と、喜んでくれた。 相手は忙しい記者さんである。 話はサクサク進めないと……というわけで、ずんこんの紹介DVDを流しつつ、SF大会の概要をざっと説明。 こちらの来た主旨、つまり「来年のSF大会に取材に来てね♪」を伝える。 のちのちご案内を差し上げる時の参考にと、 「どういった内容の企画にご興味がありますか?」 と、尋ねたら、 「ええと、第39回、40回、43回、45回、47回のSF大会で実際にあった企画なんですが、○○○というSF漫画 をテーマにしたもので……、出来ればゲストには×××さんをお呼びして……、それから△△△というアニメをご存知ですか? ……あとは東映から□□□という特撮映画のフィルムを借りて来て上映出来れば、かなり面白い企画になると……」 語る、語る、語る……約2時間半。 「それでですね、私、実はpixivにイラスト上げてまして、出来ればコミケで……」 「……すいません、ちょっと後の予定がありますもので」 と、こちらから会話を切り上げて失礼することに。 「……完全に〈こっち側の人間〉でしたね」 と、「やたがらす」さん。 むしろ〈逸材〉と言って良い人だと思う。 ベテランのスタッフでも、なかなかあそこまで次々と企画のアイデアが出せるものじゃない 会場の下見に遅刻してしまいそうである。 夕張まで車を飛ばす。 窓の外の風景は、 「山だー!」 「木がいっぱいあるー!」 「牛だーっ! 本物の牛だーっ!」 はしゃぐ私の隣で、「やたがらす」さん、 「この辺、何もないでしょう?」 この山と木と牛の群れが、彼の目には入らないのか? 「見ろ! ススキだ! 畑だ! 地面が広い!」 (ツンデレの北海道が、全力で私を歓迎してくれている!) 会場着。 下見。 企画部屋の写真を撮ったりとか、いろいろ。 いったんホテルに戻り、荷物を下ろしてから屋台村へ飲みに行く。 実行委員長に、NHKのH記者の話をすると、 「その人、ぜひ大会スタッフにスカウトしよう」 と、のたもうていた。 本日はホテルマウントレースイに宿泊。 私の部屋はツインルームで、ソファが2つもあるかなり立派なところ。 どうやらここはスキーシーズンには賑わうリゾートホテルのようだ。 ロビーには「夕張夫妻」の顔ハメ写真コーナー。 (「夫妻」は「負債」に引っ掛けたシャレらしい) 顔ハメ看板には「金はないけど、愛はある」の文字。 リゾートホテルのロビーで「金はないけど」って……。 豪華なリゾートホテルの部屋で、寝る。 16日(日) なんと目が覚めると既に8時前。 慌てて飛び起きて顔を洗う。 さすが、北海道、水道から冷水が出る。 (ウォータークーラー、いらないじゃん) ちょっと不便なのはウォッシュレットで、お湯を出す前に中の冷えた水を排出する時間が異様に長い。 朝食。 バイキング。 私的にはOKな味。 会場周りの観光スポットの下見。 「夕張鹿鳴館」 千代田区にあったアレとは違い、本当に鹿の鳴く声が聞こえて来そうな山の中の建物。 現在は結婚式場に使用されているらしく、ウエディングドレスが並んでいた。 教会がとてもこぢんまりしていて、オルガンがヤマハのエレクトーンだったのがちょっと可愛かった。 昭和天皇が宿泊されたという部屋を見学する。 思いの外に質素な寝室。 これなら私が夕べ泊まったホテルの部屋の方が豪華かも。 応接室はさすがに立派だった。 当時(昭和29年)の日本の家屋は、まだ客間が家の中心という設計だったのか? 「南大夕張駅」跡へ。 使用されなくなった機関車やバスが屋外に展示されていた。 「お願い! これ以上壊さないで」と書かれた看板が、ちょっと哀しい。 展示品の価値が分からず、ただの壊れた車両だと思ってふざけて蹴っ飛ばしたりする者がいるらしい。 立派な博物館とかのハコの中にないと価値を理解してもらえない「近代化歴史遺産」。 富良野芦別道立自然公園へ。 シューパロ湖というダム湖のダム(大夕張ダム)の向こうに、さらに高いダム(夕張シューパロダム)を作るという工事が行 なわれていたが、 「あのダムの水位まで水が来たら、我々がいま通って来たトンネルは、完全に水に沈むんじゃ?」 などと……。 (近くに見えた「三弦橋]という橋は、完全に沈むそうだ) 昼食。 沼ノ沢駅に隣接したレストランで……という話だったが、実際に行ってみると沼ノ沢駅の駅舎は、レストンのはじっこにちょ こんとくっついている感じ。 これはどう見ても、駅舎の方がレストンの付属物だなあ。 夕張の名物は長芋だというので「長芋ハンバーグ」なるものを注文。 出て来たものは、ハンバーグにすりおろした長芋がかかったもの。 そのまんま「長芋ハンバーグ」。 分かり易いネーミングの料理だった。 私はそこで他のスタッフと別れて「やたがらす」さんと2人で札幌市内へ。 「やたがらす」さんのお勧めで「日本3大がっかり名所」のひとつである札幌農学校の時計台へ。 パンフレットに載っているあの時計台、よく見るとみんな同じ角度から写っている。 なぜなら時計台がビルの谷間にあるため、それ以外の角度から撮影するとビルが写り込んでしまうからなのだそうだ。 (あの場所にはちゃんとカメラを置くべき位置に「撮影スポット」という標識がある) というわけで「あの角度以外の場所」から時計台を撮影。 ビルの谷間。 手前は車の行き交う道路。 さらに手前では駐禁の取締中。 (いいねえ) 崎田、さっそく取締中のおじさんたちを被写体に撮影会開始。 仕事熱心なおじさんたち、崎田の悪だくみに気づかない。 最後に、崎田自身がフレームに入り、おじさんの頭の上あたりでVサイン。 「『おっちゃんツノ生えてんで』写真」の撮影に挑んところで殺気を感じたか、あるいは善意で気を使ってくれたのか、おじ さんたちはフレームの外にどいてしまった。 ちっ、残念!(ーДー) ちゃんとした正統派の観光。 国指定重要文化財・旧札幌農学校演武場の建物の中へ。 入った途端、入り口で待ち構えた係の人に、すごい早口で時計台の由来を語られ、「札幌市時計台創建百三十三周年記念」 と書いたボール箱入りボールペンを手渡される。 時計台が創建したのが、明治11年のちょうど10月16日なのだそうだ。 「133年記念って、ずいぶんと半端だな」 と、「やたがらす」さん。 「きっと毎年やっているんでしょう」 (「誕生日」みたいなものかな?) さて、夕方。 北海道に来たからには、ここへ寄らずに帰る訳にはいかないすすき野! しかし案内してくれた「やたがらす」さん、酒を飲めない体質なのだそうで、すすき野の店にはあまり詳しくないと言う。 「ぜひ怪しげなお姉さんが客引きをやっている店に行って『すすき野でぼったくられる』というのを体験してみましょう!」 