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「量子」とは?

いろいろな物の最小単位

前フリ の所でも,何度か「量子力学」という言葉が出てきました. まずは,「量子」という言葉の意味をなんとなくイメージできるようにしておきます.

量子力学が相手にするのは,原子くらいスケールが小さい世界の話です. 非常に小さいスケールで物を見ることを「微視的」と言ったりします. 微視的とは反対に,人間の目に見える程度の大きさは「巨視的(マクロ)」です. 下の図で,両者を比べてみます.

まずは「物の大きさ」についてです. 人の目に見える程度の大きさであれば,物の大きさは連続です. ヤスリで木材を削ることなんかをイメージすると,物のサイズをとても細かく調整できる感覚があります. しかし微視的な見方をすれば,全ての物質は原子でできているわけで, 「最小単位」は原子の大きさということになります. どんな物でも「原子何個分かの大きさ」になっているはずで,細かく見れば飛び飛びの値(離散値)ということになります.

次は,「エネルギー」についても考えてみます. たとえばバネに蓄えられるエネルギーなら,バネの伸びに対して連続的に変化します. 運動エネルギーでも,位置エネルギーでも,なんでも連続です.これは感覚的に至って普通だと思います. しかし,上の「物の大きさには最小単位がある」ことから類推すると,もしかしたら 「エネルギーにも最小単位がある」のかもしれません... もしそうなら,やはりエネルギーも飛び飛びの値(離散値)しかとれないことになります. これは普段の感覚からは想像が難しいところですが,実際にエネルギーは飛び飛びの値しかとれないことが実験で確認されています(後述).

「量子(quantum)」というのは,上の話で出てきた最小単位というニュアンスに近い言葉です. エネルギーのような,具体的に「物」として存在しないものに対しても, 「最小単位のツブ」というイメージで量子という言葉を使います. これは,そのまんま「エネルギー量子」と呼ばれています. マクロな視点で見た場合は連続量(アナログ的)であっても, ミクロな視点で見ると離散値(ディジタル的)になっています. マイコン回路なんかでも,アナログ信号をAD変換器に通してディジタル信号に変換する時,この操作を「離散化」, もしくは「量子化」と呼ぶことがあります. 「量子」とか「量子化」という言葉,だいたいイメージできたでしょうか.

( 人間の目から見ると原子の大きさは非常に小さく細かいため, 結局のところ物のサイズは「連続」に見えてしまいます. 同じように,エネルギー量子の大きさも日常の感覚からすると非常に小さいため, マクロな話であれば連続量として扱うことができます. エネルギーが離散化されていることを強く意識する必要があるのはミクロな話の時だけです. そして,そのミクロな世界で通用する力学が「量子力学」というやつです. )


エネルギー量子発見時のモチベーション

最初は,量子力学が確立する流れに関して歴史を追っていくのが分かりやすいと思います. まだ量子力学が確立していない時代には,たくさんの実験が行われて「量子」のイメージができていきました.いわゆる「前期量子論」の話です.

一番最初のモチベーションは,「良い鉄を作ること」でした.1900年ごろ,産業革命を経験した後のドイツでの話です.

製鉄所では,溶鉱炉の中で高温の鉄がドロドロに溶けています. 1000℃以上になって溶けた鉄の温度を直接測定できる温度計は当時まだありませんでした. そこで,鉄を作る職人たちは鉄が発する「光の色」から勘で判断していたそうです. しかし,もっと正確に 「鉄の色と温度の関係を知りたい」ということで,研究が始まりました.

当時は既に,物体の温度が上がると発光することが知られていました. 電球も例に漏れず,フィラメントに電流を流して温度が上昇するとその時の温度に対応した色で光ります. 温度が低い時は赤っぽく,温度が上がると次第に橙,黄・・・という具合に変化します.


「光」は電磁波だという理解も当時はありました.波の振幅は光の強さに対応し,波の振動数(ν:ニュー)は光の色に対応しています. 温度が上がる(熱エネルギーが増加する)につれて物体の発光色は赤→橙→黄と振動数が大きくなる方向に変化するので, きっとエネルギーと振動数の間には何か関係があるだろうと見当は付きます. しかし,正確に計算で求めることは不可能でした...

プランクの法則と黒体放射

ここまでの話で出てきた「物体の温度と色の関係」を解決したのは,ドイツのプランクさんという人だそうです(1900年). プランクさんは,物体の温度と放出される光の色(振動数)の関係を以下の 「プランクの法則」 として定式化しました.

上式の中でc,kB,hは定数です. 関数“I(ν,T)”が表すのは,温度Tの状況下における振動数νの成分のエネルギー(エネルギー密度)です. いわゆるエネルギースペクトルというやつですが,温度依存性まで説明している式になっています. とりあえず直観的なイメージを作るために,下のflashで遊んでみます.スライドバーを動かすと温度が変わります.



↓1度クリックしてアクティブにしてから,スライドバーを動かしてください.



