アンプを作ろうか?


その3-3 差動増幅段をつくっていくよ!

「実際に動く」差動増幅回路を設計していきたいと思いますが、まずは周辺から埋めていきます。 (教科書的じゃなく動く回路を設計しますよ!)

(1) 定電流回路いってみよう!

前回までは定電流源を記号でごまかしていましたが、そろそろ定電流源をトランジスタで置き換えます。 今回採用する定電流回路は図1のような回路です。


図1 定電流回路

この回路は Q1 によって Q2 に電流制御がかかっています。どのような制御がかかっているのかを順に説明します。

・ 電源投入時。つまり Io が全く流れていない状態から始めます。当然全てのトランジスタは OFF です。
・ トランジスタは Vbe が 0.65[V] 程度で Ic が流れ出す(ON する)というのを思い出してください。

(1) はじめに I1 が流れます。このとき、Q1 は OFF ですので、I1 は Q2 のベースに流れるしかありません。
(2) Q2 はベース電流が供給されましたので ON し、Io をどんどん増やしていきます。
(3) Q1 のベース電圧 Vb1 は、Io * R2[V] です。よって Vb1 が 0.65[V] に近づくと Q1 が ON しますので、Q1 は I1 を吸い込み始めます。
(4) すると、Q2 のベース電流が減少するため Io が減少します。
(5) Io が減少すると Q1 の ベース電圧が低くなって Q1 による I1 の吸い込みが弱くなります。
(6) ここぞとばかりに Q2 は Io を増加させます。
(7) で (3) に戻り、以降無限ループです。

このように 0.65[V] / R2 で決まる Io で均衡するというのがわかるかと思います。

ちなみに R1 ですが、Q2 のベース電流を十分に供給できる電流 I を流せるようにします。 R1 にかかる電圧は、電源電圧 12[V] から Q1、Q2 の Vbe を引いたもの、

12 - (0.65 * 2) = 12 - 1.3 = 10.7[V]
ですから、たとえば、1m[A] 流すとして、
R1 = 10.7[V] / 1[mA] = 10.7[kΩ]
ですね。ここはきりがいいところで 10 [kΩ] としましょう。

R2 は Io = 2[mA] 流したいので、
2[mA] = 0.65[V] / R2 R2 = 0.65[V] / 2[mA] = 325[Ω]
となりますので、330[Ω]がいいでしょう。 (実際の回路では 330[Ω] を切らしてたので220[Ω]にしました・・・w)

(2) 定電流源を組み込んだ差動増幅回路


図2 定電流を組み込んだ差動増幅回路

さて、図2が定電流回路を組み込んだ差動増幅回路です。なかなか壮観になってきましたね!

「ん、差動回路になんか変な回路がついてる・・・」

あ、忘れてました抵抗じゃないんですね、これはカレントミラー回路と言います。

(3) 能動負荷でもっとゲインを!


図3 抵抗負荷 R1、R2 の差動増幅回路

前回まで説明していた図3のような抵抗負荷の差動増幅回路のゲインは抵抗 R1、R2 で決まりました。 出力を Vo2 の電圧ゲイン Av は、

Av = 1 / 2 * gm * R2
でしたね。 理屈からゲインを大きくするためにはR1、R2を大きくすればよいのですが、大きくしすぎると動作範囲が狭まります。
補足 : 基本的に「抵抗と電流で決まる電源電圧からの電圧降下」が出力ですから、むやみに抵抗を大きくしても動作範囲が狭まるだけです。
「ゲインは大きくしたいが、動作範囲は大きく取りたい」そんなわがままを実現できるのが、 図4のように抵抗を定電流源に置き換える方法で、このように抵抗の代わりに使用される定電流源を「能動負荷」といいます。 今回は、少し特殊な定電流回路として「カレントミラー回路」を使用することで、 ただの定電流源よりもさらに2倍ゲインを稼ぐことにします。


図4 能動負荷の差動増幅回路

(4) カレントミラー回路


図5 カレントミラー回路

図5のような回路をカレントミラー回路といい、お互いのトランジスタに流れるコレクタ電流 Ic が等しくなるように動作します。 なぜ同じ Ic になるのかは簡単です。めんどくさい計算は一切不要で 「トランジスタの Ic は Vbe によって決まる」これは何度も登場している (Vbe - Ic) の関係式

Ic = Is * exp(Vbe / Vt)
から明らかですね。図の Q1、Q2 のベースは直結されていますので Vbe は等しいので同じ Ic になるしかないわけです。 このように、Ic1 が Ic2 へ鏡写しのようにコピーされるので「カレントミラー」と呼ばれるわけです。