と、誘うが、却下。 うろうろそていたら地味なおっさんに声をかけられ、「やたがらす」さん(40歳)のことを「息子か?」と聞かれた。 おっさんが案内してくれた真っ当そうな店で、ルイベを肴にサッポロビールを飲む。 「……つまり60歳は超えていると見られたのか?」 などとブツブツ言っていたら、 「あのおじさんはきっと、目が悪かったんですよ」 と、「やたがらす」さんに慰められたが、私のこころの傷は癒えなかった。 少し寒くなったので、 「酒をぬるめの燗で」 と頼んだら、 「ハイ、ぬるめの熱燗ですね」 と、返された。 この日本語は間違っているのではないかというテーマで「やたがらす」さんと2人、しばらく話し合う。 そうこうしているうちに6時を回ったので、新千歳空港へ。 今回は発券もスムーズに行ったのでルンルンと保安検査場へ行き、ちゃんとDVDプレイヤーも取り出して機械に通したら、リュックが機械を通った時に警告音が鳴る。 どうやら筆箱の中に入れっぱなしにしていたカッターナイフがいけなかったようだ。 (行きの時には、一緒に入っていたDVDプレイヤーの部品と重なって検知されなかったものらしい) 係員、刃物は手荷物として持って入れないという。 「廃棄しますか? 預けますか?」 と聞かれる。 せっかく荷物を減らしてベルトコンベアを待つ時間を節約しようとしたのに、これだ。 どうせ荷物を預けるのならボストンバッグの中に入れて一緒に預けてもいいし、捨てた所でどうせ百均で買ったカッターだ。 でも、危険物だけを預ける場合に使用するという「CHECKED BAGGAGE」と書かれたボックスを見て、気が変わった。 「その箱に入れて、カッターだけ預けます♪」 搭乗。 往きの飛行機に比べて、ちょっと狭い機内。 (往きは、2つずつ並んだ座席が3列に配置されているタイプだったのだが、今回のは3つずつの座席が2列) 機体の揺れが往きの時よりも激しかった上、悪天候のせいか到着も20分ほど遅れた。 終電ギリギリのスケジュールでの20分は、ちょっと痛い。 なんとか山手線に間に合って池袋に到着した時には、午前0時半を過ぎていて、通路があちこち閉鎖されていた。 外に出て周りを見回すと、まだ半袖、短パンなんて人が道を歩いている。 セーターを着ていても肌寒かった北海道は、やはり北の街だった。 帰宅。 疲れたので、寝る。
2011年10月14日(金)
嫌な夢を見てしまった! コンビニでノートを探しているのだが、なぜかどこの店へ行っても見当たらないという夢。 それどころか店員が「ノート」そのものを知らないと言うのだ。 「ノート」が何かを説明しようとするのだが、どうしても通じない。 別に怖い夢でもなかったはずなのに、目が覚めた時になんとも言えない嫌な気分が残った。 それにしても「ノート」を買って、いったい何をするつもりだったのだろうか、私は? 午前中。 明日の旅行のための荷造り。 北海道のNHKの人と会う際に持って行く予定だったDVDが、まだ届かない。 (これは、DVDプレイヤーを準備して行っても無駄かな?) 午後。 昨日、1号くんから借りた手塚治虫漫画全集の『シュマリ』(手塚治虫 講談社)を読む。 明治初期から日露戦争までの時代、北海道で生きた男の話。 あとがきによると、アイヌと和人という微妙な問題を扱ったせいか、編集部や作者の元にいろいろと注意を言って来た人が 多かったようで、どうやらこの作品の仕上がりには手塚自身が満足していなかったようだ。 ストーリーは、元旗本の男の半生。 この主人公、元々はアイヌと「和人」の混血児という予定だったのだが、それが元旗本という設定に変えられ、自分の妻と 共に逃げた間男を北海道まで追って来た侍が、誤って別の人間を殺してしまい、警察に追われる身となってアイヌの村人に 助けられ「シュマリ」というアイヌ語の名前を与えられたということになった。 そのため主人公シュマリの性格は、逃げた女房を追いかける未練がましい男である反面、北海道の自然の中で生きる豪快な 野生児というややこしいものとなってしまった。 さらに言うなら、元は侍だったはずなのに侍っぽいところがあまりない。 間男を斬るという主人公の最初の目的は、ストーリー全体にとってあまり重要なものではなかったようで、話は途中から主 人公による北海道開拓の話になって行く。 ここに鉱山事業によって北海道にひとつの共和国を作り上げようとする男と、その息子や娘たち、彼の炭坑で働く労働者た ちの物語が絡み……と、話は複雑であるが、こうした人々がどこかで主人公シュマリと関わりのある人間ということになっ ているので、物語はさほどバラバラにはならない。 こういうまとめ方の上手さは、さすが手塚治虫。 自然と共に生きるアイヌの伝統的な暮らしに対して、炭坑を作り、近代化を進めて行く「和人」に対して作者の姿勢は常に否定的。 「自然と共に」という生き方は、ある面で良いかも知れないが、それじゃあ文明は発達しないと私は思う。 やっぱりどこかで自然と闘って克服していくというのが、人類という種が生まれた意味じゃないのだろうか? それでも『シュマリ』は、名作だと思うし、手塚治虫のいた日本に生まれたのなら読んでおくいて良い作品だと思う。 夜。 やっとDVDが手に入ったので持って行くとの実行委員長からのメール。 慌ててプレイヤーを充電、DVDを受け取りに駅前へ走る。 帰り道のコンビニで、手帳サイズの「ノート」を1冊買って荷物に入れる。 (いや、なんとなく……) さて、明日は早いのでそろそろ寝よう。 (というわけで明日は早朝からから出かけるので、2日ほどPC環境を離れます)
2011年10月13日(木)
曇り。 半袖だと、部屋の中でも肌寒い。 おまけに花粉症で、恒常的に喉が腫れている状態。 あまり万全とは言い難い体調である。 いろいろやらなくてはならないことがあるのに、作業がはかどらない。 昼。 パソコンデスクの上のスタンドが突如、点かなくなる。 古いスタンドを引っ張り出して来て代用にするが、やっぱり薄暗い。 (私はどうしてこう電化製品と相性が悪いのだろう?) 午後。 ちょっとテンション下がる。 夕方。 1号くんに飲みに誘われ、2人で軽く飲む。 『アイアムアヒーロー』(花沢健吾 小学館)という1号くんお薦めの漫画(1〜4巻)を貸してくれた。 「すげえ漫画だ」 というので読む。 確かにちょっと衝撃を受ける作品。 エンターテイメント系の作品の「べからず集」みたいなのがあって、「冒頭で主人公の日常を延々と描写してはいけない」 というのがあるのだが、この作品、見事にそれをやっている。 しかも成功している。 まず、主人公について。 彼には強い妄想癖がある……ということがしつこく描写される。 