神父
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この講義の第二部はもう数回で終りです。信ずべき真理と、いわゆる「使徒信経」の中に含まれている真理の全部は、既にあなたは良く勉強されました。又、天主の十誡の中に大略述べられている所の、天主の、こうせよとかこうしてはならぬとかいう御命令も学ばれました。しかし、天主の教会は、キリスト信者の生活を増進するために、数条の掟を定めることが必要であると考えました。この掟は「公教会の六つの掟」の中に示されています。
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青年
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公教会の掟は、良心が守らなければならないものであり、信者がこれに従いませんと、実際の罪になるのですか?
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神父
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そうです。キリストは教えを宣べて人を司牧する最初の使徒達に、「汝等に聴く人は我に聴き、汝等を軽んずる人は我を軽んずるなり」(ルカ一〇ノ一六)といわれましたが、又、最初の教皇のペトロには、「総て汝が地上にて繋がん所は、天にても繋がるべし」(マテオ一六ノ一九)といわれました。掟を定める権能は、使徒の後継者である司教、殊に聖ペトロの後継者として、霊のことについて、全教会に向い掟を作る権能を持っている教皇によって行われます。ですから、教会の掟は天主の掟であり、同じ拘束力があります。しかし、教会は教会の掟の服従を特免することができますが、天主の直接に与え給うた掟の服従を特免することができないという違いがあります。
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青年
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教会の作った掟はどのくらいありますか?
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神父
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沢山ありますが、主なものは六つあります。これをいいますと、
第一 主日と守るべき祝日とを聖とし、ミサ聖祭にあすかるべし。 第二 少くとも年に一度は必ず告白すべし。 第三 少くとも年に一度は御復活祭のころに聖体を受くべし。 第四 定められたる期日には大斉を守るべし。 第五 金曜日およぴその他定められたる期日にほ小斉を守るべし。 第六 各々の分に応じて教会維持費を負担すべし。 なおカトリック信者が信仰を同じうしない者と結婚することは制限されており、第三親等内の血族と結婚すること、それから、いわゆる典礼上の「禁止の期間」の結婚の公式も禁じられています。 教会の第一の掟と天主の第三誡との間に類似点があるのにお気づきのことと思いますが。 |
青年
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ええ、いまそれを申しあげようと思っていたところです。
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神父
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御覧の通り、天主の第三誡は、安息日を聖にする方法はっきりのべていません。それで教会がこれを決めているのです。教会は私達に、他のどんな形式よりも深く天主を崇める礼拝の形式(即ちあのミサ聖祭)にあずからなければならない、と命じています。それから教会は、守るべき祝日というお祝い日を定めました。これはできれば、日曜日と同じように守らなければなりません。
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青年
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この祝日を又どうしてですか?
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神父
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それはキリストと聖母マリアの御生涯における大きな出来事や事実を記念して、私達の記憶を新たにしようとするのですが、信者にとりましては、非常に深い意味を持っています。
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青年
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ええ、そうでしょう。
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神父
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そこで、教会にはキリストの御誕生日であるクリスマス(十二月二十五日)、三十三年間この世にお止りになってから天の御栄光に御帰りになられた御昇天の祝日(御復活祭後の四十日目の木曜)といわれる日があります。それから、私達はキリストの御母の最も大きい祝日、即ち聖母被昇天の祝日(八月十五日)を守ります。聖母被昇天の祝日は、マリアの潔い汚れなき御体が、腐敗しないで天に上げられ給うたその御恵みを祝います。諸聖人祭(十一月一日)も、守るべき祝日です。
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青年
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それで、カトリックはマリアの御体が天に上げられ給うたと信じているのですね?
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神父
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そうです。霊魂に再び合わされて、御死去の後御体はすぐに天に上げられました。この事実は聖書には書かれていないのですが、全教会は最初からこれを信じて来ました。あなたは、この信仰にはびっくりなさいますか?
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青年
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いや、私は知りませんでしたが、ぴっくりしません。イエズスが御自分の御母で天主から深く愛されたマリアのためどんなことをなさいましても、私はそれを聞いて驚くようなことはありません。
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神父
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聖パウロが言う通り死は原罪の結果であり、マリアは原罪を免れていらっしゃったのですからマリアが死なれずそのまま天に上げられ給うたとしても、驚くようなことはないでしよう。御子も死に給うた以上、主の御業に密接な関係を持っていられたマリアが死から免れさせられることは期待できません。しかし、御子の御体は腐敗を見なかったのですから、御子に人の肉体と、人類を贖う御血をお与えになったマリアの御体も、腐敗すべきではなかったのです。そこで、汚れなき御母の御体が墓の中で朽ちようとするのを、キリストがそのままに放っておかれるということは考えられません。
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青年
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宗教的な感情に矛盾しますから、考えられませんね。
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神父
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丁度、マリアの御霊魂が原罪を免れていたということから、キリストの御贖罪が予期されましたように、死者の復活はマリアの御体に与えられた御褒賞から予期されます。
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青年
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実際ふさわしいことですね。
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神父
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次に、諸聖人の祝日には、教会は信者に、一九〇〇年間のキリストの英雄である聖人と殉教者の、勇大崇高な生涯を追想し、これを天主に讃え奉るよう、信者に命じているのです。これは十一月一日に行われます。
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青年
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美しい考えですね。守るべき祝日は世界中同じですか?
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神父
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国により多少違います。殆ど国民全体がカトリックである国では、守るべき祝日はこれよりも多いです。これは御存じのように、教会が制定するのですから、教会はそれぞれの国の事情に合しています。国民の大部分がカトリックでない国におきましては、幾日も仕事を休むようにいわれますと、困ったことになりますから。
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青年
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本当に教会は思いやりがありますね。主日と守るべき祝日はミサ聖祭にあずかるべしという掟は、すべてのカトリック信者に義務を課しているのですか?
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神父
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七才から上のものは全部です。もちろん、病気で行けない人とか、教会から遠方に住んでいる人、その日に是非働かなければならない人には義務はありません。しかし、自分自身の過失で主日や守るべき祝日に御ミサに与らぬ人は、大きい罪を犯すことになります。[1]
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