アンプを作ろうか?


その3-1 差動アンプ

さあ、アンプの王道「差動増幅回路」に行きましょう!

(1) 差動増幅回路とは?


図1 差動増幅回路

図1のような回路を差動増幅回路といいます。 どの辺が差動増幅なのかについては、入出力電圧の関係を見たほうが早いです。

\[\large V_{o2} = Av ( V_{i1} - V_{i2} )\]

入力の差を Av 倍して出力する・・・なんか聞いたことありますよね? そうなんです。差動増幅回路とはOPアンプのことです。 これから作る回路はオペアンプそのものです。自分でオペアンプを設計、製作できるなんてすごいと思いませんか?

補足 : え?オペアンプがわからない? 「オペアンプ」でググって勉強してくださいませ・・・解説ページいっぱいあるでしょうしw

(2) 差動回路の動作

さて、動作をざっくり説明すると・・・

・ トランジスタ Q1、Q2 は、入力電圧の差 \( (V_{i1} - V_{i2}) \) を電流の比 \( \large (\frac{I_{c1}}{I_{c2}}) \) に変換する動作をします。
・ Ic1、Ic2 は、定電流源によって \( (I_{0} = I_{c1} + I_{c2}) \) に制限されています。
・ Ic1、Ic2 は抵抗 R1、R2 によって出力電圧 Vo1、Vo2 となります。

なんとなく、入力電圧の差が増幅されそうなイメージが沸きませんか? 詳しくは以上の関係をトランジスタの Ic と Vbe の以下の関係式(ショックレーのダイオード方程式)

\[\large I_{c} = I_{s} \{ e^{ \frac{ V_{be} }{ n \cdot V_{t} } } - 1 \}\]

を使用してしこしこ計算する必要がありますが、めんどくさいので他のホームページで補完してくださいw (わからない方は、高校生くらいの数学でできますのでチャレンジですよ!)

というのもあれなので、計算の指針だけは示しておきます・・・

\[ \large V_{i1} = V_{e} + V_{be1}\\ \large V_{be} = V_{i1} - V_{e}\\ \large I_{c1} = I_{s} \{ e^{ \frac{ V_{be1} }{ n \cdot V_{t} } } - 1 \} = I_{s} \{ e^{ \frac{ V_{i1} - V_{e} }{ n \cdot V_{t} } } - 1 \} \] ここで exp() が 1 よりも十分に大きい。また、 n = 1 とおくと式が簡単になります。
(exp は指数関数なので 1 よりも大きいことは容易に想像できます。また、n はエミッション係数と呼ばれる値でほぼ 1 です。)
\[\large I_{c1} = I_{s} \cdot e^{ \frac{ V_{i1} - V_{e} }{ V_{t} } }\] Ic2 は同様に \[\large I_{c2} = I_{s} \cdot e^{ \frac{ V_{i2} - V_{e} }{ V_{t} } }\] 肝心の電流比を求めると \[\large \frac{ I_{c1} }{ I_{c2} } = \frac{ I_{s} \cdot e^{ \frac{ V_{i1} - V_{e} }{ V_{t} } } }{ I_{s} \cdot e^{ \frac{ V_{i2} - V_{e} }{ V_{t} } } } = e^{ \frac{ V_{i1} - V_{i2} }{ V_{t} } }\] (指数の割り算は引き算になるんでしたよね。 \( \frac{a^{x}}{a^{y}} = a^{x - y} \) )
入力電圧の差 \( (V_{i1} - V_{i2}) \) が電流比 \( \large \frac{I_{c1}}{I_{c2}} \) になっていることを確認できました。 ここからゲインを求めるには、\( I_{o} = I_{c1} + I_{c2} \) に代入して計算していきます・・・
補足 : まあ、私が教えるよりもわかりやすい解説があるでしょうから、そちらを参照してくださいませ・・・w
ついでに小信号等価回路あたりも興味を持ってみてはどうでしょうか?

(3) ゲインの計算

ゲインは簡単に計算でき、

\[\large Av = \frac{1}{2} \cdot gm \cdot R_{2}\]

となります。

補足 : なんで、R1 ではないのかは、R1 の場合は反転増幅となるためわかりにくいか?と判断したためです。 R1 の場合ゲインが -Av となります。また、電圧出力を取り出す必要がないならば抵抗 R1、R2 は必要ありません。 差動増幅は入力差を電流比に変換する電流源として動作するからです。しかし、Q1、Q2 の負荷のバランスをとる ため電圧出力が必要なくとも抵抗を挿入するのが普通です。

・・・では寂しいので、図1の回路のゲインを具体的に計算してみましょう。

\[\large I_{c} = \frac{ I_{o} }{ 2 } = \frac{ 2 [mA] }{ 2 } = 1 [mA]\] (電流比 1 で均衡していると考えると左右それぞれ 1[mA] ずつですね? ちなみに、このような解析方法を「小信号解析」といいます。 直流動作で安定している状態(この場合では均衡していると仮定しています)に微少な入力を加えたら?といった解析方法です。 詳しくは専門書に譲ります・・・w)
\[\large V_{t} = 26[mV]\] (熱電圧と呼ばれる値で、室温27[℃]の場合、約 26[mV] になります。)
\[\large gm = \frac{ I_{c} }{ V_{t} } = \frac{ 1[mA] }{ 26[mV] } = 38[mS]\] (FET にもありましたよね?「相互コンダクタンス」です。)
「なぜそうなるの?」ですが、gm は入力電圧の変化が何倍されて出力電流に変換されるかの比例定数です。つまり \[\large I_{c} = gm \cdot V_{be}\] ということです。よって、gm は Vbe - Ic 曲線の傾きです。 傾きが知りたいのですから、 \( \large I_{c} = I_{s} \cdot e^{ \frac{ V_{be} }{ V_{t} } } \) を \( V_{be} \) で微分すれば・・・ \[ \large gm = \frac{ d I_{c} }{ d V_{be} } = \frac{ 1 }{ V_{t} } \cdot I_{s} \cdot e^{ \frac{ V_{be} }{ V_{t} } } = \frac{ I_{c} }{ V_{t} } \] ですね。