夜中になると魑魅魍魎が襲って来るという妄想に怯え、自分を「先輩」と呼ぶ架空の聞き手と喋り、職場では独り言の癖 のせいで周囲から迷惑がられている。 彼は3年前に単行本2巻で打ち切られたという売れない漫画家で、現在は他の漫画家のアシスタントで糊口を凌ぐ生活。 同じく漫画家を目指す彼女がいるが、その元カレはすでにデビューしたプロの漫画家。 彼女の元カレは変わり者だが結構いい奴で、編集者にボロクソに言われる主人公の漫画を高く評価し、親切なアドバイスを してくれたりする。 彼女自身も、酒癖は悪いがとても良い女性。 主人公は、そんな彼女の元カレに嫉妬し、彼女に暴言を吐いて後悔したり。 と、そんな話が延々と単行本1巻分。 その間に、主人公の周囲では少しずつ変なことが起こっていく。 人が人に噛みつくという変な事件のニュース報道。 車にはねられて死亡したはずの人間が現場を立ち去る事件。 急に連絡が取れなくなる編集者。 そしてある日のこと、趣味の射撃の集まりに散弾銃を手に出かけた主人公が、途中で彼女のアパートに立ち寄ると…… 実はこれ、ゾンビパニックものだったのである! 最近のこの手の作品は、まず事件そのものを書いて、それから時間を遡って事件前の主人公の日常を描くという書き方のも のが多い。 何も起こらない日常の描写は、読者を飽きさせるというのが「定説」になっているからだ。 だから読者は、主人公の日常を描写した部分を読みながらも、この後に起きることになっている「事件」を知っているとい う形になるのだが、この作品では、まず淡々と日常の生活が描写され、それに少しずつ違和感が加わり、日常が壊れていく 過程を読者が主人公と同じ時系列の中で体験していくことになる。 これが大成功。 主人公はゾンビだらけの街を必死に逃げ回りながら、違法行為を行わないように、公共の場でのマナー違反を犯さないよう にと気を使う。 非日常の世界の中で、日常を引きずり続けているわけである。 その主人公の感覚を読者から乖離させないために、冒頭で延々と描かれた日常の生活場面が役だっている。 ところで、東日本大震災の時に地震で棚の物が床に散乱している状態のスーパーで、店内の客がレジにきちんと1列に並ん でいたという映像が海外で報道されて驚かれていたが、ゾンビに追われて逃げ込んだ列車内で、床にへたりこんだ主人公が マナー違反になるからと慌てて立ち上がるあたり、作者は「日本人」というものを的確に?んでいたのだな。 (念のため、この作品が描かれたのは震災以前) アメリカのパニックものだったら、非常事態に遭遇した主人公は躊躇せずに違法行為を行うし、映画「ゾンビ」では、むし ろ非常事態を口実にショッピングモール内の商品を好き勝手に使いまくれるということを楽しんでいた。 国民性の違いだなあ。 『アイアムアヒーロー』、まだ連載中の漫画だそうなので、今後どういう展開になるかは分からない。 ゾンビものなので絵はグロテスクだから、そういうものが苦手な方は注意。 さて、今夜は良い夢を見られるかな? 寝る。
2011年10月12日(水)
曇り。 ここのところずっと風邪に似た症状で調子が悪い。 風邪薬を飲んでも一向に良くならないところを見ると、やっぱり花粉症か? 夏から冬にかけては「シーズン・オフ」だと思っていたのに、今度は何の花粉だろう? 大変に憂鬱な気分になりつつ、ニュースをチェック。 アメリカで、不幸な事件が起こったらしい。 〈「バイオハザード」の撮影現場で事故。駆けつけた救急隊員、ゾンビメイクの怪我人たちに戸惑う〉 ゾンビ映画「バイオハザード」の撮影中に、ゾンビ役者ら16名が重軽傷を負う事故が起きてしまい、駆けつけた救急隊員 たちが血まみれのゾンビメイクの怪我人たちを前に、どれがメイクでどれが本当の怪我だか分からず困惑したのだそうだ。 午後。 非常にどうだっていい作業で半日が潰れる。 そろそろ週末の旅行の準備もしなくてはならないのだが。 夜。 コインランドリーへ。 ついでにそこらを散歩したら、ちょっと見ないうちに近所の町並みが変わっていた。 高齢者が経営していた小さな店舗が軒並み消えている。 豊島区は、若者が住むようなワンルームマンションの建設を課税により制限しているのだが、家族持ちは広い家を求めて郊 外に引っ越すし、老人はいずれ死ぬ。 新築が出来ないので、狭いアパートは建て直されないまま老朽化し、空き家になっている。 区のホームページによると、この制度の目的は、 〈狭小な住戸を有する集合住宅の建築を抑制し、得られた税を良好な住宅供給の支援に投入することによって、ゆとりある 住環境を実現しようとするもの〉 なのだそうだが、もともとの土地が狭いわけだから、区が言うような〈良好な住宅〉、つまり広い家を建てるのは事実上、 かなり困難。 結果、若者が住むには家賃が高過ぎ、家族持ちが住むには狭過ぎるという中途半端な広さの新築マンションが出来上がって しまい、そういうところの空き家も目立っているようだ。 区の言い分では、単身世帯や狭いアパートの割合が23区内で一番高いのが問題だと言うことなのだが、別に他の区と比べ る事はないんじゃないか? 豊島区はそういう特徴のある区なのだと割り切って、そうした現状を踏まえた町づくりを考えていった方が、ずっと現実的 だと思うのだが。 池袋が、結構大きな街の割には、どこかちょっとダメなのは、行政が常に「他の区と比べて違う所はイケナイので直さなく ては」をやっているせいではなかろうか? 「うちはこういう街なんだよ」と胸を張っていれば、池袋には池袋の良さがあるはずなのだが「渋谷と比べてオシャレじゃ ない」とか「文京区よりも緑地が少ない」とか、他区の猿マネばっかりしているから、どこまで行っても「亜流」のまんま なんだよ! 郷土愛に燃えつつ、帰宅。 来月の鹿野さんのお祝いの件で会場と打ち合わせ。 寝る。
2011年10月11日(火)
