2.世界遺産 パルミラ
イスラム教では、朝5時に最初のお祈りが行なわれる。モスクの塔からスピーカーを通してアザーン
(礼拝の呼びかけ)が聞こえ、モーニングコールとなった。イスラム圏の旅行恒例だ。
パルミラ(「ナツメヤシの茂る土地」)は、ダマスカスの北東215kmのシリア砂漠の中にあり、地
中海沿岸と東のメソポタミア、ペルシャを結ぶシルクロードのキャラバン隊の中継点で、ナツメヤシの
産地として知れたオアシス都市であった。BC3世紀頃から多数の地価墓地が造られ2世紀にはローマ
建築が建てられたが、絶世の美女ゼノビア王女の統制下に最も繁栄したが、272年にローマ皇帝アウレ 四面門
リウスに攻撃され廃墟と化した。パルメラ遺跡は北西方向に2km、南西方向の幅800mの広大なも
のである。中央に列柱通りが交差する場所にエジプト花崗岩でできている四面門があり、南側に神殿地
区北側に居住地区を分けている。
神殿地区には、南端に210m×205mの敷地にベル神殿、その北に記念門(夜にライトアップ)、そこか
ら更に北へ1.3kmの列柱通り、その両側にバール・シャミン神殿、ナホー神殿、アラート神殿、ローマ
円形劇場、アゴラ(集会所)が集まる。全盛期には、コリント式の750本の列柱があったが、今は150本 ベル神殿
(そのうち80本は復元)が建っている。「列柱が道の左側に多く建っているのは?」の質問に「復元し
たから」の返事。列柱通りの柱の外側に水道管が通り、高度な水利システムが砂漠の都市を支えていた
事が分かる。
都市遺跡の西側には、墓の谷と呼ばれる塔墓や地下墳墓が多数ある。中でもきれいに残っているAC
103年に建てられたエラベル家の塔墓や三兄弟の地下墳墓等が見学できる。中には幅60cmの棚状
に数段あり、棺を納める様になっていた。15世紀に十字軍に対応する為に築かれたアラブ城砦が150 バール・ジャミン神殿
mの北の山上に建ち、そこからのパルミラ遺跡群、ナツメヤシの林が一望できる。ここから、夕日に赤 遠方にアラブ城
く染まるパルミラ遺跡を眺める予定でしたが、曇りの為見る事が出きず残念でした。
記念門 列柱通り 水道管 エラベル家の塔墓 アラブ城からパルメラ遺跡群と墓の谷
どこの観光地でも同じだが、大人、子供の物売りが「ワンダラワンダラ(1$1$)」とお経の様に唱え近づいて来る。「
NO」と云えば次の人に行く。エジプト、インド、中国ほど、しつこく無いのが救いだ。どこの観光地でも寄って来たが、