わかりにくいと感じる方は、回路を図6のように変形してみましょう。


図6 変形したカレントミラー回路

図5 の Q1 に注目するとベースとコレクタが結線されています。このような接続方法を「ダイオード接続」といい、回路的には 図6 のようにダイオードを接続したものと等価になります。

補足 : n型トランジスタであれば、「コレクタ - ベース - エミッタ」が「n-p-n」という構造になっています (知らない人は、「トランジスタの構造」とでもググってくれw)。 よって、コレクタ-ベース間は「n - p」、ベース-エミッタ間は「p - n」というダイオードと等価になるのですね。
ダイオードに等価して考えると、カレントミラー回路とはダイオード D2 の順方向電圧 (トランジスタ Q1 の Vbe1 に相当します)を Q2 の Vbe2 にかけていると見れます。電流が定まる順を追ってみますと・・・

・ ダイオード接続された Q1 に Ic1 を流す。
・ ダイオード D2 の順方向電圧(Q1 の Vbe1)が決定する。
・ 同時に Q2 の Vbe2 が決定され Ic2 が決定する。

というわけです。

ちなみに、この回路に使用するトランジスタもペア特性が揃っていないといけないというのは容易に想像できるかと思いますが、 それ以外の要因としてトランジスタ特有の事情でも誤差が発生します。


図7 カレントミラーの誤差

図7からわかるとおり Q1、Q2 のベース電流は Ic1 から供給されます。 ということは、Q1 のコレクタへは Ic1 から Q1、Q2 のベース電流分 (2 * Ib) 小さくなった電流 Ic1' が流れているということです。

Ic1' = Ic1 - (2 * Ib)
Ic2 = Ic1' = Ic1 - (2 * Ib)
このように Ic2 は Ic1 より (2 * Ib) ぶん小さな値となります。 どのくらい小さくなるのでしょうか?計算してみましょう。Ib は、以下のように計算できますので、
Ic = hfe * Ib
Ib = Ic / hfe
となり、
hfe = 100
Ic = 1[mA]
として、
Ib = 1[mA] / 100 = 10[μA]
誤差はこれの2倍ですから 20[μA] となり、Ic に対して 2[%] の誤差です。
補足 : 通常 hfe は 100 以上の大きな値なので問題にならないことが多いかと思いますが、 精度が要求される場合や、大きな電流を流す場合。カレントミラーを並列にする場合などに無視ができなくなります。 そのような場合は高精度なカレントミラー回路がありますのでそちらを使用するとよいでしょう。 (ベース電流を補償するタイプや、ウィルソン・カレントミラー回路などです。)
今回はトランジスタの特性差の補正回路を追加しますので、この 2% の誤差には目をつむることにします。

(5) カレントミラーの効果

カレントミラーにしたことによって、差動回路の動きがどう変わるかを見てみましょう。


図8 カレントミラーの場合の電流の動き

差動回路を構成している Q1、Q2 のコレクタ電流 Ic1、Ic2 は定電流源によって Io に制限されていますので、

Io = Ic1 + Ic2
Ic2 = Io - Ic1
ここまでは一緒です。次にカレントミラーを構成している Q3、Q4 のコレクタ電流 Ic3、Ic4 は当然等しく、 Q1、Q3 のコレクタ電流 Ic1、Ic3 も等しので、
Ic3 = Ic4
Ic1 = Ic3
よって、Q4 のコレクタ電流 Ic4 は Ic1 となります。
Ic4 = Ic3 = Ic1
以上より、電流出力 I は
I = Ic4 - Ic2 = Ic1 - Ic2
補足 : ここで寄り道しますが、 Ic1 - Ic2 に注目してください。 たとえば、Ic1 と Ic2 に同じ誤差要因となる電流が加わってもキャンセルされるということです。 同じ誤差要因というのは、差動回路の左側と右側両方に影響するような誤差です (たとえばトランジスタの歪み、電源電圧の変動などの同相成分です)。 よって歪みの低減にも一役買っている訳ですね。 本題に戻ります・・・
I = Ic1 - (Io - Ic1) = 2 * Ic1 - Io
ここで、I の変化分に注目すると
補足 : 「変化分」という言葉がよく出てきますが、この場合は「時間で微分した」と考えてください。 実際の電子回路では、直流成分と交流成分が重畳(足し合わさった)されたものになります。 直流成分を取り除くために時間で微分するということですね。
ΔI = 2 * ΔIc1 - ΔIo
Io は定電流源で変化しませんので変化分は ΔIo = 0 です(定数を微分すると 0 です)。よって、
ΔI = 2 * ΔIc1
というわけで「変化分は2倍取り出せる」。つまり、「ゲイン2倍」でお得です!
補足 : 2倍 になるというのをもうちょっとあとで使いますから記憶にとどめて置いてください。 また、ちょっと待て「電流変化で電圧変化じゃないのに電圧ゲイン2倍って乱暴!」 と思った方は鋭いですw。 次まで読んでいただいて Q4、Q2 の 出力インピーダンスに流れる電流で電圧ゲインを考えると、 「ΔI1 = -ΔI2」なので電圧であっても問題なく2倍になっているのが確認できるかと思います。 ま、そんなことよりもカレントミラーの恩恵は次段を「電流駆動で動作させることができる」というのがおおきいのです!
が・・・詳しくは次回です。
さて、能動負荷にした場合のゲインはどのくらい上がったのでしょうか? 抵抗負荷の場合の差動増幅回路(図3)のゲインを決めていたのは R1、R2 です。 それをカレントミラー回路に置き換えたら? と計算するわけですから、 R1、R2 に相当する Q3、Q4 のコレクタ-エミッタ間の抵抗値がわかればゲインが計算できますよね?