昨日は体育の日だったらしい。 文部科学省による体力テストと健康に対する意識調査の結果、高齢者ほど健康に対する意識が高く、65歳以上は、体力テ ストのほとんどの項目で成績が上向いているという結果が出たそうだ。 元気な老人と元気のない若者の社会って、めでたいか? 午後。 買い物で池袋の街をぶらついていたら、立派な口ひげを蓄えた見るからに頑固親父風の白人男性を見かける。 来ていたのは紺のブレザーにチェックのスカート。 何度も見直したがスコットランドのいわゆる〈キトン〉ではない。 紛れもなく日本の女子高生の制服によくあるチェックのスカートなのである。 (なぜこの西洋オヤジは女子高生のコスプレをしている?) いや別に、個人の服装の趣味なのだから良いと思うのだが、いかにもパイプ片手に「近頃の若い者の軽薄な風潮」について でも苦々しげに語っているのが似合いそうな、いかつい顔つきのヒゲ親父のだったので、ちょっとびっくりした。 「外国で羽目を外しちゃったお茶目なお父さん」だったのかな? 帰宅。 ニュースを見る。 〈北海道発のニュース〉 〈10日午後6時10分ごろ、JR石勝線のオサワ信号場=むかわ町穂別長和=で、札幌発帯広行きの特急スーパーとかち 7号がヒグマと衝突した。列車は安全確認後、34分遅れで運転を再開した。乗客232人と乗員にけがはなかった〉 北海道では、こういう事ってよくあることなのだろうか? 週末の旅行が楽しみだなー。(^^; 夕刊のコラムで、早稲田大学の津田廣喜という教授が新聞週間にちなんだ内容の文章を書いていた。 結論から言えば「学生は新聞を読むべきだ」ということで、そうした主張をすること自体に特に問題はない。 首を傾げたのは、その根拠。 〈私としては、今の大学生に嘗てほど希少価値がないといっても、何が起きているかだけではなく、その背景は何か、今後 どうなりそうかについても一応の知識を弁えていて欲しいと思う。それには携帯電話だけでは足りない〉 教授は、「何が起きているかだけではなく、その背景は何か、今後どうなりそうかについても一応の知識を弁え」るために は「携帯電話だけでは足りない」と言い切っているのであるが、その「足りない」の根拠がコラムのどこを読んでも書いていない。 携帯電話、特に若者に人気のスマートフォンというツールは、とにもかくにも大量の情報を即時に入手できるというのが売 りのツールである。 客観的に見て、新聞とスマートフォンでは、入手できる情報量で、圧倒的に新聞の方が負けている。 以上を踏まえると、この主張、こういうことになってしまうのである。 「一応の知識」を弁えるためには「大量の情報を入手できるツール」では足りない。 だから「より情報量の少ないツール」である新聞を使用すべきである。 「なぜだ?」と聞きたくなったのは、私だけではないはずである。 (ひょっとして、この教授、スマートフォンが情報入手ツールであるということを知らないのか?) ここで私は〈今の大学生に嘗てほど希少価値がないといっても〉の一文が気になり始めた。 有名大学で教授をやっているところを見ると、この人はたぶん大学を出ている、つまり「嘗ての大学生」なのだろう。 つまり、この文章、 〈今の大学生に「我々」ほど希少価値がないといっても〉 と言い換えることが可能なのだ。 以上から推察するに、要するに「携帯電話だけでは足りない」の根拠とは、こういうことなのだろうか? 「我々」は、今の大学生より「希少価値」がある。 →今の大学生は「我々」より「希少価値」がない。 《補足》 こうした一文をわざわざ挿入したことから、書き手が〈今の大学生は「我々」より「下」である(=劣っている)〉 というイメージを「心情的に」抱いていることが推察される。 今の大学生は「我々」より劣っている。 携帯電話は、そんな「劣った」連中の使っているツールである。 だから(良く知らないが)たぶん「劣ったツール」なのだろう。(心情的判断) よって、 「一応の知識を弁え」るためには(「劣ったツール」に違いない)携帯電話だけでは足りない。 という結論が導かれる……と、そんな感じ? まあ、上記に関してはあくまで私個人の推論として、この教授がきっと今の大学生も、そんな彼らが使っている携帯電話も 嫌いなのだという気持ちだけは、文章からすごく伝わって来たぞ。(笑) 夜。 民放が3時間のスペシャル番組を組んで、戦前から昭和にかけての映画やテレビのスターの特集をやっていた。 地デジ化で視聴率的に苦しいことになっていると聞くテレビ局、ターゲットを高齢者層に向け始めたのだろうか? あと何年かしたら、テレビは完全に老人のものになってしまっているかも。 寝る。
2011年10月10日(月)
十十 日月 ……なんとなくタテ書きにしてみた。(笑) ニュース。 札幌のヒクマは依然、徘徊中らしい。 あんな大きな動物なのだから、いい加減、見つけて捕まえてしまってもおかしくない気がするのだが、東京なんかと違って 広いからかな、北海道? 午前中。 スティーブ・ジョブスが仏教徒だったという噂をネットで拾い、確認してみたら、このひと結婚式を仏式(禅宗)でやったらしい。 ついでに分かったことだが「ジョブス」というのは、彼の養子先の姓で、実の父親はシリア人なのだそうだ。 キリスト教式でやってもイスラム教式でやってもなんかアレだからとか、そんな理由だったりして。 あるいはヒッピー文化の影響かな? 1955年生まれなら、あり得るかも。 午後。 2号くんが、 「教授に『萌えとは何か?』と聞かれたのだが」 と言って来る。 なんだろうねえ、「萌え」。 「愛らしいものに対して感じる恋愛に似た感情。必ずしも性的な意味合いを持たない」かな? 感覚的に言うと「心の中に芽生える暖かくくすぐったいような感情」だろうか? 夕方。 コインランドリーに行き、ついでにお茶。 冬になる前に、洗濯機を買いたいな。 夜。 ヴァリコンの現地スタッフお薦めのドラマ「幸福の黄色いハンカチ」を観る。 高倉健主演で1977年に公開された映画のリメイク。 いま、当時の出演者一覧を調べたら、 主人公の島勇作が、高倉健、 主人公と一緒に旅をする青年・花田欽也が、武田鉄矢、 同じく一緒に旅をする娘・小川朱美が、桃井かおり、 主人公の妻の光枝が、賠償千恵子、 主人公を逮捕した警察官・渡辺が、渥美清、 酒に酔った主人公に絡んで殴り殺されるだけの役名もないチンピラでさえ、赤塚真人、 ……と、豪華過ぎる顔ぶれである。 で、本日、放映されるのは、そのリメイク版ということで、 島勇作が、阿部寛、 花田欽也が、濱田岳、 小川朱美が、堀北真希、 光枝が、夏川結衣、 渡辺が武田鉄矢で、主人公たちが旅の途中で出会う親切なおばさんの役が、倍賞千恵子だったのは、オリジナル版のファン へのサービスだろう。 まず、オリジナル版との大きな違い。 時代が現代(2011年夏の設定)。 九州出身の地方青年だった花田欽也が東京出身の都会っ子、逆に東京出身の都会的な娘だった小川朱美が北海道の炭坑町を ふるさとに持つ地方出身者になっている。 そして、旅の目的地が炭坑町である夕張から焼尻島という島に変更されている。 オリジナル版で武田鉄矢が演じた花田欽也は典型的なチャラ男、対する桃井かおりの小川朱美も欽也のナンパにすぐ乗って 来るような尻の軽い娘。 