2015.11.26

第二バチカン公会議後のインカルチュレーションは
《人間の実際のところ》を無視した暴力的な
各国文化の典型化(ステレオタイプ化)である  Part 1

第二バチカン公会議前のアフリカの信徒たちは、実際、

「踊ることのないミサ」 に何の不足も感じていなかったろう

(それを “提案” されるまで。──誰が “提案” したのか?)

ルフェーブル大司教様は本当に御立派だった、そして、大変だった、と思います。(このドキュメンタリー映画に感謝。字幕にも)

しかし、ここではルフェーブル大司教様の御事を見るのが目的なのではありません。トリエント・ミサの事を見るのが目的なのでもありません。ひとえに、上の副表題の事を見るのが目的です。あくまで、そこのところを探ってみるためのヒントとして、このドキュメンタリー映画を掲げさせてもらいました。ルフェーブル大司教様はアフリカと縁の深かったお方なので、この映画には第二バチカン公会議前のアフリカの信徒たちの姿がかなり出て来るからです。

この映画のほかに参考になるものはこれと云って見つかりませんでした。何故でしょう。──何故ならば、今やほとんど誰も第二バチカン公会議前の信者の姿に「関心がない」からです。特にリベラルな人たちは、それを完全に「過去のもの」にしたいでしょう。できるならば、記録さえ残したくないでしょう。

このドキュメンタリー映画には、第二バチカン公会議前のアフリカの信徒たちの様子が主としてモノクロ映像で、そして大司教様にお世話になったアフリカの人たちが大司教様のことを回想するシーンがカラー映像で、出て来ます。

以下の画像はその動画からキャプチャーさせてもらった(勝手に、ごめんなさい)ものです。

で、私が思うに、「人間について考える」とはこういうことです。

このアフリカの子供たちは「僕たちの御ミサはちょっと退屈だな。もっと楽しくやれればいいのに。できれば フォン♪ フォン♪ フォン♪ フォン♪ フォン♪ と踊りたいな」と考えたことがあっただろうか?

この子たちは「歌うばかりでなく踊りたいな」と思ったことがあっただろうか?

この子たちは?

シスターに教えられた通りにお祈りする幼児たち。
果たして、この子たちの将来に「踊るミサ」が必要だったか?

司祭の祭服の裾を持つ侍者の少年。私の目には、この少年の眼差しは憧れの眼差しに見える。実際、司祭になることを望んだ少年は少なくなかったという。「アフリカの人たちの生活感情にフィットしていない御ミサ」が捧げられていたにしては !!!

これは第二バチカン公会議後の写真。しかしルフェーブル大司教様が維持していた環境だから、第二バチカン公会議前と同じである。大人たちも厳粛に跪いて御聖体拝領を待つ。

彼ら/彼女らは「できれば踊りたいなぁ」と思っていただろうか?

誰が「変化」を望んだのか?

次はルフェーブル大司教様の御盟友、アントニオ・デ・カストロ・マイヤー司教様。彼はブラジルの司教であられました。CH / Wiki

しかし、再び言えば、誤解しないで下さい、私は今、この司教様に味方するためにこれを掲げるのではありません(味方はします。しかし、今の目的はそれではありません)。ただ、少しばかり、この写真を “よすが” に「昔のカトリック信者の感じ方」に思いを馳せている(想像している)のです。《人間の実際のところ》に。

Quarenta anos de Episcopado - Dom Antônio de Castro Mayer - gloria.tv

この写真に写っているブラジルの信徒たちはこう思ったことがあっただろうか? 「できれば、私たちの御ミサで、もう少し賑やかに、ジャンジャン鳴らしたい」と。

誰が「変化」を望んだのか?

答えは日本の場合と同じだろう。参照

参考

ルフェーブル大司教様とアフリカ

1932年~38年
アフリカ、ガボンにて宣教活動。首都リーブル・ビルの神学校教授、神学校長を歴任

1938年~45年 
ガボン各地宣教活動

1945年~47年
フランス、モルタン(Mortain)哲学部門の神学校長

1947年6月12日
ダカール(アフリカのセネガル)の教皇代牧(Vicar Apostolic of Dakar)の任命を受けアフリカに戻る

1947年9月22日
教皇ピオ12世より、教皇代理(Apostolic Delegateの訳、これは教皇大使とほぼ同じ。47年~62年まで)の任命を受ける

1955年9月14日
ダカールの初代大司教となる

1948年~59年
アフリカのフランス語圏の18ヶ諸国の為の教皇代理(Apostolic Delegate)となる。

1962年1月23日
アフリカ生まれの大司教(後のヤサント・ティアンドゥム枢機卿)に席を譲るために、アフリカでの大司教の座を辞職する。

参照元

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