エネルギースペクトルI(ν,T)はνとTの2変数関数なので,グラフにプロットするためにTを固定してやります. すると,単純に振動数νの関数“I(ν)”となります. これは,「物体から放出される光(電磁波)の振動成分表示」と言えます. スペクトル表示ってやつです.

スライドバーを上下させて温度Tの値を変えると,グラフの形も変わります. 常温(300 K)ではほとんどの振動数成分で値が小さくなっています(光らない,黒く見える). スライドバーを動かして温度を上げていくと,1900 Kを過ぎたあたりで「赤色」に対応する振動数の成分が 少し持ちあがってきます(少々赤く光って見える). 更に温度を上げて2300 Kを超える辺りで,今度は黄色の振動数成分が大きくなってきます(黄色と赤が混ざったような色になる). このグラフから分かる通り,物体から放出される電磁波は色々な振動数が混ざっているので, 「物体から出る光は複数の色が混ざっている」ということになります. 温度が非常に高い場合は青い光まで出てきたりしますが,その温度では既に赤や黄,緑といった光も出ているはずなので, 全てひっくるめて全体としては青白っぽく見えます.


ここまでの「物体から出る光の色」の話は,物理の教科書などで黒体放射の問題と呼ばれています.

ここまでの話では特に意識していませんでしたが, 物体が低い温度の場合でも周りからの光を反射してしまうと, それは「物体から光が放射されている」状態と同じことなので, プランクの法則で説明される物体の温度と発光色の関係は崩れてしまいます. また,一般的な物質は高温になったとしても全ての波長の光を出すことはできません. 発光色をプリズムなどで分光すると,どこかの振動数に対応する光が欠けていたりします. そんなわけで,プランクの法則で説明される物体は 「全ての光を反射せずに吸収し,かつ,高温では全ての波長の光を欠けること無く出せる」という, 理想化した物体ということになります.これを「黒体」と呼ぶそうで, 黒体から出る光の話なので「黒体放射」というわけです. ただ,反射光の分を差し引いてやれば物体の温度と放射の関係はおおよそプランクの法則に従うので, そこそこ実用的な法則です.

エネルギー量子,E = hν

プランクの法則のおかげで,発光色と温度の関係が求まりました. 実用的にはこれだけでもかなり嬉しいです. この式の導出には色々と準備が必要なので,ここではプランクさんが取り入れた「量子」に関わる重要な仮定の話だけを書きます.

プランクの法則に含まれる,“h”という定数についてはまだ触れていませんでした. このh( = 6.6×10-34 J・s)はプランク定数と呼ばれる値で, 次の式のように,「エネルギーと振動数を結び付ける定数」となっています.

ここまでの話で,「物体が高温になるほど振動数が大きい光が出る」という事は何度も出てきたので, 上の式自体に大きな違和感は無いと思います. このプランク定数を見つけただけでも凄いのですが, 更に,プランクの法則を導出する過程では,「全てのエネルギーはhνの整数倍になっている」 という仮定が用いられています.この仮定は「プランクの量子仮説」と呼ばれています.

プランクの量子仮説を取り入れて導出されたプランクの法則は,実験結果と非常によい一致を示します. そんなわけで, このページ冒頭で少し触れた「エネルギーの最小単位」として,この「エネルギー量子 E = hν」 というのが本当にあるらしい・・・ということになりました. この世の全てのエネルギーが飛び飛びの値しか取らないというのはとても不思議に感じますが, その後の様々な実験で正しい事が証明されています.

( ただし,プランク定数hは10-34オーダーの非常に小さい数なので, エネルギー量子はとても小さいものです. 人間のスケールで日常的に触れるエネルギーはこれより何ケタも大きいので, 普通の感覚としては「エネルギーが連続」と思っていても問題ありません. 日常生活で原子1粒1粒の寸法まで意識して物の大きさを考えることは少ないですが,それと同じような感じです. )

しばらく「光」の話が続きます

「エネルギー量子の発見」というのが量子力学の発端と言われていますが, これは光を相手にした研究(黒体放射)でした. この勢い(?)があるので,量子力学が確立するまでの時期は光について考察する内容が多くなっています.

トランジスタの話としては,もともと「電子の動き」が知りたくて量子力学に入ってきたのでした. それなのに,今回出てきた「エネルギー量子」は“hν”という「振動数ν」を含んだ式になっています. 電子に“振動数”なんて無いのだから関係ない話では・・・?という気分になります. 今後もしばらく「光」の話が続いてしまいますが,電子と全く関係無いわけではありません. ちゃんと後で色々とつながります...

とりあえず,次ページではプランクの量子仮説を裏付けた「光電効果」の実験について触れます. 科学で新しい仮説が出てきた時は,1つの現象に対して異なる実験方法でアプローチして, やっぱり正しかった・・・と確認するのが常套手段です. そして,何度やっても同じ結果になることも確認します. 再現性ってやつです.(再現性が出ないと大学に泊まることになります.)




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