軽薄そうな2人の掛け合いの会話だった部分が、リメイク版では小川朱美が身持ちの固そうな地方娘に変更されていたため チャラいセリフがほぼ全て欽也に振られる結果となり、演じている濱田岳は、画面の中で膨大な量のセリフを絶え間なく喋 り続ける。 寡黙な島勇作の静の部分を際立たせるための欽也の喋りが、少しずつ視聴者の神経に障って行き、イラッと来たあたりで、 ちょうど勇作のセリフが入る。 「お前、少し黙ってろ!」 これでセリフが少なくどことなく陰気で、本来なら人好きのしないタイプの主人公が、うまいこと視聴者の共感を捉える。 それにしても濱田岳、いったい台本何ページ分のセリフをひとりで喋っているのだ? これはもう、ひとつの芸としてすごい。 少しだけ引っかかったところ。 主人公が不審者として警察に同行を求められるシーンで、警官が主人公の名前を呼んでいる。 つまり、この時点で既に彼の身元は判明しているのである。 (じゃあ、何のために同行を求めたんだ?) ちなみにここのところ、オリジナル版では主人公は検問に引っかかって無免許運転がバレ、身元を確認するために署への同 行を求められている。 だから警察署で渡辺が「こいつのことは良く知っている」と繰り返すセリフに意味が出て来る。 彼は身元確認の煩雑な手間を省いてやろうとしていたわけだから。 リメイク版として、悪くない作品に仕上がっていたと思う。 濱田岳、この作品で初めて存在を知った役者だが、個人的に強力にリスペクト。 寝る。
2011年10月9日(日)
午前中。 Googleのおすすめ動画を見たら「サイボーグ009」がまたアニメ化されるのだとか。 つい、懐かしのテレビ番組を動画検索してしまう。 実写版「悪魔くん」のオープニングを久しぶりに見たのだが、やはりかなり怖い。 これをいま放映しようとしたら、児童への心理的悪影響とか言われてクレームが付くのではなかろうか? 昼。 喉の調子が悪いのに気づく。 そう言えば昨日のスタッフ会議でも、咳をしている人やマスクを使用している人がいた。 いま倒れるとやばいので、薬を飲んで3時間ほど寝たら治った。 夕方。 池袋へ。 佐藤編集長を誘って居酒屋とファミレスをはしご。 石ノ森先生のお墓参りをしてから、近くのGEOで「フラッシュフォワード」のDVDを借りる。 原作の小説は好きだったのだが、ドラマ版は評判が悪いらしい。 1巻目を見て、その訳が分かった。 まず、主人公を実験を行っていた科学者から部外者である警官に変えたために、視聴者がどんな事件が起こったのかを理解 するまでに時間がかかり過ぎる。 おまけにフラッシュフォワードの原因自体をミステリーにしてしまったために「原因の究明」と「その未来はなぜ起こるの か」との2つの方向に話が分かれてしまう。 また、原作に出て来ない謎の男を出してしまったためにフラッシュフォワードの原因が人為的な陰謀みたいなものに矮小化 してしまった。 (原作をドラマ化する際に改変をするなとは言わないが、これはつまらなくする方向への改変だなあ……) 原作の主人公だったロイド・シムコーが一応出て来るので、その活躍に期待……していいのかな? 小説版でのテオドシオス・プロコピデス(主人公であるロイド・シムコーの助手を務めるギリシャ人)の役割を演じるのが たぶんドラマ版のディミトリ・ノウ(主人公であるマーク・ベンフォードのパートナーを務める韓国系アメリカ人)なのだ ろうけれど、これもちょっとガッカリ。 テオドシオス・プロコピデスって名前がカッコ良くて好きだったのだ。 適当なギリシャ人の俳優が見つからなかったのかなあ? ……寝ようか。
2011年10月8日(土)
午前中。 ネットで「スパマロット」のチケットを予約。 モンティ・パイソンを日本人が舞台でやるというやつ。 だいぶ迷ったのだが、半分は怖いもの見たさで……(^^; 昼から大山へ。 来年のSF大会のスタッフ会議なのだが、いつものように道に迷う。 商店街で道を聞き、文化会館の脇を通り抜け、中学校の脇を通り抜け、横断歩道を渡って健康長寿医療センターというとこ ろで道を聞いたら、横断歩道を渡ったところだと言うので、同じ横断歩道を2度渡る。 通行人に道を聞こうとしたら、先手を打たれて文化会館への道を聞かれてしまう。 来る途中で見かけた建物なので、教えるが方向音痴を自負している身としては、なんだか負けた気がした。 会議。 「オープニング映像で使用する小道具を作れる人はいないか?」 と聞かれたので、カイザー閣下に電話して聞いてみたところ、 「それはわざわざ作るより、本物を買って来た方が早いのではないか?」 とのアドバイス。 オプショナルツアーはどこにするのかという話。 北海道の地図を見ていたら、隣にいたかっぱさんに、 「すすき野に行く気まんまんなんですか?」 と、突っ込まれる。 (だって、北海道と言ったら、すすき野だろう?) 帰りに飲み会。 しゃぶしゃぶを食べて酒を飲んで帰宅。 有意義な1日だった。 寝る。
2011年10月7日(金)
午前中。 天気は良いが、風が強い。 ニュースをつけたら「札幌の街に熊が徘徊中」だって。 北海道、恐るべし! 午後。 買ったままになっていた『聖域』(大倉崇裕 創元推理文庫)を読む。 山岳ミステリー。 主人公は、とある事情で3年ほど山を離れている草庭という登山家。 登山のために始終、会社を休んでいたので、職場では同僚からの風当たりが強く、3年前の「事件」のせいで登山家仲間に おける立場も良くない。 要するに、どこにいても居心地の悪い状態なのだ。 そんな彼の登山家仲間が山で滑落したという知らせが入る。 その「事故」に疑問を持つ主人公は、調査を開始。 当然、会社は休みがちになる。 素人探偵が活躍するミステリーで、よく「こいつ、こんなに仕事を休んでいて大丈夫なのだろうか?」と思うものがあるが 大丈夫なわけはないのである。 主人公の職場での立場はますます悪くなる。 とにもかくにもイジメられ続ける主人公。 そして、第2の「事故」が……。 最後に意外な人物が犯人だったということが分かるというパターンのミステリー。 確かに意外だったが、ちょっと引っかかったのは「その間、犯人はどうやって隠れていたのか?」という疑問。 さらに「そういうことなら、警察に任せた方が良かったんじゃないか?」という疑問。 まあ、素人探偵モノでは、実質、日本に警察は存在しないことになっている(笑)のかも知れないが。 『聖域』というタイトルから思い出したのが、一部でこの作者の最高傑作と言われている『無法地帯』というミステリー。 特殊な生き方をしている男たちの特殊な世界の物語である。 現代日本でありながら現代日本の常識がまるで通じない彼らだけの「聖域」。 私の抱いた小さな疑問は、「そういう世界なんだ」ということで、既に解決済みなのかも知れないな。 