(6) コレクタ-エミッタ間の抵抗値と「アーリー電圧」

トランジスタのコレクタ-エミッタ間の抵抗値については「アーリー電圧」というものが関係します。


図9 アーリー電圧

図9は Vce - Ic 特性ですが、各 Ib の直線部分を図の破線のように延長していくとある一点にあつまります。 この電圧を「アーリー電圧」といいます。図9 の場合は、アーリー電圧 Va = 51[V] ですね。 アーリー電圧がなぜ重要になるかというと「アーリー電圧に集まる」といった性質です。

さて、抵抗とは 「R = V / I」ですよね?ここで先ほどの Vce - Ic 特性の延長した直線の傾きを考えてみてください。 傾きは、当然「ΔIc / ΔVce」です。オームの法則から抵抗値は「R = V / I」です。
あれ?こんなの前に見たことあるぞ・・・気づいたあなたはいい線いってますよ! この直線の傾きの逆数、つまり「ΔVce / ΔIc = トランジスタのコレクタ-エミッタ間の抵抗」となるのではないでしょうか?
Vce - Ic 特性の直線部分はアーリー電圧を通る直線ですから、Ic、Vce さえ決まれば トランジスタのコレクタ-エミッタ間の抵抗がわかります。 この「コレクタ-エミッタ間の抵抗」を「トランジスタの出力インピーダンス ro」といいます。

(追記 : ちょっと乱暴な説明でした・・・エミッタ接地の場合のトランジスタの出力インピーダンスというのが正しい表現です。 トランジスタは接地の方法で入力-出力が変わりますので・・・)

それでは実際にどの程度の抵抗値となるのでしょうか? 計算してみましょう。
アーリー電圧 Va を 51[V]。Q2 の Vce を 3[V] とします。これより、トランジスタ ro は図10 のようになりますから、


図10 アーリー電圧から ro を計算

ro = (51[V] + 3[V]) / 1[mA] = 54[kΩ]
非常に大きな抵抗値になります。

次に肝心のゲインですが、実は今までごまかしていましたが、 今回の場合 Q2 のトランジスタの出力インピーダンス ro2 が無視できなくなるため、前回まで使用していたゲインの計算式
Av = 1/2 * gm * R2
を使用できません。これは Q2 の出力インピーダンス ro2 に比べ R2 が十分小さいと仮定していたためのなのです。 アーリー電圧を考慮したゲインの式は、
Av = 1/2 * gm * (R2 // ro2)
* 「//」 は並列抵抗値を意味します。(R1 // R2 = (R1 * R2) / (R1 + R2) です。)
このようになります。 R2 が Q2 の出力インピーダンス ro2 と比べて R2 ≪ ro であれば、合成抵抗は、R2 とほとんど変わりません。
R = ro // R2 = 54[kΩ] // 2.2[kΩ] ≒ 2114[Ω] ≒ 2.2[kΩ]
しかし、今回は Q2、Q4 それぞれの出力インピーダンスの並列抵抗 ro2 // ro4 となりますので無視できません。
R = ro2 // ro4 = 54[kΩ] // 54[kΩ] = 27[kΩ]
あと、先ほど説明したとおり、カレントミラー回路を使用した場合はゲインが2倍大きくなります。よって、
gm = 38[mS]
ro2 // ro4 = 27[kΩ]