R2 = 2.2[kΩ] として計算すると、

\[\large A_{v} = \frac{1}{2} \cdot 38[mS] \cdot 2.2[kΩ] \simeq 42[倍] = 32.5[dB] \] (ゲインは普通「デシベル」という単位で表します。 A[倍] をデシベル表記した場合 \(20 \cdot \log_{10}(A) \) となります。 ちなみに、log はいいとしてもなんで 20 倍されるかわかってない人がいるんですよねw)

となります。

42倍と聞くとちょっとゲインが低いと思われるかもしれませんが、これでもオペアンプとして動作します。 また、この回路に細工していくことによってゲインをもっと大きくしていきます。

まあ、このように回路構成、動作自体はさほど難しくない回路なのですが注意点があります。

この回路に使用する二つのトランジスタQ1、Q2は、

・ 特性が揃っていなければなりません。
・ 温度差が生じてはいけません。

(4) なぜなのか?

入力電圧の差を電流の比に変換する回路が差動増幅回路だと説明しました。 トランジスタの入力電圧といえば Vbe でしょうし、電流といえば Ic ですから、 同じ Vbe のときに、同じ Ic が流れるトランジスタをペアで使用しなければなりません。 そうでなければ正確な電流比を出力できないためです。

a. 特性バラツキ

残念ながら特性はトランジスタごとにかなりばらつくのです。


図2 2SC1815 特性表

図2は 2SC1815 の特性表ですが、ほとんどの特性値に Min,Typ,Max と幅を持っています。 たとえば hfe だけを見ても同ランク GR で「200~400」と、こんなにもばらつくのです。 よって、同じ型番のトランジスタを使用しても同じ特性になるとは限りらないということです。

b. 温度による特性の変化


図2 2SC3421 Vbe - Ic 特性

図はおなじみの「Vbe - Ic」特性ですが、このチャートを見ただけでも温度が変わると Vbe に対する Ic の変化が変わるのがわかります。 つまり、一方だけ温度が変化した場合、入力(つまり Vbe)が変化しなくとも Ic が変化してしまいます。
よって、温度差は厳禁だということがわかると思います。 また、たとえ温度差がなくてもこの Vbe - Ic 特性のカーブが一致しないとそもそも誤差の原因となることがわかります。

というわけで、何でもいいからトランジスタ2つ買ってきて、それで差動回路を組もうとしても大概うまくいきません。 特性の差を補正することはもちろん可能で実際の回路にも何らかの補正回路を設けますが、 補正を行うと「ゲインの減少、歪の増加」などの副作用があるため、大きな特性の差を補正回路で補正するのは好ましくありません。 よって、できる限りペア特性を揃え、それでも発生する誤差を補正する程度の補正回路が望ましいわけです。

ではどうするのか?

(5) 対策1 特性の揃ったトランジスタを選別する

トランジスタの「Vbe、hfe」を測定し、値の近いものをペアとして熱結合したものを使用します。 これで、「だいたい同じ特性」、「だいたい同じ温度」になるペアトランジスタが出来上がります。 この作業を「ペア取り」といい、個別のトランジスタ、FETから差動回路などペア特性が 重要な箇所に使用するペアを作りたい場合に必須の作業となります。


図3 選別して製作したペアトランジスタ
2SC1815 をペア取りし、エポキシと銅テープで熱結合しています。

ですが、ペア取りはめんどくさいし選別するためにはそれなりの数の素子が必要になりますのでお金も掛かります。

補足 : 特性の揃ったペアなんてそうそうありませんので、10個程度でペア取りできるとか思わないほうがいいです。 以前までは秋月の 2SC1815 200個入りが安かったのでペア取りも悪くはないかな?と思ったのですが、 ディスコン(製造中止品)で値上がりしてしまいました。

ペア取りしてみたい方は、「トランジスタ ペア取り」とかで検索してもらえば方法を説明しているホームページがありますので、そちらを参照ください

ちなみに、ペア取り済みの素子を割高ですが購入することもできます。(若松とかが有名かな?)
でも、それほど特性が揃っていないとのうわさが・・・w これについては、自分の回路条件とペア取りしたときの条件が同条件とは限りらないというのが問題だと誰かがいってました。 まあ、ペア取りといっても測定条件において近い特性を示すだけなので、実際の使用範囲でペアが取れているとは限りませんしねぇ・・・

(5) 対策2 既製品のマッチド・ペア・トランジスタを使用する

ペア取りは大変です。
初めからペアのトランジスタとかはないのでしょうか?

というわけで、図4、図5のような2個入りのトランジスタを「デュアル・トランジスタ」といいます。 さらに特性の整合が取れているものを「マッチド・ペア・トランジスタ」といいます。(FETもあるよ!)


図4 デュアル JFET

図5 デュアルトランジスタ

これは、差動増幅回路、カレントミラーなどに使用する専用トランジスタで、2つトランジスタの特性が非常に揃っているのが特徴です。 また、同じシリコン基板上に近接していますので温度差も出にくいと至れり尽くせりのトランジスタです。 私としては、とくに使用するトランジスタの種類にこだわりがないならば、マッチド・ペア・トランジスタを使用したほうがいいと思います。

「はじめからこれを紹介しろ!」といわれそうですが、罠があるんですよw

次回は デュアル・トランジスタについてです。