登山が好きな方にお勧め……していいのか? 私は山がこんなにオソロシイところなら、絶対に行きたくないと思ってしまったが。 (で、主人公、山から帰って来たら、その先の生活をどうするんだろうか?) とか、そんな細かいことを気にしちゃいけないのが、聖域に生きる男たちの世界なのだろうなあ、たぶん。 夕方。 駅前まで買い物に出る。 上着を着て行かなかったら、やや肌寒かった。 その程度の気温。 夜。 テレビでウィル・スミス「アイ・アム・レジェンド」を観る。 例の評判の悪かった劇場版の方。(興行的には成功したらしいのだけどね) 確かに、これはヒドイ……(⌒_⌒; ストーリー。 謎の病原体によって人類が知性のない人食いの夜行生物ダークシーカーに変身してしまったニューヨーク。 この病原体に免疫を持つ主人公は、最後の人間となり、なんとかこの「病気」の治療法を見つけ出そうと日々、ダークシー カーを捕らえては実験を繰り返す。 しかし、愛犬がダークシーカー犬に噛み付かれてダークシーカーとなってしまい、自ら犬を絞め殺した主人公は自暴自棄に なってダークシーカーの徘徊する夜の街へ。 そこへやって来た、同じく生き残りの女性によって助けられるが、まだ夜が明け切らないうちに隠れ家に戻ったため、ダー クシーカーたちにそこを発見されてしまい……。 ラストを差し替えて、ダークシーカーを知性のない生物という設定に変えてしまったので、彼らが主人公を捕らえるために 罠を仕掛けることが出来た理由も分からなくなり、とってつけたようなナレーションでの強引な幕引きに、ただただ失笑するばかり。 この映画の制作は2007年で、ウィキペディアによると「本作に登場する米軍兵士はすべて現役で、撮影の10か月前に イラクから帰国したばかり」なのだそうだ。 この時期に米軍の強力を得て撮影した映画のテーマが原作通りの「価値観の逆転」(正義のために戦っていたつもりが相手 側の価値観から見れば自分の方が悪者だった)では、都合が悪かったのかもね。 まあ、いろいろと大人の事情があったのだろう。 寝る。
2011年10月6日(木)
午前中。 プロバイダーに電話。 いろいろあって、午後にはたぶん直っているだろうという話になる。 昼。 洗濯機が壊れたので近所のコインランドリーへ。 コインを入れて、回るドラムを眺めながら考えたこと。 うちには現在、冷蔵庫と電子レンジがない。 100円コンビニが近所にあるので、特に必要ないからだ。 前に風呂が故障した時には、風呂屋やコインシャワーがあったので、それを使った。 江戸時代の長屋の炊事設備は貧弱なもので、独身者の多くは一膳飯屋のようなところで食事を済ませていたらしい。 もちろん、風呂は風呂屋へ行っていたので、家の機能としてはほとんど寝るスペースだけで十分だったと言われている。 テレビはなかったが、木戸銭の安い寄席が各町内に1軒ぐらいずつあって、深夜まで開いていたのだから、自宅の外に大き な共同リビングがあったようなものである。 外国で言うと、19世紀のパリは上下水道の設備が不十分であったため、一般市民は日常の衣服品の洗濯を洗濯女と呼ばれ る人々に手間賃を支払って頼むのが普通だった。 人力コインランドリーである。 (個人の住宅の機能を都市の共有スペースに移せば、都市全体としてのエネルギー消費が押さえられるんじゃないかなあ?) 午後。 コインランドリーから戻ったら、スティーブ・ジョブスが死んでいた。 この人は、たぶん「天才」に分類されるべき人間だったろう。 さっそくネットには「明日発売される〈iPhone 4S〉は、〈iPhone for S〉つまり〈S(スティーブ)へ捧げるiPhone〉 という意味だった」という話がもっともらしく流れているという話。 ネットユーザー、この手の話が好きだね。 夕方。 ようやくサイトの不具合が解決。 一昨日と機能の分の「独り言」をUpする。 夜。 「ボクら星屑のダンス」というドラマ。 実験室で人工的に作られた天才児が脱走して完全犯罪を行うというストーリーに興味を持って観てみたのだが、研究所を脱 走した天才児が、結局、何をしたかったのかが最後までよく分からなかった。 研究所の世話係の女性の説得で気が変わったみたいな流れなのだが、その説得が天才児に気を変えさせるほどのものに思え ない。 肝心の完全犯罪の方も、警察の間抜けぶりに助けられて成功したという感じで、アイデアとしては面白いのだが詰めが甘い印象。 期待したほどの内容ではなかった。 (主演の高橋克己は、相変わらず上手かったが) ドラマが終わってNHKにチャンネルを変えたら、統計の数字の嘘の見抜き方みたいな番組をやっていて、これは割と 面白かったな。 寝る。
2011年10月5日(水)
雨。 天気予報で分かっていたことだが、朝から雨だと気が滅入る。 ヨーロッパ発の海外ニュースも、景気の悪くなるような話ばかり。 ええと……ギリシャの方々は、とりあえず昼寝をやめて商売とかをしてみたら? ゴメン、どうもギリシャというと『エロイカより愛をこめて』(※)のイメージが強くて。(笑) ※『エロイカより愛を混めて』 青池保子の漫画。 ドイツ人がギリシャ人と待ち合わせをするが、約束の時間になっても相手が現れず、やっと来たかと思ったら遅刻の 理由が「昼寝」で、おまけに「時間通りに来るなんて非常識」とドツ人の方が責められるというシーンがある。 昼。 相変わらず雨。 今年の秋は例年になく寒いのだそうだ。 私が北海道に旅行すると決めた途端にコレだよ。 (先月は、私が静岡に出かけた日が「例年にない台風」の日だったし) 夕方。 チェッカー・ドラフツ協会の例会。 ドラフツを普及させるにはどうすれば良いのかというような話。 そもそも知名度が低過ぎるのだ。 オセロはCMで知名度を上げたが「そんな予算はない」と、会長。 とりあえず、用語の統一とか。 ゲームに使用する “piece” を日本語で何と呼ぶのか? 「〈駒〉じゃないか?」という意見。 理由は〈石〉は囲碁のように置くものの呼称で、〈駒〉は将棋のように動かすものの呼称。 ドラフツの “piece” は、動かすものだから。 「〈石〉じゃないか?」という意見。 理由は将棋などの〈駒〉と違って、個々の “piece” に「歩」や「金」などといった性格がない。 「いや、でも双六の〈駒〉にも性格はないから」 「双六のアレは〈石〉と呼ばないか?」 「ダイヤモンドゲームの〈駒〉は……」 (すでに、この段階で前途多難) 急用が入ったので、私は途中退席。 有楽町線の要町という駅へ。 用はすぐに済んだので、そのまま帰宅。 夜。 「佐藤編集長から『独り言』が読めない」 という連絡。 見てみたら、なるほどページが真っ白。 いろいろとやってみるが、解決がつかない。 明日、プロバイダーに電話してみよう。 寝る。