Av = 2 * (1 / 2) * gm * (ro2 // ro4) = 38[mS] * 27[kΩ] = 1026[倍] ≒ 60[dB]
となります。抵抗負荷のときのゲインが 42[倍] 、カレントミラーの場合はおおよそ 1000[倍] になりました。
カレントミラー\ぱねぇ/
補足 : 実際は、いいことずくめでもないのです。ゲインが高すぎるために発振しやすくなりますし、 周波数特性も悪化します。電子回路とは、一般的に「こっちをたてるとあちらがたたず・・・」といった トレードオフの関係にあります。万能の回路なんて存在しませんw。 実はこの回路も、最後の発振止めに苦労しましたw。実際、カレントミラーを嫌って抵抗負荷にする例も多々あります。


図11 カレントミラーの
ゲインをシミュレーションした様子

図12 抵抗負荷 2.2[kΩ]の
ゲインをシミュレーションした様子

図11 は 図2 の SPICE のシミュレーション結果です。計算通り 60[dB] になっています (Va = 50 でシミュレーションしたのでちょっと小さいな・・・まあ、検算のつもりでシミュレートしました。間違ってたら恥ずかしいしw)。

さて、役者がそろいました!次回は実際の差動増幅回路の回路図の登場から始めます。。
(実はもうすでに回路もできて、特性もはかっているのですが、HTML に起こすのが大変で・・・気長にお願いしますw)

2012/12/31 追記 小信号等価回路

ゲインの計算で ro が無視できないという説明をしましたが、せっかくなのでもうちょっと詳しく説明したいと思います。 (ちなみに、差動増幅回路も片方だけで見ればゲインは 1/2 になっていますがエミッタ接地とおなじです。)


図13 エミッタ接地回路

図13 の回路を「エミッタ接地回路」といいます。ちなみに接地というのは GND でなくてもよく、 電位が変化しない場所にエミッタが接続されていればエミッタ接地と見なします。

補足 : 接地とか GND とか聴くとどうしても電圧が 0[V] と思い込んでしまいますが、 そもそも GND だって便宜上 0[V] としているだけです。電位が変動しなければどこでも GND にできますよね? たとえば、Vcc を GND にして、GND を -Vcc にしたっていいわけです。

さてこの回路のゲインは説明したとおり、

Av = - gm * Rc
です。なぜそうなるのか詳しく見ていきましょう。


図14 エミッタ接地回路の小信号等価回路

図14 はトランジスタの小信号等価回路と呼ばれるもので、トランジスタを等価回路で置き換えたものです。 図からわかるようにトランジスタは gm * Vbe で決まる電流源と、いくつかの抵抗に置き換えられています。 小信号等価回路の詳しいお約束については他の解説に譲りたいと思いますが、 重要な約束として電源を短絡して扱います。よって、Vcc と GND が短絡されるので Rc は ro と 並列に接続される格好になります。

補足 : 電圧源の出力インピーダンスは 0[Ω]なので短絡して考えるわけです。 どうしてかと言いますと、小信号等価回路は信号の変化しか扱わないのでそれで問題ないわけです。 このような解析を交流解析(小信号解析)といいます。
直流と交流をごっちゃに考えないのが回路を理解するコツだと思っているのですが、 私の説明はごっちゃですいません。理解度が足りない証拠ですなぁw
各抵抗の意味ですが、

・ ro はアーリー電圧で説明した ro です。電流源に並列に接続されていますので、 出力インピーダンスは ∞ ではなく ro となるわけです(∞//ro = ro)。

・ ri は入力インピーダンスと呼ばれるもので文字通り「ベース-エミッタ間の抵抗」です。 ri については次回に詳しく説明します。

さて、ゲインを計算していきます。 この回路から明らかなように電流源の電流が、ro と Rc から流れますので、それがそのまま Vo となることがわかります。 というわけで Vo は、

Vo = - gm * Vbe * (ro // Rc)
です。
補足 : 電流の方向に注意してください。電流は ro、Rc の下から上に流れますので、 GND から見た電圧は - になることに注意してください。
入力電圧 Vi はそのまま Vbe となりますので、
Vo = - gm * Vi * (ro // Rc)
ゲイン Av は、
Av = Vo / Vi = - gm * (ro // Rc)
となります。
ここで、ro >> Rc ならば
ro // Rc ≒ Rc
Av = - gm * Rc
これが、エミッタ接地回路のゲインです。

このように小信号等価回路を使って解析した方が、慣れてしまえば絶対にわかりやすいです。 問題は、電子回路の勉強を専門でやられる方には常識なことが、案外初心者(私も含めてですがw)にはわかりにくいという点ですかねぇ・・・