2011年10月4日(火)
朝。 天気が良かったので、ほぼ壊れている状態の洗濯機にGパンを放り込んでスイッチを入れたが、ピクリとも動かない。 どうやら、ほぼ壊れている状態だった洗濯機、ついに完全に壊れてしまったようである。 やれやれ。 午後。 郵便局へ。 行った時間帯が悪かったのか、2つの窓口が2つとも老婦人に占領されている。 保険手続きの説明を受けているらしく、延々と窓口が開かない。 よほど丁寧な説明をしているのかと、聞こえて来る単語に耳を澄ませてみると、 「ハイ、では、次の文字はですね、〈やまいだれ〉に……」 ……時間がかかるはずである。 お陰で、2分で済む手続きをするのに20分以上も待つ羽目になってしまった。 多少イライラしつつクリーニング屋にまわり、預けておいた冬物のスーツを受け取ってから帰宅。 (クリーニング屋を自宅の倉庫代わりに使うのはお店に大変迷惑です。絶対にやめましょう) 夕方。 吹き矢の講習。 平均年齢70代とお見受けしたご老人のグループが新入生として加わる。 「ほうほう、これはなかなか面白いねえ」 などとグループで固まって和気あいあい。 ゴルフを始めるには、ちょっと年がいってしまったという方々なのだろうが、なかなかにお元気。 日本の長寿大国化を肌で実感する。 スポーツで汗を流した後は、養老乃瀧で軽くビール。 家に帰って、寝る。
2011年10月3日(月)
朝。 メンサの例会のための会場予約抽選会。 長く待たされることを覚悟して本を持って行ったのだが、こういう時に限ってクジ運が良かったりする。 すぐに手続きが終わってしまったので、家に帰って本を読む。 午後。 ピアニート公国大使館設立記念演奏会のチケットを買いにローソンへ。 (この演奏会に、ピアニストの森下唯さんがゲスト出演するという噂は本当だろうか?) 夕方。 駅前で1号くんと会ったので、なんとなく2人で飲みに行く。 李白と、1号くんの希望で八海山。 帰宅してニュースを見たら、脳内映像を動画で見られるシステムをカリフォルニア大学バークレー校の科学者が開発したのだ そうだ。 似たようなものの静止画は、既に日本のチームが発表しているが、その動画版か? システムの概要。 まず、被験者にいくつもの動画をランダムに見せ、その動画を見ている状態の視覚野の活動をfMRI(機能的磁気共鳴画 像)で測定、脳の反応のデータベースを作成する。 次に、被験者に特定の動画を見せ、このときの視覚野の活動と似た反応が記録されたデータを、先に作成したデータベース の中から100件ピックアップする。 この100件の動画をコンピューターで融合させてひとつの動画にしたものを、被験者が見た特定の動画と比較してみると 良く似た動画となっているというもの。 その動画はYoutubeでも公開されていたが、見た印象では滲んだ絵の具の落書きみたいなピンボケ映像。 興味深かったのは、人間が映っている映像を見たときの方が、他のものを見ての映像より画像が鮮明だったということ。 (象の歩いている場面なんか、雲のようなものが移動しているようにしか見えない) 人間は、やはり人間の姿をより鮮明に認識しているということなのだろうか? 少し残念なニュース。 ノーベル賞の受賞者に受賞を報告しようとしたら、死んでた。 ロックフェラー大学のラルフ・スタインマン教授が今年のノーベル生理学・医学賞を受賞することが決まったのだが、実は 教授は、その発表の3日前に病死していたというのだ。 ノーベル賞は本来死亡者は対象外だが、今回はスタインマン教授の存命を前提に授与が決定されていたため例外的に死後に ノーベル賞が授与されることになったのだそうだ。 最近、ノーベル賞が研究者の「死に土産」っぽくなっている気がするのだが、今回の件は、それが顕著に現れた例では? 夜。 「北海道で初雪」だって。 「東京で花見をやっているときに北海道では雪が降っている」という話を聞いたことがあるが、10月の初めにもう雪が降 るのか、北海道? (来週、行くんだけどなあ……) 寝る。
2011年10月2日(金)
そろそろ涼しいと言うより肌寒い気候になって来た。 考えてみれば昨日から10月なのである。 本日のSF乱学講座の参考図書、 『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか 〜言葉の魔法〜』(門倉直人 新紀元社) 『世界が変わる現代物理学』(竹内薫 ちくま新書) を一応、流し読み。 『シンデレラは、なぜカボチャの馬車に乗ったのか』の方は、馴れないとちょっと読みづらい文章。 言葉の語源や風習の起源に関する蘊蓄を、著者が連想の赴くままに語っている本。 あとで聞いたのだがロールプレイング・ゲームか何かの制作者向けのネタ本(ハウ・ツー本?)みたいなものらしい。 ロールプレイング・ゲームをやったことのない崎田は、知識の根本部分が欠けているわけで、道理で読んでも訳が分からな かったはずである。 たぶんロールプレイング・ゲームに詳しい人が読んだら、とても興味深く、楽しい本なのだろう。 『世界が変わる現代物理学』。 理系の人が書いた本。 つまり「量子」という漢字の読み方をわざわざ説明している一方、高校の数学や物理の知識になると、あまりに自明だと思 うのか、読者が当然知っているものとしてどんどん先に進んで行く……。(笑) 著者は「湯川薫」のペンネームでミステリー作家としてもご活躍中なのだそうで(すいません、不勉強でぜんぜん知りません でした)途中にご自分の作品の登場人物が出て来る物語風の箇所があったり……。 今度、もうちょっと時間をかけてじっくり読んでみたいと思う。 夕方、SF乱学講座。 〈日本昔話 「昔々、あるところでポストヒューマンが……」 ――その後の日本神話とデジタル物理学から 〉 講師は、門倉直人氏(遊戯創作/文筆業)と小泉雅也氏(元遊演体代表)の2名。 内容は、門倉氏が〈日本という特異な土壌が現在進行形で進めている「神話のつづき」と、人が人から少し遊離していく現 象を探る〉というもので、小泉氏が〈門倉直人氏講演へ補足的に、現代思想でも取り上げられる「ポストヒューマン」とい う概念の理解に寄与できるよう、量子力学における実証論が描くデジタル物理学的な自然像を踏まえて、そのゲーム的側面、 情報学的側面について〉ということなのだが、門倉氏のパートは、どこまでが資料に基づく「知識」で、どこからが門倉氏 の「空想」の話なのか、ノートを取りつつ、かなり混乱してしまった。 小泉氏のパート。 こっちの方が、やや分かりやすかった。 「実在論から実証論へ」 要は「モノ」か「コト」かという話。 世界認識の問題と考えれば良いのかな? ある「モノ」が存在すると考えるのか、ある「コト」が起きていると考えるのか。 「魂はモノか? 魂はコトか?」というわけで、こころ(=魂)は、技術的にバックアップ可能なのかという話。 魂が実証可能なものならば、数学的もしくは論理的に記述可能なはず。 つまり記述可能でないならば、実証可能でない。 (但し、記述可能であるものすべてが実証論的な「コト」であるわけではない) 魂に「記述できない面がある」ということは「魂は記述可能でない」ということになり、魂は実証可能でないことになる。 「記述可能でない」ならば「バックアップ可能でない」。 また、魂は人生のすべてを含むものなので膨大であるはず。 計算量として膨大であり過ぎると、計算量問題から現実的にバックアップ不能である。 しかし、ホログラフィー画像は、記憶媒体が欠損しても(鮮明さは落ちるが)全体像を再生できる。 記憶とはホログラム的であり、膨大な「すべて」をバックアップする必要はないのかも? 記述可能なデータだけを記録したとしても魂が失われるわけではない。 デジタル的に記録された魂と、誰かがコミュニケーションするとき、魂は「コト」として再生されるのかも…… (……えーと、崎田がノートを取っていて訳がわからなくなっている状況を理解して頂ければ)(^^; 感想。 量子物理学の話って、突き詰めると哲学の話っぽくなっちゃうよな。 放課後。 「包茶」でジャージャー麺を食べ、ビールとマッコリを飲んで帰宅。 寝る。
2011年10月1日(土)
朝起きると、体調はなんとか回復。 今日は葛西で「第19回 雅楽端鳳会 発表演奏会」があるので、昼から出かける。 有楽町線の飯田橋で乗り換え、東西線で葛西駅へ。 ……というところまでは電車が連れて行ってくれるから良いのだが、駅から出た瞬間に道に迷う。 駅前でウロウロしていたらミズノのパープルカラーのトレーニングウエアを着用し、ドデカミンを手にした御婦人が通りかか る。 「葛西区民館ホールはどこでしょうか?」 と、聞くと、 「葛西区民館ホールで、何かあるのですか?」 と、逆に尋ねられる。 「雅楽の演奏会があるのです」 と、答えると、 「私はちょうど雅楽を習ってみたいと思っていたところなので、一緒に聴きに行きましょう」 と、言うので、ミズノのパープルカラーのトレーニングウエアを着用し、ドデカミンを手に、雅楽を習ってみたいと思いつつ 道を歩いていたというその御婦人と一緒に葛西区民館ホールへ向かう。 葛西区民館ホール。 舞台の中央には目にも鮮やかな楽太鼓が置かれていた。 上に三角の飾りがついた枠の内側に太鼓が釣るされ、両側にバチを収納する輪、下には木製の脚がついた「楽」という字の 元になったという太鼓である。 もうひとつ、目立たない場所にではあるが火鉢が置いてある。 これは笙(しょう)という楽器を温めるためのものなのだそうで、つまり笙は、演奏中もときどき温めないと上手く鳴らな い楽器であるらしい。 雅楽の代表的な笛というと、あと縦笛の篳篥(ひちりき)と横笛の龍笛(りゅうてき)があるが、私はこの笙の外見(お椀 にストローがいっぱい突き立っているみたい)に似合わない音色(ハーモニカそっくり)が一番好きである。 開演。 最初の曲は「平調 五常楽急(ひょうぢょう ごしょうらくのきゅう)」。 作曲者は、唐の太宗。 中国の皇帝と言うのは、作曲のひとつも出来ないといけなかったらしい。 次が、雅楽と言ったらやっぱりこの曲「平調 越天楽(ひょうぢょう えてんらく)」。 作曲者は、漢の文帝。 雅(みやび)な「黒田節」。(笑) 前半、最後の曲は「双調 武徳楽(そうぢょう ぶとくらく)」。 作曲者は、漢の高祖。 つまり、文帝のお父さんか。 休憩。 森下一仁先生&ワークショップの綺麗どころガールズに遭遇。 後半。 演奏者に安倍季昌(あべすえまさ)という人が加わる。 説明によると、最後の舞楽で舞を踊る予定だった人が急病で倒れて、講師が代役を務めることになったため、当初は講師が 演奏する予定だった楽器の担当として急遽出演することになったのだそうだが、この方、前宮内庁式部職楽部楽長なのだと か。 どう考えても、代役の方が豪華。 後半最初の曲は「壱越調 賀殿急(いちこつちょう かてんのきゅう)」。 リーフレットの解説によると、〈藤原貞敏が唐より琵琶譜を持ち帰り、仁徳天皇の勅により林真倉が舞を作った。また和邇 部太田麿が笛の譜を作ったともいう〉ということで、いろんなひとの合作であるらしい。 「舞楽 蘭陵王(ぶがく らんりょうおう)」。 面をつけての舞である。 北斉に蘭陵王長恭という名将がいたが眉目秀麗であったため、軍を鼓舞するために厳しい顔のお面を着けて戦い、周の大軍 を打ち破った。 その時の様子を舞いにしたもので、舞人は怖い顔のお面を付けて舞う。 (「イケメン過ぎて困っちゃう」ということが、本当にあるのだなあ) 終了後。 綺麗どころガールズと共にジョナサンでお茶していたら、金子みずはさんがやたらに酒に誘う素振りをするので、 「そのやうに触れなば落ちん風情で誘われてはのう……」 と、応じると、 「そういうオヤジみたいな言い方はやめて下さい」 と、叱られる。 美女の誘いには素直に応じることにして、2人で飲みに行く。 2時間飲み放題だというので、ひたすら飲みつつ「甘エビのユッケ風」というメニューを発見したので早速注文してみる。 要は「ユッケ」が出せなくなったので甘エビで一見ユッケっぽく見える料理を作ってみたようなのだが、小エビのカクテル に無理に生卵黄を混ぜたような味。 (イマイチ……) アイザック・アシモフの話をしたら、いまひとつ食いつきが悪かったようなので、相対性理論の話をしてみる。 それから、録画した昼ドラの話をしたら、 「そのビデオ、貸して下さい」 と、言われたので、貸す約束をする。 フジテレビが、どう気が狂ったのか昼ドラでゴシックホラーをやってしまったという「霧に棲む悪魔」という作品。 ヒロインは白馬に乗って登場するわ、悪役は祭壇の前で高笑いするわ、西洋の剣を振り回す怪人は出るわ、洞窟の中に髑髏 は転がっているわという、これで舞台設定が21世紀の日本だというツッコミどころ満載のものすごいドラマ。 こういう怪作って、たぶん需要の関係でDVD化はされないのだろうが、残しておきたい作品である。 金子みずはさんと別れて、有楽町線で帰宅。 寝る。2011年9月分へ 目次へ
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